Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第23話「置換」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます響。

 

 開いた瞼の隙間から、光が差し込んでくる。

 

 呼吸すると、肺の中へ流れ込んでくる冷たい空気が、意識を覚醒していくのが分かる。

 

 そんな中で、響は微笑を口元に浮かべる。

 

 すぐ目の前に広がる光景が、響の心の中に安心感と幸福感を齎していた。

 

 美遊がいる。

 

 昨夜、一緒の布団で寝たのを思い出していた。

 

 どうやら、響の方が先に起きたらしく、少女は目を閉じて静かな呼吸を繰り返していた。

 

 ジッと、美遊の寝顔を見詰める響。

 

 流れるような黒髪。

 

 軽く閉じられた瞼。

 

 桜色の唇。

 

 眠っているのに、少女の愛らしさは否応なく伝わってくる。

 

 正直、ずっとこのままでいたい、とさえ思ってしまう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊の顔を見ているだけで、響は自分の顔が熱くなり、そのまま気恥ずかしさが込み上げてくる。

 

 美遊と、恋人になった。

 

 昨夜、互いの想いを伝えあい、告白する事が出来た。

 

 その事を、改めて実感する。

 

 美遊は、控えめに言っても水準以上の美少女。そんな可愛い子とつき合う事ができるなど、正直、夢のようである。

 

 否、そんな一面の話ではない。

 

 美遊の容姿、美遊の笑顔、美遊の性格、美遊の優しさ。

 

 それら全てが、響にとっては好きで好きで堪らなかった。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 軽い呻き声と共に、美遊の瞼が動く。

 

 ゆっくりと開かれる、少女の瞳。

 

 その視線が、響と合う。

 

 見つめ合う、少年と少女。

 

「・・・・・・おはよう、響」

「・・・・・・ん」

 

 少し照れたように微笑み合う、響と美遊。

 

 恋人同士とは言え、同じ布団で寝た事は思春期入りたての子供たちからすればまだまだ気恥ずかしく、何となく、いけない遊びをしている気分になってしまう。

 

 やがて、

 

 どちらからともなく目を閉じ、お互いの唇を重ねた。

 

 深く交わるキスではない。

 

 軽く触れるだけの、甘い口づけ。

 

 だがそれだけで、幼い恋人たちの胸は甘い気持ちで満たされていくのが分かった。

 

 

 

 

 

 ベッドの上で互いを抱き合う、響と美遊。

 

 どれくらい、そうしていただろう?

 

 できれば、いつまででもこうしていたい。そんな風に思えてくる。

 

「ねえ、響。考えていた事があるの」

「ん?」

 

 改まった口調で告げる美遊に対し、怪訝な面持ちで視線を向ける響。

 

 対して、美遊は真っ直ぐに見据えて言った。

 

「私は、エインズワースに投降しようと思う」

「なッ!?」

 

 驚く響。

 

 昨日、あれだけの事があり、美遊は最後まであきらめずに戦う事を選んだ。

 

 その筈だった。

 

 決意も新たに、いよいよエインズワースとの戦いに臨もうという時に、他ならぬ美遊の口からそのような事を聞かされるとは思わなかった。

 

「ダメ、絶対ダメ!!」

 

 強硬に反対する響は、当然の反応だった。

 

 だが、響が反対する事は、美遊も想定していたのだろう。落ち着いた様子で口を開いた。

 

「聞いて響。エインズワースの力は強大すぎる。多分、響や私が想像しているよりもずっと」

 

 ヴェイクに勝ったとはいえ、あの程度では一時的な物でしかない。敵はすぐにも態勢を立て直して攻めてくるだろう。

 

 それを迎撃する事は、現状でも不可能ではない。

 

 だが、そんな受け身の戦闘ばかりを続けていては、じり貧になるのは目に見えている。いずれは押し込まれ、敗北の憂き目を見る事だろう。

 

「だから、こっちから仕掛けてみようと思う」

「仕掛ける?」

「そう」

 

 尚も怪訝な面持ちの響に、美遊は自分の考えを語って聞かせた。

 

 エインズワースは間を置かずに仕掛けてくる事だろう。これは100パーセントの確信を持って言える事だ。それ程までに、彼らにとっては美遊という存在は重要なのである。

 

 なので、是が非でも美遊を手に入れようと躍起になるはずだ。

 

 そこに、一縷の勝機がある。

 

「まず、私がわざと投降する。そうすれば彼らは、私をあの城へ連れていくはず。そして、聖杯を使う為の儀式を行うはず」

 

