Fate/cross silent   作:ファルクラム

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ちょっとした息抜き的な話を書きたかったので。


番外編2「そして、ふりだしに戻る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、ある日の昼下がりの事だった。

 

 夏休みに入り、ますます日差しが強くなり始めている。

 

 日差しと気温と気だるさの連合軍に侵略され、道行く人々は皆、自然と足が重くなっている。

 

 だが、

 

 そんな事などお構いなしの集団がいる。

 

 元気溌剌な小学生にとって、この程度の日差しなど「熱めのシャワー」でしかない。

 

「あと、どれくらい?」

「ええと、お兄ちゃんに頼まれたお茶と、リズお姉ちゃんに頼まれたお菓子とジュース、それにセラからは・・・・・・」

 

 尋ねる弟に、姉は指折り数えながら買い物リストを確認していた。

 

 衛宮響とイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの姉弟は、暑い日差しをそれぞれ帽子で遮りながら、マウント深山商店街を目指して歩いていた。

 

 その傍らには、やれやれと言った足取りで追随してくるもう1人の姉弟、クロエ・フォン・アインツベルンの姿もある。

 

 いかにもやる気が感じられない態度のクロ。

 

 「お使い」なんぞ柄ではないが、弟妹2人が揃って出かけるのに、自分だけハブられるのは、それはそれでいやだからついて来た。と言ったところではなかろうか?

 

 そして、もう1人。

 

「ごめんね、美遊にまで付き合って貰っちゃって」

「別に良い。今日の分の仕事は終わっていたから、ルヴィアさんにも許可をもらったし」

 

 美遊・エーデルフェルトは、そう言って微笑む。

 

 本来なら衛宮家の買い物につき合う必要のない彼女だが、この後、外に出たついでに、どこかで遊んで帰ろうと計画した一同は、親友である美遊にも声を掛けたのである。

 

「まったく、イリヤもヒビキも真面目よね」

 

 クロは姉弟たちを見ながら、ぼやくように呟く。

 

「買い物なんて適当に終わらせて、後は遊びに行けばいいじゃん」

「ダメだよクロ。せっかくセラ達に頼まれたんだから」

 

 頬を膨らませて抗議するイリヤ。

 

 実際の話、メイド2人と、そのメイドたちに能力的に劣らないスーパー家政夫(兄)がいる衛宮家では、子供たちが主体となって家事をする事は少ない。

 

 だが今回は、いささか事情が異なった。

 

 数日後に、家族総出で旅行に行くことを計画している衛宮家では今、家事の消化で大わらわになっていた。

 

 大掃除さながらの清掃と、ある程度の日用雑貨品の買い置き、帰って来た時に備えて保存のきく食料の備蓄、等々。

 

 家庭内がそんな感じな為、メイド姉妹と士郎だけでは手が足りず、こうして小学生組も家事手伝いに駆り出されていた次第である。

 

「楽しみだよねー 温泉。去年以来だったっけ?」

「ん、確か」

 

 イリヤに言葉に、頷きを返す響。

 

 先年も、衛宮家では家族旅行として温泉に出かけている。今回はクロも一緒と言う事で、また去年と同じ宿に行く予定だった。

 

「去年は、あんまり楽しめなかった」

「あー それは、ねー」

 

 響の呟きに、イリヤは苦笑しながら頬を掻く。

 

 去年の旅行の時、響はまだ衛宮家の空気に完全には慣れておらず、本人もイリヤ達も、互いにどう接すれば良いか分からないせいで、終始、微妙な空気のまま旅行は終わってしまった。

 

 あれから1年が経ち、響もだいぶ家族になじんできている。今年こそはもっと楽しんで旅行をしたい、という思いがあった。

 

「今年は、楽しもうね」

「ん」

 

 イリヤの言葉に頷きを返す響。

 

 と、そこでクロが、何かを思いついたように口を開いた。

 

「そうだ、どうせなら、ミユも一緒に行かない?」

「私も?」

 

 突然話を振られた黒髪の少女は、キョトンとした顔をする。

 

 そこへ、畳みかけるようにクロは言った。

 

「そうしようよ、絶対その方が楽しいでしょ」

「で、でも・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀む美遊。

 

 いきなりそんな事を言われたら、戸惑うのも無理ない話であろう。

 

 なぜ、クロがいきなりそんな事を言ったのか?

