Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第40話「共闘者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人形の反応が2つ、ほぼ同時に消えた。

 

 魔術師(キャスター)騎兵(ライダー)

 

 先に暗殺者(アサシン)の反応も消えたので、これで都合、3騎の英霊が脱落した事になる。

 

 開戦から、僅か1時間にも満たない間の出来事である。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 一義樹理庵(いちぎ じゅりあん)

 

 ジュリアン・エインズワースは、消えた人形の反応を眺めながら、無言のまま佇んでいた。

 

 反応の消滅が確認されたのは、全て「あいつ」の元へと送り込んだ者たちだ。

 

 生身の人間が、英霊に敵うはずが無い。

 

 イスラム教の伝説にある暗殺者として名高い「ハサン・サッバーハ」。

 

 ギリシャ神話に名高き怪物「メドゥーサ」。

 

 コルキスの王女にして、悪名高き裏切りの魔女「メディア」。

 

 いずれも劣らぬ、強力な英霊達である。

 

 1騎程度なら、あるいは何らかの間違いと言う事も考えられなくもないが、3騎ともなると、もはや疑う余地は無い。

 

 衛宮士郎は、何らかの形で英霊に、ひいてはエインズワースに対抗する手段を得たと見て間違いなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 僅かに眉をしかめるジュリアン。

 

 まだエインズワース側は複数の英霊を保有している。何より、聖杯である「美遊」を確保し、更に相応の魔力も蓄えている。

 

 どう考えてもエインズワースの勝ちは動かない。

 

 だが、その確定された勝利に、一抹の影が投げかけられたのは間違いなかった。

 

 苛立ちは、否応なく募る。

 

 なぜ、こうも上手くいかないのか?

 

 なぜ、予定外の事ばかり起こるのか?

 

 全てが、ジュリアンを苛立たせていた。

 

 と、

 

「まずは落ち着いたらどうかね?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 背後からの声に、ジュリアンは振り返る。

 

 その視線の先には、入り口に寄りかかるようにして立つ1人の男の姿があった。

 

「焦りは禁物だよ。足元を掬われないように注意したまえ」

「ゼストか・・・・・・・・・・・・」

 

 相手の名を呼ぶ。そのジュリアンの声に、僅かな敵意が込められた。

 

 ゼスト・エインズワース。

 

 ジュリアンにとって「仲間」であるはずの1人。

 

 しかし、

 

 その姿に、ジュリアンはいささか以上の不快感を隠せなかった。

 

 そもそも、ゼストは「エインズワース」を名乗ってはいるが、エインズワースの正式な一員と言う訳ではない。

 

 現当主であるジュリアンよりも尚、高い地位にある「あのお方」の鶴の一声によって同士となったのだ。

 

 それ故に、エインズワースにとって貴重な戦力である「クラスカード」の一部を預けられ、更に工房内には、ゼスト専用の部屋までも受けられるという厚遇振りである。

 

 ジュリアンとしては忌々しい限りなのだが、これも「あのお方」の意向である以上、従わざるを得なかった。

 

「『剣士(セイバー)』の回収はどうした?」

「いや、それが、申し訳ないね。とんだ邪魔が入って失敗してしまったよ」

 

 悪びれた様子もなく答えるゼスト。

 

 先の魔術協会が寄越した尖兵の襲撃で強奪された「剣士(セイバー)」のクラスカード。

 

 ゼストはその奪還任務の為に出撃したのだが。

 

 しかしどうやら、手ぶらで帰ってくる羽目になったらしい。

 

 その事が、更にジュリアンを苛立たせていた。

 

「・・・・・・邪魔、だと?」

「ああ。剣士(セイバー)は既に、別の者の手に渡っていた。そいつが英霊化して対抗してきたんだ」

 

 事態は、更に複雑になった。

 

 ジュリアンにとって、士郎1人でも厄介だというのに、そこに更に敵対勢力が現れた事になる。

 

 聖杯降臨まであと少し。

 

 あと少しで、エインズワースの悲願が叶うところまで来ているというのに、こうもイレギュラーな事態が立て続けに起こる事になろうとは。

 

「さて、どうするね?」

 

 どこか、他人事のようにゼストは尋ねる。

 

 この事態、彼にとって決して他人事ではないはずなのだが、しかしゼストはまるで、第三者的な視点にいるかのようにジュリアンに対して振舞っていた。

 

 舌打ちするジュリアン。

 

 そもそも、ゼストが剣士(セイバー)を回収していたら、こんな事にはならなかったというのに。

 

 だが、この男に、そんな事を言っても始まらないのは事実だった。

 

