Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第43話「無限の剣製」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まっすぐに飛んで来る武具の群れ。

 

 今の士郎には判る。

 

 その一本一本全てが、時代に名を成した一線級の宝具であると。

 

 洋の東西、古今を問わず、あらゆる武具、宝物の原点をすべて所有し、それを振るう事を許された唯一の英雄。

 

 メソポタミア、ウルクの王ギルガメッシュ。

 

 故に呼ばれて「英雄王」

 

 桜が最強と言ったのは、決して誇張ではない。

 

 あのカードが桜の手にあれば、間違いなく聖杯戦争の勝利は桜の物となっていた事だろう。

 

 飛んで来る宝具の群れ。

 

 その全てを受ければ、士郎は無事では済まないであろうことは、明々白々である。

 

 次の瞬間、

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 低く囁かれる詠唱。

 

 同時に、黒白の斬線が縦横に奔り、飛んできた宝具全てを叩き落して見せた。

 

「ぬッ!?」

 

 英雄王ギルガメッシュの英霊を纏う女性。エインズワース家の尖兵「ドールズ」の1人であるアンジェリカは、僅かな驚愕と共に士郎を見た。

 

 必殺の念を込めて放った宝具射出。

 

 今の士郎は夢幻召喚(インストール)すらしていない生身の状態。

 

 ならば、アンジェリカの攻撃を防ぐ事など、できない。

 

 その、はずだった。

 

 にも拘らず、放った攻撃は全て弾かれ、士郎は無傷のままそこに立っている。

 

 そして、

 

 士郎の手には、投影魔術で作り出した黒白の双剣、干将・莫邪が存在していた。

 

「馬鹿な・・・・・・その戦い方は・・・・・・それに、剣だと?」

 

 驚くアンジェリカを前にして、士郎はゆっくりと体を起こす。

 

「・・・・・・俺をただの人間だとでも思ったか? そいつは認識が甘いぞ、英雄王」

 

 言い放つと同時に、士郎の手には再び干将・莫邪が出現。

 

 更に同時に、その周囲の空中には無数の剣が現れ、その切っ先を一斉にアンジェリカへと向けた。

 

「お前が挑むのは正真正銘、英霊のまがい物だ!!」

 

 叫ぶ士郎。

 

 その言葉に、アンジェリカは不快気に目を細めた。

 

「我らエインズワースを前にして、偽物の偽物を名乗るかッ その罪、命でしか購えぬと知れ!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 アンジェリカは再び攻撃を再開する。

 

 宝物庫から取り出した武具を一斉に射出。

 

 放たれた刃が、次々と士郎へ殺到する。

 

 対抗するように、士郎も投影した武具を射出。飛んで来るアンジェリカの攻撃を弾きながら前へと進み続けた。

 

 

 

 

 

 冬木大橋付近での激闘も続いていた。

 

 不可視の剣を掲げ、真っ向から斬り込んでいく久希。

 

 対抗すべく、ドールズの1人で狂戦士(バーサーカー)の英霊として現れたベアトリス・フラワーチャイルドは、手にした斧剣を大上段から振り翳す。

 

「オラァッ!!」

 

 真っ向から振り下ろされる巨大な石の刃。

 

 対して、久希は鋭く剣を斬り上げる。

 

 激突。

 

 ほぼ同時に、両者の剣は弾かれた。

 

「ッ!?」

「はッ!!」

 

 息を呑む久希に対し、ベアトリスは嘲るような笑みを浮かべて斧剣を引き戻す。

 

 久希が体勢を立て直すよりも早く、ベアトリスは斬りかかる。

 

 振り下ろされた斧剣が、足元の地面を破砕。コンクリートが破片となって久希に襲い掛かる。

 

 そこへ、

 

 ベアトリスは更に追撃を仕掛けた。

 

「シャァッ!!」

 

 横なぎに振るわれる斧剣。

 

 対して、久希は不可視の剣を振るって攻撃を弾く。

 

