Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第38話「神々の戦場」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身に向かってくる異形の怪物。

 

 8枚目のクラスカードから現れ、美遊を呑み込んだ怪物は、いよいよその、凶悪なでもって、自らに楯突く不遜な存在を叩き潰そうとしていた。

 

 対して、

 

 剣士(セイバー)夢幻召喚(インストール)した響。

 

 その幼くも鋭い双眸は、自身に向かって襲い掛かろうとしている怪物を真っ向から睨み据えていた。

 

 その視界の中で、

 

 空間が一斉に開き、中から刃が無数に現れるのが見えた。

 

 既に見飽きた感すらある、宝具一斉掃射。その発射態勢が整えられる。

 

「さあ、君の力を見せて見ろ」

 

 ギルは言い放つと同時に、

 

 振り上げた右手を振り下ろす。

 

 次の瞬間、

 

 宝具は響めがけて一斉に殺到する。

 

 その刃が、響の眼前に迫る。

 

 次の瞬間、

 

 少年は動いた。

 

 地を蹴ると同時に、手にした聖剣を振り被る。

 

 迫る刃。

 

 対して、響もまた聖剣を振るう。

 

 縦横に奔る銀の閃光。

 

 刹那の間に、飛んできた全ての宝具が叩き落された。

 

「・・・・・・・・・・・・へえ」

 

 その様子に、ギルは感心したような声を上げる。

 

「どうやら、その姿は伊達じゃないみたいだね」

 

 言いながら、再び宝具を射出する態勢に入るギル。

 

 それを見越したように、響も動いた。

 

 低い姿勢で疾走。飛んでくる宝具の嵐を掻い潜り、異形の巨体へと迫る。

 

 速い。

 

 一陣の疾風と化した響を前に、飛んできた全ての宝具は空を切る。

 

 インナーにコート、顔にバイザーを当てた響。

 

 騎士と言うには、いささか軽装である。

 

 これは恐らく暗殺者(アサシン)としての響の特性を、カード自体が考慮した結果、このような姿になったのだと思われる。

 

 だが、容姿はこの際、どうでも良かった

 

 眼前に迫る巨体。

 

 対して、大きく跳躍する響。

 

 少年の姿が、巨体の上へと出る。

 

 振り返るギル。

 

 バイザー越しに睨みつける響。

 

「貰った!!」

 

 聖剣を振り翳した。

 

 だが、

 

「どうかな」

 

 嘯くようなギルの言葉。

 

 同時に、

 

 巨大な腕が、響に向かって殴りかかって来た。

 

「クッ!?」

 

 その様に、とっさに攻撃をキャンセルする響。

 

 とっさに魔力で空中に足場を作ると、その場から飛びのく。

 

 間一髪。巨腕は一瞬速く飛びのいた響をかすめる形で過ぎ去っていく。

 

「まだまだ行くよッ!!」

 

 ギルもまた、攻撃の手を緩めない。

 

 すかさず腕を返し、響を追いかける。

 

 対して、

 

「そんな物ッ!!」

 

 響は聖剣を八双に構えると、空中を疾走。

 

 自身に向かって振り下ろされようとしている巨腕に、真っ向から斬り込んでいく。

 

 鋭く奔る一閃。

 

 その一撃が、巨腕を半ばから斬り飛ばした。

 

 轟音と共に、大地へと叩きつけられる巨腕。

 

 まさに剣士(セイバー)の名に恥じない、剣の冴えである。

 

 だが、

 

「やるね・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな響の様子を見て、ギルはニヤリと笑う。

 

「けど、まだまだァ!!」

 

 言い放つと同時に、再び宝具の一斉掃射を開始。上空の響へと殺到した。

 

 

 

 

 

 戦い続ける響の様子。

 

 その様を、イリヤ、クロ、バゼットの3人は、離れた場所から眺めていた。

 

 戦況は、正に一進一退と言ったところであろうか。

 

