Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第29話「不揃いな正義」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場に、一時の静寂が訪れる。

 

 しわぶき一つしない、冷たい沈黙。

 

 ただ、音も無く降る雪だけが、散りゆく勇者たちへ送る鎮魂の歌(レクイエム)を歌っている。

 

 誰もが、つい先刻までの出来事が、夢幻の中の出来事であるかのように捉えていた。

 

 響の召還に応じて現界した新撰組隊士達。

 

 彼らは皆、己の誇りにかけて勇敢に戦い、そして消えて行った。

 

 まさに幕末の京都を彷彿とさせる、勇壮無比な戦いぶりは、皆の脳裏に深く刻まれている。

 

 彼ら新撰組が、紛れもなく生きた証だった。

 

 彼らの戦いは、決して無駄ではなかった。

 

 新撰組隊士たちの獅子奮迅の活躍により、あれだけいた黒化英霊達は大幅に数を減らしていた。

 

 当初は視界を埋め尽くすほど居た敵も、今は明らかにまばらになっている。目測でも50はいないだろう。

 

 加えて、沖田総司の奮戦により、英霊ジークフリートを宿したシェルドも撤退している。

 

 対して、こちらも疲労が濃いとはいえ、全員が健在。

 

 イリヤも、美遊も、クロも、バゼットも、士郎も、凛も、ルヴィアも、そして響も。

 

 眦を上げて、尚も戦い続ける意思を見せつけている。

 

「どうだ、ジュリアン!!」

 

 岩山を見上げて、士郎が叫ぶ。

 

 静寂の戦場において、その声は大きく響き渡った。

 

「お前の企みはここまでだっ もう諦めろ!!」

 

 無論、戦局は確定したわけではない。こちらがボロボロである事に変わりは無かった。

 

 だが、

 

 それでも今なら、いかなる敵を相手にしても負ける気がしなかった。

 

 対して、

 

 士郎の叫びに対して、岩山からは何も返らない。

 

 ジュリアンはまだ諦めていないのか? それともあるいは、別の何かを思案しているのか。それは判らない。

 

 士郎とてこの程度でジュリアンが諦めるとは思っていない。この程度で諦めるくらいなら「正義の味方」を名乗るような真似はしないだろう。

 

 だが、それならばそれで構わない。ジュリアンが諦めるまで斬り伏せてやるまでだった。

 

 一同が、岩山の山頂を見上げる。

 

 と、

 

 それに対して、

 

 眼下を見下ろすジュリアンは、己の腕を高く掲げて見せた。

 

 次の瞬間、

 

 湧き出る泥が再び隆起し、そこから再び黒化英霊達が這いずりだしてきた。

 

「なにッ!?」

 

 目を剥く士郎。

 

 一同が警戒するように武器を構える。

 

 そうしている間にも、倒したはずの黒化英霊達が次々と復活していく。

 

 このまま行けば、ひとたび数を減らした敵が、また元の数に戻るまでに、そう時間はかからないかもしれない。

 

「いきがるんじゃねえよ、衛宮士郎」

 

 下を見下ろしながら、ジュリアンは吐き捨てるように告げた。

 

「言ったはずだ。お前たちに選択肢など無いと。いくら足掻こうが、喚こうが、所詮は俺の手のひらに内だって事を思い知れ」

 

 ジュリアンがそう言っている間にも、黒化英霊達は数を増やしていく。

 

 彼らが再び動き出し襲い掛かってくるまで、最早そう時間はかからないだろう。

 

「予想はしていたけど・・・・・・これは、流石にきついかもね」

 

 クロが干将莫耶を両手に構えながら、唇を噛み占める。

 

 既に皆、疲労の色が濃い。

 

 士郎も、美遊も、イリヤも、クロも、凛もルヴィアも、バゼットも。

 

 新撰組が戦線の大半を受け持ってくれたとは言え、前線で戦っていたメンバーは皆、無傷とは言えなかった。

 

 やがて、

 

 十分な数が揃った黒化英霊達は、再びこちらに向かって動き出した。

 

 身構える一同。

 

 再び、包囲網が狭められる始める。

 

 誰かが息を呑む音が聞こえた。

 

