Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第4話「転校生は規格外」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ふぁ~~~~~~~~~~~あ」」

 

 のっけから、小学生児童約2名が、テーブルに座って大欠伸をかましている。

 

 爽やかな朝だと言うのに、何とも場違いに思える光景である。

 

 その様子を、彼らの兄は呆れ顔で眺めていた。

 

「どうしたんだ2人共、随分と眠そうだな」

 

 衛宮士郎は、向かいに座ってイリヤと響の様子を見て、気遣うように尋ねる。

 

 そうしている間にもイリヤは眠そうに目をこすり、響などは舟を漕ぎそうな勢いだ。

 

「いや、ちょっと2人で、新しいゲームをね・・・・・・」

「嵌ってしまった」

 

 取り敢えず視線を明後日にそらしつつ、そう言って誤魔化す2人。

 

 まさか、魔法少女になって、夜の学校で戦っていました、などと言う訳にもいかないので。

 

 と、

 

「お二人とも」

「「ギクッ」」

 

 背後から聞こえてきた低い声に、思わず肩を震わせる響とイリヤ。

 

 案の定と言うべきか、そこには腰に手を当てて険しい顔をしたセラの姿があった。

 

「あれほど、夜更かししてはいけませんと申し上げているじゃありませんか」

「「ごめんなさ~い」」

 

 お小言を言われ、しゅんとする響とイリヤ。

 

 この衛宮家では、両親が放任主義である反面、教育係であるセラがしっかりと締めるべきところを締めている。

 

 事実上、この家はセラで保っていると言っても過言ではなかった。

 

 結局あの後、凛が後から現れた、ルヴィアという金髪少女とドツキ合いをしているうちに、もう1人の「魔法少女」の女の子が鏡界回廊を反転させ、一同は現実世界へと戻ってきた。

 

 もっとも、凛とルヴィアの2人は、現実世界に戻ってきてもドツキ合いを続けていたが。

 

 何はともあれ、イリヤ達は最初の戦いをどうにか勝利で終えることができたのだった。

 

 最終的に、目標であるカードは手に入らなかったものの、ひとまず、あれだけの激戦を無事に潜り抜けたことは評価すべきだろう。

 

 とは言え、いくつか消えない疑問が残ったのも事実である。

 

「けっきょく、響のあれって何だったの?」

 

 朝食のパンを頬張りながら、イリヤは響を見る。

 

 あの時、イリヤを助けた響の一撃は、いったい何だったのか? 最後まで判らずじまいだった。

 

「んく・・・・・・だから、わからない」

 

 対して、オレンジジュースを喉に流し込み、響は淡々とした調子で答えた。

 

「あの時は、夢中だったから・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・ふうん」

 

 ポツリと呟く響に、イリヤは不思議そうな眼差しを向ける。

 

 どうにも、嘘を言っているようには見えない。

 

 そもそも、響は割と嘘が苦手である。根が素直なせいか、嘘をつけばイリヤでもすぐ判るくらいである。

 

 つまり響自身、なぜあんな事ができたのか、自分でも本当に分かっていないのだ。

 

「そんな事より・・・・・・・・・・・・」

 

 響は、話題を切り替えるように言った。

 

「気になるのは、あの子の方」

「ああ・・・・・・うん、そうだね」

 

 響の指摘に、イリヤも頷きを返す。

 

 響が何を言いたいかは、理解していた。

 

 昨夜、戦闘中に現れて、騎兵(ライダー)にトドメを刺した、もう1人の魔法少女。

 

 彼女がいったい何者なのか、イリヤとしても気になるところである。

 

 しかし、

 

「何となくだけどさ、わたし、この後の展開が読めるような気がするよ」

「?」

 

 躊躇いがちなイリヤの言葉に、響はキョトンとした顔をする。

 

 対してイリヤは、苦笑しながら振り返った。

 