 だが、

 

 殺しきれない勢いにより、久希の体は大きく後退する。

 

「ハッ どうしたッ!? その恰好は見掛け倒しかよ!!」

 

 追撃するベアトリス。

 

 真っ向から襲い掛かり斧剣を振り下ろす。

 

 対して、とっさに背後の民家に跳び上がり、攻撃を回避する久希。

 

 だが、

 

「それでかわしたつもりかよッ!!」

 

 叫ぶと同時に、斧剣を横なぎに振るうベアトリス。

 

 その一閃が、文字通り民家を叩き潰した。

 

「なッ!?」

 

 驚いて、とっさに飛び降りる久希。

 

 ベアトリスは更に縦横に斧剣を振るい、民家を跡形もなく吹き飛ばしてしまう。

 

「やる事が大雑把だな、あなたはッ!!」

「泣き言かよ!!」

 

 飛んで来る破片を回避しながら舌打ちする久希。

 

 構わず、向かってくるベアトリス。

 

 小柄ながら、圧倒的な戦闘力を誇っているベアトリス。

 

 そもそも聖杯戦争における狂戦士(バーサーカー)システムとは本来、力の弱い英霊をあえて狂化する事により、大英雄並みの戦闘力を発揮させることにある。

 

 だが、ベアトリスが纏う狂戦士(バーサーカー)の名は、ヘラクレス。

 

 ギリシャ神話に並ぶもの無き、半人半神の大英雄。

 

 数々の魔物討伐で名を馳せた戦士。

 

 およそ「英雄」のカテゴリの中にある存在であって、「究極」の一角である事は間違いない。

 

 元々、最強クラスだった英霊を、狂化によって更に底上げしたのだ。その戦力は反則級と言ってよかった。

 

 向かってくるベアトリス。

 

 その姿を見据え、

 

 久希は地を蹴った。

 

 魔力放出で自らを加速。一気に間合いへと斬り込む。

 

「なッ!?」

 

 予期しえなかった久希の反撃を前に、ベアトリスは一瞬、驚いて動きを止める。

 

 間合いを狂わされたベアトリス。

 

 その一瞬の隙に、久希は斬り込んだ。

 

 逆袈裟に斬り上げられた不可視の剣閃。

 

 ベアトリスの身体が斬り裂かれる。

 

 手応えは、あった。

 

 剣を振り切った状態で、久希は確信する。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・で、それがどうしたんだよ?」

「なッ!?」

 

 冷酷に告げられたベアトリスの言葉に、久希は思わず絶句する。

 

 そのベアトリスはと言えば、何事も無かったように斧剣を振り翳している。

 

 見ればたった今、久希の斬撃によって受けた傷も塞がり始めていた。

 

「ッ!?」

 

 振り下ろされた斬撃を、後退する事で回避する久希。

 

 同時に地に着いた足に力を籠め、再び斬りかかる。

 

 対して、攻撃を終えた直後のベアトリスは、すぐには動けない。

 

 久希の剣は、確実にベアトリスを捉えた。

 

 次の瞬間、

 

 ガキッ

 

「何ッ・・・・・・・・・・・・」

 

 ベアトリスの肩に当たった久希の剣は、けんもほろろに弾き返されてしまった。

 

「ハッハー 無駄無駄ァ!!」

 

 言い放つと同時に、斧剣を横なぎに振るうベアトリス。

 

 その一撃を久希は、辛うじて受け止めた物の、大きく吹き飛ばされてしまう。

 

「ヘラクレス舐めんじゃねえよッ そんな蚊に刺された攻撃が効く訳ねえだろ!!」

 

 身を起こしながら、久希は内心で舌打ちする。

 

 十二の試練(ゴッド・ハンド)

 

 大英雄ヘラクレスは生前に成した十二の偉業により、その魂は12回殺さない限り倒す事が出来ない。

 

