Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第24話「真名解放」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見詰める視界が、鮮やかな橙に染め上げられようとしていた。

 

 傾いた日によって、緑の森林が照らし出されている。

 

 黄昏時。

 

 幻想的な風景は、ただ見ているだけで心が落ち着いていく気がする。

 

 響は城のバルコニーに立って、眼下に広がる光景を眺めていた。

 

 縁に手を当て、石造りの表面をそっと撫でる。

 

 少し風化して、ザラザラとした感触が伝わってくる。

 

 この城は打ち捨てられてかなりの月日がたつせいで、手入れ不足による老朽化が進んでいる。

 

 その為、切嗣たちから一部の場所には入らないように言われていた。

 

 幸い、このバルコニーは大丈夫なようなのだが。

 

 縁に立ち、響は何をするでもなく、夕焼けに染まる森を見続ける。

 

 とは言え、そんな幻想的な風景も、今の響にはどうでもよかった。その脳裏では、昼間に切嗣たちから聞いたことが思い出されている。

 

 ふと思う。

 

 考えて見れば、自分も随分と数奇な運命の下に生まれたものだ。

 

 亜種聖杯戦争。

 

 その為に作り出され、英霊を宿した自分。

 

 なぜ、自分が選ばれたのか? それは判らない。

 

 単にそれだけの事実を見れば、響は不幸の極みだろう。

 

 しかし今、その運命があったからこそ、戦う事ができる。

 

 みんなを、守る事ができる。

 

 その事だけは、感謝しても良かった。

 

 それに、

 

 切嗣。

 

 そしてアイリ。

 

 自分を拾ってくれたのが2人だったから、今の幸せがある事を実感できる。

 

 2人に拾われ、衛宮家に来た響を、みんなが温かく迎えてくれた。

 

 イリヤ、士郎、セラ、リズ、そしてクロ。

 

 みんな、響にとって、かけがえのない家族である。

 

 その大切な人達を守る為の力が、自分にはある。

 

 その事が、響には何よりも心強く感じるのだった。

 

 その時、

 

「響」

 

 呼びかけられ振り返る。

 

 その視線の先には、真っすぐにこちらを見つめる美遊の姿があった。

 

 傾いた日差しが、少女の横顔を照らし、ある種の幻想的な姿を映し出していた。

 

「ん、どうかした美遊?」

「それはこっちのセリフ」

 

 問いかける響を制するように、美遊は言葉をかぶせた。

 

 ズイッと前に出て響に近づく美遊。

 

 背丈が似たような2人である為、互いの鼻が触れ合いそうなほどに接近する。

 

「何を考えているの?」

「何って・・・・・・・・・・・・」

 

 いつもより少し強引な様子の美遊に、響は少したじろく。

 

 少し、視線を逸らす。

 

「別に・・・・・・」

「嘘」

 

 瞬時に響の嘘を見抜く美遊。

 

 普段無表情なくせに、嘘をつくときは割と表情に出やすい響。

 

 美遊の中では既に、響が嘘をついた時の癖を何パターンか把握している。その為、彼女にごまかしは通用しなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま、響は俯く。

 

 確かに、響は美遊に隠し事をしている。

 

 というより、迷っていると言った方が良いかもしれない。

 

 自分がどうすべきか? どう行動すべきか? 考えあぐねているのだ。

 

 だが、その迷いを美遊に伝える事は憚られる。

 

 なぜなら、その迷いの根幹にいるのは美遊なのだから。

 

 迷う響。

 

 対して、美遊は構わず続けた。

 

「・・・・・・・・・・・・多分、彼らはまだ、美遊(わたし)を諦めていない」

「ッ!?」

 

 美遊の言葉に、響は思わず息を呑んで顔を上げる。

 

 美遊は聡い少女である。

 

 そうでなくても、ここに至る元凶が自分にある事を、彼女は自覚していた。

 

 それ故、少女には響が何を考え、何を迷っているのか、手に取るようにわかっていた。

 

 美遊もバルコニーから眼下を見下ろす。

 

 斜陽によって橙に染まる森林。

 

 幻想的な光景の中で、2人だけの時間が過ぎていく。

 

 永遠とも言える時間は、しかし克明に過ぎ去ろうとしている。

 

 彼女の言う「彼ら」と言うのが、ゼスト陣営の事を言っているのは響にも判った

 

 それについては、響も同感である。

 

 切嗣の援護のおかげで大空洞からは脱出できたものの、それで彼らが諦めるとは思えない。

 

 爆破された岩盤の下敷きになって死んだ、と言う事も無いだろう。

 

 ゼスト達は必ず、ここにやってくる。

 

 再び、美遊を奪うために。

 

 連中がなぜ、美遊を狙うのか?