「だってさ、あの子、わたし達と同じくらいの年齢だったよね。て事はお約束として・・・・・・・・・・・・」

 

 意味深に告げられるイリヤの言葉。

 

 果たして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美遊・エーデルフェルトです」

 

 担任の藤村大河に紹介された少女は、静かな声でそう名乗る。

 

 その姿を見て響は、イリヤの予想が外れていなかったことを悟った。

 

 美遊と名乗った少女が、もしかしたら転校してくるかもしれない。

 

 イリヤは出発前、響にそう語っていたのだが、その予想が見事に的中した形である。

 

 壇上に立って自己紹介をした少女は、間違いなく昨夜、あの騎兵(ライダー)を倒した、もう1人の魔法少女である。

 

 まさか、本当に転校してくるとは。

 

「イリヤの戯言かと思った・・・・・・」

 

 呆れ顔の響。

 

 一方で、イリヤはこの「お約束展開」を予想しており、苦笑いを浮かべているところだった。

 

 確かに「似たような年齢の女の子が突然現れ、その翌日にはクラスに転校してくる」と言うのは鉄板の展開と言える。

 

 もっとも、この後の展開については、流石のイリヤも予想外だったのだが。

 

「えっと、それじゃあ席は、窓際の一番後ろ。イリヤちゃんのところね」

「えッ!?」

 

 驚くイリヤをよそに、美遊はさっさとイリヤの後ろの席へと座ってしまう。

 

 対してイリヤはと言えば、背後から送られてくる無言の圧力に完全に気圧されてしまっていた。

 

「な、何か、すごいプレッシャーを感じるんだけど・・・・・・」

《メンチで負けてはいけませんよ、イリヤさん》

 

 ルビーのノーテンキな応援を他所に、イリヤは1時限目の間、変な緊張感を強いられて、授業に集中する事が出来なかった。

 

 休み時間になると、早速と言うべきか、美遊はクラスメイト達によって包囲されていた。

 

 転校生と言う存在は、それだけでアイドル的な扱いをされる面がある。皆、新しいクラスの仲間がどんな子なのか、すぐにでも知りたいのだ。

 

 そんな訳で、クラスメイト達から取り囲まれている美遊。

 

 そんな彼女の様子を、響、イリヤ、ルビーの3人は、離れた場所から眺めていた。

 

《早速囲まれてますね~》

「いろいろ聞きたいけど、これじゃ無理だね」

 

 ルビーとイリヤは、そう言って嘆息する。

 

 とてもではないが、今の美遊に昨夜のことを尋ねるのは無理がある。

 

 と、そこで響が、

 

「なら、この人に聞いてみよう」

 

 この人? 誰の事だ?

 

 響の言葉に、釣られて振り返るイリヤとルビー。

 

 その視線の先には、ルビーとよく似たステッキの先端部分がフワフワと浮かんでいた。

 

 見比べれば、両者は本当によく似ている。

 

 もっとも、中心の星がルビーは五芒星なのに対し、向こうは六芒星、左右の羽根も、ルビーが鳥であるのに対し、向こうは蝶の羽根をしている。

 

 間違いない。昨夜、美遊が使っていたステッキである。

 

《あらあら、サファイアちゃんも来てたんですか》

《姉さん、会えて嬉しいです》

 

 何やらあいさつを交わす、2本のステッキ。

 

 とは言え、ここは教室のど真ん中なわけで、

 

「ちょ、ちょっと、見つかっちゃうよッ とりあえずこっち来て!!」

 

 イリヤは慌ててルビーとサファイアを抱えると、窓際に走り寄る。

 

 その後ろから、響も着いて来た。

 

《紹介がまだでしたねサファイアちゃん。こちら、私の新しいマスターであるイリヤさんと、その弟さんである響さんです》

《サファイアと申します。いつも姉がお世話になっています》

「はあ、どうも」

 

 ぺこりと頭(?)を下げるサファイアに対し、イリヤは曖昧な返事をする。

 