 加えて、第一級の攻撃以外では、その防御力を貫く事も叶わず、更には、一度受けた攻撃は、二度目以降は殆ど通用しなくなると言う、殆ど出鱈目とも言うべき防御型宝具を持っているのだ。

 

 久希の剣が、2度目には弾かれたのは、そう言った理由である。

 

「・・・・・・・・・・・・成程」

 

 口元に滲んだ血を拭いながら、久希は不可視の剣を構えなおす。

 

「厄介ですけど、先にそれをどうにかしないと始まらないですね」

 

 その余裕ぶった言葉に、

 

 聞いていたベアトリスは鼻白んだように睨みつける。

 

「おいおい、頭逝っちゃってんですかー? 大英雄ヘラクレス相手に、余裕こきすぎだろ」

「まあ、ね」

 

 ベアトリスの嘲笑にも取り合わず、久希は剣の切っ先を向ける。

 

「けど、どんな強力な武器も、正体が判れば対処もできるってもんです」

 

 その言葉に、

 

 ベアトリスの苛立ちは一気に沸点を衝く。

 

 斧剣を振り翳す少女。

 

「舐めんじゃねえよ、クソがッ!!」

 

 同時に、久希も向かってくるベアトリスを冷静に見据えて地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物事には様々なイレギュラーが付き物だが、この聖杯戦争においても、主催者たるエインズワースは様々なイレギュラーに見舞われていた。

 

 その一つが、久希の存在だろう。

 

 開戦直前に奪われた最優の英霊「剣士(セイバー)」が久希の手に渡り、それがエインズワースにとって無視しえない障害となって立ちはだかっている事は、彼らにとって臍を噛みたくなるくらいの痛恨事だったはず。

 

 だが、それ以上の、イレギュラー中のイレギュラーは、間違いなく士郎の存在だった。

 

 彼らにとって完全に誤算だったはずだ。

 

 士郎が屑カードを英霊の座に繋げてしまった事も。

 

 その英霊が他ならぬ、衛宮士郎本人であった事も。

 

 そして、

 

 これは彼らすら知らなかったことだろう。

 

 もし、「自分自身のカード」を使い続けたら、どうなるか、と言う事を。

 

 飛んで来る武具を弾き、斬り飛ばしながら士郎は前へと進む。

 

 次々と投影され、射出される武具。

 

 回を重ねるごとに、投影の精度も、速度も上がっていくのが判る。

 

 英霊「エミヤ」のカードを使い続けた結果、士郎の身に僅かな変化が起こり始めていた。

 

 自分が至るかもしれなかった未来。

 

 その可能性への憑依を繰り返した結果、士郎は未来における技能と魔術回路を先取りし、その「起源」すら、(エミヤ)から譲りうける事となった。

 

 否、

 

 より正確に言えば、士郎の身は徐々に、英霊「エミヤ」へと置換されつつあったのだ。

 

 士郎は戦闘が始まっても夢幻召喚(インストール)せずに戦っているが、戦闘力には何の問題も無い。

 

 むしろ、夢幻召喚(インストール)して戦っていた時よりも調子が良いくらいである。

 

 更に、左腕の一部と左目周辺が褐色化している。これは置換が始まっている何よりの証拠であった。

 

 間もなく、衛宮士郎と言う存在は完全に消えてなくなるだろう。

 

 だが、それでもかまわない。

 

 士郎はそう思った。

 

 たとえこの身が如何なる事になろうが、美遊さえ助け出す事が出来れば関係なかった。

 

 退路は既にない。自ら断った。

 

 久希が捨て身でこの戦いに挑んだように、士郎も死を覚悟してこの場に立っていた。

 

 アンジェリカの迎撃をすり抜け、士郎は剣の間合いに踏み込む。

 

「もらったッ!!」

 

 跳躍と同時に、振り下される黒白の双剣。

 

 だが、それよりも早く、アンジェリカは自身も宝物庫から剣を取り出して士郎の斬撃を防ぐ。

 