 

 その根底には、響の存在があった。

 

 チラッと響を見やるクロ。

 

 響が密かに、美遊に想いを寄せている事をクロは知っている。

 

 もっとも、美遊は勿論、とうの響本人ですら、その事を自覚していない可能性が高い。

 

 はっきり言って、傍で見ているとじれったいくらいである。

 

 何とかしてやりたい。

 

 可愛い弟の為に、一肌脱いでやりたい。

 

 そんな想いが、クロを突き動かしたのだ。

 

 と、

 

 言うのは100パーセント、完全無欠、混じりっ気なしに「建前」に過ぎない。

 

 本音は、「ヒビキとミユを同じ空間に放り込めば、何か面白イベントが起きるかもしれない」と言う、お祭り根性の発露に他ならなかった。

 

 まったく、当の本人たちからすれば有難迷惑以外の何物でもない話である。

 

 の、だが、

 

 幸か不幸か、そのクロの思惑がのちに実際に的中してしまうから恐ろしい話である。(詳しくは2wei!編29話参照)

 

 まあ、それはまだ後の話である。

 

 今はさっさとお使いを終えて遊びに行きたい、というのが最優先事項だった。

 

 と、その時だった。

 

「ん」

「どうかしたの、ヒビキ?」

 

 突然足を止めた弟を、イリヤはいぶかる様に首をかしげながら振り返る。

 

 その響はと言えば、首を横に向けて別の方向を向いていた。

 

「・・・・・・雀花?」

「え?」

 

 釣られて、イリヤ、美遊、クロも振り返る。

 

 すると、

 

 視界の先、人込みの陰から、見覚えのある少女の姿が垣間見えた。

 

 やや背の高い、眼鏡を掛けた少女。

 

 間違いなく、クラスメイトの栗原雀花だった。

 

「ほんとだ、雀花、こんな所で何してるんだろう?」

「それに、何だか焦ってるみたいよ」

 

 イリヤとクロは言いながら、首をかしげる。

 

 確かに、雀花は焦ったように、忙しなく周囲を見回している。

 

 やがて、雀花もこちらに気付いたのだろう。手を振りながら近づいてくるのが見えた。

 

「よ、良かった、お前らもこっちに来てたんだなッ」

「どした、雀花?」

 

 息を切らし気味の雀花に、響が首をかしげながら尋ねる。

 

 いったい彼女は、何をそんなに焦っているのだろうか?

 

 やがて、息を整えて落ち着いた雀花が顔を上げる。

 

「頼むッ 助けてくれ!!」

 

 いったい、何事なのか?

 

 訝る一同に、雀花は更に続けた。

 

「このままじゃ龍子が、犯罪者になってしまう!!」

「「「「・・・・・・・・・・・・は?」」」」

 

 はっきり言って、ますます意味不明な事態になったのは間違いなかった。

 

 

 

 

 

 そこにあったのは、凄惨な光景だった。

 

 思わず、目をそむけたくなるような悲惨な状況。

 

 見れば誰もが、あまりにも無残さに思わず絶句する事だろう。

 

 それ程までの悲劇が、そこには存在していた。

 

 一同が悲痛な視線を向ける先。

 

 そこには、

 

 腹をパンパンに膨らませた嶽間沢龍子が、青い顔をしてひっくり返っていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「何でこーなった?」

 

 完全に気を失っている龍子。

 

 その口元からは白い物体がはみ出ており、時折うわごとのように「に・・・・・・にくまん」などと呟いていた。

 

 ここは商店街の一角にある肉まん屋。ちょうど昼過ぎと言う事もあり、今こうしている間にも、食欲をそそられる匂いが店内から漂ってくる。

 

 龍子は、そのカウンター席でひっくり返っていた。

 

 完全に白けた調子で龍子を見る一同。

 

 対して雀花は、嘆息交じりに壁の張り紙を指差す。

 

「あれだよ?」

 