 エインズワースの結界は強力だが、一度中に入ってしまえばこっちの物である。

 

「そこで、私が攻撃を仕掛けて、混乱に乗じてイリヤとお兄ちゃんを救い出す」

 

 更に、同時に「気配遮断」を使用した響も、城へ密かに潜入するのだ。

 

 城には置換魔術による結界が張られれているが、流石に誰かが出入りするときは結界を解除しているはず。

 

 その隙に潜入した響が、美遊の攻撃で混乱しているエインズワースに奇襲をかけるのだ。

 

 美遊の作戦を聞いた響は、内容を納得して頷く。

 

「ん、呪いの木馬?」

「『トロイの木馬』ね」

 

 響のボケに、美遊は嘆息交じりにツッコむ。何だか、見るだけで死を招きそうなネーミングである。

 

 とは言え、

 

 成功率は、あまり高いとは言えない。

 

 だが、上手くいけば現状を打破できる可能性が高いのも確かだった。

 

「・・・・・・やっぱり駄目。危険すぎる」

 

 尚も、響は険しい表情で否定する。

 

 そんな響に対し、美遊は柔らかく微笑むと、そっと手を伸ばして幼い彼氏の頬を撫でる。

 

「大丈夫」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊の手のぬくもりを感じる響。

 

 対して、美遊は優しく語り掛ける。

 

「だって、私の事は、響が守ってくれるでしょ?」

「・・・・・・美遊」

 

 それは、言うまでもない事。

 

 美遊は守る。自分が、絶対に。

 

 その想いを、新たにする。

 

「響・・・・・・」

「美遊・・・・・・」

 

 見つめ合う、2人。

 

 やがて、同時に顔を近づけ、

 

 互いに唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 というやり取りが、響と美遊の間でなされたのは今朝の話である。

 

 結果、

 

 作戦は成功。

 

 美遊は囚われていたイリヤと合流を果たすと同時に、響は見事、ダリウスに対して奇襲をかける事に成功したのだった。

 

 

 

 

 

 ダリウスの胸に突き立てられた短剣。

 

 その歪な刃のもたらす中心点より、強烈な魔力が放出される。

 

 気配遮断を用いて結果以内に潜入を果たした響は、美遊達が戦っている隙に背後からダリウスに接近。一気に奇襲を掛けたのだ。

 

 まさに暗殺者(アサシン)の面目躍如と言えるだろう。

 

 宝具「破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)」。

 

 魔女メディアの持つ宝具で、効果はあらゆる魔術を無効化する事ができる。

 

 響は予め、美遊から魔術師(キャスター)のカードを託されて、今回の奇襲作戦に臨んだのだ。

 

 通常タイプのカードの使用は、響にとって負担が大きい。少年の魔術回路は、「斎藤一(アサシン)」を使用するのに特化している為、本来なら他のカードを使用する事が出来ない体。

 

 それ故に、他のカードを使用する場合、以前から繋げたままにしてある「ヒビキ」の方の魔術回路を開放する必要がある。

 

 だが、本来なら自分の物ではない、他人の魔術回路を強引に使用しているのだ。その負担は半端な物ではない。

 

 加減を間違えれば死にも直結しかねない危険な行為。

 

 だが、今回の奇襲は、掛け値なしに千載一遇のチャンス。これを逃せば、エインズワースを倒す機会は永久にやってこないかもしれない。

 

 それ故に響は迷わず、己の全てを掛けていた。

 

 突き込まれた刃の切っ先から、黒い泥が吹き出すのが見える。

 

「ぐおォォォォォォォォォォォォ!?」

 

 苦悶の声を上げるダリウス。

 

 だが

 

「とっとと・・・・・・・・・・・・」

 

 短剣を持つ手に力を籠める響。

 

「たお、れろォォォォォォ!!」

 

 渾身の力を込めて「破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)」の刃を、ダリウスの胸へ突きいれる。

 

 次の瞬間、

 

「おのれ下郎ッ ダリウス様から離れろ!!」

 

 鋭い声と共に、無数の刃が響へ襲い掛かる。

 

 アンジェリカだ。主の危機に際し、美遊達を放って引き返してきたのだ。

 

「ッ!?」

 

 とっさに刃を引き抜き後退する響。

 

 間一髪、投射された宝具は響のつま先を霞めて地面に突き刺さる。

 

 後退しつつ着地する響。

 

 同時に「破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)」はカードに戻る。

 

