Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第26話「戦いの終わりに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドウッ

 

 大きな音が鳴り響き、大英雄は地に倒れ伏す。

 

 その胸より流れ出た鮮血が大地を染め上げる。

 

 その様子が、彼が既に戦える状態ではない事を、如実に物語っていた。

 

 仰向けに倒れ、動けずにいる優離。

 

 対して、

 

 響は刀を構えた姿勢のまま、その様子を見つめていた。

 

 その息は荒い。こちらも、今すぐにでも倒れそうなほど消耗している。

 

 勝つには勝った。

 

 だが、ぎりぎりの勝利だったのも確かである。

 

 一歩間違えば、地に伏していたのは響の方だったはずである。

 

「やった・・・・・・・・・・・・」

 

 背後で見守っていた美遊も、重い物を吐き出すように呟く。

 

 それだけ、息詰まる攻防だった。

 

 やがて、

 

 美遊のすぐ傍らで、彼女を守るように翻っていた誠の旗が、役目を終えたようにスッと消える。

 

 それと同時に、上書きされていた世界が元に戻っていくのが分かった。

 

 視界が開ける。

 

 固有結界「翻りし遥かなる誠」が解除され、暗闇の荒野から、元の森林へと風景が戻っていく。

 

 黄昏色に染まる森。

 

 そんな中、

 

 美遊の視界の中に、佇む少年の姿があった。

 

 地に伏した優離と、大地に立つ響。

 

 いずれに勝利の軍配が上がったのかは、火を見るよりも明らかだった。

 

 響はついに、最強の英霊を撃破したのだ。

 

「響・・・・・・・・・・・・」

 

 声を掛ける美遊。

 

 と、その時、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 立ったまま、その場で体を傾かせる響。

 

 そのまま力が抜け、崩れ落ちそうになる。

 

「響ッ!!」

 

 見ていた美遊は、とっさに飛び出すと、倒れようとする少年の体を支える。

 

 だが、とっさの事で美遊も支えきる事が出来ず、そのまま2人とも、もろともに地面に倒れてしまった。

 

 特に美遊は、倒れてしまった衝撃で後頭部を思いっきり地面にぶつけてしまった。

 

「い、痛・・・・・・」

「ん、ご、ごめん、美遊・・・・・・・・・・・」

 

 響はばつが悪そうに、下敷きにしてしまった美遊に謝る。

 

 絡み合うように倒れ込んだ2人。

 

 とは言え2人とも、特に響はいいかげん限界だった。

 

 大英雄アキレウスと戦うだけでも命がけだと言うのに、そこへ切り札たる宝具まで使ったのだ。

 

 蓄積された疲労も、魔力消費も半端な物ではなかった。

 

 勿論、美遊も消耗が激しい。

 

 まさに2人とも、限界を振り絞った末の勝利だった。

 

 ゴロリと、並んで横になる響と美遊。

 

 途端に襲ってくる、極度の疲労感。

 

 何と言うかもう、一歩たりとも動きたくない感じである。

 

 どれくらい、そうしていただろう?

 

「・・・・・・・・・・・・ねえ、響」

 

 ややあって、美遊の方から声を掛けてきた。

 

「ありがとう。助けに来てくれて」

「ん? 急に何?」

 

 礼を言う美遊に、響はキョトンとした顔で問い返す。

 

 そんな響に、美遊は寝ころんだまま、柔らかく微笑みかける。

 

「ちゃんとお礼、言ってなかったから」

 

 捕まった美遊を助けに来てくれた響。

 

 勿論、最初に来てくれたのは、あっちの「ヒビキ」だったが、響自身も、美遊を守るために死力を尽くしてくれた。

 

 それが美遊には、とても嬉しい事だったのだ。

 

「ありがとう、響」

「う、うん」

 

 触れ合う手と手。

 

 その温もりに、響はほんのり頬を赤くする。

 

 美遊の為だったら、いくらでも困難に立ち向かう。

 

 美遊のピンチの時は、たとえどんな場所からでも駆けつける。

 

 それは今や、響の中で信念と言っても差支えが無い、深い想いとなって根付いていた。

 

