きまぐれ ぶらっどろーど   作:外道男

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やっとこのシリーズが完結。
今までで一番のパート数だなぁ。




こーる おぶ あびす ふぁいなる

あなたは森の中を歩いている。

深い森だ。

鬱蒼と茂る草木により日光は遮られ、正午を回っているというのに辺りは薄暗い。若干の肌寒さに体を摩ったあなたは半袖で来たことを後悔していた。

 

 

ここはレイズ市の外れ。

市と市の境界線に大きく広がる森の中だ。

 

この森の事は、あなたも良く知っている。

昔から、危険な森だと伝えられているようで。

行方不明者が続出する森だとか。

大人達からは口を酸っぱくして「立ち入るな」と教えられたものだ。

それでも毎年好奇心から乃至(ないし)若気の至りで入る者は後を絶たない。当然、行方不明者も一定数は出ている。

 

それ故か。

行方知れずの森(Missingforest)

昔からそう呼ばれていた。

正式な地名はあなたも良く知らない。

危険と分かっている森に人の手が入らない理由も知らなかった。

 

 

 

怪奇対策課のメンバーはあなたを囲うように歩いている。

 

スレンダーが先頭を。

他の2人は貴方に少し遅れて左右を陣取っている。

 

気になるのは、警備の為の装備があなたの想像する警官の姿とかけ離れている事だろうか。

少女は大鎌を、白マスクは釘バットを。

ご機嫌に鼻歌を歌いながら振り回している。すこし怖い。

 

 

 

不意に近くの木が揺れた。

野生動物でもいるのか、喉から抜けたような荒い息遣いが聴こえてくる。

気になって向こう側を覗こうとすればスレンダーに肩を掴まれた。漆黒の男は‘駄目だ’と言い僅かに顔を振った。

……見ても良いことは無い。そういう事だろうか。

 

上司が合図を送るとマイヤーズは「ヒャッハー!」と奇声を上げて林の中に飛び込んだ。

 

肉を打つ鈍い音と動物とは思えない呻き声が響いた後、血塗れのマイヤーズが口笛を吹いて帰ってきた。

襤褸切れのコートを汚したソレが何の血か、聞く気にはならなかった。

 

「見ての通りヨ。てめえが人間辞めたら世話(・・)してやっから」

 

だから安心しろヤ。

あなたの視線に気付いた白マスクは釘バットにこびりついたモノを剥がしながらゲラゲラと笑った。

 

 

 

遠くに見え始めた赤い屋根を見ながらあなたは歩きを早める。森の影を振り落とすように、なるべく陽の差し込んだ地面を踏みしめて。

 

 

 

 

 

 

 

ムルナウ屋敷。

屋敷の主人によって通された応接間であなたはソファに深く腰を下ろした。

 

今朝から緊張しきりだったので自身を迎えた柔らかいソファが疲れを解してくれるような気さえしている。しかし、目を閉じると即座に【深層(アビス)】に誘われそうでまだ安心は出来ない。

ソファに身体を委ねながらも眠りに落ちるのを怖れて瞳を瞬かせている様は傍からみれば滑稽なのだろうなと思わず苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

あなた達が屋敷に到着して暫く経った後、屋敷の主人より連絡を受けた夢魔と思しき男女が姿を見せた。

 

「ふぅん、夢の内容をなんとかしろって?随分フワッとした依頼なのねぇ…ラストあんた、寝癖付いてるわよ」

「えっ、本当?ええと手鏡は…」

「いいわよ直したげるから。ほら、じっとしてて」

 

薄手のコートを着た妖艶な女性は、スレンダーの話を聞き流して連れ立って来た弟の髪の毛を撫でている。

女性が非協力的な態度を取っている事は明らかであった。

 

 

ーーああ、頼めないだろうか。夢魔ラクシャリア。

 

「そりゃ出来るか出来ないかでいったら勿論出来るわよ?でも仕事するからには報酬が無いとねえ?」

 

