Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第42話「決戦の夜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは随分と、変わってしまったんだな。

 

 足を踏み入れた久希の印象は、そんな感じだった。

 

 自分の記憶にあるその場所は、街中にあってさえ、どこか外界から隔絶された静寂に包まれ、まるで「異界」のような雰囲気の中にあった。

 

 静寂に包まれている、という意味では今も昔も変わらない。

 

 だが、かつては静謐の中にある無音の間があったその場所は、今は生きとし生けるもの全てが死に絶えたような不気味さによって形作られている。

 

 竹林を抜け、その先にある場所へとたどり着く。

 

 そこはもう、クレーターのすぐそばだった。

 

「・・・・・・・・・・・・帰って来たよ」

 

 誰もいないその場所へ、そっと語り掛ける。

 

 込み上げるのは感慨と、望郷と

 

 そして後悔の念。

 

 ここに戻って来るまでに、相当な時間がかかってしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・すぐに来れなくてごめんね」

 

 言いながら、久希は途中で買って来た花束を、置かれた石の前に備える。

 

 ここに眠っている人たちへの手向けとして。

 

「まあ・・・・・・本当は、僕なんかには会いたくなかったかもしれないけど・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら久希はそっと、石の表面を撫でる。

 

 そうする事によって、亡くなった人を感じようとしているかのようだ。

 

「・・・・・・・・・・・・けど、今だけは・・・・・・今だけは、どうか許してほしいかな」

 

 自嘲的に笑う。

 

 自分は本来、この場所に足を踏み入れる事すら許されない。

 

 自分は咎人だ。

 

 ここに眠る人たちから見れば、会う事すらおぞましいと思われるかもしれない。

 

 だが、

 

 決戦を前にしても、久希はどうしても、この場所に足を向けずにいられなかった。

 

「第五次聖杯戦争も大詰め・・・・・・多分、今夜には決着が着くと思う」

 

 既に4騎の英霊を倒されたエインズワースに残されている戦力は2騎。

 

 これまで死闘を潜り抜けてきた久希と士郎なら、手の届かない物ではなくなっている。

 

 だが、同時に油断も出来ない。

 

 これまでエインズワースが温存に温存を重ねてきた2騎だ。先の槍兵(ランサー)同様、油断ならない相手であろうことは容易に想像できる。

 

 だが、それでも勝たなくてはいけない。

 

 そして「勝つ」対象が、自分ではない事も、久希は自覚していた。

 

「士郎さんは何としても勝たせるよ。それが、あの子の為だから」

 

 そこに迷いは一切無い。

 

 ここからの自分の戦いは全て「士郎に聖杯を取らせる」事に、全て捧げるつもりだった。

 

「その後・・・・・・多分、僕は生きていないだろうね」

 

 士郎に殺されるか? あるいはエインズワースに殺されるか?

 

 いずれにしても全てが終わった後、久希は生き残る気は毛頭なかった。

 

 立ち上がり、

 

 そして口元に微笑を湛える。

 

 優し気な笑顔を見せる久希。

 

「・・・・・・今だけは・・・・・・だから、今だけで良い・・・・・・どうか僕に、力を貸して」

 

 そう告げると、久希は踵を返す。

 

 足早に、そこを後にする少年。

 

 もはや、振り返る事は無かった。

 

 

 

 

 

 久希が教会に戻ったのは、午後になって日が傾きかけたころの事だった。

 

 昨夜の戦闘跡が残る前庭を通り、門を開く。

 

 中へ踏み入れると、士郎が待っていたと言わんばかりに振り返った。

 

「遅かったな。どこ行ってたんだよ?」

 

 少し、咎めるような口調。

 

 その姿に、久希はクスッと微笑を浮かべる。

 

 どうやら「心配をしてくれる」程度には、信頼関係を築けたらしい。

 

 昨夜のVS槍兵(ランサー)戦が功を奏し、士郎と久希はだいぶ打ち解けてきている。

 

 もっとも、親しく笑い合うと言うたぐいのものではなく、あくまで目的を共有する同志としてだが。

 