偽物(フェイカー)風情が、舐めるなァ!!」

 

 アンジェリカが叫ぶと同時に、士郎の足元に門が開く。

 

「ッ!?」

 

 とっさに後退する士郎。

 

 間一髪。

 

 それまで士郎が立っていた場所の足元から、巨大な剣が出現する。

 

 あと一歩遅かったら、士郎の体は串刺しにされていた事だろう。

 

 だが、体勢を崩した士郎に、アンジェリカは追撃の手を緩めない。

 

 次々と門を開くと、ここぞと灯に武具を一斉掃射する。

 

 たちまち、押し戻される士郎。

 

 飛んで来る攻撃を、辛うじて回避していく。

 

 両者の間合いは、再び大きく開かれる。

 

「・・・・・・・・・どうに死に体のはず」

 

 視界の先で身を起こす士郎を見ながら、アンジェリカは不審な面持ちで呟く。

 

 その視界の先では、士郎がよろめきながらも立ち上がろうとしていた。

 

「だと言うのに、剣戟の重さも投影速度も上がってきている。どんな出鱈目を用いているかは知らんが、その先にあるのは明確な破滅だ」

 

 その言葉を聞きながら、

 

 士郎は顔を上げて真っすぐに、アンジェリカを見た。

 

「・・・・・・・・・・・・思い出したよ。あの時のアレは、お前だったんだな」

 

 そう告げる士郎の脳裏には、かつて美遊を奪われた時の苦い記憶が蘇っていた。

 

 あの時、美遊を取り戻そうとジュリアンに駆け寄った士郎は、背後から襲い掛かった何者かに、無数の武具で刺し貫かれて意識を失った。

 

 あの時の状況と、アンジェリカの戦い方は瓜二つと言ってよかった。

 

 それにしても、

 

 士郎はフッと笑って、アンジェリカを見る。

 

「それにしてもお前、案外、可愛い奴だな」

「・・・・・・なに?」

 

 どこか挑発するような士郎の言葉に、アンジェリカは訝るような眼差しを向ける。

 

 対して士郎は、不敵な笑みと共に言い放った。

 

「戦っている最中に相手の心配か。俺にはとても、そんな余裕は無かったよ」

 

 死闘に次ぐ死闘の連続だった士郎。

 

 ここに至るまで、死を覚悟しなかった事など一度としてなかった。

 

 たった一度の差し違えが死に直結する極限の状況の中、士郎は勝ち残って来たのだ。

 

「お前らはお前らの信じる物を背負って戦ってきたように、俺にだって背負っている物がある。だから、負けるわけにはいかなかった」

 

 士郎の言葉に対し、アンジェリカは不快気に口元を歪める。

 

「それは個人の感情か? あるいは感傷か? いずれにしても、この世で最も下らぬ物だ」

 

 滅びゆく世界を救う。その為に、美遊と言う個人を犠牲にする。

 

 全の為に一を斬り捨てるを善とする。

 

 そうした考えを持つエインズワースにとって、全を切り捨てて一を守ろうとする士郎の在り方は、確かに悪その物なのかもしれない。

 

 ある意味、

 

 士郎の周りには、様々な正義があった。

 

 衛宮切嗣は、この世全ての救済を夢見た。

 

 ジュリアン・エインズワースは種の継続を選んだ。

 

 そして衛宮士郎は、たった1人の幸せを願った。

 

 それぞれが正義であり、それぞれが相容れぬ。

 

 片方から見れば、片方は悪と成り得ることだろう。

 

 正義とは、それ程までにあやふやで不確かな物なのだ。

 

 そして、もう1人、

 

 「彼」は至ってしまった。

 

 自らが目指した、理想の果て。その伽藍洞になった心象風景へと。

 

 眦を上げる士郎。

 

 その瞳に戦機が映る。

 

 双眸は、真っ向からアンジェリカを睨み据える。

 

「残ってしまった俺の命全てを賭けて、美遊は返してもらうぞ!!」

 