 どうにも、絵的にシュールな光景だった。

 

「ステッキは、2本あったの?」

《はい。わたしとサファイアちゃんは同時に作られた姉妹なんですよー》

 

 尋ねる響に、ルビーは自慢げに言って聞かせる。

 

 魔力を無限に供給し、マスターの空想をもとに、現実に奇跡を具現化させるカレイドステッキ。

 

 そのカレイドステッキは、初めから2本作られていた。

 

 そのうちの1本を凛が、もう1本をルヴィアがパートナーとしたのだが。

 

 先日の騒動で2人ともステッキに見限られ、ルビーがイリヤに、サファイアが美遊に、それぞれ乗り換えたというわけだ。

 

《でも、美遊さんは大したものですねー 初めてなのに宝具を使うなんて?》

「『ほうぐ』って?」

 

 聞きなれない単語に、キョトンとするイリヤと響。

 

 そう言えば、昨夜の戦いでも同じ単語が飛び出したのを思い出す。

 

 しかし、それが具体的にどんな物なのか、響達には皆目わからなかった。

 

 そんな子供たちの様子に、サファイアはルビーに向き直る。

 

《説明してないのですか、姉さん?》

《そう言えば、カード周りの詳しいことはまだでしたね。一度に説明しても混乱させるだけだと思いましたので》

 

 確かに。

 

 余りにも特異な事態が起こりすぎている事を考えれば、一度に多量の情報を与えられても混乱を来すだけだった。

 

 とは言え、戦いも終わった事で、ルビーも説明してもいいと判断したのだろう。

 

《この間、凛さんに見せてもらったカードは憶えていますか?》

「うん、何か、すごい力を持ったカードだって言ってたよね」

「アーチャー?」

 

 凛は、そのカードを回収するのが仕事だと言っていたのを思い出す。同時に「危険な存在だ」とも。

 

 イリヤ達がどの程度理解しているのか判断したサファイアは、説明に入った。

 

《魔術協会は、先に回収した「ランサー」「アーチャー」2枚のカードを分析しましたが、結局、製作者は不明、用途不明、構造解析もうまくいきませんでした。ただ一つ分かったのは、実在した英雄の力を引き出せるらしい、と言う事です》

 

 すなわち、神話や伝承、歴史の中に存在する数多の英雄たちの力を、カードは宿しており、その一部を取り出すことができると言う訳だ。

 

《その力の象徴と言うべき物が「宝具」です。通常の武具を超え、奇跡を成す強力な兵器、又は技。それらを総称して「宝具」と呼びます。私たちは、カードを解して英霊の座へアクセスし、英霊の持つ宝具を一瞬だけ具現化することができるんです。昨夜、美遊様(マスター)が敵を仕留めた「刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)」もそうです。放てば必ず敵の心臓を穿つ、必殺の槍です》

《どうも、カード1枚に対し、英霊1人が対応しているようです》

 

 サファイアの説明に捕捉するように、ルビーが言った。

 

 正直、響達には理解が難しい事柄も多い。

 

 しかし、あのカードを使えば、何らかの英雄の力を引き出せる、と言うあたりは、イリヤも響も理解できていた。

 

《お二人も、もう気づいているかもしれませんが、昨夜戦った敵、あれもカードによって引き出された英霊の一部・・・・・・いえ、英霊その物と言って良いでしょう》

《とは言え、どうやら本来の姿から変質しているうえに、理性も吹っ飛んじゃってるみたいですけどねー》

 

 サファイアとルビーの説明を聞きながら、響は昨夜の事を思い出す。

 

 昨夜戦ったライダーは、人の形こそしていたものの、その動きはどこか獣じみていたのを覚えている。

 

 確かに、あれでは英雄と言うより、英雄に倒される悪魔、とでも言った方がしっくりくるだろう。

 

