Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第25話「貫く切っ先」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一歩、

 

 また一歩、

 

 ゆっくりと、

 

 しかし足は確実に前に進む。

 

 鋭い双眸ははただ、

 

 己の守るべき者、

 

 そして倒すべき相手のみを見据えて。

 

 衛宮士郎。

 

 響の、イリヤの、クロの兄。その同一存在。

 

 異世界に置いて来た筈の兄。

 

 その全く同じ存在が、境界を越えて自分たちの目の前に訪れたのだ。

 

 姉弟達の心情が、穏やかざる物となるのも、無理からぬだろう。

 

 印象は兄に比べると、僅かに大人びており、どこか憂いと哀しみを秘めたような瞳をしている。

 

 何となく、士郎本人よりも父、切嗣に近い物を感じる。

 

 なぜか、左目の中心と、左腕が斑のように褐色に染まっているのが気になった。

 

 そして何より、

 

 彼こそが、この世界における、美遊の兄に他ならない。

 

「お兄ちゃん・・・・・・・・・・・・」

 

 傍らまで歩いて来た兄を見上げ、万感の思いと共に呟く美遊。

 

 ようやく、

 

 本当に、

 

 ようやく会えた。

 

 もう、会えないと思っていた兄に。

 

 期せずして、瞳から涙をこぼす美遊。

 

 果てしなき苦難の末に、美遊と士郎はようやく再会できたのだ。

 

 そんな妹の頭を、そっと優しく撫でる士郎。

 

「よく頑張ったな。もう、大丈夫だ」

「ッ!!」

 

 その言葉に、感極まる美遊。

 

 ああ、

 

 兄がいる。

 

 目の前に兄がいる。

 

 夢じゃない。

 

 本当に、お兄ちゃんだ。

 

「待ってろ。全てを、終わらせて来る」

 

 静かに告げると、自身の魔術回路を起動して魔力を走らせる。

 

投影(トレース)開始(オン)全行程破棄(ロールキャンセル)!!」

 

 詠唱と同時に、

 

 出現した巨大な影を、士郎は半ば強引に引きずり出して振り被る。

 

 轟音と共に、大気が割れる。

 

 それはかつて、「向こう側の世界」でギルが使用した巨大な剣。

 

 人が振るうには、あまりにも過ぎたる代物。

 

 虚・千山斬り裂く翠の地平(イ ガ リ マ)

 

 その巨大な刀身が、一気に岩山の山頂付近に突き刺さった。

 

 ちょうど、地上から山頂へ橋が掛けられた形である。

 

 惜しくも、ジュリアンへの直撃は外してしまっている。

 

 しかし、

 

 これで、進撃路は確保できた。

 

 睨み合う、士郎とジュリアン。

 

 死闘が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆け抜ける士郎。

 

 同時にその両手には、黒白の双剣が出現する。

 

 干将、そして莫邪。

 

 いずれもクロが普段から使用している剣。

 

 言い換えれば、「弓兵(アーチャー)」の英霊が主武装としている剣に他ならない。

 

 なぜ、彼がその剣を使えるのか? それ以前になぜ、これほどの投影魔術を使用できるのか?

 

 疑問は尽きないが、今はそれを考えている時間は無い。

 

 並みいる黒化英霊を悉く斬り伏せ、士郎は足場となる千山斬り裂く翠の地平(イ ガ リ マ)を駆けあがる。

 

 長い監禁生活を脱したばかりだというのに、その事を感じさせないほど、圧倒的な戦闘力を見せつける。

 

 目指すは山頂。宿敵の座す間。

 

 一歩も足を止める事無く、少年は駆けあがっていく。

 

 だが、

 

 少年の進撃を阻止すべく、エインズワースも動く。

 

 駆ける士郎の目の前に、黄金の影が立ちはだかった。

 

「通さん、貴様だけは」

 

 アンジェリカは傲然と言い放つと同時に、「王の財宝(ゲートオブバビロン)」を開放、宝具の射出態勢を整える。

 

 その瞳に燃える、憎悪溢れる因縁。

 

