きまぐれ ぶらっどろーど   作:外道男

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夢見る怪物 夢に生きる怪物


皆さんは良い夢見てますか?


ゆめみるいきもの ゆめにいきるもの

夢魔と呼ばれる怪奇が居る。

 

 

彼ら彼女らは人の夢の中に現れ、精気を吸い取り、時に悪魔の子さえ孕ませるとされてきた。

人間が欲に弱い生物である以上、夢魔の存在は古来から黙認されていた。

 

しかし、現代において。

夢魔は非常に肩身の狭い思いをしている。

怪奇と言う物に寛容であった時代はとうに過ぎ、力の弱い怪物は排斥が進んだ。

力の強い怪物は自由であったかと言われるとそうでも無い。罪を犯し、幾多の命を無為に散らすような生物は、真っ先に死神達に目を付けられたのだ。

 

夢魔はその括りで言えば、力を持っていた方だ。人が干渉できない夢の中でこそ彼らの力は輝くのだ。

 

だが、安心は出来なかった。

過去に、永久不可侵とさえ謳われていた夢の世界に、死神はするりと入り込んで来たのだ。

当時の夢魔のリーダーであった女性夢魔(サキュバス)が、漆黒の紳士に肩を掴まれて消失した事件は伝説と化している。

 

因って、現代の夢魔の行動は変化した。

 

夢の中で人の望んだ夢を見せ、その対価として精気を貰う。と言う契約を交わすのだ。

これならば死神の定める“罪”には当たらないし、夢の内容を強制しないので昔に比べると随分とマイルドになったものだ。

 

また、夢の内容を決められる事から、対象を人に限定する必要も無くなってきた。

夢魔はその対象を怪奇相手にも広げる事で、取りづらくなった精気(エサ)を補填したのだ。

 

夢見る生物から精気を貰うため、夢魔達は今日も夢の世界を飛び交う。

 

ここレイズ市でも、日々努力して精気を集める夢魔の姉弟が居た。

 

 

 

 

 

 

「もー!聞いてよラスト!あのダグとか言うおじさんハズレだったわ!」

「そうなの お姉ちゃん?」

 

レイズ市の上空に浮かぶ2つの影があった。

蝙蝠のような翼を背中に持つ露出度の高い服装の怪奇。夢魔である。

愚痴を零しているのは姉のラクシャリア。

姉の愚痴に眉を下げて苦笑しているのが弟のラストだ。

 

「そうよ。良い夢見させてあげるって言ってんのに美味しいものが食べたいとか取り敢えず肉が食べたいとか!」

「最近そう言う人が多いよねえ」

 

「まったく!男なんだから偶にはエッチな夢とか見なさいよね!」

「あはは・・」

 

ラクシャリアが愚痴を零すのには理由がある。

夢魔の契約とは相手の望んだ夢を見せる代わりに精気を頂くという物だが、双方WINーWINの契約に見えて実は大きな欠点があった。

 

夢魔とは即ち淫魔。

淫らな夢に人間を誘い込み精気を吸い取る怪物である。

故に、そもそもソレ(・・)以外の夢を見せる事など想定していないという事で、極端に精気の搾取が悪くなるのだ。

 

現代に入って夢魔が契約(食事)に追われるようになった主因である。

 

 

「それで?アンタはどうなのラスト?」

「ぼく?」

「確か魔女のリリスさんだっけ?まあエッチな夢は難しいだろうけど、ちゃんと精気は回収出来た?」

 

「そ、それが・・」

「え?ダメだったの?」

「身長を高くして欲しいって夢だったから見せてあげたんだけど、どうしてか途中で凄く落ち込んじゃって・・」

 

良い夢を見ていた筈のリリスは急にテンションがガタ落ちして精気が貰える状態ではなくなってしまった。

 

これはレアケースではあるが、契約の欠点の一つだ。

万が一、夢で満足出来なかった場合もまた、精気の搾取が難しくなるのだ。

 

「プライドが高いと理想と現実の板挟みで勝手に自爆する人って居るのよねー」

「そうなんだ・・」

 

会話を終えて直ぐに、ラストの腹がくるると鳴った。

 