 剣士(セイバー)夢幻召喚(インストール)した響の戦闘力はすさまじく、地下空間ではあれだけの猛威を振るった敵を相手に、たった1人で状況を拮抗させている。

 

 地力では、響は決してギルに劣ってはいない。

 

 しかしギルの方は、何と言ってもあの巨体である。

 

 凄まじい攻撃力は、一撃でも当たれば響には致命傷になり得る。加えて、件の宝具一斉掃射である。

 

 響は再三に渡って斬り込んではいるものの、ギルの圧倒的な戦力差を前に、押し返されている。

 

 全体的に見て、やや響が有利、と言ったところであろう。

 

 しかし、それは薄氷を踏むような物。一手でも指し違えれば、即座に逆転を許す事になる。

 

「できれば、援護したい所なんだけど・・・・・・」

「無理でしょう」

 

 歯痒そうに呟くクロに対し、こちらも悔し気にバゼットが返す。

 

 既に事態は、人の手に余っている。介入すればそれこそ命取りになる死、何より、却って響の足を引っ張る事になりかねない。

 

 故に、末弟の奮戦を見ている事しか、今の彼女達にはできる事は無かった。

 

 そんな中、

 

「・・・・・・・・・・・・いつの頃からだったのかな?」

「は?」

 

 不意に呟いたイリヤに、クロは不審な眼差しを向ける。

 

 対して、イリヤは響の戦いを見つめながら口を開く。

 

「響の事が、頼もしく思えるようになったのって」

 

 いつも、姉であるイリヤの後を、黙って着いて来ていた口数の少ない弟。

 

 どこか儚げで頼りない少年。

 

 だが今、彼女たちの弟は、誰よりも勇敢に剣を振るい、自分よりも圧倒的に巨大な敵と戦っている。

 

 友の為、勇敢に戦う響の姿を、イリヤは静かに見つめる。

 

 こうしている間にも響は、手にした聖剣で宝具を打ち払い、振り下ろされる巨腕を受け止めている。

 

「響は戦っている。なら、私も私ができる事をしないと」

「そんな事言ったって、もうわたし達にできる事なんて・・・・・・」

 

 何もない。

 

 そう言いかけたクロに対し、

 

 イリヤはキッと、眦を上げた。

 

「あるッ」

 

 凛と叫ぶと同時に、手を伸ばす。

 

「手を貸してッ サファイア!!」

《は、はいッ!!》

 

 呼ばれて、

 

 美遊と放され、消沈していたサファイアが答える。

 

 同時に、少女の手には2本のステッキが握られた。

 

 右手にはルビー。

 

 左手にサファイア。

 

 2本のステッキを構えるイリヤ。

 

 同時に、

 

 少女の姿は、まばゆい閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

 視線を合わせる、響とギル。

 

 同時に放たれた無数の宝具を、聖剣で切り払う響。

 

 だが、その胸の内には、僅かな焦慮が芽生え始めていた。

 

 先程から、再三に渡って攻め込んでいる響。

 

 しかし、ギルの攻撃が織りなす圧倒的な手数を前に、その都度押し返されていた。

 

 能力が劣っているわけでは、決してない。

 

 それどころか、確信がある。

 

 (セイバー)の方が、自力ではギル(アーチャー)に勝っている。斬り込む事さえできれば、勝機は十分にあった。

 

 しかしそもそも、弓兵(アーチャー)の本文は遠隔攻撃。接近戦で敵わない事が分かっていて剣士(セイバー)に斬り込ませるはずが無かった。

 

 バイザーの下で、響は目を細める。

 

 このまま攻撃を続けても埒が明かないのは明白だ。

 

 何より、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 自身の中にある不安を、響は振り払う。

 

 迷っている暇など、そもそもからしてないのだ。

 

 聖剣を構えなおす響。

 

 その姿を見て、

 

 ギルも再び、宝具を放射態勢に入った。

 

 飛んでくる無数の刃。

 

 対して、跳躍して回避行動に入る響。

 