《アーチャーとランサーについては、協会が派遣した魔術師たちによって倒されましたが、ライダーは、そうはいきませんでした。彼女は恐らく「魔術を無効化する」という概念的な守りが備わっていたんだと思います》

 

 魔術が効かない相手では、魔術師は殆ど手も足も出ない。

 

 騎兵(ライダー)の出現によって、魔術協会の回収作業は、完全に頓挫するかと思われた。

 

 そこで、魔術ではなく、魔力そのものを武器として使用できる、ルビーとサファイアの出番となった訳である。

 

 その後、日本に来たものの、任務そっちのけでいがみ合いばかりしている凛とルヴィアを見限り、ルビーはイリヤと、サファイアは美遊と再契約して現在に至る、と言う訳だ。

 

《イリヤ様、響様》

 

 サファイアが、改めてイリヤと響に向き直った。

 

《わたし達も全力でサポートしますので、どうか美遊様(マスター)と協力して、カード回収にご協力ください》

「う、うん。いまいち自信は無いけど、頑張ってみるよ」

《大丈夫ですよ!! 私がついてますから》

 

 気軽に請け負うルビー。

 

 その時だった。

 

「サファイア、あまり外に出歩かないで」

「「ッ!?」」

 

 突如、背後から声を掛けられ、振り返る響とイリヤ。

 

 そこには、いつの間に近づいて来たのか、静かな瞳でこちらを見る美遊が佇んでいた。

 

 その美遊の元へ、サファイアがスッと飛んでいく。

 

《申し訳ありませんマスター。イリヤ様と響様にご挨拶をと思いまして》

「誰かに見られたら面倒。学校ではカバンの中にいて」

 

 そう言いながら、美遊はイリヤを一瞥する。

 

「あ、あの・・・・・・」

 

 声を掛けようとするイリヤ。

 

 しかし、対する美遊は、そんなイリヤに興味はないとばかりに踵を返すと、そのまま歩き去って行った。

 

「な、何か、声かけづらい雰囲気だったね」

「ツンデレ?」

 

 美遊の素っ気ない態度に、唖然とするしかない、イリヤと響。

 

 果たして、美遊にデレ期は訪れるのか? それは、誰にもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唖然、としか言いようがなかった。

 

 まったくもって、「お前のような小学生がいるのか!?」などと、愕然とする思いである。

 

「まさかこんな事になるとは・・・・・・」

 

 イリヤは、苦笑交じりで、惨憺たる有様となったクラスを眺めていた。

 

 今は昼休みを終えて5時間目の体育の時間。

 

 響は体操着に短パン、イリヤも体操着にブルマーという、運動用の恰好に着替えて立っている。

 

 その2人の視線の先では、消沈した様子のクラスの仲間たちがいる。

 

 普段なら、体育の授業前と言う事でテンションを上げているクラスメイト達だが、今日はなぜだか、

 

 皆が皆、「才能の壁」と言う言葉を、小学生にして思い知らされているのだ。

 

 美遊・エーデルフェルトと言う少女は、それ程までに「規格外(EXクラス)」と言ってもいい存在だった。

 

 その美遊はと言えば、そんなクラスメイト達の消沈など知らぬげに、1人、準備運動を行っているのが見える。

 

 まったく、

 

 響は嘆息交じりに呟く。

 

 全ての始まりは、数時間前まで遡る事になる。

 

 

 

 

 

 2時間目、算数の時間。

 

 担任の藤村大河に指名された美遊は、黒板の前に出てチョークを取ると、描かれた図形に、スラスラと計算式を書き始めた。

 

「外接半径と線分OBの比はCOS(π/n)。内接半径は線分OBに等しい。この事から外接半径と内接半径の比はCOS(π/n)となり、面積比はCOS²(π/n)となります」

 

 小難しい計算式を、意図もあっさりと書き連ねていく美遊。

 

 断っておくが、この問題はそんな難しいものではない。たんに円の中に描かれた三角形の面積を求めれば良いだけの事だ。

 

