Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第27話「浅葱色の血風」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目にも鮮やかな浅葱色が視界全てを埋め尽くす。

 

 整然と並んだ男たちの姿は、ある種の芸出品にさえ見える。

 

 その全てが精悍な相貌。

 

 恐れを知らない侍達。

 

 新撰組。

 

 幕末の京都において、その勇名を轟かせた最強の剣客集団が、時代を超えてその場に立っていた。

 

 そんな中、

 

 響の傍らに立った人物だけが、異彩を放っているのが判る。

 

 短く切った髪に、黒衣の洋式軍装に軍用コートを羽織り、腰には刀のほかにライフル状の洋式銃を差している。

 

 釣りあがった眼は狼、というより悪鬼を連想させる。

 

 まさに、獣よりも獣じみた雰囲気を持っていた。

 

 その目が、ジロリと響を睨む。

 

「え・・・・・・っと・・・・・・」

 

 思わず、その狂気じみた雰囲気に気圧される響。

 

 次の瞬間、

 

 ズビシッ

「はふぅッ!?」

 

 いきなり強烈なデコピンを額に受け、そのままのけぞりそうになる響。

 

 いったい、何だというのか?

 

 痛むおでこを涙目で押さえ、見上げる響。

 

 対して洋装の男性は、そんな響を見ながら吐き捨てるように口を開いた。

 

「ったく、グズグズしてんじゃねえ。妙な意地張ってねえで、とっとと俺等を呼べってんだ」

「は、はい。ごめんなさい・・・・・・」

 

 果てしなく理不尽な事を言われながらも、取りあえず謝っておく響。

 

 何で自分が謝らなくちゃいけないんだろう? と思わなくもなかったが、それを言い出せる雰囲気でもなかった。だって怖いし。

 

 と、

 

「もうッ 土方さん!!」

 

 そう言うと、1人の隊士が響の頭を、よしよしと優しく撫でる。

 

「八つ当たりはやめてください。別にこの子が悪いわけじゃないでしょう」

 

 肩口で短く切った白っぽい髪を後頭部で一房だけ結び、どこか優し気な顔をした華奢な人物。

 

 驚いた事に、胸には女性特有の膨らみが見れる。

 

 新撰組に女性隊士がいたという話は、聞かない話だが。

 

 そんな女性剣士に対し、土方と呼ばれた男性はやれやれと肩を竦める。

 

「お前は相変わらず、ガキには甘いな、沖田」

「土方さんが厳しすぎるんです。それも無駄に」

 

 響を間に挟んで言い合いを始める2人。

 

 とは言え、

 

 話の筋から察するに、響にデコピンかました洋装の男性は、「鬼の副長」の異名で呼ばれた新撰組副長、土方歳三(ひじかた としぞう)のようだ。

 

 新撰組の初期旗揚げメンバーの1人であり、その苛烈な戦いぶりから敵のみならず、味方からも恐れられた。特に「局中法度」と呼ばれる厳しい隊規を策定し、それに背いた人間を悉く処断した事は、あまりにも有名な話だった。

 

 戊辰戦争において、局長、近藤勇が負傷、戦線離脱すると、代わって新撰組を指揮。

 

 後に建国された蝦夷共和国において陸軍奉行並に就任。敗勢の蝦夷軍の中にあって、ただ1人、気を吐き続け、最後まで戦い抜いたうえで戦場に倒れた姿は、今も伝説として語り継がれるほどである。

 

 そして、

 

 今も響の頭を優しく撫でてくれている女性は、どうやら新撰組一番隊組長、沖田総司らしい。

 

 その剣腕は他の追随を許さず、現代においても「天才剣士」の代名詞と言われるほどである。

 

 名実ともに幕末最強剣士の名で知られる沖田。

 

 その沖田総司が女性だった、などと誰が想像するだろうか?