 

 それは、まだ分からない。

 

 いや、あるいは、

 

「美遊、あの・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、響は言葉を詰まらせる。

 

 美遊本人なら、彼女自身が狙われている理由も分かるだろう。

 

 そう思って尋ねようかと思ったのだが、

 

 しかし、どうしてもその先が続かなかった。

 

 そんな響の様子に、美遊はクスッと笑う。

 

「優しいね、響は」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊の言葉に、顔を俯かせる響。

 

 その頬が僅かに赤く染まっているのは、夕日のせいだけではなかった。

 

 そんな響から視線を外しながら、美遊は続けた。

 

「切嗣さんとアイリさんを、巻き込みたくないんでしょ?」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 指摘する美遊に、響は短くうなずく。

 

 今この城は、切嗣が張った認識阻害の結界が張られている。この城にいる限り、敵にみつかる可能性は低いだろう。

 

 しかし、いつまでもここに居続ける事は出来ない。

 

 敵はいずれ、この場所を感知して攻めてくるだろう。

 

 その時、この城にとどまって戦えば、父や母を巻き込む恐れがある。

 

 切嗣もアイリも魔術師として一流かもしれないが、それでも生身で英霊と戦えばただでは済まない。

 

 この戦いに、切嗣がやアイリを巻き込みたくない。

 

 それが、響の本音だった。

 

「どうせ響の事だから・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊はどこか呆れ気味に、響を見ながら言った。

 

「自分1人で、あの人たちと戦おうって考えてるんでしょ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊の物言いに、沈黙で答える響。

 

 それも図星だった。

 

 ゼスト達の目的が美遊である以上、美遊を矢面に立たせるのは悪手である。

 

 美遊はこの城に残ってもらい、響1人で戦った方が得策だろう。そすれば少なくとも、最悪の事態は防げるはず。

 

 と、

 

 美遊は両手を伸ばして響の頬を挟むと、無理やり自分の方に振り向かせた。

 

「馬鹿なこと言わないで」

「・・・・・・美遊?」

 

 美遊はいつになく厳しい目を響に向ける。

 

「そんなやり方、私が許すとでも思っているの?」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 視線を逸らす響。

 

 美遊は割と頑固なところがある。

 

 そんな美遊が、響1人を死地に行かせることを、安穏と見逃すはずが無かった。

 

「響」

 

 美遊はスッと、響の手を取る。

 

 掌に感じる少女の手の柔らかさが、響の心を解きほぐしていくのが分かる。

 

「戦うなら、一緒に。あなたと一緒なら、私も戦える」

「美遊・・・・・・・・・・・・」

 

 強い視線を向ける美遊。

 

 その決意に満ちた視線は、真っすぐに響を捉えて離さない。

 

「私も、戦う」

 

 揺るぎない決意と共に告げる美遊。

 

 少女の温かくも優しい言葉は、悲壮な決意を見せる響の心を包み込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 城を出て、森の中へと入っていく響と美遊。

 

 その小さな背中を、切嗣とアイリは城の窓から優し気な眼差しで見つめていた。

 

「止めないの?」

「無駄だろう。僕らが言った程度で、あの子たちが止まるとは思えない」

 

 小さな2人の姿は、既に木々の陰になってほとんど見えなくなりつつある。

 

 何をするつもりなのか、など、考えるまでも無い。

 

 敵と戦うつもりなのだ。2人だけで。

 

 このまま城で戦えば、切嗣とアイリを巻き込んでしまう事は間違いない。

 

 そうならないようにするため、2人はあえて城を出て決戦を挑む事にしたのだ。

 

「意地っ張りね。もっと子供らしく、親を頼ってくれて良いのに」

「そうだな」

 

 少し寂しそうに呟くと、切嗣はアイリの肩をそっと抱き寄せる。

 

 5年前、響を引き取ると決めた時、躊躇いが無かったと言えばウソになる。

 

 当時、既にイリヤのほかに士郎も引き取っていた2人。

 

 そこに来て、さらにもう1人増えても問題は無いだろうか?