 促されるまま、視線を向ける一同。

 

 雀花が指差した張り紙には「超ジャンボ肉まん。10分以内に完食できれば何とタダ!! ただし完食できなければ、罰金1万円いただきます」などと言ううたい文句が書かれていた。

 

 どうやら、龍子の口元からこぼれ出ているのは肉まんの生地らしい。

 

「え、タツコ、これやったの!?」

「ああ、『俺にはできる筈だ』とか言ってさ」

 

 呆れ気味に呟く雀花。

 

 龍子は仲間内では、最も体格が小さい。

 

 そこに来て、ここの肉まんは直径で30センチ以上あり、子供なら一抱えはありそうな大きさである。

 

 ぶっちゃけ、大人でも完食が難しい代物である。

 

 どこぞの世界の、どこぞのハラペコ騎士王ならともかく、少なくとも龍子に完食できる物でない事だけは確かだった。

 

「どうして止めなかったの、雀花も一緒にいたんでしょ!?」

「仕方ないだろッ 止めようとした時には、もう龍子はガブっと行っちゃってたんだよ!!」

 

 言い募るイリヤに、雀花は抗弁する。

 

 普段なら、暴走する龍子を割と無理やり(手荒に)止めるのが、彼女や森山那奈亀の役割なのだが、どうやら今回はそれも間に合わなかったらしい。

 

「どうすんのよ? 1万円なんて、わたし達じゃ用意できないよ」

 

 途方に暮れるイリヤ。

 

 既にお使いの買い物もあらかた済ませており、財布の中身には1000円ちょっとしか残っていない。

 

 そもそも友達の為とは言え、こんな阿呆な事にお金を使いたくなかった。

 

「それで、何すれば?」

 

 事情は分かったが、イマイチ自分たちが引っ張って来られた意味が分からない響は、そう言って首をかしげる。雀花とて、響達には金の用意ができない事くらい承知しているだろう。となると、何か別の対策があると見た。

 

 そこで、雀花は申し訳なさそうに言った。

 

「店長さんは、わたし達が客引きして、1万円分の売り上げを稼げば、許してくれるって言ってるんだ」

「つまり、それって・・・・・・・・・・・・」

 

 クロが苦笑交じりに呟く。

 

 何となく、この後の展開が予想できた顔だった。

 

 そして、その考えは間違っていなかった。

 

「おう、みんなも来てたのか」

「あはは、これも、龍子ちゃんの為だもんね」

 

 聞きなれた声に振り返る一同。

 

 果たしてそこには、

 

 友人でクラスメイトの、森山那奈亀。桂美々の両名が手を振りながら立っていた。

 

 だが、

 

 見慣れているはずの2人はしかし、あまり見慣れない格好をしていた。

 

 半袖のワンピース。ただし、裾は見慣れないくらいに長く、殆どつま先を覆うくらいの長さである。

 

 おまけに、側面には足先から腰のあたりまで、長い切れ目(スリット)が入っている。

 

 ぶっちゃけて言えば、美々と那奈亀はチャイナドレス姿だった。

 

「まったく、いきなり電話で呼び出すから何事かと思ったよ」

 

 そう言って、やれやれと苦笑する那奈亀。どうやら彼女からしてみたら、龍子の騒動に巻き込まれるのは慣れっこになっているのだろう。

 

 一方の美々はと言えば、やはり恥ずかしいのか、少し顔を赤くしていた。

 

「頼むッ 迷惑なのは分かっている。けど、これも龍子の為なんだッ 力を貸してくれ!!」

 

 そう言って、手を合わせる雀花。

 

 対して、イリヤ達は困惑した調子で顔を見合わせる。

 

 正直、面倒くさいことこの上ない。

 

 とは言え、友人が困っているのに、見て見ぬふりをするのも、色々と後味が悪い。

 

 そんな訳で、一同は不承不承ながら、手を貸す事になったのだった。

 

 

 

 

 

~それから暫く~

 

 

 

 

 

 あてがわれた控室から出てきた少女たちは、皆、それまでと装いが一変していた。

 

 チャイナ服を身に纏った、美遊とイリヤ。

 

