Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第8話「夢幻召喚」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響はキャスターのカードを取り、次いで右手に握りこんだ日本刀に目をやった。

 

 昨日に引き続き、また出す事ができたこの刀。

 

 それに、

 

 響自身、驚いた。

 

 出す瞬間、呟いたあの言葉。

 

 限定展開(インクルード)

 

 美遊がランサーの槍を召喚するために使った詠唱。

 

 なぜ、その詠唱で、この刀が現れたのか?

 

 そもそもカードも無いのに、なぜ刀を出せたのか?

 

 これも宝具の一種なのか?

 

 誰の宝具なのか?

 

 尽きない疑問が次々と湧いてくる。

 

 と、その時、

 

「あ、消えた・・・・・・・・・・・・」

 

 展開の限界を迎えたのか、刀はその姿を消し、同時に重みも消失する。

 

 どうやら、展開する時間にも限界があるようだ。そういえば、イリヤがアーチャーの弓を試しに限定展開した時も、そうだったらしい。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 疑問は山ほどあるが、それはおいおい考えるとしよう。

 

 前回のライダー戦と同じなら、間もなく鏡面界が崩壊を始めるはず。そうなる前に、イリヤ達と合流しないと。

 

 そう思った時だった。

 

「ヒビキィ!!」

 

 名前を呼ばれて振り返る響。

 

 すると、こちらに向かって飛んでくるイリヤと美遊の姿があった。どうやら、迎えに来てくれたらしい。

 

 2人は響の姿を見つけると、側へと降り立った。

 

「もう、またあんな無茶して!!」

 

 響に掴みかからんばかりのイリヤ。

 

 その傍らでは、美遊が相変わらず表情の薄い目を向けてきている。分かりにくいが、こちらも響に対し怒っているようだった。

 

「でも、うまくいった」

「うまくいかなかったら死んでたでしょうが!!」

《まったく反省の色がありませんね、このショタっ子は》

 

 イリヤの手にあるルビーも、やれやれとばかりにため息をついている。

 

 しかし、

 

 響は手の中にあるキャスターのカードに目を向ける。

 

 とにもかくにも、敵は倒した。カードも手に入った。

 

 そして何より、イリヤも美遊も、そして凛とルヴィアも無事だったのだ。

 

 ならば、何も問題は無かった。

 

「ん、これ」

 

 そう言うと、響はキャスターのカードをイリヤに差し出す。

 

「え、良いの? でも、これは響が・・・・・・」

「持ってても使えないから」

 

 躊躇うイリヤに、響は押し付けるようにカードを渡す。

 

 どのみち、カードを使えるのはステッキを持っているイリヤと美遊だけ。ならば、響が持っていても宝の持ち腐れでしかなかった。

 

 ともかく、これで4枚目のカードは手に入った。

 

 反応によると、残りのカードは3枚と言う事になる。

 

「さて、じゃあそろそろ帰ろうか」

 

 カードをしまいながらイリヤは言う。

 

 回収が終わった以上、もうここには用は無い。

 

 小学生である彼らには、明日の授業がある。それを考えれば、さっさと帰って眠りたいところだった。

 

 だが、

 

「待って」

 

 踵を返そうとした響とイリヤを、美遊が呼び止めた。

 

「何かおかしい」

 

 言いながら、美遊は周囲に目を走らせる。

 

 光景はいまだ変わらず、格子状の囲いが空間全体を覆っている。

 

《そう言えば・・・・・・・・・・・・》

 

 美遊(マスター)の言葉を受けて、サファイアが口を開いた。

 

《敵を倒したのに、なぜまだ鏡面界が維持されているのでしょう?》

 

 言われて、その場にいる全員がハッとなった。

 

 確かに、ライダー戦の時は決着するとしばらくしてから鏡面界の崩壊が始まった。

 

 しかし今回は、キャスターが消滅したかなりの時間が経っているにも拘らず、崩壊が始まる気配はない。

 

 訝る一同。

 

 その時だった。

 

 彼方で起こる振動。

 

 思わず、全員が振り返った。

 

「あの方角は・・・・・・・・・・・・」

「リンさん達がいる方だよ!!」

 

 戦慄が走る。

 

 事態は、何か容易ならざる展開を迎えていることを、誰もが漠然と感じてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌な予感は増幅する。

 

 消えない鏡面界。

 

 先ほどの振動。

 

