Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第6話「悲哀の兄妹」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・美遊、なのか?」

「・・・・・・・・・・・・そんな・・・・・・お兄ちゃん?」

 

 ひび割れた声。

 

 かすれて聞き取る事すら難しい。

 

 しかし、他ならぬ美遊が、兄の声を聴き間違えるはずが無かった。

 

 自分に居場所をくれた兄。

 

 共に過ごしてくれた兄。

 

 そして、

 

 自分の為に、命がけで戦ってくれた兄。

 

 もう、絶対に会えないと思っていた。

 

 その兄が今、生きて目の前にいる。

 

 その事実を噛み占めるだけで、美遊の目には涙があふれて来ていた。

 

 しかし何という事だろうか。

 

 かつて、共に同じ時を過ごした兄と妹。

 

 苦難の末に再会を果たした2人。

 

 その2人が今、暗い地下牢の格子を挟んで対峙している。

 

 まさに、悲劇としか言いようがない状況だった。

 

「そんな・・・・・・お兄ちゃんが、何で・・・・・・・・・・・・」

 

 地下牢の扉に縋りつきながら、美遊は愕然とした声を発する。

 

 自らの兄が、このような場所に囚われているなど、想像すらしていなかった。

 

 そんな美遊の言葉に対し、兄の方も扉に近づきながら答える。

 

「お前を逃がすために戦った後、俺は力尽きてエインズワースに捕まってしまってな。それからずっと、ここに押し込められていたんだ」

 

 言われて、美遊は思い出す。

 

 かつて、限界を超えて戦ってくれた兄。

 

 その兄が自分の知らないところで、こんなひどい仕打ちを受けていたかと思うと、胸が張り裂けそうだった。

 

 そんな美遊に対し、今度は兄の方から声を掛けてきた。

 

「驚いたのは俺の方だ。他の世界に行ったはずのお前が、今こうしてここにいるんだからな。どうして戻って来たんだ」

 

 美遊の兄の言葉には、妹に対しる愛情と同時に、どこか咎めるような口調も含まれてた。

 

 命がけで戦い、ようやくエインズワースの手から取り戻した美遊。

 

 最後には、エインズワースの手が届かぬよう、異世界にまで送り出した大切な妹。

 

 その美遊が、再びここにいる。

 

 生きて再び会えたことは嬉しいが、しかし、今こうして戻ってきてしまった妹に対し、兄として複雑な思いを抱かずにはいられなかった。

 

「色々あったの・・・・・・本当に、色々・・・・・・・・・・・・」

 

 呟くように、兄に告げる美遊。

 

 それに対し、兄もまた沈黙を噛み占める。

 

 ここに至るまでに、美遊が歩いて来た道は決して平坦な物ではなかった。こうして、この世界に戻ってきてしまったのは決して美遊の本意ではなかったが、しかしそれでも、多くの事柄が重なり合ったうえでのことである。

 

「・・・・・・・・・・・・そうか」

 

 妹の重ねた苦労を察したのだろう。美遊の兄は納得したように頷きを返す。

 

 と、そこで、兄は話題を変えるように言った。

 

「それにしても美遊、戻って来たのは良いにしても、どうしてこの城に来たんだ? ここが危険なところなのは、お前が一番よくわかっているはずだろう」

 

 流石に美遊兄も、妹が自分を助けに来てくれた、とは思っていないようだ。

 

 勿論、そうだったら双方ともに嬉しいだろうが、ここで再会できたのはあくまで偶然の幸運だった。

 

「それなんだけど、お兄ちゃん・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊は兄に事情を説明した。

 

 友達が、この城に囚われているらしいこと。それを救出する為に来た事。

 

「・・・・・・そうだったのか」

 

 話を聞いて、美遊兄は納得したように頷いた。

 

「そう言えば、奴らが話しているのを聞いたことがある。女の子が1人、高い塔に囚われているって」

「ん、きっとそれ」

 

 美遊兄の言葉を聞いて、響は手を打つ。

 

 幸先良い出だしである。ここで彼に会えた事はまさしく僥倖だった。

 

 と、響の声を聞いた美遊兄が、驚いたように顔を上げた。

 

「あれ、美遊? お前今、誰かと一緒にいるのか?」

 