ラクシャリアの返答にスレンダーの後方で待機している凸凹コンビの機嫌が悪くなっていく。

 

「んだア?俺らに協力しねぇってか、オイ」

「強制だって出来るのですが?」

 

ーー止めないかお前達。あくまで私達は依頼者だ。

 

「怖い怖い。私達は生きる為に必要な物を求めてるだけでしょ。本来は協力だって御法度なのよ?夢魔があんた達と仲悪いの、知らない筈ないでしょ」

 

 

 

 

どうやら夢魔とやらは警察、というより怪奇対策課を毛嫌いしているようだ。

 

どうにか協力を求めたいが会話に入れそうもない。

静観を決めたあなたの視点は屋敷の主人から出されたミートパイの皿に向く。

 

思えば朝から食事をまともにしていない。

ミートパイの放つ肉特有の匂いが鼻腔を刺激し、空腹を抑えきれなくなったあなたはパイに手を伸ばした。

 

対面から伸びてきた手と自身の手が重なる。

 

「………」

 

対面の少女がこちらを見ている。

マリー、という名前だったか。

少女の存在は気になってはいたのだが、軽い挨拶にも応じず無表情でパイを頬張っていたので、対面に居ながら会話が全く無かった。

 

やっと意思を通わせるチャンスが来た事にあなたは勇んでマリーに話しかけようとするが。

 

「…やわらかい…おいしそう」

 

ポツリ、と。

重なった手を上から撫でながらマリーが呟く。

今日一番の悪寒を感じてあなたは咄嗟に伸ばした手を引いた。

 

マリーは視線を外さずミートパイを手元に引き寄せて口を開いた。

 

「あげない」

 

いりません。

お食べください。

 

「…?おいしいのに」

 

変な物を見る目で言われた。

どうしろというのか。

 

「あー、ごめんねお客さん。こらこらマリーちゃん。大皿の食べ物を一人占めするのは良くないよ」

 

屋敷の主人と思しき青年はマリーを宥めると切り分けたパイをあなたに手渡した。

 

柔和な優男は一見あなたより年下に見えるが、かなりの年上だそうだ。所作の優雅さを見るに名家の跡取りという奴だろうか。

だとすると目の前で頬を膨らませているマリーは妹か婚約者か。

 

「いじわる」

「えー?そんなに怒らないでよー。うーん。そうだ。もぐもぐ1回でどうだい?いつでもいいよ」

「もぐもぐ……にかい」

「良いよ良いよ。2回ね」

「いますぐ」

「え、嘘」

 

何の回数だろう。

少女に引っ張られて主人は奥の部屋へ消えていく。

少しして間伸びした悲鳴が聞こえてきた。

あなた以外の面々が気にしている様子は無いのであなたもそれに倣った。

 

 

 

 

夢魔とスレンダーの交渉は聞き流している間に纏まったようである。

 

ーー報酬は、そうだな…【不死身】から1回分の吸精でどうだろうか。

 

「けち臭いわね。【不死身】5回なら受けても良いわ」

 

「ちょっとお?僕が報酬なの?」

ーーああ、当然君にも報酬は出すさ。

「そうね。あなたが決めた方が後腐れないわ。何回ならオーケー?」

「うーん。3回干涸(ひから)びるくらいなら大丈夫かな…?」

 

何の回数だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、話は聞いてるでしょうけど、深層について、どんな風に聞かされたかしら?」

 

そう夢魔の女性に問われ、あなたは数時間前のスレンダーの説明を思い浮かべた。

 

確か、宇宙空間のようなもので、長く留まると危ない、と。

 

「そうね。概ねその認識で間違いないけど、あたし達(夢魔)は海で例える事が多いわ。人の意識は溶けにくい塩。でも広い海に落ちてしまえばいつかは溶けて形を失う」

 

こんなふうに、

とラクシャリアはそう言いながら、握った手をあなたに見えるよう緩やかに開く。

 

それを見て焦れたのか捜査官2人が口を開いた。

 

「おい、どうでもいい前置き入れてねーで早いとこ本題に入れヤ」

 