 それよりも、敵対者たちに対する対策は急務だった。

 

「問題ない」

 

 ジュリアンは事も無げに言った。

 

 確かに士郎と、剣士(セイバー)の少年は厄介である事は間違いないのだが、先にも述べた通り、それでもエインズワースの優位は動かないのだ。

 

「狩人は既に放った。程なく戦果を持ち帰るだろうさ」

「狩人・・・・・・成程、『彼』か」

 

 ジュリアンの言わんとする事を察し、ゼストはニヤリと笑う。

 

 「さいきょう」と言う言葉には、いくつかの漢字を当てはめる事ができる。

 

 最強、最凶、最狂、最恐。

 

 最強の弓兵(アーチャー)

 

 最凶の狂戦士(バーサーカー)

 

 最恐の槍兵(ランサー)

 

 今のエインズワースには、この3騎がいる。

 

 ジュリアンは、このうちの1騎を、士郎及び剣士(セイバー)討伐の為に出撃させたのだ。

 

「君もなかなか罪作りな事だね。何しろ彼は・・・・・・」

「用が無いなら去れ」

 

 ゼストの言葉を遮って、ジュリアンは背を向けた。

 

 これ以上、戯言につき合う気は無い。という意思表示だった。

 

 その背中に、嘲笑にも似た笑みを向けるゼスト。

 

 正義を謳いながら、自らの目的の為にあらゆる犠牲を是とするジュリアン。

 

 そんな相反する少年の在り方に対し、ある種の皮肉めいた笑いが込み上げるのを、ゼストは止める事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 エインズワースの工房は、彼らが最も得意とする置換魔術によって構成されている。

 

 先の第四次聖杯戦争によって生じた巨大クレーターの中央。

 

 そこに膨大な魔力によって、どこか別の場所にある城を存在させ、更に結界を形成して外界と遮断する事により、一般人には近づく事は愚か、視認する事すら不可能になっている。

 

 まさに、エインズワースの持つ深すぎる「業」の一端を体現したような城だった。

 

 その地下空間に、ゼストの工房は存在していた。

 

 石で構成された階段を下まで降り、そこにある扉を開く。

 

 途端に、

 

「ギャァァァァァァアアアァアアアァァァァァァアアアアアアァァァァァァ!? ガアアアアアアアアアアアア!?」

 

耳障りな悲鳴が、鼓膜をつんざく勢いで響いて来た。

 

 まるで獣の声を連想させられる悲鳴。

 

 この世の物とは思えず、聞くだけで気分が悪くなってくる。

 

 その悲鳴は、中央にある台から発せられていた。

 

 手術用の診察台を連想させるその台の上には、裸の男が両腕を広げる形で拘束されていた。

 

「アアアアアアアアアアアアッ イギィィィィィィィィィィィィッ ギギギギギギガガガガガガッ」

 

 尚も悲鳴を上げ続ける男。

 

 そんな男の悲鳴に構わず、ゼストは拘束台に歩み寄ると、傍らに置いてあった資料に無言で目を通す。

 

 傍らで悲鳴を上げる男には一切目をくれず、読み進めるゼスト。

 

「・・・・・・・・・・・・ふむ」

 

 ややあって顔を上げたゼストの表情には、失望の色があった。

 

「やはり、駄目か。今度こそは、と思ったのだがね」

 

 そう告げると初めて、拘束台の上にいる男へと目を向けた。

 

 その瞳にあるのは、落胆と侮蔑。

 

 汚物を見るような目で、ゼストは拘束台の男を見ていた。

 

 男は、先にエインズワースを襲撃した魔術協会派遣の刺客の1人であった。

 

 本来なら、視認する事すら不可能なこの城を発見し、あまつさえ進入まで果たした辺り、彼等の優秀性が伺える。

 

 もっとも、同時にそれが彼らの限界だった。

 

 ゼスト自らが迎撃の為に出陣。侵入した刺客の内、実に9割を一瞬で殲滅して見せた。

 

 残った1人は、たまたま見つけた剣士(セイバー)のカードを持って逃亡。のちに死亡が確認されている。

 

 だがもう1人、今拘束台の上にいるこの男も、辛うじて命を繋いでいた。

 

 否、正確に言えば、ゼストが攻撃を手加減したが故に、辛うじて生きているだけの話だった。

 

 もっとも、当の本人からすれば、文字通り「死んだほうがマシ」だったのだが。

 

 彼は今、死ぬ事も出来ず、ただひたすら拷問に曝され続けている。

 

 24時間、眠る事も許されずに。

 

