Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第4話「囚われの姫君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やれやれとばかりに嘆息すると、ギルは背後を見やった。

 

「まったく、せっかく立て替えてあげたのに、その態度は無いんじゃない?」

 

 ぼやくように言った少年の先。

 

 そこには、電柱に隠れる形で、響、美遊、田中の3人が立っていた。

 

 三者三様、それぞれの視線をギルに向けてきている。

 

 ラーメン屋で、危うく店主にダシにされそうになったところ、タイミング良く現れたギル。

 

 結局、代金はギルが支払う形で命拾いした一同。

 

 本来ならギルに多大な感謝をしても良いところなのだが、

 

 しかし何と言っても相手は、先の戦いにおける最大の敵である。素直に好意を受け取れないのも、無理からぬところだろう。

 

「でも、ギルは敵・・・・・・美遊を狙っている」

「野暮なこと言わないでよ。それは黒い方の僕の意思であって、僕自身は別に、君たちをどうこうする気は無いよ」

 

 警戒するような響の言葉に対し、ギルはやれやれとばかりに肩を竦める。

 

 しかし、今にして思い返してみれば確かに、ギルの言うとおりのように思える。

 

 先の戦いにおて、ギルが響達に攻撃を仕掛けてきたのは、あの黒い異形の怪物と融合してからだった。それ以前は、どちらかと言えば、響達に興味を抱いていた節がある。

 

 と言う事は、美遊を取り込んだのも、襲ってきたのも、カードになった「黒い方のギル」の意思だったとも言える。

 

 正直、まだ半信半疑ではあるが、この場では敵ではない。と言うギルの言葉は、信じても良いかもしれない。

 

 だが、

 

「と言っても、君は割り切れないかな?」

 

 ギルは少女を向きながら尋ねた。

 

「ねえ、美遊ちゃん?」

「当り前」

 

 肩を竦めながら訪ねるギルに対し、美遊は即答に近い形で返す。

 

 そもそも、ギルが美遊の正体を暴露しなければ、こんな事にはならなかった、と言うのが美遊の中ではある。

 

 その件については、どう考えても責任転嫁はできない。100パーセント完璧にギルのせいである。

 

 そんな訳で美遊としては、いきなり現れたギルに対し蟠りを消せずにいるのも無理からぬことだった。

 

「美遊・・・・・・一応、こんなんでも命の恩人」

「・・・・・・判ってる」

「ひどい言われようだね」

 

 仲裁に入る響に対し、やや俯きながら答える美遊。

 

 彼女とて判っているのだ。この場にあっては、ギルの協力を仰いだ方が得策であると言う事が。

 

 だがそれはそれ、これはこれ。

 

 そう簡単に割り切れるものではなかった。

 

 ことに美遊としては、心のどこかで「自分の事情に響達を巻き込んでしまった」と言う思いがあるから猶更だった。

 

「ところで、さっきから気になってたんだけど」

 

 ギルは怪訝な面持ちで、もう1人の少女を見ながら言った。

 

「そっちのお姉さんは、どなた?」

 

 尋ねられて、自分に話しを振られたと悟ったのだろう。田中はシュタっと手を上げて前に出た。

 

「田中です!! あなたは誰ですか!? 何する人ですか!?」

「外国語を直訳したみたいな聞き方する人だね」

「ん、記憶喪失だから厄介」

 

 肩を竦める響。

 

 対して、ギルはスッと目を細める。

 

「・・・・・・記憶喪失のお姉さん、ね。召喚時にこの時代の事やエインズワース家回りの知識は入ってきたけど、田中さんの事は判らないな」

 

 ギルが何気なく言った言葉に、響は目を見開いた。

 

「ギル、エインズワースを知ってるの?」

「うん? 勿論だよ」

 

 頷くギル。

 

 その後を追うように、美遊が口を開いた。

 

「そもそも、彼等を召喚したのがエインズワースなの。エインズワースが英霊をクラスカードって形にして、聖杯戦争を起こした」

 