 その時だった。

 

「やれやれ・・・・・・暢気なものだな。ここはまだ戦場だと言うのに」

「ッ!?」

「なッ!?」

 

 突然の声に、とっさに立ち上がり、構えを取る響と美遊。

 

 するとそこには、地面から上半身だけをようやく起こしてた優離の姿があった。

 

 跳ねるようにして立ち上がり、それぞれ刀とステッキを構える響と美遊。

 

 だが、

 

 警戒する2人を他所に、優離はだらりと力なく地面に座っているだけである。

 

 見れば、胸と右足から大量に出血しているのが見えた。

 

 それは響との戦闘によるものである事は間違いないだろう。

 

 既に夢幻召喚(インストール)も解除され、英霊化も解かれている。

 

「そう警戒するな。どのみち、俺はこれ以上戦えんさ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 優離の言葉に、響は沈黙しつつも警戒を解く。

 

 確かに、

 

 どう見ても、優離がこれ以上戦えるとは思えなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・なあ、衛宮響」

 

 地面に座ったまま、

 

 優離は真っ直ぐに響を見据えて言う。

 

「お前は聖杯に、何を望む?」

「ん?」

 

 聖杯。

 

 ここでその単語が出てくるとは思わなかった。

 

 だが、優離は構わず続ける。

 

「力か? 金か? あるいは栄光か? お前は何を望んで、聖杯戦争に参加した?」

 

 言われて響は、切嗣に説明されたことを思い出していた。

 

 亜種聖杯戦争。

 

 自分は、その一環として英霊を憑依させられた。

 

 今回の戦いは、その延長線上にある物。そう考えれば、いくつかの事に辻褄が合う。

 

 同じように英霊を宿した敵の襲来。

 

 かつての闘争の地である冬木での戦い。

 

 全てが、かつての亜種聖杯戦争の延長線上にある出来事だったのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・別に」

 

 ややあって、響は答えた。

 

「聖杯なんて興味ないし、別に要らない。ただ・・・・・・・・・・・・」

「ただ?」

 

 問いかける優離。

 

 対して、響は傍らの美遊の手をそっと握って言う。

 

「友達を傷つける奴は許さない。それだけ」

「響・・・・・・・・・・・・」

 

 きっぱりと告げる響に、美遊は嬉しそうに微笑みを浮かべる。

 

 響の優しさ。

 

 響の強さ。

 

 響の温もり。

 

 その全てが、今の美遊には愛おしく思えるのだった。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・そうか」

 

 どこか納得したように、優離は呟いた。

 

 そういう事であるならば仕方がない。

 

 そこまで言われてしまったら、もう何も言う事が出来なかった。

 

 負けはしたが、どこかさっぱりした気分になってくる。

 

「・・・・・・・・・・・・すまんな、親父」

 

 そっと、この場にいない父親に対して詫びる優離。

 

 訝る響と美遊。

 

 しかし、詳しく話すつもりは、優離には無いようだった。

 

「まあ、良いさ・・・・・・・・・・・・」

 

 今回は駄目だった。

 

 だが、まだ時間はある。諦めるつもりはない。

 

 また次の手を探すまでだった。

 

「グッ・・・・・・・・・・・・」

 

 うめき声をあげながらも、腕に力を入れて立ち上がる優離。

 

 その姿に、響と美遊は目を見張る。

 

 アキレス腱を斬られ、胸に風穴まで開いていると言うのに、優離は立ち上がって見せたのだ。

 

「何する気?」

「治療してくれる奴を探す。まあ、当てはあるし」

 

 言ってから、優離は思い出したように振り返って2人を見た。

 

「せいぜい頑張る事だな。男なら、自分の女くらい守り切って見せろ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 小学生に言うセリフではないだろう。

 

 だが、意味を理解した響は、顔を赤くして俯く。

 

「響?」

 

 そんな響を、キョトンとした顔で見つめる美遊。

 

 どうやら、前途はまだ少し掛かるようだった。

 

 そんな2人の様子に、苦笑する優離。

 

「じゃあな」

 

 よろけながらも、手を振りながら踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、それじゃあ困るんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 地面から出現した巨大な杭が、背中から優離を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶望的な光景。

