Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第6話「飛べ、美遊!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャスター戦敗北の翌日。

 

 コンビニに行った帰りに衛宮響が道を歩いていると、何やら向こう側で人目をはばかるようにして歩いている人物を見かけた。

 

「あれ?」

 

 首をかしげる響。

 

 明らかに挙動不審な人物。

 

 気になったのは、その人物がこの辺りでは、あまり見かける事のないような恰好をしていたからだ。

 

 近付いてみると、意外な事に、それが記憶にある人物であることが分かった。

 

「あ、美遊?」

「ッ!?」

 

 声を掛けると、相手が肩を震わせて振り返る。

 

 立っていたのは、最近クラスに転校してきたばかりの美遊・エーデルフェルトだった。

 

 しかし、

 

 その恰好は見慣れた初等部の制服ではない。

 

 丈の長いスカートに長袖のブラウス、前には白いエプロンドレスを着用し、頭にはヘッドドレスまで付けている。

 

 要するに今の美遊は、典型的な「メイドさん」の恰好をしていた。

 

「え、えっと・・・・・・・・・・・・響?」

 

 突然、声を掛けられたせいで動揺したのか、少し後じさりながら訪ねてくる美遊。

 

 どうやら、流石に名前くらいは憶えてくれたらしい。

 

 響の言葉に対し、少し気の抜けたような返事をする美遊。心なしか、普段の冷静な態度が崩れ、目を泳がせているようにも見える。

 

 どうにも「まずいところを見られた」と言った感じの態度である。

 

 対して響の方も、「そこ」にツッコミを入れないわけにはいかなかった。

 

「ところで、何でメイド?」

「は、そ、それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言葉を濁す美遊。

 

 どうやら、聞き辛い事を聞いたらしかった。

 

 口ごもる美遊。

 

 ややあって、

 

「実は・・・・・・その・・・・・・」

「?」

 

 言いよどむ美遊に対し、響は首をかしげる。

 

 いったい、どうしたと言うのか?

 

「あの・・・・・・実は私・・・・・・ルヴィアさんのお屋敷で、メイドを・・・・・・」

「ルヴィアの家? あのお向かいの?」

 

 尋ねる響に、美遊は頷きを返す。

 

 後で知った事だが、驚いた事に衛宮邸の向かいに1日でできた超豪邸は、ルヴィアの家だったのだ。

 

 まことに、金と言う物はある所にはあるものである。

 

「で、美遊はそこのメイド?」

「う、うん」

 

 並んで歩きながら、美遊は少しばつが悪そうに、顔を赤くして俯く。

 

 どうやら、この恰好を見られたこと自体が恥ずかしいらしかった。

 

「あの、お願いが、ある・・・・・・」

「ん?」

 

 すがるような美遊の言葉に、響は振り返る。

 

「その、イリヤスフィールには、この事は言わないで・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・良いけど」

 

 気持ちは判る。こんな恰好、イリヤに、と言うより他の人間に見られたくないのだろう。本来なら響にも。

 

 しかし、

 

「イリヤなら、別に、バカにしたりはしないと思う」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響の言葉に答えず、黙り込む美遊。

 

 イリヤなら多分、今の美遊を見れば喜々として褒めたたえるだろう。あれで結構、可愛い物が好きだから。

 

 などと、響は姉の事を思い浮かべる。

 

 しかしまあ、本人が言わないでくれと言っている以上、言いふらすのはよくないだろう。

 

「判った、誰にも言わないでおく。イリヤにも」

「・・・・・・ありがとう」

 

 響の言葉に、美遊は少しだけホッとしたような顔をする。

 

「そう言えば、美遊はどうしてここに?」

「ルヴィアさんのお使いで、コンビニに行った帰り」

 

 そう言って、セブンイレブンの袋を掲げる美遊。

 

 金持ちでも、コンビニなんて利用するのか。

 

 変なところに感心しつつ、響は気になっていることを尋ねてみた。

 

「それで、飛行は?」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 響の言葉に、美遊は顔を曇らせる。

 

 どうやら、あまり芳しくないようだ。

 

「イリヤも特訓している。美遊も頑張って」

 