 対して士郎は、立ちはだかるアンジェリカを見てニヤリと笑う。

 

「同じだな、奇しくもあの時と」

「ほざくなッ 偽物(フェイカー)風情が!!」

 

 激昂と共に解き放たれる宝具の刃。

 

 一斉に向かってくる必死級の攻撃を前に、

 

 しかし士郎は不敵な冷笑を持って迎え撃つ。

 

「お互い様だろッ 贋作屋(カウンターフェイター)!!」

 

 言い放つと同時に投影魔術を起動。

 

 士郎の周辺には、投影によって創り出された剣が出現する。

 

 その数、そして剣の姿形。

 

 全て、アンジェリカが投射した宝具と同じ物である。

 

 空中で激突する、両者の刃。

 

 次の瞬間、

 

 2人が放った宝具は、全て砕け散り、細かな破片となって散らばった。

 

 その様子を、冷ややかな目で見つめるアンジェリカ。

 

「・・・・・・相も変わらず、高速投影による同種剣の相打ち狙いか」

 

 全ての宝具を打ち砕かれたにもかかわず、顔色を変えずに言い捨てる。

 

 その間にも王の財宝(ゲートオブバビロン)からは、新たな宝具が姿を現している。

 

 その照準は、自身に向かって真っすぐに駆けてくる士郎へと向けられていた。

 

 元より、無限の財を手にしているアンジェリカからすれば、10や20の宝具を砕かれたからと言って、気にすべき事でもない。

 

「判っているはずだ。『それ』では追いきれない」

 

 射出される宝具の刃。

 

 対して士郎もまた、すぐに対抗すべく行動する。

 

投影(トレース)開始(オン)!! 全投影連続層写(ソードバレル・フルオープン)!!」

 

 飛んで来る全ての宝具を見切り、それに対応する武器を次々と投影しぶつけていく。

 

 両者の間に飛び交う剣。

 

 その全てがぶつかり合い、砕け合う。

 

 戦況的にはアンジェリカの有利。士郎が押されているように見える。

 

 しかし士郎も正面からアンジェリカに対峙し、一歩も引かない。

 

 無限の勢いで迫ってくる宝具。その全てを見切り、創造し、そして砕き、払い、叩き落していく。

 

 士郎には判っていた。アンジェリカが、何を待っているのかを。

 

 思い出されるのは、かつての激突。

 

 その際に士郎が使った、最大最強の「切り札」。

 

 アンジェリカはそれを待っているのだ。

 

 今度こそ、正面から士郎を叩き潰すために。

 

「泥の英霊達が迫っているぞ。もう、退路は無い」

 

 必死の抗戦を繰り広げる士郎を睨みつけるアンジェリカ。

 

「もとより、貴様に行く末など無いがな」

「・・・・・・それも分かっているさ」

 

 対して、士郎は皮肉な笑みで応じる。

 

「こちらはとうに捨て身。命の使い道は、もう決めてある!!」

 

 全身の魔術回路を起動させる。

 

 それは、士郎にとって命を縮める行為に他ならない。

 

 だが、

 

 美遊を守る。

 

 その為ならば、躊躇う理由は何一つとして、ありはしなかった。

 

I am tha bone of my sword(体は剣でできている)

 

 

 

 

 

 士郎とアンジェリカが戦闘を開始する中、

 

 上空の立方体は留まる事を知らずに流れ出し、それに伴って黒化英霊達も増え続けていた。

 

 その数は既に千を超え、尚も衰える事は無い。

 

「ねえ、お兄ちゃん」

 

 そんな中で、泥を頭からかぶりながら、エリカは傍らに立つジュリアンに声を掛けた。

 

「ほんとうにだいじょうぶ? このドロドロ、たぶんずっと出てくるよ。どろどろが地球いっぱいに広がっちゃったら、いま生きている人たちはどうなっちゃうのかな?」

「お前は、そんな事心配しなくても良い」

 

 憂いを口にするエリカに対し、ジュリアンは静かに告げる。

 

美遊(せいはい)が戻れば止まる。戻らないなら、このまま最終節まで続けるだけだ。たとえ世界が絶望で満ちても、人は必ず生き残る。たとえ形を変えても、存在を換えてでも、な。お前は余計な事は考えなくていい」

 

 断定するように告げるジュリアンの言葉。

 

 対して、エリカは答えない。

 

 ただ、

 

 ひとは、言うほどに強いのか?

