ゾンビの少女にマリーと命名した翌日の事。
ぼくはふと大事な事を思い出した。喫緊の問題である。
ゾンビちゃん改めマリーちゃんはゾンビである。
ゾンビとは、呪いだとかウィルスだとか宇宙の放射線だとかの謎エネルギーにより蘇った人間の事である。その成り立ちに関しては理由が曖昧かつ
ちなみに吸血鬼の成り立ちはかなり古い物らしいです。
吸血鬼と呼ばれ始めたのは中世以降のようですが、実際はそれよりもずっと昔に生まれていたようで。何の前触れも無く唐突に現れた彼らを当時の人々は、人の形を成した災害、つまり、自然現象と捉えていたそうです。
ヒトの形をしていても吸血鬼は怪物であり、人間とは本質的に種族を異にしている訳ですね。
さて本題はここからです。
ゾンビは吸血鬼と同様に怪物です。
しかし、彼等は死後の人間から生ずる怪物。
種族として成り立っていないのです。
敢えて言うとすれば、それこそ種族は人間でしょう。
そう。ぼくが思い出したのは
放っておけば腐るのです。
あの綺麗な保存状態であるマリーちゃんが腐ってしまうのは掘り起こし連れて来たぼくとしては何としても避けたい問題です。
幸いにも、それを何とかする方法には心当たりがあった。
「おはようマリーちゃん」
「おなかすいた」
「おはようマリーちゃん」
「ごはん」
「おはようマリーちゃん」
「・・・ごはん」
「おはようマリーちゃん」
「・・・おはよう」
よしよし。良い子です。軽く左手でも食べててください。
食べながらで良いので聞いてください。
「良い朝ですが重要な用件がありましてね?」
「おかわり」
「はいはい、追加です」
「もぐもぐ」
「とにかく急いでいるのでこのコートを羽織ってください」
「ごはん?」
それが食べ物に見えるんですか。
ああ、食べないで。折角返り血が目立たない色を選んだんですから。
そんな訳で彼女を連れてお出かけです。
マリーちゃんの初めての余所行きですが、問題が無いと良いなぁ。
せめて「彼女」の店に着くまでは大人しくしてくれると助かるのですが。
◯
レイズ市。
人口10万と少し。
昔ながらの石造りが建ち並ぶ寂れた街。
その店は人目に付かない路地の奥にあった。
魔法店・アダムシーカー
その店の主、リリスは机に突っ伏していた。
暇を持て余していた彼女は店の扉が開く音に目敏く反応する。
「客っ!ってアンタか」
「やっ、リリスちゃん」
「こんな所にアンタが来るなんて久しぶりじゃない」
客、と言って良い物か。
入ってきたのは顔馴染みの吸血鬼であった。
大抵は冷やかしなのでお得意様ではない。
それでも、リリスの見てきた吸血鬼の中では一番
殆どの吸血鬼は実力を鼻に掛けて他種族との対話などまるで成り立たない。
話好きで穏和なこの【不死身】の事は嫌いではなかった。
何かとからかってくるので喧嘩紛いの事はするが。
「今日は少し用がありまして。マリーちゃん、こっちへ」
促されて【不死身】の背後からスッと姿を見せたのは可憐な少女だった。
肩にかかるほどの金色の髪に同じ色の瞳。
目は気だるげに開かれているが、それが気にならない程の美少女であった。
しかし、その評価は直後の圧倒的なインパクトに吹き飛ばされた。
「もっしゃもしゃ」
「あの・・・、良いかしら?その子がクレープみたいに食べてるのアンタの腕じゃ・・・」
「ああ、お気になさらず。すれ違う街の住民に
気になるわバカ。
しかも血が床に垂れてんじゃねーか。
◯
「ふぅんゾンビねえ。喋れる奴は久しぶりに見るかな」
「マリー、と名付けました。マリーちゃん、こちらの可愛らしい、コホン、美しい御婦人はマダム・リリス。この魔法店、まあ、便利屋のような店の店主さんです」
「露骨に可愛らしいって言ったな!悪かったわねロリババアで!」
おっと失礼。
このネタで弄るとこの人直ぐに火が付きますね。
マダム・リリスはこの魔法店の店主にして世界最高齢の魔女である。