しかし、それでも最初のころと比べれば、えらい違いだった。

 

「おい」

「ああ、すみません」

 

 ニヤケ顔の久希を咎めるように、士郎は硬い声を発する。

 

 慌てて意識を引き戻す久希。

 

「ちょっと、深山町に用があって行ってきました」

「おいおい」

 

 久希の言葉に、士郎は呆れたように告げる。

 

「あっちは敵地のど真ん中だ。忘れたわけじゃないだろうな?」

 

 現在、士郎たちとエインズワースは、未遠川を挟んで対峙している状態である。

 

 すなわち川を挟んで深山町がエインズワースの領域。新都側が士郎達の領域と言う訳だ。

 

 勿論、それは単に気分的な線引きで会って、実際に勢力圏が分かたれているわけではないのだが。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 長椅子に座りながら、久希は話を進めるべく口を開いた。

 

「それじゃあ、作戦会議と行きますか」

「作戦って・・・・・・これ以上話し合う事なんてないだろ」

 

 久希の言葉に、士郎は呆れ気味に告げる。

 

 既に状況は煮詰まっている。この上、何を話し合うと言うのか?

 

 自分たちにできる事は、円蔵山に攻め込み、敵の英霊を撃破して美遊を奪還する事しかないと言うのに。

 

「ええ、まあ、そうなんですけど・・・・・・・・・・・・」

 

 久希は肩を竦めながら告げる。

 

「それでも、こっちの勝利をより確実にするためには、それなりの工夫は必要だと思うんで」

 

 言いながら、久希は冬木市の俯瞰図を思い浮かべる。

 

 現在、自分たちがいる冬木教会は新都にある。

 

 そして、聖杯が降臨すると言峰から言われた円蔵山は、深山町にある。

 

 この2つの街の間には、未遠川が流れている。

 

 つまり、士郎達が美遊奪還の為に円蔵山を攻めるには、どうしても未遠川を渡る必要がある訳だ。

 

 当然、エインズワース側の激しい抵抗が予想される。

 

 残った2騎の英霊は元より、エインズワースが送り込んで来た尖兵が守りを固めている事だろう。

 

 だが、それを突破しない事には始まらない。

 

「士郎さん・・・・・・・・・・・・」

 

 ややあって、久希は慎重な面持ちで士郎を見ながら口を開いた。

 

「僕は冬木大橋を渡って、正面から攻撃を仕掛けます。士郎さんは、その間に迂回路を取って深山町に入り、円蔵山を目指してください」

「お、おいッ」

 

 久希の言葉に、士郎は慌てた調子で口を開く。

 

 今、久希が言った「作戦」。

 

 それはまるで、久希自身を囮にするような物だった。

 

「それなら、2人で掛かった方が・・・・・・」

「僕たちの目的は、あくまで聖杯の奪取です。なら、より確実性の高い作戦を取るべきです」

 

 言い募る士郎を制して、久希は続けた。

 

 確かに、戦力は集中して使ってこそ意味がある。それならば、士郎と久希は行動を共にすべきだろう。

 

 だが、当然だが、こちらが戦力を集中すれば、エインズワースも迎撃の為に戦力を集中してくるはず。そうなると、2人だけで数十倍、下手をすると数百倍の敵に挑まなくてはならなくなる。

 

 だが、1人が派手に暴れて敵の目を引き付ける事が出来れば、もう1人は労せずして聖杯に近づく事も不可能ではないかもしれない。

 

 勿論、そこまで簡単にはいかないだろう。

 

 エインズワースとてバカではない。迎撃の為の兵力を繰り出す一方で、本拠地を守る兵力は最低限残すはず。

 

 残る2騎の英霊の内、1騎は円蔵山に配置されると見て間違いなかった。

 

 今次聖杯戦争に参戦した英霊の内、残っている敵は弓兵(アーチャー)狂戦士(バーサーカー)

 

 そこから、敵の取るべき行動を予測してみる。

 