 何か、想定外の事態が起こっていることは明らかだった。

 

 取り急ぎ、イリヤと美遊は凛達がいる橋のたもとへと戻るべく、空を駆ける。

 

 飛行できない響は走って追いかけてくるが、今は仕方がない。ともかく、状況を確認するのが先決だった。

 

 橋が見えてくる。

 

 果たして、

 

 2人がそこで見た物は、

 

「あ、あれは・・・・・・・・・・・・」

 

 絶句するイリヤ。

 

 その視線の先には、血を流してい倒れている凛とルヴィアの姿がある。

 

 そして、彼女たちの傍らには、全身に漆黒の甲冑をまとった女性が、一振りの剣を携えて立っていた。

 

 まるで死を人の形に象ったような、不吉な姿。

 

 さしずめ剣の英霊、黒騎士(セイバー)とでも言うべきだろうか?

 

 その禍々しい姿に、イリヤも、そして美遊も戦慄を禁じえなかった。

 

「ルビー、これ、どういう事?」

《・・・・・・考えたくありませんが、最悪の事態です》

 

 答えるルビーの声にも緊張が走る。

 

 事態はそれだけ、緊迫しているのだ。

 

「こんな事が、あり得るの?」

《完全に想定外ですが、起こってしまいました》

 

 美遊とサファイアの声も、信じられないと言った感じに発せられる。

 

 もはや、疑いようもない。

 

 1つの鏡面界に、2人目の敵。

 

 イリヤ達は否応なく、連戦を余儀なくされたのだ。

 

「と、とにかく、凛さん達を助けないと!!」

 

 飛び出そうとするイリヤ。

 

 だが、

 

「ま、待ってイリヤスフィール!!」

 

 飛び出そうとしたイリヤに手を伸ばす美遊。

 

 しかし、肩を掴もうとして目測を誤ったのか、掴んだのはイリヤの足首だった。

 

「はヴァッ!?」

 

 飛び出した勢いそのままに、顔面ダイブを敢行するイリヤ。

 

 正直、かなり痛そうだった。

 

 ついでにスカートがめくれ、パンツが丸見えになっていた。

 

 緊迫した状況の中で、何とも間の抜けたやり取りである。

 

「な、何するの!?」

 

 赤くなった鼻を押さえて振り返り、下手人たる美遊に抗議するイリヤ。

 

 流石の美遊も悪いと思ったのか、オロオロとしている。

 

「ご、ごめん。でもやみくもに近づいちゃダメ」

 

 焦りたい気持ちは判るが、状況は極めて不利。

 

 相手は2体目の英霊であり、凛とルヴィアは既に倒されている。

 

 この場にあって戦えるのは、もはやイリヤと美遊だけなのだ。

 

 ならば、一手の差し違えが致命傷にすらなりかねなかった。

 

「で、でも、凛さんとルヴィアさんが!!」

《落ち着いてくださいイリヤさん!!》

 

 尚も焦るイリヤを、ルビーが制する。

 

《生体反応を見てみましたが、反応があります。お二人は大丈夫です!!》

 

 どうやら凛とルヴィアは、何らかの手段で致命傷を避けたらしかった。

 

 取りあえず、一安心だが、

 

「だったら猶更!!」

「だからこそ!!」

 

 言い募るイリヤを、美遊が強い語調で遮る。

 

「冷静に、確実に行動すべきなの」

 

 この場にあっても、美遊の冷静さは失われていない。

 

 自分たちまで冷静さを欠いては、ただでさえ少ない勝機が、完全に失われてしまう。

 

 美遊はその事を判っているのだ。

 

「イリヤスフィール。あなたは、どうにかしてあの騎士の注意を引き付けて。その間に私が・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら美遊は、1枚のカードを取り出す。

 

「これで、トドメを刺す」

 

 それはランサーのカードだった。

 

 キャスター戦では使いそびれたカードだが、この際、それが幸いしたと言える。

 

 刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)の威力ならば英霊相手でも有効なのは、ライダー戦で実証済みだった。

 

 基本は先のキャスター戦と同じ。イリヤが敵を引き付けて、美遊がトドメを刺す。

 

「いい?」

「わ、判った」

 

 頷きあう、イリヤと美遊。

 

 2人は同時に動いた。

 

 イリヤは上空に跳び上がると同時に、魔力を込めたルビーを振るう。

 

「散弾!!」

 