 もう、この場にいる全員が分かっている。

 

 これ以上戦う事は、不可能だと。

 

 敗北。

 

 皆の脳裏に、その言葉が浮かぶ。

 

 だが、

 

 聖旗を振り翳すイリヤ。

 

 盾を持ち上げる美遊。

 

 剣を構える士郎とクロ。

 

 拳を握るバゼット。

 

 魔術の詠唱準備を始める凛とルヴィア。

 

 この場にある誰もが、諦めるという選択肢を取ろうとはしなかった。

 

 そして、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 皆の後ろで佇む響は静かな瞳で、迫りくる敵軍を見据えていた。

 

 脳裏に、土方に言われた事を思い出す。

 

 

 

 

 

『良いか、覚えておけ小僧。男が一度「やる」と決めたなら、どんな事があろうと最後まで貫き通せ。それが良いか悪いかなんてのは関係ねえ。そんな物は、後の人間が勝手に判断すれば良い』

 

『惚れた女を、最後まで守り抜けッ それでこそ、男ってもんだ』

 

 

 

 

 

 チラッと美遊を見る。

 

 己の全てを掛けて、大好きな美遊を守る。

 

 それこそが、命を掛けて戦ってくれた土方たちへ、響ができる最大限の答えだと思った。

 

「・・・・・・・・・・・・手は、ある」

 

 静かに呟く響に、一同は視線を向ける。

 

「ヒビキ、いったい何するつもり?」

 

 尋ねるイリヤ。

 

 いったいいかなる手段を用いて、この絶望的な状況を打ち破ろうというのか?

 

 対して、

 

 響は懐に手を入れると、1枚のカードを取り出して掲げて見せた。

 

「響、それはッ!?」

 

 驚いて声を上げる美遊。

 

 響の手に握られていたのは「剣士(セイバー)」のクラスカードだった。

 

 伝説の騎士王「アーサー・ペンドラゴン」の魂が宿るカード。

 

 念の為、響に預けていた物だ。

 

 響が持つ、最強最後のワイルドカード(ジョーカー)

 

 だが、それは同時に、少年自身も破滅させる最悪の一手でもある。

 

「ダメッ 響ッ!!」

 

 唯一、事情を知っている美遊が、とっさに止めようとする。

 

 だが、

 

 そんな美遊に静かに笑いかけると、

 

 響は動いた。

 

上書き(オーバーライト)ッ 並列夢幻召喚(パラレルインストール)!!」

 

 叫んだ瞬間、

 

 響の姿は、衝撃波によって覆われた。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 少年の中にいるもう1人の存在が、ゆっくりと目を覚ます。

 

 力を使い果たして、暫く眠りについていた彼は、突如として強烈な目覚ましを受け、覚醒せざるを得なくなったのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・やれやれ」

 

 苦笑気味に呟く。

 

 諦めも往生際も悪い相棒には、もはや呆れるしかなかった

 

「それが、君の選択かい?」

 

 ここにはいない、しかし最も近くにいる存在へと語り掛ける。

 

 愚かな選択だ。

 

 こんな事をしたらどうなるか、彼自身が最もよく分かっているはずなのに。

 

 しかしまあ、

 

 自分は彼を批判できる立場ではない。

 

 何より、愚かであっても少年の決断が尊いものである事も事実だった。

 

「・・・・・・判った」

 

 微笑む。

 

 ただ、己の運命を受け入れた存在に対し。

 

「君が地獄に落ちるというのなら、僕は喜んで供に行こうじゃないか」

 

 

 

 

 

 響の姿が変化する。

 

 それまで着ていた着物と浅葱色の羽織は消失。

 

 代わりに、蒼のインナーに短パンを穿き、その上から黒いコートを着込んでいる。

 

 目にはバイザーが下され、顔の上半分を覆っている。

 

 そして、手にはそれまでの日本刀に代わり、美しい装飾の刀身を持った聖剣が握られている。

 

 ブリテンの伝説に名高き騎士王アーサー・ペンドラゴン。

 

 その一つの可能性としての姿がそこにあった。

 

 かつて、「向こう側の世界」でギルを相手に戦った時と寸分違わぬ戦装束。

 

 聖剣を両手で構える響。

 

