Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第10話「進路暗中」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、ここに戻って来たか。

 

 彼方を見つめる脳裏に、感慨深い思いがこみ上げてくるのは止めようがなかった。

 

 特有の空気が、周囲を満たしているのが分かる。。

 

 肌を焼く熱風と、轟く爆音。

 

 視線の先では炎が躍っている。

 

 聞こえてくる銃声は、今まさに戦闘が行われている事を現していた。

 

 ここは戦場。

 

 かつて、自分がいた場所。

 

 そして、再び舞い戻った場所。

 

 戊辰の役終結より11年。

 

 ついに、この時がやって来た。

 

 敵は維新三英傑が1人、西郷南洲と彼に付き従う3万余の薩摩隼人達。

 

 対して、彼らを鎮圧すべく派遣されてきた政府軍は7万。

 

 本来であるならば、倍以上の兵力を誇る味方が圧倒的に有利なハズだった。

 

 だが西郷軍は地の利を得ており、最新鋭の銃火器で徹底的に武装している。何より、中央政府の士族廃止に対抗すべく西郷の元に結集し士気も高い。

 

 不用意に戦闘を仕掛けた政府軍は、各戦線で苦戦を強いられていた。

 

 特に西郷軍の抜刀突撃は強烈である。

 

 日本最強を名実ともに謳われる薩摩の豪剣「示現流」を操る彼らの剣技は、並の兵士では対抗できない。

 

 このままでは戦線崩壊も考えられる。

 

 そう判断した政府軍上層部は、強力無比な西郷軍抜刀隊に対抗する為の特殊部隊を編成した。

 

 警視庁抜刀隊。

 

 軍と警察から、特に剣術に秀でた者たちを参集して編成された、最強の白兵戦部隊。

 

 戊辰戦争終結からまだ10年しか経ていない現在、未だに腕に覚えのある剣客は、数多残っている。それらを結集して、西郷軍に対抗しようというのだ。

 

 それはさながら、かつての新撰組を想起させた。

 

 当然、自分もその部隊に加わっている。

 

「近藤さん・・・・・・土方さん・・・・・・沖田さん・・・・・・みんな・・・・・・・・・・・・」

 

 かつての仲間達に、そっと語り掛ける。

 

 ようやくだ。

 

 ようやく、ここまで来たのだ。

 

 あの戊辰の役で朝敵の汚名を着せられ、虚しく散って行った仲間達。

 

 彼らの敵をようやく撃つ事ができる。

 

 敵は西郷南洲。相手にとって不足はない。先に逝った仲間達へ、これ以上の(はなむけ)はいないだろう。

 

 眦を上げる。

 

 敵が近づいてくるのが見えた。

 

 独特の気合と共に、刀を振り翳して斬り込んでくる敵軍の兵士たち。

 

 その様を見据えながら、

 

 手にした刀をゆっくりと抜き放つ。

 

 慣れ親しんだ愛刀の感触。

 

 大丈夫。

 

 いかに時が流れようが、

 

 たとえ時代錯誤と言われようが、

 

 刀を持っている限り、自分は決して負けはしない。

 

「元新撰組三番隊組長、斎藤一、参る!!」

 

 

 

 

 

 目を覚ます響。

 

 ゆっくりと体を起こすと、自分がベッドの上に寝かされている事に気が付いた。

 

 周囲を見回すと、周りはカーテンで仕切られ、薬品棚や机のような物も見える。

 

「・・・・・・保健室?」

 

 そこは学校の保健室だった。

 

 それで、徐々に記憶が戻ってくる。

 

 エインズワースの工房に潜入したものの、敵の激しい迎撃に遭い、イリヤも、そして途中で会った美遊の兄も助ける事が出来ず、這う這うの体で退却する羽目になった響達。

 

 その響達を、エインズワースの追撃から救ったのは、姉のクロと、彼女に同行していたバゼットだった。

 

 響達はクロ達と合流した後、彼女たちが拠点として当たりを付けていた、穂群原学園初等部にやって来たのだ。

 

 美遊が、拠点には自分の家を提供しても良いとは言ったが、エインズワース側がその事を予期して彼女の家を見張っている可能性もある為、却下された。

 

 その後、響の記憶は途切れている。

 

 恐らく緊張が解けた事で、意識を失ったものと思われた。

 