「俺が敵の指揮官なら、狂戦士(バーサーカー)を前線に出して、弓兵(アーチャー)を拠点防衛用に残すだろうな」

「確かに・・・・・・」

 

 士郎の言葉に、久希も頷きを返す。

 

 弓兵(アーチャー)は迎撃や待ち伏せに向いている為、攻めてくる敵を迎え撃つのに適している。

 

 逆に狂戦士(バーサーカー)は、広い場所に出て存分に力を振るわせた方がその特性を発揮できるだろう。

 

「なら、僕の相手は狂戦士(バーサーカー)って事になりますね」

「まだそうと決まった訳じゃ・・・・・・おいッ」

 

 話は終わったとばかりに、教会を出て行こうとする久希の背中に声を掛ける。

 

「おい、黍塚ッ!!」

「時間がありません。日が暮れる前に、お互い配置に着きましょう」

 

 そう言って出て行こうとする久希を、士郎は慌てて追いかける。

 

 扉を出たところで、久希は足を止めた。

 

 その背中に、士郎は語り掛ける。

 

「まだ、聞いていない事があるぞ」

「・・・・・・・・・・・・何ですか?」

 

 ようやく、士郎に対して振り返る久希。

 

 互いの視線が、火花を散らす勢いで睨み合う両者。

 

 ややあって、士郎が口を開いた。

 

「お前は本当に、囮になるつもりなのか? 俺を行かせるために?」

「ええ、そうですよ」

 

 士郎の言葉に対し、何の躊躇もなく久希は頷いて見せた。

 

 その言葉に、士郎はますます意味が分からなくなる。

 

 この聖杯戦争に参加した以上、勝って聖杯を手に入れる事は至上の命題のはず。

 

 なのに目の前の少年は、その最大の戦果をあっさりと士郎に譲ると言っているのだ。

 

 偽りでなければ、気が狂っているとしか思えなかった。

 

「・・・・・・なら、何でお前はここにいる? 何が目的なんだ?」

「目的・・・・・・ですか?」

 

 少し、思案するように、久希は遠い目をする。

 

 士郎の疑念も分かる。

 

 何の目的もなく、こんな殺し合いに参加している人間。

 

 そんな物、平常の人間からすれば狂気の沙汰にしか見えない事だろう。

 

「僕の目的は、聖杯を取る事じゃなく、あくまでこの聖杯戦争に参加する事でした。それが今は士郎さん、あなたを勝たせる事に変わった、というだけの話です」

 

 言ってから、久希は士郎を真っすぐに見据える。

 

 その瞳には、優し気な笑みが浮かべられていた。

 

「あなたは、僕が昔捨てた物を、全部拾ってくれた。僕があなたの為に命を掛ける理由は、本当にそれだけで充分なんです」

「何の事だ?」

 

 久希の言わんとする事。

 

 久希が行動する理由。

 

 果たしてそれは・・・・・・・・・・・・

 

「僕は・・・・・・・・・・・・」

 

 そこで、

 

 一陣の風が吹く。

 

 木々を揺らす風が2人の間を駆け抜け、一切の音が呑み込まれる。

 

「・・・・・・・・・・・・なッ!?」

 

 話を聞いた士郎は、思わず絶句して久希を見る。

 

 対して、久希は柔らかく微笑む。

 

「この事を知っているのは、あの似非神父を除けば士郎さん、世界中であなただけ。そして僕は、この事を誰にも話す気はありません。ただ、これで僕が、あなたの為に命を掛けられる理由が、判ってもらえたと思います」

 

 久希は再び踵を返す。

 

「エインズワースは倒す。そして、あの子は必ず助け出す。今の僕には、それ以外の願いなんてありません」

「黍塚・・・・・・・・・・・・」

 

 呼びかけに対して笑顔を見せる久希。

 

 その笑顔には、どこか悲壮めいた物を士郎は感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が吹く。

 

 外気の寒さにも関わらず、妙に生ぬるい風が、肌に纏わり付くように吹き抜けていった。

 

 久希は冬木大橋の中央に立ち、深山町側に広がる闇を凝視していた。

 