 兄に言われて、振り返る美遊。

 

 そこで、響と視線が合った。

 

「うん、実は友達が、一緒にいる・・・・・・・・・・・・」

「友達・・・・・・そうか、友達ができたんだな」

 

 妹の言葉を聞いて、美遊の兄は声を弾ませる。

 

 対して、響は促されるように前へ出た。

 

「ん、初めまして」

 

 相変わらず素っ気ない感じの響の言葉に、牢の中にいる美遊の兄が、少し戸惑ったような雰囲気が伝わって来た。

 

「そうか、美遊が・・・・・・あの美遊が、友達をな・・・・・・・・・・・・」

 

 感慨を噛み占めるような、兄の声が聞こえてくる。

 

 美遊に友達ができた。

 

 その事実に、美遊兄は感銘を覚えているようだった。

 

 そこで、美遊の兄は声を上げた。

 

「君、良かったら、名前を聞かせてくれないか?」

 

 促された響は、一瞬キョトンとした。

 

 名乗るくらいは別に良いのだが、こうして改めて乞われるとは思っていなかったのだ。

 

 響はポリポリと頬を掻きながら口を開く。

 

「衛宮響・・・・・・よろしく」

 

 その名前を聞いた瞬間、

 

「なッ!?」

 

 牢の中で、美遊の兄が絶句した。

 

「お前、その名前はッ」

「ん?」

 

 美遊の兄が、何か言おうとした瞬間、

 

「ごめん、話の腰を折って申し訳ないんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 ギルが低い声を発する。

 

 背中を向け、一同を守るようにして立つギル。

 

 振り返る一同。

 

 そんな中、

 

「ちょっと、イヤな客が来た」

 

 緊張した声でギルが言った、

 

 瞬間、

 

 背後から、強烈な風切り音が聞こえてきた。

 

 とっさに、障壁を展開するギル。

 

 激突と同時に、強烈な衝撃が発する。

 

 次の瞬間、

 

 ギルが展開した障壁は一撃のもとに砕け散った。

 

 間一髪。

 

 障壁が砕け散る一瞬前に、響達はとっさに、その場から飛びのく事で奇襲を回避した。

 

 しかし、

 

「ネズミが」

 

 敵意に満ちた声が、地下室全体を圧倒して木霊する。

 

 強烈な殺気によって、満たされる地下室。

 

 対して、ギルはスッと目を細めると、鋭い視線で攻撃してきた相手を睨みつける。

 

「・・・・・・・・・・・・結構、複雑な気分だよ。僕が、その姿に相対するなんてね」

 

 長身で、長い髪をツインテールに結った女性。

 

 アンジェリカだ。

 

 どうやら、不穏な気配を察して様子を見に来たようだ。

 

 ゆっくりと歩を進め、距離を詰めてくるアンジェリカ。

 

 その姿は、既にクラスカードを夢幻召喚(インストール)し英霊化していた。

 

 金色の鎧に身を包み、圧倒的な存在感を持って迫りくる敵。

 

 ただそれだけで、魂を削られるような恐怖感に抉られる。

 

「どうやって侵入したか知らんが、美遊様を置いて下がれ。さもなくば、1人ずつ殺していくまで」

 

 圧倒的な戦力差でもってなされる降伏勧告。

 

 アンジェリカは、一同を見回して言い放った。

 

 その背後には既に複数の空間が開き、内部にある刃の刀身が見え始めている。

 

 対して、響達は緊張も露わに睨み返す。

 

「ギル、あれはもしかして、あなたのカード?」

「そうだね。早速だけど、目的の一つには遭遇できたわけだ。まあ、言うまでも無く、簡単には事は運ばないだろうけど」

 

 美遊の言葉に、緊張した面持ちで頷きを返すギル。

 

 相手は既に攻撃態勢に入っている。いわば響達は、銃口を向けられているに等しい状況だ。

 

 響はスッと前に出ながら、美遊を背に庇う。

 

「響・・・・・・」

「大丈夫、下がって」

 

 言いながら響は、いつでも戦闘態勢に入れるように身構える。

 

 相手は、あのギルと同じ能力を持っている。暗殺者(アサシン)の響がアンジェリカ相手に勝てるかどうか分からないが、それでもいざとなれば、飛び込んで血路を開く事を、躊躇する気は無かった。