 次の瞬間、

 

 地を蹴って疾走した。

 

 群がる黒化英霊。

 

 新撰組の活躍により当初に比べれば、だいぶ数は減ったとはいえ、それでも「増援」分も加わって、相当量の黒化英霊が集結しようとしている。

 

 視界を埋め尽くして迫る黒化英霊達。

 

 それが一斉に、響に群がる。

 

 中には、宝具を撃つべく魔力を集中させようとしている者もいる。

 

 だが、

 

「お、そいッ!!」

 

 飛び込んだ響は、手にした聖剣を横なぎに一閃、黒化英霊数体をまとめて叩き斬る。

 

 更に縦横に剣閃を振るい、向かってくる敵を斬って捨てる。

 

 たちまち黒化英霊の隊列は乱れる。

 

 響を取り囲んで押し包もうとする者もいるが、それよりも速く響が動く為、包囲網は殆ど用を成さない。

 

 中には誤って同士討ちまでする者まで出ている。

 

 獅子奮迅の活躍を見せる響。

 

 つい先刻まで存在していた、土方歳三の戦いぶりを連想させられる光景だ。

 

 だが、

 

 バイザーの下で、少年の表情は僅かに歪められている。

 

 剣を振るう度、微かに奔る体の痛み。

 

 極限に酷使された魔術回路が悲鳴を上げているのだ。

 

 判っている。

 

 元々、並列夢幻召喚(パラレルインストール)は、響の体と魔術回路に多大な負担がかかる。

 

 それ故に、ギルからも止められていた。

 

 だが響は、それを承知で、最後の切り札を切ったのだ。

 

 全ては美遊を、

 

 みんなを守るために。

 

 己と言う存在を貫き通すと誓った、鬼の副長に応える為。

 

「クッ!?」

 

 痛みに耐えながら、逆袈裟に剣閃を走らせる。

 

 聖剣に斬られて、泥へと返る黒化英霊。

 

 更に響は、横合いから槍を振り翳して斬りかかって黒化英霊の首に、カウンター気味に剣を繰り出す。

 

 交錯する一瞬、

 

 次の瞬間、

 

 響の聖剣が、相手の喉を刺し貫いた。

 

 攻撃開始は相手の方が速かったが、攻撃命中は響の方が速い。

 

 恐るべき反応速度と言える。

 

 苦悶するように、体を震わせる黒化英霊。

 

 対して、響は聖剣の柄を強く握る。

 

「お・・・・・・おォォォォォォ!!」

 

 そのまま刀身から魔力を放出。背後にいた黒化英霊達を襲う。

 

 剣先から放たれた魔力の奔流が、10体近い黒化英霊をまとめて吹き飛ばした。

 

 まさに、獅子奮迅の如き、響の活躍。

 

 だが、

 

「グッ!?」

 

 全身に奔る痛み。

 

 響は思わず、その場で膝を突く。

 

 今朝のダリウスの襲撃から、城での奇襲作戦。さらに岩山での対決を経て、新撰組の召還。

 

 連戦続きな上に、宝具だけでも2つも使っている。

 

 そのうえでの並列夢幻召喚(パラレルインストール)である。

 

 少年の限界は、とっくに超えていても不思議ではなかった。

 

 しかし、

 

「ま、だ・・・・・・まだァッ」

 

 膝に力を入れて立ち上がる響。

 

 同時に聖剣を横なぎに一閃。今にも襲い掛かろうとした黒化英霊の胴を容赦なく薙ぎ払う。

 

 上げた眦が、隊列を成す黒化英霊達を威嚇するように睨む。

 

 誓ったんだ。みんなを守ると。

 

 ならば、こんな所で倒れている暇なんかない。

 

 聖剣を構えなおす響。

 

 そこへ射かけられる、無数の矢。

 

 唸りを上げる矢が、五月雨の如く襲い掛かってくる。

 

 接近戦では(アーサー王)に敵わないと考えた敵が、一斉に遠距離攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

「ッ!?」

 

 自身に向かって降り注ぐ矢を、辛うじて弾いていく響。

 

 だが、その数は余りにも多い。

 

 加えて極度に疲労している身である。

 