 

 まして響は、イリヤとは別の意味で、聖杯戦争の為に生み出された子供だ。うまくやっていけるかは、掛け値なしの未知数だった。

 

 だが、その不安を、家族のみんなが払拭してくれた。

 

 イリヤは響を弟と言うより友達のように接し、士郎はそんな2人を実の弟妹のように可愛がっている。セラとリズの姉妹も、本当によくやってくれている。

 

 都合で家を空ける事の多い切嗣とアイリにとっては、本当にかけがえのない家族だった。

 

 そして響。

 

 あの無口で不器用な男の子は、あの子なりに家族の輪の中に溶け込もうと頑張った。

 

 そうした1人1人の気持ちの繋がりが、今の衛宮家を形作っている。

 

 それは切嗣とアイリにとって、何物にも代えがたい大切な物だった。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 呟くと切嗣は、手を伸ばして傍らのコートを手に取る。

 

 その顔は、先程まで見せていた父親の物ではない。

 

 戦いに赴く戦士、

 

 否、

 

 魔術師としての顔が、そこにあった。

 

「行くのね」

「ああ」

 

 妻の問いかけに、切嗣は短く答える。

 

 城を出て戦うと決めた響の判断は正しい。

 

 たとえ魔術師としての切嗣が強かったとしても、相手は英霊を宿した存在。まともなぶつかり合いでは勝機は無い。

 

 だが元より、切嗣は「まともな戦い」をする気は無い。

 

 そして、家族が戦っている中、後方で安穏と惰眠をむさぼる気も無かった。

 

「僕は僕の戦い方で彼らを援護する。それだけだよ」

 

 そう言って出ていく切嗣。

 

 そんな夫の背中を、アイリは頼もし気に見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 必然。

 

 という言葉以外、何も出てこない。

 

 既に何度も経験した事である。

 

 故にこそ、こうなる事は初めから判っていた。

 

 交錯する視線。

 

 響、美遊。

 

 優離、ルリア。

 

 深い森の中で、両陣営は再びめぐり合っていた。

 

「もう、鬼ごっこは終わりか?」

 

 圧倒的有利を確信しているのだろう。優離は余裕の態度で語り掛ける。

 

 落ち着き払った静かな口調。

 

 しかしそこに込められた圧倒的な存在感は、響と美遊を押しつぶさんとしているかのようだ。

 

 対して、響と美遊は挑発には答えずに対峙を続ける。

 

 元より劣勢を強いられている状況だ。無駄な事に思考を割いている暇は無かった。

 

「美遊、話した通りに」

「判った」

 

 響の囁きに、美遊は頷きを返す。

 

 既にこれあるを予期し、作戦は決めてある。

 

 あとは、それに従い動くだけだった。

 

 その時、衝撃が吹き荒れる。

 

 響と美遊が見つめる先。

 

 そこには、それぞれアキレウスとアタランテの英霊を宿した、優離とルリアの姿があった。

 

 これもまた、既に何度も見慣れた事態である。

 

 両陣営とも、決戦の機運は既に十分だった。

 

「因縁も、腐れ縁も今日限り。決着を着けるぞ」

 

 低い声で呟き、槍を構える優離。

 

 対抗するように、

 

夢幻召喚(インストール)

 

 小さく、

 

 しかし力強く呟く響。

 

 発生する衝撃。

 

 視界を塞ぐ旋風が晴れた時、

 

 響は漆黒の衣装の上から、浅葱色の羽織を着た、英霊の姿になっていた。

 

 手にした黒塗りの鞘に収まった日本刀が、鋭い存在感を放っている。

 

 同時に、美遊も動いた。

 

《鏡界回廊、最大展開。美遊様》

「お願い」

 

 サファイアの声と共に、美遊もまた魔法少女(カレイド・サファイア)の姿に変身する。

 

 向かい合う両陣営。

 

 状況は、響達にとって決して楽とは言えない。

 

 しかし、

 

 僅かに、視線を交わす響と美遊。

 

 信じあう2人。

 

 お互いがいれば、恐れる物など何もなかった。

 

 次の瞬間、

 

 ほぼ同時に仕掛ける両軍。

 

 戦いが、始まった。

 

 

 

 

 

 戦いは、遠距離からの撃ち合いで始まった。

 

 交錯する閃光。

 

 美遊の放つ魔力弾と、ルリアが放つ矢が空中でぶつかり合う。

 

 激突と同時に、周囲に魔力の光が舞い散る。

 

 両者、手数は互角。

 

 美遊とルリアは、互いの攻撃を空中で相殺し合う。

 

 その直下を、

 

 2騎の英霊が最高速度で駆け抜ける。

 

「ハァッ!!」

 