 しかし、美遊の書いた計算式によって、まるで高校受験の問題並みに難しくされてしまっていた。

 

 ちなみに言うまでもないが、書かれている計算式を、半分でも理解できた生徒は、クラス内に皆無だった。

 

「・・・・・・よって、この場合の面積比は4倍となります」

 

 説明を終えた美遊は、淡々とした口調で言って大河のほうへと振り返る。

 

 心なしか、いつも通りの無表情の中にどや顔が混じっているように見えなくもない。たぶん、気のせいだろうが。

 

 一方、

 

 説明された大河は、唖然としている。

 

 教師である彼女にはもちろん、美遊の説明は理解できている。

 

 できてはいる、のだが、

 

「・・・・・・・・・・・・いや、あのー、美遊ちゃん?」

 

 静まり返る教室の中、大河は恐る恐る、といった感じに話しかける。

 

「この問題は、そんな難しく考える必要はないのよ。COSとかnとか使って一般化しなくてもいいの!」

「?」

「いや、そんな不思議そうな顔されても!!」

 

 言い募る大河に対し、美遊はキョトンとした目を返す。

 

 どうやら、なぜ注意されているのか、本気で分からない様子だ。

 

「もっと心にゆとりを持ちなさい!! 円周率はおよそ3よ!! 文句あんのかゴラァ!!」

 

 暴れる大河。

 

 とりあえず、学力がすごいと言う事が分かった。

 

 

 

 

 

 3時間目、図工の時間

 

 1枚の絵を手にした大河は、またしても慄き震えを隠せないでいた。

 

「こ、これは・・・・・・・・・・・・」

 

 そこに描かれた絵は、間違いなく人物画である。

 

 しかし、およそ「人」としての形態を最低限残しつつ、その形状を徹底的に分解、再構成しているのがわかる。

 

「自由に描けとの事でしたので、形態を解体して単一焦点による遠近法を放棄しました」

 

 シレッと説明する美遊。

 

「自由すぎるわ!! つーか、キュビズムは小学校の範囲外よ!!」

「?」

「いやだから、そんな顔されても!!」

 

 またしても、意味が分からないといった感じに首をかしげる美遊。

 

 ちなみにキュビズムとは立体主義とも言われる絵画の美術手法の一つであり、代表的な物でパブロ・ピカソの「アビニヨンの娘たち」がある。

 

 取りあえず、美遊は美術力もすごいらしかった。

 

 

 

 

 

 4時限目、家庭科の時間。

 

 すでに何度目かもわからない絶句をする藤村大河女史。

 

 その目の前では、これでもかと言わんばかりに並べられた美食の数々が、テーブルいっぱいに置かれていた。

 

「パリの有名レストラン、モキシムのコースメニューを再現してみました」

 

 またまたまたしても、淡々と告げる美遊。

 

「いやだから、なんでフライパン1個でこんな手の込んだ料理が作れるのよ!? しかもウメェェェェェェッ!! 何て物食わせてくれるのかァァァァァァッ!! おかわりィ!!」

「先生、少しうるさいです」

 

 うっとうしそうに大河に告げる美遊。

 

 どうやら、家庭科も完璧らしかった。

 

 

 

 

 

 以上の通りである。

 

 天は人に二物を与えず?