 言い放つと、左腕を掲げる士郎。

 

 同時に魔術回路を最大起動させる。

 

「そこをどけッ 英雄王!!」

 

 対抗するように、アンジェリカも宝具の一斉射出を再開した。

 

 

 

 

 

 鋭く放たれる横なぎの一閃。

 

 不可視の閃光によって両断された世界。

 

 その静謐の中、

 

 剣を振り切った久希は、ゆっくりと視線を上げる。

 

 その目の前では、喉を切られて鮮血を撒き散らす、ベアトリスの姿があった。

 

「・・・・・・これで、3回目」

 

 久希が呟く間に、

 

 ベアトリスが顔を上げる。

 

 その首元にある傷は、既に完全に塞がっていた。

 

「無駄だっつってんだろ」

 

 言った瞬間、手にした斧剣を轟風と共に振るう。

 

 その一撃を、剣を返して辛うじて防ぐ久希。

 

 少年の体は大きく後退する。

 

 足裏でブレーキを掛けながら、辛うじて踏み止まる久希。

 

 だが、内心の焦りは隠しようが無かった。

 

 これまで久希がベアトリスに与えた致命傷は3回。並の英霊なら、とっくに消滅しているレベルである。

 

 流石は大英雄と言ったところか。

 

「どうした、さっきまでの余裕はどこに行ったんですかァァァ?」

 

 嘲笑交じりのベアトリスの言葉。

 

 対して、久希は唇を噛み占める。

 

 確かに、

 

 業腹だがベアトリスの言うとおりだ。

 

 既に3つの命を奪ったとは言え、久希の攻撃も効き辛くなってきている。

 

 このままあと9回。その全てを削り切る前に、久希の方が限界を迎えるであろうことは、想像に難くなかった。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 どうする?

 

 このままじゃじり貧確実。何か手を打たないと敗北は必至だった。

 

 あるいは・・・・・・・・・・・・

 

 久希は、自分の手の中にある「見えない剣」に目をやる。

 

 宝具を使えば、とも思う。

 

 剣士(セイバー)のクラスカードに宿る英霊。

 

 ブリテンに名高き、騎士王アーサー・ペンドラゴン。

 

 その彼が振るう宝具は、言うまでもなく聖剣エクスカリバーである。

 

 振るえば万軍をも打ち滅ぼすとも言われる星の聖剣ならば、大英雄ヘラクレスにも十分対抗は可能だろう。

 

 だがしかし、問題もある。

 

 エクスカリバーは、その力の強大さゆえに、普段は厳重にも厳重な封印が掛けられている。

 

 風王結界(インヴィジブル・エア)も封印の一つだが、その他に十三拘束(シールサーティーン)という封印も存在する。

 

 これは、文字通り十三段階の封印であるが、その解除にはアーサー王自信を含む、円卓の騎士13人中、半数以上の承認が必要となる。

 

 封印を解くには、円卓の騎士たちに、如何にこの戦いが意義ある物であるかを認めさせなくてはならないのだ。

 

 だが、現状においては、半数どころか3分の1の承認ですら、得られるかどうか怪しい。

 

 それではヘラクレスに対抗する事は難しいだろう。

 

 星の聖剣エクスカリバーとは、それ程までに強力で危険な存在なのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・いや」

 

 久希は、脳裏にある事を思い浮かべ、思案する。

 

 現状ではエクスカリバーは全力使用する事が出来ない。否、開放自体は可能だが、全力には程遠いだろう。

 

 ならば、

 

 現状で打てる手段を、模索しなくてはならない。

 

「やってみるか」

 

 不敵に呟く久希。

 

 そこへ、突撃してくるベアトリスの姿が見えた。

 

「さあッ 今度こそ、迷わずあの世に行っちまいなァ!!」

 

 振り翳される斧剣。

 

 対して、

 

 久希はグッと、身を低くして剣を構える。

 

 見定める、己が敵。

 