 放たれる、無数の魔力弾

 

 キャスター戦の時と同じ。これで相手の動きを止めて、美遊に攻撃のチャンスを与えるのだ。

 

 いかに英霊でも、自分に向かってくる攻撃は回避か防御の姿勢を取ろうとするはず。

 

 そこを、美遊が突く作戦である。

 

 着弾する散弾。

 

 しかし次の瞬間、

 

 イリヤの放った散弾は、騎士に当たる直前、けんもほろろに弾き返されたのだ。

 

「そんなッ!?」

 

 驚愕するイリヤ。

 

 同様に、攻撃態勢に入ろうとしていた美遊も、目を見開いている。

 

 もともと、散弾には目晦まし程度の効果しか無いが、それでも、ああもあっさりと無効化されるとは思っていなかった。

 

砲射(フォイア)!!」

 

 今度は威力を優先した砲撃を放つイリヤ。

 

 ともかく、美遊の攻撃を成功させるためにも、敵の注意を引き付ける必要がある。

 

 だが、

 

 イリヤの視界の中で、セイバーが振り返る。

 

 次の瞬間、

 

 手にした剣が高速で振るわれた。

 

 斬撃は黒い軌跡となりて、空中にいるイリヤに襲い掛かる。

 

 その一撃は、ルビーの展開する物理保護をあっさりと貫き、イリヤの体を直撃したのだ。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 切り裂かれる少女の体。

 

 イリヤ自身、自分の身に何が起きたのか認識できないまま、そのまま真っ逆さまに墜落していった。

 

「イリヤスフィール!!」

 

 その様を見ていた美遊が、思わず叫ぶ。

 

 美遊の視界の中で、上空から落下してくるイリヤ。

 

 振り返り、キッとセイバーを睨み付ける美遊。

 

 イリヤが命がけで作り出してくれた隙を無駄にしない為に駆ける。

 

限定展開(インクルード)!!」

 

 詠唱と同時に、少女の手には深紅の槍が出現した。

 

 構える美遊。

 

 対抗するように、セイバーも剣を構えた。

 

刺し穿つ(ゲイ)・・・・・・」

 

 少女の可憐な双眸が、セイバーを睨み据える。

 

 次の瞬間、美遊は槍の穂先を繰り出す。

 

死棘の槍(ボルグ)!!」

 

 放たれる槍。

 

 その切っ先が、セイバーへと向かう。

 

 刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)

 

 それは、アイルランドの光の御子が用いたとされる呪いの魔槍。

 

 放てば、必ず相手の心臓を貫くと言われる必殺の宝具。

 

 因果律を歪めた槍は、「標的を貫いた」と言う事実が先に来てから攻撃を放つ事になる。

 

 故に必中。

 

 故に必殺。

 

 決してかわす事の出来ない攻撃が、セイバーを襲う。

 

 その穂先が、

 

 真っ向からセイバーの胸を貫く。

 

「よしっ」

 

 短く喝采を上げる美遊。

 

 間違いなく必殺の一撃。

 

 刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)は、確実にセイバーを刺し貫いた。

 

 次の瞬間、

 

 カウンター気味に放たれた斬撃が、少女の体を切り裂いた。

 

「なッ!?」

 

 思わず、傷口を押さえて後退する美遊。

 

 その表情が、驚愕に染まる。

 

 槍は確かに、セイバーを貫いたはず。

 

 にも拘らず、セイバーは何事もなかったかのように反撃してきたのだ。

 

 見れば、セイバーが着ている甲冑の胸の部分には損傷が見受けられる。

 

 美遊が放った刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)は、確かにセイバーをとらえていたのだ。

 

 しかし、当たったと思った槍は紙一重で回避されていた。

 

「そんな・・・・・・必中の槍をかわすなんて・・・・・・」

《直感スキルがかなり高いのだと思われますッ》

 

 美遊の言葉に、冷静に返すサファイア。

 

 だが、その声にも焦りの色がある。

 

 敵に通用する可能性のある唯一の武器である、刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)が無力化された今、打つ手はもはや残されていない。

 

 全滅。

 

 その単語は、否が応でも脳裏に浮かんでくる。

 

《あの黒い霧は信じがたいほど高密度な魔力によって構成されています。そのせいで、こちらの魔力砲が弾かれていたのです》

「飛ばしてきたのも魔力(それ)か。だから、こっちの魔術障壁じゃ無効化できない・・・・・・」

 