「解決出来るんですか、出来ないんですか」

 

「話を円滑に進めるのに必要でしょ。あんたら話術駄目駄目ね落第点よ」

 

「「あぁん!?」」

 

煽られてアッサリとブチ切れた2人をスレンダーが首根っこ掴んで座らせるのを横目に、あなたはラクシャリアに問いかけた。

 

それで、解決する為には、どうすればいいのでしょう。

 

「あんたが眠れば良いのよ」

 

 

場に沈黙が生まれる。

あなたがラクシャリアの言葉を理解する前にアウラが首を傾げた。

 

「ん?ん?夢人が出ないようにする作戦会議ではないのですか?」

 

「何言ってんの、無いわよそんな方法」

 

「んだよ役に立たねえナ」

 

「バカ言わないでよ。夜毎夢に出てくる可能性のある相手に対して見張ったところで意味なんて無いわ」

 

「夢魔の得意分野は夢を作る事だしねえ」

 

「ラストの言う通りよ」

 

夢を作る。

と言う事は、深層でも夢を作る事が可能なのだろうか。

 

「そう。理解が早くて助かるわ」

 

そう言えば、と屋敷の主人が手を上げた。

 

「その深層で夢を作るのは簡単なのかい?」

「簡単簡単。だってそもそも深層は夢を作るエネルギーの溜まった海なんだから、後は夢魔の力で仕切り(・・・)さえ入れたら夢は完成するの」

「なるほどなあ」

 

ラクシャリアは自身のミートパイの欠片を口に放り込んで紅茶を飲んだ。

残っているもう一つに手を伸ばそうとして、物欲しげにじっと見つめるマリーの視線に気付き決まり悪そうに手を引いた。

そのまま両手を動かして、あなたに見えるように四角を指で作る。

 

 

「深層で夢さえ作っちゃえばあんたが死ぬ事は無くなるわ。深層との間に隔たりが出来れば意識が溶けていく事も無いから」

 

「なぁんだ、それで解決じゃねーか。帰ろ帰ろ俺ァまだ眠いんだヨ」

 

欠伸をして席を立とうとしたマイヤーズの頭にさくりと鎌が刺さった。

 

「お座りです馬鹿マスク。本題はそこじゃない事を忘れましたか」

「てめっこのチビ、死神の職権濫用とか洒落になってねーだろうが!?抜くなよ絶対抜くなよ!?」

「ぐりぐり」

「ぎゃー」

 

喧嘩を始めた公務員をなるべく視界に入らないようにしてあなたは本題に切り込む。

 

 

後は、夢人をどうするか。

夢をどう作るか。

 

「ま、こればっかりはあんたが決めなさいよ」

 

自分が。

 

ーー難しく考える必要は無い。明晰夢を見られる君なら、夢の中は限り無く自由だ。

 

「任せなさい。どんな夢でも作り出してあげるから」

 

 

自分は–––。

 

 

 

 

 

 

あなたは夢の中に居た。

意識ははっきりとしていて、自身が夢を見ている事を認識出来ていた。

 

 

 

あなたは改めて深層を体感した。

 

世界には空も地も無く、暗幕を下ろすよりなお暗く、距離さえ意味を無くす程に黒かった。

 

聞いたことがある。

完全な闇の中に放り込まれた人間は数分で発狂するのだとか。

 

ひょっとすると、過去に深層に溶けた意識も完全な闇の世界に精神を打ちのめされた事で自我を保てなくなったのではないか?

