Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第36話「果ての運命」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 携帯電話を閉じ、ポケットに押し込む。

 

 必要な措置を終えた響は、傍らに座り込む男へと向き直った。

 

 少年にとって、かつて宿敵だった男は今、全ての役割を終え、穏やかな思いと共に伏していた。

 

「気分、どう?」

 

 問いかける少年の言葉に対し、苦笑と共に返事がなされた。

 

「悪くは無い・・・・・・良くも無いがな」

 

 ルリアを抱えたまま、優離は答えた。

 

 その表情は、心なしか晴れやかなようにも見える。

 

 ルリアの病院脱走を察知し、傷ついた身で戦場へとはせ参じた優離。

 

 間一髪のところで、かつての宿敵たる響を助け、ルリアの暴走を止める事に成功したのだった。

 

 そのルリアもまた、優離の腕の中で静かな寝息を立てていた。

 

 響との戦いで受けた傷痕は見られない。どうやら、英霊アタランテが、彼女のダメージをすべて引き受けてくれたらしかった。

 

 結局、彼女の心を救えたかどうか、それは判らない。

 

 特に、彼女が響や美遊に向けてきた狂気とも言える執着。

 

 狂戦士と化したルリアの心が、敗北によって更なる深みへと落ちている事は否定できない。

 

 もしそうなれば、彼女は再び響達の前に立ちはだかる事になる。

 

 だが、

 

 その事を考えている時間は、響には残されていなかった。

 

「もう行け、衛宮」

 

 背中を押すように、優離は促した。

 

 その真っすぐに見つめる瞳は、友へと送るエールが込められている。

 

「お前にはお前の成すべき事があるのだろう」

「ん」

 

 頷きを返す響。

 

 確かに、こうしている間にも戦いは続いているのだ。早く円蔵山に向かわなくてはならない。

 

「2人の事は、カレンに連絡しといた。あとで回収してくれるって」

 

 バゼットの説明では、カレンは聖堂教会所属で、今回のカード回収任務では重要な役割を持ち、それなりの権限が与えられているのだとか。

 

 彼女なら、優離達を保護してくれるだろうと思い、先程連絡しておいたのだ。

 

 そんな響に対し、優離はいぶかるような視線を向けた。

 

「カレン・・・・・・カレン・オルテンシアか? 聖堂教会の?」

「知ってるの?」

 

 優離の口からカレンの名前が出てくるとは思わなかった響は、意外な面持ちになる。

 

 我らが保険医殿は、ずいぶんと顔が広いようだ。

 

「珍しい能力を持ってるからな。噂に聞いたことがある程度だ。それより、お前の方こそ知り合いか?」

「ん、保健の先生。やる気は無いけど」

 

 響の言っている意味が分からず、首をかしげる優離。

 

 無理も無い。言っている響き本人すら、彼女が何者であるかについてはさっぱり判っていないのだから。

 

 判っているのは、自虐的な露出癖がある事くらいではなかろうか? あと、やたらと子供の怪我を見たがるくらい?

 

 うん、控えめに言ってド変態だな。

 

 まあ、それでも電話で話したら、2人の事は引き受けてくれると言っていた。任せても良いだろう。

 

 踵を返す響。これ以上、時間を浪費する事は出来なかった。

 

 だが最後に、思い出したように振り返った。

 

「ルリア・・・・・・・・・・・・」

 

 優離の腕に抱かれた少女を見る響。

 

「起きたら伝えて・・・・・・ドッジ、またやろって」

 

 それだけ言うと、響は2人を置いて駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響も気が付いていなかったが、どうやらルリアと戦っている内に、円蔵山の方に近づいて来ていたらしかった。

 

 少し走ると、柳洞寺の山門が見えてきた。

 

 海に行ったときに引率してくれた一成の実家で、響も士郎について何度か遊びに来たことがある。

 

 もっとも、今はカレンが展開した誘眠の魔術のおかげで眠りについている事だろうが。

 

