Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第31話「黄昏時の誓い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海水浴に行った数日後。

 

 一同の姿は、エーデルフェルト邸の応接室にあった。

 

 先の攻防戦によって全壊したエーデルフェルト邸は、このほどようやく再建が完了し、元の荘厳な外観を取り戻していた。

 

 そのお祝いの挨拶と言う名目でやって来た、イリヤ、クロ、響の姉弟達。

 

 しかし、実際の目的は他にあった。

 

「と言う訳で・・・・・・・・・・・・」

 

 メイド姿の凛は、一同を見回して言った。

 

 その視線の先には当主のルヴィアをはじめ、メイドの美遊、そして衛宮家の3姉弟と、ルビー・サファイア姉妹の姿もあった。

 

 テーブルの上にはお茶とケーキがおかれ、一見すると友人同士集まった、単なるお茶会のようにも見える。

 

 が、その本来の目的は、これから起こる戦いへの作戦会議であった。

 

「これより、8枚目のカード回収、作戦会議を始めるわよ」

 

 凛の宣言に拍手する一同。

 

 そんな中、凛は背後に用意したホワイトボードを指示して説明する。

 

「今回、屋敷の再建と並行して、8枚目のカードがあると思われる地脈付近のボーリング作業を行ったわ。そっちの作業もつい先日完了。地中深くに眠るカードの元までたどり着いたわ。あとはこれまで通り、鏡面界にジャンプして、カードを回収するだけよ」

 

 今回、最大の問題だったのは、カードが地下深くにあって、事実上、地上からは手出しができない事だった。

 

 そこでルヴィアは問題の地脈上の土地を丸ごと買収し、大規模なボーリング作業を展開。目標の地点まで下りていける地下道を建設したのだ。

 

「はいはい、しつもーん」

 

 挙手したのはクロだった。

 

現実界(こっち)はボーリング工事してあるからいいけど、鏡面界(あっち)は土の中なんじゃないの?」

「あ、言われてみれば」

 

 クロの疑問に、イリヤも頷く。

 

 確かに、ジャンプした先が土の中だったらシャレにならない事態である。

 

 その疑問にはサファイアが答えた。

 

《それは大丈夫です。鏡面界は可能性を重ね合わせた状態にありますから》

「どゆこと?」

 

 意味が分からず首をかしげる響。その間にもケーキを食べる手は止めない。

 

 すると今度はルビーが口を開いた。

 

《我々がジャンプする事によって、重ね合わせの中から相対状態を選び取る訳です。まあ、本当の意味での理解はシュバインオーグのじじいにしか不可能ですが、『シュレディンガーの猫』を思い浮かべればわかりやすいかと》

「・・・・・・結局、よくわかんない」

 

 ますます首をかしげる響。

 

 まあ要するに、こちらが地下施設を建設している以上、鏡面界の方でも何らかの地下構造によって、問題の場所まで行けるようになっている可能性が高い、と言う事だろう。

 

 続いて手を挙げたのは美遊だった。

 

「バゼットさんはどうするんですか?」

 

 当然の質問だった。

 

 業腹だが、8枚目のカード回収に行く以上、彼女を無視するわけにはいくまい。

 

「それなんだけど、彼女も同行する事になったわ」

 

 凛の説明に、一同が驚愕したのは言うまでもない事である。

 

 何しろ、あれだけの死闘を交わした相手だ。共闘などできるはずもない。

 

 1人、この事態を先に知っていたルヴィアは、嘆息交じりの落ち着きを見せる。

 

 恐らく魔術協会上層部の方で、何らかのパワーゲームがあったであろうことは疑いなかった。

 

「と言っても、もちろん仲間じゃないわ。どちらが先にカードを手にするか、競争相手ってところね」

 

 つまり、8枚目のカードについては、手に入れたもん勝ちと言う事だ。

 

 それならば、バゼットを出し抜ける可能性は大いにあった。

 

