きまぐれ ぶらっどろーど   作:外道男

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やしき の あるじ

『うんうん。大きめのお風呂も有るし街に近いしで良いお屋敷ですね』

 

 

『さて、しかしこの荒れ様は何とかしないとなあ。見事な悪霊の溜まり場となってる』

 

 

『四六時中ポルターガイストに悩まされるのは嫌だし、屋敷を購入する前に話を付けておこう』

 

 

 

『屋敷の主人さんは居ますかー』

 

 

 

 

 

 

 

 

怪奇が大手を振って動き出す深夜。

行方知れずの森の中では夜毎怪奇達の唸り声が木霊する。

 

 

 

森の奥の屋敷からも人ならざる呻きが聞こえてきた。

 

「おなかすいたおなかすいた」

 

屋敷の一室のベッド。

そこに眠るあどけない屍人の少女。

少女マリーは空腹を感じた瞬間に目を覚ました。

 

空腹の呪詛を垂れ流しつつ、のっそりと起き上がるとマリーは部屋を出る。

 

おなかすいた。

ごはんたべる。

 

食欲に支配された脳内は単調な言葉ばかりがぐるぐると回っている。

こうなるとマリーの行動は屋敷の主人である【彼】に齧り付く以外に無いのだ。

 

ほんの2時間前にベッドから抜け出して散々【彼】をもぐもぐしたのだが、そんな事はもう忘れてしまっている。

マリーは今の空腹を何とか出来ればそれで良い。

中々の刹那主義だがゾンビとは得てしてそういうものだ。

 

緩慢な歩みで【彼】の部屋を目指す。

意図した事では無いが前回のもぐもぐの()がベッタリと床に付着している為、それを追っていけば楽に辿り着けるだろう。

 

 

【彼】の部屋までもう少しと言った所でマリーはその音に気付いた。

 

かたり、かたり、と。

廊下に飾ってある壺が震えているのだ。

中に何かが入っているのだろうか。

 

「たべもの」

 

マリーの認識では動く物は食べられる物だ。

よって壺の中身を出す事に決めた。

 

壺をそっと傾けて上下に揺する。

何も出てこない。

 

「……?たべもの…」

 

壺は震えたままだが食べ物が出てくる気配は無い。

暫く揺すると一層壺の震えが大きくなる。

 

 

「あばばばばば…!?やめんかバカタレ!」

 

変な声も聞こえてきた。

何かが中に居る事は間違い無い。

 

揺すって出てこない事に焦れたマリーが直接壺の中を覗き込むと、

 

「ええ加減にせんかぁ!」

「わぷ」

 

飛び出してきたソレが顔面に当たった。

ぶつかったものの大した痛みはなく柔らかい感触であった。

 

白く綿のようにふわふわな塊はマリーに対して怒りを見せた。

 

「壊れた蓄音機のように食べ物食べ物連呼しおってからに!ポルターガイストに慄くでもなく食べ物探すって!お前わしのこと何だと思っとるんじゃ!」

「たべもの」

「そうじゃろうな!聞いたわしが馬鹿じゃった!」

 

これがイマドキの若者と言う奴か!と叫ぶと白い塊は離れていく。

 

 

「たべもの、まって」

 

白い塊の逃げた方に向かってマリーも歩き始めた。

マリーは白い塊を食べ物として認識したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まったく何なんじゃあの小娘は。

驚かし甲斐の無い奴じゃのう。

 

 

近年はめっきり人の訪問も無くなり儂は暇を持て余しておった。

いつ来るか分からぬ人を待つのも飽きて半分“すりーぷもーど”になっていた儂じゃが、最近の騒がしい音に目を覚まして見れば、なんと人の気配がするではないか。

 

人間相手なら幾らでも驚かしていいと、【あの吸血鬼】が住みこむ時に約束したからのう。まあ、運の悪い事にそれから人の出入りが途絶えたわけじゃが。

 

どうやら【奴】が人間を招いておるらしい。

屋敷の中をふらりと歩き回る金髪の娘子がおった。

 

 

久々の出番じゃと気合を入れてポルターガイストを起こした結果があの無表情。

……腕が鈍ったかのぅ。

昔は大人でさえ恐れ慄いてパニックになっておったというのに。

 

 

ちらりと振り返ると少女はのそのそ歩いて儂を追いかけてきておる。

興味は持ってくれているようじゃが、儂が期待しとった反応と違う。

と言うかアレ本気で儂を捕食しようとしとりゃせんか。

 

ええい、こうなれば儂の全力で相手をしてやろう。

この先に行くと食卓がある。

場所としては最高じゃ。

 

「ふはは!食卓で待っておるぞ!」

「ごはん?」

 

断じて違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

美味しそうなフワフワ(白い塊)を追いかけて、マリーは両手を前に突き出して歩く。

敢えて両手を固定したままなのは、昨晩の【彼】との会話の中で出た中国のゾンビ(・・・・・・)の事を若干ながら覚えているからだ。

 

