Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第36話「月も無く、星も無く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ち鳴らす剣戟。

 

 激突の火花は、逢魔が時にはじけて消えていく。

 

 冥府の牙を思わせる槍の刺突。

 

 鋭きその様を少年は見据え、

 

 不可視の刃を旋回させる。

 

 偃月の如く風を巻く刃は、槍の穂先を的確に捉えて弾く。

 

「クッ!?」

 

 槍を弾かれ、思わず蹈鞴を踏むゼスト。

 

 体がのけぞり、大きく隙を晒す。

 

 そこへ、剣を返した少年は、切っ先を向けて容赦なく斬り込む。

 

「フッ!!」

 

 突き込まれる刃は、やはり黙視する事能わず。

 

 ゼストはただ、本能が命ずるままに後退する事しかできなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・思ったよりもやるね」

 

 呻き声と共に、言葉を告げるゼスト。その言葉の端はしに、苛立ちが混じっているのが分かる。

 

 共に英霊化した状態。

 

 この状態で、まさか自分が押し負けるとは思っていなかったようだ。

 

「さすがは最優の英霊、剣士(セイバー)。その中でも最強と称される騎士王が相手では、分が悪いか」

 

 流石はエインズワースに連なる者。既に、少年が纏った英霊の正体について看破していた。

 

 かつてブリテンを治めたとされる伝説の騎士王アーサー・ペンドラゴン。

 

 人類史に刻まれた最強の聖剣の担い手にして最高の剣士。

 

 その騎士王をその身に下した少年の戦闘力は、正に「破格」と言ってよかった。

 

 エインズワースにとって痛恨だったのは、工房に潜入を試みた魔術協会の刺客に、あのカードを奪われた事だった。

 

 それが無ければ、カードはエインズワースにとって最強の切り札足りえていた筈なのだ。

 

「まあ、良い」

 

 呟きながら、槍の穂先を下げるゼスト。

 

 その余裕を見せる態度を前に、しかし少年は警戒を解かずに剣を構え続ける。

 

 相手は聖杯戦争の開催者たるエインズワース。カードの特性やそれを利用した戦い方を、自分よりも理解している事だろう。

 

 ならば、どんなの有利な状況であっても油断はできなかった。

 

「さて・・・・・・・・・」

 

 言いながら、ゼストは少年を睨む。

 

 何か来る。

 

 そう感じて、警戒を強める少年。

 

「まずは、小手調べと行こうかね」

 

 ゼストがそう告げた。

 

 次の瞬間、

 

 強烈な魔力が、周囲一帯を覆いつくすのを感じた。

 

「これはッ!?」

 

 驚愕し、うめき声を上げる少年。

 

 対してゼストは、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「頼むから、すぐには終わらないでくれ給えよ」

 

 言った瞬間、

 

 魔力がはじけるように増大した。

 

 殆ど本能的に飛びのく少年。

 

 それと同時に、ゼストは動いた。

 

「さあ、地獄の具現だ。その不徳に相応しい罰を受けよッ!!」

 

 迫りくる恐怖。

 

 同時に、戦慄の事態が巻き起こる。

 

串刺城塞(カズィクル・ベイ)!!」

 

 ゼストが言い放つと同時に、

 

 地面から突き立てられる、無数の杭の群れ。

 

 それらは辺り一帯を呑み込むように出現。全てが噛み砕かれている。

 

 まるで魔獣の顎と化したかのような光景。

 

「これは、酷いな・・・・・・」

 

 その様を目の当たりにして、少年は息を呑む。

 

 地面から突き出した杭の一本一本、全てが致命傷である事は見ればわかる。

 

 もし一発でも食らっていたら、少年の命は無かった事だろう。

 

「・・・・・・ルーマニアの大英雄。自国の領土を侵したオスマントルコ軍2万を、悉く串刺しにして国境に曝した悪鬼。あの吸血鬼のモデルにもなった大公」

「・・・・・・・・・・・・ほう」

 

 少年の言葉に、ゼストは感心したように声を出す。

 

 自身の英霊は割と有名な方だ。この光景を見れば、少し詳しい人間ならすぐに想像つく事だろう。

 

「ヴラド三世。噂に違わぬ光景ですね」

 

 少年は感心したように告げる。

 

 アーサー王に比べれば、いささか格は落ちるとは言え、それでも厄介極まりない相手である事は間違いなかった。

 

「その必殺の宝具をかわす君も、なかなかな物ですよ。まあ、まだほんの序の口と言ったところですけどね」

 

 言いながら、槍を構えるゼスト。

 

 先日の戦いではまんまと逃げられたが、今日は逃がさない。最後まで付き合ってもらう。

 

 そんな意思表示を現すように、槍の穂先を少年へと向けた。

 

 対抗するように、不可視の剣の切っ先を向ける少年。

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士郎の目の前で、後輩の少女が崩れ落ちる。

 

 いったい、何が起こったのか?