 走りながら、サファイアとともに状況を整理する美遊。

 

 既に、傷口はサファイアの治癒によって塞がっている。

 

 しかし、たとえ状況を整理しても、事態は覆しようがない。

 

 刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)は既に解除され、カードに戻っている。こうなると、もう数時間は使用不能になる。

 

 キャスター戦で消耗し、凛とルヴィアが倒れ、切り札も失った美遊達に、もはや取りうる手段は何もない。

 

 その時だった。

 

 セイバーが振り返り、地面に座り込んでいるイリヤに向き直る。

 

 どうやら、標的を美遊からイリヤに変えたらしい。

 

 そのイリヤはと言えば、お尻を地面につけたまま、震える瞳で自身に迫るセイバーを見据えている。

 

《追撃が来ます。立ってください、イリヤさん!!》

「う・・・・・・あ・・・・・・」

 

 いち早く危機に気付いたルビーが警告を発する。

 

 しかし、イリヤは立ち上がろうとしない。目には涙を浮かべ、恐怖の為に小刻みに震えている。

 

 先ほどのセイバーの攻撃で傷を負った事により、完全に委縮してしまっているのだ。

 

 傷自体は軽傷であり、既に治癒も終わっている。

 

 しかし、戦いの場にあって、初めて傷を負わされたという事実が、イリヤの戦意を奪い去っていた。

 

《イリヤさん!!》

「あ・・・・・・・・・・・」

 

 ルビーの声にも、返事をする余裕がないイリヤ。

 

 そのイリヤに向かって、まっすぐに歩いてくるセイバー。

 

 間もなく、剣の間合いに入ろうとした。

 

 その時、

 

 ザッ

 

 小さな靴音とともに、小さな影が、イリヤとセイバーの間に立ちはだかった。

 

「・・・・・・あ・・・・・・ヒビキ?」

 

 驚いて顔を上げるイリヤ。

 

 その視線の先では、イリヤを守るように立つ響の背中がある。

 

 セイバーの方でも、突如目の前に現れた少年に驚いているようだが、しかしすぐに剣を構え直すのが見えた。

 

 対して、響は静かな目で、その様子を見つめている。

 

 既に打つ手はない。

 

 あのセイバーを倒す手段は、何もない。

 

 そう、

 

 「通常の手段」では。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、脳裏に浮かぶ光景。

 

 響の目の前に立つ男。

 

 その、脆く優しい微笑みが、響へと向けられる。

 

「頼む」

 

 縋るような、

 

 託すような、

 

 そんな言葉。

 

 だが、

 

 この人の為なら戦える。

 

 この人の為なら、この命をかけられる。

 

 なぜかは判らない。

 

 だが、素直な気持ちで、そのように思えるのだ。

 

「頼む・・・・・・・・・・・・」

 

 男はもう一度、口を開く。

 

「・・・・・・を、守ってやってくれないか」

 

 その言葉は、鼓膜を通り抜け、魂へと染み渡って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦う相手は、判っている。

 

 戦う武器も、持っている。

 

 戦う手段も、知っている。

 

 戦う意思も、有している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ならば、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとは「実行」するだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開く響。

 

 その視界の中で、剣を構えるセイバーの姿。

 

 既に勝機は無い。

 

 まともなやり方では、あのセイバーに勝てないだろう。

 

 ならば、

 

 「まともじゃないやり方」に頼るしかなかった。

 

 右手の平を胸の前へ掲げる。

 

 同時に、自分の中にある「それ」へ、語り掛ける。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ・・・・・・・・・・・・」

 

 静かな声で、詠唱が紡がれる。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度、ただ、満たされる刻を破却する」

 

 その様子に、背後で見ているイリヤと美遊は、唖然とした表情を浮かべている。

 

 いったい、響は何をしようとしているのか?