 クラスカード、聖杯戦争、エインズワース。

 

 成程、パズルのピースが少しずつそろってきている感がある。

 

 そんな美遊に対し、ギルは薄笑いを向ける。

 

「詳しいね。流石、聖杯として生まれただけの事はあるよ」

「余計な事は言わないで良いから」

 

 皮肉を聞かせたようなギルの言葉に対して、美遊は険しい表情で少年を睨みつける。

 

 鋭い美遊の視線に、肩を竦めて見せるギル。

 

 美遊とギル。どうにも、この2人、なかなか反りが合わない様子だった。

 

 そんな2人の様子を見ながら、響は話題を変えるように言った。

 

「ん、あとはイリヤ達と合流できたらいいんだけど・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・そうだね」

 

 響の言葉に、美遊もギルから視線を外して頷く。

 

 先の戦闘で、敵はまだまだ未知の戦力を有している事が分かった。

 

 対してこちらは、まともに戦えるのは響くらいの物である。美遊はサファイアがいないし、ギルと田中の実力は未知数に近い。まあ、田中はあの、少年を撃退した力をがあるし、ギルの方は何といっても英霊その物なのだから、期待はできるかもしれないが。

 

 しかし、それは別としても、所在の知れない仲間たちの事は、やはり気がかりだった。

 

 どうにか他のみんな。特に響としては、姉であるイリヤやクロと合流したいと考えていた。

 

 と、その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イリヤと言う人なら、エインズワースに捕まっていますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「・・・・・・・・・・・・は?」」」

 

 突然発言した田中に、響、美遊、ギルは視線を集中させる。

 

 なぜ、田中の口からイリヤの名前が出てくるのか?

 

 いや、そもそもイリヤがエインズワースに捕まっている?

 

 なぜ、田中がその事を知っているのか?

 

 一気に湧き出る疑問が田中に集中する。

 

「・・・・・・・・・・・・1つだけ、思い出したです」

 

 一同の視線を受けながら、田中は告げる。

 

 澄んだ瞳を、どこまでも真っすぐに向けて。

 

「エインズワースを滅ぼす。それが田中の使命なのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高い塔の階段を、アンジェリカが上がっていく。

 

 その手にある銀のトレイには、1人分の食事が乗せられていた。

 

 石造りの壁と床は殺風景で、見ている者に圧迫感を与えてくる。

 

 やがて螺旋状になった階段を上り切る。

 

 そこは豪華な天蓋付きのベッドに小さなテーブルとイス。あとは若干の家具が置かれた、小さな部屋だった。

 

 壁は相変わらず石造りで重苦しいが、そこだけは人が生活するには十分な空間があった。

 

 そして、

 

 ベッドに腰かけている人物に対し、アンジェリカは声を掛けた。

 

「食事をお持ちしました、イリヤスフィール様」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 対して、少女は顔を上げる。

 

 イリヤだ。

 

 流れるような美しい銀髪に、西洋人形を思わせる愛らしい面立ちに変化はない。

 

 今は、その容姿に合わせたような、可愛らしいドレスを身に纏っている。

 

 ただ現在、自分が置かれている状況に対して戸惑いは隠せていない様子だった。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 テーブルの上に食事を置くアンジェリカに、そう言って礼を言う。

 

 対して、アンジェリカは表情一つ変えず、食事の準備を進めていく。

 

 その様子を、イリヤは居心地悪く見守っていた。

 

 やがて、準備を終えたアンジェリカは、イリヤに向かって一礼する。

 

「終わったころに、食器は回収に参ります。その他、何か入用の物があればおっしゃってください。ここから出すわけにはまいりませんが、可能な限り善処します」

 

 そう言って踵を返すアンジェリカ。

 

 と、

 

「あ、あの・・・・・・・・・・・・」

 

 イリヤに呼びかけられ、振り返るアンジェリカ。

 

「何か?」

「あ、いや・・・・・・・・・・・・」

 

 呼び止めたものの、特に用があっての事ではない。

 

 なぜ、自分を監禁しているのか?