 初手から、ギアをトップスピードに入れる響。

 

 それと同時に、幼い視線は冷静に勝機を探っていく。

 

 先の激突で、「餓狼一閃」を使えば、優離(アキレウス)相手でもダメージを与えられることは判っている。

 

 しかし、それだけだ。

 

 響の全力攻撃を放っても、単なるダメージ止まりで終わっている。

 

 必殺の一撃を放っても仕留めきれないとあっては、意味は無かった。そして、2度も3度も同じ手を食らうほど、優離もバカではないだろう。

 

 つまり、響が勝つには、何かしら「もう一手」必要だと言う事だ。

 

 繰り出される槍の穂先をいなしながら、懐深く切り込む響。

 

 身を低くして斬り込んでくる響を見た優離。

 

 互いの視線が至近距離でぶつかり合う。

 

 響は間合いに入ると同時に、右手に握った刀を鋭く横なぎに振るう。

 

「ッ!?」

 

 対して、とっさに後方に大きく跳躍する事で、響の攻撃を回避する優離。

 

 だが、

 

「逃がさないッ」

 

 小さく呟くと同時に、響は刀の切っ先を優離へと向け、追撃の態勢を作る。

 

 同時に、地を蹴った。

 

 加速する少年の体。

 

 その鋭い瞳が、最強の英霊を睨む。

 

 だが、

 

 着地と同時に態勢を立て直した優離もまた、対抗するように槍を繰り出してきた。

 

 槍と刀。

 

 銀の閃光が、黄昏の森を鋭く奔る。

 

 激突。

 

 互いの刃の切っ先がぶつあり合い、金属的な異音が響き渡る。

 

「ッ!?」

「クッ!?」

 

 互いに舌打ち。

 

 同時に、響と優離は衝撃によって強制的に後退させられる。

 

 膂力に勝る優離だが、攻撃の勢いは響の方が強かったため、総じて威力は互角となったのだ。

 

 間髪入れず、響は動いた。

 

 着地した態勢から駆ける少年。

 

 一瞬にして間合いを詰めると同時に、逆袈裟に斬り上げる。

 

 斜めに奔る銀の一閃。

 

 その一撃を、槍の柄で防ぐ優離。

 

 互いに至近距離。

 

 睨み合う、響と優離。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・何で?」

 

 睨み合いながら、響は口を開いた。

 

「何で、美遊を狙う?」

 

 ずっと疑問だった。

 

 優離達は、なぜ美遊を連れ去ったのか?

 

 思えばバゼットと共にエーデルフェルト邸を襲撃した時から疑問だった。

 

 魔術協会所属のバゼットとともに現れた優離。

 

 その目的は、初めから美遊だったように思える。その為に響達にバゼットをぶつけ、両者が消耗するのを待ったのだ。

 

 そしてお互いに戦闘が終息に向かったと判断した瞬間、

 

 待機していたゼストが介入。強引に美遊を奪い取った。

 

 そう考えれば、これまでの優離達の行動に辻褄が合う。

 

 あと判らないのは、彼らの動機だけだった。

 

 なぜ、美遊をさらったのか?

 

 なぜ、美遊だったのか?

 

「さあな」

 

 対して、優離の返事は素っ気ない物だった。

 

「あいにく、傭兵は依頼主の意思を実行するのが仕事だ。その意図までは聞かんし、興味も無い。それが鉄則ってものだ」

「勝手・・・・・・」

「好きに言え、だがッ」

 

 言いながら、響の剣を強引に弾く優離。

 

 対して響は後方宙返りをしつつ、後退して再び刀を構えた。

 

 その響を睨みながら、優離は続けた。

 

「お前、一つ忘れている事があるぞ」

「?」

 

 告げる優離に、響は警戒しつつ刀を構える。

 

 対して、

 

 優離は槍の穂先をゆっくり下しながら言った。

 

 一見すると、戦意を放棄したような姿。

 

 しかし、

 

「お前が本気で来るなら、俺も本気で対抗せざるを得ないと言う事だ」

「何を・・・・・・」

 

 不吉な言葉を放つ優離に、訝る響。

 

 対して、

 

 優離は構えを解き、真っすぐに響を見据えた。

 

「騎兵を相手に、屋外で戦うと言う意味を教えてやるよ」

 

 言った瞬間、

 

 優離の中で、魔力が高まるのを感じた。

 

 急速に膨張する輝きを前に、響は不意に悟る。

 