「そんな物、今更ッ!!」

 

 そのまま、聖剣を振り被る。

 

 回避と同時に、攻撃に転じる構えだ。

 

 上空の響を睨むギル。

 

 その視界の先で、聖剣の刃を向ける響。

 

 このまま斬り込む。

 

 響がそう思った。

 

 次の瞬間、

 

「甘いね」

 

 嘲笑と共に不吉に響く、ギルの言葉。

 

 同時に四方八方から一斉に、泥の触手が伸びてきた。

 

「なッ!?」

 

 目を見開く響。

 

 数百。

 

 事によると千に届くかもしれない。

 

 触手は異形の巨体から直接伸びており、その全てが響めがけて殺到しようとしている。

 

 ギルはこの状況で尚、奥の手を隠し持っていたのだ。

 

 無数にある触手。

 

 その全てを斬り飛ばす事は困難を極める。

 

「ちょっと、小うるさいから・・・・・・少し、大人しくしてもらおうかな」

 

 やや苛立ちの混じったギルの言葉に呼応するように、一斉に動き出す。

 

 四方八方から騎士王たる少年に殺到する黒い触手。

 

 対抗するように剣を水平に倒し、抜き打つように構える響。

 

 だが、払いきれるか?

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 横合いから迸った閃光が、黒い触手を真っ向から薙ぎ払った。

 

「えッ!?」

「なッ!?」

 

 今にも響に襲い掛かろうとしていた触手の群れが一瞬にして、全て吹き飛ばされた。

 

 突然の事態に、驚く響とギル。

 

 予期しえなかった事態に、互いの動きが止まる。

 

 振り返る響。

 

 その視線の先には、

 

 ステッキを構えたイリヤの姿があった。

 

 だが、少女の姿もまた、いつも通りの物ではない。

 

 イリヤが着ている衣装。基本的な構造はカレイド・ルビーの物をベースにしているが、色は普段のピンクではなく紫を基調にしており、胸元にはルビーの象徴である五芒星が、そして腹部にはサファイアを現す六芒星が飾られている。

 

 長い銀髪もサイドで結ばれている。

 

 何より特徴的なのはステッキ。

 

 先端部分が水晶状になり、両側には鳥と蝶の羽があしらわれている。ちょうど、ルビーとサファイアが合わさった形だ。

 

 舞い散る薄紫の燐光が、羽毛の如く輝いている。

 

 可憐にして勇壮なる魔法少女の戦姿。

 

 カレイドライナー・ツヴァイフォーム

 

 ルビーとサファイア。2本のカレイドステッキを同時に使用して初めてなされる、いわば「反則技」。

 

 最強の英霊を相手に、まともな戦い方では対抗できない。

 

 響を助け、ギルに対抗する為にイリヤが選んだ戦い方もまた「異形」だった。

 

 イリヤはゆっくりと響の側へと降り立ち、ステッキを構える。

 

「援護するよ、ヒビキ」

「ん、助かる」

 

 力強くうなずく響。

 

 最高の援軍を得て、再び動き出す。

 

 黒いコートを靡かせ、光り輝く聖剣を振り翳す響。

 

 その姿を見て、

 

「アハッ どうやら、まだまだ楽しめそうだね」

 

 ギルはニヤリと笑う。

 

「なら僕も、そろそろ本気で行かせてもらおうかな!!」

 

 言い放つと同時に、空間を開く。

 

 その数たるや、これまでの比ではない。

 

 殆ど、視界全てを埋め尽くす量の宝具が、2人目がけて殺到してくる。

 

 「本気」と言うギルの言葉はウソではない。彼は自身の全戦力を投入してでも、響とイリヤを叩き潰すつもりなのだ。

 

 対して、イリヤはステッキに魔力を込めながら、傍らの弟に言った。

 

「響、そのまま走って!!」

「んッ」

 

 同時に、イリヤは動く。

 

 ステッキに込めた魔力を、魔力弾として打ち出す。

 