 

「いや歳さん、弱い者いじめはいかんっしょ」

「幼児虐待は感心しないですね」

「士道不覚悟だ」

「切腹切腹」

「うるせえぞ、テメェら。斬られてえかッ!?」

 

 口々に土方をディスる新撰組隊士たち。それに対し、土方もキレ気味に返事をしている。

 

 何と言うか、

 

 先程までの整然とした雰囲気が、台無しになっていた。

 

 と、

 

「まあまあ歳さん、それくらいで良いじゃないか」

 

 大柄な男性が、一同の間に割って入って来た。

 

 柔和で、どこか優し気な雰囲気のある。しかし同時に、果てしない懐の深さを感じる男性。

 

 唐突に悟る。

 

 彼が、局長の近藤勇だと。

 

「どうやら、物騒なお歴々が、お待ちかねみたいだしな」

 

 そう言って近藤が示した先には、群がるように押し寄せる黒化英霊の群れがある。

 

 こうしている間にも、包囲網は確実に狭まっていた。

 

 近藤に促され、土方はチッと舌打ちを漏らす。

 

 どうやら「鬼の副長」などと呼ばれていても、局長の近藤には頭が上がらないらしい。

 

 次いで、

 

 土方は、響の傍らに立つ美遊へと目を向けた。

 

「おう、小娘」

「は、はい!?」

 

 いきなり「小娘」呼ばわりされて驚く美遊。

 

 そんな美遊を、土方はいかつい表情で見下ろす。

 

「テメェが、あのバカの相方か?」

「え?」

 

 言われて、土方が響を指差している事に気付く。

 

 相方、というか恋人なのだが、

 

 同時に長く戦ってきた戦友、「相棒」でもある訳で。

 

「・・・・・・はい」

 

 頷きを返す美遊。

 

 対して土方は、納得したように頷きを返す。

 

「そうか」

 

 短く、それだけを言うと、土方は踵を返す。

 

 素っ気ない態度。

 

 それでいて、どこか安堵してるようにも見える。

 

 だが、余韻を楽しむ間も、そこまでだった。

 

「・・・・・・総員、抜刀」

 

 静かに告げながら、土方は腰に差した「和泉守兼定」をゆっくりと抜き放つ。

 

「新撰組、斬り込み用意」

 

 土方の命令に従い、

 

 隊士たちは一斉に刀を抜き放つ。

 

 刃が鞘を奔る涼やかな音が、次々と響き渡る中、

 

 近藤が手にした「長曾根虎徹」を、高々と振り上げた。

 

「掛かれェ!!」

 

 大音声の号令。

 

 同時に、餓えた狼たちが、野に解き放たれた。

 

 それと同時に、黒化英霊達も一斉に動き出す。

 

 激突する両軍。

 

 たちまち、大乱戦の巷が現出する。

 

 浅葱色の羽織を靡かせて斬り込む、新撰組隊士達。

 

 その様はまさに、幕末の戦場を彷彿とさせる光景だった。

 

 疑問に思うのは、なぜ、彼らがこの場に突然現れたのか、と言う事だろう。

 

 答えは、響が今も手にしている旗にあった。

 

 「誠の旗」。

 

 新撰組の象徴であり、幕末と言う熱い時代を駆け抜けた証。彼らが紛う事無く、戦い抜いた確たる誇り。

 

 その本来の能力は、「一定空間内に、仲間の新撰組隊士を召喚する」ことにある。

 

 新撰組隊士。特に幹部クラスともなれば、全員が英霊クラスの実力者たちばかりである。それ故、全員が、この旗を宝具として所持している。

 

 以前、響(というより斎藤一)は、この宝具を正確に使用する事が出来なかった。

 

 その代わり、新撰組隊士全員分の想いを受ける事によって固有結界を展開する、言わば代替的な使い方しかできなかった。

 

 その理由としてはひとえに、斎藤一が持つ、ある種の負い目にあった。

 

 仲間たちを死なせ、自分が生き残ってしまった。

 

 勿論、生き残ったのは斎藤の実力と運があったからに他ならないのだが、それでも仲間たちと共に死ねなかったことは、彼にとっての生涯の心残りだったのだ。

 

 月夜に何もない吹き曝しの荒野。

 

 あの固有結界に映し出された心象風景こそ、斎藤一の後悔の証。

 

 1人で生き残った自分は、仲間たちと共に戦う資格などない。

 

 闇の中で、1人で戦う事こそが相応しい。

 

 そう考えていたのだ。

 

 だが、

 

 そんな斎藤の心を、響が救った。

 

 皆と共に戦うための橋渡しとなってあげた。

 

 それ故に今、新撰組の仲間たちが召喚に応じてくれたのだ。

 

 この「誠の旗」は、隊士それぞれの生前の在り方によって、召喚されるメンバーも微妙に異なる事になる。

 

 今回、召喚に応じてはせ参じたのは数にして数十名。

 

 無限に湧き出る黒化英霊達に比べれば、それでも微々たる数でしかない。

 

 だが、

 

 その1人1人が全て、一騎当千の実力者たちである。

 