確証は一切無いがそんな気がした。

 

 

あなたは、目の前に気配を感じた。

 

先程まで感じなかった気配を、否、もしかすると最初から居たのかも知れないが、はっきりと誰かの息遣いを感じ取った。

 

間違いない。

夢人は今、あなたの正面に居る。

 

 

さあ、ここからが正念場だ。

 

もはや自分がどのようにして闇に浮かんでいるかも分からないが、あなたは利き手を起こして夢人に差し出して–––、

 

握手を求めた。

 

消極的ながらも人との交信を求める夢人ならば、これに応じる筈だ。

 

 

暫くして、ふわりと手を握り返された事を実感した。

 

計画(・・)の第一段階は成功だ。

 

これから行う事は、あなたに取って只の自己満足に過ぎない。

 

それでも、暗闇で1人来客を待つその存在に、少しだけお節介を焼きたくなったのだ。

 

 

あなたは、もう一方の手で指を鳴らした。

 

「はーい、夢の世界へご案内〜!」

 

(世界)が変容する。

光が差し込むと深層は無く、

そこに、夢が出来上がる。

 

 

–––あなた(夢人)を私の夢に招待する。

 

 

 

 

 

 

豪奢なシャンデリアによって煌々と照らされる広間。

 

点在するラウンドテーブルにはあなたの見た事もない料理が所狭しと並んでいる。

 

そして、会場中央には特設の踊り場がある。

 

そう、ここはパーティ会場兼ダンスホール。

 

 

あなたはこんな夢が見たいと案を出しただけで、後は全て夢魔の夢作りによるものだ。

想像の遥か上を行く水準にあなたは感嘆の声を漏らしていた。

 

 

夢人はかなり動揺しているようで、あたふたと視線を彷徨わせている。

 

念の為にもう一刺激加えておこう。

あなたが更に指を鳴らすと、会場脇のグランドピアノを中心に、ジャズが奏でられた。

ピアノを演奏しているのは夢を共有して来てもらっている屋敷の主人である。

 

 

ジャズの音色をおっかなびっくりと言った様子で聴いていた夢人は次第に体でリズムを取るようになった。

やはり、こうして音楽を聴くのは初めての事のようだ。

 

あなたは未だに繋いだままの手を引いて夢人をラウンドテーブルに案内する。

テーブルの料理は日常で目にする事のない物が多い。

折角だからと近場の肉料理を小皿に取り分けて食べた。(後で確認したがプレゼと言う料理らしい)

在り来たりな感想だが、とても美味しい。

同じ料理を夢人にも勧めた。

 

夢人は一口食べて感動したのか身を震わせてあなたにおかわりを求める。どうせなら色々な料理を食べてはどうだろうか、とあなたは提案した。

 

あなたと夢人は暫くの間会場の料理を堪能した。

 

 

料理を楽しんだ後に、あなたは夢人を会場中央の踊り場まで連れて来た。

 

夢の世界を共に楽しむ事でどうしても伝えたかった。

 

現実にはもっと多くの楽しみがある。

 

どうか変化を恐れないで欲しい。

その足で、暗闇(アビス)から外へと踏み出してみるのも良いと思うのだ。

 

 

「ごめーん!もうすぐ朝になるからちょっと急いでー!」

 

夢魔の姉から忠告が入った。

時間切れか。

 

では残り少ない時間を有効に使おう。

 

あなたは夢人に手を差し出した。

 

 

 

 

 

一緒に、踊りませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。

あなたは自室のベッドで眠っていた。

どうやら寝ている間に家に帰されたようだ。

 

あなたの気分は晴れやかだ。

きっと、次からは深層に呼ばれる事は無いだろう。

作戦は成功したと確信していた。

 

身体の調子もすこぶる良い。

最近の不調が嘘のようだ。

朝の陽射しを浴びて伸びをすると左右に腰を捻る。

 

 

 

 

 

 

 

真横から自身を見つめる双眸と視線が合った。

 

上下黒い服装で統一したそれは丁寧にお辞儀をする。

 

 

 

「 遊びに来ました 」

 

 

 

早朝の閑静な住宅地にあなたの絶叫が響き渡った。




fin

こうして家に上がり込んだ夢人の娯楽巡りに付き合う日々が始まるが、それは別のお話

結末に悩んで迷走した結果、主役と夢人の謎のロマンスが出来上がりました
どうしてこうなった……

好奇心旺盛な一般人と引きこもりのドラマと言ってしまえば在り来たりな気もして来た(白目)

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