 見慣れた石段を駆けあがると、古めかしい造りの山門が見えてくる。

 

 とは言え、この石段自体、相当な段数がある。

 

 英霊化も解けた小学生の身には、いささかきつい物がある。

 

 半分も行かないうちに、響の息は上がり始めた。

 

 そもそも黒化英霊、そしてルリアとの戦いによって、魔力だけではなく体力も消耗している。

 

 疲労した身で石段登りはつらかった。

 

 それでも荒い息を吐きながら、最後の段まで駆け上がると、山門をくぐって境内を駆け抜け、神社の裏手へと回る。

 

 目指す場所は、もうすぐだ。

 

 この先では、再び戦いが待っているだろう。

 

 正直、魔力が切れた今の響では、殆ど戦う事は出来ない。

 

 しかし、それでも行かなくてはならない。

 

 こうしている間にも、イリヤと美遊は戦っているのだ。

 

 導かれるように走る響。

 

 やがて、開けた場所に出る。

 

 そこで、

 

「なッ・・・・・・・・・・・・」

 

 絶句した。

 

 響がたどり着いた場所。

 

 そこには、魔力によって生み出された衝撃が渦を巻き、巨大なドームとなって猛威を振るっていたからだ。

 

 あまりの衝撃に、響は自分の体が傾ぐのを感じる。

 

 渦の中心は、響が立っている場所から未だに離れている。

 

 にも拘らず、容赦なく感じる凄まじい衝撃。

 

「何・・・・・・これ?」

 

 余りの光景に、響も言葉が続かない。

 

 いったい、何が起こっているのか?

 

 と、

 

「響?」

 

 背後から声を掛けられ、振り返る響。

 

 するとそこには、立ち尽くすようにドームを見つめる、イリヤと美遊の姿があった。

 

「響、無事だったんだね」

 

 駆け寄ってきた美遊が、心配そうに響の顔を見つめた。

 

「大丈夫? 怪我は?」

「ん、大したことない」

 

 ルリアとの戦いで受けた傷は決して小さな物ではなかったが、まだ動けなくなるほどのものではない。

 

 それよりも今は、2人の無事が確認できただけでも嬉しかった。

 

「良かった・・・・・・・・・・・・」

 

 安堵とともに呟く美遊。

 

 だが、

 

「良くないよ、ちっともね」

 

 突如、あらぬ方向から駆けられた声に、振り返る響。

 

 その視線の先に立つ人物を見て、

 

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 思わず絶句した。

 

 なぜなら、響の視線の先には、

 

 見慣れない金髪の少年が立っていたからだ。

 

 年齢は響と同じくらい、にも見えるが、響自身が同年代としてはやや小柄である事を考慮すれば、少し下くらいなのかもしれない。

 

 だが、問題はそこではない。断じて。

 

 なぜなら、

 

 目の前にいる少年は、衣服を全く身に着けていない、真っ裸だったからである。

 

 先程のカレンと言い、世間では露出がブームなのだろうか? 夏だからと言って色々と出しすぎだろう。

 

「えっと・・・・・・誰?」

 

 尋ねる響。

 

 いきなり出てきた人物に対し、状況の理解が追い付かなかった。

 

 よく見れば、美遊もイリヤも顔を赤くして、少年(真っ裸)の方を見ないようにしている。

 

 気持ちは判る。

 

 思春期の少女たちにとって、同年代以上の男の裸など、見るのも恥ずかしいだろう。

 

 イリヤに至っては涙目になっている。

 

 いったい何があったのか、勘繰りたくなるような光景だった。

 

「僕はギル。もしかして君も、今回の騒動の関係者かな?」

「ん・・・・・・まあ・・・・・・」

 

 イマイチ事態が呑み込めない響は、尋ねる少年(真っ裸)に対し曖昧な感じに返事をする。

 

 対して、ギルと名乗った少年(真っ裸)は、深々とため息をついて見せた。

 