 それぞれイリヤは白、美遊が青のチャイナ服を着ている。

 

「あう~ まさかこんな事になるなんて」

「非合理的」

 

 嘆息交じりのイリヤと美遊。

 

 まさか買い物に来て、コスプレをする羽目になるとは思っても見なかった。

 

 とは言え、

 

 片や西洋人形のような愛くるしさを持つイリヤ。

 

 片や日本人形のような静謐な美しさを持つ美遊。

 

 小学生としては水準を超える美少女2人である。どんな格好をしても可愛らしさは際立っていた。

 

 2人そろうと、そこだけが別世界の空間のようだ。

 

「ところで、クロ達は?」

 

 そう言って周囲を見回すイリヤ。

 

 その時、

 

「やーーーーだーーーー!!」

 

 突然聞こえてきた悲鳴じみた声。

 

 何事かと振り返ったイリヤが見たのは、自分達同様にチャイナ服を着たクロの姿だった。

 

 だが、

 

「やだやだやだーッ!!」

「あーもー!! じれったいわねッ 覚悟決めなさいッ 男の子でしょ!!」

「やだってばー!!」

 

 控室からむりやり引っ張り出すクロ。

 

 次の瞬間、

 

「「んなッ!?」」

 

 美遊とイリヤは、同時に絶句した。

 

 クロに無理やり引っ張り出された響。

 

 その姿は、チャイナドレス姿、

 

 ではなかった。

 

 その代わり、縁に白いフリルの装飾が入った、ピンクのブラウスとスカート、腰には白いエプロンを付け、頭にはヘッドドレスまで飾っている。

 

 可愛らしい「メイドさん」の姿をした響が、そこにいた。それも、美遊や遠坂凛が着ている正当なメイド服ではなく、どちらかと言えば秋葉原辺りに多く居そうな、喫茶店系のメイドさんである。

 

 口をあんぐりと開けて、響を見つめるイリヤと美遊。

 

 当然、響からすれば滅茶苦茶恥ずかしいらしく、顔を真っ赤にして俯いている。

 

 そんな中1人、いい仕事をしたとばかりに、クロは満面の笑みを浮かべていた。

 

「いや~ 『素質』はあると思っていたけど、まさかここまで似合うとはね。我が弟ながら、末恐ろしいわ」

 

 いったい何の「素質」なのか?

 

 それにしても強制的に女装させておいて「男の子」も無い物である。

 

「い、いや、何で響まで、ていうか何でメイド?」

 

 恐る恐ると言った感じに尋ねるイリヤ。

 

 対して、メイド服の響は未だに俯いたままだった。

 

 そもそも、他のみんなはチャイナ服なのに、なぜに響だけはメイド服なのか?

 

「チャイナ服はもう品切れだからって、店長さんがこれ貸してくれたの。何か趣味らしいよ」

「いや、どんな趣味なのよ!?」

 

 ツッコむイリヤ。

 

 こんなメイド服(しかも小学生サイズ)など、ナニに使うつもりだったのか?

 

 世の中には、小学生には知らなくても良い世界というのも確かに存在するのだった。

 

 だが、

 

 イリヤと美遊は、改めて響を見やる。

 

 自分達よりも小柄な響。まだ成長期に入りたてな為、体つきは華奢で、顔つきも中性的であるから、こんな格好をすれば女の子にしか見えない。

 

「・・・・・・お願い、見ないで」

「「ッ!?」」

 

 視線を集中され、目に涙を浮かべて恥ずかしがる響。

 

 こんな格好させられたら、それは健全な小学生男子としては恥ずかしいだろう。

 

 ましてか、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 チラッと、美遊に目をやる響。

 

 好きな女の子に見られているとあっては猶更である。

 

 その姿に美遊も、思わず顔を赤くして顔をそむける。

 

 更にイリヤは、口と鼻を押さえて何やらブツブツ呟いている。

 

「ダメ・・・・・・ダメだよ、わたし・・・・・・そんな事絶対ダメッ ヒビキは大事な弟なんだから」

 

 響の姿に悶える(イリヤ曰く「変なスイッチが入る」)のを必死に堪えるイリヤ。

 