 

 そんな言葉は犬にでも食わせておけ。

 

 などと言う、どうでもいい言葉が頭に浮かんできてしまうほど、美遊と言う少女は完璧すぎるくらいに完璧超人だった。

 

「・・・・・・ちょっと、悔しい」

「その気持ちは、判るよ」

 

 ボソッと告げられた響の言葉に、イリヤも苦笑で返す。

 

 5時間目の体育の時間。

 

 響とイリヤは、並んで立ち、視線を同じ方向に向けていた。

 

 そこには、体操服にブルマ姿の美遊が準備運動をしていた。

 

 小学生の枠を超えて中学・・・・・・否、下手をすれば高校生の学力すら凌駕しそうな美遊。

 

 ある意味、今日のクラスは完全に彼女の独壇場と化している感がある。

 

 美遊自身に、その自覚があるかどうかはわからないが。

 

 しかし、

 

「ここまでやられっぱなしなのは癪」

 

 呟く響。

 

 新参の転校生に、こうまでかき乱されたのでは溜まったものではない。ここらで一つ、反撃に転じたいところである。

 

「てなわけでイリヤの出番」

「え、何でわたしなのッ?」

 

 突然話を振られ、キョトンとするイリヤ。

 

 そんな少女に、響は声を潜めるように言った。

 

「今日の体育は短距離走。それなら、イリヤの敵じゃない」

「あ、そっか」

 

 言われて、イリヤは納得したように頷く。

 

 確かに、短距離走はイリヤにとって最も得意な分野である。

 

 これならあるいは、勝てるかもしれない。

 

 一縷の望みは、少女に託された。

 

「イリヤ、がんばって」

「うん、任せて」

 

 弟の激励を受け、イリヤは笑顔で頷きを返した。

 

 

 

 

 

 鳴り響く号砲。

 

 同時に、小柄な少女2人は、同時に地面を蹴った。

 

 疾走するイリヤ。

 

 コンディションはベスト。

 

 いつも通りの疾走感。

 

 これなら勝てる。

 

 確実に勝てる。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 駆けるイリヤを追い越すように、黒髪の少女が、疾風のように駆け抜ける。

 

 先にゴールを超える美遊。

 

「ろ、6秒9!?」

 

 驚愕して叫ぶ大河。

 

 見れば、焚き付けた響も、あまりの事態に絶句している。

 

 だが、そんな中で一番驚いていたのはイリヤだろう。

 

 イリヤは自分の足には絶対の自信を持っていた。本気で走れば、大人にだって負けないと自負している。

 

 その自分が、まさかの敗北を喫した。

 

 美遊・エーデルフェルト。

 

 彼女はまさに、完璧を超えた完璧、「ハイパー小学生」とでもいうべき存在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傾く陽。

 

 照らされる夕日によって、下校の道が赤く照らし出される。

 

 そして、夕日の赤は、敗者の背中にも優しく降り注いでいた。

 

「イリヤ、お腹すいたんだけど・・・・・・」

「お願いだから、もうちょっとだけ放っておいて」

 

 道端で体育座りして落ち込んでいるイリヤ。

 

 響が呆れ気味に声をかけるも、反応は薄い。

 

 どうやら、美遊にコテンパンにやられた事が、相当ショックだったようだ。

 

《もう、イリヤさん、いつまでいじけてるんですか? 早く家に帰りましょうよ》

「別にいじけてないよ。ただ、才能の壁を見せつけられたって言うか・・・・・・」

 

 明らかにいじけていた。

 

 響がさらに声を掛けようとした時だった。

 

「・・・・・・何してるの?」

 

 背後から声を掛けられて振り返ると、そこには不思議そうな顔でこちらを見ている美遊の姿があった。どうやら、彼女も今帰ってきたところらしい。

 

「あ、これはどうも、お恥ずかしいところを・・・・・・美遊さんにあられましては、今お帰りで?」

「・・・・・・何で敬語?」

 

 突然、三下風になったイリヤに、美遊は不思議そうなまなざしを見せる。

 

 そんなイリヤに、響とルビーが詰め寄った。

 

「イリヤ、負けちゃダメ」

《そうですよイリヤさん。なに卑屈になってるんですか!! 美遊さんは同じ魔法少女仲間です。学校の成績なんて関係ありません!!》

 

 珍しく正論を言うルビー。

 

 その言葉に思うところがあったのか、イリヤはようやく顔を上げた。

 

 そんなイリヤに対し、美遊が静かな声で話しかけた。

 

「あなたも、ステッキに巻き込まれて回収を?」

 

 思えば、美遊とまともに会話をするのはこれが初めてである。

 

 少し嬉しくなって、イリヤは口を開いた。

 

 改めて見てみれば、美遊も相当かわいらしい外見をしている。イリヤと並んで立つと、それだけで絵になる光景である。

 

 イリヤが華やかな西洋人形なら、美遊は静謐の日本人形のと言ったところだろうか?