 そもそも騎兵(ライダー)とは、その名の通り何かに騎乗する兵士を指す。

 

 例えばエーデルフェルト邸の戦いにおいて美遊が夢幻召喚(インストール)したメデューサが天馬を宝具にしていたように。

 

 だが、これまでの戦いで、優離はいまだに騎乗型の宝具を使用していない。

 

 優離(アキレウス)には、まだ上がある。

 

 響が全力を出していなかったように、優離もまた切り札を隠し持っていたのだ。

 

 輝く閃光。

 

 その中から、

 

 巨大な何かが出現するのが見えた。

 

「なッ・・・・・・・・・・・・」

 

 それは、響の知識で言えば「馬車」に近かった。

 

 馬があり、その後方には人が乗れると思しき車が付属している。

 

 だが、

 

 見た目からくる凶悪さは、「馬車」などと言うのどかな響を完全に粉砕している。

 

 それはまさに「戦車(チャリオット)」と称していい存在だった。

 

 三頭仕立ての馬は、どれも素晴らしい巨体を誇り、その馬力は計り知れないものを感じる。

 

 その威容、その存在感。

 

 それはまさに戦うために存在する兵器であることを示している。

 

 御者台に飛び乗る優離。

 

 はるかに高い位置から、響を見下ろす。

 

疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・ドラゴーイディア)!!」

 

 低い呟きとと共に、

 

 優離は立ち尽くす響めがけて突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 魔力を足場にして、上空へと駆けあがる美遊。

 

 同時に、振り上げたサファイアに魔力を充填する。

 

射出(シュート)!!」

 

 ステッキを振るうと同時に、放たれる魔力砲。

 

 その強烈な閃光は、眼下に立つルリアを狙う。

 

 対して、

 

 アタランテを夢幻召喚(インストール)したルリアは、その俊敏な動きで木の枝に飛び移り美遊の攻撃を回避。同時に空中にありながら、手にした弓に矢を番えて構える。

 

 放たれる3本の矢。

 

 その鏃が、真っすぐに美遊へと向かう。

 

 ルリアは一斉攻撃を放つ事で、美遊の動きを牽制しようと考えたのだ。

 

 だが、

 

「この程度ッ!?」

 

 とっさに魔力の足場を蹴って回避する美遊。

 

 その間にもサファイアを振るって魔力弾を放ち、ルリアに攻撃を仕掛ける。

 

 当たらなくても良い。とにかく手数で攻めて、ルリアの動きをけん制する作戦だった。

 

 美遊の攻撃が次々と着弾し、木々を薙ぎ払う。

 

 対してルリアも木の間を駆け抜け、美遊の視界をかく乱して回避する。

 

 手数で攻める美遊に対し、ルリアは逃げながら反撃する。

 

 上空から攻撃を仕掛ける美遊。

 

 しかし、ルリアはそれに対し、樹海をいわば隠れ蓑にして防いでいる状態だった。

 

 美遊からはルリアが見えづらいが、逆にルリアからすれば、上空を飛ぶ美遊は狙いやすい的である。

 

 本来なら頭上を押さえ、有利なポジションにいるはずの美遊が、却って苦戦している状態である。

 

 美遊からすれば、戦いにくいことこの上なかった。

 

「このままじゃッ!!」

 

 攻撃が悉く空を切る中、決定打がなかなか奪う事ができない。

 

 視線をわずかに転じれば、響と優離が戦っている様子が見える。あちらもどうやら、芳しくない様子である。

 

 早く、響を援護に行かなくては。

 

 焦る美遊。

 

 その一瞬の隙を、ルリアが突いて来た。

 

 上空に向けて引き絞られる弓。

 

 番える矢は、

 

 しかし美遊に向かっていない。

 

 はるか上空に向けられる眼差し。

 

「我が弓と矢を持って、太陽神(アポロン)処女神(アルテミス)に加護を願い奉る・・・・・・」

 

 祈りの言葉と共に、矢は天空めがけて放たれる。

 

訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!!」

 

 はるか上空に消える矢。

 

 その様を、美遊は怪訝な面持ちで見送る。

 

「いったい、何を・・・・・・」

 

 呟いた。

 

 次の瞬間、

 

 天空より、無数の矢が降り注ぐのが見えた。

 

「これはッ!?」

 

 驚愕する美遊。

 

 ほぼすべての戦場を包み込むように降り注ぐ矢の嵐。

 

 逃げ場は、無い。

 

 訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)

 

 これこそが、英雄アタランテの宝具である。

 