 

 響は目を見開き、

 

 美遊は思わず口元を手で押さえる。

 

 2人が見ている目の前で、優離は地面から生えた杭に、腹を刺し貫かれていた。

 

 鮮血が噴き出て大地に降り注ぐ。

 

 と、同時に、

 

 悪辣なオブジェと化した優離の陰から、低い笑みを含んだ声開聞こえてきた。

 

「やれやれ、我ながら見るに堪えない光景だ。傭兵の血など、流したところで一片の価値すら無いと言うのに」

 

 嘲りを含んだ言葉。

 

 同時に、響は動いた。

 

「んッ!!」

 

 駆けると同時に、手にした刀を一閃。優離を刺し貫いている杭を、根本付近から斬り飛ばした。

 

 崩れ落ちる優離。

 

 その陰から現れる、不吉な影。

 

 漆黒の外套に身を包んだ、幽鬼の如き顔の男。

 

「ゼスト・・・・・・・・・・・・」

 

 全ての元凶たる男が、そこにいた。

 

 睨みつける響。

 

 対して、ゼストは口元に嘲笑を浮かべて佇んでいる。

 

「何で、こんな事を・・・・・・・・・・・・」

 

 響は倒れている優離を見ながら告げる。

 

 腹に杭が刺さったまま、地面に倒れている優離。生きているのかどうか、それすらも分からない。

 

 響は怒りの切っ先をゼストに向ける。

 

 優離は響にとって敵である。それは今でも変わらない。しかし少なくとも、これまで幾度もおこなった戦いにおいて、共に全身全霊を掛けて戦った好敵手であったことは間違いない。

 

 その優離が、味方だったはずのゼストの姦計によって致命傷を負い倒れている。

 

 その事に響は、奇妙なまでの怒りを覚えていた。

 

 対して、

 

 自身に怒りを向ける響に、ゼストは首をかしげながら訪ねる。

 

「何で、と言われてもね・・・・・・・・・・・・」

 

 どこか、小ばかにしたような口調のゼスト。

 

 それが響の神経を、不快に逆なでする。

 

「君だって、使い終わって壊れた玩具はごみに捨てるだろう? それと同じだよ。そいつにはもう、利用価値は無い。だから処分した。それだけの事さ」

 

 かつての味方を切り捨てた事を、何でもない事のように語るゼスト。

 

 次の瞬間、

 

 響は仕掛けた。

 

 これ以上、ゼストのたわ言は聞くに堪えなかった。

 

 距離を詰める響。

 

 対して、

 

 ゼストは右手を真っ直ぐに掲げた。

 

 その手のひらに、魔力がこもる。

 

 反応したのは響ではなく、その後ろにいた美遊だった。

 

「だめッ 響、よけて!!」

 

 叫ぶ美遊。

 

 同時に、

 

極刑王(カズィクル・ベイ)!!」

 

 ゼストが言い放った。

 

 次の瞬間、

 

 響の目の前に、無数の杭が乱立するさまが見えた。

 

「クッ!?」

 

 とっさに攻撃を中止する響。

 

 同時に上空へ跳躍。魔力で足場を作りながら逃れる。

 

 見れば美遊もまた、響同様に空中に跳び上がって回避していた。

 

「これは、あの時の・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊は息を呑んで、眼下の光景を見つめる。

 

 地面から無数の杭が出現している様子。

 

 それはある、おぞましく血塗られた歴史の再現でもあった。

 

 西暦1462年。

 

 ルーマニアに侵攻した当時のヨーロッパの大国、オスマントルコ帝国の兵士たちは、国境線において身の毛もよだつ光景を目の当たりにした。

 

 それは国境にずらりと並んで打ち立てられた無数の杭。

 

 そして、その先端に刺し貫かれた、およそ2万にも及ぶ味方の兵士の姿だった。

 

 見せしめだった。

 

 当時のオスマントルコ軍は、ルーマニア軍の15倍を誇り、まともなぶつかり合いではルーマニア側に勝機は無かった。

 