 しかし、

 

 その威力たるや、通常時(カレイド・ルビー)とは比較にならない。

 

 魔力の弾丸、と言うよりは、殆ど「槍」に近い。

 

 次々と放たれる無数の魔力槍が、飛んでくる宝具を片っ端から撃ち落としていく。

 

 その様に、

 

「ッ!」

 

 初めて、ギルは表情を変えた。

 

 これまで響と戦っている時も、ギルは殆ど表情に変化を見せなかった。

 

 常に余裕の態度を浮かべていたギル。

 

 だが、その余裕が、イリヤの参戦によって崩れようとしていた。

 

 自身が絶対の確信を持って放った攻撃を、あっさりと跳ねのけたイリヤに対して、ギルは警戒を強めた。

 

 攻撃を開始するイリヤ。

 

 次々と放たれる魔力の槍が、ギルの放つ宝具を撃ち落としていく。

 

 壮絶な撃ち合いが続く。

 

 その眼下を、

 

 黒のロングコートを靡かせて奔る影。

 

 響だ。

 

 姉の援護を受けた騎士王たる少年は、聖剣を振り被るようにして迫る。

 

「このッ!!」

 

 対抗するように巨腕を振るうギル。

 

 幾本かは響によって斬り飛ばされているが、まだ十分な数が健在である。

 

 迫る響を掴み取ろうと、巨大な掌が広げられる。

 

 だが、

 

「もう効かないッ」

 

 短い声と共に、聖剣を振り上げる響。

 

 縦に奔る一閃が、腕を中途で斬り飛ばす。

 

 更に、

 

 体を回転させる響。

 

 遠心力によって得られた威力をそのまま剣に乗せて振りぬく。

 

 その一撃が、更に一本、巨腕を斬り飛ばした。

 

「ッ!? やってくれる!!」

 

 舌打ちするギル。

 

 イリヤを無視して、響に向けて宝具の切っ先を向ける。

 

 眼下に向けて射出される刃。

 

 だが、

 

 その前に、薄紫の羽根を羽ばたかせてイリヤが飛び込んで来た。

 

 物理保護障壁を展開するイリヤ。

 

 放たれる宝具は全て、イリヤの障壁によって弾かれる。

 

 状況は、変化しつつある。

 

 響とイリヤは間違いなく、ギルを圧倒していた。

 

 ギルの攻撃は封殺され、逆に2人の攻撃は僅かずつだが、ギル本人へ届きつつある。

 

 このままいけば勝てる。

 

 そう感じさせるに、充分な状況である。

 

 だが、

 

 事態は、そう甘くはない。

 

 既にイリヤは感じていた。

 

 この戦い方は、自分にとって長くは保たない、と。

 

 それは、少女の全身を苛む痛みが、何より雄弁に主張している。

 

 ツヴァイフォームになった事で、イリヤの魔力量は通常時より確実に上がっている。

 

 攻撃力、機動力、防御力、全てにおいて、通常時とは次元が違うレベルだ。今のイリヤなら、何でもできそうな気さえする。

 

 だが、代償の無い奇跡は存在しない。

 

 イリヤの能力が飛躍的に上がった事も同様である。

 

 ツヴァイフォームになり、あらゆる戦闘力が向上したとはいえ、それでイリヤ本体の能力が上昇したわけではない。

 

 今のイリヤは、血管や神経、筋繊維、リンパ節と言った人間本来の器官を、「意図的に魔術回路として誤認させる」事により、絶大な魔術行使を可能としているのだ。

 

 言うまでも無く、そんな戦い方をしては、イリヤ自身も無事である訳がない。徐々に体は傷ついていく。

 

 つまり戦い続けるごとに、イリヤは己の命を削り続けているのだ。

 

 だが、それでも尚、イリヤは攻撃をやめない。

 

 飛んでくる宝具を撃ち落とし、向かってくる触手を切り払う。

 

 そして、

 

 それは彼女の弟も同様だった。

 