 

 そんな事を、降り注ぐ泥の中で、ぼんやりと考えていた。

 

 

 

 

 

 全身に亀裂が入るような痛み。

 

 その衝撃を前に、士郎の詠唱は中断されてしまった。

 

 走る痛みを噛み殺しながら、その場にて足を止める。

 

「グッ・・・・・・」

 

 軋む腕を、思わず抑える。

 

 心なしか、肌の褐色部分が増したような気がする。

 

 呼吸を整えながら、士郎は嘆息する。

 

 無理も無い。

 

 とある事情により、魔術回路を「彼」から先取りしたとは言え、体は「士郎」自身のまま。

 

 魔力が殆ど充填されていない状態では、「切り札」の発動は不可能に近い。

 

 それでも体調的に万全であったならまた違ったのかもしれないが、長く監禁されていた身としては、致し方ない部分もある。

 

 そんな士郎を見て、アンジェリカはスッと目を細める。

 

「・・・・・・もはや発動すらできんか。ならば、もう見るべき物も無い」

 

 落胆したように言いながら、王の財宝(ゲートオブバビロン)を開く。

 

 黄金の扉が開き、中から宝具の刃が姿を現す。

 

 装填され、射出の瞬間を待つ刃。

 

「退場せよ。貴様の出番は終わっている。今度こそ、存在ごと消してやろう」

 

 言い放つアンジェリカ。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・神話とか・・・・・・出番とか、さ」

 

 士郎は低い声で返す。

 

「お前らのオママゴトにはうんざりだよ」

 

 その瞳には、今も衰えず闘志が燃え盛っている。

 

「そこをどけ、三文役者!!」

 

 切り札の発動には失敗した。

 

 しかし、それでも尚、戦いをやめる理由にはならなかった。

 

 再び駆ける士郎。

 

 同時に、アンジェリカも宝具の射出を再開した。

 

 飛んで来る宝具を、士郎が同種の剣を投影して叩き落す。

 

 先程と同じ光景。

 

 ただ少し違うのは、飛んでくる宝具の嵐を前にして今度は、士郎が駆ける足を全く緩めない事だった。

 

 宝具は際どいところを霞めていくが、気にも留めない。

 

 回避を度外視し、攻勢に重点を置く。

 

 士郎の選択肢は、極シンプルだった。

 

 どのみち、士郎の投影した剣は、数でも質でもアンジェリカに敵わない。

 

 ならば致命傷以外の攻撃を全て無視し、一歩でも近づくのみ。

 

 アンジェリカの放つ宝具が、士郎の腕を、足を、額を霞める。

 

 その度に鮮血が噴き出るが構わない。

 

 どんな攻撃だろうと、死なない限り負けはしない。

 

 その想いが、士郎を前へと進ませる。

 

 あと少し。

 

 あと少しで、剣の間合いに入る。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 突如、

 

 士郎の背後の空間が開き、そこから無数の剣が出現した。

 

「愚直なだけでは、我らエインズワースに届かぬ」

 

 非情に告げるアンジェリカ。

 

 彼女は王の財宝(ゲートオブバビロン)から宝具を取り出すと同時に置換魔術を発動、宝具を士郎の背後に展開したのだ。

 

 アンジェリカへ斬り込む事、その一点に集中していた士郎は、突然の背後からの強襲に、新たな対応を迫られる。

 

 次の瞬間、背後からの攻撃も始まった。

 

「クッ 投影(トレース)!!」

 

 とっさに振り返りながら、更なる投影魔術を繰り出して迎え撃つ士郎。

 

 両手に創り出した剣を振るい、次々と宝具を斬り飛ばしていく。

 

 足を止める士郎。

 