 響の言葉に、美遊は無言のまま頷きを返す。

 

 元より、飛行魔法を習得しない事には、攻撃はキャスターに届かないのだ。

 

 ここは是が非でも、美遊に頑張ってもらう必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美遊と別れた響は、その足で近所の森へと向かった。

 

 周囲に人がいないのを確認し、中へと分け入っていく。

 

 やっている事が事だけに、人目につくことだけは完全にNGである。それでなくても、小学生が1人で行動すれば、それなりに目立つのだから。

 

 森に分け入ってしばらくすると、少し開けた場所に出る。

 

 この場所を知っているのは、響ともう1人。

 

 先にここに来ていた、彼の姉だけである。

 

「イリヤ、差し入れ」

「あ、響、ありがとう」

《おやおや、気が利きますね。将来、良い主夫になれますよ、響さん》

 

 イリヤとルビーが振り返って、響を出迎える。

 

 イリヤはここで、朝から魔法の練習をしているのだ。

 

 取りあえず、イリヤが飛べると言う事が分かったのは大きい。これで戦術の幅もだいぶ広がる事になる。

 

 少なくとも、キャスターと同じ土俵で戦えるだけでも、充分な成果だった。

 

「それで、他には?」

 

 持ってきたジュースを飲みながら、響が尋ねる。

 

 今夜、再びキャスターに仕掛ける手はずになっている。それまでに、少しでも切り札を増やしておきたいところである。

 

「さっき、アーチャーのカードを試してみたんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 イリヤは、そこで言葉を詰まらせる。

 

 英霊のカードは、それぞれ何らかの能力を有しており、その能力はルビーを介する事によって一部を引き出す事ができる。

 

 これを「限定展開(インクルード)」と言う。

 

 ライダー戦で美遊が使った槍も、ランサーの力を限定展開(インクルード)したものである。

 

「弓が出ただけで、矢が無かったから使い物にならなかったよ」

 

 がっくりと肩を落とすイリヤ。

 

 どうやら、英霊カードといえども万能ではないらしい。期待していただけに落胆も大きかった。

 

 アーチャーの場合、出てくるのは弓だけで、肝心の矢は自前で用意しないといけないらしかった。

 

 これでは、何の役にも立たなかった。

 

「そういう響はどうなの? あの刀の出し方とか、判った?」

「・・・・・・さあ」

 

 肩をすくめる響。

 

 イリヤの事ばかりを言ってもいられない。成果が無いのは、響も同様なのだから。

 

 結局、キャスターやライダーを攻撃した刀をなぜ出せたのか、響自身は判らずじまいである。

 

 あれが使えれば、響自身も主力として戦う事が出来るし、イリヤや美遊の負担も減らせるのだが。

 

《まあ、焦っても仕方がありません。地道に行きましょう》

「そうだね」

「ん」

 

 軽い調子のルビーの言葉に、イリヤと響は頷きを返し、再び練習を始める。

 

「美遊さんも今頃頑張ってるだろうし、負けてられないよね」

《その意気ですよイリヤさん》

 

 そう言うとイリヤは、再び魔法少女の装いとなり、ルビーを構える。

 

 と、

 

「あ・・・・・・・・・・・・・」

 

 魔法少女に変身するイリヤの姿を見ながら、響は先ほどの事を思い出していた。

 

「美遊と言えば、さっき・・・・・・・・・・・・」

「うん? どうしたの響?」

《美遊さんが何か?》

 

 言いかけた響に、イリヤとルビーは揃って振り返り、怪訝そうな顔をする。

 

 しかし響は、その先を続ける前に、この件について美遊から口止めされていたことを思い出す。

 

 イリヤには言わないと美遊と約束した以上、それを破るわけにはいかなかった。

 

「ん、何でもない」

「《?》」

 

 内心で、ほっと息をつく響。危ない危ない。危うく口を滑らせるところだった。

 

 本人が嫌がっていることをするつもりは、響にはなかった。

 

 そっぽを向く響に、首をかしげるイリヤとルビー。

 

 そんな3人のいる森の上空に、1機のヘリが差し掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 美遊とルヴィアが険しい顔を突き合わせていた。

 