「ほんと、やれやれだね・・・・・・まさかこんな風になっているとは思っていなかったよ。まったく、軽はずみな事をしてくれたもんだよね」

 

 呆れたように言いながら、ギル(真っ裸)は肩を竦める。

 

 何やら見た目の幼さに反して随分と横柄な態度にも見えるが、それでいて鼻に付かないから不思議である。

 

 ギル(真っ裸)は響、イリヤ、美遊をそれぞれ咎めるように睨んで言った。

 

「この責任、どうとるつもり、ねえ?」

「その前にまず、服を着て!!」

 

 ツッコミを入れるイリヤ。しごく、当然の反応だった。

 

 いったい全体、なぜにこうなったのか?

 

 話は、響が到着する少し前に遡る。

 

 先行する形で円蔵山の大空洞上空付近に到着してイリヤと美遊は、そこで信じがたい光景を目の当たりにした。

 

 先に到着していた黒化英霊は、自身の宝具を使って地面を叩き壊し、地表を割って大空洞を掘り起こしていたのだ。

 

 こうして破壊され、断ち割られた地面の下から露出した異様な文様。

 

 それが見えた瞬間、強烈な魔力の衝撃が、渦となって取り巻き始めた。

 

 このままじゃ拙い。

 

 とっさにそう判断したイリヤは、強引に衝撃波の中へと介入。その中にいた黒化英霊を押し出しにかかった。

 

 全力で攻撃を仕掛けるイリヤ。

 

 やがて、限界が来たのだろう。

 

 黒化英霊もカードもろともはじき出された。

 

 そして、

 

 全ての泥を取り去った中から出てきたのが、目の前にいる金髪の少年(真っ裸)だったわけである。

 

 因みに、

 

 押し出した瞬間、ギルの『ピー』を、イリヤの手ががっつりしっかり握ってしまった事が、現在の状況に繋がっている。

 

「少しは恥ずかしいと思わないの!?」

 

 同年代とは言え(あるいはだからこそ)、異性の裸は思春期の子供には刺激が強すぎた。

 

 殆ど悲鳴に近いツッコミを入れるイリヤに対し、少年(真っ裸)は清々しい笑いを向ける。

 

「何だ、そんな事か」

 

 そして、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕の身体に恥ずかしいところなんてないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なかなかの大物ぶり。

 

 まさにワールドワイド。

 

 ある意味、覇者の風格すらある。無駄に。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!? ッ!? ッ!? ッ!? ッ!? ッ!?」

「うわッ ちょッ!?」

 

 声にならない声を上げて、魔力弾を連射するイリヤ。

 

 それを必死によけるギル(真っ裸)。

 

 まさに、命がけのボケとツッコミだった。

 

 とは言え、流石にこれ以上はまずいと思ったのだろう。

 

 ギル(真っ裸)はやれやれとばかりに嘆息する。

 

「まったくもう。これで良いでしょ?」

 

 面倒くさそうに言って出てきた少年。

 

 その「前」だけを、葉っぱで隠している。

 

「良いわけないでしょーがーッ!!」

 

 悲痛なツッコミと共にイリヤが放った魔力弾が、ギル(葉っぱ)の頭を直撃した。

 

 とは言え、割と本気で、いい加減にしてほしかった。

 

「わかったよ、もう。服を着ろって事でしょ。でも、今の僕じゃ、ちゃんと繋がっているかどうか怪しいんだけどね」

 

 言いながらギルは、

 

 「何もない空間」に腕を突っ込んだ。

 

 その光景に、響、美遊、イリヤは絶句する。

 

 何もない空間を開き、中にある物を取り出す。

 

 それはまさに、地下空間で戦った黒化英霊の能力と同じだったからだ。

 

 つまり、目の前にいる少年は・・・・・・・・・・・・

 

「あー・・・・・・やっぱりろくなものが残ってないんだけど・・・・・・まあ、こんなもんかな?」

 

 言いながら少年は、空間から数枚の衣服を引っ張り出した。

 