 召喚に応じたのは、斎藤と特に縁の深かった三番隊の隊士たち、更に会津の地において共に戦った会津新撰組の隊士達。さらに、他の隊でも個人的に斎藤を尊敬していた隊士達である。

 

 だが、

 

 そんな中で特に、異彩を放つ者たちがいる。

 

 数にして10人にも満たない彼らは、最前線に立ちながら、黒化英霊達を苦もなく薙ぎ払っていく。

 

 近藤勇、土方歳三、沖田総司、永倉新八、山南啓介、藤堂平助、原田左之助、井上源三郎。

 

 斎藤一と共に、江戸の試衛館道場で剣の腕を磨いた、言わば「朋輩」たる彼らは、「最強」の新撰組の中にあってさえ、次元が違う強さを見せつけていた。

 

 

 

 

 

 鬼、と言えば、新撰組では土方歳三の代名詞みたいなものだが、

 

 この人物もまた、土方とは違った意味で「鬼」に相違なかった。

 

「ぬんっ」

 

 手にした刀を横なぎに一閃する近藤。

 

 その一撃で、目の前の黒化英霊は、胴を輪切りににされ、泥の中へと倒れる。

 

 その近藤目がけて、斧槍を振り翳しながら迫る黒化英霊。

 

 だが、

 

「おォォォォォォ!!」

 

 近藤は振り切った剣を膂力で引き戻すと、勢いを殺さずに振り抜く。

 

 斜めに走る銀閃。

 

 その一撃が、黒化英霊を逆袈裟に斬り飛ばした。

 

 豪剣。

 

 一撃必殺の剣を前にしては、いかなる存在であっても無意味と化す。

 

「仮初に召喚された我々は、この場にあっては流浪の異邦人に過ぎない」

 

 手にした刀を血振るいしながら、近藤は低い声で告げる。

 

「しかし、こうして馳せ参じた以上、ここは我らの戦場。新撰組の舞台に他ならない」

 

 背後から不用意に近藤に近づこうとした黒化英霊が、振り向きざまに斬り倒される。

 

「この命、燃え尽きるその時まで、暫しの間、お付き合い願おうか」

 

 厳かに告げられる、近藤の言葉。

 

 味方は鼓舞され、敵は魂の底から震えあがる。

 

 まさに「剣鬼」と称して良い戦姿。

 

 荒くれ者の寄せ集め集団としての一面もあった新撰組を統率する局長。

 

 その彼もまた、普通ではありえなかった。

 

 

 

 

 

 普通ではありえない。

 

 と、言えば、この男しかいないだろう。

 

「オ、ラァ!!」

 

 真正面から突撃。真っ向から相手を叩ききる。

 

 そのまま崩れ落ちようとする敵を蹴り飛ばしながら刀を引き抜くと、更に横なぎに振るって、次の敵の首を飛ばす。

 

 恐れを知らぬ黒化英霊達は、それでもかまわず向かってくる。

 

 対してマントを跳ね上げると、腰に差した洋式銃を右手で抜き放ち、躊躇いなく引き金を引く。

 

 発射される弾丸が、敵の胴体を一発で貫通。大穴を開ける。

 

 そのまま、黒化英霊は仰向けに倒れた。

 

 更に素早く薬室を開いて排莢すると、次発装填。すかさず次の弾丸を放ち、敵のドタマを真っ向からぶち抜いた。

 

 幕末当時から日本に出回り始めたスナイドル銃は、当時の日本では珍しい後装銃(手元に薬室を開ける蓋があり、そこから弾丸の出し入れができる為、連射性に優れる銃。それまでの銃は、大半が銃口から火薬と弾丸を入れる「前装銃」が主力だった)で、その高性能振りから日本帝国陸軍でも、草創から日清戦争期まで使用された名銃である。

 

 本来なら両手で扱うべきスナイドル銃を、土方は難なく片手で撃っている。

 

 無茶苦茶。

 

 土方歳三の戦い方は、全てが無茶苦茶と言って良い。

 

 先陣切って敵陣に飛び込んだかと思えば、真正面から敵を滅多切り。

 

 当然、敵は土方目指して群がってくるが、そんな事はお構いなし。むしろ好都合とばかりに斬りまくる。

 

 「土方には負けないまでも、勝てる気がしない」とは、実際に立ち会った事がある隊士の証言である。

 

 道場で行われる行儀の良い剣法ではない。土方の戦い方は、勝つ為ならばありとあらゆる手段を用いる喧嘩殺法である。

 