 

「う・・・・・・うん、成り行き上仕方なくっていうか、騙されて魔法少女にされたと言うか・・・・・・」

「そう・・・・・・・・・・・・」

 

 それっきり、会話が続かない。

 

 美遊は相変わらず、ジッとイリヤを見つめている。

 

 対してイリヤのほうは、そんな美遊に気圧されたように押し黙っていた。

 

《ちょ、ちょっと、空気が重いですね》

「ん、仲悪いのかな?」

《ここは響さんの軽快なトークで、場を盛り上げてくださいよ》

「無理、ルビーがやって」

 

 響とルビーがヒソヒソと話し合う中、

 

「・・・・・・それじゃあ、あなたは」

 

 美遊のほうからイリヤに話しかけた。

 

「どうして戦うの?」

「え、どうして・・・・・・て?」

 

 質問の意味が分からず、キョトンとするイリヤ。

 

 そこへ、美遊が淡々とした口調で続ける。

 

「ただ巻き込まれただけなんでしょう? あなたには戦う義務はないはず。本気で戦いを拒否すれば、ステッキだって諦めるはず」

 

 その言葉を受けて、響は傍らのルビーを見る。

 

 対して、ルビーはシレッとした調子で、肩をすくめるように羽を動かした。

 

 そんな中、イリヤが苦笑がちに口を開いた。

 

「ほ、ホント言うとね、ちょっと、こう言うのあこがれてたんだ。ほら、これっていかにもアニメとかゲームみたいな状況じゃない?」

「ゲーム・・・・・・?」

 

 イリヤの説明に、美遊はポツリと呟きを漏らす。

 

 どこか、低い調子で告げられる言葉。

 

 だが、イリヤはそれに気づかずに続ける。

 

「まほー使って戦うとか、変な空間にいる敵とか、冗談みたいな話だけど、ちょっとワクワクしちゃうっていうか・・・・・・せっかくだから、このカード回収ゲームも楽しんじゃおうかなって・・・・・・」

「もう良いよ」

 

 イリヤの説明を黙って聞いていた美遊が、低い口調で言い放った。

 

 拒絶を含むような言葉には、どこか失望と諦念の色があるように思える。

 

 踵を返す美遊。これ以上、イリヤたちに用はないという事を、態度で示している。

 

「その程度? そんな理由で戦うの?」

「え、ちょっと、あの・・・・・・」

「遊び半分の気持ちで英霊を打倒できるとでも?」

 

 美遊は最後に振り返ると、立ち尽くすイリヤに冷たい視線を投げかけていた。

 

「あなたは戦わなくて良い。カード回収は全部私がやる。あなたはせめて、私の邪魔だけはしないで」

 

 それだけ言うと、美遊は振り返らずに立ち去っていく。

 

 後には、立ち尽くすイリヤ達だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ、美遊が怒ったのか?

 

 その理由が判らないまま、3人は家の近くまで戻ってきた。

 

「結局、何だったの、あれ?」

 

 先ほどの美遊の事を思い出しながら、響はぼやき交じりに呟く。

 

 イリヤの言葉を聞いていて、突然怒り出した美遊。

 

 いったい何が気に食わなかったのだろう?