 

「告げる・・・・・・」

 

 詠唱は、さらに続く。

 

「汝の身は我が下に。汝が命運は我が剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 剣を振りかざすセイバー。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者・・・・・・・・・・・・」

 

 だが、響はそれに構うことなく詠唱を続ける。

 

「汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 

 斬りかかってくるセイバー。

 

 対して、

 

 長い詠唱とともに、

 

 響は目を見開いて叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「          夢幻召喚(インストール)!!          」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 沸き起こる強烈な風。

 

 少年の姿は、強烈な密度の風に包まれ、視認することができなくなる。。

 

 イリヤと美遊が、思わず目を覆う中、

 

 やがて、風はゆっくりと晴れていく。

 

「い、いったい何が・・・・・・・・・・・・」

 

 恐る恐ると言った感じに顔を上げるイリヤ。

 

 その視線の先で、

 

 彼女の弟は、その姿は一変していた。

 

 それまでの私服姿ではない。

 

 着物風の黒装束に短パンを着込み、なびく白いマフラーは口元を覆っている。

 

 普段は短めに揃えている髪はいつの間にか長く伸び、後頭部で結ばれている。

 

 そして、手には鞘に納まった一振りの日本刀が携えられていた。

 

 相変わらず表情の薄い眼差しが、目の前のセイバーを睨み据えている。

 

「ヒ、ヒビキ?」

 

 声に導かれ、振り返る響。

 

 その双眸は、姉に対し頷きを向けてくる。

 

 次の瞬間、

 

 セイバーは響めがけて斬りかかってきた。

 

 対して、

 

 響も振り向きざまに抜刀。セイバーの剣を切り払う。

 

 火花を散らす互いの剣。

 

 響とセイバー。

 

 両者の視線が鋭く交錯する。

 

 先に動いたのは、

 

 セイバーの方だった。

 

 払われた剣を素早く返すと、横なぎに斬撃を繰り出してくる。

 

 対して、響も負けていない。

 

 跳躍と同時に空中で前方宙返りを行いセイバーの斬撃を回避。

 

 同時に、少年の小さな体は、セイバーの背後へと降り立つ。

 

 振り返る両者。

 

 同時に、旋回の威力をそのまま乗せた斬撃が繰り出される。

 

 ガキンッ

 

 強烈な金属音とともに、互いに後退する響とセイバー。

 

 両者の体は、互いの剣の衝撃を受けきれず、距離が開く。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 剣を構えなおす、響とセイバー。

 

 セイバーは剣を脇に構え、響は八双に構える。

 

 同時に地を蹴る。

 

 疾走する、黒と黒。

 

 お互いの刃が鋭く奔る。

 

 刀を振り下ろす響に対し、剣を擦り上げるように振るうセイバー。

 

 両者、一歩も譲らないまま、互いに剣を繰り出し続けていた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 そんな両者の激突を、イリヤと美遊は茫然と眺めていた。

 

 自分たちが束になっても敵わなかったセイバー。

 

 そのセイバーと、響が互角の戦いを演じている事に、驚きを隠せないでいた。

 

「なに、あれ・・・・・・・・・・・・」

 

 イリヤはポツリと、呟きを漏らす。

 

「どうして、ヒビキがあんな・・・・・・・・・・・・」

 

 視界の先では、尚も一進一退の攻防が続いている。

 

 セイバーが繰り出した袈裟懸けの一撃を、響は後方宙返りで回避。

 

 かと思えば、響が上段から繰り出した刀を、セイバーは剣で防いで押し返している。

 

 現実離れした光景。

 

 魔法少女などと言う現実とはかけ離れた事をしているイリヤですら、今の響の姿は信じられなかった。

 

「ミユさん、あれはいったい・・・・・・・・・・・・」

 

 傍らにいる、美遊に振り返るイリヤ。

 

 対して、

 

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊もまた、愕然とした表情で響の戦いを見つめている。

 

「ミユさん?」

「なぜ、彼にあんな事が・・・・・・・・・・・・」

 

 まるで、この世ならざるものを見たかのような美遊。

 

 その姿に、イリヤは怪訝な面持ちになる。

 

 確かに、今の響にはイリヤも驚かされている。

 

 しかし、美遊の感じている驚きは、イリヤの物とは異質なように思えるのだった。

 

 その時、

 

 セイバーの強烈な蹴りを腹に受けて、響が大きく吹き飛ばされるのが見えた。

 

「ヒビキッ!!」

 

 地面に転がる少年。

 

 そこへセイバーはトドメを刺すべく、追撃を仕掛ける。

 

 剣を振りかざして響に迫るセイバー。

 

 対して、響はセイバーに受けた蹴りの衝撃から未だに立ち直っていない。

 

「逃げて、ヒビキ!!」

 

 思わず叫ぶイリヤ。

 

 次の瞬間、

 