 まさにバゼットをもしのぐリアル狂戦士(バーサーカー)というべき狂戦ぶりだ。

 

 だが、

 

 暴れてはいても、どこかその戦いぶりには水際立ったものを感じる。

 

 すなわち、敵の脆い部分を的確に見極め、そこに最大限の攻撃を叩き込む。

 

 あえて敵陣に突撃するのも、自身に攻撃を引き付けて、味方の攻撃を側面援護する狙いがあるように思える。

 

 更に言えば、彼の戦いぶりは無茶苦茶ではあるが、却ってそれが相手の機先を制し、自身のテリトリーに引きずり込んでいるのだ。

 

 決して無謀なだけではない。

 

 新撰組鬼の副長であり、幕末最後の侍と言われた土方歳三。

 

 その存在は、狂気と理性が高いレベルで融合した、魔神の如き強さを誇っていた。

 

 

 

 

 

 そして、

 

 この女性は1人、

 

 刀を片手に、敵陣をゆっくりと歩いていた。

 

 時折襲ってくる敵を、振り向きもせずに斬り捨てる。

 

 彼女にとって、この程度の敵は障害にもならない。ただの路傍の石と変わらない。

 

 ただ、自らの道行きを邪魔するならば、斬って捨てるだけの事だった。

 

 やがて、足を止める。

 

「・・・・・・彼らは所詮、意思のない人形。どんなに強くても動きは単調。わたし達の敵じゃありません」

 

 沖田総司は、少し楽し気な口調で言いながら、刀の切っ先を向ける。

 

「でも、あなたは違いますよね」

 

 その可憐な視線の先。

 

 そこには、大剣を手に佇む、シェルドの姿があった。

 

「少しは、楽しませてくださいよ」

「・・・・・・抜かせ」

 

 低く呟くシェルド。

 

 次の瞬間、

 

 ほぼ同時に、両者は剣を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼下で起こっている光景には、ジュリアンも少なからず戸惑いを隠せずにいた。

 

 元来、無表情でいる事が多い男である。見た目には冷静を保ってはいる。

 

 だが、内面においては流石にそうもいかなかった。

 

「・・・・・・いったい、何が起きてる」

 

 溢れ出さんばかりに増え続ける黒化英霊達。

 

 彼らに包囲され、敵の命運は最早、風前の灯火と言ってよかった。

 

 だが、

 

 突如、現れた一団によって、状況は逆転しつつあった。

 

 浅葱色の血風が吹くたび、黒化英霊の群れは、確実に数を減らしていく。

 

 これは、ジュリアンとしても全く想定外の事だった。

 

 その時、

 

 軽快に、岩山を駆けあがってくる人物がある。

 

 浅葱色の羽織を靡かせて飛び上がると同時に、その人物は手にした刀を振り翳した。

 

「大将首、貰ったぜ!!」

 

 八番隊組長、藤堂平助。

 

 戦場では常に先陣を切る勇猛振りから「魁先生(さきがけせんせい)」という異名で呼ばれた剣士である。

 

 手にした刀を振り被る藤堂。

 

 だが、

 

 その前に剣を構えた黒衣の女が立ちはだかった。

 

「あらあら、こんな所にもゴキブリが。センパイが帰ってくる前に退治しておかないと叱られてしまいますね」

 

 おどろおどろしい声と共に振るわれる剣。

 

 その強烈な攻撃を前に、藤堂は思わず蹈鞴を踏む。

 

 今にもジュリアンに斬りかかろうとしていた藤堂は、横合いから奇襲を掛けられた形である。

 

 いかな達人と言えども、不意を突かれた感は否めない。

 

「なッ ちょッ!?」

 

 突然の奇襲に、対応が追い付かない。

 

 それでも流石は新撰組隊士。黒衣の女が繰り出す斬撃を、五合まで防ぐことに成功した。

 

 しかし六合目。

 

 胴を薙ぐように一閃された一撃を、藤堂はかわしきる事が出来なかった。

 

「グッ・・・・・・ちく、しょう・・・・・・」

 

 悔し気な捨てセリフと共に、消滅する藤堂。

 

 「誠の旗」によって呼び出された新撰組隊士達は、英霊と同じ扱いである為、何らかの理由で現界が不可能となった場合、死体も残らず消滅する事になる。

 

 藤堂だけではない。

 

 岩山のふもとでも既に、奮戦及ばず消滅する隊士が出始めている。

 