 その動きは、徐々に精彩を欠き始める。

 

 雨あられと迫る矢。

 

「んッ!?」

 

 響はバイザーの下で目を細めた。

 

 迎撃を掻い潜った数本の矢が、響へと迫った。

 

 その鏃が、少年の身体に食い込もうとした。

 

 次の瞬間、

 

 巨大な盾を持った影が響の前に立ち、傘のように掲げる事で、全ての矢を防ぎきって見せた。

 

「無茶しないで、響!!」

 

 叱りつけるような美遊の言葉が、響の耳を打つ。

 

「美遊・・・・・・・・・・・・」

 

 茫然と呟く響。

 

 対して美遊は、諭すように言う。

 

「私は、あなたの彼女。もっと私を頼って」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 見れば、イリヤ達もまた、響に続くように反撃を開始していた。

 

 イリヤが聖旗を振るって黒化英霊を退ける一方、バゼットが拳を固めて殴り込んでいる。

 

 士郎とクロのコンビは、投影魔術を惜しげもなく駆使して、敵に投影武器の嵐を浴びせている。

 

 対して、黒化英霊達は完全に押され気味となっていた。

 

 彼らは確かに英霊であり、絶大な力を持っている。

 

 だが個々の意思はなく、また連携も取れていない。

 

 いわば獣の群れに過ぎない。

 

 対して響達は消耗してるとは言え、明確な意思と統率を持っている。

 

 流れさえ掴めば、負けはしなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 痛む体を引きずるようにして、響は立ち上がる。

 

 皆が戦ってくれている。

 

 傷つきながらも、誰1人として諦めてはいない。

 

 ならば・・・・・・・・・・・・

 

 眦を上げる響。

 

 ならば、皆の為に自分ができる事をしなくてはならない。

 

「響?」

「ん、ありがと、美遊。もう、大丈夫」

 

 響は自分の彼女に語り掛けながら、遥か岩山の頂上を睨む。

 

 この戦いを終わらせる。

 

 それが、自分が皆の為にできる、最大の事だった。

 

 次の瞬間、

 

 響は魔力で脚力を強化。

 

 地面を蹴って垂直に駆け上がる。

 

 更に、空中で足場を形成、より高く舞い上がる。

 

 風孕む上空。

 

 全てを見下ろせる場所まで、響は到達する。

 

 少年の視線は、眼下に岩山の山頂を臨んだ。

 

 その山の上では、こちらを睨むようにして見上げているジュリアンの姿がある。

 

「衛宮響ッ!!」

 

 叫ぶジュリアン。

 

 対して、

 

 響は聖剣を振り翳した。

 

十三拘束解放(シールサーティーン)円卓議決開始(ディシジョンスタート)!!」

 

 空中で聖剣開放態勢に入る響。

 

 振り翳した聖剣から魔力が零れる。

 

 

 

 

 

「これは、己よりも強大な物との戦いである」

 べディヴィエール、承認

 

「これは精霊との戦いではない」

 ランスロット、承認

 

「これは、愛する者を守る戦いである」

 トリスタン、承認

 

「これは、邪悪との戦いである」

 モードレッド、承認

 

「これは、私欲なき戦いである」

 ガラハッド、承認

 

 そして、

 

「これは、世界を守る戦いである」

 アーサー、承認

 

 

 

 

 

 六拘束解放。

 

 聖剣解放に必要な円卓の騎士13人中、半数の承認には至らない。

 

 だが、

 

 それでも、

 

 半数近く拘束が解放された聖剣からは、溢れ出る魔力は、天を衝くほどに迸る。

 

 眩い閃光が、ジュリアンに向けられる。

 

 対して、

 

「ガキがッ!! あたしのジュリアン様に手を出すんじゃねえよ!!」

 

 ベアトリスが、ジュリアンを守るように飛び出して来た。

 

 その手にしたハンマーに、雷撃が集中していく。

 

「吹き飛べ!! 元素の塵まで!!」

 

 聖剣を大上段に構える響。

 

 大槌を振り上げる態勢に入るベアトリス。

 

 睨み合う両者。

 

 次の瞬間、

 

約束された(エクス)勝利の剣(カリバー)!!」

万雷打ち轟く雷神の嵐(ミョ ル ニ ル)!!」

 

