Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第21話「暗がりの美遊」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒビキの動きは素早かった。

 

 優離が態勢を整える前に動く。

 

 手にしたナイフを斜めに一閃する。

 

 その一撃を、辛うじて回避する優離。

 

 しかし、かわし切る事は出来ず、僅かに袖口が斬り裂かれる。

 

 優離を飛び越えるようにして駆けるヒビキ。

 

 目指すは、囚われた美遊の下。

 

 少女を救う為に、暗殺者(アサシン)の少年は駆ける。

 

 その時、

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

 傍らで、少女が動くのが見えた。

 

 衝撃と同時に展開される魔法陣。

 

 吹き荒れる閃光が晴れると同時に、少女は飛び出す。

 

 頭には獣の耳を生やし、尻尾を靡かせる美しい狩人。

 

 ギリシャ神話に伝わる女狩人アタランテ。

 

 その流麗な相貌がヒビキを狙う。

 

 引き絞られる弓。

 

 だが、

 

「遅いよ」

 

 低く囁くヒビキの言葉。

 

 次の瞬間、銀色の光がルリアへと襲い掛かった。

 

「クッ!?」

 

 とっさに攻撃を取りやめ、回避行動を取るルリア。

 

 光の正体は、ヒビキが投げたナイフだった。

 

 ヒビキはルリアが迎撃のための行動を起こすと読み、先んじて牽制を仕掛けたのだ。

 

 態勢を崩すルリア。

 

 弓を引く手が一瞬止まる。

 

 一瞬。

 

 それだけの時間があれば、ヒビキには十分だった。

 

 ルリアをすり抜け、更に駆けるヒビキ。

 

 優離とルリアを奇襲によって退けたヒビキ。

 

 美遊までに至る道が、開ける。

 

「響ッ!!」

 

 少女の叫ぶ声。

 

 その姿に、少年は更に加速する。

 

 もう少し、

 

 もう少しで、

 

 そう思った、

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

限定展開(インクルード)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳴り響く、不気味な声。

 

 次の瞬間、

 

 ヒビキの足元から、1本の杭が飛び出してきた。

 

「ッ!?」

 

 目を見開くヒビキ。

 

 避ける暇は、無い。

 

 次の瞬間、

 

 ヒビキの体を、杭が真っ向から刺し貫いた。

 

 縫い止められる、少年の体。

 

 その姿に、

 

 ゼストは手を掲げたまま、冷えた双眸で見つめる。

 

「響ッ!!」

 

 拘束されたままの美遊が、悲鳴じみた声を上げる。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・妄想幻像(ザバーニーヤ)

 

 串刺しにされたヒビキの口から、低い呟きが漏れる。

 

 次の瞬間、

 

 串に刺し貫かれていたヒビキの姿が、幻のように掻き消える。

 

「残像・・・・・・いや、囮ッ!?」

 

 ルリアが驚いて声を上げる中、

 

 ヒビキはゼストを飛び越え、美遊の元を目指す。

 

「美遊ッ!?」

 

 手を伸ばす。

 

 もう少し、

 

 もう少しで手が届く。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 突如、襲い来る衝撃。

 

「グッ!?」

 

 その一撃が、ヒビキの小さな体を吹き飛ばす。

 

「響ッ!!」

《響様!!》

 

 悲鳴を上げる、美遊とサファイア。

 

 見れば、

 

 いつの間に接近したのか、英霊姿になった優離が、手にした槍を大きく振るっている姿があった。

 

 ヒビキがゼストやルリアと対峙している隙に夢幻召喚(インストール)した優離。

 

 その圧倒的な力を誇る英霊を前に、ヒビキは成す術無く吹き飛ばされた。

 

「クッ!?」

 

 地面に叩きつけられながらも、どうにか立ち上がるヒビキ。

 

 だが、

 

 そんなヒビキの前に立ちはだかる、優離とルリア。

 

 苦笑する。

 

 その圧倒的な光景を前にして、「勝機」と言う言葉を思い浮かべる事すら憚られる思いだった。

 

「・・・・・・・・・・・・やれやれ」

 

 嘆息する。

 

 自分が纏っている英霊は、それほど強くない。その事は、他ならぬヒビキ自身がよくわかっている。

 

 それでも勝機があるとすれば、最初の奇襲に掛けるしかなかったわけだ。

 

 故にこそヒビキは、攻撃開始と同時に速攻を選択した。

 

 しかし、

 

 ヒビキが後退する間に、ルリアと優離は態勢を立て直している。

 

 わずかな勝機も、今となっては雲散霧消と言わざるを得なかった。

 

「・・・・・・さて、どうしたものかな」

 

 額に滲む汗と共に、呟きを漏らす。

 

 正直、戦力的には「撤退」以外に考えられない訳だが。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 視線の先に見える美遊。

 

 不安げな眼差しが、こちらに向けられてきている。

 

 彼女を残して逃げることなど、論外以下と言ってよかった。

 

