Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第41話「三騎士激突」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 門を出ると同時に、視界は開ける。

 

 教会の前庭は広く、足元は石畳になっている。

 

 衛宮士郎と黍塚久希。

 

 2人の少年は、教会の前に陣取り、これから現れるであろう敵を迎え撃つ態勢を整える。

 

「さて、鬼が出るやら、蛇が出るやら」

 

 口元に笑みを浮かべながら、坂の下を眺めやる久希。

 

 対して、士郎は視線をそらさずに素っ気ない口調で尋ねる。

 

「随分と楽しそうだな」

「まさか」

 

 士郎の言葉に対し、しかし久希は肩を竦めて見せる。

 

 久希としては、決して軽いつもりで言ったわけではない。ただ、これから戦いに赴く者として、弱気なところは見せられないと考えただけである。

 

 士郎は、そんな久希に対して一瞥すると、再び坂の下を凝視する。

 

 勝手に言ってろ。とでも言いたげな態度である。

 

 嘆息する久希。

 

 どうやら、信頼関係を築くには、まだまだ程遠い状況らしかった。

 

「無駄話はそこまでだ、来るぞ」

 

 低い声で告げられる士郎の忠告に、顔を上げる久希。

 

 その視線の先。

 

 坂を上がり切った場所に、1人の男が立っていた。

 

 痩身にロングコートを着込み、髪は背中まで伸ばしている。

 

 鋭い眼差しは、迎え撃つ2人の少年を真っ向から睨み据えていた。

 

「1人、か・・・・・・・・・・・・」

「油断しない方が良い」

 

 呟く久希に、士郎は硬い声で告げる。

 

「この段階でジュリアン・・・・・・エインズワースが単騎で戦線に出して来たんだ。余程の自信があるのかもしれない」

 

 士郎の意見に、久希も同意の頷きを返す。

 

 既に3騎の英霊を撃退し、エインズワース側もこちらの戦力が油断ならない物であると認識しているはず。

 

 にも拘らず、わざわざ単独で送り込んで来たのだ。その戦闘力は計り知れないものを感じる。

 

 あるいは、最強クラスの敵が来た事も考えられた。

 

 対峙する三者。

 

 ほぼ同時に、

 

 士郎と久希はカードを取り出した。

 

「「夢幻召喚(インストール)!!」」

 

 吹きすさぶ暴風。

 

 迸る衝撃。

 

 視界全てが塞がれる中、

 

 少年達は衝撃波を衝くようにして飛び出した。

 

 黒のボディスーツに、赤い外套を羽織り、黒白の双剣を構えた弓兵(アーチャー)

 

 青い装束に銀の甲冑を纏い、不可視の剣を構えた剣士(セイバー)

 

 2騎の英霊は、自分たちが討つべき敵を見定めて疾走する。

 

 対して、

 

 相手の男は、泰然としてその場に立ち尽くす。

 

 接近する剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)の姿を見据える。

 

 次の瞬間、

 

 ゆっくりと手を翳す。

 

 その手に握られているカード。

 

 そこには、槍を構えた兵士の絵が描かれている。

 

夢幻召喚(インストール)

 

 静かに囁かれる詠唱。

 

 次の瞬間、

 

 巻き起こった衝撃波が、男の姿を包み込む。

 

 それが晴れた時、

 

 男の姿もまた、一変していた。

 

 全身は黒々とした甲冑に覆われ、あちこちから魔獣の爪のような鋭い棘が飛び出している。

 

 顔は邪龍を思わせるマスクで覆われ、更に背部に尻尾のような巨大な付属物まである。

 

 手にした槍も禍々しい棘が飛び出し、見るからに凶悪な外見をしている。

 

 もはや「英雄」という枠を超え、「魔獣」と称しても良い外見をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖杯戦争における代表的なクラスは7つ。

 

 すなわち、

 

 剣士(セイバー)

 

 弓兵(アーチャー)

 

 槍兵(ランサー)

 

 騎兵(ライダー)

 

 魔術師(キャスター)

 

 暗殺者(アサシン)

 

 狂戦士(バーサーカー)

 