「なら速攻ね。あっという間にケリをつけて、あの脳筋女よりも先にカードを回収しましょう」

「残念ながら、事はそう簡単じゃないわ」

 

 楽観的に言うクロに対し、凛はくぎを刺すように言った。

 

「どゆこと?」

 

 自分の分のケーキを平らげた響が隣のイリヤの分を虎視眈々と狙いつつ、訝るように首をかしげて尋ねた。

 

 対して凛は、より深刻な顔で答える。

 

「8枚目のカードだけど、これまで以上に魔力を吸っている可能性が高い。たぶん、これまでの非じゃないわ」

 

 何しろ、カードがあるのは地脈本幹のど真ん中である。

 

 凛がその存在に気づくまで、カードは地脈を流れる魔力を吸い続けた事になる。

 

 そればかりか、地脈の様子を確認する限り、カードがある周辺のみ、地脈が狭窄しているのが分かる。つまり、それだけ貪欲に魔力を吸い続けているのだ、8枚目のカードは。

 

 カードの英霊が、どれほどの化け物になっているのか、想像すらできなかった。

 

《ならば尚の事、クロさんの言った通り、一瞬で終わらせるべきでは》

「その通りね」

 

 ルビーの言葉に、凛は頷く。

 

「敵は正体不明にして、おそらく過去最大の敵・・・・・・そんな相手に取れる作戦は一つだけ。最大火力を持って、初撃で終わらせる」

 

 つまり、ターンを相手に渡さない。

 

 先制攻撃を仕掛け、相手が対応する前に敵のHPを削り切る作戦だ。

 

 とは言え、今回は一つ、大きな問題がある。

 

 火力不足である。

 

 今回、使えるカードは「魔術師(キャスター)」「暗殺者(アサシン)」「狂戦士(バーサーカー)」の3枚のみ。見事に、火力不足は否めなかった。

 

 つまり今回、今までの戦いでは主軸に置いて来た、限定展開(インクルード)夢幻召喚(インストール)には頼れないと言う事だった。

 

「切り札はクロ、あんたよ」

「あたし?」

 

 凛に言われ、キョトンとするクロ。

 

 確かに、この中で恐らく、最も高火力を有しているのはクロだろう。となれば、他のメンツが隙を作っている隙に、クロが一気にトドメを刺す。というやり方が好ましかった。

 

「それから響」

「ん?」

 

 声を掛けられ、飲み干したジュースをお代わりしようとしていた響は、手を止めて顔を上げた。

 

「美遊から聞いたわ。あんたの宝具の話」

「・・・・・・ん」

 

 響、と言うより、英霊、斎藤一が使う宝具。

 

 固有結界「翻りし遥かなる誠」は、先の獅子劫優離との決戦で使用し、見事に最強の英霊を撃破している。

 

 今回の戦いでも、大いに役に立つことは間違いないだろう。

 

「あんたは万が一の時の保険ね。もし攻撃に失敗した時は、敵を固有結界の中に取り込んで倒す事になると思う」

「ん、判った」

 

 確かに、固有結界の展開には莫大な魔力を使用する。事実上、一度の戦いで一回展開するのがせいぜいである。

 

 そう考えれば「翻りし遥かなる誠」は、切り時を見極める必要があるワイルドカード(ジョーカー)だった。

 

「みんな、これが最後の戦いよ」

 

 凛は総括するように、一同を見回して言った。

 

「持てる手段は全て用いて勝つわよ」

 

 その言葉に、一同は頷きを返す。

 

 決戦の機運は、否が応でも高まりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エーデルフェルト邸での作戦開始の翌日。

 

 響の姿は、自宅の門の前にあった。

 

 相変わらず暑い。

 

 振り仰ぐ空から熱気が降り注ぎ、額からはジワリと汗がにじんでくる。

 

 まだ朝だと言うのに、早くもクーラーが恋しくなり始めていた。

 