 カードをポケットに入れ、刀の柄に手を掛ける響。

 

 その視線は、ダリウスへと向けられている。

 

 尚も泥のような煙を吐き出しながら、苦悶に震えるダリウス。

 

 その姿だけでも、ダリウスという存在が普通ではない事がうかがえる。

 

「・・・・・・・・・・・・やった」

 

 ガッツポーズを作る響。

 

 美遊の作戦は完全に成功した。

 

 うまくいけばこれで、エインズワースを壊滅に追いやれるばかりではなく、聖杯戦争の儀式そのものも無効化できるかもしれない。

 

 同時に、

 

 美遊とイリヤが動いた。

 

 イリヤは夢幻召喚(インストール)を解除。美遊と頷きあう。

 

《良いですよイリヤさん、美遊さん、思いっきりやっちゃってください!!》

《遠慮は無用です。むしろぶっ飛ばす勢いでお願いします》

「何で2人とも、そんなにノリノリなの!?」

 

 物騒なステッキ姉妹にツッコミを入れつつ、駆ける美遊とイリヤ。

 

 その向かう先には、立ち尽くす凛とルヴィアの姿がある。

 

 相変わらず、虚ろな目でこちらをジッと見つめている魔術師2人。

 

 エインズワース側が響の奇襲で混乱している今なら、2人を取り戻すチャンスだった。

 

 美遊はルヴィアに、イリヤは凛に、それぞれ迫る。

 

「いかんッ」

 

 2人の意図に気付き大剣を振り翳して阻止しようとするシェルド。

 

 大剣を構えなおし、斬りかかろうとする。

 

 だが、

 

「やらせない!!」

 

 神速で接近すると同時に、抜刀してシェルドを斬りつける響。

 

 月牙を描く真一文字の剣閃を前に、シェルドはとっさに攻撃を諦めて後退せざるを得なくなる。

 

 その隙に美遊はルヴィアに、イリヤは凛の懐に飛び込んだ。

 

 狙いは一点。

 

 胸にある置換魔術の基印部分。

 

 ここを叩けば、置換魔術は解除されるはず。

 

 イリヤと美遊は、それぞれ手にしたステッキの柄で、

 

 狙い違わず凛とルヴィアの胸にあるの基印を叩いた。

 

 次の瞬間、

 

「「はッ!?」」

 

 ほとんど同時に、凛とルヴィアは目を覚ましたように動き出す。

 

「な、何ッ!? いきなりどうしたっての!?」

「ちょッ 何でわたくし、こんな格好してますのー!?」

 

 いきなりの事で戸惑う2人。ルヴィアに至っては(イリヤのせいで)トップレス状態である為、猶更混乱の極致に陥てったいた。

 

「やった、成功」

 

 刀の切っ先を向けてシェルドを牽制しながら、響は笑みを浮かべる。

 

 ダリウスへの奇襲。イリヤの奪還、ついでに凛とルヴィアの奪還と、立て続けに作戦は成功していた。

 

 このまま行けば、聖杯戦争そのものを無しにする事も不可能ではない。

 

 そう思った。

 

 その時だった。

 

 思いもしなかったことが起こる。

 

 響達が見ている目の前で、

 

 エインズワースの城が消え始めたのだ。

 

 まるで城その物が幻であったかのように掻き消え、変わってゴツゴツとした岩肌の山が姿を現す。

 

「ど、どうなってるの、これ?」

 

 茫然と呟くイリヤ。

 

 余りの事態に、美遊も返事をする事が出来ずに立ち尽くしている。

 

 その時だった。

 

「何してくれやがる、クソガキ共がァ!!」

 

 強烈な叫びと共に、ハンマーを振り翳した少女が上空から襲い掛かって来た。

 

 撒き散らされる雷撃。

 

 叩きつけられたハンマーによって、地面が叩き割られる。

 

 ベアトリスだ。今まで姿を見せていなかったが、どうやら自分たちが危機的状況に陥った事を察知して出て来たらしい。

 

 ベアトリスの攻撃を、とっさに後退する事で回避する響、美遊、イリヤの3人。

 

 回避が早かったことが功を奏し、3人は致命的なダメージを受ける前に、ベアトリスの攻撃範囲から離脱する事に成功した。

 

 と、その時、

 

「ちょっとちょっとちょっと、いったこれは何がどうなってんのよ!?」

 

 聞きなれた声が、慌てた調子で叫ぶのが聞こえた。

 