 他にもエクストラクラスと呼ばれる特別なクラスがいくつか存在するが、代表的な物は概ね、この7つに絞られる。

 

 その中で特に、剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)の3つは「三騎士」とも呼ばれ、他のクラスとは一線を画する存在として扱われる。

 

 その三騎士が今、一つの戦場にて一堂に会し、激闘を繰り広げようとしていた。

 

 

 

 

 

「行きますッ!!」

 

 先制して仕掛けたのは久希だった。

 

 不可視の剣を振り翳し、真っ向から斬り込む剣士(セイバー)

 

 その剣閃を前に、

 

 槍兵(ランサー)は無造作に、手にした槍を振るう。

 

 激突する両者。

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、久希の体は衝撃によって大きく後退した。

 

 全身に奔る痛みを前に、久希は覆わず顔をしかめる。

 

 完全に防いでこれである。

 

 しかも、戦いはまだ始まったばかり。相手は本気にすらなっていないと言うのに。

 

「これは・・・・・・こっちも悠長に構えている場合じゃないね」

 

 剣の柄を握り直し、久希は再び立ち上がる。

 

 その間に、士郎が仕掛けていた。

 

 剣の間合いに入ると同時に、黒白の双剣を振るう士郎。

 

 縦横に放たれる剣閃。

 

 その一撃一撃は、

 

 しかし槍兵(ランサー)に届かない。

 

 槍兵(ランサー)は手にした朱槍を軽々と振るい、士郎の剣戟を弾いて見せた。

 

「ッ!!」

 

 低い姿勢から、体を捻り、勢いをそのままに干将を斬り上げる。

 

 駆けあがる、黒の剣閃。

 

 その一閃を、槍兵(ランサー)はのけぞりながら回避する。

 

 と、

 

「まだッ!?」

 

 すかさず刃を返す士郎。

 

 引き戻した莫邪を振るい、上段から袈裟懸けに斬りかかる。

 

 繰り出される士郎の連撃。

 

 対して槍兵(ランサー)は、朱槍を引き戻すと穂先で防ぐ。

 

 だが、士郎も負けていない。

 

 両手の剣を巧みに繰り出し、連撃を仕掛ける士郎。

 

 相手は槍兵(ランサー)。見た目通り、槍を主武装にしている。

 

 しかし槍と言うのは重量がある故に、剣に比べて取り回しのきく武器とは言い難い。それはいかに熟練した槍兵であっても、変わらないはずだ。

 

 ならば、攻撃の速度においては、双剣2本を武器にする士郎の方が勝っているはず。

 

 その事を瞬時に見抜いた士郎は、攻撃の重さよりも、手数に重点を置いているのだ。

 

 狙いは正しかった。

 

 士郎の攻撃を前に、槍兵(ランサー)は後退を余儀なくされる。

 

 このまま押し込む。

 

 決断した士郎が、追撃して間合いを詰めようとした。

 

 次の瞬間、

 

「おォォォォォォ!!」

 

 雄たけびと共に、

 

 槍兵(ランサー)は、手にした朱槍を地面の石畳に叩きつけた。

 

 その一撃で、地面が陥没するほどの穴が開く。

 

「なッ!?」

 

 目を見開く士郎。

 

 打ち砕かれた石畳が、破片となって弓兵(アーチャー)の少年へと襲い掛かる。

 

 思わず動きを止める士郎。

 

 そこへ、槍兵(ランサー)は鋭い突きを繰り出す。

 

 深紅の一閃が襲い来る。

 

「クッ!?」

 

 槍兵(ランサー)の攻撃を、双剣を交差させて防ぐ士郎。

 

 だが、防ぎきれない。

 

 双剣は巨大な刃によって打ち砕かれ、士郎は大きく後方に弾き飛ばされた。

 

「グゥッ!?」

 

 地面に転がる士郎。

 

 そこへ追撃を駆けるべく、槍兵(ランサー)が槍を翳して迫る。

 

 だが、

 

「やらせない!!」

 

 飛び込んで来た蒼き旋風。

 

 久希はとっさに割って入ると、繰り出された槍の穂先を鋭い斬り上げで弾き飛ばす。

 