 そこで、当時ルーマニア軍を指揮していた大公は、徹底的な残虐性を見せつけてオスマン軍将兵の士気を挫く作戦を立案、実行した。

 

 その人物こそ、ヴラド三世。

 

 のちに吸血鬼ドラキュラのモチーフになった人物である。

 

 ランサー、ヴラド三世の宝具「極刑王(カズィクル・ベイ)」は、このエピソードをもとに再現された物だった。

 

 地面に降り立つ、響と美遊。

 

 ようやくの想いで優離とルリアを倒したと言うのに、またしても強敵が出現した形である。

 

「殆ど共倒れに近い状況になってくれたようだし、こちらとしては大満足だよ。これで、心置きなく君を手に入れられる」

「ッ!?」

 

 睨みつけてくるゼストに、思わず肩を震わせる美遊。

 

 美遊にとってゼストは、いわば「天敵」と言っても過言ではないかもしれない。

 

 先の戦いで攫われた事もそうだが、あの男は美遊の「秘密」を知っている可能性がある。

 

 美遊にとっては、あらゆる意味で嫌悪すべき男だった。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・」

「響・・・・・・」

 

 美遊を守るように立つ響。

 

 浅葱色の羽織を靡かせ、手にした刀は切っ先を真っすぐにゼストへと向ける。

 

「やらせない」

 

 短い言葉に、不退転の決意が籠る。

 

 既にして満身創痍。夢幻召喚(インストール)も、いつ解除されてもおかしくは無い。

 

 もう一度、宝具を発動する事は不可能。

 

 だがそれでも、

 

 響は一歩も引かず、ゼストを睨みつけた。

 

 その響に合わせるように、

 

 美遊もまた、サファイアを掲げて見せた。

 

「響、私も一緒に」

「ん」

 

 頷きあう、少年と少女。

 

 次の瞬間、

 

 2人は同時に地を蹴った。

 

 自身に向かってくる、小さな二つの影。

 

 対して、ゼストは容赦なく右手を掲げる。

 

極刑王(カズィクル・ベイ)!!」

 

 叫ぶと同時に、

 

 再び乱立する杭の群れ。

 

 足元の地面から襲い来る恐怖は、想像を絶していると言って良いかもしれない。

 

 本来ならば、足がすくんで動けなくなってもおかしくは無い。

 

 だが、

 

「んッ!!」

 

 響は更に加速して見せる。

 

 杭が次々と突き立てられる中を、構わず速度を上げる。

 

 間合いを詰める響。

 

 跳躍。

 

 同時に、振り被った刀を袈裟懸けに振り下ろす。

 

 迫る、銀の刃。

 

 対して、

 

 ゼストは突き立つ杭と同じ形をした槍を手に取ると、それを振り上げて響の剣を防ぎとめる。

 

 空中の響と地上のゼスト。

 

 視線が交錯し、激しい火花が散る。

 

 次の瞬間、

 

 響は空中に作った魔力の足場を蹴って急降下。手にした刀の切っ先を、ゼスト目がけて突き込む。

 

 強烈な響の一撃。

 

 その攻撃を、ゼストは手にした槍で打ち払う。

 

 火花を散らす互いの刃。

 

 同時に、空中にあった響が払い飛ばされるようにして地面に転がった。

 

「あぐッ!?」

 

 叩きつけられる響。

 

 小さな体は2度、3度と地面にバウンドする。

 

「軽いな、暗殺者(アサシン)の少年!! 軽すぎるぞ!!」

 

 言いながら、倒れた響に槍を突き立てようとするゼスト。

 

 そのまま切っ先を下にして振り下ろそうとした。

 

 だが、

 

「響ッ!!」

 

 叫びながらも、美遊は前に出る。

 

 同時に、魔力を込めたサファイアを振るう。

 

 発射される魔力砲。

 

 その一撃を、

 

 しかしゼストは、槍を振るう事で弾く。

 

「そんなッ!?」

 

 霧散した魔力弾を前に、驚愕する美遊。

 

 同時に、

 

 ゼストは美遊のすぐ眼前に姿を現した。

 

「あッ!?」

 

 逃げる間もなく、首を掴まれる美遊。

 

