1
最後の戦いが始まった。
敵は数百。
対して、立て籠った味方は、僅か13名に過ぎない。
怒涛のごとく迫りくる敵。
その圧倒的な戦力差を前に、味方は1人、また1人と倒れていく。
ここは戦場。
自分は1人だけ。
新撰組旗揚げ以来の仲間達は皆、戦いの中で倒れるか、志を異にして去って行った。
そして生き残った者は、更なる戦場を求めて北へと去った。
だが、自分はここに残った。
この国に住まい、この国のために戦う人々。
そんな気高い心を持つ人々を、自分は見捨てる事は出来なかったのだ。
向かってくる敵を、一刀のもとに斬り捨てる。
自分は戦い続ける。
自分の大切な人々を守るために。
その果てに、この命が尽きようとも、後悔は無かった。
やがて、
時代は江戸から明治に移り、侍が闊歩していた時代は遠き過去へと流れ去って行った。
しかしそれでも、
自分は剣を捨てる事は出来なかった。
目が覚める。
霞む視界を調整するように何度か瞬きを繰り返しながら、徐々に慣らしていく。
「ん、寝てた?」
覚醒してきた意識の中で、響は呟く。
思い出されるのは、昨夜の死闘。
囚われた美遊を奪還するために大空洞に突入し、優離、ルリアたちと戦闘になった。
善戦はしたものの、圧倒的な戦力差を前に敗北をも覚悟した響と美遊。
そんな2人を助けたのは、
「
父の名を、噛み締めるように呟く。
衛宮家の家長にして、響の養父。
普段は海外で仕事をしている切嗣が日本に帰ってきていて、そしてなぜ、あの場に現れる事が出来たのか?
色々と判らないことが多すぎたが、おかげで響も美遊も助かったのは確かだった。
そして助けられた響と美遊は、切嗣によって、森の中にある城へと連れてこられた。
冬木市の郊外には鬱蒼とした大森林が広がっており、迂闊に足を踏み込み遭難する人間もいるくらいである。
その森林の奥に、こんな立派な城があるとは思っても見なかった。
何でも、元はアインツベルンが所有する城だったのだが、魔術師としてアインツベルンが衰退した事で、半ば以上放置されてしまったのだとか。
切嗣は疲れ切っていた子供たちの体調を考慮し、家へは戻らず、この城へと連れてきたのだ。
それにしても、
響は目を覚ます直前に見ていた夢の事を思い出していた。
これまでも何度か見た事がある。
初めは判らなかったが、今は何となくわかる。
あれは、自分の身に宿っている英霊自身の事なのだと。
幕末。
侍が栄華を誇った最後の時代。
「彼」は新撰組の隊士として戦場を駆け抜け、刀を振るい続けた。
徐々に追い詰められ、誰もが絶望に沈む中、仲間たちの為に最後まで彼は戦い続けた。
不屈の精神と深い愛情。
死後、英霊の座に迎えられても、彼の精神は損なわれる事は無かったのだ。
そして今、英霊として響に力を貸してくれている。
響の、愛する人達を守るために。
と、
「うう・・・・・・ん・・・・・・・・・・・・」
響が寝ているすぐ隣で、誰かの声が聞こえた。
誰だろう?
そう思って、首を巡らせた。
そこで、
「ッ!?」
絶句した。
なぜなら。
自分が寝てるすぐ隣。
同じベッドに横になる形で、美遊が眠っていたからだ。
やはり昨夜の疲れがあってか、すやすやと気持ちよさそうな寝息を立てている美遊。
「ッ!? ッ!? ッ!? ッ!? ッ!? ッ!? ッ!? ッ!?」
あまりと言えばあまりの事態に、声の上げ方すら忘れる響。
無理からぬことだろう。
思春期入りたての少年にとって、密かに恋している少女と同衾するなど、高いハードルを通り越して山脈を超えるに等しい。
しかもどういう訳か、今の美遊は下着の上からブラウスを羽織っただけという、あられもない寝姿を披露している。
細い下腹部を包む白いパンツと、そこから伸びる細い足が、艶やかな姿を映し出す。
と、その時、
「ん・・・・・・朝・・・・・・?」
隣で動く気配を察知したのだろう。小さな呻き声と共に美遊も目を覚ます。
可憐な瞼をゆっくりと開く少女。
そこで、
すぐ目の前にいる少年と目が合った。
「・・・・・・・・・・・・あれ、響?」
「ん、お、お、おはよ、み、み、美遊?」
どもりまくる響。
そんな少年を、寝起きの美遊はぼんやりとした視線で見つめる。
今だ、頭が働かない美遊。
寝ていた自分。
そして、その隣にいる響。
「・・・・・・・・・・・・ひ、び・・・・・・きィッ!?」
そこで、
ようやく回転を始めた頭が事態を把握した。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!???」
「カァァァァァァッ」と言う擬音が聞こえそうなほど、一気に顔を真っ赤にする美遊。
見れば響も、負けず劣らず顔が赤い。
何で? どうして? 何があったの?