 

 なぜ、こんなに待遇が良いのか?

 

 聞きたい事は色々あるが、答えてくれないであろう事は明白だった。

 

 しかし、アンジェリカは律儀に、イリヤが話し始めるのを待っている。

 

 2人の間に流れる、気まずい沈黙。

 

「・・・・・・・・・・・・何でもないです」

「そうですか」

 

 ややあって、そう告げたイリヤに対し、アンジェリカは今度こそ踵を返して部屋を出ていく。

 

 その後ろ姿を、イリヤはため息交じりに見送るのだった。

 

 彼女は、イリヤを捕えて、この城に連れてきた人物である。

 

 こちらの世界に来て、右も左も分からないまま途方に暮れていたところに、奇襲を受けたのである。

 

 イリヤも必死に抵抗はしたものの、対ギル戦でのダメージは大きく、結局敗れ去ってしまった。

 

 こっちに来た当初はクロと一緒だったのだが、戦闘の際にはぐれてそれっきりである。

 

 彼女の事だから大丈夫だとは思うのだが、無事でいてくれる事を祈るばかりである。

 

 それにクロには、万が一に備えてカードも預けてある。うまく、反撃の糸口になれば良いのだが。

 

 その後、気を失ったイリヤは、この城に連れてこられ、気が付いたらこの塔の部屋に監禁されていたのである。

 

 後から、彼らの名前が「エインズワース」であると言う事を聞かされた。

 

 彼らはとりあえず、イリヤに危害を加える気は無いらしい。それどころか、理由は判らないが賓客として扱っている節まである。

 

 勿論、抵抗したり脱出しようとしたりすれば、その限りではないだろうが。

 

「ここ、どこだろ?」

 

 途方に暮れた調子で、イリヤは呟く。

 

 一応、窓はあるので外の様子は判るのだが、そこから見えるのは城の庭だけだった。

 

 今のイリヤは無力である。

 

 ルビーも取り上げられ、今は引き離されてしまっている。

 

 浮かんでくるのは、仲間たちの安否である。

 

 クロは? 響は? 美遊は? 凛は? ルヴィアは? バゼットは?

 

 みんな無事だと良いのだが。

 

 特に美遊。

 

 エインズワースが美遊に固執しているのは、イリヤも察している。彼らの様子から考えれば、美遊はまだ逃げ続けているのだろう。

 

 頼みの綱は響だ。

 

 もし彼が美遊と一緒にいてくれれば、きっと彼女を守るために戦ってくれているはずだ。

 

 確証は無いが、今はそう祈るしかない。

 

「はあ・・・・・・・・・・・・」

 

 そこまで考えて、イリヤはため息をついた。

 

 その内には、戸惑いと不安が満ち溢れていた。

 

「これから、どうなるんだろう?」

 

 敵に捕らわれ、身動きすらままならぬ自分。

 

 他のみんなが、今どうしているのか、知る事も出来ない。

 

 今のイリヤは、全くの無力。

 

 こうして敵の居城で「囚われのお姫様」を演じる以外にない。

 

 それに、元の世界の事も気になる。

 

 士郎、アイリ、セラ、リズ。

 

 みんな、イリヤ達がいなくなったことで、心配しているかもしれない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 帰りたい。

 

 みんなのところへ、今すぐにでも。

 

 自らの腕を、ギュッと抱きしめるイリヤ。

 

 そうしていないと、震えが止まらなくなりそうだった。

 

 このままここで、ずっと監禁されたままでいるのか?