 

 彼女の精いっぱいの告白に背を向けた士郎。

 

 その直後の凶行に、思わず頭が真っ白になる。

 

「桜!!」

 

 とっさに桜を抱き留める士郎。

 

 桜の身体が士郎の腕にのしかかり、思わずその場で膝を突く。

 

 少女の肩からは、鮮血が噴き出ている。

 

 致命傷ではない物の、かなり深い傷なのはわかった。

 

 その時、

 

「軽いなあ・・・・・・軽すぎる。お前は本当に、尻の軽い女だよ、桜」

 

 雪を踏む音と共に、どこか音階の外れたようないびつな声が聞こえてきた。

 

 顔を上げる士郎。

 

 果たしてそこには、見覚えのない少年が立っていた。

 

 歳の頃は士郎と同世代程度。細身で、癖のある髪をしている。

 

 目付きはどこか軽薄で、爬虫類のような不気味さを感じさせた。

 

「お兄ちゃんがキョ・・・・・・キョ・・・・・・強制? 共生? 矯正・・・・・・してやらないとなァァァ」

 

 這いずるような声を発する少年。

 

 対して、士郎は傷ついた桜を守るように前へと出る。

 

「に、兄さん・・・・・・・・・・・・」

 

 士郎の腕の中で、苦し気な声を出す桜。

 

 その言葉に、士郎は驚愕して相手を見る

 

「兄さんって・・・・・・お前は桜の兄なのか!? なら、どうしてこんな事をする!?」

「そうだよ」

 

 問いかける士郎に対し、少年はにこやかに笑いながら答えた。

 

「僕こそが間桐家の正式な後継者。名前は間桐・・・・・・マトウ・・・・・・・・・・・・マトウ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だっけ?」

 

 明らかに壊れているとしか思えない言動。

 

 こいつが本当に、桜の兄なのか?

 

 混乱を来す士郎には、その判別ができない。

 

 だが、考えている時間は無かった。

 

「まあ良いか。取りあえず、こいつらを殺せば何か思い出すさ」

 

 言いながら、手にした紐を勢いよく振り回し始める少年。

 

 その紐の先には鋭い刃を持つナイフが取り付けられている。

 

 どうやらこれが先程、桜の肩に突き刺さった物らしい。

 

 投げつけられるナイフ。

 

 対して、

 

 士郎は落ちていた桜の傘をとっさに拾うと、自身の魔術回路を起動する。

 

同調開始(トレース・オン)!!」

 

 発動される強化魔術。

 

 開いた傘に魔力が走り、ナイロンの布地が強度を増す。

 

 即席の盾と化す傘。

 

 そこへ、投擲されたナイフが激突する。

 

 衝撃と共に、一瞬で砕け散る傘。

 

 しかし、ナイフの威力を減殺し、軌道を逸らす事には成功した。

 

「グッ!?」

「先輩!!」

 

 衝撃で尻餅を突く士郎に、桜は自分の怪我もいとわずに駆け寄る。

 

 対して、

 

 桜の兄を名乗る少年は、いら立ったように声を発した。

 

「ハァ? おいおい何だよそれ・・・・・・おかしいだろ。どうして防ぐんだよ? 僕の攻撃をさあ、どうして防ぐんだよォォォォォォ!?」

 

 紐を引いて引き戻したナイフ。

 

 少年の手のひらに収まった瞬間、それは1枚のカードに戻る。

 

 覆面をした暗殺者が描かれたカード。

 

 同時に、魔力が不規則に走り、少年の姿が変化する。

 

 やせこけた裸の上半身。腰回りにはボロボロの腰布を覆い、口回りには髑髏の仮面を嵌めている。

 

 足が異様に長く、右腕は紐状で5本に枝分かれし、それぞれの先端にナイフが括りつけられている。

 

 見るもおぞましい姿に変化した少年。

 

 その姿に、士郎は思わず戦慄する。

 

 どう考えてもまともな状況ではない。正面からやり合うのは危険だった。

 

「こっちだ、桜!!」

 

 とっさに少女の腕を引き、邸内へと駆けこむ士郎。

 

 今はとにかく、逃げるしかない。

 