2人そろって大混乱に陥る。
しかも、
美遊の恰好は、下着の上から白のブラウスを羽織っただけという、小学生にしては何とも扇情的な格好をしている。
短いブラウスの裾から、すらりと伸びた足。その奥には、白い布地も見えており、
「響ッ」
「あ・・・・・・・・・・・・」
響の視線に気づき、とっさにブラウスの裾を押さえる美遊。
対して、ちょっと残念そうに声を出す響。
とは言え、裾の短いブラウスでは完全に隠す事は出来ず、恥じらいの表情と相まり、却って艶めかしい雰囲気が醸し出された。
因みに、響もTシャツに、最近になって履き始めたトランクス1枚と言うラフすぎる格好をしている。
小学生の男女2人、そろってベッドの上で下着姿。
何となく「君たちにはまだ早い」とか「見ちゃいけません」とか、言いたくなる光景である事は間違いない。
が、当人たちにとってはそれどころではない事は、言うまでもないだろう。
2人そろって、ベッドの上で正座して俯いてしまう響と美遊。
こうなると、思い出されるのは昨夜の事。
緊急事態だったとは言え、キスまでしてしまった2人。
特に美遊は、ずいぶんと大胆な事をしてしまった、と今更ながら恥ずかしくなってきていた。
朝っぱらから甘々な空気を垂れ流す2人。
その時、
「おっはよー!! 響ッ 美遊ちゃん!!」
「「ドッキーン!!」」
突然、扉がバーンッと開け放たれ、部屋の中へ突入してきた女性。
その豪快な様子に、思わず2人の心臓は跳ね上がった。
「あら、どうしたの2人とも?」
「べ、別に・・・・・・ていうか・・・・・・」
響はいまだに「ドッキンドッキン」言ってる心臓を押さえながら、入ってきた相手を見た。
「何でいるの、アイリ?」
問いかける息子に対し、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは、ニッコリとほほ笑んだ。
2
小学生にして、怒涛のような「朝チュンイベント」を体験してしまった響と美遊。
その後、アイリが用意してくれた服に着替え、食堂へと続く廊下を歩いていた。
「それでアイリ?」
母の後ろをついて歩きながら、響は尋ねた。
「どうしてここに?」
「切嗣に呼ばれたのよ。あなた達を保護したから、この城に来てくれって」
響と美遊を救出した切嗣は、そのまま真っすぐに家へ戻らず、2人をこの城にかくまった。
賢明な判断だと思う。あのまま家に戻っていたら、今度は衛宮邸が戦場になっていたかもしれない。
士郎やセラ、リズを巻き込みたくは無かった。
それにしても、子供たちの知らないところで両親2人が連携を取り合っていたとは。
まったくもって、知らぬは当人たちばかりだった。
「で・・・・・・・・・・・・」
「うん、なあに?」
顔を反らしながら訪ねる響に、母は首をかしげながら尋ねる。
対して、響は顔を赤くしながら続ける。
「何でその・・・・・・美遊と一緒に?」
2人一緒のベッドに寝かされていたのはなぜなのか?