 だが、これでは挟み撃ちにされたも同然である。

 

 前後から飛んで来る宝具。

 

 一方には対応できても、もう一方は、そうは行かない。

 

 目の前の攻撃を叩き落しながら、振り返ろうとする士郎。

 

 その視界の先には、飛んでくる宝具の刃。

 

 とっさに叩き落とすべく、腕に力を籠める。

 

 だが、

 

 間に合わない。

 

 刃が目前に迫り、

 

 次の瞬間、飛び込んで来た影が、その刃を叩き落した。

 

 士郎と同じく、黒白の双剣を構えた少女。

 

 同時にもう1人。

 

 姿を霞めながら千山斬り裂く翠の地平(イガリマ)駆けあがり、アンジェリカに斬り込む小柄な影。

 

「餓狼一閃!!」

「ッ!?」

 

 音速域まで加速した刃の切っ先がが、獰猛な牙となって真っ向からアンジェリカに繰り出される。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちするアンジェリカ。

 

 対抗するようにとっさに盾を出して構える。

 

 激突。

 

 閃光が走り、アンジェリカの盾は響の剣閃を受け止める。

 

 だが、

 

「クッ!?」

 

 舌打ちするアンジェリカ。

 

 同時に、彼女の盾は持ち手の部分のみを残して砕け散る。

 

 盾は響の一撃を完全には受け止める事が出来なかったのだ。

 

「んッ!」

 

 勢いを止められた響は、しかしすぐさま刃を返して斬りかかる。

 

 対抗するように、アンジェリカも王の財宝(ゲートオブバビロン)から大ぶりな西洋剣を抜き、響の斬撃を受ける。

 

 激突する両者。

 

「クッ!!」

「おのれッ!!」

 

 両腕に力を込めて、鍔競り合いを行う、響とアンジェリカ。

 

 互いの刃が、激しく火花を散らす。

 

 ややあって競り負けるように、響が後方に大きく跳躍した。

 

 流石に質量差があり、アンジェリカの方が押し勝ったのだ。

 

 着地と同時に、刀を構えなおす響。

 

 その傍らには、黒白の双剣を構えた姉の姿が立つ。

 

 ちょうど、クロと響の2人で士郎の背中を守るような形である。

 

「君達はッ!?」

「ミユの事とか、その投影魔術の事とか、聞きたい事は山ほど・・・・・・だけど、ひとまず今は手を貸すわ。『お兄ちゃん』!!」

 

 不敵に言い放つクロ。

 

 響もまた、士郎に振り返って頷く。

 

「ん、手伝う」

 

 低く告げる響。

 

 その声を聴き、

 

「お前は・・・・・・」

 

 驚きの声を上げる士郎。

 

 次いで、フッと笑みを見せる。

 

「そうか・・・・・・お前が、『響』か」

「ん?」

 

 どこか感慨を思わせる士郎の言葉に、キョトンとする響。

 

 そんな響に、士郎は優しく笑いかける。

 

「そう言えばどことなく似てるよ。『あいつ』に」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 いったい、何の事だろう?

 

 意味が分からず、響は首をかしげるのだった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 千山斬り裂く翠の地平(イガリマ)の根元では、イリヤが再び裁定者(ルーラー)夢幻召喚(インストール)して、並みいる黒化英霊達を打ち払っていた。

 

 聖旗を長柄の槍のように縦横に振るい、巨大な刀身を上がろうとする黒化英霊を撃破する。

 

「ここは、通行止めだよ!!」

 

 言い放つと同時に、威嚇するように旗を大地に突き立てる。

 

 雄々しくはためく聖旗。

 

 その様は、群がる敵全てを怯ませるに十分な戦姿である。

 

 だが、

 

 イリヤの胸の内は、複雑に絡み合っている。

 

 本当は、今すぐにでも士郎の元へ行きたい。

 

 別人でも構わないから、その胸に飛び込んで抱きしめてもらいたい。

 

 だが、今はそれはできない。

 

 あの人は自分のではなく、ミユのお兄ちゃんなんだ。

 