 少し軽装のズボンとジャケット。華美にならない程度に付属した装飾品や衣装の造りを見れば、中東から北アフリカあたりにかけての民族衣装を連想させられる。

 

 幼いながらも気品を感じさせられる出で立ちだ。

 

 少なくとも真っ裸よりだったら100倍はマシである。

 

「なにあれ? 空中から服を取り出した・・・・・・」

「同じだ。無数の宝具を出現させた時と」

 

 服を着たギルの様子を見て、呻くように呟くイリヤと美遊。

 

 その答えが行き着く先はすなわち、

 

《間違いありません・・・・・・》

 

 ルビーも緊張の面持ちで告げる。

 

 どうやらこの場にいる全員、同じ見解に達したようだ。

 

《彼は8枚目のカード。その英霊です》

 

 まさか?

 

 なぜ?

 

 一同は混乱の極致に至る。

 

 黒化英霊ではない。

 

 目の前にいる少年は見た目にも人間そのものと言って良い。

 

 そんな一同に対し、

 

「さてと、これでお話しできるよね」

 

 着替えを終えたギルは、そう言ってニッコリ笑って向き直った。

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 遅ればせながら円蔵山のふもとに到着したクロ達も、大空洞のある場所へと急いでいた。

 

 先程から、周辺一帯の魔力がざわつき始めているのは感じていた。

 

 まだ大空洞までは距離があると言うのに、これだけの魔力の猛りを感じるのは異様としか言いようがない。

 

 何かが起きている。

 

 それも、容易ならざる事態が。

 

 駆ける足を速める一同。

 

 その時だった、

 

「がッ・・・・・・・・・・・・!?」

 

 突然、後ろを走っていたカレンが、何かにつまずくようにその場に倒れた。

 

「なにっ!?」

 

 振り返る一同。

 

 顔を上げたカレンを見て、思わず絶句する。

 

 カレンは口から血を吐き出し、更には目や額からも出血が見られる。

 

 明らかな異常事態だった。

 

 対して、カレンは自分の状態を冷静に見極めながら、苦しげな声で言った。

 

「術式が・・・・・・起動しました」

 

 その言葉に、戦慄が走る。

 

 ここで言うところの「術式」とは、聖杯戦争の物に他ならなかった。

 

 つまり、今まさに、聖杯が起動したと言う事を現している。

 

「その血は?」

 

 尋ねる凛。

 

 こうしている間にも、カレンの出血は続いている。決して重症と言うほどではないが、見ていて気分のいいものではない。

 

 対して、バゼットの手を借りて木の幹に腰かけながら、カレンは言った。

 

「これは監視魔術の反動。気にしなくて良いわ。わたしはただのカナリヤだから」

 

 カレンは魔術の発動を感知した場合、体の各所から出血を起こすという体質を持っている。その為、悪魔狩りなどで重宝されている。

 

 今回の監視者の任を負ったのも、この能力故だった。

 

 今の彼女は、万が一聖杯戦争の儀式軌道が確認された場合、その体に聖痕が現れるように調整されている。

 

 「カナリア」とは、つまりそういう事だった。

 

「それより、一つ分かった事がある」

 

 苦し気に顔を上げるカレン。

 

 どうやら体質とは言え、慣れているわけではないらしい。

 

 だが、自身の傷に構わず、カレンは続けた。

 

「まず、この術式はアインツベルンの物ではない」

 

 その言葉に、一同は息を呑む。

 

 本来の聖杯戦争とは、別の形の聖杯戦争が進行している。

 

 仮説としてあった事実が、ここに来て確定した形である。

 

「疑問なのは、いつ、誰が、どうやって、アインツベルンの術式と、今の術式を入れ替えたのか、と言う事」

 

 土地の地脈を使った術式を入れ替えるなど、簡単にできる事ではない。それも監視者に気付かれずにやるなど、ほとんど不可能に近いだろう。

 

 それこそ「聖杯」でも使わない限りは。

 