 近藤ら幹部は、藤堂を除けば流石にまだ現界を保ってはいるが、それでも下級隊士は、押され気味になる者もいた。

 

 その様子を見て、駆けだす黒衣の女。

 

「待っていてくださいセンパイ。いっぱい、いっぱい、い~っぱい、害虫を退治してきますからね」

 

 岩山から飛び出そうとした黒衣の女。

 

 次の瞬間、

 

両立する螺旋の右手(シャドウハンド・オブ・コード)

 

 ジュリアンの低い声と共に、彼の足元から無数の腕が伸びて、黒衣の女を絡め取った。

 

 雁字搦めにされ、身動きが取れなくなる黒衣の女。

 

 唯一、動かす事ができる首だけを回して、ジュリアンの方へ向き直った。

 

「何なんですか、あなた? 邪魔するんなら、あなたから・・・・・・・・・・・・」

 

 振り返って、

 

 黒衣の女性は、言葉を止めた。

 

 なぜなら、彼女の目の前には、愛しい「センパイ」の姿があったからだ。

 

「何やってるんだよ、桜。今日は用事があるから早く帰るって言ってたろ」

「セン・・・・・・パイ?」

 

 マスクの奥で、首をかしげる黒衣の女。

 

 おかしい、ここにセンパイがいるのはおかしい。だって、センパイは確か・・・・・・・・・・・・

 

 そこまで思考して、やめる。

 

 全てが、どうでも良くなってしまった。

 

「そうでしたそうでした。ごめんなさいセンパイ。わたしったらうっかりしてて」

「良いさ。今日は、もう帰るんだろ?」

「あれ、でも、部活が・・・・・・」

「弓道場は改築中で使えないぞ」

「ああ、そうでしたね。私、ちょっと疲れてるみたいです。こんな大事なことまで忘れてるなんて」

「そうだな。早く帰って、今日は寝た方が良いぞ」

「そうですね。そうします」

 

 一連の会話を終えた黒衣の女は、そのまま足元の泥へと飲み込まれて消えていく。

 

「それじゃあ、センパイ。また明日」

 

 やがて、その姿は完全に泥の中へ没し、見えなくなってしまった。

 

 と、

 

 同時に「センパイ」の姿も変化する。

 

 顔が完全に変わり、その下からジュリアンの顔が現れた。

 

「へえ、そうやって操縦してるんだ。結構、ひどい事するよね。それに驚いたよ。本当に、僕の知らない宝具を使ってるんだね」

 

 どこか愉悦を感じさえる少年の言葉に、ジュリアンは振り返る。

 

 その視線の先では、魔力の足場を利用して空中に立つ、ギルの姿があった。

 

 その背後では、天の鎖(エルキドゥ)によって雁字搦めに拘束されたベアトリスがいる。

 

「クソッ 何なんだよ、この鎖は!? 力帯(メギンギョルズ)で倍加した腕力でも千切れねえ!?」

 

 どうにか拘束を抜け出そうともがくベアトリス。

 

 だが、鎖は一向に千切れる気配はなく、却ってベアトリスの拘束は強まっていく。

 

「ジュリアン様ッ」

 

 控えていたシフォンが、主を守るべく前に出ようとするのを、ジュリアンは片手を上げて制する。

 

 相手は神代に属する英霊の1人。中でも最強と称して言い英雄王ギルガメッシュである。

 

 何よりベアトリスでさえ敗れたのだ。シフォンでは敵わないだろう。

 

「・・・・・・対神兵装か」

「蛮神の偽物相手でも、僕の鎖は仕事をしてくれるみたいだ」

 

 天の鎖(エルキドゥ)は元々、天の牡牛を捕らえた事で有名な鎖である。その為、相手の神性が強ければ強いほど、その効果を強く発揮する事になる。

 

 ベアトリスが夢幻召喚(インストール)している雷神トールは、北欧神話に名を連ねる神の一柱である。その為、英霊ギルガメッシュとは、却って相性が悪い相手と言えた。

 

「それにしても、判らないな」

 

 ギルは睨みつけてくるジュリアンに語り掛ける。

 

「君の望みは人類の救済じゃなかったのか? なのに、今やっている事は真逆に見える。正義の味方にしては、ずいぶんと自暴自棄じゃないか。君の本当の望みは・・・・・・」

「お兄ちゃんの邪魔をしないで、ギルガメッシュ」

 

 語り続けるギルガメッシュを制する声が、湧き出る泥の中から聞こえてきた。

 