『中国の歴史あるゾンビは何もしなくても腐敗しないらしいね。映画にもなってるんだよ。確か、こんな感じのポーズでぴょんぴょん跳ねてね』

『こう』

『そうそう』

 

『お、な、か、す、い、た』

『おっと、今日は腹ペコキョンシー娘かぁ』

『がぶり』

 

そんな命のやり取りが数時間前に行われていた。

ちなみに跳ねるのはマリーが面倒に感じたので止めた。

 

 

 

 

「ん……」

 

 

いつの間にか食卓の前まで来ていた。

フワフワの姿は見えない。

 

いつもの食事スペースは見慣れた物だが、しかし今は白い塊が張り切ってポルターガイストを起こしているので凄まじい事になっている。

 

不規則なラップ音が鳴り響き、窓の外では謎の光が明滅している。

更には棚の中の食器が独りでに動き出し宙を彷徨っていた。

 

 

しかし、マリーにはそんな事どうでもいい。

 

おなかすいた。

はやくたべたい。

その本能だけで動く彼女に取って、日常が非日常に切り替わった所で何の関係も無いのだ。

 

「おなかすいた…」

 

たまたま目の前を通り過ぎて行く丸皿を掴み取る。

何も載っていない。

たべものではない。

 

「…がっかり」

 

〈ななな、なんじゃとうっ!?〉

 

思わず不満の声がマリーから漏れる。

これには隠れているフワフワも動揺したのかマリーの前に姿を現した。

 

「何がダメなんじゃあ!儂はポルターガイスト検定一級じゃぞ!確かに現代の怪奇のスタイルと噛み合ってないとか古臭いとか言われるけどな!仕方ないじゃろー幽霊が人に直接危害を加えたら死神がくるんじゃからー!怖がれよー!震え上がれよー!」

 

フワフワはドッタンバッタンとマリーの周囲で跳ね回り、愚痴を溢す。

 

「……たべものは…?」

「無いと言っておるじゃろ!」

「おなかすいた」

「だからっグェッ、痛たた何をする!幽霊は優しく掴まんか!」

 

もう我慢できない。

目の前のコレはどんな味がするのだろうか。

マリーは白い塊に齧り付いた。

 

「がぶ」

「ぎゃー!?何で!?何で噛み付くのじゃ?!儂を何と思うとるんじゃ!」

「たべもの」

「そうじゃろうな!」

 

モフモフと、口の中で白い塊が暴れる。

噛んでも噛んでも千切れない。不思議な食感だ。

肝心の味の方だが、全く味が無かった。

 

不思議なたべものも有るものだとマリーは頷いて、宙を漂う胡椒瓶を片手で掴み取った。

 

「いやあのっ、儂食べても美味しく無いじゃろ?考え直さんか?儂も久しぶりの人間相手にちょっとムキになり過ぎたかの?儂が悪かった………あのぅ、その胡椒瓶は」

 

「あじつけ」

Noooooooo(いやあああぁぁぁっ)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわーん!不死身ー!助けるのじゃー!」

「もぐもぐ」

 

「えー、なにこの状況」

 

 

どうも不死身の吸血鬼です。

朝、目を覚ましてマリーちゃんのモーニングコール(もぐもぐ)が無い事を不思議に思った僕は食卓に向かった。

そこで、食器やらが乱雑に投げ出された中でムルナウさんに齧り付くマリーちゃんを見つけたのだった。

 

 

ムルナウさんとはこの屋敷の前所有者である幽霊で、僕がこの屋敷に来た時も元気にポルターガイストを起こしてましたっけ。

 

 

 

「大丈夫ですかムルナウさん」

「儂に何度も歯を立てて、おなかすいたって言うのじゃ…あばばば」

 

なんとマリーちゃん、ムルナウさんを食べようとしたそうだ。

好き嫌いが無くなるように色んな物を食べさせて来ましたが、効果が有ったのだろうか?

 

「それはそれは大変な目に遭いましたね」

「もう寝るのじゃ。儂は疲れた」

「偶には遊びに来てくださいね」

「その小娘が儂を捕食せんのならな!」

 

白い霊魂のムルナウさんはすっかり縮んでしまっています。

精魂尽き果てるとはこう言うのを言うのかな。

 

「大丈夫ですよムルナウさん。マリーちゃんは話せば分かる子ですから、最近は我慢も覚えて」

「がぶり」

「すいません覚えて無いみたいです」

 

「絶対に遊んでやらんからなー!」

 

 

ムルナウさんと遊べる日は遠そうだなあ。

 

 

 




マリーちゃんは好き嫌いをしません。
食べれそうだと判断したら絶対にやる子です。


作者のポリシー
幽霊が人に直接危害を加えるのはちょっと反則だと思います

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