Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第21話「伸ばした手の先」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結界を抜け出ると同時に、現れる荘厳な風景。

 

 同時に吹き抜ける温かい空気が、まったく別世界の風となって肌をなでる。

 

 見上げる美遊の視界の先にある城壁。

 

 明らかに西洋風と思える城壁が、更なる違和感を醸し出しているのが分かる。

 

 見る者を圧倒する巨大な城が、押し迫るように聳え立っている。

 

 何度見ても慣れる事のない、異質でおぞましい光景。

 

 まるでこの空間その物が、どこか別の世界なのではないかとさえ思える。

 

 実際に並行世界に行った経験を持つ美遊からすれば、尚の事、そんな風に感じてしまうのだった。

 

 あまりにも歪な風景。

 

 この城その物が、エインズワースの持つ異常性を象徴していると言える。

 

「取りあえず、『お帰り』と言っておこうか、美遊」

 

 緊張した面持ちの少女に対しダリウスは、鷹揚な調子で話しかけてきた。

 

 美遊にとっては、皮肉以外の何物でもない言葉。

 

 兄の助けにより、せっかくここから出られたというのに、敵の手に落ちて、また戻ってきてしまった。

 

 美遊の心に抱える複雑な感情。

 

 ダリウスは恐らく、少女の心情が判っている。

 

 判っていて、あえて少女の心をえぐるようなことを言っているのだ。

 

 お前は我々の物だ。

 

 他に選択肢は無い。

 

 逃げても無駄。

 

 お前は黙って、我々にただ従っていれば良いのだ。

 

 そんな思惑が、透けて見える。

 

 と、

 

 そこで、傍らで控えていたシェルドが恭しく前に出た。

 

「すぐに、儀式の準備に入りますダリウス様。準備が整うまで、今暫しお待ちください」

「ああ、頼む」

 

 シェルドの言葉に、頷くダリウス。

 

 いよいよだ。

 

 いよいよ、自分たちの悲願が叶う。

 

 その、全ての条件が揃ったのだ。

 

 ダリウスは、もう一度、美遊の方を見やった。

 

「さあ、行こうか美遊。君にはやってもらう事が山ほどあるからね。何、私も鬼じゃない、君さえ我々に従ってくれれば、全ての事がうまくいくんだよ」

 

 口元に笑みを浮かべるダリウス。

 

 不気味な笑みの元、男は付け加える。

 

「君のお友達も、お兄さんも、全てが安泰と言う訳だ」

 

 そう、

 

 エインズワースが、美遊に対して行使する絶対的な切り札。

 

 それこそが、イリヤと美遊兄に他ならない。

 

 この2人の生殺与奪を握っている限り、美遊は絶対に自分たちに逆らう事が出来ないのだ。

 

「さあ、美遊様、参りましょう」

 

 そう言って促すシェルド。

 

 この後、美遊の中に眠る聖杯としてのての機能を使い、自分たちの悲願を達成するための儀式を行うのだ。

 

 だが、

 

 立ち尽くす美遊。

 

 そんな少女を、シェルドは怪訝な面持ちで見やる。

 

「美遊様?」

 

 尋ねた瞬間、

 

「生憎だけど」

 

 眦を上げる美遊。

 

 その幼くも可憐な双眸に浮かび上がる、あふれ出るほどの戦意。

 

 少女は、凛とした声で言い放つ。

 

「私は降伏しに戻ってきたわけじゃない」

 

 伸ばされる手。

 

「あなた達、エインズワースを倒すッ そして、イリヤとお兄ちゃんを取り戻すためにここに来た!!」

 

 同時に、少女は叫んだ。

 

「ルビー!!」

《はいはーい!!》

 

 美遊の呼び声に応え、星形のステッキが背後から飛び出してくる。

 

《シークレットデバイスの一つ、「ステルスモード」!! イリヤさんの髪の中に隠れるスキルを極めたわたしですッ 美遊さんの髪の中にだって隠れて見せますよー!!》

 

 そのまま美遊の手に収まるルビー。

 

 同時に、少女の姿は変化する。

 

 迸る閃光。

 

 繭のように広がった光の中で、少女は変身していく。

 

 ピンクのレオタードに白のミニスカート、更に手袋、ブーツ、髪留め。

 