 幸い、衛宮邸は広い。それに僅かだが対魔術用の備えもある。うまく立ち回れば逃げる事も不可能ではないはずだ。

 

「あの男、一瞬で姿を変えたけど、佐連が英霊化って奴なのか!?」

「は、はい・・・・・・」

 

 問いかける士郎に対し、桜は荒い息のまま答える。

 

 そうしている間にも、肩の傷口からは鮮血が噴き出している。

 

「あれは暗殺者(アサシン)のカード・・・・・・気を付けてください先輩、あの英霊は・・・・・・」

 

 桜が言いかけた時だった。

 

 少女の背後。

 

 天井から逆さにぶら下がるように浮かび上がる、不気味な髑髏の仮面。

 

 既にナイフは振り翳されている。

 

「桜ッ!!」

 

 士郎はとっさに桜を抱きかかえるようにして、その場から飛びのくと、勢いを殺さずにガラス戸へと突っ込む。

 

 人間2人分の勢いで、砕け散る窓ガラス。

 

 士郎の身体には無数のガラス片が降り注ぐが、構わずに地面へと転がる。

 

「クッ!?」

 

 奔る痛みに、士郎は思わず顔を歪ませる。

 

 見れば、背中が斜めに斬り裂かれた。

 

 桜を庇った際に、少年に斬られたのだ。

 

「先輩ッ!!」

 

 自身を庇った士郎を気遣う桜。

 

 そんな2人を追うように、暗殺者(アサシン)の少年もまた、家の中から出てきた。

 

「さっきからさあ、何なんだよ、お前?」

 

 痛みをこらえて顔を上げる士郎を睨みながら、暗殺者(アサシン)の少年はいら立った声で言った。

 

「僕の邪魔ばっかりしやがって。心配しなくても、桜のあとでお前の事もちゃんと殺してやるからさあ、ちゃんと順番守れよなァァァ!!」

 

 残忍その物のセリフ。

 

 およそ、人としての感情をすべてそぎ落としたかのような存在がそこにいた。

 

「クッ ・・・・・・逃げろ、桜!!」

 

 痛みをこらえて士郎は叫ぶ。

 

 走る激痛をこらえ、必死に思いで立ち上がろうとする。

 

 せめて彼女だけでも助けないと。

 

 その想いだけが、今の士郎を支えていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 唇を噛み締める桜。

 

 事こうなった以上、逃げる事は不可能。あの「兄」を倒さない限り、自分にも士郎も生き残る事は不可能だと断じる。

 

「私が兄さんを倒しますッ!!」

「へぇ・・・・・・」

 

 自身の前に立ちはだかる桜を見て、少年は嘲るように笑みを見せる。

 

「立派になったもんだなあ桜ァ!! 兄に楯突いたうえに『倒す』だって!? そこのナントカ君に誑かされたのかい? それともお爺様が死んだからって当主面してるのかいッ!? なんてなんてなんてなんてひどい妹なんだ!? 恐ろしくて悲しくて泣けてくるよ!! そんな妹は、やっぱり僕が殺してあげないとな!!」

 

 兄と名乗る少年の喚き散らす声を聴き流しながら、桜は手にした弓兵(アーチャー)のカードを掲げる。

 

 このカードを使い、戦うつもりなのだ。

 

「よせ、桜!!」

 

 反射的に叫ぶ士郎。

 

 もし本当に兄なら、桜を戦わせるわけにはいかない。

 

 自分にも妹がいるから言える。そんな悲しい事、桜にやらせることはできなかった。

 

「良いんです。兄さんはもう、とっくに死んでいますから」

 

 対して桜は、微笑みながら士郎に振り返る。

 

「それに、先輩には選んでもらえなかったけど、やっぱり大好きですから、私が守ります!!」

「桜ッ!!」

 

 叫ぶ士郎。

 

 対して、桜は振り返らず、己の魔術回路を起動させる。

 

 溢れる魔力が、手にしたカードへと注がれていくのが分かる。

 

「大丈夫です先輩。このカードなら・・・・・・絶対に敗けません!!」

 

 臨界に達する魔力。

 

 同時に、桜は叫ぶ。

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶望と共に、沈黙が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 茫然とする桜。

 

 桜の行った手順に間違いは無かったはず。

 

 本来なら、英霊をその身に纏い、戦う体勢が整ったはずなのだ。

 

 だが、現実にはカードは沈黙を保ったまま、桜の姿に変化が訪れる事も無かった。

 

 と、

 