 振り返れば、クロとバゼットが呆れた調子で、変わりゆく城の姿を見ていた。

 

 2人は響の姿がいつの間にか見えなくなっていた事。さらにルビーの姿も無かった事。

 

 この2つの事から、響と美遊がまたぞろ結託して、勝手に敵との戦いに向かった事を察知し、慌てて追いかけてきたのである。

 

「あんたたちはホントにもう・・・・・・」

 

 ため息交じりに頭を抱えるクロ。その額には、見てわかるくらいの青筋が浮かんでいる。

 

「取りあえず、響ッ、美遊ッ あんた達、帰ったらお仕置き確定だからね!!」

 

 クロの言葉に、互いに苦笑する響と美遊。

 

 昨日の今日で、これである。まさしく「舌の根も乾かぬうちに」というやつである。言い訳は不許可だった。

 

 とは言え、

 

 それも後の話である。

 

 徐々に崩壊していくエインズワース城。

 

 その中央に立つダリウスが、尚も苦悶の声を上げている。

 

 次の瞬間、

 

 「ダリウスの姿」が、ずるりと崩れ落ちた。

 

 まるで粘土か何かで作った皮がはがれるように、地面に落ちて泥と化す。

 

 一同が唖然として見守る中、

 

 その下から、ダリウスよりも一回り小柄な人影が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 城の崩壊は急速に進みつつあった。

 

 響がダリウスに「破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)」を突き立てた事で、エインズワースに関わる全ての術式が解除されているのだ。

 

 この城もそう。

 

 もともとこの場所にあった物ではなく、置換魔術を使ってどこか別の場所から持ってきたものである。

 

 それ故に、偽りの城は砂上の楼閣の如く消え去ろうとしていた。

 

 そんな中、

 

 地下通路を進む影があった。

 

 否、正確に言えば小さな足音が聞こえるだけで、その主の姿は見えない。

 

 崩れてくる瓦礫をうまくよけながら、速足で進んでいく。

 

「ひゃー これ早くしないと、置換が解けて僕も生き埋めになるパターンじゃないの? 何だか地味な使い走りやらされてる気がするよ」

 

 嘆息気味に呟いたのはギルの声である。

 

 上で響達がエインズワースの主力たちと戦っている間に、地下空間へと潜入したのだ。

 

 目的は、一つ。

 

「僕もね、君には一度直接会ってみたかったんだよ」

 

 目的となる牢の前までくると「王の財宝(ゲートオブバビロン)」を開放。刃を解き放つ。

 

 放たれた宝具が、扉を一瞬で粉砕する。

 

 突然の衝撃。

 

 牢に幽閉されていた男は、驚きと共に顔を上げた。

 

「だ・・・・・・誰だ?」

 

 かすれた声で問いかける。

 

 対して、

 

 透明化を解いたギルは、瓦礫の上に立って言い放った。

 

「待たせたね。出所の時間だよ、お兄ちゃん」

 

 

 

 

 

 城はほぼ完全に崩壊。

 

 後には、巨大な岩山のみが、禍々しく佇んでいるのが見える。

 

 その岩山を背景に、

 

 その人物は立ち上がった。

 

 体つきはやや華奢な印象がある少年。恐らく高校生くらいだろう。

 

 中途半端に伸ばした髪や色白の肌など、あまり活発な印象はでは無い。

 

 どことなく、図書館などで1人で本を読んでいそうな雰囲気がある。

 

 だが、

 

 およそ考えられる全ての憎悪を凝縮したような瞳は、暗い炎を宿して響達を睨みつけていた。

 

「・・・・・・下らねえ」

 

 絞り出すような声はおどろおどろしく、聞くだけで首を絞められているような錯覚にすら襲われる。

 

「まったくもって下らねえ。テメェら如き、材料に過ぎない奴等が、俺の神話を邪魔するとはな」

 

 憎々し気に放たれる言葉。

 

 そんな青年の言葉を聞き、響達は戸惑いを隠せずにいた。

 

 ダリウスが消え、その下から出てきた青年。

 

「あれ、誰? ダリウスは?」

 

 尋ねる響。

 

 対して、美遊は、緊張の面持ちで返す。

 

「ダリウスじゃない・・・・・・ダリウスはとっくに死んでいる。あそこにいるのは、父親であるダリウスの死を偽装し、亡霊にしがみついた贋作者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エインズワース家現当主。ジュリアン・エインズワース」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第23話「置換」      終わり

 




取りあえず、

前半はブラックコーヒーを飲みながらお読みください(遅

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