 

「判んないよ。だいたい、巻き込まれたのはあの子だって一緒なのに」

《何か地雷でも踏んだんですかね~?》

 

 イリヤとルビーも、そろって首をかしげている。

 

 ともかく、当の美遊本人があまり多くを語らない性格であるらしいため、こちらとしては判断の材料が少なすぎた。

 

 そうしている内に、家の前までくる3人。

 

 と、

 

「あれ、セラ?」

 

 首をかしげる響。

 

 見れば、家の前に立っているセラが、何やら唖然とした顔で家の反対側を眺めていた。

 

 セラのほうでもこちらに気付いたのだろう。振り返ってこちらを見る。

 

「どうしたの、セラ?」

「ただいま」

 

 近づいて来た2人を出迎えるセラ。

 

 だが、その顔は心なしか強張っているようにも見える。

 

「ああ、イリヤさん、響さん、お帰りなさい。実はですね・・・・・・」

 

 言いながら、家の向かいを指さすセラ。

 

 釣られて、響とイリヤも振り返る。

 

 果たしてそこには、

 

 朝までには確かになかったはずの、超豪邸が、傲然と立っていたのだ。

 

「な、ナニコレェェェェェェ!?」

「ナニコレ? びふぉー・あふたー?」

 

 唖然とする、イリヤと響。

 

 屋敷は洋風なようで、目の前に巨大な門構えがあり、背丈を大きく超える壁がぐるりと囲っている。

 

 庭も広大なようで、見事な樹木が立ち並び、その奥に白亜の壁が遠望できる。

 

 ここからざっと見ただけでは、その全貌を伺い知る事は出来なかった。

 

 「どういう、事?」

 

 恐る恐ると言った感じに尋ねる響に対し、セラは困ったように口を開いた。

 

「今朝、皆さんが学校に行った後に工事が始まったと思ったら、あっという間にこのお屋敷が出来上がったんです」

 

 いかにすれば、これほどの豪邸を半日で建設できるのか?

 

 しかも、昨日までは確かに、普通の民家が存在しており、衛宮家とも近所付き合いがあったほどである。

 

 それらの家庭は、いったいどこへ消えたのだろうか?

 

 もはや、ちょっとしたミステリーである。

 

「いったい、どんな人が住むんだろう?」

「王様、とか?」

 

 門の前で一同が立ち尽くしている時だった。

 

 背後から小さな足音が鳴り振り返る。

 

 するとそこには、

 

 つい先ほど、喧嘩別れした、転校生のクラスメイトが立っていた。

 

「あ・・・・・・」

「美遊」

 

 対する美遊も、足を止めてしばし向かい合う。

 

 重苦しい沈黙が、周囲に流れる。

 

 何しろ、さっきの今である。互いにどんな顔をして相手を見ればいいのか測りかねているのだ。

 

 と、

 

 美遊は視線を外すと、こそこそと豪邸の門の中へと入っていく。

 

「え、ちょ、ちょっと!?」

 

 その姿に、驚くイリヤ達。

 

「ここ、美遊の家?」

「まあ・・・・・・そんな感じ」

 

 美遊は最後にそう言うと、門を閉じて中へと入っていく。

 

 後には、唖然としている響、イリヤ、セラ、ルビーだけが残された。

 

 なんとも妙な感じである。ステッキを持つ2人の魔法少女が、互いにお向かいの家に住んでいる、など。しかも、現状は最悪と言って良いくらいに反りが合っていない2人である。

 

「どうする、イリヤ?」

「いや、どうするも何も・・・・・・どうしよっか?」

 

 ヒソヒソと話しかけてくる響に、イリヤも途方に暮れた感じで答える。

 

 状況が急展開過ぎて、どう対処していいのか判らないのだ。

 

「まあ、どっちにしても・・・・・・・・・・・・」

 

 イリヤは言いながら、ポケットに入れておいた紙を取り出す。

 

「今夜また、会うだろうしね」

「・・・・・・そだね」

 

 それは、凛から再び届いた呼び出し状だった。

 

 

 

 

 

第4話「転校生は規格外」      終わり

 


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