 少女の呟きが、響に聞こえなかったのは幸いだろう。もし聞こえていたら、姉弟間で仁義なき戦いが勃発しかねない。

 

 どうにか、辛うじて、イリヤの理性は暴発するぎりぎりで耐えていた。

 

 だが、

 

 世の中には「耐える必要が無い者」や、「あえて色々捨てられる者」もいる訳で、

 

 ガシッ

 

「ッ!?」

 

 突然、背後から肩を掴まれる響。

 

 恐る恐る振り返ると、

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 息も荒く、明らかに目を血走らせた雀花の姿があった。

 

「ちょッ す、雀花?」

 

 雀花はまるで「逃がさない」と言わんばかりに、響の両肩をガッチリと正面から掴む。

 

「ひ、響、お前って、こんなに可愛かったんだなッ」

「ちょッ」

 

 男なのに女装させられて、友人女子から迫られる。

 

 絵面として、かなりひどいのは間違いないだろう。

 

 眼前に迫った雀花は、更に鼻息も荒く響に迫ってきている。もはや、目の焦点すら合っていなかった。

 

「す、雀花、放して」

 

 よく分からないが、本能的に「何か大事な物を奪われそうな感じ」がした響。

 

 とっさに雀花を振り払おうとした。

 

 だが、

 

 不幸な事に、この場にはもう1人、雀花の「類友」がいた。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 使いまわし的な荒い息遣いがもう一つ。

 

 恐る恐る振り返ると、

 

 美々が何やらスマホを構え、横から響に迫ってきていた。

 

「み、、み、美々?」

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ひ、響君ッ!! 写真、撮って良いかなッ!? 良いよね!?」

 

 品行方正な友人の、あまりと言えばあまりな変貌ぶりにドン引きする響。

 

 いったい何があったのか? 正直、考えたくもない。

 

 の、だが、

 

 実際の話、今の響にとってはそれどころではない。

 

「な、なあ、響、スカートの中ってどうなってるんだ? ちょ、ちょっとめくっても良いか?」

「やだッ それやったら絶交!!」

 

 とんでもない事を言い出す雀花に、涙目ながら抵抗を示す響。

 

 因みに、スカートの中には、クロに無理やり穿かされた、女の子物のパンツがある。

 

 これも、店長の私物らしい。

 

 取りあえず、響はキレて良いと思う。

 

 の、だが、

 

 繰り返すが、今の響はそれどころではなかった。

 

「ちょっとだけ、ちょっとだけ、な?」

「1枚で良いから!!」

 

 迫る、雀花と美々に、抵抗できずに後退する響。

 

 どうやら、響のか細い抵抗が、却って火を点けてしまった感がある。

 

 響は体格的に小さい為、美々ならともかく、雀花相手で力負けしてしまう。

 

 このまま、少年は毒牙に掛けられてしまうのか?

 

 そう思った、次の瞬間、

 

 ビシッ ビシッ

 

「はわッ!?」

「あうッ!?」

 

 突然、糸が切れたように倒れる雀花と美々。

 

 その背後から、手刀を構えた美遊が姿を現した。

 

「・・・・・・美遊?」

「狼藉は許さない。響は、私が護る」

 

 親友の頼もしい言葉に、思わず涙が出てくる。

 

「あ、ありがと、美遊」

 

 窮地から脱した感動に、響は思わず美遊の手を取る。

 

 だが、

 

 明らかに「女の子然」としている関係で、普段より可愛さ倍増の響(因みにこれからしばらく後、2人は晴れて恋人同士になる)。

 

 そんな響の姿を見て、

 

「ッ!?」

 

 思わず目を逸らす美遊。

 

 その顔は、ほんのり朱に染まっているのが見て取れた。

 

「美遊、どした?」

「な、何でもない」

 

 そう言ってそっぽを向く美遊。

 

 そんな美遊を、響は不思議そうに眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何はともあれ、

 

 盛大な紆余曲折はあった物の、一同は商店街の大通りに繰り出して客引きに励むのだった。

 

 (とってもやりたくないが)これも友の為、龍子の為である。

 

 文字通り一肌脱ぐのが友情と言う物だった。

 