 

 そう思うと、暗澹たる気持ちが足元から浸していくのが分かる。

 

「・・・・・・・・・・・・いや」

 

 眦を上げるイリヤ。

 

 弱気になっている場合ではない。

 

 たとえ囚われていても、できる事はあるはずだ。

 

 どうにかして隙を見つけ、反撃の糸口を探す。

 

 それが今のイリヤにできる事だった。

 

 エインズワースは美遊を連れ去ろうとしたし、現にイリヤもこうして監禁されている。

 

 どんなに親切にしてくれていても、彼らは敵なのだ。

 

「どうにかして、ここを脱出しないと」

 

 敵は現在、イリヤの事を殆ど警戒していないに等しい。そこにこそ、イリヤの付け入る隙はある。

 

 どうにか脱出して、ルビーと合流できれば、反撃の手段も見つかるかもしれない。

 

 事態は圧倒的に絶望の中にある。

 

 しかし、イリヤは自分の心が、いっそ奇妙なくらいに落ち着いている事を自覚していた。

 

 

 

 

 

「そんな・・・・・・・イリヤ・・・・・・・・・・・」

 

 話を聞いて、身を震わせる美遊。

 

 親友の身に起こった悲劇を知って、美遊は己の内から湧き起こる絶望感を止められなかった。

 

 イリヤが捕まっている。エインズワースに。

 

 恐らくエインズワースとしては、イリヤを美遊に対する人質にでもするつもりなのだろう。

 

 厄介な事になった物である。

 

「ギル」

 

 そんな中、響はギルに尋ねた。

 

「エインズワースの居場所、判る?」

「そりゃ、勿論わかるけど・・・・・・」

 

 スッと目を細めるギル。

 

「どうする気?」

 

 答えは判っている。

 

 だがギルは、あえて尋ねた。

 

 対して、響は真っ直ぐな瞳で見つめ返して答えた。

 

「イリヤを助けに行く」

 

 響の言葉に、美遊は顔を上げる。

 

 決まりきった応え。

 

 大切な姉が敵に捕まっているなら、何をおいても助けに行かなくてはならない。

 

 そんな事は聞かれるまでもない事だった。

 

 だが、

 

「どうやって助けるつもり?」

 

 ギルは含み笑いを浮かべながら、再度響に尋ねた。

 

「随分とぶっ飛んだこと言ってるけど、相手がどれほど醜悪で根深いか知っているのかな?」

「・・・・・・・・・・・・」

「『エインズワースを滅ぼす』『イリヤさんを助ける』。この2つの願いは殆ど同質だ。けど、どうやってやるつもり? 響はともかく、美遊ちゃんは例のステッキは持ってないんでしょ? 戦闘は不可避だってのに、ずいぶんと頼もしい限りだ。風車に突撃する老騎士だって、もう少しマシだと思うよ」

 

 ギルの言っている事は、辛辣だが正論だ。

 

 今の響達が敵陣に突入する事は、自殺行為と同義である。

 

 だが、

 

「それでも行く」

 

 響は迷いない瞳で、ギルに返した。

 

 ここで引き下がる気は無い。

 

 そんな響に対し、

 

「うん、やっぱり面白いね、君」

 

 ポンと肩を叩くギル。

 

「じゃ、行こうか。僕もエインズワースにはちょっと用があったんだ」

「え?」

 

 1人で勝手に話を進めてすたすたと歩き出すギルを、響と美遊は顔を見合わせながら見つめる。

 

 これはつまり、案内してくれる。と言う事で良いのだろうか?

 

 そんな2人に対し、ギルは肩を竦めて見せる。

 

「このさびれた退屈な街に感謝してよ。じゃなきゃ、僕もこんな気まぐれは起こさないし」

 

 要するに、お互い渡りに船と言う事なのだろう。

 

 ギルはギルで、何らかの目的があってエインズワースに接触しようとしていたのだが、やはり1人では戦力的に不安がある。

 

 そこに都合よく現れたのが響達。と言う事だった。

 

「目的はそれぞれ・・・・・・けど、目指すところはみんな一緒」

 

 そう言うと、ギルは歩き出す。

 

「案内するよ。エインズワースの工房は、あのクレーターの真ん中にある」

 

 そのギルの後を、慌ててついていく、響、美遊、田中の3人。

 

 かくして呉越同舟とでも言うべきか、

 

 エインズワースを打倒し、囚われたイリヤを助けるべく、一同は敵の居城目指して歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

第4話「囚われの姫君」      終わり

 


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