 最後に、鳥の羽のようなマントが羽織われる

 

 可憐な魔法少女姿へ。

 

 戦うための装束を身に纏い、美遊は決意に満ちた眼差しをダリウスへと向ける。

 

「2人を、返してもらう」

 

 ステッキを構えながら、敢然と言い放つ美遊。

 

 対して、

 

「やれやれ、参ったな」

 

 ダリウスは、先程まで浮かべていた笑みを消し、鋭く冷たい瞳を美遊へと向けてくる。

 

「悪い子には、お仕置きが必要だね。たっぷりと」

 

 不気味な声が響く中、

 

 美遊は魔力を込めたステッキを振り翳した。

 

「お下がりを、ダリウス様」

 

 言いながら、シェルドは主を守るように前へと出る。

 

 美遊がステッキを隠し持っていたのは予想外だったが、問題となるような話ではない。

 

 無言のまま、自身の胸に手を掲げるシェルド。

 

夢幻召喚(インストール)

 

 囁かれる低い詠唱。

 

 同時に、衝撃波が青年を包み込んだ。

 

 纏われる、英霊の姿。

 

 銀の甲冑を纏い、背中には長大な大剣を背負った姿。

 

 北欧神話に謳われる大英雄その物の姿がそこにあった。

 

「儀式の事もある。なるべく傷付けるんじゃないよ」

「承知しております」

 

 背後に立つダリウスに頷きを返すと、シェルドは再び美遊に向き直った。

 

「・・・・・・・・・・・・来い」

 

 低い呟きとと共に、大剣を抜き放ち、切っ先を美遊へと向けるシェルド。

 

 その様子を、美遊は緊張した面持ちで眺めていた。

 

 

 

 

 

一方、

 

 遥か塔の上では、同じく魔法少女(カレイドライナー)の姿に変身したイリヤが、アンジェリカと対峙していた。

 

 さしずめ「カレイドサファイア・アナザーフォーム」とでも名付けるべきか。

 

 普段のカレイドルビー姿や、美遊が変身した姿よりも、やや露出度の高い衣装を身に纏った姿。

 

 しかし、姿形がどうあれ、魔法少女としてのイリヤの実力が、それで下がる訳ではない。

 

「・・・・・・その姿は」

 

 警戒したように目を細めながら、アンジェリカが呟く。

 

 彼女としても、突然、イリヤが戦う力を取り戻した事への驚きは隠せないようだ。

 

「ごめんなさい、アンジェリカさん」

 

 そんなアンジェリカに対し、イリヤは頭を下げる。

 

 彼女はイリヤに良くしてくれた。

 

 献身的に世話をしてくれた。

 

 エインズワースと言う敵地の中にあって、それでも尚、イリヤが発狂せずにやってこれたのは、1つにはエリカやシフォンの存在があったから、と言う事もあるかもしれないが、このアンジェリカがいてくれたから、というのも大きかった。

 

「でもやっぱり、私はここにはいられない。みんなのところに帰りたいの」

 

 切実に訴えるイリヤ。

 

 少女の嘆願を聞き、

 

「どうか、無茶はおやめください、イリヤスフィール様」

 

 アンジェリカは真っ直ぐにイリヤを見据え、淡々とした口調で言った。

 

 落ち着いた態度のアンジェリカ。

 

 しかし、同時にいつでも飛び掛かれるように警戒している様子が見て取れた。

 

「あなたがこの城を抜け出す事は不可能。ただ悪戯にケガをするばかりです」

 

 尚も、イリヤを気遣うように語り掛けるアンジェリカ。

 

 ここはエインズワースの工房。

 

 置換魔術を縦横に駆使して迷宮化した城の区画は、何人にも突破は不可能。

 

 その絶対の自信が、アンジェリカの態度には現れていた。

 

「そんなの、やってみなくちゃ判らないでしょ」

 

 強気の態度を崩さないイリヤ。

 

 その瞳には既に戦意が浮かび、アンジェリカを真っ向から見つめている。

 

 できれば戦いたくない。

 

 だが、邪魔をするなら、倒してでも出て行く。

 

 イリヤの瞳は、そのように語っていた。

 

「・・・・・・・・・・・・決意は固い、ですか」

 