 斬り込みをかけるセイバーの眼前に、複数の宝石が舞った。

 

 踊る爆炎。

 

 その衝撃に、思わず後退を余儀なくされるセイバー。

 

 イリヤと美遊がハッとして振り返る中、

 

「やってくれるわね・・・・・・この黒鎧ッ」

「取りあえず、響が何であんな恰好をしているのか、説明がほしいところですわね」

 

 苦しげな表情で立ち上がる、凛とルヴィアの姿があった。

 

 どうやら、先ほどの宝石魔術による攻撃は、彼女たちの手によるもののようだ。

 

 とは言え、

 

 先にセイバーにやられた傷は深い。2人とも、傷口から尚も血を流し続けている。このままでは数分と保たないだろう。

 

「リンさん!! ルヴィアさん!!」

 

 駆け寄ろうとするイリヤと美遊。

 

 だが、

 

「私たちの事は良いッ それより、響の援護を!!」

 

 凛の言葉に、2人はハッとする。

 

 先ほどの凛達の援護により、響は再び体勢を立て直していた。

 

 交錯する剣激。

 

 虚を突かれた事で僅かに動揺したのか、セイバーの動きに鈍りが見える。

 

 そこを容赦なく突く響。

 

 剣激が、セイバーの肩先をかすめ鎧に弾かれる。

 

 わずかだが、響がセイバーを押し始めていた。

 

 チャンスである。ここで一気に押し込む以外に、勝機はない。

 

「ミユさん!!」

「ええ。彼を援護する」

 

 2人の魔法少女は同時に動く。

 

 剣戟を交わす響とセイバーを左右から挟み込むように移動すると、同時にステッキを振るう。

 

砲射(フォイア)!!」

砲射(シュート)!!」

 

 左右から放たれる砲撃。

 

 純粋な魔力弾では、セイバーの魔力の壁は破れない。

 

 けんもほろろに弾かれる魔力砲。

 

 しかし、気を逸らすには十分な効果があった。

 

 とっさに防御の姿勢をとるセイバー。

 

 そこへ、響は身を低くした状態で斬り込む。

 

 斬り上げられる剣閃。

 

 その刃は、セイバーの鎧を切り裂き、縦に斬線を刻む。

 

 よろけるセイバー。

 

 そこへ、響が畳みかける。

 

 跳躍と同時に体を捻り込み、独楽のように横回転しながら刀を繰り出す。

 

 銀の閃光が横なぎに走る。

 

 対してセイバーは、態勢を崩しながらも、剣を縦に構えてとっさに防御の姿勢を取る。

 

 そこへ、魔力砲が着弾する。

 

 見れば、サファイアを構えた美遊が、可憐な眼差しを鋭く細めてセイバーを睨んでいる。

 

 美遊の的確な援護に感謝しつつ、響はセイバーに斬りかかる。

 

 だが、セイバーも負けていない。防御、迎撃は不可能と判断したのか、とっさに後退して響の斬撃を回避する。

 

 そこへ、

 

《今ですイリヤさん。奴の動きを止めますよ!!》

「うん、判った!!」

 

 善戦する弟を援護すべく、イリヤが仕掛ける。

 

 魔力を込めたルビーを、大きく振りかぶるイリヤ。

 

「特大の、散弾!!」

 

 放たれる無数の魔力弾。

 

 現状、イリヤが込めることができる魔力の、最大量が放出される。

 

 それは、セイバーの視界を奪うには十分すぎた。

 

「今よ、響!!」

 

 大量の出血に耐えながらも、指示を飛ばす凛。

 

 頷きを返すと、響は地を蹴って斬り掛かる。

 

 対して、イリヤと美遊の攻撃によって気を逸らされていたセイバーの反応は、僅かに遅れた。

 

 繰り出される、鋭い斬撃。

 

 袈裟懸けに振り下ろされる銀閃は、

 

 真っ向からセイバーの体を斬り裂いた。

 

 鎧が砕け散り、崩れ落ちるセイバー。

 

 その様を、響は鋭い眼差しで見つめる。

 

 手応えは、あった。

 

 そう思わせるのに、充分な一撃。

 

 のけぞるセイバー。

 

 だが、

 

「やった!?」

《いえ・・・・・・・・・・・・》

 

 喝采を上げるイリヤに、ルビーが険しい声を発する。

 

《まだです!!》

 

 ルビーの言葉通り、

 