「エリカ・・・・・・・・・・・・」

 

 傍らに立つシフォンが、泥を浴び続ける少女を案じて声を上げる。

 

 だが、エリカはそんな少年には答えずに続けた。

 

「わたしにはもう、むずかしいことはわからないけど、お兄ちゃんがみんなをすくってくれるの。だからわたしは、なにも考えなくていいんだって。わたしはただ、がんばってピトスをあけるの」

 

 その言葉を聞いて、

 

 ギルの中で、何かのピースが合わさったような気がした。

 

「・・・・・・君は・・・・・・そう、なのか?」

 

 頭の中に浮かび上がった「答え」。

 

 その内容に、ギルは己の中にある愉悦を押さえきれなかった。

 

 思わず込み上げてくる笑み。

 

 その微笑が哄笑に変わるまで、そう時間はかからなかった。

 

「何て事だ、ここは、そう言う『軸』か!? なるほど、この世界は既に詰んでいる。どうしようもなく行き詰っているわけだ!! 放っておけばシステムダウンを起こした星に人類は殺され、かといって救いを求めれば星は泥に覆いつくされる!! まったく、何て哀れな行き止まりを作ってくれたんだ!!」

 

 愉快だった。

 

 「正義の味方」が作り出した、あまりにも絶望的な状況は、「滑稽」と称しても良かった。

 

 そして、この状況を作り上げた元凶こそが、

 

「ああ、君って女はまさしく・・・・・・・・・・・・」

 

 冷ややかな目で「エリカ」を睨みつけながら、ギルは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「災厄の泥人形か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉に、エリカも、そしてジュリアンも、そしてシフォンも答えない。

 

 だがある意味、その沈黙の態度こそが、ギルの言葉が正鵠を射ている証左に他ならなかった。

 

 と、沈黙を保った3人の代わりに、この場にいるもう1人の少女が答えた。

 

「ネチネチいびりやがって・・・・・・舅か、テメェは!?」

 

 手にしたハンマーに雷撃を集中させる。

 

 流石のギルも、この行動は予想外だったらしい。鎖の拘束が緩む。

 

 その隙にベアトリスは脱出。ギルへと襲い掛かった。

 

「ジュリアン様と言葉責め楽しんでんじゃねえぞ!!」

「別に楽しんでませんけど・・・・・・まあ、屋外で君とやり合うのは嫌だねえ」

 

 嘯きながら、ギルは取り返しておいた「ハデスの守り兜」を頭にかぶると、その姿を消し去る。

 

 一歩遅れて振り下ろされる、ベアトリスのハンマー。

 

 しかし、その時には既に、ギルはその場から飛びのいていた。

 

「気が変わったよ、エインズワースのお兄さん。君達の最後の悪あがきを見届けたくなった。どうか存分に踊って僕を楽しませてよ。結末は知れているけどね。まあ、最後に一つだけ、可愛そうな君にアドバイスをしておくと、・・・・・・・・・・・・」

 

 その場にいないギルは、その視線を眼下へと向ける

 

「一つだけじゃだめだ」

 

 その視線の先。

 

 新撰組隊士に混ざるようにして死闘を続ける美遊の姿がある。

 

 盾兵(シールダー)夢幻召喚(インストール)した美遊は、今も手にした巨大な盾を掲げ、群がる敵の攻撃を防いでいる。

 

「君の望みを叶えるには・・・・・・・・・・・・」

 

 不気味に、声だけを響かせるギル。

 

 その視線は更に、「もう1人聖杯」へと移る。

 

「聖杯が、もう一つ、必要だ」

 

 その言葉を最後に、ギルの気配か完全に消えていく。

 

 後にはジュリアンと、傍らに控えるシフォン。

 

 そして泥をかぶり続けるエリカのみが残される。

 

「・・・・・・・・・・・・2つ、だと」

 

 低い声で呟くジュリアン。

 

 謎めいたギルの言葉が、彼の頭の中で陰々と響き渡る。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 冷たい視線の中で、決意の炎が静かに燃え盛る。

 

 何だって良い。

 

 聖杯が2つ必要なら、2つ手に入れるまで。

 

 そこに至るまでにいかなる困難が立ちはだかろうとも、全てを踏み越えて見せる。

 

 何気なく、視線を向けるジュリアン。

 

 眼下では尚も、新撰組と黒化英霊達との死闘が続いていた。

 

 

 

 

 

第27話「浅葱色の血風」      終わり

 


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