 どこか諦念したように、アンジェリカは呟く。

 

 目の前にいる小さな少女。

 

 その強い意志を反意させる事は不可能。そう判断せざるを得なかった。

 

「ならば・・・・・・いたし方ありません」

 

 取り出すカード。

 

 弓兵の絵柄が描かれたカードを掲げ、サッと、腕を水平に振るうアンジェリカ。

 

 同時に、その姿は一変する。

 

 金色の甲冑を纏った英霊の姿。

 

 英雄王ギルガメッシュ。

 

 かつて、向こう側の世界における地下世界で対峙した時そのままの強大な英霊の姿で、アンジェリカはイリヤを睨む。

 

「少々手荒ですが、お許しを」

 

 言いながら「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」を開くアンジェリカ。

 

 空間に開く門。

 

 その中から、宝具の刃が一斉に射出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想はしていた事がが、戦況は美遊にとって、決して良い物ではなかった。

 

 大剣を振り翳して斬り込んでいくシェルド。

 

 その一撃を、水平方向に飛びのく事で辛うじて回避する美遊。

 

 同時に、手にしたルビーを真っすぐにシェルドへと向ける。

 

砲射(シュート)!!」

 

 放たれる魔力弾。

 

 威力はそれほど高くない。しかし、それでも牽制くらいにはなるはず。

 

 そう思っていたのだが、

 

「無駄だ」

 

 低い呟きと共に、シェルドは飛んできた魔力弾を、左腕の手甲で弾いてしまった。

 

 その姿に、美遊は思わず息を呑む。

 

 ある意味で、予想通りと言えるかもしれない。

 

 これまでシェルドの戦い振りは、響との交戦で見てきたが、少年の攻撃はこの英霊に全く傷をつける事ができないでいた。

 

 と言う事はつまり、並の攻撃では用を成さないと言う事である。

 

《やっぱりチート級ですねー あの防御力は》

「予想していた事。けど、必ず隙はあるはず」

 

 ルビーのぼやきに答えながら、美遊は駆ける。

 

 どんな英霊であっても、必ず伝承された逸話がある以上、その逸話に基づいた特性である事に変わりはない。

 

 そして、いかな無敵に見える英霊であったとしても、必ず「弱点」は存在するのだ。

 

 ならば、その弱点を突く事が出来れば勝てるはずだった。

 

 美遊の視線の先には、こちらを見つめるダリウスの姿がある。

 

 腕組みをして、口元には薄笑いを浮かべ、美遊が足掻く様子を見物している。

 

 いら立ちが募る。全てが、あの男の手の内なのかと猶更だった。

 

 できる事なら、今すぐにでも吹き飛ばしてやりたくなる。

 

 だが、

 

「戦いの最中によそ見とは、随分と舐められたものだ」

「ッ!?」

 

 距離を詰めたシェルドが、真っ向から大剣を振り下ろす。

 

 対抗するように、ルビーを振り翳す美遊。

 

「物理保護!!」

 

 展開される障壁。

 

 刃がぶつかり、激しい衝撃が襲い掛かる。

 

 次の瞬間、

 

「キャァッ!?」

 

 障壁が砕け散ると同時に、美遊は後方に大きく吹き飛ばされる。

 

 それでもどうにか体勢を立て直し、少女は地面に着地する。

 

 だが、

 

《美遊さん、危ない!!》

 

 悲鳴じみたルビーの警告に、ハッとして振り返る。

 

 その視線の先には、漆黒の塊を構えたルヴィアの姿がある。

 

「サーヴァントカード限定展開(インクルード)、『無銘・弓』」

 

 無機質な言葉と共に、無数の矢が美遊目がけて放たれる。

 

 魔法少女に殺到する、闇の矢。

 

「クッ!?」

 

 美遊は舌打ちしながら、とっさの地面を転がるようにして回避。

 

 ルヴィアの放った矢は、地面をえぐるにとどまる。

 

 だが、

 

「サーヴァントカード限定展開(インクルード)、『無銘・大剣』」

 

 今度は凛だ。

 

 息つく暇もなく、手には長大な闇の剣を握って斬りかかってくる。

 

 対して、美遊はルヴィアの攻撃を回避した直後である為、とっさに身動きが取れない。

 