「私の仕事はあくまで『監視』。この先の事は立ち入れません。だから、私の知っている情報を、今ここで伝えておきます」

 

 そう言うとカレンは、一同を前にして、これまで自分が見聞きしてきたことについて語り始めた。

 

 初めに異変を感知したのは、今から3か月前の事だった。

 

 それまでほとんど異常が無かったにも関わらず、突如としてそれは起こった。

 

 ある日突然、大空洞の真上に位置する木々が、約180メートル四方にわたって「消失」したのだ。

 

 伐採や掘り起こされた痕跡は無く、文字通り「消滅」してしまったのである。きれいさっぱり、言うならば「初めから何もなかった」かのように。

 

「それとほぼ同時期に、冬木市全体にカードが出現しました。断定はできませんが、この二つの出来事は連動していると、私は考えています」

 

 確かに。

 

 大空洞とクラスカードは、どちらも聖杯に関わる事。それを分けて考える事の方が無理がある。

 

 カレンの言う通り、二つの出来事には何らかの関連があると見るべきだろう。

 

「そして、ここからが重要な事なのですが・・・・・・」

 

 そう前置きするカレン。

 

 対して、凛達も真剣な面持ちで先を促す。

 

 おそらくここからが、カレンの伝えたい最重要事項と思われた。

 

「私は大空洞に出入りする人物の監視もしていたのですが、ある日、入った人数と出てきた人数が合わない日があったのです」

「それは、私の事ね?」

 

 カレンの言葉を受けて、クロが答える。

 

 確かに、クロは大空洞の閉塞穿孔作業の際、イリヤの魔力を得て現界している。

 

 あの時は響、イリヤ、美遊、凛、ルヴィアの5人で入って、出るときはクロも出てきた訳だから、1人多くなっている。

 

「驚いたわ。5人の人間が入ったと思ったら、英霊なのか人間なのか、よくわからない者が増えて出て来たんだから」

 

 苦笑交じりに言いながら、カレンはクロに目を向ける。

 

「でも、増えたのはあなただけじゃないの」

「え?」

 

 カレンの言葉に、驚くクロ。

 

 いったい、他に誰が出てきたというのか?

 

「3か月前、木々が消失し、カードが出現したあの日、入った人間がいない大空洞から、忽然と出てきた人物がいる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その人物は・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然起こった事態に、イリヤは驚きを隠せなかった。

 

「これは!?」

 

 慌てて、太もものカードホルダーから4枚のクラスカードを取り出す。

 

 「魔術師(キャスター)」「暗殺者(アサシン)」「狂戦士(バーサーカー)」。

 

 そしてバゼットから一時的に預かった「剣士(セイバー)

 

 それらのカードが、まるで生き物のように脈打っているのだ。

 

「いったい、何が起きているの!?」

 

 戸惑うイリヤ。

 

 と、

 

「へえ、君たち、カード持ってたんだ」

 

 ギルが、面白い物を見たように言う。

 

 どこか、不穏な空気が流れる中、少年の目は真っ直ぐに、

 

 もう1人の少女へと向けられていた。

 

「他のカードもここに近づいているみたいだし。やっぱり惹かれ合う物なのかな? ねえ・・・・・・・・・・・・」

 

 ある種の悪意を伴った少年の声が響き渡った。

 

「美遊ちゃん?」

「ッ!?」

 

 その言葉に、思わず息を呑む美遊。

 

「え?」

「何で?」

 

 戸惑いを隠せない、響とイリヤ。

 

 ギルが出現してから、美遊は一度も自分の名前を名乗っていない。

 

 にも拘らずなぜ、ギルは美遊の名を知っているのか?