 蹈鞴を踏むように動きを止める槍兵(ランサー)

 

 そこへ、すかさず刃を返して久希は斬りかかる。

 

 士郎も黙っていない。

 

 打ち砕かれた干将・莫邪の柄を投げ捨てると、再び双剣を投影して駆ける。

 

 跳躍と同時に交戦する2人を飛び越え、士郎は槍兵(ランサー)の背後を取る。

 

「ハッ!!」

 

 繰り出される双剣。

 

 槍兵(ランサー)は久希と交戦している。背後から迫る士郎には対抗できないはず。

 

 だが、

 

 その考えは甘かった。

 

 背後から迫る士郎の存在を察知した槍兵(ランサー)

 

 すかさず槍を持ち帰ると、そのまま石突の部分を繰り出して、背後の士郎へカウンターを仕掛けた。

 

「なッ!?」

 

 振り向かずに放たれた攻撃は、士郎の不意を衝く。

 

 奇襲を仕掛けた側が、逆に奇襲を食らったようなものだ。

 

 とっさに後退して間合いから離れる士郎。

 

 その間に、槍兵(ランサー)は態勢を整えてしまう。

 

 後退しつつ、士郎と久希、双方を相手どれるように位置取りする槍兵(ランサー)

 

 そこへ、剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)は左右から挟み込むように斬りかかる。

 

 不可視の剣を八双に構えて斬りかかる久希。

 

 黒白の双剣を羽のように広げて駆ける士郎。

 

 対して槍兵(ランサー)も、槍を構えて迎え撃つ。

 

 久希の攻撃を槍の柄で防ぎ、士郎の剣を鎧で防ぐ。

 

 連撃を仕掛ける士郎と久希だが、槍兵(ランサー)は、余裕すら感じさせる動きで2人の攻撃を弾き、かわし、防いでいく。

 

 焦りを感じ始める、士郎と久希。

 

 流石に反撃に転じるまでの実力差は無いようだが、まさかここまで戦力差があるとは思わなかった。

 

 事前に久希たちが感じた事は杞憂ではなかった。

 

 エインズワースは、単独でも十分すぎる、最強の戦力を刺客として送り込んで来たのだ。

 

「このッ!!」

 

 久希は魔力放出で攻撃速度を加速。真っ向から強烈な剣閃を繰り出す。

 

 振り下ろされる刃。

 

 しかし、それにすら槍兵(ランサー)は対抗して見せた。

 

 激突する両雄。

 

 繰り出された久希の攻撃に対し、槍を掲げ柄で防ぐ槍兵(ランサー)

 

 衝撃が四方に飛び散り、2騎の視線が交錯する。

 

「クッ!?」

 

 攻撃を防ぎ止められ、舌打ちする久希。

 

 しかし、槍兵(ランサー)の方も強烈な攻撃を前に、動きを縫い留められる。

 

 そこへ、士郎が背後から仕掛けた。

 

「貰ったッ!!」

 

 黒白の双剣を掲げ、背後から斬りかかる士郎。

 

 槍兵(ランサー)は正面の久希に拘束されている。今なら確実に取れる。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 横合いから強烈な衝撃に襲われ、士郎は激痛と共に石畳に叩きつけられた。

 

「ガァッ!?」

 

 吹き飛ばされ、2度、3度と地面にバウンドする士郎。

 

 いったい、何があったのか?

 

 顔を上げた士郎が見た者は、槍兵(ランサー)の背中。

 

 そこから長く伸びている、魔獣の如き巨大な尾だった。

 

 槍兵(ランサー)は、背後から接近する士郎を感知。その巨大な尾で振り払ったのだ。

 

「士郎さん!!」

 

 驚いて、一瞬動きを止める久希。

 

 そこへ、槍兵(ランサー)が畳みかける。

 

 気が逸れた久希との間合いを詰める槍兵(ランサー)

 

 朱色の斬線が、嵐のように襲い掛かる。

 

「クッ!?」

 

 対抗するように不可視の剣を振るう久希。

 

 しかし、立ち上がりを制されたせいで、一方的に押し込まれていく。

 