「魔術協会に所属する魔術師と言うくらいだから、魔術回路も相当な物だろうと期待したのだがね。とんだ期待外れでがっかりだよ」

 

 このエインズワースにおけるゼストは、外来とは言え破格とも言える待遇で迎えられている。

 

 彼にはエインズワースの名を送られた他にも、こうして専用の工房まで与えられている。

 

 そして、それだけではない。

 

 チラッとテーブルの上に目をやるゼスト。

 

 そこには、2枚のカードが置かれていた。

 

 絵柄は弓兵(アーチャー)暗殺者(アサシン)

 

 エインズワースの最奥の秘儀とでも言うべきクラスカード。その一部を、ゼストは自らの実験に使用する為に預けられていたのだ。

 

 ゼストの手元にあるカードは7枚。今回の聖杯戦争に投入された数と同じだけのカードを、ゼストが保有している事になる。

 

 その内、剣士(セイバー)魔術師(キャスター)狂戦士(バーサーカー)は別の実験に使用し、槍兵(ランサー)のカードは、ゼストが自ら使用している。

 

 そして、

 

 残る騎兵(ライダー)は、

 

 次の瞬間、

 

「ダ・・・ダノムゥゥゥゥゥゥ」

 

 拘束台の男が、絞り出すような声を発した。

 

 地獄のような責め苦を与えられて尚、喋る事が出来た事には驚きを禁じ得ない。

 

 対してゼストは、鬱陶し気に視線を向けた。

 

 そんなゼストの視線を受け、男は血走った眼で声を放った。

 

「ダノム・・・・・・ダノム・・・・・・ゴ、ゴロジデグデェェェェェェ」

 

 「頼む、殺してくれ」

 

 それが今、男が望む唯一の願いだった。

 

 一刻も早く、この責め苦から解放されたい。

 

 その一心で声を絞り出す。

 

 捕虜になって以来、一時も休む事無く続けられてきた地獄のような時間。

 

 実験と言う名の拷問から解き放たれる唯一の方法は、もはや「死」以外にあり得なかった。

 

「ふむ・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな男に、ゼストはようやく目を向けて尋ねた。

 

「そんなに死にたいかね?」

「ッ ッ ッ」

 

 尋ねるゼストに、男は唯一自由になる首を必死に振ってこたえる。

 

 そこには、かつて存在した、魔術協会エリートとしてのプライドなぞどこにもない。

 

 なりふりなんぞ構っていられない。

 

 もはや死ぬためなら、どんな事でもするつもりだった。

 

 対して、

 

「良いだろう」

 

 あっさりした声で、ゼストは答えた。

 

「私もこれ以上、無能者に付き合う気は無い。時間が有限である以上、それは有効に使われるべきだ」

 

 その言葉に、男は苦痛に耐えながら微かな笑みを見せる。

 

 ああ、これでやっと死ねる。

 

 この地獄の苦痛から解放される。

 

 その希望が、彼の心を穏やかにした。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 ゼストの腕が、男の胸に突き刺さった。

 

 

 

 

 

「ギャァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ アアッ アアッ アアッ アアアアアアアアアアアアッ」

 

 これまでに数倍する絶叫が、男の口から放たれる。

 

 阿鼻叫喚とはこの事だろう。

 

 およそ、この世で感じる事ができる苦痛が、全て降りかかってきていた。

 

「ヤベデェェェェェェッ ヤベデグレェェェェェェッ ジナゼデグレェェェェェェェェェェェェッ」

 

 絶叫を上げる男に構わず、ゼストは男の体内をまさぐり続ける。

 

 その手が触れている物は、物理的な肉体ではなく、彼自身の魂。正確に言えば、そこに縫い付けられている物を探っていた。

 

 だが、男が感じている苦痛たるや、例えるなら口から腕を突っ込まれ、内臓を直接引きずり出されているにも等しかった。

 

 ややあって、

 

 ゼストは腕を引き抜く。

 

 その手には、一枚のカードが握られていた。

 

 手綱を握った兵士。騎兵(ライダー)のカードである。

 

 それを待っていたかのように、ようやく意識を手放す事が出来た。

 

 待ち望んでいた「死」が、せめてもの安らぎを彼に与える。

 

 対して、

 

 ゼストはそれ以上、興味が失せたように視線を外すと、壁際に設置されたガラスケースへと目を向けた。

 

「やはり、生身の人間で適正者を探すのは難しい。かといって、既存の魔術回路に手を加えるのは危険すぎる。ここはもう暫く、『お人形遊び』に興じる以外、手は無い訳か」

 

 そう独り言を告げたゼストの視線の先。

 

 3つ並んだガラスケースの中には、3人の人間が収められている。

 