「うーっ。お腹減ったねえ」

「事故みたいな物だし仕方ないわ。次を狙いましょ」

 

ラクシャリアは品定めするように一回り町を俯瞰した。

 

「ねえラスト。彼処(あそこ)の屋敷に行ってみない?」

 

ラクシャリアが指し示したのは町の外れ。

鬱蒼とした森の中に大きく存在を主張する紅い屋根の洋館だ。「ムルナウ屋敷」と呼ばれている場所である。

 

「ええ?!だ、ダメだよ お姉ちゃん。吸血鬼が住んでる屋敷なんだよ!?」

「なんでよ?イイじゃない別に」

 

「だって・・吸血鬼の人たち高圧的で怖いし、虐められるかも・・」

「もう、アンタはそんな事だから直ぐに虐められるのよ。ビクビクしてても何も始まらないの。シャンとなさい」

「で、でもー・・」

 

「それに確かあの屋敷の吸血鬼は変わり種って噂だし大丈夫よ。今は可愛らしい女の子も住んでるらしいわよ?」

「そ、そうなの?」

 

可愛らしい女の子と聞いて尻込みしていたラストが顔を上げる。なんだかんだで面食いな夢魔の性をしっかりと受け継いでいる弟であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やあやあ諸君。ぼくは不死身の吸血鬼さんだよ。

 

目覚めた時には何故か屋敷の居間に立っていました。

いや、目覚めてないのか。

ぼくはどうやら夢を見ているようですね。

 

「ご名答〜。ここは夢の世界よ」

「やあ、お客さん。いらっしゃい」

 

「あれ?反応薄いわね夢魔を見た事が御有り?」

「いや無いけど。立ち話もなんだし、どうぞ座って」

「え、ええ。・・調子狂うわねー」

 

 

 

 

「へえ。好きな夢を見せてくれるんだ」

「そうよー。今ならどんな淫靡な夢でも見せて上げるわ。どうかしら?」

 

うーん。

好きな夢をと言われてもなあ。

 

「好きな吸血鬼の女性とかは?夢の中なら思うがままよ?」

「あー、同族からは嫌われてまして。はい。ぐすん」

「ちょちょ、ちょっと泣かないでよ!アンタが落ち込むと精気が貰えないでしょ!?」

 

少しばかり取り乱してしまいました。

どうにか同族の方とも仲良く出来ませんかねえ。

 

「ごめんね。急に泣いたりして」

「べ、別に良いわよ私の落ち度なんだから。ほら、もうどんな要望でも良いから言ってみて」

 

そうですねー。

じゃあ、こんなのはどうだろう。

 

「じゃあ、夢の中での話し相手になって貰えますか、ラクシャリアさん」

「へ?」

「駄目ですかね?」

 

喋り友達が増えるのは良い事だと思ったんだけど。

 

「駄目じゃ、無いけど。はあ〜」

 

随分と疲れた溜め息ですね。

夢魔もやはり苦労するんだなあ。

 

「もしかして迷惑でした?」

「これも仕事の内だから構わないわ」

「お茶入れますね」

「ありがと」

 

大変ですね。

夢魔というのも。

 

 

「はぁ。ラストの方は大丈夫かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

マリーと言う少女は、夢魔のラストが一目惚れする程に可憐な少女だった。

 

「そ、それでね?好きな物を何でも出して上げるし、どんな夢でも見る事が出来るんだよ」

「・・・」

 

無表情でじっとこちらを見つめる少女に、少し紅潮した顔でたどたどしく説明をする。

 

「え、えっと・・どう、かな?」

「すきな、もの」

 

説明を終えた後、直ぐに夢の世界に変化が生じた。マリーが望んだ物を、夢が叶えようとしているのだ。

 

『やあマリーちゃん』

「でた」

「こ、この人が?」

 

現れたのはこの屋敷の主人と思しき青年であった。

 

この少女が望む夢とはどんなものだろう?