「肉まん、いかがですかー?」

「熱々の肉まんー!!」

「とっても美味しいですよー!!」

 

 少女たちが走り回りながら、肉まんを一生懸命宣伝している。

 

 復活した美々や雀花。そして那奈亀が走り回っている様子が見られる。

 

 そんな中、売り方にも「個性」と言う物が出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

~クロエ・フォン・アインツベルンさんの場合~

 

 道行く男が、少女にくぎ付けになる。

 

 白地のチャイナドレスが、褐色肌によくマッチした少女。

 

 蠱惑的な瞳が、男の心を捉える。

 

「ねえ、お兄さん・・・・・・」

 

 少女は視線を流しながら、チャイナドレスのスリットを、ほんの少しだけ持ち上げる。

 

 ただそれだけで、魅惑の魔法が振りまかれたようだ。

 

 クロは更に、胸元を暑そうに少し緩め、肌をさらけ出す。

 

 男は生唾を呑み込む。

 

 明らかに、少女の放つ魅惑のフェロモンに憑りつかれていた。

 

「私の肉まん、食べて行かない?」

 

 耳元で囁くクロ。

 

「ねえ、お・に・い・さ・ん」

「クロ、アウトォォォォォォ!!」

 

 

 

 

 

~美遊・エーデルフェルトさんの場合~

 

「肉まん、いかがですか?」

「肉まんです、どうですか?」

 

 比較的、まともに宣伝する美遊。

 

 冷静な彼女らしいやり方であろう。

 

 とは言え、今回は、彼女のそうした性格が裏目に出ている。

 

 声が小さく淡々としたしゃべりの美遊の声は、道行く人には殆ど聞こえていなかった。

 

 宣伝するなら、もっと大きな声でやらなくてはならない。そこのところ、美遊には欠けていると言わざるを得なかった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊にも、そこら辺の自覚はあるようだ。

 

 意を決すると、再度、口を開いた。

 

「肉まんとは、小麦粉などを捏ねて発酵させて作った皮に、豚肉、玉ねぎなどの具を詰めて蒸した物です。歴史的には・・・・・・」

「ミユーッ!! そんな詳しい説明いらなくないッ!?」

 

 

 

 

 

~栗原雀花さん、森山那奈亀さん、桂美々さんの場合~

 

「よし、作戦通りにやるんだ」

「良いな、美々、お前が一番適役だ」

 

 何やら、美々を焚き付けている雀花と那奈亀。

 

 この時点で既に、嫌な予感しかしなかった。

 

 意を決すると、美々は前に出る。

 

 そして、目の前の男性を涙目で見上げる。

 

 何事かと男性が戸惑っていると、美々は俯き加減にたどたどしく口を開いた。

 

「あの・・・・・・友達が、困っているんです・・・・・・だから、あの・・・・・・助けて、ください」

「何か、すごく不健全な気がするんですけどー!?」

 

 

 

 

 

 イリヤ(ツッコミ)が大活躍する中、成果は思うように上がらなかった。

 

 無理も無い。

 

 時刻は昼過ぎ。

 

 昼食には遅く、夕食にはまだ早い。そんな中、肉まんを買おうと言う人は少なかった。

 

 目標額の1万円には、まだまだ遠い状況である。

 

「「は~~~~~~~~~~~~」」

 

 背中合わせにベンチに座りながら、深々とため息を吐く、イリヤ、響の姉弟。

 

 片やツッコミ、片や女装で、既に2人とも疲労感MAXだった。

 

「ほんと、疲れるね」

「ん、まったく」

 

 やれやれとばかりに肩を竦める。

 

 お使いに来ただけなのに、とんだ事になったものである。

 

 買い物した後は、ゲーセンでも行って遊ぼうと思っていたのが、完全に予定が狂ってしまった。

 

「まあ、もう少し頑張ろう」

「ん」

 

 イリヤが差し出したペットボトルの蓋を開け、中の水を飲む響。

 

 疲れて熱くなった体が、水分によって急速に冷やされていくのが分かる。

 

 と、

 

 その時だった。

 