 そのまま、高々と持ち上げられた。

 

「あッ ・・・グッ」

「あまり暴れないでくれたまえ、お姫様。できれば君を傷つけたくないが、抵抗されれば手が滑る可能性もあるからね」

 

 そう言うとゼストは、美遊の首を絞める手にさらに力を籠める。

 

「かッ ・・・・・・はッ ・・・・・・」

 

 脳の酸素が徐々に欠乏し、意識が落ち始める美遊。

 

 次の瞬間、

 

「やめろォ!!」

 

 接近した響が、手にした刀でゼストに斬りかかる。

 

 その斬撃を、とっさに後退して回避するゼスト。

 

 だが、意識が一瞬、削がれる。

 

 次の瞬間、

 

 気力を振り絞って意識を戻した美遊が、手にしたサファイアをゼストに向ける。

 

 その先端が、魔力の輝きを帯びる。

 

「ッ!!」

 

 殆ど暴発に近い形で放たれる魔力弾。

 

 流石にゼロ距離からの攻撃とあっては、かわしようもない。

 

 ゼストは大きく吹き飛ばされる。

 

 同時に、解放された美遊は、その場に座り込んで大きくせき込む

 

 新鮮な酸素が体中を巡り、意識が回復する。

 

「美遊、大丈夫?」

「な、何とか・・・・・・」

 

 心配そうに尋ねる響にも、苦し気に答える美遊。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・やってくれたな」

 

 苛立ちを滲ませた声に、響と美遊は振り返る。

 

 そこには、

 

 額から血を流す、ゼストの姿があった。

 

 美遊の一撃によってダメージを負ったらしい。

 

 もっとも、それで状況が逆転したわけではない、むしろ、相手の怒りを煽ってしまった感もあったが。

 

「どうやら君たちは、私を本気で怒らせたいらしいな」

 

 言いながら、右手を掲げるゼスト。

 

 その視線には美遊と、少女を守るようにして立つ響の姿を捕らえる。

 

 対して、響も美遊も、もはや抵抗する力は残されていない。

 

「さあ、今度こそ終わりだ!!」

 

 魔力を込める。

 

 そのまま極刑王(カズィクル・ベイ)を発動しようとした。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2人とも、伏せて!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛とした叫び。

 

 同時に、強大な魔力弾がゼストを直撃する。

 

「何ッ!?」

 

 突然の事態に、思わず目を見開くゼスト。

 

 そのまま大きく吹き飛ばされる。

 

 地面に転がるゼスト。

 

 しかし、どうにか立ち上がりながら、残った魔力で極刑王(カズィクル・ベイ)を発動しようとする。

 

 だが、

 

「おっと、そうはいかないわよ」

 

 楽し気な声が、頭上から踊る。

 

 次の瞬間、

 

 飛来した矢がゼストの足元で炸裂。巨大な爆発が巻き起こった。

 

「何が・・・・・・・・・・・・」

 

 茫然と呟く響。

 

 美遊もまた、意味が分からず状況を見守る事しかできないでいる。

 

 そんな中、

 

 2人を守るように小さな影が2つ。

 

 敢然と立ちはだかった。

 

「イリヤ・・・・・・クロ・・・・・・・・・・・・」

 

 魔法少女(カレイド・ルビー)と、弓兵(アーチャー)の姿をした姉たち。

 

 イリヤとクロが、振り返って2人に笑みを見せた。

 

「2人とも、無事でよかった」

「遅れて悪かったわね。まったく、無茶しすぎなんだから」

 

 エーデルフェルト邸攻防戦の傷が癒え、どうにか動けるまでに回復した2人は、ルビーの探知機能を使って響達の行方を捜していたのだ。

 

 そして、2人が結界を出たところで反応を察知。どうにかきわどいタイミングで駆け付けたわけである。

 

 イリヤはルビーを構え、クロは干将・莫邪を投影する。

 

「どうするのおじさん? これ以上やるって言うなら、容赦しないわよ」

 

 挑発するようなクロの言葉。

 

 だが、少女の瞳は怒りに燃えているのが分かる。

 

 大切な弟と親友を傷つけたゼストを、許す事は出来ない。

 