 その時、カーテンがさっと引かれ、見知った人物がこちらを覗き込んで来た。

 

「ん、バゼット?」

「目が覚めましたか。何よりです」

 

 どうやら、響をここに運び込んでくれたのは彼女らしかった。

 

「どれくらい寝てた?」

「おおよそ3時間と言ったところです。大体の事情は、美遊や同行していた金髪の少年から聞きました」

 

 見れば、外は既に日が落ちて暗くなっていた。

 

 本当に、長い1日だった。

 

 いや、「向こう側の世界」での出来事も合わせれば、丸1日以上、緊張で張り詰めた状態が持続されていた事になる。

 

 クロ達と合流できたことで、響の緊張の糸が切れたのも無理からぬことだった。

 

「そう言えば、美遊達は?」

「全員無事です。今は別室で待機してもらっています」

 

 そう言うと、バゼットは再びカーテンを閉めて出ていく。

 

 その姿が廊下に消えると、響は深々とため息をついた。

 

 結局、何もできなかった。

 

 元々、戦力差は絶望的と言って良いほどに開きがあったのだ。まともに戦えば勝てるはずもない。

 

 紛う事無き惨敗である。

 

 今回の戦いで得られたのは、敵は響達が想像していた以上に強大だという事実のみ。

 

 果たしてこれから、彼らを相手に戦い、イリヤ達を助ける事ができるのか。

 

 響の胸中には、不安しか存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着替えを終えた響が教室に行くと、既にそこには他のメンバーが集まっていた。

 

 予想はしていた事だが、学校の中には人の気配はなく、完全に静まり返っている。

 

 こんな状況じゃなければ、何かの記念日で休校になっているのかと思うほどである。

 

 教室の場所はすぐに判った。

 

 何しろ、向こうの世界での響達の教室だったから。

 

 ドアを開けて中に入ると、一同の視線が響に向けられてきた。

 

「やっと起きたわね、寝坊助さん」

 

 そう言って、からかうように肩を竦めて見せるクロ。その口元には、安堵の笑みが浮かべられているのが分かる。

 

 クロはクロなりに、響の事を心配していたのだろう。

 

 そんな彼女の態度も、今はとても貴重に思えるのだった。

 

 と、

 

「響、大丈夫なの?」

 

 教室に入って来た響に、美遊が心配そうな顔で歩み寄って来た。

 

 何しろ、この中で戦闘後に意識を失ったのは響だけである。美遊としても心配だったのだろう。

 

 美遊の姿を見て、響はホッとする。

 

 絶望しかない戦いだったが、美遊だけでも連れて帰ってこれたのは幸いだった。

 

「ん、何とか」

 

 そう言って、頷きを返す響。

 

 実際、響が倒れたのは緊張感が切れたからであって、別に負傷したわけではない。

 

 ただ、

 

 こうして心配してくれる美遊の優しさは、純粋に嬉しかった。

 

「それはそうと・・・・・・・・・・・・」

 

 響はさも自然に椅子に座っている、年上の少女に目をやった。

 

「ヤッホーッ!! 響さん、おっはよーございまーす!!」

 

 元気に手を振ってくる田中。

 

 突き抜ける大音声に、思わず響はその場でのけ反る。

 

 何とも、寝起きにハイテンションな対応である。

 

「聞いてください響さんッ ギルさんが、新しいお洋服を買ってくれたのですよ!!」

「洋服って、それ?」

 

 響は田中の恰好を見やる。

 

 田中は、再び体操服ブルマー姿に戻っている。

 

 なぜにまた、それなのか? もっと他に色々あったろーに。

 

 響は席に座っているギルに目をやる。

 

 その視線で、大体言いたい事を察したのだろう。ギルは肩を竦めて見せる。

 

「いや~ 田中さんには困ったよ。何しろ、体操服(それ)以外は絶対に着ようとしないんだから。おかげで僕がパシらされる羽目になっちゃったよ」

「ん、ごくろう」

 

 何となくその時の状況が目に浮かぶ。

 

 仮にも王様をパシらせる謎生物。絵的になかなかシュールなのは間違いない。

 

 響としても、ギルに同情せずにはいられなかった。

 

 それはともかく、

 

 響は再度、田中の方を見やる。

 

 その視線を感じ取ったのか、田中は能天気に笑って手を振ってくる。

 

 だが、

 

 傷は無い。

 