 同時に、剣を覆う風王結界(インヴィジブル・エア)を開放し、剣を一閃する。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)!!」

 

 解放される暴風の一閃。

 

 解き放たれた大気が、強烈な破壊力を伴って吹き荒れる。

 

 その打撃力を前に、

 

「グゥッ!?」

 

 ベアトリスが、一瞬動きを止める。

 

 さしもの大英雄ヘラクレスも、強烈な大気の一撃には怯まざる柄を得なかった。

 

 だが、それも一瞬の事である。

 

 体勢を立て直したベアトリスは、すぐさま攻撃に移るべく動く。

 

「どうしたッ それで終わり・・・・・・・・・・・・」

 

 最後まで言い切る事を、ベアトリスは出来なかった。

 

 なぜなら、

 

 次の瞬間には、久希の姿がベアトリスのすぐ眼前に現れていたからだ。

 

 風王鉄槌(ストライク・エア)を放った直後、久希は魔力放出を利用して、ベアトリスに斬り込みをかけていたのだ。

 

 風王鉄槌(ストライク・エア)で倒しきれない事は、初めから織り込み済み。

 

 風はあくまで囮。本命は、久希自身による直接攻撃の方だった。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 突き込まれる剣閃。

 

 その一撃が、

 

 ベアトリスの胸を、真っ向から貫通した。

 

「グッ!?」

 

 激痛に、歯を食いしばるベアトリス。

 

 久希の剣は、手元付近までベアトリスの身体に突き刺さっている。

 

 明らかなる致命傷、

 

 だが、

 

 その状態で尚、ベアトリスは笑みを浮かべて見せた。

 

「・・・・・・・・・・・・だ、から、無駄だって、言ってんだろうがよ」

 

 激痛に苛まれながらも、その口調には余裕が感じられる。

 

「確かに、『一つ』潰されたがよ、こっちにはまだ、命が8つもあるんだ。何やったってどうせ無駄なんだから、さっさと諦めるんだな」

 

 大胆かつ不敵な発言。

 

 その言葉には、己の纏う最強の英霊に対する、絶対的な自信が伺える。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・生憎だけど」

 

 久希もまた、

 

 不敵な笑みで返した。

 

「僕の狙いは、ここからだ」

「何ッ!?」

 

 驚くベアトリス。

 

 間髪入れず、久希は仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十三拘束解放(シールサーティーン)!! 円卓議決開始(デシジョンスタート)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚くべき事に、

 

 久希はベアトリスに剣を突き刺したまま、聖剣解放を開始したのだ。

 

 溢れ出る魔力が閃光の如く噴き出し、周囲一帯を染め上げる。

 

「お、おいッ 何する気だテメェッ やめろッ やめろォォォ!!」

 

 流石に不穏な物を感じ、叫ぶベアトリス。

 

 だが、

 

 もう遅い。

 

 

 

 

 

「これは、友に捧げる戦いである」

 パーツィバル、承認。

 

 

 

 

 

「これは、一対一の戦いである」

 パロミデス、承認。

 

 

 

 

 

「これは、精霊との戦いではない」

 ランスロット、承認。

 

 

 

 

 

「これは、私欲無き戦いである」

 ガラハット、承認。

 

 

 

 

 

 4拘束解放。

 

 予想通り、3分の一にも満たない。

 

 だが、それで十分だった。

 

 たとえわずかで解放されれば、その分の魔力は剣から放たれる事になる。

 

 そして剣は今、ベアトリスに突き刺さっている。

 

 すなわち、あふれ出た魔力は、開放に伴う衝撃ともども、ベアトリスの体内に直接流し込まれる事になる。

 

 いかに強大な防御力を誇る存在であっても、内側は脆い。

 

 ヘラクレス自身なら大ダメージを負いながら、それでも尚、耐える可能性はある。

 

 だが、依り代となっているベアトリスは、そうは行かなかった。

 

 溢れ出る魔力が、ベアトリスの身体を内側から食いつぶし、叩き壊す。

 

「ガァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 堪らず、悲鳴を上げるベアトリス。

 

 彼女の中で8つ残っていたヘラクレスの魂が、次々と叩き潰されていく。

 

 オーバーキル。

 

 8つの魂を一つ一つ削るのは現実的ではない。

 

 ならば、大出力の一撃でもって、全ての魂を一気に叩き潰してしまった方が得策だった。

 

「ガァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 叫ぶベアトリス。

 

 彼女の中でついに、合計で11個目の魂も吹き飛ばされる。

 

 それでも尚、聖剣からあふれる魔力は留まるところを知らない。

 

 そして、12個目の魂がついに叩き潰されようとした。

 

 次の瞬間、

 

「あ、接続解除(アンインストール)!!」

 

 ついに、ベアトリスは夢幻召喚(インストール)を解除するしかなかった。

 

 彼女の体の中から狂戦士(バーサーカー)のカードが零れ落ちる。

 

 同時に、刺さっていた剣も、胸から抜け落ちた。

 

 対して、剣を構えた久希も、荒い息でベアトリスを見据えている。

 

 共に、満身創痍。

 

 しかし、勝負はあった。

 

 ベアトリスが夢幻召喚(インストール)を解除した事で、事実上、彼女戦闘不能となったのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・テメェ」

 

 絞り出すように呟くベアトリス。

 

 彼女の体に、剣による傷は見当たらない。恐らく、接続解除(アンインストール)した事で、彼女自身へのダメージフィードバックは回避されたのだろう。

 

 あと一秒遅かったら、ベアトリス自身も危なかったかもしれない。

 

「覚えてやがれ。テメェは必ずあたしが殺すッ 絶対だ!!」

 

 言い残すと、背を向けて走り出すベアトリス。

 

 後には、立ち尽くす久希だけが残されていた。

 

「・・・・・・・・・・・・勝った、か」

 

 力なく呟く。

 

 勝つには勝った。

 

 だが、久希が受けたダメージも、半端な物ではなかった。

 

 全身を襲う虚脱感。

 

 いっそ、このまま倒れてしまいたいほどのだった。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 まだ、終わっていない。

 

 久希は落ちていた狂戦士(バーサーカー)のカードを、力なく拾い上げる。

 

 これで、6枚。

 

 もっとも、士郎の持つ「アーチャー(エミヤ)」のカードを入れれば、既に7枚揃っている。

 

 聖杯を降誕させるには、充分だった。

 

「行かないと・・・・・・・・・・・・」

 

 ゆっくりと、歩き出す。

 

 目指すは円蔵山の大空洞。先行している士郎に追いついて、久希が持っている剣士(セイバー)狂戦士(バーサーカー)のカードを彼に渡すのだ。

 

 先に奪取した騎兵(ライダー)のカードは、既に士郎に託してある。

 

 これで、彼の勝ちは決まりだった。

 

 疲れた体を引きずるように歩く久希。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾブリッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 突如、

 

 自分の体の中から聞こえた鈍い音に、久希は視線を向ける。

 

 その視界の中では、

 

 一本の杭が腹から深々と刺さり、背まで貫通している光景が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛んで来る無数の宝具。

 

 その姿を前にして、

 

 士郎は一歩も退く事無く立ち続ける。

 

 戦いは間違いなく最終局面。

 

 ならば、自分自身の全てを絞り出してでも、ここは押し通らねばならなかった。

 

 

 

 

 

I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

 

 

 

 

 詠唱を始める士郎。

 

 そこへ、アンジェリカが放った無数の宝具が殺到する。

 

 

 

 

 

Steel is my body, and fire is my blood(血潮は鉄で、心は硝子)

 

 

 

 

 

 次の瞬間、士郎の眼前に出現する、薄桃色の障壁。

 

 花弁を思わせる美しい盾は、あらゆる攻撃を防ぐ絶対の盾。

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 

 自身の持つ、最大の防御障壁で、時間を稼ぐのだ。

 