 対して、

 

 ゼストはボロボロの身を起こした。

 

 イリヤとクロの連続攻撃を食らい、既に大ダメージを負っている状態である。

 

 その双眸は血走り、執念の籠った視線を送ってきている。

 

 だが、

 

 新たに戦線に加わった、イリヤとクロ。

 

 状況的に、ゼストが不利なのは確かだった。

 

「・・・・・・・・・・・・ここは退こう」

 

 絞り出すような怨嗟の言葉。

 

 同時に、ゼストの背後の空間が、裂けるようにして開かれる。

 

 その視線は、真っすぐに美遊を見据えている。

 

「だが覚えておけ。わたしは諦めるつもりはない。必ず、また戻ってくる。そして、必ずや君を手に入れて見せるぞ」

 

 不吉な言葉と共に、ゼストの姿は空間の裂け目に消えていく。

 

 後には、立ち尽くす子供たちの姿だけが、何もない森の中に取り残されていた。

 

「・・・・・・・・・・・・勝った?」

 

 どこか、実感の湧かない調子で、響が呟く。

 

 連戦に次ぐ連戦。死闘に重ねる死闘。

 

 感覚は完全にマヒし、事実を把握する事が出来なくなっていたのだ。

 

 だが、

 

 優離とルリアは倒れ、

 

 ゼストは撤退した。

 

 紛れもなく、響達の勝利だった。

 

「やった・・・・・・・・・・・・」

 

 呟くと同時に、

 

 響は自分の視界が傾くのを感じた。

 

「あれ・・・・・・・・・・・・?」

 

 そうしている間にも、地面が徐々に近づいてくるのが分かる。

 

 美遊が、イリヤが、クロが、

 

 自分を呼ぶ声が聞こえる。

 

 だが、それに答える事ができない。

 

 やがて、

 

 響の意識は、完全に閉ざされていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋にたどり着くと同時に、ゼストは手近な場所にあった木の椅子を、力任せに蹴り飛ばした。

 

 ばらばらに砕け散る椅子。

 

 だが、そんな程度で、彼の苛立ちが収まるはずも無かった。

 

 戦場を離脱し、自らの工房である冬木ハイアットホテルへと戻ってきていたゼスト。

 

 その内に猛り狂う、屈辱、恥辱、憤怒。

 

 己の内から出る負の感情によって、己が破裂しそうなほどだった。

 

「クソッ ・・・・・・クソッ クソ、クソ、クソ、クソォ!!」

 

 鳴り響く破壊音。

 

 手当たり次第に調度品に当たり散らしていく。

 

 最高級ホテルの贅を尽くした調度品は、瞬く間に瓦礫と化していく。

 

 作戦は完璧だった。

 

 魔術協会から増援として封印指定執行者を呼んで敵の拠点となっている邸宅を襲撃。そして敵が疲弊したところで、本来の目的である少女を浚った。

 

 そこまでは順調だった。

 

 全てがうまくいくと思っていた。

 

 だが、

 

 あの衛宮響が現れた事で、全てが覆された。

 

 美遊は取り戻され、、彼らを取り逃がす結果となった。

 

 そればかりか、最強の英霊を宿した優離まで倒されることになるとは。

 

 おかげでゼストは一敗地にまみれ、惨めな敗走を演じる羽目になった。

 

「・・・・・・・・・・・・まあ、いい」

 

 ひとしきり暴れた後、ゼストは荒い息を吐きながら、絞り出すように言った。

 

 今回は敗れたが、チャンスはまだある。いずれ態勢を立て直し、改めて美遊を奪いに行くまでだった。

 

「見ていろ、私は決してあきらめない。次こそは、必ず手に入れて見せるからな」

 

 呪いの言葉のように呟いたゼスト。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いけど、それは無理だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ッ!?」

 

 突然の声に、振り返るゼスト。

 

 とっさに振り返る。

 

 次の瞬間、

 

 ドンッ ドンッ

 

 連続して鳴り響く銃声。

 

 同時にゼストの両足から、砕けるような激痛が走った。

 

「ぐおォォォォォォォォォォォォ」

 