 鋭い槍撃を、防ぐだけで精いっぱいだった。

 

「このッ!!」

 

 どうにか体勢を立て直そうとする久希だったが、槍兵(ランサー)の猛攻の前に手も足も出ない。

 

 そして、

 

 反撃に出ようと強引に前に出た瞬間、

 

 槍兵(ランサー)の放った強烈な前蹴りを腹部に食らい、大きく吹き飛ばされた。

 

「グゥッ!?」

 

 槍の動きに気を取られ過ぎていて、フェイントに気付かなかったのだ。

 

 強い。

 

 立ち上がりながら、士郎と久希は同時に思う。

 

 戦闘開始前に考えた事は、間違いではなかった。

 

 エインズワースは、

 

 ジュリアンは2人を抹殺する為に、最強の刺客(カード)を切って来たのだ。

 

「埒があきませんね」

「ああ・・・・・・」

 

 久希の言葉に、頷きを返す士郎。

 

 その視界の先で、槍を手に悠然と歩いてくる槍兵(ランサー)の姿。

 

 その様子にはダメージはおろか、疲弊している様子すら見えない。

 

 英霊2騎で掛かり、拮抗すらできないとは。

 

 同じ三騎士なのに、ここまで戦力差があるとは思わなかった。

 

 アイルランドの大英雄。

 

 「光の御子」の異名で呼ばれる英霊、クー・フーリン。

 

 ルーン魔術の使い手にして、因果逆転の魔槍を振るうケルト最強の戦士。

 

 生涯、戦士であり続けたクー・フーリンが、王としての狂気に目覚め、冷酷に徹しきった時、恐るべき魔獣が顕現する事になる。

 

 その恐怖を具現化した存在が今、士郎と久希の前に立っている存在だった。

 

「・・・・・・黍塚、だったよな」

 

 ややあって、士郎の方から声を掛けてきた。

 

「俺に考えがある。だから時間を・・・・・・」

「判りました」

 

 「稼げ」、と言い切る前に、久希は返事を返す。

 

 迷いも何もなく、久希は前へと出る。

 

 その態度に、言い出した士郎の方が面食らってしまった。

 

「お、おいッ」

 

 久希の態度は、士郎などからは異様に思える。今日会ったばかりの士郎を信頼するなど。

 

 まして今は聖杯戦争の最中。裏切られ、背中から撃たれるのを警戒するのは当然の事だろう。

 

 だが、

 

 久希は士郎に何の躊躇いもなく背中を見せていた。

 

 振り返る久希は、士郎に笑顔を見せる。

 

「僕は信じてますよ、あなたの事」

 

 そう告げた瞬間、

 

 久希は剣を振り翳して斬り込む。

 

 対抗するように、槍を繰り出す槍兵(ランサー)

 

 繰り返される、刺突と斬撃の応酬。

 

 しかし、剣を振るう久希の顔に、僅かな焦りが見え始めている。

 

 槍兵(ランサー)の攻撃は、明らかに先程よりも激しさを増している。

 

 振るう剣の速度が、襲い来る槍に追いつかない。

 

 あっという間に防戦一方に追い込まれてしまう。

 

 士郎の攻撃開始まで、戦線を保たせることができるか?

 

 折れそうになる気力を必死に支えて剣を振るう。

 

 負けられない。

 

 ここで自分が負けたら士郎は、そして・・・・・・・・・・・・

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 気合と共に、不可視の剣を横なぎに一閃。繰り出された朱槍を振り払う。

 

 思わず、動きを止める槍兵(ランサー)

 

 次の瞬間、

 

「良いぞッ 黍塚!!」

「士郎さん!!」

 

 合図を出す士郎。

 

 とっさに飛びのく久希。

 

 その瞬間を逃さず、

 

 士郎が動いた。

 

投影(トレース)開始(オン)!! 全投影連続層写(ソードバレル・フルオープン)!!」

 

 詠唱する士郎。

 

 同時に、

 

 立ち尽くす槍兵(ランサー)を包囲するように、無数の剣が空中に出現した。

 

 腕を横なぎに鋭く振るう士郎。

 

 それを合図に、剣の群れは一斉に槍兵(ランサー)へと襲い掛かる。

 