見れば美遊の顔も、未だに赤い。
やはり、「朝チュンイベント」は、小学生にはまだ刺激が強すぎたようだ。
対して、アイリは朗らかに笑いながら言った。
「急な事だから、ベッドが一つしか用意できなかったの。でも、2人ともまだ子供だし、問題無いわよね」
「「問題ある!!」」
万事大雑把なアイリに、ツッコミを入れる響と美遊。
だが、当のアイリはと言えば、事情が分かっていないのか首をかしげている。
何と言うか、自分が思春期の少年少女に大人の階段を上らせてしまったと言う自覚は、このおふくろ様には皆無だった。
「まあまあ、積もる話はご飯を食べてからにしましょ。切嗣も待ってるし」
「「・・・・・・・・・・・・」」
うまく逃げられた感があり、ジト目でアイリを睨む響と美遊。
とは言え、これ以上ツッコんでも、こっちが疲れるだけなのは言うまでも無い事である。
2人は深々とため息をつきつつ、前を歩くアイリに着いていった。
やがて、3人は食堂らしき場所へとたどり着いた。
そこで、
子供たちは絶句した。
「やあ、おはよう2人とも」
そこでは、既にテーブルに着いた切嗣が、静かに手を上げて待っている。
それは良い。
そこは、問題ではない。
問題は、テーブルの上。
「恐らく」「料理だと」「思われる」「ナニカ」が、これでもかと言わんばかりに並べられていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
2人そろって、入り口に突っ立ったまま、絶句している響と美遊。
成程、一応食べれる食材は使っているらしく、辛うじて「原型」はとどめている物も無くは無い。
が、
ぶっちゃけ、人の口に入れるには、いささか以上に憚られる物ばかりだった。と言うかまず、大根を丸ごと一本丸焼きにしているのはどうなんだ?
そこで、響は思い出す。
そもそも、アイリも切嗣も、料理をしている所は見た事が無い。
正確に言えばアイリは料理する事もあるのだが、その内容は性格通り大雑把で、細かい事をまったく気にしていない、よく言えば豪快、悪く言えば適当な物ばかりだった。
切嗣はと言えば、こちらはアイリに比べれば性格は穏やかで慎重な方だが、やはり料理するイメージは無く、それどころか、普段の私生活でもやや不器用さが目立つ。
そもそもからして、士郎、セラと言う二大シェフがいる衛宮家では、他の人間が料理することなど殆ど無いのだ。
我が家の恥を見られたようで、響は頭が痛くなってきた。
「・・・・・・・・・・・・わたしが作り直す」
「・・・・・・・・・・・・ん、ぜひ」
美遊のありがたくも尊い申し出に、響は考える間もなく同意する。
まことにもって、持つべき物は料理上手な親友だった。
~そんな訳で~
改めて、美遊が作り直した食事を食べ、出された紅茶を飲んで、ようやく一息つくことができた。
「ごちそうさま。美味しかったわ。料理、上手なのね、美遊ちゃん」
「あ、ありがとうございます」
ストレートに褒められ、少し照れたように俯く美遊。
普段、ルヴィア以外に食事をふるまう機会が無かったため、こうして他の人に褒められることに慣れていないのかもしれなかった。
「美遊は何でも上手」
「響」
追い打ちを掛ける親友に、美遊は少し顔を赤くして抗議する。
そんな2人の様子を見て、アイリはクスクスと笑った。
「あらあら、響がそんな風にお友達を誉めるのなんて珍しいわね。何かあったのかしら?」
「ん、別に、何も無い」
どこか含みのある母の物言いに対し、キョトンとして答える響。
響としては、普通に友人を誉めたつもりである。そこに他意は無い。
だが、
「まあ、今のところはそういう事にしておいてあげる」
「ん?」
意味深な母の物言いに、訳が分からず響としては首をかしげるしかなかった。
と、
「さて・・・・・・落ち着いたところで、本題に入ろうか」
紅茶のカップを置きながら、それまで黙っていた切嗣が口を開いた。
同時に、少し室内の温度が下がった気がする。
どうやら、和やかな雰囲気もここまでであるらしい。
「響、君は何か、僕たちに尋ねたい事があるんじゃないかい?」
「ん」
静かに促す父。
対して響も、真っ向から見据えるように居住まいをただす。
聞きたい事なら、それこそ山ほどあった。