 奔る閃光に鳴り響く雷鳴。

 

 激突する聖剣と神槌。

 

 強烈な輝きが、全てを明るく染め上げていく。

 

 両者の魔力が、互いに空中でぶつかり合う。

 

「グゥッ!!」

「ハッ!!」

 

 更に魔力を放出する、響とベアトリス。

 

 互いに相手を打ち破らんと、持てる全てを注ぎ込む。

 

 地上に立つイリヤ達も、思わず戦う手を止めて振り仰ぐ。

 

 やがて、

 

 強烈な対消滅を起こし、互いの閃光が四方に飛び散る。

 

 同時に、衝撃波が周囲に拡散した。

 

 吹き荒れる衝撃。

 

 そんな中、ジュリアンは瞬き一つせず、岩山の頂上に立ち続けている。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、衝撃に耐えるベアトリス。

 

 その表情には、明らかな敵意が見て取れる。

 

 睨み付けるベアトリス。

 

 その視線の先では、

 

 岩山の上に降り立った、響の姿があった。

 

 膝を突き、聖剣を杖代わりにしてようやく上体を起こしている響。

 

 ダメージこそ受けなかったものの、宝具同士の撃ち合いはやはり、少年に多大な負荷をかけていた。

 

 顔を上げる響。

 

 その姿を、ベアトリスは苦々しく睨みつける。

 

「何なんだ、あのガキは。ミョルニルと撃ち合って、何で無傷でいられる?」

 

 全力で放ったわけではないとはいえ、自身の攻撃が格下の英霊相手に完璧に相殺された事に、いたくプライドを傷つけられた様子だ。

 

 一方、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ジュリアンは、険しい瞳でジッと響を見据えていた。

 

 対して、響もバイザー越しにジュリアンの顔を見る。

 

 衛宮響とジュリアン・エインズワース。

 

 思えば、これまで何度か会っているにも拘らず、互いにしっかりと顔を合わせたのは、これが初めてかもしれない。

 

 互いに、敵意の籠った視線が激突する。

 

「・・・・・・・・・・・・そうか」

 

 ややあって、口を開いたのはジュリアンの方だった。

 

 視線は響から外さず、それでいてどこか納得したような呟き。

 

「・・・・・・お前は、『あいつ』か」

「・・・・・・ん?」

 

 1人で何かを納得したようなことを言うジュリアンに、響は不審そうに首をかしげる。

 

 対して、ジュリアンは構わず続ける。

 

「何度も、何度も、俺の前に立ちはだかりやがって。衛宮士郎と言い、お前と言い・・・・・・・・・・・・」

 

 忌々しげに呟くジュリアン。

 

 対して、響も視線をそらさずジュリアンを睨みつける。

 

「これで終わり。もう、諦めろ」

 

 言いながら、聖剣の切っ先をジュリアンに向ける。

 

 とは言え、響の限界はとうに超えている。これ以上の戦闘は不可能に近い。

 

 ここでジュリアンが退かなければ、もう響には対抗手段が無かった。

 

 果たして、

 

「・・・・・・・・・・・・良いだろう」

 

 ジュリアンはスッと目を逸らして言った。

 

 所詮、この程度では計画の瑕疵にもならない。自分の正義は絶対に揺らぐ事は無いのだ。

 

 その意思が、ありありと現れていた。

 

「ここは退いてやる」

 

 そう言って踵を返すと、エリカの肩に手をやるジュリアン。

 

 それに付き従うように、控えていたシフォンも立ち上がる。

 

「待てッ!!」

 

 逃がすまいとして、とっさに聖剣を振り被る響。

 

 だが、

 

「調子こいてんじゃねえよ、クソガキが!!」

 

 ジュリアンを守るように立ちはだかったベアトリスが、響に向けてハンマーを横なぎに振るう。

 

 大気を粉砕しながら迫るハンマー。

 

 対して、

 

 既にほとんどの力を使い果たしている響には、対抗する手段が無かった。

 

「んッ!?」

 

 辛うじて聖剣を盾にして直撃だけは逸らす響。

 

 だが、

 

 その一撃で、少年の体は岩山から大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 落下していく響。

 