 

 対して、

 

「・・・・・・まさか、記憶があるの?」

 

 美遊は、驚愕と共にギルに対し視線を向ける。

 

 その胸中に湧き上がる不安。

 

 隠していた事実を、白日の下に引きずり出そうとする悪意。

 

 駄目だ。

 

 この少年は危険だ。

 

 かつて、ゼストに感じた物と同種の危険さを、美遊は目の前の少年に感じていた。

 

「美遊?」

 

 事情が分からず、声を掛ける響。

 

 だが、それに美遊が何か答える前に、ギルが再び口を開いた。

 

「僕はそこらの英霊とはわけが違うから。ごめんね。僕の半身はどうしても、聖杯が欲しいみたいだ。けど、聖杯戦争の続きをするにしても、君がいないと始まらない」

 

 ある意味無邪気に、

 

 ただ淡々と、

 

 少年は事実のみを突きつけようとする。

 

「何せ君は・・・・・・・・・・・・」

 

 対して、

 

 美遊の動きも速かった。

 

 魔力で脚力を強化。同時に地を蹴る。

 

「それ以上口を、開くなァ!!」

 

 冷静な少女らしからぬ、激しい口調。

 

 迸る激情と共に、魔力を込めたサファイアを振り被る。

 

「美遊ッ!!」

「待って!!」

 

 響とイリヤの制止も聞かず、ギルに襲い掛かる美遊。

 

 だが、魔力を込めた渾身の一撃は、ギルの前に出現した不可視の壁によって防がれる。

 

「ッ!?」

 

 美遊は尚を諦めない。

 

 上空に跳び上がりつつ、魔力砲を連続して放つ。

 

 殆ど全力を振り絞るような砲撃の嵐。

 

 美遊は己の全てをぶつけるように攻撃を続ける。

 

 この少年の口は、何としても封じなくてはならない。

 

 少女の目はチラッと、自分の親友たちに向けられる。

 

 イリヤ、

 

 そして響。

 

 美遊にとって、何物にも代えがたい宝物。

 

 ここで折角手に入れた、小さな幸せ。

 

 あの少年は、それを壊そうとしている。

 

 それだけは、

 

 それだけは、絶対に許せなかった。

 

 だが、

 

 嵐のような砲撃にも、ギルの障壁は小揺るぎもしない。

 

 余裕の笑みを持って、美遊を見つめている。

 

「眠ってばかりだった君が、ずいぶんとお転婆になったものだね。けど、その様子だと、もしかして彼らには秘密にしてたのかな? だったら悪かったね」

 

 そして、言い放つ。

 

 決定的な一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、並行世界のお姫様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆けながら凛は、自分の中にあった違和感が、現実のものとなりつつあるのを感じていた。

 

 以前、バゼット戦の直前、凛は冬木の地脈調査を行っている。

 

 その際に出た結果。

 

 写し取った転写。

 

 そこに描かれた地脈に、僅かな「ズレ」が見られたのだ。

 

 大空洞を中心に、半径400メートルほどを円形に切り取り、僅かに時計回りに回転させたような形の奇妙なズレ。

 

 最初は、何かの間違いだろうと思った。こんな形に地脈がずれるなど、本来ならありえない。

 

 だが、

 

 これがもし、「ずれた」のではなく「入れ替えた」のだとしたら?

 

 「円」なのではなく「球」なのだとしたら?

 

 大空洞を中心にして、立体的に土地そのものを、どこか別の場所と入れ替えたのだとしたら?

 

 その結果、地脈が本当にずれているのだとしたら?

 

 今起きている全ての謎に、辻褄が合ってしまうのだ。

 

 そもそも仮説はあった。

 

 用途、製作者不明のクラスカードが発見された鏡面界。

 

 あそこはそもそも、現実世界と並行世界の鏡界面に当たるのだ。

 

 その行き付く結論とはすなわち、

 

 「大空洞の空間が、そっくりそのまま並行世界の大空洞と入れ替わっている」と言う事になる。

 

 まさか、と思わないでもない。

 

 だが、

 

 本来の形ではない聖杯戦争。

 

 クラスカード。

 

 ずれた地脈。

 

 突如、消失した木々。

 

 そして、いるはずのない人間。

 

 それら全ての状況証拠の指し示す先にある真実は全て、仮設の正しさを証明している。

 

 急がなければ。

 

 駆ける足を速める。

 

 何か良くない事が起こっている。

 

 そう思わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「並行、世界? ・・・・・・美遊?」

 

 響は唖然とした声で呟く。

 

 並行世界。

 

 ゲームや漫画ではよく聞く言葉だが、現実に接する事になると、誰が予想しえただろうか?