魔女になった原因は自分を手酷くフッた元彼氏さんを呪い殺す為だとか。
当然、魔法の腕は最高峰。
たとえ吸血鬼であろうと怒らせて良い方ではありません。瞬きの間に塵に還されてしまうでしょう。
「用件は分かったわ。腐る前に手を打っときたいのね」
「そうそう。大魔法使いのリリスちゃんなら何とかしてくれると思いましてね。その若さの秘訣も魔法による物ですよね?」
「体質だよ文句あるか」
おっとまた失言。
別に良いと思うんだけどなぁ、成長が若くして止まった事くらい。
そのコンプレックスは何千年抱えるつもりなんでしょう。
「若さを維持する魔法はあるけど、ゾンビには効かないでしょうし、無難に防腐魔法を掛けましょうか」
「お願いしまーす」
「金は払いなさいよ?」
「もちろん」
「じゃあ、マリーちゃん?おいで。キスするけど構わないかしら?」
「あれ?キスする必要ありました?」
「何回か来る予定の奴にはマーク付けとくのよ。次回来た時に思い出せるようにね」
「ぼくの時は無かったのに」
「アンタ冷やかしばっかりじゃない」
さて、マリーちゃんも丁度食べ終わったみたいですし。
お願いします、先生。
リリスちゃんはマリーちゃんの頬に手を当ててキスをーーー
「おなかすいた」
「きゃあっ!」
出来ませんでした。
やっぱりやっちゃいましたかマリーちゃん。
リリスちゃん、間一髪で回避しましたが頰肉目掛けて一直線コースでしたね。
「すいません、その子そういう子なんです」
「先に言いなよ!純度100%の食欲向けられるなんて初めてだよ!」
はあい、マリーちゃん。ステイステイ。
後でごはんは沢山食べれます。今は我慢です。
お口を閉じてー。鯉みたいにパクパクするの止めてー。
「仕方ないわね。少しチャックしてなさいな」
「むぐっ」
おや、魔法を使ってマリーちゃんの口を閉じましたか。
「今度こそやるわよ。じっとしてなさいお嬢ちゃん」
◯
「はい。終わり」
「ありがとうリリスちゃん。はいこれ」
そう言って【不死身】が渡してきたのは封筒だ。
恐らくは、依頼料だろう。
この男が依頼料をちょろまかした事は無いが、念の為に確認はしておく。
「相場より多いみたいだけど?」
「迷惑料ですよ」
「なら貰っとく」
確かに噛みつかれそうになったのは怖かった。
心臓が跳ねるなんて経験何百年ぶりだろうか。
ちらりと見やるとゾンビの少女は口元に手を当てて唸っていた。
「む、うう、む」
「おっと忘れてたね。チャックの魔法解かなきゃ」
魔法を解くとマリーはゆっくりと大きく息を吸った後、【不死身】の方に視線を固定する。
「うんうん。マリーちゃんが綺麗なままでぼくは安心だよ」
「・・・」
「用が済んだら出て行きなさい。これ以上店を血で汚されたくないの。また魔法掛けるわよマリー」
魔法で汚れを取る事は出来るが、それをするのも面倒くさい。
それにマリーがキレてる。
「もう我慢できねえ」って目が語っている。何この子怖い。
これ以上店に居座られても
「えっと、何でそんなに強くぼくを掴むのかな?痛い痛い食い込んでる。あっ、帰るの?」
「おなかすいた」
「ああ、それなら街にお洒落な飲食店があるよ。きっとマリーちゃんも気に入ると思うんだ。だから、その〜・・・考え直さない?」
「がぶり」
「うわー」
「ちょっとー。店の前でやらないでよー。客が寄り付かないでしょうがー」
もう、面倒くさ。
◯
マリーちゃんが腐らなくなりました。
簡単な人物の補足説明
不死身の吸血鬼 《ぼく》
年齢不詳。
気ままに生きるのんびり吸血鬼。
趣味人。
ゾンビの少女 《マリーちゃん》
年齢 10代。
はらぺこゾンビ。金髪。
割と容赦ない。
魔法店の店主《リリスちゃん》
年齢 超高齢。
ロリババア。すごい魔法使い。
出来るだけ淑女のように話せるよう気をつけているが、すぐに見た目相応の喋り方に戻ってしまう。