 鮮血をまき散らして床に倒れるゼスト。

 

 流れ出た血が、高級絨毯を深紅に濡らしていく。

 

「な、何が・・・・・・・・・・・・」

 

 激痛に耐えながら、顔を上げるゼスト。

 

 果たしてそこには、

 

 くたびれたコートを羽織った、ぼさぼさ髪の男が、口元に煙草をくわえて佇んでいた。

 

 鋭い眼光を放つ双眸が、床に這いつくばるゼストを、冷めた目で睨み据えていた。

 

「貴様はッ あの時の!!」

 

 見覚えのある男の姿に、思わず激昂するゼスト。

 

 見間違えるはずもない。それは5年前、一度はゼストの目論見を壊滅に追い込んだ男なのだから。

 

「《魔術師殺し》・・・・・・衛宮、切嗣ッ」

 

 床に這いつくばりながら、恨み連なるその名を叫ぶゼスト。

 

 怨嗟が形となるならば、今すぐにでも刃となって切嗣を斬り裂きかねない勢いである。

 

 それ程までに、ゼストにとって切嗣は憎むべき相手だった。

 

 だが、

 

 それに対して切嗣は興味ないとばかりにそっぽを向き、ゆっくりと煙を吐き出した。

 

「まさか僕も、人生で2度、同じ相手を殺す事になるとは思わなかったよ」

 

 言いながら、ゼストを睨みつける切嗣。

 

 その瞳はどこまでも冷め切り、怒りに震えるゼストとは対照的だった。

 

「だが、君が僕の大切な物を傷つけた以上、僕は君を許す気は無いよ」

「クッ」

 

 静かに告げる切嗣。

 

 対してゼストは、とっさに反撃に出る。

 

 この男だけは許さない。

 

 何としても殺す。絶対にッ

 

夢幻(インスト)・・・・・・・・・・・・」

 

 詠唱しようとした瞬間、

 

 切嗣はゼスト目がけて、躊躇う事無く手にした銃の引き金を引いた。

 

 放たれる弾丸。

 

 胸に3発、腹に4発。間違いなく致命傷だった。

 

「グッ ・・・・・・ガッ ガァッ!?」

「君のやり口は、前に見て知っているからね。先手を取らせるほど、僕は愚かじゃない」

 

 言いながら、鮮血をまき散らすゼストの胸を踏みつける。

 

 肋骨が折れるほどの踏み抜きに、更に悲鳴を上げるゼスト。

 

「言ったろ。君を許す気は無いって」

 

 そのまま銃口を向ける切嗣。

 

 それにしても、

 

 切嗣はフッと笑みを浮かべ、一瞬だけ感慨にふける。

 

 自分では英霊化したゼストに敵わない。

 

 だからこそ切嗣は、この工房で待ち伏せして奇襲をかける作戦を取った。

 

 ゼストの工房は事前に予め調べていたからこそ、できた芸当である。

 

 一点だけ、この作戦には穴がある。

 

 それは、直接的にゼスト達と激突する事となる響と美遊が勝利する事である。

 

 こればかりは、響達の検討を期待するしかなかったわけだが。

 

 彼の息子とその相棒たる少女は、切嗣の期待以上の活躍を見せてくれたようだった。

 

「本当に、よくやってくれたよ。響」

 

 自慢の息子に心からのエールを送ると、

 

 切嗣はゼストの脳天に引き金を引き絞った。

 

 

 

 

 

 響はゆっくりと瞼を開く。

 

 どのくらい、眠っていたのだろうか?

 

 周囲は既に暗くなっており、今が夜だと言う事は理解できた。

 

 周囲を見回すと、そこが見覚えのある場所である事が分かった。

 

「・・・・・・・・・・・・部屋?」

 

 そこは、響の部屋だった。どうやら、眠っている間に運んでこられたらしい。

 

 直前の記憶を、思い出してみる。

 

 確か自分と美遊は優離を倒した後、後から現れたゼストと戦闘になったはず。

 

 善戦はしたものの、やはり2人とも消耗が激しく、徐々に追い詰められた。

 

 もうだめかと思った時、

 