 

 果たして、そんなものが本当にあるのか?

 

 そして、そこから来たという美遊は?

 

 驚愕する、響とイリヤ。

 

 その視線の先では、美遊が絶望に打ちひしがれて立ち尽くす。

 

 それぞれの反応を、可笑しそうに見つめる英霊の少年。

 

「ごめんね。人の隠し事を暴くのは趣味じゃないんだけど、でも、状況がこうなってしまったんだからしょうがない」

 

 美遊の受けた絶望などまるで意に介さず、ギルは軽い口調で続ける。

 

「許してね、運が悪かったと思って」

 

 言っている間に、

 

 大空洞を中心に沸き起こっていた魔力の渦に、変化が起きる。

 

「諦めてね・・・・・・・・・・・」

 

 ギルの言葉に呼応するように、

 

 渦の中から何かが飛び出してきた。

 

 その姿に、

 

「なッ!?」

「何あれ!?」

 

 思わず叫ぶ、イリヤと響。

 

 腕だ。

 

 2人の視界の中で、巨大な腕が伸び、空中にある美遊に掴みかかろうとしていた。

 

 まさに「巨人の腕」と称していいその腕は、前腕だけで樹齢数千年の大樹並にある。手のひらに至っては、広げれば大人ですらすっぽり収まってしまいそうだ。

 

「美遊ッ 逃げて!!」

 

 響が叫ぶ中、

 

 しかし、絶望した美遊は、逃げる事も出来ない。

 

「これが君の、運命(Fate)だよ」

 

 ギルの言葉と共に、

 

 広げられた巨大な手が、美遊の体を羽虫のように鷲掴みにしてしまった。

 

「ミユッ!!」

 

 とっさに飛び出すイリヤ。

 

 とにかく助けないと。

 

 その一心で、美遊の元へと向かう。

 

 魔力の斬撃を放つも、腕は堪えた様子も無く、美遊を渦の中へと引きずり込んでいく。

 

 響に至っては、既に魔力の大半を使い果たした状態である為、動く事すらままならない。

 

「ダメだったんだ・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな中、

 

 美遊は絶望に満ちた声で、言葉を紡ぐ。

 

「拒んでも・・・・・・抗っても・・・・・・逃げても無駄だった」

「諦めないでミユッ 手を伸ばして!!」

 

 必死に叫び、手を伸ばすイリヤ。

 

 だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが・・・・・・・・・・・・わたしの運命」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 告げると同時に、

 

 美遊は手にしたサファイアを、イリヤの方に向けて放り投げる。

 

「美遊ッ!!」

「ミユッ!!」

《美遊様!!》

 

 響が、

 

 イリヤが、

 

 サファイアが叫ぶ中、

 

 美遊の体は渦の中へと引きずり込まれていく。

 

「お願い・・・・・・イリヤ・・・・・・響・・・・・・・・・・・・」

 

 少女の言葉は、絶望を伴って親友たちへと向けられる。

 

「こわして・・・・・・わたしごと、この怪物を・・・・・・・・・・・・」

 

 そうしている内に、変身が解かれる。

 

 魔法少女(カレイド・サファイア)から、ただの小学生の女の子へと戻ってしまう美遊。

 

 その姿は巨人の手のひらに掴まれたまま、魔力の渦へと沈んでいく。

 

「イリヤ・・・・・・響・・・・・・ごめんなさい・・・・・・関係ないあなた達を巻き込んでしまって・・・・・・ごめんなさい・・・・・・今までずっと、言えなくて・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さよなら」

 

 

 

 

 

第36話「果ての運命」      終わり

 


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