 

 

 

 

I have created over a thousand blades(幾たびの戦場を越えて不敗)

 

 

 

 

 激突する宝具と障壁。

 

 その間も、士郎は詠唱を止めない。

 

 

 

 

 

Unaware of  beginning(たった一度の敗走もなく)

 

 

 

 

 

 宝具と障壁が激突し、悲鳴のような音が上がる。

 

 同時に、障壁は徐々に砕かれていく。

 

 

 

 

 

 

Nor aware of the end(たった一度の勝利もなし)

 

 

 

 

 

 次々と砕ける障壁。

 

 花弁は舞い散るがごとく消えていく。

 

 だが

 

 

 

 

 

Stood pain with inconsistent weapons(遺子はまた独り)

 

 

 

 

 

 それでも尚、士郎は詠唱をやめようとしない。

 

 

 

 

 

My hands will never hold anything(剣の丘で細氷を砕く)

 

 

 

 

 

 宝具の投射だけでは埒が明かないと思ったのだろう。

 

 アンジェリカは士郎のすぐそばに門を開くと、そこから一斉に天の鎖(エルキドゥ)を射出。士郎を絡め取りにかかる。

 

 雁字搦めにされる士郎。

 

 だが

 

 

 

 

 

yet(けれど)

 

 

 

 

 

 尚も士郎は留まらない。

 

 

 

 

 

my flame never ends(この生涯はいまだ果てず)

 

 

 

 

 

 身動きを封じられる士郎。

 

 そこへ、トドメとばかりに、アンジェリカは大剣を取り出して斬り込んでいく。

 

 

 

 

 

 

My whole body was(偽りの体は)

 

 

 

 

 

 迫る、両者の間合い。

 

 既に熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)は全て砕かれ、士郎を守る物は何もない。

 

 

 

 

 

still(それでも)

 

 

 

 

 

 渾身の力でもって、大剣を振り下ろすアンジェリカ。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

“unlimited blade works”(剣で出来ていた)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界の全てが、一変した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

 

 大剣を振り下ろした状態で、アンジェリカは絶句する。

 

 視界に映る物全てが変化、

 

 否、

 

 塗り替えられていた。

 

 円蔵山の風景は消え去り、視界一面に粉雪の舞う雪原が出現していた。

 

 あたり一面の銀世界、

 

 その地面には数え切れないほどの剣が、朽ち果てたように、無造作に突き立っていた。

 

 その雪が、晴れる。

 

 見上げるアンジェリカの視界の先。

 

 その視線の先で、

 

 一振りの剣を構える士郎の姿があった。

 

「個と世界、空想と現実、内と外とを入れ替え、現実世界を心の在り方で塗りつぶす。魔術の最奥『固有結界』。ここは(エミヤ)の、そして俺の心象風景だ」

 

 静かに告げる士郎。

 

「なあ、お前には、どう見える?」

 

 その視線は、雪原に突き立つ無数の剣を見詰める。

 

「無限の剣を内包する世界。俺にはこの全てが、墓標に見えるよ」

 

 言い放つと同時に、剣の切っ先をアンジェリカに向ける。

 

 その刀身には、淡い炎が纏われた。

 

「行くぞ、英雄王。これが最後の戦いだ」

 

 睨みつける相貌。

 

「俺の全てでもって、ここは通らせてもらう」

「舐めるなよ偽物(フェイカー)!! 貴様が行き着く先は、この墓標の下と決まっている!!」

 

 対して、アンジェリカも王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を開き、宝具の射出態勢に入る。

 

 睨み合う、士郎とアンジェリカ。

 

 たった1人を守るために、悪であろうとする少年と、

 

 全てを救うために正義を掲げる女性。

 

 両者、同時に仕掛ける。

 

 今、最後の激突が、幕を開けた。

 

 

 

 

 

第43話「無限の剣製」      終わり

 


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