 成人した男性が1人。そして幼さが残る少年が2人。

 

 彼等もまた、ゼストの研究の成果である。

 

「その間、せいぜいあの『正義の味方』君に頑張ってもらうとしようかね」

 

 そう告げると、ゼストは暗い地下工房の中で嘲笑を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無人の新都に、雪が降り積もる。

 

 もはや当たり前になった光景。

 

 白く重ねられていく光景は、ひたすらに絶望感だけを募らせていく。

 

 音さえ飲み込む白。

 

 そんな白色の世界を、

 

 奇妙な出で立ちの男が歩いていた。

 

 顔は見えない。

 

 頭からつま先まで、すっぽりと外套に覆われているからだ。

 

 だが、背格好から、辛うじて男だと言う事だけは理解できた。

 

 その男が、ゆっくりと、雪の上を歩く。

 

 ひたすら、

 

 脇目も振らずに。

 

 その目指す先。

 

 そこには、

 

 丘の上の教会が佇んでいた。

 

 

 

 

 

 3人の男が、それぞれの立ち位置にて佇んでいる。

 

 壇の上に立つ言峰綺礼。

 

 壁に寄りかかった衛宮士郎。

 

 そして、椅子に座った剣士(セイバー)の少年。

 

 3人。特に士郎と剣士(セイバー)の少年は、互いに無言のまま視線を合わせようとしなかった。

 

「まったく・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな士郎と少年の様子に、言峰は明らかな嘆息を見せた。

 

「いつまでそうしているつもりかね? 話が全く進まないのだが?」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 言峰の言葉にも、2人の少年はそれぞれ無言で答える。

 

 話す気は無い。

 

 というよりは、お互いにまだ、気持ちの整理ができていない様子だった。

 

「よし、ならば親睦を深めるために食事でも一緒にどうかね? 私が特製の麻婆豆腐を・・・・・・」

「いらん」

「結構です」

 

 ここだけは、息の合った調子を見せる2人。

 

 とは言え、流石に埒が明かないと考えたのか、士郎が言峰を見て言った。

 

「そもそも、俺たちをここに連れてきたのは言峰、アンタだろ」

 

 だったら、この状況をどうにかしてくれ。

 

 言外にそう告げる士郎。

 

 対して、言峰の方も何か思うところがあったのか、少し考えてから口を開いた。

 

「ふむ、一理ある話だ。確かに、聖職者のはしくれとして、相争う2人の間を取り持つのも、使命の一つと言えるだろう」

 

 誰もアンタを聖職者だとは思わんだろ。

 

 士郎と少年はほぼ同時に似たような事を考える。

 

 対して言峰は、士郎を差して口を開いた。

 

「そちらは衛宮士郎(えみや しろう)。知っての通り、弓兵(アーチャー)の英霊であると同時に、『元、聖杯の所持者』でもある」

「そんな言い方ッ・・・・・・・・・・・・」

 

 激昂しかける士郎。

 

 まるで美遊を物扱いするような言峰の言葉は、士郎にとって許し難い事でもあった。

 

 だが、当の言峰は、そんな士郎を意に介していない。

 

 事実を語っただけだ、とでも言いたげな態度だった。

 

 続いて、言峰は剣士(セイバー)の少年を見やった。

 

「そして、こちらは剣士(セイバー)の英霊として、聖杯戦争に参加してる。名前は・・・・・・」

黍塚久希(きびつか ひさき)

 

 言峰が話すよりも先に、少年は口を開いて士郎を見た。

 

「それが、僕の名前です」

 

 久希はそう言うと、立ち上がって士郎に歩み寄る。

 

 向かい合う両者。

 

 ややあって、久希の方から右手を差し出した。

 

「よろしく、衛宮士郎さん」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 だが、

 

 差し伸べられた手を、士郎は握ろうとしない。

 

 仕方なく、手を下す久希。

 

「・・・・・・やっぱり、許せませんか、僕の事が?」

 

 尋ねる久希の顔に、少し自嘲的な笑みが入る。

 

 事情が事情とは言え、久希は士郎の友人だった日比谷修己を手に掛けている。

 

 士郎の立場からすれば、久希を殺したいと考えてしまうのも仕方のない事だった。

 

 だが、

 

「そんな事じゃない」

 

 士郎はかぶりを振ってこたえる。

 

「俺だって自分が置かれた状況くらい理解している。今更、甘い事を言う気は無い。あの状況だったら、俺だって同じ行動を取っただろうさ。むしろ、自分で手を下さなくて良かった分、ホッとしているよ」

 