 ならば今は、2人を守る事がイリヤの役目だった。

 

 その時、黒化英霊を従えるように、大剣を片手にこちらへ歩いてくる人影がある。

 

 シェルドだ。

 

「押し通らせてもらう!!」

 

 言い放つと同時に、真っ向から大剣を振り下ろすシェルド。

 

 迫る刃。

 

「させないよ!!」

 

 対抗するようにイリヤも聖旗を振るい、シェルドの攻撃を弾く。

 

 一瞬、蹈鞴を踏むシェルド。

 

 しかし、すぐさま刃を返し、再び大上段から斬りかかる。

 

 対して、聖旗を水平に構えて、斬撃を受け止めるイリヤ。

 

「邪魔をするなッ」

「それはこっちのセリフだよ!!」

 

 シェルドの斬り下しを聖旗で防ぎながら、イリヤは負けじと言い返す。

 

 ともかく、自分の後ろには一歩も行かせない。何としても、ここで防ぎ止めるつもりだった。

 

 そこへ、上空から魔力弾が降り注ぎ、イリヤの脇をすり抜けようとした黒化英霊を、まとめて吹き飛ばした。

 

「援護するッ イリヤ!!」

「美遊ッ!?」

 

 美遊の攻撃を受けて、吹き飛ぶ黒化英霊達。

 

 戦況は相変わらず絶望的。

 

 だが、戦い続けるイリヤ達の中で、闘志は衰える事無く燃え続けていた。

 

 

 

 

 

 士郎、クロ、響の突撃と、イリヤ、美遊の奮戦。

 

 戦線がその2か所に集中した事により、バゼット達の周辺は一時的に戦力の空白地帯が生じていた。

 

 残った黒化英霊を撃破したバゼットは、凛とルヴィアを守るようにして対峙する。

 

「軍勢の流れが変わりました。あなた達は今のうちに撤退を!!」

 

 促すバゼット。

 

 だが。

 

「撤退? 何を寝ぼけた事をおっしゃってるの?」

 

 そんなバゼットを挑発するように、借りたコートを羽織ったルヴィアは言う。

 

 そこへ更に、凛も続けた。

 

「宝石は無いわ、意識は乗っ取られるわ、衛宮君(トーヘンボク)のそっくりさんは出て来るわ・・・・・・正直、全然ついていけてないんだけどね」

「ええ、本当に。ですけど・・・・・・」

 

 2人の視線が向かう先。

 

 そこには、尚も強大な敵と戦い続ける子供たちの姿がある。

 

「あの子たちは、まだ戦っている」

「それを見捨てて逃げる訳には、いきませんわ」

 

 不敵に言い放つ魔術師たち。

 

 2人もまた、ここで引く気は無かった。

 

 

 

 

 

 皆が、心を一つにして戦っている。

 

 その様子を見て、士郎は笑みを浮かべる。

 

 そうか。

 

 共に戦ってくれる仲間がいる。

 

 共に歩んでくれる友達がいる。

 

 美遊はもう、1人じゃないんだ。

 

 その事を、強く実感する。

 

「助けるつもりが、逆に助けられちまってる。これじゃあ、兄貴の威厳が無くなりそうだよ」

 

 そう言って頭を掻く士郎。

 

 とは言え、まんざらでもない様子であり、口元には笑みが浮かべられている。

 

「いやしかし、あの破廉恥な格好はいったい・・・・・・兄として注意すべきだろうか?」

「あー・・・・・・話さなきゃならない事が、山ほどあるみたいね」

「ん、別に・・・・・・あれで良いと思う」

 

 確かに、美遊の魔法少女コスチュームは、レオタードに妖精のようなスカートとマントを羽織っただけで、かなり露出度が高い。

 

 兄としては、小言の一つも言いたくなるだろう。

 

 これで響と美遊が付き合っている、などと知った日には、どんな反応を示す事やら。

 

「けど、まずは・・・・・・」

「ああ、まずは・・・・・・」

 

 言いながら、クロと士郎は同時に投影魔術を展開。両手に黒白の双剣を構える。

 