「クッ ・・・・・・クッ ・・・・・・クックックッ」

 

 さも面白い漫談を聞いたかのように、くぐもった声を上げる暗殺者(アサシン)の少年。

 

 その笑いが哄笑に変わるのに、さして時間はかからなかった。

 

「ギャーハッハッハッハッハッハ!! ハーっハッハッハッハッハッハ!! どうしたんだい桜ッ!? まさかまさかと思うけど、夢幻召喚(インストール)できないのかい!?」

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 茫然とする桜を見て、高笑いを上げる暗殺者(アサシン)の少年。

 

 桜の手の中にある弓兵(アーチャー)のカードは、まるで泥に付け込んだように黒く染まっていく。

 

「浅はかだったな桜ァ!! お前が裏切る事なんか、ジュリアン様は最初から想定済みだったんだよ!! そのお前にギルガメッシュのカードを渡すはずが無いだろ!! お前の持っているそれは、どの英霊にもつながっていない、正真正銘の屑カードなんだよ!!」

 

 「兄」の笑い声を聞き、愕然とする桜

 

 絶望が、支配する。

 

 もはや万策は尽きた。

 

「しょうがないな。お兄ちゃんがカードの使い方を教えてやるよ」

 

 そう言うと、枝分かれしたひも状になっている暗殺者(アサシン)の右腕がより合わさる。

 

 5本ある紐が寄り合わせられた時、そこには異様に太く長い、1本の腕が現れていた。

 

 その巨大な掌を、桜の胸に当てる暗殺者(アサシン)

 

 対して、桜は恐怖の為、もはや逃げる事すらままならない。

 

「桜、逃げろ!!」

 

 叫ぶ士郎。

 

 対して、

 

 最後に、僅かに振り返る桜。

 

「先・・・・・・輩・・・・・・」

 

 士郎と桜。

 

 互いの視線が、一瞬合わさった。

 

「ごめんなさ・・・・・・・・・・・・」

 

 最後まで言い切る事を、桜は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亡奏心音(ザバーニーヤ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 桜の胸は、中央部分が大きくえぐられ、吹き飛ばされた。

 

 穴が開く、少女の体。

 

 その傷口からあふれ出た闇が、亡骸を包み込み、呑み込んでしまう。

 

 後には、少女が持っていた1枚のカードだけが残されるの身だった。

 

 自失したまま、手を伸ばす士郎。

 

 その手のひらの上に、カードが落ちてきた。

 

 疑いようは無い。

 

 士郎の大切な後輩である桜は死んだのだ。

 

 士郎の目の前で。

 

 士郎はまた、大切な物を守る事が出来なかったのだ。

 

「・・・・・・あれ? あれあれ? あれェェェ?」

 

 そんな中、暗殺者(アサシン)は、不思議そうに周囲を見回しながら呟く。

 

「僕・・・・・・何してたんだっけ? ていうか、桜はどこ行ったんだ?」

 

 その言葉が、

 

 士郎の胸をえぐる。

 

 ややあって、再び哄笑が巻き起こる。

 

「そっかそっかァァァァァァァァァァァァ 僕が殺しちゃったのかぁぁぁぁぁぁアァアァアハハハハハハハハハハハハ!! ギャハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 唇を噛み占める士郎。

 

 あまりにも理不尽な現実が、そこにあった。

 

「・・・・・・・・・・・・なぜだ・・・・・・どうして、こんな」

 

 士郎の問いかけ。

 

 それに対する返答は、

 

「次はお前だ」

「がッ!」

 

 強烈な衝撃によって返された。

 

 サッカーボールのように吹き飛ばされ、庭にある土蔵の中まで転がり込む士郎。

 

 そんな士郎を追って、暗殺者(アサシン)も土蔵の中へと入ってくる。

 

「これから僕さ、聖杯戦争で色んな奴らを殺さなくちゃならないんだよね。だからさ、なるべく苦しませて殺してあげるから、練習台になってくれよ!!」

 

 言い放つと同時に、暗殺者(アサシン)は解いた右腕を鞭のようにしならせて、士郎へ襲い掛かった。

 

 顔を上げる士郎。

 

 その瞳には、明確な憤りを浮かぶ。

 

 暗殺者(アサシン)はなぶる様にナイフを振るい、士郎の体を一寸刻みに斬り裂いていく。

 

 一息には殺さず、時間をかけて息の根を止めるつもりなのだ。

 

 鮮血が土蔵の中に舞い、

 

 激痛がとめどなく溢れる。

 

 しかしそれでも尚、

 

 士郎の中では、醒めない熱のような怒りが湧き続けていた。

 

 自分はこんな所で終わるのか?