 助けに来てくれたのが、イリヤとクロ、2人の姉達だった。

 

 援軍を得た一同はゼストを撃破。撤退に追い込んだ。

 

 そこで、響の記憶は途絶えている。恐らく、そこで気を失ったのだろう。

 

 と、

 

「響、起きたの?」

 

 傍らから、優しく問いかけられる。

 

 振り返ると、

 

 そこには心配そうな顔でのぞき込んできている美遊の姿があった。

 

「・・・・・・美遊、無事で?」

「うん。あの後、アイリさん達と合流して、響をここまで運んだの」

 

 どうやら、眠っている間に随分と手間を掛けさせてしまったらしい。

 

 聞けば、森の中で倒れていた優離とルリアも、魔術で応急処置を施し、治療可能なしかるべき所に手配してくれたそうだ。

 

 勿論、一般の病院に運ぶわけにもいかないので、恐らくは魔術協会辺りとつながりのある病院に運んだと思われる。

 

 もっとも2人とも、特に優離の方は重症と言うより危篤と言った方が良い状態らしい。手は尽くしたが、助かるかどうかは五分五分だとか。

 

 一方のルリアは、優離に比べればまだ軽い方であるが、彼女もまた意識が戻らず眠り続けているのだとか。

 

 あとは、本人たちの気力次第、としか言いようが無かった。

 

 とは言え、戦いその物は間違いなく響達の勝利だった。

 

 3騎の英霊を退け、美遊を奪還する事も出来た。今は、それだけで十分だった。

 

「ありがとう」

 

 美遊は笑顔を浮かべて響に告げる。

 

「響のおかげで、私はこうしてまた帰ってくる事が出来た。本当に、ありがとう」

「・・・・・・・・・・・・美遊の為だから」

 

 心からの美遊の感謝に対して、響は少し照れくさそうに返事をした。

 

 自分の大切な人がピンチの時は、全てを投げ打ってでも助けに行く。こんな事は、響にとっては「当り前」の事だった。

 

「ところで・・・・・・・・・・・・」

 

 さっきから気になっていたことを、響は尋ねてみた。

 

「どうしたの?」

「何か・・・・・・魔力が戻ってるんだけど、これは?」

 

 響は自分の中で、魔力が充填されている事を不思議に思っていた。

 

 対優離戦、対ゼスト戦で、響の魔力はほぼ使い切ったはずなのに。

 

 それに対し、

 

「それは・・・・・・その・・・・・・・・・・・・」

 

 対して、美遊は珍しく、歯切れの悪い調子で言った。

 

「響が寝ている間に、その・・・・・・補充しておいたから」

 

 その説明で、響も納得する。

 

 魔力切れで倒れた響の体に、魔力を改めて入れておいてくれたらしい。

 

 と言う事は、

 

 要するに「そういう事」なのだろう。

 

 響は「ジト~」っとした目で美遊を睨む。

 

「・・・・・・・・・・・・ずるい」

「な、何が?」

 

 親友の理不尽な物言いに、戸惑う美遊。

 

 対して、響は続ける。

 

「人が寝てる間にするのは卑怯」

「卑怯って、そういう問題?」

 

 首をかしげる美遊。

 

 そんな美遊に対し、

 

「だから・・・・・・その・・・・・・」

 

 響はほんのり赤くなった顔を俯かせる。

 

「・・・・・・・・・・・・もう一回、してほしい」

「は?」

 

 いきなりの事に、思わず目を点にする美遊。

 

 いったい、何を言い出すのか。

 

「・・・・・・ダメ?」

 

 上目遣いの響。

 

 予想していなかった親友の「おねだり」に、美遊もまた顔を赤くする。

 

 だが、

 

 そっと、ベッドに片足を上げる美遊。

 

 そのまま、顔を近づける。

 

 見つめ合う、響と美遊。

 

 上気した頬

 

 お互いの吐息が鼻にかかり、くすぐったい。

 

「響、良い?」

「ん・・・・・・」

 

 互いの背中に手を回す2人。

 

 そして、

 

 ゆっくりと、唇を重ねた。

 

 

 

 

 

第26話「戦いの終わりに」      終わり

 


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