 360度、全方位からの一斉掃射。

 

 いかに大英雄と言えど、逃れる手段は無い。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「おォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 低い唸りと共に、槍兵(ランサー)は槍や尾、腕を縦横に振るい、飛んでくる剣を片っ端から撃ち落としていく。

 

 包囲された状況を、まるで意に介していない。

 

 無数の剣が、例外なく撃ち落とされ、砕かれていく。

 

 流石に全ては落としきれないらしく、槍兵(ランサー)の身体を傷付ける剣もある。

 

 しかし致命傷は完全ブロック。

 

 満を持して放った士郎の攻撃は、殆ど用を成していない。

 

 やがて、

 

 全ての攻撃が弾かれ、戦場の真ん中にただ1人、槍兵(ランサー)のみが立つ。

 

「・・・・・・あれだけの攻撃を食らって、かすり傷だけかよ。まったく恐れ入る」

 

 舌打ち交じりに苦笑する士郎。

 

「だが・・・・・・」

 

 言った瞬間、

 

「勝負はあった」

 

 身を低くして疾走する蒼い影。

 

 不可視の剣を持つ剣士(セイバー)が、鋭い軌跡で槍兵(ランサー)の懐へ飛び込む。

 

 魔力放出まで使った突撃により、久希は一瞬にして槍兵(ランサー)の懐へと飛び込む。

 

 作戦は初めから三段構え。

 

 久希が槍兵(ランサー)の目を引き付け、その間に士郎が包囲攻撃の準備。

 

 包囲攻撃が外れる事は、最初から想定済み。

 

 本命は久希の剣による直接攻撃。

 

「これでッ!!」

 

 振り上げられる剣の一閃。

 

 今度こそ終わり。

 

 そう思って繰り出された剣閃は、

 

 しかし、それよりも一瞬早く槍兵(ランサー)は身を捩って回避行動に入る。

 

 月牙の軌跡による、舞う鮮血。

 

 斬り飛ばされた槍兵(ランサー)の左腕が、闇夜で宙に舞う。

 

「外したかッ でもッ」

 

 剣を返す久希。

 

 必殺の攻撃は外れたが、これで槍兵(ランサー)は片腕を失った。あれでは重量武器である槍は扱えないはず。

 

 絶好の勝機。

 

 だと思った。

 

 だが、

 

「なッ!?」

 

 突如、繰り出された槍の穂先を、とっさに剣で防ぐ久希。

 

 そこへ、容赦ない連撃が繰り出される。

 

 片腕を失ったにも関わらず、槍兵(ランサー)の勢いは陰りを見せない。

 

 むしろ、正確さを欠いた分、苛烈さが増している感すらあった。

 

「黍塚ッ!!」

 

 士郎も再び干将・莫邪を投影して援護に入る。

 

 腕を失い死角となった左側から接近しようとする士郎。

 

 だが、それを読んでいた槍兵(ランサー)は、巨大な尾を横なぎに振るい、士郎の接近を阻む。

 

「クソッ!?」

 

 攻撃を弾かれ、舌打ちする士郎。

 

 久希もまた、槍兵(ランサー)の猛攻を前に攻めあぐねている。

 

 まるで体の損傷など意に介さないような戦いぶりである。

 

「クソッ!!」

「いい加減に!!」

 

 同時攻撃を仕掛ける剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)

 

 剣閃が縦横に奔り、複数の軌跡が刻まれる。

 

 だが、

 

 その全てが、虚しく空を切った。

 

 2人の剣が薙ぎ払った場所に、槍兵(ランサー)の姿は無い。

 

 では、どこに?