 

 こんな物が、自分の歩いて来た道の終点なのか?

 

 親友に裏切られ、

 

 美遊を奪われ、

 

 桜を殺され、

 

 そして今、自分の命も奪われようとしている。

 

 

 

 

 

『僕は、正しくあろうとして、際限なく間違いを重ね続けた。そしてどうしようもなく行き詰った果てに、都合の良い奇跡を求めたんだ』

『それは見えない月を追いかける、暗闇の夜のような旅路だった』

 

 

 

 

 

 かつて切嗣(ちち)が今わの際に言った言葉が、脳内に浮かぶ。

 

 切嗣の言葉の意味、その無念さ。

 

 それを今、士郎はようやく理解していた。

 

 この世全てを救おうと足掻き続けた果てが、全てを失う断崖だった。

 

 星の明かりも、月の明かりも

 

 最早、士郎には見えなかった。

 

 やがて、

 

 暗殺者(アサシン)の攻撃を前に、士郎は土蔵の床へと倒れ伏した。

 

 暗殺者(アサシン)は、そんな士郎の首を掴んで持ち上げる。

 

「まだ生きてる? まあ、どっちでも良いんだけどね。アサシン(カード)の使い方もだいたいわかって来たし、もう殺しても良いよね?」

 

 まるで虫を潰すかのように、あっさりと言ってのける暗殺者(アサシン)

 

 対して、

 

 士郎は全身の力を振り絞るようにして口を開いた。

 

「・・・・・・なあ教えてくれよ」

「あァン?」

 

 面倒くさそうに訝る暗殺者(アサシン)

 

 士郎は、全霊の力で相手を睨みつける。

 

「妹を、殺した気分は、どんなだ?」

 

 問いかける士郎。

 

 対して、

 

 暗殺者(アサシン)は哄笑と共に言い放った。

 

「射精の百倍は気持ちよかったぜ!? お前もやってみろよ!!」

 

 その一言で、

 

 士郎の中で残っていた、最後の理性が切れた。

 

 士郎を投げ飛ばす暗殺者(アサシン)

 

「じゃあな、結構楽しかったけど、そろそろ殺すから。えーっと、お前の名前、何だっけ?」

 

 言いながら暗殺者(アサシン)は、再び右腕をより合わせていく。

 

 桜を殺害した、あの長大な腕に変形する。

 

 その様子を、真っ向から睨みつける士郎。

 

 その手に握られているのは、桜が残した弓兵(アーチャー)のカード。

 

 どこにも繋がっていない屑カードを、士郎は握りしめる。

 

 

 

 

 

 

 既に士郎の行く末など、何もない。

 

 

 

 

 

 (奇跡)は無く、

 

 

 

 

 

 (希望)も無く、

 

 

 

 

 

 (理想)は闇に溶けた。

 

 

 

 

 

 だが、

 

 

 

 

 

 それでも、

 

 

 

 

 

 それなのに、

 

 

 

 

 

 まだ・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 ()が、残っている!!

 

 

 

 

 

「ああ、そうだ、思い出した。そんじゃあ改めて、さようなら、衛宮」

 

 言い放つと、

 

 暗殺者(アサシン)は士郎を殺害すべく、蛇のようにしならせながら腕を伸ばす。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迸る衝撃と共に、暗殺者(アサシン)の右腕は、半ばから斬り落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・へ?」

 

 一瞬、茫然とする暗殺者(アサシン)

 

 その腕は半ばから斬り裂かれ、寄った状態からほつれ始める。

 

 次の瞬間、

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!? う、腕ッ 腕ッ、ウデェェェェェェッ!? ぼ、ぼぼ、僕のッ 僕の腕がァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 耳障りな悲鳴と共に、見苦しく地面に転がる暗殺者(アサシン)

 

 そんな中、

 

「・・・・・・・・・・・・これは、祈りじゃない」

 

 ゆっくりと立ち上がる士郎。

 

「祈りよりも、もっと独善的で、矮小で・・・・・・どうしようもなく、無価値な俺自身に向けた・・・・・・・・・・・・」

 

 一変する、少年の姿。

 

 漆黒のボディスーツに、腰回りと左腕には赤い外套。頭には同色のバンダナが巻かれ、その上から白い外套を羽織っている。

 

 手にした黒白の双剣を構え、言い放った。

 

「誓いだ」

 

 

 

 

 

第36話「月も無く、星も無く」      終わり

 


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