「・・・・・・・・・・・・無理です」

 

 相変わらずの無表情で、低く呟く美遊。

 

 心なしか、その表情にはいつも以上の緊張が見られる。

 

 対して、ルヴィアは諭すように言う。

 

「良いですか、美遊。あなたが飛べないのは、その頭の固さのせいですわ」

 

 確かに、イメージが重要な役割を果たす魔術において、想像力と言うの大切である。それを考えれば、ルヴィアが言っている事は間違いないのだが。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・不可能です」

 

 相変わらず、硬い表情の美遊。

 

 対して、ルヴィアも一歩も引かない。

 

「最初からそう決めつけていては何も成せません!!」

「ッ・・・・・・・・・・・・ですがッ!?」

 

 叫ぶ美遊。

 

 その足元には吹き抜けるような空。

 

 2人は今、上空を飛ぶヘリの中にいた。

 

《おやめくださいルヴィア様。パラシュート無しにスカイダイビングなど危険すぎます》

 

 サファイアがルヴィアを諫めるように口を開く。

 

 それ程までに、状況は唖然とせざるを得ないものだった。

 

「こうでもしないと飛べるようにならないでしょう!! 体で浮く感覚を実体験でもって知るのですわ!!」

 

 一方で美遊はと言えば、ヘリのドア枠に掴まって下を見ていた。

 

 その体は、恐怖の為にガクガクガクと震えている。

 

 無理もない。既に魔法少女に変身しているとはいえ、高高度に命綱無しに立てば、それは怖いだろう。

 

「美遊はなまじ頭がいいから物理常識にとらわれているんですわ。魔法少女の力は空想の力。常識を破らねば、道は開けません」

《付き合う必要はありません美遊様。拾っていただいた恩があるとはいえ、このような命令は度が過ぎています》

 

 ルヴィアの無茶振りに抗議するサファイア。

 

 だが、ルヴィアは無視して続ける。

 

「さあ、一歩踏み出しなさいッ あなたなら必ず飛べますッ できると信じれば不可能はないのですわ!!」

「・・・・・・・・・・・・ッ!!」

 

 ルヴィアの言葉に、美遊の中では葛藤が走る。

 

 ルヴィアには恩義がある。

 

 身寄りの無い自分を引き取り、多くの物を与え、大切にしてくれている。

 

 だからルヴィアには、感謝してもし足りないくらいだ。

 

 ルヴィアの為ならば、どんな敵とも戦うし、躊躇うつもりはない。

 

 しかし、

 

「いえ、やはり無理で・・・・・・・・・・・・」

 

 最後まで言い切ることを、美遊はできなかった。

 

 その前に、ルヴィアが美遊の体をヘリの外へと蹴り出したからだ。

 

 強烈な悲鳴とともに、高高度から重力の法則に従い落下していく魔法少女(カレイド・サファイア)

 

「獅子は千尋の谷に我が子を突き落とすと言いますわ。見事に這い上がって見せなさい」

 

 ノーロープバンジーを強要された美遊の悲鳴を聞きながら、残ったルヴィアは涙ながらに見送るのだった。

 

 

 

 

 

 などと言うコントじみたやり取りの足元では、イリヤ達が魔法の練習をしているところだった。

 

 取りあえず、飛行のイメージは強固にする事はできた。

 

 まだ俊敏に飛び回ると言う訳にはいかないが、それでも浮遊と着陸は自在に行えるようになっていた。

 

「だいたい、こんな感じかな?」

《万全ではありませんが、急場としては上出来じゃないでしょうか。あとは凛さんの作戦次第でしょう》

 

 そもそも、万全を期するにはあまりにも時間が足りない。たった1日でできる事は多寡が知れいていた。

 

 一方の響はと言えば、さっきから自分の手のひらを見つめてジッとしている。

 

 そんな弟に、イリヤは近づいて話しかけた。

 

「どうしたの、響?」

「ん」

 

 覗き込んできたイリヤに、響は顔を上げる。

 

 その顔は、いつも通りと茫洋としたものである。

 

 しかし、付き合いが長いイリヤには、響が何か悩んでいることを見抜いていた。

 