 何事も無かったかのように、無傷の田中。

 

 響は怪訝そうに首をかしげる。

 

 ベアトリスの攻撃を食らいボロボロになっていた筈なのに、今はその痕跡すら見つけられなかった。

 

 いったい、どうなっているのか。

 

 田中と言う少女について、謎はますます深まる一方だった。

 

 それはさておき、

 

「全員そろったわね。それじゃあ早速、戦略会議を始めるわよ」

 

 クロはそう言って音頭を取ると、教壇の上に立って黒板にチョークで書いていく。

 

 闇雲に戦ってもエインズワースに勝てない事は、先の戦いで分かった。

 

 彼らを倒し、イリヤや美遊兄を助けるために、しっかりとした作戦立案は必要だった。

 

 今まで始めていなかったのは、どうやら、響が起きるのを待っていたようだ。

 

 それぞれ席に着いたのを確認してから、クロは話し始めた。

 

「今いるこの世界は、わたし達がいた世界ではなく、ミユがいた世界。つまり全く別の並行世界。恐らく、大空洞の周辺、数百メートルごと、この世界に飛ばされてしまったんだと思う」

 

 確かに。

 

 大空洞周辺の時空転移について、凛がそのような仮説を立てていたと聞いている。

 

 こうなってみるとどうやら、彼女の考えは正しかったようだ。

 

 言ってから、クロは視線を美遊へと向けた。

 

「そんな感じよね?」

「だと思う。ここが私がいた世界であるのは間違いないし」

 

 尋ねるクロに対し、美遊は肯定の頷きを返す。

 

 並行世界、パラレルワールド。

 

 正直、魔術と言うファンタジー的な世界に踏み込んでいる響にとっても、未だに信じがたい状況である。

 

 だが、既にそこを論議する段階は過ぎた。

 

 ならば今は、現実を受け入れて先に進むことが求められている。

 

「どうも、皆が飛ばされた時間には、多少の開きがあるようですね。私とクロエは、今から二日前にこの世界にやってきました」

 

 発言したのはバゼットである。

 

 因みに彼女は今、小学生用の小さな学習机と椅子に腰かけている。

 

 大の大人が子供用の机に座っている姿はかなりアンバランスであり、滑稽以外の何物でもない。

 

 まあ、それはともかく、バゼットの言う通り、この世界に来た時間にそれぞれ差があるなら、未だに所在が分からない凛やルヴィアの事も気になる所である。まだこちらに来ていないのか、あるいは・・・・・・・・・・・・

 

 もし来てるなら、一刻も早く合流したい所である。エインズワースが強大である事が分かった以上、ベテラン魔術師である2人の知識と経験は、喉から手が出るほど欲しいところだった。

 

 と、そこで、

 

 響はすぐ傍らから、気持ちよさげな寝息が聞こえてくる事に気が付いた。

 

「・・・・・・・・・・・・田中、寝てる」

 

 響は自分の横でグースカといびきをかいているブルマー少女を見て、呆れ気味に呟いた。

 

 開始30秒。田中は既に夢の世界へと落ちていた。

 

「その子は良いわ。寝ててくれた方が静かだし」

 

 そう言って肩を竦めるクロ。諦め気味な態度を見るに、どうやら彼女も、響が寝ている間に田中のハチャメチャぶりに振り回された口らしい。

 

 まあ、田中は寝ていてくれた方が良い、と言うのは響もクロに同意見であるので放っておくことにする。

 

「それで・・・・・・・・・・・・」

 

 クロはギルの方を見やって言った。

 

「イリヤは、クレーターの中心にある敵の工房に囚われているのよね?」

「ん、たぶん」

 

 問いかけるクロに対し、響も神妙な顔で頷きを返す。

 

 当初、イリヤがエインズワースに囚われている事を示唆したのは田中である。

 

 彼女の言葉だけでは正直なところ半信半疑だったのだが、美遊兄の証言や、その後のエインズワース側の対応を見れば、十中八九間違いないと思われた。

 

「人質?」

 

 ポツリと呟く響。

 

 やはりと言うか、その可能性が一番大きいだろう。

 

 確かに、イリヤが人質としてエインズワースに囚われている以上、響達は大々的な行動はとれない。

 

 しかも、最悪なのはそれだけではない。

 