 と、

 

「よく来たね、暗殺者(アサシン)の少年」

 

 鳴り響く、不気味な声。

 

 ゼストは、単身で乗り込んできた少年に対し、鷹揚な口調で言った。

 

「正直、予想外だったよ。君が単独で乗り込んでくるなどとはね。いや、それ以前にこの場所を突き止めるとは・・・・・・・・・・・・」

 

 言ってから、笑みを浮かべるゼスト。

 

 その口元に浮かべられた、明らかなる侮蔑。

 

「よもや、ここまで愚かだったとはね」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ゼストの嘲りに対し、ヒビキは答えない。

 

 愚かである事は、他の誰よりもヒビキ自身がよくわかっている。

 

 だがそれでも引けない理由がある。

 

 再び、ナイフを取り出して構えるヒビキ。

 

「まだ、やるつもりかね?」

「当然です」

 

 問いかけるゼストに、ヒビキは不退転の決意と共に答える。

 

 そう、

 

 初めから退く気は無い。

 

 その結果、自分がここで果てようとも後悔は無い。

 

 この身は既に死兵。

 

 ならば、拾った命を再び使い切ってでも、自らの大切な物を守るために戦うのみ。

 

 かつて、「あの人」がそうしたように。

 

「行くよ」

 

 静かに告げると同時に、

 

 ヒビキは仕掛けた。

 

 地を蹴り、外套を靡かせて駆ける。

 

 闇夜に浮かぶ、白い髑髏の仮面が不気味な存在感を放った。

 

 対して、

 

「暗殺者が正面戦闘を挑むなんて!!」

 

 ルリアが弓を引き絞り、矢を放ってくる。

 

 唸りを上げて飛んでくる矢。

 

 その攻撃を、ヒビキの眼差しは正面から見据える。

 

 命中する刹那。

 

 僅かに首を傾げ、回避する。

 

 耳元を霞めていく矢。

 

 それを意識しつつも、努めて無視する。

 

 距離を詰めるヒビキ。

 

 相手が弓兵(アーチャー)なら、近距離に持ち込めば勝機はあるはず。

 

 だが、

 

 当然ながら、優離達もヒビキがそのような行動に出る事は、充分に予想できた事だった。

 

 駆ける響の目の前に、最強の英霊が立ちはだかる。

 

「やらせんぞ」

 

 繰り出される槍の一撃。

 

 対して、ヒビキは槍の軌跡を見極め、体を捻るようにして回避する。

 

 そのまま、相手の懐へと飛び込む少年。

 

 そのままナイフを繰り出す。

 

 しかし、

 

 ガキッ

 

 繰り出した刃は、優離を傷つける事叶わない。

 

 その様に、ヒビキは舌打ちする。

 

 やはり勇者の不凋落を破る事は難しい。

 

 噂では、神聖を秘めた攻撃を繰り出せば無効化できると言う話だが、あいにくだがハサン・サッバーハは神聖から縁遠い英霊と言っても過言ではない。

 

 あとは無理やり力押しで行くか、あるいは・・・・・・・・・・・・

 

 ヒビキはチラッと、優離の踵に目をやる。

 

 英霊アキレウスの弱点。

 

 「アキレス腱」の語源になったとも言われるその場所。

 

 伝説によれば英雄アキレウスは、彼の最後の戦いとなったトロイア戦争において、敵国の王子パリスに弓で踵を撃ち抜かれた結果、その不死性を失い討ち死にしたとある。

 

 英霊の能力と言うのは、伝承や逸話に裏打ちされている部分が多い。それが力の強い英霊となると、より一層強く、そうした面に縛られるのだとか。

 

 だとすれば、アキレウスの弱点も、そのまま残っている可能性が高い。

 

 しかし、

 

 ギリシャ最速の英霊相手に、ほんの小さな踵の一点を狙うのは困難を通り越して不可能に近い。

 

 クロ(アーチャー)ならば、あるいは不可能ではないかもしれないが、アサシンでは難しい物がある。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 静かに、思考を進めるヒビキ。

 

 八方ふさがりだ。

 

 どうあっても、勝機は無い。

 

 だが、

 

 身構えるヒビキ。

 

 たとえ勝機が無くても、ここで退く気は無かった。

 

 

 

 

 

 一方、拘束されたまま戦いの様子を見守っていた美遊は、気が気ではない様子だった。

 

 2騎の英霊に攻められ、ヒビキは完全に封殺されている。

 

 優離達の勝ちは、どうあっても動かない。

 

 しかし、

 

 美遊はその脳裏から、違和感をいくつかの拭えなかった。

 

 まず、ヒビキが夢幻召喚(インストール)している英霊は、間違いなく暗殺者(アサシン)ハサン・サッバーハだろう。

 

 恐らく、以前収集した暗殺者(クラスカード)クラスカードを使ったのだろうが、しかし今までの衛宮響は戦う際、別の英霊を夢幻召喚(インストール)して戦っていた。

 

 なぜ、今回は別の英霊を夢幻召喚(インストール)しているのか?