 そんな中、

 

 ジュリアンは流れ出る泥を止める。

 

 同時に上空の立方体に変化が生じる。

 

 一部が折りたたまれたかと思うと、次々と折り畳みが進み、あっという間にジュリアンの手のひらに収まるサイズへと縮んでしまう。

 

 その立方体を手に取るジュリアン。

 

 同時に、振り返らずに告げた。

 

「ベアトリス、帯雷二つまで許可する」

 

 

 

 

 

 一方、

 

 響は、急速に落下する己の体を知覚しながら、しかしどうする事も出来ないでいた。

 

 約束された勝利の剣(エクスカリバー)を使用した事で、既に魔力は底を突き、同時に体力も残されていなかった。

 

 もはや、指一本、まともに動かす事が出来ない。

 

「ま、ずい・・・・・・・・・・・・」

 

 呟く響。

 

 このままだと、響は受け身も取れないまま、地面に叩きつけられることになりかねない。

 

 その時だった。

 

 突如、ふわりとした感触と共に、響の体は受け止められた。

 

「響、大丈夫!?」

 

 呼び声に応えるように、目を開ける響。

 

 そこには、

 

「・・・・・・美遊?」

 

 大切な彼女が、心配顔で響の体を受け止めている所だった。

 

 麓で戦っていた美遊は、戦いの最中、響が岩山から放り出されるのを見て、とっさに夢幻召喚(インストール)を解除。空中を駆けあがって少年の体を受け止めたのだ。

 

「もう、また無茶して」

「ん」

 

 叱られて、しかし響は笑顔を浮かべる。

 

「けど、今回も守れた」

「・・・・・・まったく」

 

 そんな響に、美遊もまた苦笑を返す。

 

 言って聞く響ではない。

 

 そんな事はとっくに分かっている。

 

 ならば今は、自分の為に戦ってくれた小さな彼氏の事を誇りに思おう。

 

 美遊はそんな風に思った。

 

 やがて、響を抱えたまま、着地する美遊。

 

 そこへ、皆が駆け寄ってくるのが見えた。

 

「響、美遊!!」

「2人とも、無事ですわね!!」

 

 駆け寄ってくる、凛とルヴィア。

 

 他の面々も、次々と集まってくるのが見えた。

 

「無事で何よりだ。こっちはあらかた片付いたぞ」

 

 言いながら、周囲を見回す士郎。

 

 見れば確かに、あれだけいた黒化英霊は、殆ど姿が見えなくなっている。

 

 元々、新撰組が大幅に数を減らしておいてくれたのだ。「残敵掃討」はほぼ完了していた。

 

 だが、

 

「残念ですが、安心するには、まだ早いです」

 

 言いながら、バゼットは上空を振り仰ぐ。

 

 そこでは、

 

 莫大な雷撃を纏ったハンマーを、大きく振りかぶったベアトリスの姿があった。

 

二雷目(こいつ)をブッパすんのはあたしも初めてだぜ」

 

 恍惚と狂気に彩られた笑顔を見せるベアトリス。

 

 その手の中にある雷が、更に勢いを増して増幅する。

 

《ま、まずいですよ!!》

 

 イリヤの手の中で、聖旗の姿を取っているルビーが、悲鳴に近い声を上げた。

 

《あの魔力凝縮は、これまでの比ではありません。まともに食らえば、本当に塵も残りません!!》

 

 ルビーの言葉に、誰もが息を呑む。

 

 エインズワースは、正に切り札を隠し持っていた形である。

 

 こちらは既に、全員がボロボロで消耗しつくした状態である。

 

 とても、ベアトリスの攻撃を受け止められる状態ではない。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)でッ!?」

「ダメだ、そんな物じゃ防ぎきれない。それより、発動前に狙撃を・・・・・・」

 

 クロの言葉に首を振る士郎。

 

 だが、いずれも有効な手立てではない。

 

 まさしく、神の一撃を受け止め得る存在など、ありはしなかった。

 

「吹き狂え!! 元素の彼方まで!!」

 

 ついに、

 

 ベアトリスのハンマーが振り下ろされる。

 

 迸る、強烈な雷撃。

 

 神の雷は主に仇成す全てを粉砕すべく、地上へ向けて放たれる。

 

 絶望が、全てを覆いつくす。

 

 もはや、いかなる防御も、回避も意味をなさない。

 

 ただ、己の無力を噛み占めながら、神の雷に押しつぶされるのを待つしかないというのか?