 万が一、美遊兄やイリヤの命を盾にエインズワース側が降伏を迫ってきたら、響達に選択肢は無い。

 

 その時は、イリヤか美遊か、最悪の場合、選ばなくてはならないだろう。

 

 だが、

 

「たぶん、それだけじゃない・・・・・・・・・・・・」

 

 考え込むように美遊が言った。

 

 振り返った一同の視線が集中する中、美遊は厳しい顔を上げる。

 

「どういう事よ、ミユ?」

「たぶん、エインズワースはいざとなったら、私の代わりにイリヤを聖杯として使うつもりなのかもしれない」

 

 俯きながら告げた美遊の言葉に、一同は思い当たったようにハッとする。

 

 美遊だけでなく、イリヤもまた聖杯としての機能を有している。美遊の代わりにイリヤを使う、と言うのは発想として当然の事である。

 

 エインズワースが、もし美遊が手に入らなかった場合を想定し、スペアとしてイリヤの聖杯としての機能に目を付けたとしたら、ある程度だが、今回の事態に辻褄が合う事になる。

 

 確かに、可能性としては十分考えられる。

 

 だが、

 

「うーん、それはどうかなー」

 

 難しい顔で言ったのは、机の上に足を投げ出して座っているギルだった。

 

「ギルガメッシュ君、態度悪いよ」

「硬い事は言いっこ無しだよセンセ」

 

 クロエ先生からの注意にもどこ吹く風のギル。

 

 だがすぐに表情を戻して、自分の考えを語りだした。

 

「確かにイリヤさんは聖杯としての機能を持っているかもしれない。けど、エインズワースの術式は美遊ちゃんに合わせて調整しているんだ。それを他の聖杯が手に入ったからって、簡単に術式を書き換えられるものではない事くらい、エインズワースだってわかっているはずだ」

「それは・・・・・・確かに、そうだけど」

 

 ギルガメッシュの言葉に、美遊は考え込む。

 

 物にもよるが、複雑な儀式を要する魔術の術式を変えるのは容易な事ではない。聖杯戦争程の大儀式なら猶更である。

 

 美遊の代わりにイリヤが手に入ったから、代わりにそっちを使いましょう。と言う訳にはいかないのである。

 

「でも、それでも時間を掛けてでもイリヤを使おうってエインズワースが判断したとしたら?」

「うん、確かに、その可能性はあるね。けど、それでも尚、ぬぐえない疑問が一つある」

「疑問って?」

 

 尋ねる響に、ギルは頷きながら続けた。

 

「イリヤさんが美遊ちゃんの代わりって説は、エインズワース側がイリヤさんの聖杯としての機能を把握していて初めて成り立つ物だけど、彼らはどこでその事を知ったんだい?」

「・・・・・・・・・・・・あ」

 

 その指摘に、一同はギルが言わんとしている事を響は理解した。

 

 イリヤ(とクロ)に聖杯としての機能がある事は、この場にいる人間のほかは凛やルヴィア、サファイア、イリヤ達の両親である切嗣とアイリ。もしかしたらセラとリズも知っているかもしれない。士郎は、果たしてどうだろうか?

 

 いずれにせよ、事実を知っているのは「身内」のみ。その他に知る人間はいないはず。

 

 まして並行世界の住人であるエインズワースが知るはずもない。

 

 故に前提条件から改めて考えれば「聖杯としてのイリヤの能力を知らないエインズワースが、聖杯としてイリヤを捕えるはずが無い」と言う事になる。

 

「・・・・・・・・・・・まあ良いわ」

 

 議論を締めるようにクロは言った。

 

「エインズワースの思惑はどうあれ、あの子(イリヤ)を助けると言う前提方針は変わらない訳だし」

 

 確かに。

 

 現状の情報のみで、イリヤが囚われている理由を探るのは限界があった。

 

「次に、敵の主戦力よ」

 

 そう言うとクロは、黒板に4体の人間らしき物を書いていった。

 

 腕が片方太い奴。剣みたいな物を持っている奴。ツインテールでちょっと偉そうな奴。触手がうねうねとはみ出している奴。

 

 それぞれ特徴が出ている。の、だが、

 

「クロ、絵下手」

「黙らっしゃい」

 

 響の冷静なツッコミに、ピシリと返す。

 

 しかし指摘されて頬が少し赤くなっている辺り、どうやら彼女自身、そこら辺は自覚しているらしかった。

 

