吸血鬼はだいたいが見栄っ張りである。
強大な怪物として君臨するにはそこそこのポーズも必要なのだ。
敵対する者に畏怖と絶望を与える為に。
強い吸血鬼ほどそれに拘るようで。
過去に一度、気になったのでどうして拘るのかを聞いたのですが。
やはり言葉にすると誇りだとか吸血鬼の沽券だとか。
見栄っ張りな性分も大変だなあと感心しました。
そんな吸血鬼の「俺強い」のイメージ操作の代表的な物の一つに、痛みに対する耐性がある。
まあ納得です。
高い再生能力を持っていても痛みに動きが鈍るようであれば、吸血鬼としてナンセンスですし舐められて当然でしょう。
相手は、どんな攻撃にも動じず獲物を追い詰める吸血鬼に強い恐怖を感じるのであり、その恐怖は同時に吸血鬼のエネルギーになりますからね。
まあ、かと言って慢心していると弱点を突かれてコロッとやられてしまう辺り種族的な業の深さを感じずにはいられません。
ぼくも不死身とは言え痛いのは嫌なので、痛みに耐える訓練は時間を掛けて行っています。
今では睡眠時に滅多刺しにされても熟睡を守れるようにはなっています。睡眠大事。
さて、少し話が長くなってしまったけれど、本題に入ろうかーーー
「むしゃむしゃ」
「ほわっ!?ゾンビちゃん!?」
朝起きるとゾンビちゃん(仮)がぼくの腕を千切って食べていました。それだけ。
いくらなんでも鈍感過ぎやしませんかねえ、ぼく。
「いいかい?無闇矢鱈とぼくに噛り付いちゃいけません」
「うん」
「そりゃ食べるなとは言ってないし昨晩は大した歓迎の料理も出していないけどね?」
「うん」
「ゾンビちゃんがぼくの身体を余す所なく骨までバリバリ食べてくれるのは嬉しいよ?片付けの手間が減るし」
「うん」
「それにしたって血液はB級映画よろしく噴き出るんだ。見てごらん」
「?」
「ぼくが手隙の時間を使って5年も掛けて作り上げたふかふかなお布団様が今やお化け屋敷の小道具のように血を吸ってベタベタだ」
「うん」
「まあ、つまりね、ゾンビちゃんがお腹を空かせたらご飯もあげるし欲しいなら腕の2、3本くらい千切っても良い」
「わあい」
「待ってぇ最後まで聴いて?それでね?もう少し場所を選んでくれるとありがたいなぁ。このお布団様のような惨劇グッズ量産されたらたまんないし」
「おなかすいた」
「聴いちゃいねえ!危なぁっ!頰肉狙いか!」
昨晩、墓場で遭遇した少女を家に連れてきました。
このハングリーガール、ゾンビちゃん(仮)。
本当に食べることしか考えていません。
今さっき改めて朝御飯(肉多め)を振る舞ったのですが、もうお腹が空いたのかキラキラと可愛い瞳でぼくを見つめてきます。
こんな綺麗な女の子に求められるようになるとは。
これがこの間若い人間が言っていた「モテ期」という物でしょうか。
・・・はい。違いますね。
求められる=無限湧き(復活)するエサ。ですもんね。
こうして視線を外している間にも小さな口を開けて接近してますもん。恐怖しか感じません。
はぁい止まってー。
異国から取り寄せたお菓子なんかいかがでしょう?
甘くて美味しいんですよー?
紅茶も淹れて優雅な
えっ。あなたが良い?
ははは。君という奴は。
うわーっ。
さてと、落ち着いた所でゾンビちゃんに話があります。
「さあ、結局ぼくもお菓子も平らげてご満悦なゾンビちゃんに大事なお話があります」
「ごはん?」
「違います」
本当にブレないなこの娘さん。
「名前ですよ。ゾンビちゃんの名前」
「なまえ」
「そうです。いつまでもゾンビちゃんと呼ぶのは味気ないですからね」
「あじ」
「そこに反応しない。という訳で!ゾンビちゃんの名前を考えてしまおう!という提案です。はい拍手」
「おー」
「それではドンドン名前を出そうか。それじゃシンプルにこんなのは?」
【シンプルに】ゾン子
「うあぁ」
「そ、そんな顔をしないでよ決めた訳じゃないから!」
これは駄目、と。
「じゃあ、これは?」
【少しひねって】ハングリーガール。略してハンガー
「むしゃむしゃ」
あ、駄目だ。見向きもしねえ。
お願いだから絨毯を食べるのは止めて!
うーん。何がいいでしょう。
あ、そういえば町で知り合ったマダムがペットを飼っていましたね。
ハッ!ティンと来た!
【ペットに人気の名前】ベラ
「どうです?」
無言で喰い殺されました。
名前付けは少々難航しています。
ゾンビちゃんは飽きてきたのか背後から首に噛み付いています。痛い痛い。
「うーん。ミス・ブロンドは不評だったし、カニバルもあまり受けなかったしなあ」
「むぐ」
「え?どうしました?」
ゾンビちゃんが指でさしたのは試行錯誤の内に書いた1枚ですね。そう言えば見せてませんでしたっけこれ。うわっ。ぼくの血でベタベタだ。
「ええと、なになに?」
【お洒落に】
「これにする」
「これでいいの?」
「うん」
「なら、決まりですね。今日から君はマリーちゃんです!」
「おなかすいた」
「凄い平常運転だ。ランチにしましょうか」
「うん」
「我慢して!詰め寄って来ないで!」
「がぶり」
ぼくの家に素敵なモンスターが住み着きました。
彼にネーミングセンスはあんまりないです。