 次の瞬間、

 

 凛が振り下ろした巨大な剣が、倒れている美遊を直撃した。

 

 

 

 

 

 狭い室内だから、アンジェリカが攻撃を控える。

 

 などと言う事は、全く無かった。

 

 「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」から射出された宝具が、切っ先を揃えて一斉にイリヤへと殺到する。

 

 その刃を見据え、イリヤも動いた。

 

「サファイア、物理保護!!」

《了解です、イリヤ様》

 

 冷静に答えるサファイア。

 

 同時に、イリヤの前面に障壁が展開され、飛んできた宝具を次々と防いでいく。

 

 激突する、宝具と障壁。

 

 だが、

 

「防ぎ、きれないッ!?」

《威力が違いすぎます》

 

 悲鳴じみたイリヤの声と共に、破られる障壁。

 

 だが、イリヤも負けていない。

 

 飛んでくる宝具を絡め取るように、次々と障壁が多重展開させる。

 

 1枚でダメなら2枚。2枚でダメなら3枚。3枚でもダメなさらに・・・・・・

 

「ぬッ?」

 

 その様に、アンジェリカも警戒して声を上げる。

 

 アンジェリカの放った宝具は、イリヤの障壁を次々と破砕するも、徐々に勢いを弱め、ついには停止して床に転がる。

 

 以前、対バゼット戦でもイリヤが使った、障壁の同時展開。

 

 自力ではかなわなくても、戦いようはいくらでもあると言う事だった。

 

《イリヤ様、場所を変えましょう》

 

 攻撃がひと段落したところで、サファイアが提案してきた。

 

《この狭い場所では、こちらが不利です。より広い場所に出ましょう》

「わ、判ったッ」

 

 頷くイリヤ。同時に視線は、傍らの窓へと向けられる。

 

 イリヤの思考を読んだのだろう。アンジェリカも素早く動く。

 

「行かせませんッ」

 

 「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」から剣を取り出し、イリヤに直接斬りかかる。

 

 振り下ろされる刃。

 

 だが、行動はイリヤの方が早い。

 

「ごめんなさい!!」

 

 素早く魔力弾を窓へと撃ち放つイリヤ。

 

 衝撃と共に、壁に大穴が空く。

 

 そこへ、イリヤは迷う事無く飛び込んだ。

 

 と、

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・はい?」

 

 イリヤは思わず、間の抜けた声を発する。

 

 窓を開けた瞬間、

 

 イリヤの目の前に広がっていたのは、空、

 

 ではなく、城の庭の風景だった。

 

 周囲を壁に囲まれている所を見ると、恐らく中庭か何かなのだろう。

 

 窓から飛び出した先に、このような場所が繋がっていようとは夢にも思わなかった。

 

「これが、サファイアの言っていた置換魔術って奴?」

《はい。本来なら、錬金術から派生した系統の魔術で、原理的におよそ劣化交換にしか至れない、下位の互換魔術に過ぎないはずなのですが・・・・・・・・・・・・》

 

 言葉の語尾を濁すサファイア。

 

 しかし、ここまでの状況を見るに、サファイアの言うような「大したことない」魔術には思えない。

 

 それくらいは魔術的に素人のイリヤにも想像ができた。

 

「否定はしません」

 

 背後からの声に、ハッとなって振り返るイリヤ。

 

 そこには、後を追ってきたアンジェリカの姿があった。

 

 「王の財宝(ゲートオブバビロン)」を開き、宝具の切っ先を向けながらゆっくりと近付いてくる。

 

「しかし、それのみに特化した、我らエインズワースを、甘く見ない事です」

「クッ!?」

 

 とっさに反撃に転じるべく、サファイアにありったけの魔力を込めるイリヤ。

 

 幸い、ここは先ほどの塔の部屋よりも広い空間。自由に攻撃する事ができる。

 

極大(マクスキィール)散弾(シュロート)!!」

 

 一斉に放たれる、無数の魔力弾。

 

 広範囲に散らして、目晦ましを仕掛ける作戦である。

 

 その隙に、この場を離脱する。

 

 そう考えたイリヤ。

 

 だが、

 

「甘いです」

 

 低いアンジェリカの呟き。

 

 同時に、彼女の前面の空間が開き、全ての魔力弾が呑み込まれていく。

 

 次の瞬間、

 

 「イリヤが放った魔力弾」が、彼女自身の背後から襲い掛かってきた。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 悲鳴を上げて地面に転がるイリヤ。

 

 いったい何が起きたのか?