 

 響のその態度を見ながら、アンジェリカはスッと目を細める。

 

 来る。

 

 身構える一同。

 

「引く気は無い、か」

 

 言いながら、右手を上げるアンジェリカ。

 

「ならば死ねッ」

 

 言い放つと同時に、右手を振り下ろす。

 

 放たれる刃。

 

 その一閃が、ギルを目指して飛翔する。

 

 次の瞬間、

 

 ギルの目の前の空間が突如として口を開き、飛んできた刃を吸い込んでしまった。

 

「ん?」

「え?」

「はら?」

 

 響、美遊、田中が唖然とする中、ギルはにこやかな笑みをアンジェリカへと向ける。

 

 その笑顔が癪に障ったのか、アンジェリカはスッと目を細める。

 

「貴様・・・・・・いったい何をした!?」

 

 言い放つと同時に、待機状態だった宝具を一斉に放つアンジェリカ。

 

 放たれた刃は、全て矛先をギルへと殺到させる。

 

 致死量の宝具投射。

 

 だが、ギルは慌てなかった。

 

 飛んでくる宝具に対し、次々と空間を開口させ、その全てを取り込んでいく。

 

 やがてアンジェリカの攻撃がひと段落した時、

 

 そこには、笑みを浮かべて平然と立つギルの姿があった。

 

「・・・・・・12本、か。総数に比べれば塵みたいな数だけど、取りあえずは、『ご返却』どうも」

 

 最高に皮肉を利かせたギルの言葉。

 

 それにより、響と美遊は何があったのか大体のところ理解した。

 

 実際にギルと戦った経験のある2人は、今の攻防戦に既視感を覚える。

 

 アンジェリカが放った宝具を、ギルは同じ方法で吸収している。

 

 そこから考えられる事は、アンジェリカが持っていた宝具を、ギルが同じ方法で取り戻した、と言ったところではないだろうか?

 

「お前は・・・・・・」

「こうして改めて見ると、ずいぶんと贅沢な戦い方だってことを実感するよ」

 

 アンジェリカの言葉を制して、ギルは自嘲気味に呟きを返す。

 

「本来、1人の英霊に対し宝具は1つ。そんな神話や伝承に謳われる宝具の原点を星の数ほど有し、それを矢のように無尽蔵に放つ。故にアーチャー、故に最強」

 

 ギルの視線が、真っ向からアンジェリカを睨み据える。

 

「僕のカードの使い心地はどうだい?」

 

 尋ねるギルに対し、アンジェリカは目を見開く。

 

 いったい何が起きているのか、遅まきながら彼女も目の前で不可思議な事をやってのけた少年の正体に気付いていた。

 

「貴様・・・・・・まさか、受肉したのか?」

「さすが、理解が速いね。まあ、受肉と言っても半分だけどね」

 

 本来なら英霊の立場にあるギルは、文字通り実体が固定されておらず、恒久的な魔力供給が無ければ消滅してしまう。

 

 だが、魂の入れ物である肉体を得て、実質的に「復活」を果たす事を受肉と言う。こうなると魔力供給は自前で行える為、他者から受け取る必要なくなる。

 

 今のギルは、その「受肉」を果たした状態だった。

 

「なるほど、財宝の一部がいつの間にか消えていたのは、お前と二分したためか。向こうの世界では随分と遊んできたらしいな」

「君らにとっては幸運だったかもね。完全に受肉していたら、こんな『物語』は僕が塗り替えていたからね」

「・・・・・・カード風情がよく吠える。大人しく私に使われていれば良かったものを」

「ああ、まったく・・・・・・傲慢や慢心まで真似しなくたっていいのに」

 

 ギルとアンジェリカ。

 

 ある意味、同一の存在と言っても過言ではない2人が、言葉の応酬を繰り広げる。

 

 まさに一触即発。激突は不可避となりつつある。

 

「あの、ギル・・・・・・・・・・・・」

 

 そんなやり取りの背後から、響が頃合いを見計らうように声を掛けた。

 

「そろそろ『巻き』でお願い。退屈過ぎて田中が寝てる」

 