 中にいる「あいつ」は、響に言った。

 

『いいかい。今、君の魔術回路を僕の魔術回路とつなぎ合わせる事で、無理やり魔力を供給している。けど、言うまでも無く、これは本来の使い方じゃない』

 

 諭すような声に、スッと目を細める響。

 

『長く続ければ、君の魔術回路は焼け付き、最悪は命にもかかわるだろう』

 

 うるさいッ

 

『だから、なるべく短期決戦を目指すんだ』

 

 黙れッ

 

 頭に響く声を振り払い、響は伸びてきた触手を切り払う。

 

 まともじゃない?

 

 命に関わる?

 

 だからどうした? そんな事、こっちはとっくの昔に想定済みだ。

 

 あの英霊を倒し、美遊を助け出す。

 

 その為なら、あらゆる運命をも斬り伏せて見せる。

 

 その想いと共に、響は聖剣を振るう。

 

 自身に向かってくる響とイリヤを見ながら、英霊の少年は嘆息する。

 

 劣勢である。それは間違いない。

 

 最強の英霊たる自分が、こうまで一方的に押されるとは思っても見なかった。

 

「どうにも、この姿になってから、攻撃が大雑把になっていけない」

 

 この戦い方は本来、ギル自身の趣味にあった物ではない。

 

 ギル的にはもっと、スマートな戦い方を好む。こうした考え無しに宝具をばらまくやり方は、彼の美学に反していた。

 

 だが、今の彼は「取り込まれた」状態ににある。主導権は無い。

 

 ならば、

 

「どうせなら、もっと大雑把に行こうか」

 

 言い放つと同時に掲げられる巨大な手。

 

 その手が、

 

 空間から巨大な剣を取り出した。

 

 ゴツゴツとした岩を直接削り出したようにも見えるその剣は巨大であり、それだけで小山ほどもある。

 

 千山斬り拓く翠の地平(イ ガ リ マ)

 

 メソポタミア神話に登場する戦神ザババの持つ「翠の刃」である。

 

 「斬山剣」と言う異名でも呼ばれるその刃は、文字通り山一つ斬り飛ばす事も不可能ではないサイズを誇っている。

 

「さあ、受けてみなよ、受けられるものならねェ!?」

 

 言い放つと同時に、千山斬り拓く翠の地平(イ ガ リ マ)を振り下ろす少年。

 

 その圧倒的な一撃が大地を砕き、木々を容赦なく叩き潰す。

 

 だが、

 

 振り下ろされた巨剣の下から、蒼い影が飛び出してきた。

 

 響だ。

 

 振り下ろされた巨大な刃を回避し、斬りかかっていく。

 

 その姿を見て、

 

「まだまだ行くよッ」

 

 少年は、更に千山斬り拓く翠の地平(イ ガ リ マ)を振り翳そうとした。

 

 次の瞬間、

 

 光の翼を広げて、イリヤが飛び込んで来た。

 

「やらせないよ!!」

 

 手にしたステッキから伸びる光の刃。

 

 その一閃が千山斬り拓く翠の地平(イ ガ リ マ)の刀身を中途から斬り飛ばした。

 

 圧巻とも言える光景だ。

 

 少女の放った一閃が巨大な剣を斬り飛ばしたのだから。

 

 折れた刀身が、轟音と共に大地に突き刺さる。

 

 その様を見ながら、イリヤは叫んだ。

 

「今だよッ ヒビキ!!」

「んッ!!」

 

 姉の援護に、バイザー越しに頷く響。

 

 聖剣を振り翳し、斬りかかっていく。

 

 対して、全ての攻撃を封殺された少年は、響の眼前に盾を作り出す。

 

 視界全てを覆うほどの巨大な盾は、地下空間での戦いでクロの攻撃を防ぎ切った、あの盾だ。

 

 聖剣の一撃すら防いだ盾は、正に防御力においては究極と言って良いかもしれない。

 