「うわー 何この子達、可愛いィ!!」

「髪キレー!! 肌白ーい!!」

「こっちの子も、小っちゃくて可愛い!!」

「それでチャイナ服とメイドさんだよッ 反則だよねー!!」

「「はえ?」」

 

 突然の事態に、そろって目を丸くする響とイリヤ。

 

 見れば、いつの間にか制服姿の女子高生たちに、2人は包囲されているた。

 

 どうやら昼も終わり、部活帰りの女子高生たちが、寄り道すべく商店街に集まってきていたようだ。

 

 そんな中で、並んで座っている美少女2人(1人女装)を見つけ、群がって来た、という次第のようだ。

 

「ほんと、お人形さんみたい!!」

「え、えっと・・・・・・」

「ねえねえ、あなた達何してるの? コスプレゴッコ?」

「い、いや、そうじゃなくて・・・・・・」

「どっかに案内してくれるんでしょ、連れてってよ」

「あ、あう・・・・・・」

「特殊なサービスとかもしてくれるの? あなた達を好きに着せ替えできる、とか」

「んん!? ないない、それは無い!!」

「ただの肉まん屋さんですから、特殊なサービスとかは無いです!!」

 

 まったく人の話を聞いてくれない女子高生軍団に翻弄される響とイリヤ。

 

 ていうか、最後のは本気なのか冗談なのか?

 

 是非、後者であって欲しいところである。(特に響的に)

 

「ねえねえ、写真撮って良いかな、写真!?」

「しゃ、写真!?」

「やーめーてー」

 

 騒動は、暫く収まりそうになかった。

 

 

 

 

 

 そんな2人の様子を、他の一同がやや離れた場所で眺めていた。

 

「くそー イリヤに響めェ」

「ヤロー共、普通にしているだけであたしたちの遥か上を飛んで行きやがる。生まれながらの萌え属性エリートが!!」

 

 悔しそうに呟く、雀花と那奈亀。

 

 ていうか、萌え属性エリートって何だ?

 

 その横では、美々が乾いた笑みを零していた。

 

 一方、クロと美遊もまた、客引きの手を止めて響達の様子を眺めていた。

 

「あ~らら~ 2人そろって大人気だこと。でも、写真はやりすぎかもね」

 

 流石に弟妹達が可哀そうになって来たクロは、言いながら嘆息する。

 

 同時に、横に立つ美遊に目を向けた。

 

「止める、ミユ?」

 

 話を振られた美遊。

 

 だが、

 

 美遊はクロの問いかけに応えず、女子高生たちに包囲され続けている響とイリヤを、ジッと見つめている。

 

「あの姿の響とイリヤを写真に撮って、永遠の残しておこうなんて・・・・・・・・・・・・」

 

 キラリと、和風美少女の目が光る。

 

「そんなの、私1人で充分」

 

 決意と共に、低く言い放つ美遊。

 

 その手には、市販の使い捨てカメラがちゃっかりと握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が傾く中、商店街の人の足もまばらになっていく。

 

 長く伸びる影。

 

 仕事を終えた一同は満足げな足取りで、家路へと着いていた。

 

「いやー 一時はどうなる事かと思ったけど、良かった良かった~」

 

 ある意味、今回の騒動の火付け役とも言える雀花は、やれやれとばかりに嘆息する。

 

 結局、響とイリヤの「活躍」もあり、程なく目標額1万円を達成。

 

 それどころか噂が噂を呼び、女子高生たちが午後の商店街に殺到。肉まん屋はかつてない大盛況となった。

 

 曰く「可愛い小学生の女の子たちが、商店街の肉まん屋でコスプレして売り子をしている」と。

 

 恐るべきはJKネットワークだろう。

 

 おかげで目標の1万円どころか、肉まん屋は過去最高の売り上げを記録。

 

 上機嫌になった店主は、帰り際に各人に1個ずつ、肉まんをご馳走してくれるというおまけつきだった。

 

 まだ湯気香る吹かしたての肉まんを頬張りながら、一同は満足げに商店街を歩く。

 

 それにしても、

 

「ひどい目にあった・・・・・・・・・・・・」

 

 今日、一番の被害者は間違いなく響だろう。

 