「・・・・・・やっぱり、判らない」

「ああ、どうやって剣を出すかって?」

 

 尋ねるイリヤに、響は頷きを返す。

 

 自分に何らかの力がある事は判っている。

 

 しかし、それも自在に使う事が出来なければ、文字通り宝の持ち腐れだった。

 

「せっかく、一緒に戦えると思ったのに・・・・・・・・・・・・」

 

 嘆息する響。

 

 正直、響自身、落胆も大きい。

 

 そんな響を見ながら、

 

「まあ、あんまり頑張りすぎないでね」

「イリヤ?」

 

 イリヤは弟に笑いかける。

 

「私も、美遊さんもいるんだし、そりゃ、響も戦えるようになってくれると私は嬉しいけどさ。まあ、何とかなるって」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 優しく告げるイリヤ。

 

 そんな姉の様子に、響は視線をわずかに逸らす。

 

 イリヤを守りたい。

 

 危険な戦いをしている姉の助けになりたい。

 

 響の中で、その思いは強く根付こうとしている。

 

 しかし、その為の力をコントロールできないのでは、話にならない。これでは足手まといも同然だった。

 

 と、その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 空を振り仰いだ響が、何かに気付いて声を上げる。

 

「どうしたの響?」

「あれ?」

 

 言いながら、上空を指さす響。

 

 釣られて、イリヤも振り返る。

 

「あれ?」

「あれ」

 

 二人が見上げた視界の先。

 

 そこには、何かが急速に近づいてくる、と言うより落下してくる様子が見えた。

 

 次の瞬間、

 

 2人がいるほんの数メートル先に、上空から降ってきた何かが「落下」した。

 

「だァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 悲鳴を上げながら、とっさに響を抱えて飛びのくイリヤ。

 

 ほぼ同時に沸き起こる、衝撃と轟音。

 

 先ほどまで2人がいた場所は、今やちょっとしたクレーターが出来上がっていた。

 

 あまりと言えばあまりな状況。

 

「い、いったい何が?」

「さ、さあ・・・・・・」

 

 空に浮かんでいるイリヤにしがみつきながら、響も唖然としている。

 

 やがて、舞い上がる砂煙が晴れる中、

 

 クレーターの中央で、1人の少女がよろけながら立ち上がる。

 

 取りあえず説明は不要だろう。現れたのは、先ほどルヴィアによって上空を飛ぶヘリから放り出された美遊である。

 

《全魔力を物理保護に変換しました。お怪我はありませんか、美遊様?》

「な・・・・・・何とか・・・・・・」

 

 気遣うサファイアに、精根尽き果てた感じに答える美遊。

 

 高高度を飛ぶヘリから命綱もパラシュートもなしにノーロープバンジーを慣行し、見事に生還した彼女。

 

 ギネスに乗るほどの快挙であるのは間違いない。

 

 言うまでもなく、嬉しくも何ともないが。

 

 と、

 

「美遊さん、何で空から? 必殺技の練習?」

「ライダーキック?」

 

 空中に浮かんでいるイリヤと響が、恐る恐ると言った感じに声を掛けてくる。

 

 まさかライバルの魔法少女が、こんな形で登場するとは、想像だにしていなかった。

 

 対して美遊とサファイアは、イリヤ達を見上げながら呟く。

 

「・・・・・・飛んでる」

《はい。ごく自然に飛んでらっしゃいます》

 

 美遊がこれだけ苦闘し、ついにはヘリから蹴り落されても尚できない事を、イリヤはいともあっさりとやってしまっている。

 

 その事に、美遊は改めて愕然とさせられた。

 

《美遊様、ここはやはり》

「・・・・・・・・・・・・」

 

 躊躇う美遊を後押しするように、サファイアが告げる。

 

 対して、美遊も意を決したようにイリヤを見た。

 

「・・・・・・その・・・・・・昨日の今日で言えた事じゃないんだけど・・・・・・」

 

 恥を忍ぶ美遊。

 

 しかし、飛べない事には全てが始まらない以上、なりふり構っている時ではなかった。

 

「・・・・・・その、教えてほしい・・・・・・飛び方」

 

 美遊の言葉に、響とイリヤは顔を見合わせる。

 

 何しろ、昨日の放課後に、あれだけの啖呵を切った美遊が頭を下げてきたのだ。

 

 それだけ、必死なのだと言う事が伝わってくる。

 

「えっと・・・・・・」

 

 イリヤは響を地面に下しながら、自分も高度を下げて着地する。

 

「そう、言われてもな・・・・・・」

 

 いったい、何を教えればいいのかイリヤ自身、見当がつかない、と言うのが本音である。

 

 「気づけば最初からできていた」と言ってもいい飛行魔法について、どんなアドバイスをすれば良いのか?