 だが、逆を言えば、あらゆる攻撃を封殺されたギルには、もはや防御以外の選択肢は残されていないとも言える。

 

 響の眼前に迫る、巨大な盾。

 

 だが、

 

「そんな、物!!」

 

 渾身の力で聖剣を振りぬく響。

 

 斜めに走る銀の光。

 

 その一閃が、目の前の巨大な盾を見事に両断して見せた。

 

 斬り裂かれ、消滅する盾。

 

 これには、流石のギルも予想外だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ハハハ」

 

 乾いた笑いを浮かべる少年。

 

 何物をも貫く事能わぬ神の盾。

 

 それを響は、真っ向から両断して見せたのだ。

 

 まったくもって度し難い。

 

 いったいいかなる業を積めば、これほどの力を発揮できるというのか?

 

「・・・・・・友の為・・・・・・愛する者の為、己の命を削るか」

 

 言いながら、手を伸ばす。

 

「ああ・・・・・・君こそが・・・・・・・・・・・・」

 

 抜き放たれる少年の腕。

 

 そこには、

 

 あの地下空間で、鏡面界を斬り裂いた剣が握られていた。

 

 その様に、響とイリヤは目を見開く。

 

 あの剣の威力は、既に身をもって体験済みである。

 

 波の手段での対抗は不可能である事も。

 

 既に「刀身」の円筒は回転をはじめ、絶大な魔力が猛っているのが分かる。

 

「君達こそが、僕の全力に相応しい!!」

 

 振り翳される剣が、周囲に衝撃波を撒き散らす。

 

 あの圧倒的な力を誇る宝具が、再び解き放たれようとしているのだ。

 

「この剣に銘は無い。僕はただ『エア』と呼んでいる。かつて天と地を分けた、文字通り世界を創造した最古の剣さ。感じるかい? 遺伝子に刻まれた始まりの記憶をさ・・・・・・」

 

 泥にまみれた少年の双眸が、真っ向から響とイリヤを睨み据える。

 

世界(ゆりかご)ごと君達を斬り裂き、今ここに原初の地獄を織りなそう!!」

 

 更に吹き荒れる暴風。

 

 その一撃が解き放たれれば、響やイリヤの存在が消し飛ぶだけではない。

 

 間違いなく、冬木の存在が地図上から抹消されるだろう。そこに住む住人ごと。

 

 ならば、

 

 躊躇うべき何物も、響の前には存在しなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・イリヤ、下がって」

「え、ヒビキ?」

 

 突然の弟の言葉に、イリヤは驚く。

 

 いったい、ここにきて響は何を言い出すのか?

 

 戸惑うイリヤに、響は振り返る。

 

「イリヤの限界は近い。後は任せて」

 

 響には判っていた。

 

 イリヤが無理な戦い方をしている事を。恐らく、このまま戦い続けたら、イリヤと言う存在そのものの破綻にも繋がりかねない。

 

 だからこそ、後の始末は自分が付けると決めた。

 

「そんなッ それなら響だって・・・・・・」

「それに・・・・・・・・・・・・」

 

 言い募ろうとするイリヤを制して、響は告げる。

 

 その口元には、常には見せない微笑を浮かべる。

 

「お姉ちゃんを守るのは、弟の役目、でしょ」

 

 その言葉に、喉を詰まらせるイリヤ。

 

 ああ、そうか。

 

 響はどこまで行っても、イリヤの自慢の弟に他ならなかった。

 

 姉の想いを背に、前へ出る響。

 

 これが本当に、最後の激突だ。

 

 そしている間にも、少年の掲げる剣に魔力の暴風が集まっていく。

 

 あれが解放されれば、本当に世界が斬り裂かれてもおかしくは無いだろう。

 

 ならば、

 

 こちらも全ての力でもって対抗するしかない。

 

 イリヤに言われた通り、響も決して無傷ではない。これ以上の戦闘続行は命にもかかわるだろう。

 

 だが、

 