 太陽神アポロンと、月女神アルテミスに願う事で、敵軍に災厄を齎す。

 

 その効果は、敵軍全てを包み込むほど、大量の矢が天空から降り注ぐ形で現れる。

 

 本来なら大軍勢相手に使うべき対軍宝具を、ルリアは美遊1人にぶつけてきたのだ。

 

「これで、終わりよ」

 

 上空の美遊を見上げて、笑みを浮かべるルリア。

 

 酷薄な呟きと共に、全ての矢が一斉に美遊に襲い掛かった。

 

 対して、目を見開く美遊。

 

 四方から降り注ぐ矢を前に、避ける術はない。

 

 次の瞬間、

 

 美遊は複数の矢を、ほぼ同時にその身に受けた。

 

「あッ・・・・・・・・・・・・」

 

 力なく落下する、少女の体。

 

 その姿に、ルリアは勝利を確信する。

 

 ルリアの視界の中で、急速に落下してくる魔法少女(カレイド・サファイア)の姿が見える。

 

「・・・・・・・・・・・・やった」

 

 さんざん手こずらされたが、ようやく決着が着いた。

 

 ただちに、落下地点へと駆け寄るルリア。

 

 程なく、木々の間に倒れる魔法少女姿の美遊が見えてきた。

 

 落下した際に木の枝にぶつかったのだろう。周囲には折れた木片が散らばっているのが見える。

 

 それらを避けながら近づくルリア。

 

 倒れている美遊は気を失っているのか、目を閉じたままピクリとも動かない。

 

 その姿に、ルリアは満足そうにうなずく。

 

「よし、あとはこいつをゼストの元へ・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけた時だった。

 

 突如、

 

 鋭い風切り音と共に、銀色の光が襲い掛かって来た。

 

「ッ!?」

 

 とっさに飛びのいて回避するルリア。

 

 地面に突き立つナイフ。

 

「何がッ!?」

 

 顔を上げて、襲撃者の姿を探すルリア。

 

 するとそこには、

 

 倒したはずの美遊の姿があった。

 

 同時に、足元で転がっている美遊の姿が崩れ消滅する。

 

 現れた美遊の姿は、漆黒のレオタード衣装に黒い長手袋。側頭部に髑髏の仮面を付けた姿に変わっている。

 

 「暗殺者(アサシン)」ハサン・サッバーハ。

 

 訴状の矢文(ポイボス・カタストロフィ)が着弾する直前。美遊はハサンを夢幻召喚(インストール)する事で分身を作り出し回避したのだ。

 

「クッ!!」

 

 とっさに弓を構え、撃ち放つルリア。

 

 放たれた矢は、真っ向から暗殺者(アサシン)姿の美遊を貫く。

 

 だが、矢を食らった美遊の姿は、再び崩れて消滅する。

 

「無駄」

 

 短い呟きと共に、再び現れる美遊。

 

 焦るルリア。

 

 現れては消え、再び現れる暗殺者(アサシン)美遊に、焦燥は募っていく。

 

 次々と現れる分身。

 

 「暗殺者(アサシン)」ハサン・サッバーハは、弱い英霊である。事実、カード回収時に戦った英霊の中では、火力と言う点で最も劣っていると言って良いだろう。

 

 しかし、それは担い手自身の実力次第で、充分に覆し得る戦力差だった。

 

 サファイアから魔力供給を受けている美遊は、妄想幻像(ザバーニーヤ)によって、いくらでも分身を作り出す事ができる。ある意味、ハサンとの相性は最高と言っても良かった。

 

 そして、

 

 木の枝から、

 

 幹の影がから、

 

 開けた平地に、

 

 岩場の上に、

 

 都合、10人の暗殺者(アサシン)美遊が出現した。

 

 個体の能力は本来の10分の1。

 

 しかし、そんな事は最早関係なかった。

 

 完全にルリアを包囲した10人の美遊。

 

 その手にあるナイフが、一斉にルリア目がけて投擲される。

 

 それはまさに、先程の訴状の矢文(ポイボス・カタストロフィ)に対する意趣返しとも言える攻撃。

 

 四方から放たれるナイフの群れに、目を見開くルリア。

 

「クッ!?」

 

 とっさに跳躍。

 

 膂力を振り絞って上空へと逃れる。

 

 着弾するナイフは、しかしルリアを捉える事ができない。

 

 その時には既に、ルリアの姿は美遊の頭上にあった。

 

「このッ よくも!!」

 