少女に対する興味があったラストはその動向を傍で見守っていたのだが。

 

「がぶり」

『うわー』

 

マリーは青年の喉に喰らい付いた。

 

びしゃりと。

ラストの頬に生暖かい液体が散った。

 

一瞬の出来事に言葉も出ないラストは無意識のうちに頬の液体を指で拭って確認していた。

 

赤だ。鮮紅だ。

言葉にするのも憚られるような、生きている色だ。

 

「お姉ちゃん助けてー・・」

 

血の苦手なラストは卒倒した。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ありがとうね、ラクシャリアさん」

「もういいの?」

「うん」

 

本当に世間話をしただけで今日の仕事が終わってしまった。

根がおしゃべりなラクシャリアとしては楽しい時間ではあったが、世間話で手に入る精気など微微たる物であろう。

 

「それじゃ、ちょっと精気を貰うわよ」

「どうぞどうぞ。死ぬまで吸い取っちゃって構わないよ」

 

ーーーーーーん?

 

「・・え?ちょっと今なんて言ったの?」

 

「え?死ぬまで吸い取って構わないよって」

「・・・嘘ォっ!?」

「嘘じゃあないよー」

 

何だこの吸血鬼。

噂以上の変人ではないか。

 

「い、い、良いのかしら?後で冗談って言っても取り返しつかないわよ?」

「どうぞ。一回死ぬくらいなら大丈夫だから」

「ほ、本当に?」

 

夢魔であるラクシャリアが誘惑されていた。

最近は良い夢を見てくれる人が少ないために腹を空かしていたのだ。

 

「ごめんラスト。お姉ちゃん先にごはんたべちゃう」

 

あっさりと欲望に打ち負けたラクシャリアは吸血鬼から全力で精気を吸い上げた。

死んだ筈の相手から声を掛けられて卒倒する10秒前の事である。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ」

「う、うーん」

「ねえ」

 

「はっ。うわぁ!?ごめんなさい!」

 

ラストが目を覚ますとーーと言っても夢の中だがーー目の前にマリーの顔があった。

気絶する直前の光景を思い出してラストはマリーから距離を取る。

 

ちらりと見ると、いつの間にか青年は消え去っていたが、至る所に飛び散った鮮紅が少女の望んだ惨劇を物語っていた。

 

「た、食べないでぇ・・」

 

ラストは頭を抱えて命乞いをするが無情にもマリーは手を伸ばしてくる。

 

「ひぃ」

 

しかし、伸ばされた手は柔らかくラストの頭に置かれた。

そのまま左右にくしゃくしゃと手が揺れる。

頭を撫でられていた。

 

「えっ、えっと?」

「おいしかった です」

「は、はい・・」

 

ラストが顔を上げると、見惚れるような笑顔が、目の前にあった。

 

「ありが とう」

 

彼女の最大級の感謝と満足感が、精気となってラストに流れ込んできた。

今まで生きてきた中で手に入れた、最も純度の高い精気であった。

 

「は、はい!こちらこそありがとうございます!マリーさん!」

「おなかすいた」

「へ?うわー!お姉ちゃーん!?」

 

この後、暫く彼は逃げ回る事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、ラスト!どうだった其方(そっち)は!」

「う、うん!上手く行ったよお姉ちゃん!」

 

「いやあ何か良く分かんないけど滅茶苦茶気前良くってさ!もう暫くは精気無くても大丈夫って感じね!」

「ぼくも!えへへ、綺麗だったなぁマリーさん」

 

「しかも、何時でも来て良いって!やったよラスト!お得意様ゲットだよ!?」

「本当!?やったねお姉ちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

この日を境に、「ムルナウ屋敷」に訪れる怪奇が2人増えた。

 

 




夢の中でこそ本性が出る
まあ【彼】もマリーちゃんもいつも通りね

夢魔の見せる夢で得られる精気について
純粋な感情かつ3大欲求に近いほど得られる精気は多い。マリーちゃんから貰えた精気が多いのはそういう理由。また、【彼】は精気を吸われた程度では死にません。文中には書いてませんが、契約で望んで死を受け入れた場合については死神も目くじら立てません。

夢魔姉弟 《ラクシャリア》
夢魔の姉の方。強気

夢魔姉弟 《ラスト》
夢魔の弟の方。弱気


夢魔は基本的に露出の多い服を好む。

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