 既に住民の殆どがいなくなり、ゴーストタウン化した深山町は、夜になると一片の明かりも無く、本当に異界と化したかのような不気味さが存在している。

 

 現在、午後11時59分。

 

 あと50秒ほどで日付が変わる。

 

 士郎との取り決めで、作戦開始は午前0時ちょうどと決めている。

 

 あと少し。

 

 あと少しで全てが始まり、そして終わる事だろう。

 

「・・・・・・思えば、長かったな」

 

 ふと、自分がこれまで歩んで来た道を振り返り、久希は自嘲的に笑う。

 

 自ら犯した罪により、幼い頃に家を追われ、故郷を捨てた自分。

 

 その後は、流浪と退廃の日々だった。

 

 生き残る為なら、何でもやった。

 

 まっとうな仕事から非合法な物まで。

 

 ただ、そんな中、人づてに伝え聞いた事が、自分の足を故郷へと向けさせた。

 

 冬木市の壊滅。

 

 聖杯戦争の継続。

 

 エインズワースの暗躍。

 

 そして、

 

 死んだと思っていた朔月美遊生存の可能性。

 

 帰らなければ、と思った。

 

 たとえ自分の全てを投げ打ってでも、守らなければ、と思った。

 

 だが、いざ探し出してみると、あの子は別の人に引き取られ、幸せそうに暮らしていた。

 

 これなら安心だ。自分の出番は何もない。

 

 そう思った矢先。

 

 この街の闇が、動き出した。

 

 エインズワースの活動再開と、第五次聖杯戦争の開戦。

 

 そして朔月美遊拉致と、衛宮士郎の参戦。

 

 そこで、自分の行くべき道は決まったと思った。

 

 すなわち、士郎をこの聖杯戦争で勝ち残らせるために、全てを捧げる。

 

 その過程で自らの命が失われようとも、後悔はしなかった。

 

 今のあの子に必要なのは、自分ではなくてあの人だと思ったから。

 

 その時、

 

 腕時計のアラームが鳴り、時刻が0時を差した事を告げてきた。

 

「・・・・・・・・・・・・行くか」

 

 低く呟くとともに、深山町側に向かって歩き出す。

 

 歩調を変えず、真っすぐに。

 

 その姿は、底深い闇に飲み込まれていくかのようだ。

 

 時間が時間だけに、通る車も人も存在しない。

 

 静寂の中、久希の靴が鳴らす足音だけが、淡々と響き渡っていた。

 

 やがて、

 

 橋を抜け、深山町へ入る。

 

 ここから先は、完全に敵の領域だ。

 

 そう思った瞬間、

 

 無数の気配が、湧き上がってくるのを感じた。

 

 闇の中から這い出るように、多くの足音が聞こえてくる。

 

 橋の入り口で立ち尽くす久希を、3方向から包囲するように。

 

 それは、例のマネキン人形だった。

 

「エインズワースの尖兵、か・・・・・・・・・・・・」

 

 手に手に、それぞれの武器を持って近づいてくる。

 

 対して、

 

 久希はコートのポケットから、剣士(セイバー)のカードを取り出して掲げる。

 

「手加減はしない。今日は、最初から最後まで全力で行かせてもらう」

 

 起動される魔術回路。

 

 体内の魔力が一気に活性化する。

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

 叫ぶ久希。

 

 同時に衝撃波が発生、少年の身体が視界の中から消え去る。

 

 包囲していた人形たちの一部が、その衝撃に巻き込まれて吹き飛ぶのが見えた。

 

 やがて、全ての風がやんだ時。

 

 そこに立つ少年の姿は一変していた。

 

 青い装束に銀の甲冑。手には不可視の剣を持つ。

 

 騎士王アーサー・ペンドラゴンとして、久希は迫りくる軍勢を睨み据える。

 

「行くぞ」

 

 低い呟き。

 

 同時に、少年は地を蹴って疾風の如く駆けだした。

 

 

 

 

 