 跳び上がったルリアは、再び弓を構えようとする。

 

 予想外の事で焦ったが、問題は無い。ここから態勢を立て直せば済む事。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「この時を、待っていた」

「なッ!?」

 

 小さく告げられた言葉に、とっさに振り返るルリア。

 

 そのすぐ横には、

 

 ルリアに並ぶようにして立つ、美遊の姿があった。

 

 暗殺者(アサシン)接続解除(アンインストール)され、元の魔法少女(カレイド・サファイア)姿に戻っている美遊。

 

 そして、

 

 ルリアに向けて真っすぐに伸ばしたサファイアには既に、魔力が充填されていた。

 

「クッ!?」

 

 顔を引きつらせるルリア。

 

 しかし、全てがもう遅い。

 

砲射(シュート)!!」

 

 放たれる閃光。

 

 かわす暇も無く、ルリアを直撃する。

 

 成す術も無く、墜落していくルリア。

 

 少女の姿は、やがて地面に叩きつけられ、身動きを取る事すらできなくなる。

 

 まさに、先程の美遊と真逆の結果になった。

 

 しかし、ルリアは美遊とは違って、分身を使う事ができない。

 

 魔力砲の直撃を至近距離からもろに受けた少女は、もはや完全に動くことができず、地に倒れ伏している。

 

 弓兵(アーチャー)も解除され、普段着姿に戻っている。

 

 ルリアが戦闘力を、完全に喪失したのは明らかだった。

 

 その姿を確認してから、美遊は踵を返す。

 

「待ってて響。今行く」

 

 ルリアは仕留めた。

 

 だが、戦いはまだ終わっていない。

 

 苦戦している響を、援護しなくてはならなかった。

 

 

 

 

 

 その様は、正に怒涛だった。

 

 進路の先にある物を全て、あまねく粉砕し、踏みつぶして押し通る暴力。

 

 およそ人の力で押しとどめる事は不可能に近い。

 

 宝具「疾風怒濤の不死戦車《トロイアス・ドラゴーイディア》」。

 

 英雄アキレウスが持つ最強の宝具であり、彼が生前に使用したとされる戦車(チャリオット)である。

 

 車を引く3頭の馬のうち、2頭は海神ポセイドンから賜った「クサントス」と「バリウス」は正真正銘の神馬であり、人語を介し、その身は不死とさえ言われている。

 

 もう1頭の「ペーソダス」は神馬ではないものの、稀代の俊足を誇った名馬であり、その突進力は他2頭に勝るとも劣らない。

 

 その3頭に曳かれた戦車による圧倒的な突撃。

 

 その様は、もはや最強を通り越して最凶と言って過言ではない。

 

 押しとどめる事ができる存在など、この世にいるはずが無かった。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、その場を飛びのいて回避する響。

 

 その視界の中を、駆け抜けていく戦車。

 

 危なかった。

 

 判断が一瞬遅かったら、間違いなく響は突撃に巻き込まれていただろう。

 

 だが次の瞬間、

 

 強烈な衝撃が響に襲い掛かって来た。

 

「グッ!?」

 

 吹き飛ばされる少年の体。

 

 そのまま背中から木に叩きつけられ、思わず息を詰まらせる響。

 

 一瞬、気が遠くなる。

 

 完全にかわしたはず。直撃は無かったはず。

 

 しかし、

 

 優離の突撃は、衝撃波だけで響を吹き飛ばしたのだ。

 

 飛びかけた意識を強引に引き戻し、見上げる響。

 

 そこには、空中に跳び上がり、Uターンしようとしている戦車(チャリオット)の姿があった。

 

 どうやら、あの戦車は空も飛べるらしい。

 

「・・・・・・・・・・・・ずるい」

 

 ちょっと、うらやましいとか思って口をとがらせる響。

 

 だが、遊んでいる暇は無かった。

 

 ターンを終えた優離が、再び戦車を駆って突撃してくる。

 

 巨大な撹拌機とでも言うべきか、あんなものとぶつかり合えば、響の体など一瞬にして肉片以下に粉砕されてしまう事だろう。

 

 とっさに飛びのく響。

 

 しかし、戦車の突撃は、紙一重で回避した程度ではどうにもならない。

 

 響は再び吹き飛ばされ、地面に転がる。

 

 受け身を取る事も出来ず、叩きつけられる響。

 

 破格。

 

 としか言いようがない。

 

 単独でも最強の英霊であるアキレウスが、宝具を解放すればこれほどの力を発揮するとは。

 

 どうにか体を起こす響。

 

 痛む体が、少年を縛り付ける。

 

 見上げる空。

 

 そこには既に、攻撃態勢を整えている優離の姿があった。

 

「終わりだ」

 

 短く告げると同時に、手綱を振るう優離。

 

 突撃を開始する戦車(チャリオット)

 

 対して、響は起き上がる事も出来ない。

 

 その凶悪とも言える姿は響へと迫る。

 

 勝負あったか?