 同時に、響も手にした刀を構えた。

 

「この雑魚を蹴散らさなきゃな」

「ん」

「異議なし、ね」

 

 3人の目が、一斉にアンジェリカを睨む。

 

 対して、

 

 アンジェリカもまた、静かな瞳で迎え撃つ。

 

「おぞましい光景だ」

 

 状況は3体1。アンジェリカには圧倒的不利な状況。

 

 しかし、それでも尚、怯む事は無い。

 

 怯む必要すら、感じていなかった。

 

「貴様らの行為はエインズワースに対する侮辱に他ならん」

 

 言い放つと同時に、アンジェリカは王の財宝(ゲートオブバビロン)と、置換魔術を同時に発動する。

 

 空間同士をつなぎ合わせ、そこへ展開した宝具を高速で走らせ始めた。

 

「何、あれ?」

 

 愕然と呟くクロ。

 

 その傍らでは、響も戸惑いを隠せないでいる。

 

 いったい、アンジェリカは何をしようとしているのか?

 

 そんな中、アンジェリカの意図をいち早く見抜いたのは、士郎だった。

 

「空間を上下につなげてループさせ、宝具を加速しているのか!?」

 

 言った瞬間、

 

 置換の口が開く。

 

 同時に、最大限に加速された刃が士郎を襲い、そのわき腹を霞めて行った。

 

 噴き出る鮮血。

 

 わざと外したのか? あるいは当てようとしたが外れてしまったのか?

 

 アンジェリカに手加減する必要が無い以上、理由としては後者が考えられる。

 

 となると、狙って外したのだから、通常の射出と比べて、あまり照準が良くない事と思われる。

 

 だが、

 

 3人が見ている前で、次々と射出口が開く。

 

 命中率が悪いなら数で補う。1発2発程度なら外す事もあるが、何しろ手元にあるのは無限の財。いくら浪費しても尽きる事は無い。

 

 まさに「下手な鉄砲」の究極系である。

 

 それを見たクロが、とっさに叫ぶ。

 

「ヒビキ、わたし達の後ろに!!」

「んッ!!」

 

 同時に、士郎とクロは魔力を走らせる。

 

「「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」」

 

 叫ぶと同時に展開する、桜色の盾。

 

 花弁の守りに、宝具の雨嵐が真っ向からぶつかり合う。

 

 アイアスの盾は、強化された宝具を前にしても、その強靭な守りを失う事は無い。

 

 アンジェリカが放つ宝具は、一撃たりとも響達に届かない。

 

 とは言え、

 

「まずいわね・・・・・・・・・・・・」

 

 盾に魔力を注ぎながら、クロが冷汗交じりに呟く。

 

 魔力の盾が悲鳴を上げるのが分かる。

 

 アンジェリカは、ただでさえ最強クラスの攻撃を、更に底上げしているのだ。通常の防御手段では耐えられないのだ。

 

 そしてついに、1枚目の花弁が脆く砕け散る。

 

 それを機に、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)の花弁は急激に数を減らしていく。

 

 1枚、

 

 また1枚、

 

 この花弁が全て散った時、命運は決する事になる。

 

「極限まで研ぎ澄ませ」

 

 宝具の嵐が吹きすさぶ中、士郎は響とクロに語って聞かせるように口を開いた。

 

「一手一手が致命、一瞬一瞬が必死。余分な思考は殺せ。俺たちが今、見ているのは生と死の境界」

 

 ついに、花弁は残り1枚となる。

 

 迫る死のリミット。

 

 そして、

 

「読み切れ、そして勝ち取れッ 5秒後の生存を!!」

 

 士郎が言い放った瞬間、

 

 ついに、

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を構成する、花弁の最後の1枚が砕け散る。

 

 その時を逃さず、

 

 士郎とクロは動いた。

 

 手の中に投影するのは、自分たちが恃む、黒白の双剣。

 

 その数は、それぞれ3対6本、2人合計で6対12本。

 

 それらを、一気に投擲する。

 

 回転しながら飛翔する6本の刃。

 