 飛び込むと同時に、不可視の剣を一閃。

 

 前線を形成するマネキンの一群を、まとめて斬り飛ばす。

 

 バラバラに砕けて地面に転がるマネキンたち。

 

 しかし、元より相手は感情はおろか、人格すら無いマネキンたち。仲間が壊されたことぐらいで、怯むはずもない。

 

 仲間の残骸を乗り越え、次々と襲い掛かってくる。

 

 それらを久希は、片っ端から斬り飛ばしていく。

 

 不可視の剣は風を孕み、群がる敵を斬り捨てる。

 

 突き込まれた槍襖を切り崩し、真っ向から剣を振り下ろす。

 

 斬り裂かれたマネキンが地面に崩れ落ちたのを見ながら、次の目標へと駆ける久希。

 

 目につく限りの敵を、片っ端から斬って捨てる。

 

 斬って前へ、

 

 ただひたすら前へ、

 

 久希はその一念のみで剣を振るい、敵を蹴散らしていく。

 

 勿論、マネキンたちも黙ったいない。

 

 相手は英霊とは言え1人。多人数で掛かれば負けないはずが無い。

 

 四方八方から、一斉に襲い掛かってくる。

 

 だが、久希は、その全てをかわし、弾き、斬り返す。

 

 同士討ちも積極的に狙う。

 

 無限に湧き出て来るかのような敵を前にして、しかし久希は息一つ乱さない。

 

 屍の山は、瞬く間に築かれていった。

 

 街中に散らばるマネキンの躯達。

 

 たとえ万の軍勢を連ねても、1人の英雄にはかなわない。

 

 それを如実に表す光景だった。

 

 と、

 

 強烈な足音と共に、巨大な影が久希の前に出現する。

 

「・・・・・・・・・・・・へえ」

 

 その姿を見て、久希は少し驚いたように声を上げる。

 

 それまでのマネキンとは一線を画する存在。

 

 巨熊ほどの大きさもあり、手には巨大な槌を持っている。

 

 太い腕などは久希の胴よりも大きい。

 

 あんな物に一撫でされたら、久希の体など一撃でバラバラにされてしまう事だろう。

 

「いろいろ考えるね、エインズワースも。そう言うところは尊敬するよ」

 

 呟くように言いながら、剣を構えて斬り込む久希。

 

 そのまま斬りあげるように不可視の剣を振るう久希。

 

 対して、上段から槌を振り下ろす巨大マネキン。

 

 次の瞬間、

 

 激突する両者。

 

 果たして、

 

 押し負けたのは、巨大マネキンの方だった。

 

 何倍もの巨躯を誇る巨大マネキンが、小さな少年に力負けしたのだ。

 

「所詮は、人形ですね」

 

 斬り上げた勢いを、そのまま逆ベクトルに変換して斬り下げる久希。

 

 縦に光る剣閃。

 

 その一撃で、

 

 巨大マネキンは頭頂から足先まで、一気に斬り下げられ、左右に真っ二つになって崩れ落ちた。

 

 たとえ何を持ってこようが、雑兵如きが英雄に敵うはずもなかった。

 

「さてッ」

 

 次の目標に向けて、剣を構えなおす久希。

 

 次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

「ハッハァァァァァァ!!」

 

 

 

 

 

 どこかねじの外れたような笑い声と共に、頭上から降り注ぐ、明確なまでに強烈な殺気。

 

「ッ!?」

 

 久希はとっさに振り仰ぐ。

 

 よりも先に、その場から飛びのき、大きく後退する。

 

 半発の間を置いて、上空から急降下してきた何者かが、手にした巨大な剣を、それまで久希が立っていた場所へと振り下ろした。

 

 轟音と衝撃。

 

 飛び散るコンクリート。

 

 後退した久希は、間合いを数間置いて警戒するように剣を構える。

 

 明らかに、これまでとは違う気配。

 

 雑兵ではない。指揮官クラスの者が出てきた気配がする。

 

 その視線の先で、

 

 小柄な影が立ち上がった。

 