 夏休みに入って、暑さはさらに増したような気がする。

 

 まあもっとも、元気な盛りの小学生としては、これくらいの暑さがちょうどいいくらいである。

 

 どれくらい待った事だろう。

 

 程なく、向かいの門が開き、待ち人が姿を現した。

 

「ごめんなさい、待たせちゃって」

「ん、大丈夫」

 

 出てきた美遊に対し、響はそう言って手を上げる。

 

 2人とも、軽装に帽子を被った余所行きの恰好をしている。

 

 笑顔で頷きあう2人。

 

 そのまま連れ立って歩き出した。

 

 

 

 

 

 きっかけは、数日前に遡る。

 

 その日、ルヴィアに呼び出された響は、エーデルフェルト邸の応接室で彼女と向かい合っていた。

 

 オーギュストが用意してくれたお菓子とジュースを頬張りながら、響は目の前で優雅に紅茶を飲むルヴィアに目を向けた。

 

「それでルヴィア、話って何? 美遊は?」

「あの子は今、お使いに出ていますわ。だからこそ、あなたに来てもらったのです」

「?」

 

 意味が分からず、首をかしげる響。

 

 美遊がいると、何か拙い話でもあるのあろうか?

 

 取りあえず、ジュースでも飲んでゆっくり話を聞こう。

 

 そんな風に思った時だった。

 

「響、あなた・・・・・・・・・・・・」

 

 ルヴィアが口を開いた。

 

「美遊の事が、好きでしょう」

「ブフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?」

 

 飲みかけたジュースを、思いっきり噴き出した。

 

 ルヴィアの顔面目がけて。

 

「そ、そそそ、そんな事、無いよ? 無いよ?」

「この状況でごまかせるとでも?」

 

 オーギュストが差し出したハンカチで顔をぬぐいながら、ルヴィアは呆れ気味に言った。

 

 もともと嘘をつくのが下手な響だが、これは論外も甚だしかった。

 

「そ、それで・・・・・・・・・・・・」

 

 そっぽを向いて話を振る響。

 

 自分の心の内を看破されたとあっては、少年としても面白くない。

 

 因みに、

 

 響が美遊に恋心を抱いている事は、姉であるクロにもバレているのだが、当の響はその事に全く気付いていなかった。

 

「話って?」

「他でもない。美遊の事ですわ」

 

 ルヴィアの言葉に、響は神妙な顔つきとなる。

 

 話題が話題だけに、真剣にならざるを得なかった。

 

「あなたは、あの子の事をどれくらい知っていますか?」

「どれくらいって・・・・・・・・・・・・」

 

 ふと考える響。

 

 美遊・エーデルフェルト。

 

 同い年のクラスメイト。誕生日は彼女の方が早く、イリヤ、クロと同じ。

 

 お向かいのエーデルフェルト邸でメイドをしており、対外的にはルヴィアの義妹。

 

 性格は寡黙でクール。どちらかと言えば現実主義者。

 

 学業優秀、スポーツ万能。大抵のことはそつなくこなす万能小学生。半面、理屈っぽくて頭が固く、物事をあまり柔軟に考える事ができない。

 

 ぶっちゃけ石頭。

 

 そしてマジカルサファイアと契約した魔法少女。カレイド・サファイアでもある。

 

「そんな感じ?」

「なるほど」

 

 頷くルヴィア。

 

 彼女自身、実のところ、美遊に関する知識は響とそう大差が無い。

 

「・・・・・・・・・・・・あの時、わたくしの前に現れた美遊は、何も持っていなかった」

 

 ルヴィアは思い出す。

 

 まだこの冬木に来たばかりの頃、

 

 凛とのドツキ合いで離反したサファイアを探している彼女の前に、魔法少女(カレイド・サファイア)に変身した美遊が現れた。

 

 

 

 

 