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 突如、迸るような閃光が、優離に向けて放たれた。

 

「なッ!?」

 

 とっさに手綱を引き、戦車(チャリオット)を急停止させる優離。

 

 同時に、飛び込んで来た青い影が、倒れている響のすぐ側に降り立った。

 

「響、しっかり!!」

 

 美遊はとっさに倒れている響を抱えて、その場から飛びのく。

 

 ルリアを仕留めた美遊は、響の危機に間一髪で間に合ったのだった。

 

 一方、

 

 攻撃を邪魔された優離は、舌打ちしながら2人を睨みつけた。

 

 あと一歩のところで、響を仕留めそこなったと言う事実にいら立ちが募る。

 

 しかも、

 

 美遊がこの場に現れた、と言う事は、ルリアは敗れたと言う事だろう。

 

 やはり、戦わせるべきではなかった。

 

 そんな後悔が、優離の中で募る。

 

 元々、ルリアは幼い故か、精神的に不安定な部分があった。そんな彼女を戦わせるべきではなかったのだ。

 

 だが、こうなってしまった以上、もはや言っても仕方のない事だった。

 

 ならば後は、自分がルリアの分も戦い、目の前の2人を倒すのみ。

 

 元より、最強の英霊をこの身に宿した自分なら、響と美遊、2人を同時に相手にしても負ける道理は無かった

 

 一方、

 

 響と美遊もまた、そろって優離に向かい合っていた。

 

「ありがと、美遊」

「うん。けど、これからどうしようか?」

 

 何とかルリアを退けた美遊だが、流石に優離相手にどう戦うべきか、彼女でも考えあぐねているのだった。

 

 響も既にボロボロだ。

 

 この状態で、果たして勝機はあるのか?

 

 そんな中、

 

「美遊」

「え?」

 

 呼ばれて振り返ると、響は真っ直ぐに美遊を見つめていた。

 

「どうしたの?」

 

 問いかける美遊に対し、響はスッと手を伸ばしてくる。

 

「手・・・・・・・・・・・・」

「手? 手がどうしたの?」

「ん、握ってほしい」

 

 訝る美遊。

 

 いったい、響はどうしたと言うのか?

 

 しかし言われるまま、そっと少年の手を握りしめる。

 

 伝わる、柔らかい温もり。

 

 響と美遊は、戦いの場にあって、互いの存在を強く結びつけていく。

 

 そんな中

 

「ここで、終わらせる」

 

 低く呟かれる、響の言葉。

 

 同時に、

 

 少年の瞳は、真っすぐに自らが倒すべき敵へと向けられた。

 

 その手に握られた、

 

 一振りの旗。

 

 朱地に、「誠」の一字が書き込まれた大ぶりな旗。

 

 新選組の象徴たる隊旗。

 

 風を受けて、雄々しくはためく。

 

「・・・・・・ここに・・・・・・旗を立てる」

 

 同時に、旗は地面へと突き立てられる。

 

 次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が、一変した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突き立てられた旗を中心に、黒く塗りつぶされる風景。

 

 冷たい風が吹き込み、同時にその場は黄昏時の密林から、夜の荒野へと様変わりする。

 

 世界が、変わる。

 

 全てが、上書き(オーバーライト)される。

 

「なッ これは!?」

 

 驚愕する美遊。

 

 完全に上書きされた世界。

 

 吹きすさぶ夜の荒野。

 

 他には一切何もない、殺風景な様。

 

 その頭上には、白い月が煌々と周囲を照らし出している。

 

「固有結界、だと?」

 

 優離もまた、驚いて声を上げる。

 

 そんな中、

 

「京都守護職 会津藩預かり・・・・・・・・・・・・」

 

 響は優離を真っ向から見据え、

 

「新選組三番隊組長・・・・・・・・・・・・」 

 

 高らかに言い放った。

 

斎藤一(さいとう はじめ)、参る!!」

 

 

 

 

 

第24話「真名解放」      終わり

 




取りあえず、

沖田さんだと思ってた方々、

平にすいません(苦笑

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