 

《イリヤ様は昨日、「魔法少女は飛ぶ物」とおっしゃっていました。と言う事は、そのイメージの元となった「何か」があるのでは?》

「・・・・・・・・・・・・あ」

 

 サファイアの言葉に、短く声を上げたのは響だった。

 

 どうやら、何か思いついたらしい。

 

「イリヤ、あれじゃない?」

「あれ? ・・・・・・ああ、あれか~・・・・・・」

 

 響の言わんとする事に思い至ったイリヤは、少し躊躇うように呟いてから美遊に向き直った。

 

 まあ、案ずるより生むが易しと言う。あれこれ考える前に、実際に見せた方が早いだろう。

 

「ねえ、美遊さん。今から、うちに来れる?」

「え、イリヤスフィールの家に?」

 

 突然の申し出に、戸惑う美遊。

 

 いったい何が始まるのか、測りかねてる様子だ。

 

「イメージの元になった物、見せてあげるよ」

「こっち」

 

 そう言うと、イリヤと響はそれぞれ、美遊の手を取って駆けだした。

 

 

 

 

 

【今だよ、ムサシちゃん!!】

【うんッ!! 雲の中に隠れても無駄だ!! この空で散れ!!】

 

 画面の中で、2本のステッキを剣のように振りかざしたフリフリ衣装の少女が、鋭い軌道を描きながら、華麗な空中戦を演じている。

 

 響とイリヤがハマっているアニメ「マジカル☆ブレードムサシ」の第伍話「空の華」、の回である。

 

 空中に逃れようとした敵を、主人公のムサシちゃんが追いかけてやっつけているシーン。

 

 それを、テレビの前で正座した美遊が、愕然とした顔で眺めていた。

 

「・・・・・・こ、これ?」

「う、うん。私の魔法少女のイメージの大元、だと思う。恥ずかしながら・・・・・・」

「これ、面白い。美遊も見れば?」

 

 しかし美遊は、響達の言葉も耳に入っていないようだ。

 

 まるで、UFOを目撃した人間のように、美遊は、目を大きく見開いてテレビに食い入っている。

 

「航空力学はおろか、重力も慣性も作用反作用すらも無視したでたらめな動き・・・・・・」

「いやー・・・そこはアニメなんだから、固く考えずに見てほしいんですけど」

 

 ぶつぶつと何やら小難しいことを呟き始めた美遊に、イリヤは苦笑交じりにツッコミを入れる。

 

 と言うか、魔法少女アニメを見て、飛行技術について語りだした人間は有史以来、美遊が初ではないだろうか?

 

 そんな主の傍らで、サファイアが感心したように声を上げた。

 

《実体験によらないフィクションからのイメージとは、思いもよりませんでした》

《イリヤさんの空想力はなかなかのものですよー》

「・・・・・・褒めてるの?」

 

 何となく「夢ばっかり見ている」と言われた気がして、イリヤはルビーをジト目でにらむ。

 

《まあ、空想と言うか妄想と言うか、夢見がちなお年頃の少女と言うのは現実(リアル)非現実(フィクション)の境界が曖昧になりがちですからねー》

「・・・・・・褒めてないね」

 

 ガックリと肩を落とすイリヤ。

 

 それはさておき、

 

「これ見れば、美遊もきっと飛べる」

《そうですよ美遊様。イリヤ様に頼んで、お借りしてみては?》

 

 諭すように言う響とサファイア。

 

 しかし、それに対して美遊は、硬い表情のまま首を横に振った。

 

「ううん、たぶん無理。このアニメを見ても飛んでる原理が判らない以上、具体的なイメージにはつながらない」

「美遊?」

 