『事情はこの子から聞きました。カード回収は私がやります。その代わり、住む場所をください。食べる物をください。服をください。戸籍をください・・・・・・』

 

 静かな目は、真っすぐにルヴィアを見つめていた。

 

『私に、居場所をください』

 

 

 

 

 

 そう訴えた美遊は孤独で、放っておくとそのまま消えてしまうのでは、と思うほどだった。

 

 その後、ルヴィアは美遊を家族として迎え入れ、共に暮らし始めたわけである。

 

「けど、あなたも気付いているでしょう。あの子が、何か重大な事をわたくし達に隠していると」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 ルヴィアの言葉に、響も頷きを返す。

 

 前々から、美遊の言動には不審な点があったのは事実だ。

 

 恐らく、今回の一連の事件の中心には美遊がいる。

 

 漠然とだが、そんな風に響達は感じていた。

 

「あの子が言いたくないというのなら、無理に聞き出す気はありません。しかし、それではいざという時に、あの子を守れないかもしれない」

「それは・・・・・・確かに・・・・・・」

 

 頷きを返す響。

 

 対してルヴィアも、真っすぐに響を見据えて言った。

 

「だから何かあった時には、あなたに美遊を守ってもらいたいのです」

 

 これまで、そうしてきたように。

 

 勿論、響は美遊に何かあれば、全力で彼女を助けるつもりである。

 

 しかし、

 

「何で、そんな事を?」

「決まっていますでしょう」

 

 首をかしげる響に、

 

 ルヴィアは微笑んで告げた。

 

「美遊もまた、あなたの事が好きだからですわ」

 

 言われた瞬間、

 

 響の顔が真っ赤になったのは言うまでも無い事だった。

 

 

 

 

 

 そんな訳で、ルヴィアの勧めもあって、美遊をデートに誘った響。

 

 当初、突然の事で戸惑っていた美遊だったが、ルヴィアの強い勧めもあって、今回のデートに応じたのだった。

 

「それで響、今日はどこに行くの?」

「ん、ルヴィアに貰ったこの予定表に・・・・・・」

 

 言いながら響は、ルヴィアに渡されたメモ紙を広げる。

 

 美遊は勿論、響もデートなど不慣れだろうと言う事で、ルヴィアがアドバイスをくれたのだ。

 

 そのメモ紙を一読する。

 

 

 

 

 

 〇午前中

・高級ブティックで買い物

・ジュエリーショップ巡り

 

 〇昼食

・一流シェフの揃った高級レストランにて食事。

 

 〇午後

・プライベートビーチにて二人っきりの午後を過ごす(既に土地所有者は買収済み)

 

 夕食

・高級ホテルのラウンジレストランをエーデルフェルトの名で貸し切り済み

 

 

 

 

 

 クシャクシャ、ポイッ

 

「響?」

 

 突然、メモ紙を丸めて捨てた響に、怪訝そうな顔をする美遊。

 

 まったく、あの成金お嬢様は。

 

 小学生のデートに、こんなたいそうな計画は不要だと言うのに。

 

「行こ、美遊」

「あッ」

 

 そう言って手を取る響。

 

 そんな少年に、美遊もまた続いて駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

「これは、何?」

 

 差し出された物を不思議そうにしげしげと見ながら、美遊は首をかしげる。

 

 丸めた生地に、生クリームとフルーツとチョコレートソースが包まれ、いかにも甘そうな雰囲気を出しているのが分かる。

 

「ん、クレープ。ここのは特に美味しい」

 

 言いながら、響は自分の分のクレープを頬張る。

 

 途端に広がる甘い食感。

 

 このクレープ屋は以前、イリヤと共に食べに来たのだが、響はここのクレープ屋の味が気に入って、何度か食べに来ていた。

 

 美味しそうに食べる響の姿を見つめる美遊。

 

 そして、恐る恐る口を近づけ、

 

 ハムッと口にする。

 