 そう告げる響の傍らでは、田中が立ったまま、うつらうつらと舟をこいでいるのが見える。何とも器用な光景だった。

 

 その田中を、美遊が必死に支えているのが見える。

 

 その様に、苦笑するギル。

 

「ああ、ごめんごめん。これもある意味、予定調和みたいなもんだから」

 

 そう言って、肩を竦める。

 

 と、その時、

 

「逃げろ美遊ッ みんなもッ!!」

 

 牢の中から叫んだのは、美遊の兄だった。

 

「その女は危険だッ 早く・・・・・・・・・・・・」

 

 最後まで言い切る事はできなかった。

 

 その前に手かせに込められた魔力が走り、電撃が駆け抜けたのだ。

 

「ガァッ!?」

 

 激痛にのけぞる美遊の兄。

 

 エインズワースもバカではない。予想していた事だが、彼は何か魔術的な拘束を受けているようだ。

 

「お兄ちゃん!!」

 

 苦しむ兄の様子に、悲鳴に近い声を上げる美遊。

 

 しかし悲しいかな、分厚い牢の扉が兄妹の中を無情にも隔てる。

 

 どんなに美遊が叩いても、扉はビクともしない。

 

 扉の中と外。

 

 美遊と兄は、こんなにも近くにいながら、互いに触れ合う事すらできずにいた。

 

 その様を眺めながら、アンジェリカは憎しみを込めるように鼻を鳴らす。

 

「余計な事を言うと寿命を縮めるぞ。まあ、もっとも、貴様らがどんなに足掻いても無意味な事だ」

 

 言いながら、アンジェリカは再び響達の方に向き直る。

 

「どのみち、美遊様以外はここで死んでもらうのだからな」

 

 言いながら、再び空間の門を開き、宝具を展開するアンジェリカ。

 

 今度は先ほど比ではない。狭い空間で出せるだけの宝具を出してきた感がある。

 

 どうやら、物量でもって一気にこちらを押しつぶすつもりなのだ。

 

 その様子を見ながら、ギルは潜入する際に使った身隠しの布を、響の方へと押し付けてきた。

 

「響、合図をしたら。この布を使って、美遊ちゃんと田中さんを連れて逃げて」

「良いけど、ギルは?」

 

 撤退する事には響も異論はない。そもそも、今の響がアンジェリカ相手に、単騎で勝てるとは思っていない。

 

 ここで戦っても勝ち目はない。

 

 イリヤを助ける為にも倒れる訳にはいかない。ここはギルの言う通り、隙を突いて撤退した方が正しいだろう。

 

「どうする気?」

「言ったでしょ。僕の目的は、アンジェリカが持っている僕のカードなんだ。あれを取り戻さないと」

 

 つまり、ギルは己の目的も込めて、この場でアンジェリカを足止めしようと言う事だった。

 

 しかし今のギルは、戦う力の殆どをアンジェリカに奪われている状態だ。その状態で戦うのは、英霊たる少年と言えど命取りになる。

 

 僅かに逡巡を見せる響。

 

 だが、

 

「君には君の目的があるんでしょ。そっちを優先しなよ」

 

 迷う響の背中を押すようにギルは言った。

 

 ここに来たのは互いに目的があっての事。

 

 ギルにはギルの、響には響の、美遊には美遊の、そして多分だが、田中には田中の。

 

 ならば、ここはギルに任せて、響達は先に進むべきだった。

 

「ん、死ぬな」

「そっちもね」

 

 互いに視線を交わし、頷きあう響とギル。

 

 響はそのまま、牢に縋りついている美遊に駆け寄った。

 

「美遊、早く」

「いやッ」

 

 肩を掴む響の手を、美遊は強引に振り払う。

 

「お兄ちゃんを置いてなんて行けない!!」

 

 頑なに言い放つ。

 

 美遊の気持ちは判る。せっかく再会できた兄を、こんな暗い地下牢に置き去りにしていきたくは無いだろう。

 

 しかし、現実問題として、今この牢を破るのは難しい。

 

 こうしている間にもアンジェリカの総攻撃が始まるかもしれない。そうなると、響達の離脱すら難しくなるだろう。

 

「お兄ちゃんッ お兄ちゃん!!」

 

 尚も牢の扉を乱暴に叩く美遊。

 