 強制的に女装させられて、商店街で売り子をやらされるなど、少年にとっては羞恥プレイ以外の何物でもない。

 

「な、なあ響、今度、絵のモデルになってくれよッ」

「こ、今度は制服とか着て欲しいんだけど」

「絶ッ対、ヤダ!!」

 

 このまま行けば、いったいナニをヤらされる事やら。

 

 まったく反省の色を見せない雀花と美々に、割と本気で友人関係を見直したくなる響。

 

 そんなやり取りを呆れ気味に見ていたイリヤは、ふと、何かを思い出したように足を止めた。

 

「そう言えば・・・・・・」

「どうしたの、イリヤ?」

 

 足を止めたイリヤに、肉まんを食べ終えた美遊が、怪訝そうに尋ねる。

 

「いや、何か忘れているような気がするんだけど・・・・・・」

 

 そう、何か、

 

 とても重大な物を忘れているような・・・・・・

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

 考え込む一同、

 

 やがて、

 

『あッ!!』

 

 

 

 

 

 肉まん屋に戻る一同。

 

 売り子に夢中になってすっかり忘れていたが、龍子を肉まん屋に置きっぱなしにしていたのだ。

 

「おーい、龍子、帰るぞ。そろそろ調子も戻ったろ」

 

 そう言いながら、暖簾の中を覗き込む雀花。

 

 次の瞬間、

 

「なッ ・・・・・・た、龍子・・・・・・お前・・・・・・」

 

 思わず絶句した。

 

 その後から、他の一同もぞろぞろとやってきて中を覗き込む。

 

 そして、

 

『アァッ!?』

 

 雀花同様に、絶句した。

 

 中には龍子がいる。それは良い。

 

 回復して起きている。それも良い。

 

 だが、

 

 龍子が手に持って、今にも齧り付こうとしている物。

 

 それは、

 

 今回の騒動の発端となったジャンボ肉まんに他ならなかった。

 

 ぶっちゃけ、龍子の頭よりでかいそれを、小柄な少女は今にも齧り付こうとしていた。

 

 と、そこで龍子も、一同の視線に気づいたのか、振り返って満面の笑みを向けてきた。

 

「おー どした? みんな勢ぞろいじゃねえか。暇なのか、お前ら?」

 

 こ  い  つ  は

 

 能天気に告げる龍子。

 

 まったく、人の気も知らないで。こちとら龍子のせいで、午後の時間まるまる潰す羽目になったというのに。

 

 だが、今問題にすべきは、そこではなかった。

 

 手にした肉まん。

 

 大口を開ける龍子。

 

 そこから導き出される結末の答えは、一つしかありえなかった。

 

「龍子・・・・・・お前、それ・・・・・・」

 

 震える声で、ジャンボ肉まんを指差す雀花。

 

 対して龍子はフッと笑うと、手を掲げて制する。

 

「判る・・・・・・言いたい事は判る。でもな、良く言うだろ」

 

 何をだ?

 

 一同が不安な視線を向ける中、龍子は自信満々に言い放った。

 

「『戦闘民族はピンチに陥れば陥るほど強くなる』って」

 

 安易且つ、何の根拠も無かった。

 

「俺は戦闘民族だと思うんだよな。家、道場だし。だから次は行けそうな気がするんだ。何か、前回の金はもう良いって言うし。起きたらちょっと、小腹も減ってたし。攻めない理由は無いだろッ」

 

 食う方も食う方なら、出す方も出す方である。

 

 断っておくが、金を稼いだのは響達であり、龍子はその間能天気にひっくり返っていただけである。友人一同の苦労も(羞恥も)知らずに。

 

「てなわけで、戦闘開始だ!!」

 

 意気揚々と告げて大口を開ける龍子。

 

 涙目で震える美々。

 

 必死に止めに入る、響、イリヤ、雀花、那奈亀。

 

 嘆息気味に天を仰ぐ美遊とクロ。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 ガブッ

 

 

 

 

 

番外編2「そして、ふりだしに戻る」

 




取りあえず、めっちゃ遊んでます(爆

持論の一つが「オリ主なんて弄り倒してナンボ」なもんで。

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