「・・・・・・美味しい」

「ん、良かった」

 

 目を丸くしてクレープを頬張る美遊を見ながら、響は微笑みを浮かべる。

 

 そして、

 

「はい」

 

 そう言って、美遊は自分の分のクレープを響へと差し出してくる。

 

 その様子に、少し戸惑ったような様子をする響。

 

「な、何?」

「響も、食べてみて」

 

 その言葉に、思わず響は心臓を高鳴らせた。

 

 どうやら美遊本人は気付いていないようだが、これは要するに間接キスである。

 

 響の視線は、差し出されたクレープと美遊の顔を往復する。

 

「どうしたの、響?」

「ん・・・・・・」

 

 キョトンとして、首をかしげる美遊。

 

 対して、

 

意を決したように、口を開く響。

 

 美遊のクレープを、ほんの少しついばむように口に入れる。

 

 正直、味なんてほとんど分からなかった。

 

 だが、

 

「どう、美味しい?」

「・・・・・・ん」

 

 笑顔を浮かべる美遊の顔を、響は直視する事が出来ず、ほんのり顔を赤くして俯くのだった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・もう、美遊とはゲームやんない」

「え、ひ、響?」

 

 ガックリと項垂れる親友の姿を見て、美遊はオロオロとうろたえる美遊。

 

 発端は、数分前に遡る。

 

 クレープ屋を出た響と美遊は、そのままゲームセンターにやって来た。

 

 ゲーセンも来た事が無いという美遊に、ゲームをやらせてみようと思ったのだ。

 

 まず、お手本として響がやって見せる。

 

 選んだのはオーソドックスな格闘ゲーム。

 

 流石は今どきの子供と言うべきか、響の腕前はなかなかの物で、高得点を叩き出した。

 

 今度は美遊の番である。

 

 どうせなら対戦をやろうと言う事になり、2人はそろって筐体と向かい合った。

 

 最初の一戦は、美遊がまだ操作に不慣れだった事もあり、響が勝った。

 

 だが、操作方法をマスターした美遊が、2戦目にして早くも勝利。3戦目ではパーフェクト勝利を決めるに至った。

 

 その後、何度も戦いを挑むも、響の0勝全敗。

 

 完膚なきまでの大敗だった。

 

 流石は万能小学生としか言いようがない。それに比べたら響は、文句なしの負け犬っぷりだった。

 

 と、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 ふと、足を止める美遊。

 

 釣られて、響も振り返った。

 

「美遊、どしたの?」

 

 美遊の視線を追う響。

 

 果たして、そこにあったのは、

 

「クレーンゲーム?」

 

 ガラスの筐体の中には沢山のぬいぐるみが乱雑に詰め込まれており、天井部分には吊り上げる為のクレーンもある。

 

 ごく一般的に知られているクレーンゲームだった。

 

 中を覗いてみる。

 

 どうやらライオンのぬいぐるみを取るゲームのようだ。

 

「クレーンゲームって、言うの?」

「ん。あのクレーンで釣り上げた物が貰える」

 

 響の説明を聞きながら、美遊は興味深そうにクレーンゲームの筐体を眺める。

 

 その横顔を見ながら、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響はコイン入れに500円を投下した。

 

「響?」

「ん、見てて」

 

 響はそう言うと、クレーンを操作する。

 

 操作方法はごく一般的なクレーンゲームと一緒。目的となる場所でクレーンを止めて、あとはクレーンが自動的に動き、目標を釣り上げる事になる。

 

 クレーンの強度によっては釣れなかったりもするのだが、果たして、

 

 止まるクレーン。アームは真っ直ぐに下りていく。

 

 響と美遊が固唾を飲んで見守る中、

 

 クレーンは見事に、目的のぬいぐるみを釣り上げる事に成功した。

 

「よし」

「やったッ」

 

 響と美遊は、喝采を上げて手を取り合う。

 

 喜び合う、少年と少女。

 