 

 響もまた、同様だった。

 

 美遊の腕に抱かれながら、悔し気に降り注ぐ雷光を睨む。

 

 せっかくここまで来たのに。

 

 みんなで、頑張ったのに。

 

 それなのに、

 

 こんな形で終わってしまうというのか?

 

 皆が悔し気に噛み占める中、

 

 1人の少女が、決意と共に眦を上げた。

 

「ヒビキ・・・・・・ミユ・・・・・・クロ・・・・・・みんなも」

 

 イリヤが前に出ながら、静かな声で告げる。

 

「みんな、ありがとう。今日、私が無事でいられたのは、みんなのおかげだよ」

「イリヤ?」

 

 自分を助けるために、ボロボロになるまで戦ってくれた仲間達。

 

 そのみんなの想いに応えるなら、未だと思った。

 

 睨む、天を。

 

「だからッ」

 

 少女の手にある旗が掲げられる。

 

 白地に金の刺繍が入った優美な旗。

 

「今度は、私がみんなを守る!!」

 

 迫りくる雷鳴。

 

 少女の手にした旗は、光を受けて翻る。

 

「我が旗よ、我が同胞を守り給え!!」

 

 光が溢れる。

 

 一切の邪気を払う清浄な光。

 

 皆を包み込む。

 

我が神は、ここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)!!」

 

 吹き狂う雷鳴が激突する。

 

 だが、

 

 その一撃は、イリヤが振り翳した旗によって防ぎ止められる。

 

 雷撃も、衝撃も、全てが用を成さずに散らされていく。

 

 宝具「我が神は、ここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)

 

 その正体は、裁定者(ルーラー)ジャンヌ・ダルクが振るう、最強クラスの結界型宝具である。

 

 フランス百年戦争時代。

 

 奪われた祖国フランスを取り戻すため、常に戦場にあって旗を振り続けた聖女ジャンヌ・ダルク。

 

 その彼女が旗を振るえば、万軍が奮い立ち、あらゆる邪悪が退いたという。

 

 イリヤは自身に残された全ての魔力を振り絞って旗を維持し続ける。

 

 そんな中、

 

「ハッ!!」

 

 ベアトリスの嘲笑が響く。

 

「二撃分の雷を防ぎ止めるか。面白ェ!!」

 

 言いながら、魔力をさらに高める。

 

「どこまで耐えられるか、試してやるよ!!」

 

 更に放出する雷が増幅する。

 

 まるでガードの上から強烈に殴りつけられているような感覚に、少女の腕が悲鳴を上げる。

 

「クッ!?」

 

 思わず、顔を歪ませるイリヤ。

 

 あまりの圧力に、少女は押しつぶされそうになる。

 

 だが、

 

 それでも、

 

 倒れない。

 

 皆を、

 

 大切な人たちを守る。

 

 その想いだけで、イリヤは旗を振るい続けていた。

 

 その時だった。

 

 イリヤの小さな手に、

 

 別の手が重ねられる。

 

「えッ!?」

 

 振り返るイリヤ。

 

 果たしてそこには、ニッコリと笑顔を浮かべるクロの姿があった。

 

「まったく、世話が焼けるんだから」

「クロッ!?」

 

 それだけではない。

 

 更に横から、二つの手が重ねられる。

 

「イリヤ、もう少しだから!!」

「ん、がんばる!!」

「ミユッ ヒビキ!!」

 

 姉弟と親友が、力を貸してくれる。

 

 ただそれだけで、イリヤは己の中から力が無限に湧き出してくるのを感じた。

 

 強さを増す、聖旗の光。

 

 その輝きが、

 

 降り注ぐ雷光を押し返す。

 

「馬鹿なッ!?」

 

 驚いたのはベアトリスだ。

 

 まさか、絶対の自信を持って放った攻撃が、押し返されるとは思っていなかっただろう。

 

 やがて、

 