 どこかさばさばとした口調の士郎。

 

 とは言え、そこには多分に無理がある事は、はた目からにも判る。

 

 昨日までの友人が実は敵の刺客で、そして殺されたとあっては、心中穏やかではないだろう。

 

 だが、そんな感情を呑み込んで、士郎は久希を見た。

 

「俺とお前は、敵同士なんだろ。なら、必要以上になれ合う気は無い」

「・・・・・・成程」

 

 いずれ戦う者同士、情を交わすべきではない。士郎はそう言いたいのだろう。

 

 どうやら、思った以上にドライなようだ。

 

 あるいは、士郎自身腹をくくったのか。

 

「でも、僕はあなたとは争う気はありませんよ」

 

 そう言って笑顔を見せる久希。

 

 だが、士郎は取り合わずに視線を逸らす。

 

 確かに、聖杯戦争という盤上にあっては、久希は剣士(セイバー)であり、士郎は弓兵(アーチャー)

 

 今はこうして顔を合わせて話していても、いずれは相争う事になる間柄であるのは間違いない。

 

「言葉は、信用できませんか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 久希の言葉に、沈黙を返す士郎。

 

 聞かれるまでもない、と言う事だった。

 

 嘆息する久希。

 

 士郎の気持ちももっともだ、と思う。

 

 何しろ、昨日までの友人が裏切る状況である。ほんの数時間前に会ったばかりの人間を、いかにして信用しろというのか?

 

「・・・・・・仕方ないですね」

 

 小さく呟く久希。

 

 そして、

 

 手はコートのポケットに入れると、そこにあったカードを取り出すと、驚くべき行動に出た。

 

「どうぞ」

「・・・・・・何のつもりだ?」

 

 久希の行動に対し、士郎は眉をしかめて訝る。

 

 差し出された久希の手には、剣士(セイバー)のカードが握られている。

 

 久希は、その剣士(セイバー)のカードを、士郎に差し出してきたのだ。

 

「好きにしてくれて構いませんよ。何だったら、ここで僕を殺してくれても良い」

「お前、何を・・・・・・・・・・・・」

「その代わり」

 

 士郎の言葉を遮って、久希は続けた。

 

「聖杯は士郎さん、必ずあなたが手に入れてください。それさえ約束してくれるなら、僕はこのカードをあなたに渡して、聖杯戦争を放棄します」

 

 それは、あまりと言えば、あまりな提案だった。

 

 聖杯戦争の参加者が、自ら聖杯獲得の意思を他人に譲って棄権するなど。

 

 暴挙を通り越して愚挙に近い。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 久希は本気だった。

 

 本気で、士郎を勝たせるために、自分は舞台を下りようとしているのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 士郎は無言のまま、差し出された剣士(セイバー)のカードを見詰める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シロウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、誰かに名前を呼ばれたような気がして、遠い目をする士郎。

 

 と、

 

「どうか、しましたか?」

「あ、いや・・・・・・」

 

 久希に問いかけられ、我に返る士郎。

 

 さっきのが一体何だったのか? 

 

 考えても、答えが出る事は無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・別に、そこまでしてもらわなくていい。信用はできないが、取りあえず、助けてもらった恩もあるしな」

「そうですか」

 

 士郎の返事に、久希は頷いてカードをしまう。

 

 その顔には、どこかホッとしたような表情が見て取れた。

 

 何にしても、信頼は無理でも、共闘関係くらいは期待できそうだった。

 

 と、その時だった。

 

「むッ?」

 

 それまで黙って、2人のやり取りを見ていた言峰が、ふいに何かに気付いたように振り仰いだ。

 

 振り返って言峰を見る、士郎と久希。

 

「どうかしたのか?」

「警報が作動した。どうやら、悪意を持った存在が、この教会に接近しているらしい」

 

 流石は聖堂教会の根城と言うべきか、魔力的な防御にも万全を期している。

 

 張り巡らされた結界が作動し、何者かの接近を言峰に伝えてきたのだ。

 

「悪意、ですか・・・・・・・・・・・・」

 

 久希は呟きながら踵を返す。

 

 この状況で、ここを目指してやってくる存在。

 

 そんな物、一つしか考えられなかった。

 

「エインズワースの奴等、か」

 

 呟くと、士郎も久希に続いて入口へと向かう。

 

 敵が来たのなら、迎え撃つまでだ。

 

 観音開きの扉に、左右から同時に手を掛ける士郎と久希。

 

 その視線が、一瞬交錯する。

 

 次いで、

 

 2人は同時に扉を開いた。

 

 

 

 

 

第40話「共闘者」      終わり

 


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