 どうやら、先程の格ゲーでの失態は、取り返せたらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄昏時が迫る冬木市。

 

 尚も高いままの気温は、この時間になっても無駄な自己主張を続けている。

 

 今夜も熱帯夜になりそうだ。

 

 そんな黄昏に染まる道を、響と美遊は並んで家路へと着いていた。

 

 美遊の腕には、響に取ってもらったライオンのぬいぐるみが抱かれている。

 

 そんな2人の胸に共通して去来する想い。

 

 楽しかった。

 

 良い1日にだった。

 

 海の時のように、みんなでワイワイ騒ぐのももちろん楽しい。

 

 しかし、

 

 時には2人で、こうして出かけるの悪くなかった。

 

「ねえ、響」

 

 そんな中、美遊が唐突に話しかけてきた。

 

「ん、何?」

「今日は、どうして誘ってくれたの?」

 

 尋ねる美遊に、響は返答に窮した。

 

 ルヴィアに言われた事。

 

 美遊を守るためには、美遊の事を知らなくてはならない。

 

 だが、美遊が抱える秘密。

 

 その心の奥底に何が隠されているのか。

 

 果たして聞いても良い物なのかどうか。

 

 今日一日一緒にいても、響には判然としなかった。

 

 美遊の事を知りたい。

 

 けど、

 

 深く知ろうとして、却って美遊に嫌われてしまうのも怖い。

 

 そうした二律背反的な思考が、響を縛り付けていた。

 

「・・・・・・・・・・・・美遊は」

 

 意を決して、響は口を開いた。

 

 まっすぐに見つめ返してくる美遊。

 

 対して、響も見つめ返す。

 

「何を、隠しているの?」

 

 直球ストレートな質問。

 

 下手な小細工を弄する前に、全力でぶち当たる。

 

 ある意味、この上ないほどに響らしい行動であると言えるだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 それに対して、美遊は答えない。

 

 しかし、

 

 その沈黙が、「秘密」の存在を、何より雄弁に証明していると言えた。

 

 想像通り、美遊には何らかの秘密がある。

 

 それは、間違いないらしかった。

 

「・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」

 

 ややあって、美遊の口から謝罪の言葉が放たれた。

 

「美遊?」

「今はまだ、言えない・・・・・・言いたくないの」

 

 そう告げる美遊の顔はどこか寂し気で、

 

 この広い世界の中で、一人ぼっちな、

 

 そんな感じがした。

 

 そっと、美遊の手を取る響。

 

「ん」

「響?」

 

 驚く美遊に、

 

 響は真剣な眼差しで告げる。

 

「大丈夫・・・・・・美遊、大丈夫だから」

 

 美遊の周りにはみんながいる。

 

 イリヤがいる。

 

 クロがいる、

 

 凛が、ルヴィアがいる。

 

 そして、自分もいる。

 

 何かあった時は、自分が美遊を守る。

 

 その想いが今、少年の中で確固たる形となって根付こうとしていた。

 

「ありがとう、響・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊は泣き笑いのような表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

第31話「黄昏時の誓い」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 仕事を終え、布団に入ろうとする美遊。

 

 ふと、

 

 ベッドの傍らに目をやった。

 

 枕元に置かれているのは、昼間にクレーンゲームで響に取ってもらったライオンのぬいぐるみ。

 

「響・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと呟くと、ベッドの中に入る。

 

 そして、手を伸ばしてぬいぐるみを胸に抱きよせる。

 

 その脳裏には、昼間の少年の姿が浮かんできた。

 

 いつも茫洋として、ちょっと頼りないところがある響。

 

 だが、彼はいつも、自分の為に戦ってくれた。

 

 命がけで、自分を助けてくれた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ぬいぐるみを抱く手に、ギュッと力を籠める。

 

 それだけで美遊は、自分の中に温かい安心感が広がっていくのを感じるのだった。

 


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