「お人形遊びに飽きてきたところだろ? そろそろあたしと遊んでくれよ」

 

 そう告げた少女は、殺気の籠ったぎらつく視線を久希へと向けてくる。

 

 腰回りには裾の長い布を巻き、上半身はほぼ裸。唯一、胸回りのみ布で覆ている。

 

 長い髪をツインテールに結った姿には、どこか幼さを感じさせる。

 

 しかし、手にした巨大な斧剣が、圧倒的なまでの凶悪な存在感を溢れさせていた。

 

「・・・・・・成程、確かに狂戦士(バーサーカー)だ。士郎さんの予想は正しかったわけだ」

「あッ? 余裕ぶっこいてんじゃねえぞ、もやし野郎」

 

 静かに告げる久希の言葉に対し、狂戦士(バーサーカー)の少女は、敵意をむき出しにして斧剣を振り翳す。

 

「そのニヤケ面、今すぐこいつで叩き潰してやるよ!!」

「やれるものならッ」

 

 言い放つと同時に、両者は同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 

 冬木大橋付近で、久希がエインズワース勢と戦闘を開始した頃、

 

 未遠川上流にある迂回路を通って、密かに深山町に潜入する事に成功した士郎は、その足で真っすぐに円蔵山を目指していた。

 

 周囲に敵の気配はなく、士郎は文字通り無人の野を進んでいく。

 

 久希の陽動が効いている証拠だった。

 

 彼方の方では、剣戟の音が微かに響いているのが分かる。

 

 時折、爆音のような物も聞こえてきた。

 

 正直、後ろ髪を引かれる物もある。

 

 しかし、振り返る事は許されない。

 

 久希が文字通り、命がけで作ってくれたチャンス。無駄にはできなかった。

 

 勝手知ったる街中を抜け、山間部へと足を向ける。

 

 目指す円蔵山の石段は、すぐに見えてきた。

 

 はやる気持ちを押さえて、士郎は一段ずつしっかりと昇っていく。

 

 ここから先は、完全に敵の領域。いつ、奇襲があってもおかしくは無い。

 

 張り詰めた空気を抱えたまま登っていく。

 

 意外な事に、階段を上っている間は、敵が仕掛けてくる事は無かった。

 

 だが、油断はできない。

 

 言峰から聞いた大空洞の場所まで、気を抜く事は出来なかった。

 

 古風な山門をくぐる士郎。

 

 そこから先は、冬木市に古くからある寺、柳洞寺の境内となる。

 

 そこで、

 

「止まれ」

 

 足を止めた。

 

 士郎の視線の先。

 

 本殿を背景に、1人の女性が立っている。

 

 背の高い、グラマラスな女性。

 

 金色の甲冑に身を包み、長い髪をツインテールに結い上げている。

 

 そして、

 

 釣りあがった双眸は、明らかな敵意でもって、士郎を睨み据えていた。

 

「それ以上進む事はまかりならん。1歩でも前へと進めば、その瞬間、貴様の魂は地獄へ落ちると知れ」

 

 言いながら、右腕を横に一閃する女性。

 

 同時に、背後に金色の門が開き、中から無数の武具が出現。その穂先を、士郎へと向けた。

 

 その様を、士郎は真っ直ぐに見据える。

 

「成程。それが本来の『弓兵(アーチャー)』・・・・・・ギルガメッシュのカードか」

 

 本来、桜が持つはずだったカード。

 

 そして、

 

 エインズワースが桜をだますために使ったカード。

 

 その存在を前にして、士郎は平静ではいられなかった。

 

「地に伏して許しを乞え。だが、それ以上一歩でも前へ進めば、貴様の命を撃ち落とす」

 

 厳かに告げる女性。

 

 だが、

 

 構わずに一歩、前へ出る士郎。

 

 その様に、女性は眉をしかめて睨みつける。

 

「・・・・・・愚かな」

 

 次の瞬間、

 

 射出された武具が、一斉に士郎へと殺到した。

 

 

 

 

 

第42話「決戦の夜」      終わり

 


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