 怪訝な面持ちでのぞき込む響。

 

 しかし、そんな響に構わず、美遊は何やらブツブツと独り言をつぶやき始める。

 

「必要なのは揚力ではなく浮力だと言う事までは判るけどそれではただ浮くだけだから移動するにはさらに別の力を加えるか重力ベクトルを操作するしかないんだけどでもそんな事あまりに非現実的すぎてとてもじゃないんだけどイメージなんて・・・・・・」

 

 ぶっちゃけ、ちょっと怖かった。

 

 この光景を見るだけでも、美遊の石頭ぶりは重症レベルであることが分かる。

 

 次の瞬間、

 

《ルビーデコピン!!》

 スビシッ

「はふゥッ!?」

 

 いきなりルビーの羽根によるデコピンをおでこに受け、美遊はおでこを抑えて悲鳴を上げた。

 

「い、いきなり何を?」

 

 痛むおでこを押さえながら、抗議の声を上げる美遊。

 

 それに対し、加害者たるルビーは嘆息交じりに行った。

 

《まったくもー 美遊さんは基本性能は素晴らしいみたいですが、そんなコチコチの頭じゃ魔法少女は務まりませんよー?》

 

 言ってから、ルビーは羽根でイリヤを指す。

 

《イリヤさんを見てください!! 理屈や過程をすっ飛ばして結果だけをイメージする!! それくら能天気で即物的な思考のほうが、魔法少女には向いているんです!!》

「何かさっきからひどい言われよう何だけど!!」

「でも間違ってない」

「響ィ あとで覚えてなさいよ!!」

 

 あっさり裏切った弟にがなるイリヤ。

 

 そんな姉弟げんかを無視して、ルビーは再び美遊に向き直った。

 

《そうですね、美遊さんにはこの言葉を送りましょう》

「?」

《「人が空想できる事全ては、起こり得る魔法事象」。私たちの想像主たる魔法使いの言葉です》

 

 今現在、仮に不可能なことであっても、将来、何らかの形で実現するかもしれない。

 

 ならば、思い悩むよりも先に、想像すればいいのだ。

 

 飛行も同じ。イメージさえ確立してしまえば、あとは技術の問題となる。

 

「まあ、つまりあれでしょ」

 

 響と取っ組み合いをしていたイリヤが、向き直って言った。

 

考えるな(Don`t think)!! 空想しろ(Imaging)!!」

 

 そんなイリヤの言葉に対し、美遊はいよいよげんなりした顔を作る。

 

 どうにも、まだ納得していない、と言った感じだ。

 

「・・・・・・・・・・・・あまり参考にはならなかったけど、少しは考え方が分かった気がする」

 

 言いながら、美遊は立ち上がる。

 

 果たして、今回の行動で彼女の中に変化はあったのか?

 

 それは判らないが、取りあえずやるだけのことはやった、と言った感じである。

 

 美遊は、そのまま背を向けて、リビングから出ていく。

 

 だが最後に、

 

「また、今夜・・・・・・・・・・・・」

 

 それだけ言うと、美遊は玄関から出ていくのだった。

 

 そんな少女の様子を、響達は立ち尽くしたまま見送る。

 

《行っちゃいましたねー》

「『また今夜』・・・・・・・・・・・・か」

 

 ポツリとつぶやくイリヤ。

 

 取りあえず昨日の放課後に「あなたは戦うな」などと言われたことから比べると、だいぶ前進した感がある。

 

 と、

 

「大丈夫」

 

 響がポツリと言った。

 

「美遊なら、きっと何とかする・・・・・・と思う」

「何それ?」

 

 怪訝な面持ちになるイリヤ。

 

 対して、響は茫洋とした顔で、美遊が去った扉を見つめる。

 

「・・・・・・・・・・・・何となく?」

「変なの」

 

 笑うイリヤ。

 

 間もなく夜が来る。

 

 戦いの夜が。

 

 相変わらず勝機は薄いが、しかし何となく、勝ち運は向いてきたように思えるのだった。

 

 

 

 

 

第6話「飛べ、美遊!!」      終わり

 


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