 惹かれ合う夫婦剣の特性を利用した絶技「鶴翼三連」。

 

 それを、全く同じ能力を持つ2人の担い手が放った連携技。さしずめ「鶴翼6連」とでも称すべきか。

 

 同時に、

 

「ヒビキッ!!」

「んッ」

 

 伸ばした姉の手を、響は掴む。

 

 その間にも、12の刃はアンジェリカを目指して飛翔する。

 

 一刀一刀が必殺のその攻撃は、回避も防御も不可能。

 

 アンジェリカを包囲しながら、迫り刃。

 

 だが、

 

「無駄だ」

 

 低い呟きと共に、

 

 アンジェリカは己の周囲全てに置換魔術を展開。それにより、飛んできた刃は、全て彼女に当たる事無く、明後日の方向にすり抜けた。

 

 置換魔術を利用した最強の防御手段。

 

 空間そのものを置換して、全ての攻撃を逸らしてしまったのだ。

 

 士郎とクロが放った攻撃は、ただ意味をなさず消えていく。

 

 同時に、アンジェリカはトドメを刺すべく動く。

 

「死ね」

 

 王の財宝(ゲートオブバビロン)から剣を取り出して、目の前の士郎目がけて振り下ろそうとした。

 

 これで終わる。

 

 そう思った、

 

 次の瞬間、

 

 ザンッ

 

「なッ!?」

 

 突如、上空から急降下してきた小柄な影が、アンジェリカを真っ向から斬り下した。

 

 浅葱色の羽織を靡かせた少年。

 

 響だ。

 

 振り下ろした刃は、黄金の鎧を斬り裂き、アンジェリカに致命傷を負わせていた。

 

「馬鹿なッ・・・・・・」

 

 驚愕で目を見開くアンジェリカ。

 

 その視界の先で、

 

 クロが会心の笑みを浮かべている。

 

 鶴翼六連がかわされるのも、アンジェリカが置換魔術を使って守りに入るのも、全て計算づくの事だった。

 

 士郎とクロの攻撃にアンジェリカが気を取られている隙に、クロは転移魔術を使って響をアンジェリカの頭上へと運び、そこから響は上空から一気に急降下、奇襲を敢行したのだ。

 

 まさに、アンジェリカの意識の死角を突いた連携攻撃。

 

 まさかの事態に動きを止めるアンジェリカ。

 

 そこへ、士郎が仕掛けた。

 

「お前の宝具は見飽きた」

 

 手にした干将莫邪を大剣化(オーバーエッジ)させる士郎。

 

 その視線の先には、立ち尽くすアンジェリカ。

 

「道を譲れ、英雄王!!」

 

 振るわれる斬撃が、容赦なく斬り裂く。

 

 その攻撃を前に、

 

 ついに、

 

 アンジェリカは地に倒れ伏した。

 

「フェイ・・・・・・カー」

 

 吐き出すように呟くと同時に、アンジェリカの胸から弓兵(アーチャー)のカードが浮かび上がる。

 

 ダメージを受けすぎた為、自動的に夢幻召喚(インストール)が解除されてしまったのだ。

 

 倒れたアンジェリカを飛び越えて駆ける士郎。

 

 その視線が、岩山の上に立つジュリアンを睨む。

 

「決着を着けるぞ、ジュリアン!!」

 

 言いながら、干将莫邪を振り翳す士郎。

 

 その視界の先には、静かに佇むジュリアンがいる。

 

 妹を助けるという正義()を掲げる士郎。

 

 世界を救うという正義を掲げるジュリアン。

 

 この2つの正義は、決して相容れる事は無い。

 

 互いに、どちらかが倒れるまで、戦い続けるしかないのだ。

 

「決着を着けるぞ、ジュリアン!!」

 

 言い放つ士郎。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメですよ、センパイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、

 

 浮かび上がる不気味な言葉。

 

 次の瞬間、

 

 士郎のすぐ足元からぬめるように湧き出した漆黒の影が、容赦なく斬りかかった。

 

 

 

 

 

第25話「貫く切っ先」      終わり

 


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