 それが無駄であると言う事すら、今の美遊には判っていない。どんなに叩いても、少女の細腕ではビクともしない。

 

 まずい。

 

 響の脳裏に焦りが滲む。

 

 ここで拘泥していたら、アンジェリカに捕まってしまう。他のエインズワース側の人間も現れるかもしれない。そうなったら終わりだ。

 

 どうにかして、美遊を説得してここから離れないと。

 

 だが、今の美遊は兄以外の事は見えていない。

 

 今目の前で捕まっている兄を助ける以外、完全に眼中に無いのだ。

 

 運命は徐々に迫ってくる。

 

 その時、

 

「・・・・・・・・・・・・逃げろ、美遊・・・・・・逃げるんだ」

 

 牢の中から、美遊兄が苦し気な声を発してきた。

 

「お兄ちゃん・・・・・・・・・・・・」

「ここで、お前が捕まる事は出来ない・・・・・・早く、逃げるんだ」

 

 美遊の兄なら当然、美遊が聖杯である事は知っているだろう。そして、それ故にエインズワースが美遊を狙っているであろうことも。

 

 だからこそ、美遊の命を最優先にしている。

 

 否、そんな上辺の事ではない。

 

 妹の無事を願わない兄などいない。

 

 妹の美遊は、何としても助かってほしい。彼の中にあるのは、その一念のみだった。

 

「お兄ちゃんを置いてなんて、行ける訳ないでしょ!!」

 

 尚も扉の前から離れようとしない美遊。

 

 対して、

 

「・・・・・・聞くんだ、美遊」

 

 美遊兄は諭すように、静かな口調で言った。

 

「お前が無事であり続ける限り、奴らは俺を決して殺せない。お前は頭が良いから、この意味が分かるだろ」

「お兄ちゃん、それは・・・・・・・・・・・・」

 

 兄の言葉に、言い淀む美遊。

 

 判っている。

 

 判っているのだ、美遊にも。兄が言わんとする事が。

 

 美遊が健在であり続ける限り、エインズワースは兄に手出しはできない。

 

「エインズワースにとって、俺はお前に対する人質だからな。俺を殺して、お前が完全に敵に回る事を、奴らは恐れているはずだ。だから、何としてもこの場は生き延びてくれ」

 

 限りなく注がれる兄の愛。

 

 その事は、美遊にも痛いほどに判っていた。

 

「美遊、ここは退こう」

 

 そんな美遊の肩を、響がそっと掴む。

 

「響・・・・・・でも・・・・・・」

「ここで戦っても勝ち目はない。チャンスを待つべき」

 

 響の言葉に、黙り込む美遊。

 

 彼女にも判っているのだ。

 

 ここで戦っても勝ち目がない事も、

 

 そして、自分が生き延びる事が、結果的に兄を救う事に繋がる事も。

 

 しかし、目の前に囚われている兄。

 

 その兄を助ける事も出来ず退却しなくてはいけない美遊の苦渋は、察するに余りあった。

 

「・・・・・・・・・・・・待ってて、お兄ちゃん」

 

 ややあって、美遊は絞り出すように告げる。

 

「必ず・・・・・・必ず、助けに来るから」

「ああ、頼むな」

 

 姿は見えない。

 

 しかし確かに、美遊の兄は扉の向こうで笑ったような気がした。

 

 だが、別れを惜しむ時間さえ、美遊達には残されていなかった。

 

 無数の宝具を従えて迫るアンジェリカ。

 

 その前に、ギルが小さな体で立ちはだかる。

 

「さあ、行って!!」

 

 言い放つと同時に、ギルは胸に下げた首飾りを投げつける。

 

 この首飾りは日食を象っており、一見するとただの装飾品にしか見えない。

 

 しかし、これもまたギルが保有する財宝の一つであり、身に着けるだけで飛び道具を無効化する事あできるお守り(アミュレット)である。

 

 そして同時に、別の使い方も存在した。

 

 投げつけられた首飾りが、強烈な発光を示して、アンジェリカの視界を白く染め上げる。

 

 視界全てが光に包まれる中、

 

 美遊達は、後ろ髪引かれる思いで駆け出す。

 

「頼んだぞッ 響ッ」

 