 説明は続く。

 

「さしあたって判っている敵の戦力はこの4人。まず、アンジェリカが使うカード『弓兵(アーチャー)』ギルガメッシュ」

「僕のカードだね」

 

 ギルが笑顔で言う。

 

 先の戦いで「天の鎖(エルキドゥ)」をはじめ、宝具の一部を取り戻したが、それでも無限の財を持つ彼にとっては「一部」と言うにも難がある量だ。

 

 変わらず、アンジェリカの脅威は存在していた。

 

「次にこいつね」

 

 クロが差したのは、剣を持っていると思しき絵だった。

 

「それって・・・・・・・・・・・・シェルド?」

「その長すぎる『間』についてはあとでじっくり話し合うとして、こいつについて判っている事は2つ。『剣を使う事』、そして『攻撃が通じない事』ね。まず十中八九『剣士(セイバー)』と見て良いでしょうね」

 

 クロに言われて、響はシェルドとの戦いを思い出す。

 

 確かに、響の攻撃は殆どシェルドには通じず弾かれてしまった。まるで獅子劫優離(アキレウス)を相手にした時と同じような感覚である。

 

「剣を使い、無敵性がある英霊については、いくつか心当たりがありますが、今のところ判断する材料が少なすぎます」

 

 たとえば円卓の騎士の1人、聖剣ガラティーンの担い手でもある「太陽の騎士」ガウェインは、太陽が出ている昼間はいかなる攻撃も受け付けなかったという伝説がある。

 

 「二―ベルゲンの歌」に登場する英雄で魔剣バルムンクの担い手であるジークフリートは、背中以外全てが無敵を誇ったと言われている。

 

 更にシャルルマーニュ12勇士の1人、聖剣デュランダルの担い手である聖騎士ローランは、足の裏以外はダイヤモンドをも上回る強度を誇ったとか。

 

 シェルドの英霊は、それらのいずれかである可能性がある。

 

「で、そいつは?」

 

 そう言って響が指さしたのは、ヴェイクと思われる絵だった。

 

 大量の魔物を異界から召喚するヴェイクは、脅威と言うよりも厄介な側面がある。

 

 あの能力が相手では、数で押しても倒しきれない可能性があった。

 

「でも、そいつらよりも厄介なのが、こいつよ」

 

 そう言ってクロが差したのは最後の1人。

 

 片腕が太くなっている所から見て、恐らくベアトリスだと思われた。

 

「こいつのカードは、十中八九『雷神トール』だと思われるわ」

《ですね。これは判りやすかったです》

 

 クロの言葉に、ルビーが頷きを返す。

 

 2人の声に緊張感がはらむ。

 

 相当厄介な相手である事は間違いないだろう。

 

 と、

 

「透? うちのクラスの?」

 

 響が思い描いたのはクラスメイトの江ノ島透(えのしま とおる)君(出席番号3番。趣味:しいたけ栽培)だった。

 

「な訳ないでしょ。『ミョルニル=トール』よッ あんたの好きなゲームにもよく出るでしょ!!」

 

 クロのツッコミに、響は「おお」と手を打った。

 

 雷神トール。

 

 北欧神話に登場する最強の神で、主神オーディンをも超える信仰を集める雷神。

 

 もし全力を発揮したら、どれほどの威力を発揮するの想像もつかなかった。

 

「どうにもインチキ臭いんだけど、何にせよあのカードは少し厄介だね。現状、対抗策が皆無なくらいにね」

 

 ギルの言葉に、一同は黙り込む。

 

 重苦しい雰囲気に包みこまれる。

 

 戦力差は圧倒的に一同は黙り込む。

 

 あまりにも隔絶した戦力差。

 

 一同は改めて、自分たちが置かれた状況が厳しい物である事を認識せざるを得なかった。

 

 ややあって、

 

「・・・・・・・・・・・・大丈夫、だよ」

 

 口を開いたのは、美遊だった。

 

 一同が見守る中、美遊は立ち上がると、口元に笑みを見せる。

 

「いくら敵が強大でも大丈夫」

「美遊?」

「私に、考えがあるから」

 

 それだけ言うと、美遊は教室を出ていく。

 

 その後ろ姿を、響はジッと見つめ続けているのだった。

 

 

 

 

 

第10話「進路暗中」      終わり

 


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