 

 次の瞬間、

 

 頭上から、強烈な魔力が降り注ぐ。

 

 振り仰ぐ、士郎と久希。

 

 そこには、

 

 残った右手に槍を逆手に構えた槍兵(ランサー)の姿。

 

「まずい、あの構えはッ!?」

 

 呻く士郎。

 

 その脳裏に、別の光景が重なる。

 

 ケルトの伝説に謳われる「光の御子」クー・フーリン。

 

 その大英雄が持つ、因果逆転の魔槍「ゲイボルク」

 

 その本来の使い道は、手持ちの長槍ではなく、

 

「投げ槍ッ!?」

 

 士郎が言った瞬間、

 

 

 

 

 

抉り穿つ(ゲイ)・・・・・・鏖殺の槍(ボルグ)!!」

 

 

 

 

 

 槍兵(ランサー)の全力投擲が襲い掛かった。

 

 着弾する朱槍。

 

 同時に「装填」された莫大な魔力が解放。周囲一帯を薙ぎ払う。

 

 闇夜を一瞬、吹き散らすほどの閃光が、戦場一帯を照らし出す。

 

 衝撃波が、周囲のあらゆる物を薙ぎ払っていった。

 

 それが晴れた時、

 

 上空にあった槍兵(ランサー)が、地面に着地する。

 

 その体はまさに、満身創痍と言ってよかった。

 

 先に久希の攻撃で左腕を失っただけでない。

 

 宝具を放った影響だろうか? 甲冑はボロボロになり、その下の肉体も損傷している。特にひどいのは宝具を放った右腕で、筋が断裂しているのが見える。

 

 突き立った槍に掴まり、ようやく立っている感じである。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気を抜くのは、まだ早いですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上空からの声に、振り仰ぐ槍兵(ランサー)

 

 その視界の先では、不可視の剣を振り翳す剣士(セイバー)の姿。

 

 更に、

 

 衝撃が晴れた視界の先では、薄紫色の障壁を掲げた弓兵(アーチャー)が立つ。

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

 

 槍兵(ランサー)が宝具の投擲態勢に入った瞬間、とっさに障壁を展開して防御の姿勢を取ったのだ。

 

 槍兵(ランサー)の全力投擲は強烈であり、士郎の体はボロボロに成り果てている。

 

 だがそれでも、

 

 相手の切り札を防ぎ切った事で、決定的な勝機が生じた。

 

 急降下する久希。

 

 その手に握られた剣が、輝きを放つ。

 

 アーサー王の佩刀である聖剣エクスカリバーは、普段は空気を圧縮して光を屈折させる「風王結界(インヴィジブル・エア)」によって覆われ、視認する事が出来ない。刀身が見えないのはその為である。

 

 これは「世界でもっとも有名な聖剣」を覆い隠し、真名の露呈を防ぐためである。

 

 視認が不可能なほどの圧縮空気を刀身のサイズに収まているのだ。その規模たるや、嵐にも匹敵する空気が凝縮されている事になる。

 

 そして、

 

 その結界を開放すれば、

 

 宝具にも匹敵する攻撃が可能になるのだ。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)!!」

 

 吹き荒れる狂風。

 

 圧倒的なまでの圧縮空気の一撃が、ボロボロになった槍兵(ランサー)に襲い掛かる。

 

 対して、

 

 もはや槍兵(ランサー)は、防ぐこともかわす事も出来なかった。

 

 叩き潰される槍兵(ランサー)

 

 朱槍は吹き飛ばされ、骨の砕ける音が響き渡る。

 

 地面は陥没し、石畳が吹き散らされる。

 

 そんな中、

 

 士郎と久希は、並んで立ちながら槍兵(ランサー)を見た。

 

「やったか?」

「ええ。手ごたえはありました」

 

 倒れ伏した槍兵(ランサー)を見ながら告げる。

 

 風王鉄槌(ストライク・エア)は確実に決まった。

 

 もし槍兵(ランサー)が万全の状態だったなら、あれだけで倒しきる事は難しかったかもしれないが、既に槍兵(ランサー)自身も限界だった。

 

 とどめを刺すには十分すぎたはず。

 

 そう思った次の瞬間、

 

「ッ!?」

「なッ!?」

 

 2人は同時に目を剥いた。

 

 少年たちが見ている目の前で、

 

 ボロボロの槍兵(ランサー)が立ち上がって見せたのだ。

 

 既に甲冑は大半が砕け散り、朱槍も手元に無い。

 

 両足も、残った右腕も完全に折れている。

 

 戦う事は愚か、その場から一歩でも歩く事すらできるはずが無い。

 