 その背中に、美遊の兄の声が聞こえてくる。

 

「美遊を、守ってやってくれッ!! 俺と・・・・・・『あいつ』の代わりに!!」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 どこかで聞いたような声に、思わず振り返る響。

 

 だが、その言葉の意味を考える暇も無く、3人はその場を後にするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始の音は、場内全てに確実に響き渡っていた。

 

 圧倒的な戦力差で戦う事を余儀なくされたギルの事は気になるが、今はそちらに気を回している余裕はない。

 

 不意の襲撃で敵が混乱している。

 

 その隙に何としても、囚われているイリヤを助け出すのだ。

 

「お兄さんは、イリヤは一番高い塔にいるって言ってた」

「場所は大体わかる。多分、私が捕まっていた場所だと思う」

 

 走りながら答える美遊。

 

 その表情には、苦い物が走っているのが見て取れる。

 

 兄を置いてこざるを得なかった事が、未だに彼女にとって後悔の鎖となって絡みついていた。

 

 だが、ギルが命がけで作ってくれたチャンスである。決して無駄にはできない。何としても、イリヤだけでも助け出すのだ。

 

「あそこッ」

 

 美遊が指示した方向には確かに、高い塔が聳え立っているのが見える。

 

 あれ以上に高い塔が見当たらない事を考えれば、あそこにイリヤがいる公算は高い。

 

 だが、

 

「でも、塔は見えていても行き方は判んないです。どうやって行くですか?」

 

 田中の質問はもっともだ。ここからいちいち城の中を通り抜けて、あの塔まで行くのはリスクが高すぎる。行く途中で敵に捕捉される可能性の方が高い。

 

 ならば、

 

「響、お願いできる?」

「ん」

 

 頷くと、立ち止まる響。同時に、塔までの距離を目測で測る。

 

 高い塔であるが、魔力で足場を形成して跳躍すれば、届かない高さではない。

 

「やってみる」

 

 そう言うと、紐を放す響。

 

 魔術回路の調子を確認する。

 

 問題は無い。

 

 回路を起動しようとして響が膝をたわめた。

 

 次の瞬間、

 

「そこまでだ」

 

 低く響く声。

 

 戦慄と共に、強烈な気配を伴った足音が近づいてくるのを感じた。

 

 振り返る一同。

 

 同時に響は、自分が致命的な失敗をしたことを悟った。

 

 ここで、身隠しの布を解くべきではなかった。

 

 ゆっくりとこちらに歩いてくる長身の男。

 

 見間違えるはずもない。あの円蔵山において、美遊を連れ去ろうとした、3人のうちの1人である。

 

 シェルドは警戒するように立ち尽くす3人を見据えて口を開いた。

 

「・・・・・・恨みはない」

 

 低く響く声。

 

 その声が、響達の首を絞めつけるような圧力をかける。

 

 言いながら、シェルドは、その手を胸の前へと掲げる。

 

「だが主家の為、貴様らの行く道、阻ませてもらう」

 

 告げると同時に、シェルドの中で魔力が高まる。

 

 鋭い視線が光った。

 

 次の瞬間、

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

 詠唱と同時に、シェルドの身は光へと包まれる。

 

 その光が晴れた時、

 

 男の姿は一変していた。

 

 銀の甲冑に鋭い眼差し、手には大ぶりの大剣を背負っている。

 

 その姿はまさに剣士(セイバー)と称して良い、威風堂々たる姿だった。

 

 対して、

 

「美遊、作戦変更」

「え、響?」

 

 美遊と田中を背に庇いながら、響は前へと出る。

 

「ここで足止めするから、2人は正面から入って」

 

 言い放つと同時に、響もまた胸に手を当てる。

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

 閃光が、少年の体を包み込む。

 

 同時に、その姿にも変化が生じた。

 

 黒装束に短パン。髪は伸びて後頭部で結ばれ、口元はマフラーで覆われる。

 

 暗殺者(アサシン)の姿に変化する響。

 

 同時に、抜き放った刀を、真っすぐにシェルドへと向けた。

 

「行くぞ」

 

 呟くと同時に、

 

 響は刀を構えて斬り込んだ。

 

 

 

 

 

第6話「悲哀の兄妹」      終わり

 


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