 たとえ手足を吹き飛ばされても、ここで諦める気は無い。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 剣を掲げる響。

 

 全ては美遊を、

 

 大好きな少女を取り戻すために。

 

 迫る異形の怪物を見据えて叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十三拘束解放(シール・サーティーン)!! 円卓議決開始(ディシジョン・スタート)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 其れは、人類史に刻まれし最強の聖剣。

 

 星に危機が迫りし時、真の力を発揮する事が許される神造兵装。

 

 振るえば担い手に勝利をもたらす絶対の輝き。

 

 その絶大なる力故に、普段は厳重な封印が掛けられている。

 

 人が振るうには、あまりにも強大すぎる力。

 

 故に、普段は厳重の上にも厳重な封印が掛けられている。

 

 その封印を解くには、騎士王を含む、13人の円卓の騎士。その半数以上の承認が必要となる。

 

 

 

 

 

「是は、己よりも強大な者との戦いである」

 べディヴィエール、承認

 

 

 

 

 

「是は、精霊との戦いではない」

 ランスロット、承認

 

 

 

 

 

「是は、誉ある戦いである」

 ガウェイン、承認

 

 

 

 

 

「是は、友に捧げる戦いである」

 パーシヴァル、承認

 

 

 

 

 

「是は、愛する者を守る戦いである」

 トリスタン、承認

 

 

 

 

 

「是は、邪悪との戦いである」

 モードレッド、承認

 

 

 

 

 

「是は、私欲なき戦いである」

 ガラハッド、承認

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

「是は、世界を救う戦いである」

 アーサー、承認

 

 

 

 

 

 八拘束解除。

 

 これにより、円卓会議は議決される。

 

 聖剣解放に必要な、円卓の騎士十三人中、半数以上の承認。

 

 その必要条件が揃った。

 

 次の瞬間、

 

 全ての拘束が解放され、聖剣は真の姿を現す。

 

 優美な装飾が次々と解かれ、その中より現れ出でる一振りの剣。

 

 真っすぐな刀身に、中央には蒼い装飾のある剣。

 

 解放前に比べて、極シンプルなデザイン。

 

 しかし聖剣は、いよいよ増した凄みでもって、その場に存在している全てを圧倒している。

 

 既にその存在からして、別次元である事が分かる。

 

 あふれ出る魔力によって、空間そのものが歪んでいく。

 

 これこそが、彼の騎士王の佩刀にして、全ての邪悪を斬り裂く事を運命づけられた最強の聖剣。

 

 振り被る響。

 

 ほぼ同時に、少年も手にした(エア)を掲げた。

 

 睨み合う両者。

 

 交錯する視線。

 

 激突する戦気。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約束された(エクス)・・・・・・勝利の剣(カリバー)!!」

天地乖離す(エヌマ)・・・・・・開闢の星(エリシュ)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激突する激浪の如き魔力。

 

 ギルの放つ轟風と、

 

 響が放つ閃光がぶつかり合う。

 

 周囲に撒き散らされる衝撃。

 

 圧倒的な破壊の情景。

 

 その中で、

 

 響は必死に剣を繰り出す。

 

 負けない

 

 負けない

 

 絶対に!!

 

 勝って、美遊を取り戻す!!

 

 たとえ、この身が砕け散ろうとも!!

 

 その執念だけが、響を支え続ける。

 

 その時、

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 剣を握る響の手に。別の手が重ねられる。

 

 振り返る響。

 

 そのすぐ隣にある、姉の姿。

 

 イリヤの手は、響の手に重ねられるようにして聖剣を握っていた。

 

「イリヤ・・・・・・」

「弟を守るのは、お姉ちゃんの役目でしょ」

 

 そう言って、ニッコリとほほ笑む。

 

 頷き合う、響とイリヤ。

 

 2人の魔力により、威力を増す約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

 次の瞬間、

 

 閃光が、周囲全てを一気に薙ぎ払った。

 

 

 

 

 

第38話「神々の戦場」      終わり

 


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