 

 答えは、またしても置換魔術である。

 

 アンジェリカは自身の前面に置換魔術を展開。空間をイリヤの背後につなげて素通りさせ、イリヤを自爆させたのだ。

 

 倒れ込むイリヤ。

 

 まさか、こんな風に自分の攻撃を食らうとは思っても見なかった。

 

「もう、おやめください」

 

 そんなイリヤに、アンジェリカは諭すように言った。

 

「あなたでは私に勝てない。それはもう、お分かりのはず」

「ッ」

 

 唇を噛み占めるイリヤ。

 

 確かに、アンジェリカが纏う英霊は最強だ。それ加えて、攻防において完璧と言っても良い置換魔術の行使。今のイリヤでは、勝ち目は薄いのは明白だった。

 

「でも、それでもッ」

「それに」

 

 勢い込んで言い募ろうとするイリヤを制して、アンジェリカは続けた。

 

「この戦いは、意味の無い物です。我らにとっても、そしてイリヤスフィール様、あなたにとってもです」

「それは・・・・・・どういう事?」

 

 訝るイリヤ。

 

 対して、アンジェリカはスッと目を閉じると、「王の財宝(ゲートオブバビロン)」を閉じる。

 

「イリヤスフィール様、あなたは誰と、なぜ戦ってるのか、本当に理解しておいでですか?」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言葉を濁らせるイリヤ。

 

 言われてみれば確かに、イリヤは何も判っていない。

 

 そもそもエインズワースとは何者なのか?

 

 なぜ、美遊を狙っているのか?

 

 そしてなぜ、自分は彼女達にさらわれて監禁されていたのか?

 

 イリヤには、そこら辺の事情が何も分からないまま、戦いに巻き込まれていたのだ。

 

「・・・・・・お話ししましょう。我らの目的を。そして、あなたや美遊様が、果たすべき役割を」

 

 そう告げると、アンジェリカは語りだした。

 

 その内容については概ね以前、響が言峰神父(兼ラーメン屋店主)に聞かされた内容と同じである。

 

 地軸の傾斜と、それに伴う季節の大幅な変動。

 

 マナの枯渇。

 

 そして、ドライスポットへの有害物質の充満。

 

 いずれ確実に、滅びゆく人類。

 

「そんな・・・・・・そんな事が・・・・・・」

「事実です。早ければ人類は、あと10世代ほどで滅亡の道をたどる事になるでしょう」

 

 淡々と告げるアンジェリカ。

 

 対してイリヤは、完全に言葉を失う。

 

 近い将来、人類が滅びる。

 

 果たして、それを実際に事実として聞かされる日が来ると、誰が予想しえただろうか?

 

 価値観が根底から崩れる、とはこの事だろう。

 

 世界を救おうとするエインズワースと、

 

 それを拒む自分。

 

 正義がいずれにあるかは、考えるまでもない事だった。

 

「故に、我らが聖杯に願う事はただ一つ。在来人類の継続。その為にイリヤスフィール様、あなたや美遊様の存在が不可欠なのです」

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 足元が、揺らぐ。

 

 何が正しくて、何が間違っているのか。

 

 イリヤには判らなくなり始めていた。

 

「さあ、イリヤスフィール様」

 

 言いながら、手を差し伸べてくるアンジェリカ。

 

 さあ、我が手を取れ。

 

 それが、この世界を、全ての人々を幸せにする唯一無二の方法なのだから。

 

 アンジェリカの手は、無言でそう語っている。

 

「あ・・・・・・あぁ・・・・・・」

 

 震えるイリヤ。

 

 その手がゆっくりと延ばされ、

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イリヤ、駄目!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今にも崩れ落ちそうなイリヤ。

 

 そのイリヤを守るように、小さな影が舞い降りる。

 

「やらせない」

 

 降り立つ少女。

 

「イリヤは、私が守る」

 

 美遊は、鋭い声で言い放った。

 

 

 

 

 

第21話「伸ばした手の先」      終わり

 


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