ゼストや優離、ルリアの存在。
連中が、そして響が使っている、「カードを使わずに
そして、
切嗣とアイリの立ち位置。
2人は明らかに、事の根幹に関わる何かを知っている。
響はそう確信していた。そうでなければ、あの大空洞に切嗣が駆けつけられるはずが無いのだ。
あの場所に来たと言う事は、つまりゼスト達があの場所で何らかの魔術的な儀式を執り行うつもりであったことを知ってなくてはならないはずなのだ。
「いったい、何が起きてる?」
尋ねる響に対し、
切嗣は、静かに、
重い口を開いた。
「・・・・・・・・・・・・聖杯戦争について、大凡の事情はアイリから聞いているね?」
「ん。切嗣とアイリが、イリヤの為にやめたって」
かつて、聖杯戦争の核となる、聖杯その物として生み出されたアイリ、そしてイリヤ。
しかし切嗣とアイリは、イリヤが生まれた事で決断した。
聖杯戦争を放棄する、と。
そのまま2人はアインツベルンを出奔。聖杯戦争の核となる小聖杯を失った事で、アインツベルンは衰退し、今ではほぼ消滅に等しい状態にまでなっているのだとか。
そして2人は全てをやり直し、イリヤに「普通の女の子として生きる」と言う幸せを与えるために、この冬木の地で新しい生活を始めるに至った。
「けど、そこでわたし達が考えもしなかった誤算が生じた」
「誤算?」
硬い口調のアイリ。
その後を引き継ぐように、切嗣が続けた。
「アインツベルンが弱体化した事で、そこに収められていた魔術の極秘資料が流出してしまったんだ。その中には聖杯戦争について、重要な部分を占める物も多く含まれていた」
万能の願望機。
手にした者全ての願いをかなえる聖杯。
魔術師ならば、自らの命を投げ打ってでも欲しい物である事は間違いない。
「その結果、世界中の魔術師が、聖杯戦争を模した魔術儀式を繰り広げるようになった」
亜種聖杯戦争。
そう呼ばれる魔術儀式、言い換えれば魔術師達による抗争が、世界中で頻発するようになってしまったのだ。
しかし、その多くが、聖杯など望むべくもない、粗悪な代物ばかりだった。
当然だろう。
大元の聖杯戦争は、アインツベルンをはじめとした3つの魔術大家が、持てる全てを結集して完成させた魔術システムである。凡百の魔術師程度に模倣できるはずも無かった。
だが、人の欲望というのは尽きる事が無いらしい。
たとえ偽物と分かっていても、あるいは「だからこそ」と思う輩は後を絶たず、多くの聖杯が生み出された。
そしてたいていの場合、偽りの聖杯は、最後には膨大な魔力を御しきれず、大惨事を巻き起こすのが常だった。
「私と切嗣は、それらの亜種聖杯戦争を阻止するために、世界中を飛び回り戦っているのよ」
「それで、いつもいなかった?」
響が衛宮家に引き取られて以来、切嗣とアイリは殆どの期間家におらず、海外を飛び回っていた。
家にいることなど1年に数日、という時もあったくらいである。
だがその間、2人は亜種聖杯戦争を止めるために戦っていたのだ。
結果的にとは言え、原因を作ってしまった者の責任として、そして偽りの聖杯の顕現を防ぐために。
「そんな中、ある情報が僕達の元へと舞い込んできた。北欧にある小さな国で、亜種聖杯戦争が開かれようとしている、ってね」
その聖杯戦争は、それまでの物とは、明らかに違っていた。
通常の聖杯戦争では、7人の魔術師が7騎の英霊を呼び出し、サーヴァントとして使役する事で争う事になる。
しかし、その北欧某国で行われた聖杯戦争は違っていた。
「彼らは、7人の魔術師にそれぞれ、7騎の英霊を憑依させることで、新たな聖杯戦争を始めようとしていたんだ」
「英霊を憑依させる。それって・・・・・・・・・・・・」
切嗣の説明を聞いて、美遊は呟きを漏らしながら響を見る。
英霊を憑依させる。
言い換えれば「英霊を
今まさに、響達が置かれている状況そのものであると言えた。
そこからの切嗣たちの行動は、苛烈且つ迅速だった。
直ちに魔術師の工房を襲撃し、聖杯戦争参加者を悉く抹殺。さらに、聖杯戦争に関する資料そのものも残さず焼却した。
それで終わり。
聖杯戦争の開始は未然に防がれ、2人は次の場所へ向かう。
そのはずだった。
「けど、私たちは見つけた・・・・・・いえ、見つけてしまった」