 結界に防がれた雷撃が、威力を消失して霧散する。

 

 後には元の鈍色の空が広がるのみだった。

 

 それを見て、

 

 子供たちはそれぞれ、その場に崩れ落ちた。

 

 もう、本当に限界だった。

 

 魔力も体力も底を突いている。

 

 特に、無茶を無茶を重ねた響は、そのまま地面に大の字になって転がっていた。

 

「・・・・・・やりやがったな、クソガキ共が」

 

 そんな一同を、苦々しい表情で睨むベアトリス。

 

 自分が絶対の自信でもって放った攻撃が防ぎ止められた事で、彼女のプライドは大きく傷つけられた形である。

 

 歯を噛み鳴らす。

 

 このままじゃ済まさない。

 

 絶対にッ

 

「死にやがれ!!」

 

 大槌を振り上げるベアトリス。

 

 だが、

 

「やめろ」

 

 低く、

 

 しかしそれでいて重い声が、少女を制する。

 

 ジュリアンは振り返りながら、ベアトリスに命じる。

 

「もう良い、これ以上は無駄だ。退くぞ」

 

 その言葉に、ベアトリスは一瞬、逡巡するような表情を見せる。

 

 だが次の瞬間、

 

「はぁ~い、わっかりましたー ジュリアン様―!!」

 

 コロッと態度を変えて主にすり寄る。

 

 先程までの狂乱が、嘘のような豹変ぶりである。

 

 その一方、立方体の回収を終えたジュリアンは、再び岩山の淵に立って眼下を見下ろす。

 

 その足元にいる一同と、視線がぶつかる。

 

「覚えておけ、衛宮響、衛宮士郎、イリヤスフィール、そして美遊」

 

 陰々と響き渡るジュリアンの声。

 

「俺は絶対に諦めない。俺は必ず、俺の正義を完遂して見せる。お前らがいかに抗おうが、な」

 

 そこにあるのは、自身の正義に対する絶対的な信念。

 

 全ての人類を救うという己の信念を曲げぬ存在。

 

 ジュリアンもまた、己の信ずるものの為に、全てを捨て去る事ができる人間だと言う事を思い知らされる。

 

「立ち塞がるなら立ち塞がるがいい」

 

 言いながら、置換魔術を起動するジュリアン。

 

 大規模な空間置換が開き、岩山の全てを覆いつくしていく。

 

「俺は、その全てを踏み越えて見せる」

 

 その言葉を最後に、ジュリアン達の姿は完全に見えなくなった。

 

 巨大な岩山も消え去り、後には何も残らない。

 

 そんな中、

 

 美遊の介抱を受けながら、響はジュリアンの言葉を噛み占めていた。

 

 全ての人類を破滅から救うと言う彼は、確かに世界からすれば「正義の味方」なのだろう。

 

 だが、

 

 その為に美遊を、

 

 響の大切な恋人を犠牲にしようというなら、

 

「絶対・・・・・・許さない」

 

 低く呟く響。

 

 ジュリアンは言った。

 

 立ちはだかるなら、何度でも踏み越えてやる、と。

 

 良いだろう、

 

 ならば、こちらは何度でも立ちはだかるのみだ。

 

 倒れるのは自分か、それともジュリアンか。

 

 いずれにしてもあの男とは、いつか必ず決着を着ける必要があると。

 

 それは予感ではなく確信。

 

 既に確定された未来だった。

 

 だが、

 

 膝枕してくれている美遊に、微笑みかける響。

 

 一瞬きょとんとした美遊だが、すぐに笑い返してくれる。

 

 美遊を守れた。

 

 イリヤと士郎も取り返せた。

 

 今は、それだけで、充分に満足だと思った。

 

 

 

 

 

第29話「不揃いな正義」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エインズワースは撤退。計画は大きく後退した、か」

 

 闇の中で全てを見通していた者が、そっと呟きを漏らす。

 

 そこにあるのは失望か? 高揚か?

 

 あるいは、その両方か?

 

 いずれにせよ、

 

「そろそろ、私が動く余地が出来上がった、と見るべきだろうね」

 

 そう告げると、闇の中で不気味な笑いを浮かべ続けていた。

 


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