 それでも槍兵(ランサー)は立ち上がって見せたのである。

 

 何という執念なのか・・・・・・

 

「良いだろう」

「士郎さん?」

 

 呟く士郎に、久希は怪訝な目を向けながら尋ねた。

 

 対して、士郎は答えずに槍兵(ランサー)を睨みつける。

 

「こうなったら、とことん付き合ってやるよ」

 

 再び戦機が上がる。

 

 三騎士の激突が再開されようとした、

 

 次の瞬間、

 

 乾いた音と共に、槍兵(ランサー)がかぶっていた仮面が割れ、地面に転がる。

 

 その下から、既に力の尽き果てた男の素顔が現れた。

 

 ゆっくりと、生気の尽きた目で士郎と久希を見る槍兵(ランサー)

 

 そして、

 

「・・・・・・・・・・・・ジュリアンを、頼む」

 

 それだけ言い置くと、

 

 その場に崩れ落ちた。

 

 後には顔の無いマネキン人形と、槍兵(ランサー)のカードが残されるのみだった。

 

「・・・・・・何だよ、それ」

 

 槍兵(ランサー)が残した最後の言葉に、士郎は茫然と呟きを返す。

 

 まるで、敵である士郎たちに全てを託すような言葉。

 

 あれは、いったいどういう意味だったのか?

 

 と、

 

「見事だ」

 

 背後からの突然の言葉に、思考は打ち切られる。

 

 揃って振り返った士郎と久希の視線の先には、悠然と佇む言峰綺礼の姿があった。

 

 まるで戦闘が終わるのを待っていたかのような、思わせぶりな登場である。

 

 言峰は周囲を見回すと、呆れたように嘆息した。

 

「神聖な教会をずいぶんと派手に壊してくれたものだな」

「・・・・・・・・・・・・何が言いたい?」

 

 ここを戦場にしたのは、こちらとしても不本意だったのだ。

 

 教会を壊した事への抗議なら、エインズワースにしてほしかった。

 

 だが、言峰は事も無げに続ける。

 

「勘違いしてもらっては困る。私は称えているのだよ」

 

 その視線は、士郎へと向けられた。

 

「特に衛宮士郎、君は勝利の為とは言え、ついに親友の父親まで手に掛けたのだからな」

「なッ!?」

 

 言峰の言葉に、士郎は絶句する。

 

 父親? 親友?

 

 では、先程まで戦っていた槍兵(ランサー)はジュリアンの・・・・・・

 

 驚愕する士郎を傍らに、言峰はすでに動かぬマネキンと化した槍兵(ランサー)の元へ膝を突くと、右手を十字に切った。

 

「ザカリー・エインズワース。この者の魂に天における安らぎが与えられんことを祈る」

「おいッ どういうことだ!? こいつがジュリアンの父親って・・・・・・」

「士郎さん・・・・・・」

 

 激昂する士郎をなだめるように制する久希。

 

 対して、言峰は平然として振り返る。

 

「聞いてどうする? 君は既に選択したのだ。ならば、斬り捨てた側の事情など考慮すべきではない」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 言峰の言葉に、士郎は黙り込む。

 

 確かに。士郎は既に決断を下した。

 

 美遊を助けるために、世界を犠牲にする、と。

 

 そして、その為に立ち塞がるエインズワースを倒す、と。

 

 言峰の言う通り、敵への同情は、ただ行き足を鈍らせるだけでしかなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・答えろ」

 

 ややあって、士郎は絞り出すように尋ねた。

 

「ジュリアンは・・・・・・・・・・・・美遊はどこにいる?」

 

 立ち止まる事も、戻る事ももう許されない。

 

 後には、倒れるまで突き進む道があるのみだった。

 

 対して、言峰も重々しく口を開いた。

 

「聖杯を降臨させるとしたら、あそこしかあるまい。

 

 言いながら、言峰の視線は、はるか先の深山町へと向けられる。

 

「古来より龍が住まうとされる地、円蔵山のはらわた。そこに広がる大空洞。そこが、君達の運命の地だ」

 

 

 

 

 

第41話「三騎士激突」      終わり

 


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