あの日の事を思い出すように、アイリは遠い目をして言った。
燃え盛る炎。
工房全てを灰にする勢いで燃え盛る炎の中で、
アイリは見つけた。
ガラスケースに収められて眠る、1人の少年。
それは、そこにいた魔術師が、自らの手駒にしようとしていた少年。
その身に英霊を宿し、絶大なる力を振るう代わり、聖杯と言う呪いに縛り付けられた少年。
「それが君だよ、響」
「・・・・・・・・・・・・」
その時の事は、響もうっすらとだが覚えていた。
炎の中で意識を無くそうとしていた自分。
そんな自分の目の前に現れた美しい女性。
あれは、アイリだった。
そして彼女たちに助けられた自分は、体の回復を待って衛宮家の一員として迎え入れられた。
「奴らがなぜ、君を選んだのか、それは判らなかった。しかし僕たちが見つけたとき、既に君は英霊に憑依された状態だったんだ」
「・・・・・・・・・・・・ん」
響はそっと、自分の胸に手を当てる。
そこに宿る英霊。
彼は、これまで多くの戦いで、響を助けてくれた。
響と英霊の彼。
ある意味、数奇とも言える縁によって、2人は結ばれていたのだ。
「そして、僕たちは君を家に連れ帰り、息子として育てる事にした。あとは、君も知っている通りだ」
そう。
それ以後、響は士郎やイリヤの弟して、実の子供同然に大切に育てられてきた。
「けど、あの男が生きていたのは誤算だった」
「あの男?」
苦い物を吐き出すような切嗣の言葉に、響は不穏な物を感じ取った。
対して、切嗣は続ける。
「ゼスト、と名乗っていた男がいただろう。あの男こそが、響がかかわった聖杯戦争の発起人、つまりルールマスターに近い存在だった」
あの時、
切嗣は聖杯戦争に関する全ての施設を焼き払った後、ゼストと直接対決を行ったのだ。
壮絶な戦いの末、
勝ったのは切嗣だった。
「切嗣、勝ったの?」
「そんな、相手は英霊を宿しているのに!?」
驚いて声を上げる、響と美遊。
まさか、切嗣は英霊相手に勝利したと言うのだろうか?
しかし、驚く子供たちを前に、切嗣は笑って手を振った。
「まさか。彼はその時、英霊化せずに戦いを挑んで来たんだ。まあ、それでも勝てたのはぎりぎりだったけどね」
その時の事を思い出す切嗣。
自身の攻撃を悉くかわし、反撃してきたゼスト。
もし、魔術師同士のまともなぶつかり合いだったら、切嗣が敗れていたかもしれない。
しかし、経験と戦術面において、切嗣はゼストを大きく上回っており、それが決定的な要因となった。
地に伏したゼストに、銃口を向ける切嗣。
『これで終わりじゃないぞ』
対してゼストは、恨めし気に切嗣を睨みつけながら、そう言った。
「確実に、仕留めたはずだった。生きているはずなんて、無かった」
トドメは指した。
切嗣は間違いなく、ゼストの脳天を銃弾で撃ち抜き、彼を絶命させた。その事は確認している。
だが、ゼストは生きていた。
そして、まるで運命に引き寄せられるように、この冬木へとやって来たのだ。
「・・・・・・・・・・・・1つ、聞かせて欲しい」
響は、ずっと気になってたことを尋ねてみた。
それは、
「どうして、助けたの?」
ゼストの工房で眠っていた自分。
本来なら響は、そこで殺されていたとしてもおかしくは無い。
亜種聖杯戦争にまつわる、全てを消し去る事が切嗣とアイリの目的なのだから。
だが2人は、響を殺さず、それどころか自分達の息子として育ててくれた。
「・・・・・・・・・・・・あなたを見ていたら、どうしても、イリヤと重なって見えたの」
答えたのはアイリだった。
「見た感じ、あなたとイリヤが同じくらいの年齢だとすぐに判ったわ。だから、どうしても、殺す事が出来なかった・・・・・・・・・・・・」
どこかで、響がイリヤと友達になってくれたら、そんな風に思ったのも事実である。
母として、
アイリは娘と同じくらいの年齢の少年を、殺す事は出来なかったのだ。
「響」
切嗣は、静かに語り掛ける。
「アイリも、僕も、心から君を愛している。これだけは信じてくれ」
「・・・・・・・・・・・・」
そう告げる父と、
見守る母。
2人の想いが、無形の愛となって響を包み込んでいる。
そんな風に、美遊には見えるのだった。
第23話「父と、母と」