きまぐれ ぶらっどろーど   作:外道男

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思いの外、文字数が増えそうだったので中篇にしてしまいました

マリーちゃんのもぐもぐ(・・・・)を期待された方すみません




うごけないかれ と うごくかのじょ ちゅうへん

 

 

【彼】が少しの眠りに就いて数秒後。

ゾンビの少女、マリーは緩やかな足取りで寝室の隣の部屋に踏み込んだ。

 

部屋には窓は無く、四方の壁は規則正しく詰められた棚に隠れている。棚には様々な物が収められていて、ざっと見渡しても雑貨屋を思わせるほどに統一感の無い品品が並んでいた。

 

趣味人である【彼】は収集家としても活動している。

何か珍しい物を見つけてはこの部屋に収めるのだ。

一見して物置に見えるこの部屋も埃一つ飛んでいない事が【彼】が趣味へ掛ける労力を物語っている。

 

「すいしょう」

 

マリーは部屋の中を見回して「すいしょう」を探した。

【彼】が言うには、目立つ所にあって「びーちぼーる」に似ているらしい。

 

マリーは気付いていないが、彼女は初めて食べるのを我慢して行動していた。マリーとしても、今は我慢せざるを得ない状況にあったのだ。

 

異常を感じたのは先程の事。

何故か床に五体投地している【彼】を食べた瞬間に理解した。

 

ーーー【彼】がおいしくない。

 

おいしくない。

おかしい。

いつもとちがう。

どうすればいい。

 

ゾンビの拙い思考回路が少しの間機能し、出た結論は【彼】の言う通りにする、であった。

マリーが行った、初めての知能行動である。

 

【彼】においしくなってもらわなければ困る。

マリーとして生まれた瞬間から傍にいて、食事を提供してくれる【彼】がおいしくないなど、あってはならない事態だった。

これもまたマリーは気付いていないが、それだけ彼女の生活に占める【彼】と言う存在は大きかったのだ。

 

 

「すいしょう」はすぐに見つかった。

部屋の奥にあった周りに比べて背丈の低い棚の上に畳んだ布があり、不思議な輝きを放つ球体がその上に乗せられていた。

なるほど。確かに「びーちぼーる」程の大きさである。

 

早速、マリーは「すいしょう」に手を当てた。

余りに勢い良く上から手を下ろして、触れた瞬間に何やら嫌な亀裂が走ったが見なかった事にした。

 

 

さて、手を触れたが。特に反応が無い。

【彼】からの詳しい説明が省かれた為にそこからどうすれば良いのか分からない。

 

試しにもう一度やってみるかと手を振り上げたが、止めた。

この屋敷で生活する中でマリーも多少は学習した。

力加減が出来ないらしい自分がもう一度同じ事をやったとすれば、この「すいしょう」は砕けるだろう。ぱりんっ、と。

犠牲になった食器の数だけマリーも学習したのだ。

 

なので、「すいしょう」の表面を撫でつけるだけに留めた。

呪詛のように、おなかすいたと連呼しながら。

 

 

 

《ふわぁーぁ。はいはい。こちらアダム・シーカー魔法店よ》

「おなかすいた」

《ここはピッツァの店では無いのだけど》

 

「すいしょう」から声が返ってきた。

聞き覚えのある声だ。誰だったか。

何回か顔を合わせる、「おいしそうだけど、たべられないひと」だ。

 

後は、【彼】の言う通りに伝えるだけだ。

 

・・・・・

 

 

 

何を伝えるのだったか忘れた。

 

「おなかすいた」

《その声、マリーね?何か用事かしら》

「おなかすいた」

 

《残念だけど料理のデリバリーはしてないのよ。アイツはどうしたの?料理の世話くらい喜んでやりそうなアイツは》

「おいしくなかった」

 

《ああ、もう食べたのね、って美味しくない?》

「どうにかして」

《え?》

 

「おいしくないから、おいしくして」

《(何この子怖い)え、えっと、ゆっくりで良いわ、何があったか話してちょうだい》

 

 

 

 

《なるほどね、血液不足なのか。輸血袋補充しなさいって前にも言ったのに全くアイツは》

「おいしくなる?」

《なるなる。調達屋にはアタシから連絡しとくから、マリーは玄関で待ってなさい》

「うん」

 

《ああ、そうだ。アイツ、まだ床で倒れてるのならベッドに上げときなさい。そのままじゃ可哀想だし》

「うん」

 

そこで「すいしょう」の声は聴こえなくなった。

 

 

 

部屋に戻ると【彼】が床に俯せで横たわっているのが見える。規則的にその背が上下し、すやすやと寝息が聴こえてくる。どうやら眠っているようだ。

いつもであれば腕の一本でももぐもぐ(・・・・)するのだが今は我慢である。

 

マリーは【彼】の首根を掴んでベッドに移した。

 

苦しそうだった表情も眠りに就いた事で少しは落ち着いたようだ。

 

何となくマリーは手を伸ばして【彼】の顔に触れる。

初めて会った夜に、【彼】が自分の顔に触れていたように。

そのまま、撫でてみる。

慈しむように、大事にするように。

 

【彼】と出会い、ゾンビである彼女にも変化が起こっているのかも知れない。

 

 

 

 

「はやく、おいしくなってね」

 

そこまでの変化は無いかも知れない。

 

 

 

 






次こそは後篇の予定


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