 いったんは倒れかけたセイバーが、踏みとどまって剣を構えなおす。

 

 響の攻撃は、確かにセイバーにダメージを負わせた。

 

 しかし、鎧がダメージを減殺し、致命傷を与えるには至らなかったのだ。

 

 そして、

 

 ボロボロの体で、最後の反撃に出るセイバー。

 

 魔力の霧が最大限に凝縮され、刀身に集中される。

 

 その圧倒的なエネルギー量は、刀身すら覆いつくす勢いで溢れ出す。

 

「まずいッ 宝具を使う気ですわ!!」

 

 ルヴィアの警告が走る。

 

 響は目を細め、セイバーを睨む。

 

 恐らく、あの剣の攻撃が宝具なのだろう。

 

 満身創痍のセイバーが放つ、最後の攻撃。

 

 ならば、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 こちらも、相応の手段で迎え撃たなくてはならない。

 

 刀を構え直す響。

 

 そして切っ先をセイバーに向ける。

 

 目の前には、暴風のような魔力の塊を構えるセイバーの姿。

 

 あれが解放されれば、たとえ今の響と言えどもタダでは済まないだろう。

 

 だが、

 

「その前にッ」

 

 響は仕掛けた。

 

 1歩、

 

 響の体が加速する。

 

 2歩、

 

 その姿は音速を超える。

 

 3歩、

 

 事象全てを斬り裂く獰猛な獣が牙を剥く。

 

 剣を振りかざす態勢に入るセイバー。

 

 だが、

 

「遅い」

 

 疾走と共に、低く告げられる響の言葉。

 

 次の瞬間、

 

 繰り出された切っ先は、セイバーを真っ向から斬り裂き、食いちぎった。

 

 同時に、収束された魔力が、行き場をなくして霧散する。

 

 セイバーは尚も抵抗しようとしたのか、一歩、前へと出る。

 

 だが、彼女にできたのはそこまでだった。

 

 やがて、光に包まれ、その体は消滅する。

 

 ほぼ同時に、響もまた、力尽きたように地面へと倒れ込んだ。

 

「ヒビキ!!」

 

 駆け寄るイリヤ。

 

 やや遅れて、美遊もやってくる。

 

「ヒビキッ しっかりして!!」

《どうやら魔力切れみたいですね~ 急激に魔力を放出したせいで、意識を失ったみたいです》

 

 様子を見ていたルビーが説明する。

 

 響は静かに目を閉じ、一見すると眠っているだけのようにも見える。既にその姿は、元の私服姿に戻っていた。

 

《心配いりませんよイリヤさん。命に別状はありませんから》

「ほ、ほんとう?」

 

 響の体を抱きかかえながら、イリヤはホッとしたように息をつく。

 

 だが、あまりのんびりもしていられなかった。

 

 既に、視界の中で空間がひび割れ始めている。

 

 キャスター、そしてセイバーが倒されたことで、保てなくなった鏡面界が崩壊を始めているのだ。

 

「話はあと。急いで離界(ジャンプ)するわよ」

 

 凛がそう言って促す。

 

 どうやらセイバーにやられた傷は、治癒魔術で塞いだらしい。ルヴィアも同様に、凛の横に立っていた。

 

「響は私が担ぐわ。イリヤ達は・・・・・・」

「待って、凛さん」

 

 凛が言いかけたのを、イリヤが制する。

 

「ヒビキは、私が連れていく」

「イリヤ、けど・・・・・・」

「あなたの体格では、きついのではありませんの?」

 

 ルヴィアもまた、気遣うようにイリヤに声を掛ける。

 

 だが、イリヤは首を振った。

 

「私がやる。だって、ヒビキは弟だから」

 

 そう言うと座り込んで、気を失った響をおんぶするイリヤ。

 

 言われた通り、2人の体格差は殆ど無い為、かなりの重みがイリヤの背にかかる。まして、今の響は意識を失っているため猶更だ。

 

 立ち上がったは良いが、思わずよろけそうになるイリヤ。

 

 だが、その体が、そっと横から支えられる。

 

「ミユさん?」

「手伝うわ」

 

 静かにそう告げる美遊。

 

 やがて、魔法陣が描かれ、一同は現実世界へと復帰する。

 

 こうして、長い夜はようやく終わりを告げるのだった。

 

 

 

 

 

第8話「夢幻召喚」      終わり

 


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