 

 更にもう一つ。

 

 先程の、ヒビキの雰囲気。

 

 あれは、いつもの響の雰囲気ではなかった気がする。

 

 普段の響は無口で口調もたどたどしく、見るからに幼い雰囲気がある。

 

 しかし今のヒビキは静かな雰囲気は変わらないが、どこか口調も大人びて年上の印象がある。

 

 いつもの響と違うヒビキ。

 

 あれは、そう・・・・・・・・・・・・

 

 カード収集における最終戦。対狂戦士(バーサーカー)戦の時に見たヒビキと同じだった。

 

 あの時も確か、ヒビキは自身の英霊ではなく剣士(セイバー)のカードを使用して夢幻召喚(インストール)していた。

 

「いつもの響じゃない・・・・・・ううん、違う。あれはいったい・・・・・・」

《美遊様?》

 

 呟く美遊に、傍らで拘束されているサファイアも怪訝な面持ちになる。

 

 しかし美遊は答える事も出来ず、ただ戦いの成り行きを固唾を飲んで見守っていた。

 

 

 

 

 

 そうしている内にも、ヒビキは追い詰められつつあった。

 

 接近戦では優離が完全に抑え込み、距離を取ればルリアの弓が襲い掛かってくる。

 

 対するヒビキは反撃する事も叶わず、後退する事しかできない。

 

 このままじゃ負ける。

 

 それはヒビキにも判っていた。

 

 今も、優離が放つ鋭い横なぎが襲い掛かってくる。

 

 対して、とっさに後退する事で回避するヒビキ。

 

 力でも、速さでも、技でも、魔力でも、ヒビキ(ハサン)優離(アキレウス)に敵わない。

 

 更に、

 

 一瞬の風切り音。

 

「ッ!?」

 

 近くより何より先に、とっさに頭を下げるヒビキ。

 

 そこへ、飛んできた矢が頭のすれすれを霞めて行った。

 

 冷汗が噴き出る。

 

 ほんの数ミリの差で回避に成功した形である。

 

「今のは危なかった・・・・・・・・・・・・」

 

 呟くと同時に、視線をルリア(アタランテ)に向ける。

 

 当の襲撃者たるルリアは、仕留め損ねた事に舌打ちを見せている。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・これ以上は、まずいか」

 

 元々が1対2の数的劣勢に加えて、こちらは奇襲特化の暗殺者(アサシン)なのに対し、向こうは騎兵(ライダー)弓兵(アーチャー)の戦闘屋2騎。

 

 初めの奇襲が失敗した時点で、圧倒的な戦力差を前に押しつぶされる事は目に見えていた。

 

「だからこそ、仕掛ける」

 

 ナイフを構えなおすヒビキ。

 

 勝負に出ると決めた。

 

 戦気を高める響に呼応するように、それぞれの武器を構える優離とルリア。

 

「死の覚悟を決めたか」

「さて、どうでしょう。これでも長生きはしたいと思っていたんですけどね」

 

 問いかける優離に、軽口で返すヒビキ。

 

 次の瞬間、

 

妄想幻像(サバーニーヤ)!!」

 

 叫ぶと同時に、

 

 ヒビキの姿は2人に分かれた。

 

「・・・・・・」

「なッ!?」

 

 沈黙を持って迎え撃つ優離と、一瞬、絶句して動きを止めるルリア。

 

 百貌のハサンの宝具「妄想幻像(サバーニーヤ)」。

 

 一説によると多重人格者であり、多くの人格と、それぞれに合わせた特技を持っていたとされる百貌のハサン。その特性を最大限に現したのがこの宝具である。

 

 最大で100人まで自身と同じ分身を作り出す事ができる。

 

 作り出した分身は自身と全く同一の存在である為、見分ける事は不可能である。

 

 半面、弱点も存在する。

 

 分身を作れるとは言え、大元の個体は1人だけである。その為、数値的な計算は「1÷多」となる。分身が増えれば、そのぶん1人1人の能力は低下するのは避けられない。2人なら通常の50パーセント、3人なら33パーセント、4人なら25パーセント、といった具合に。

 

 故に多用はできない。

 

 しかし、

 

 向かってくるヒビキの分身。

 

 それに対し、優離は槍の一閃で応じる。

 

 刺し貫かれる分身。

 

 その一瞬の後、霞のように掻き消える。

 

 一方で、ルリアは自分に向かってくる分身の姿に戸惑い、一瞬対応が遅れた。

 

「クッ こいつッ!?」

 

 繰り出されるナイフの攻撃を跳躍する事で辛うじて回避するルリア。

 

 同時に空中で体勢を整えると、弓を引き絞って照準を定める。

 

 放たれる矢。

 

 唸りを上げる一閃は、追撃すべく振り仰いだヒビキの額に見事命中する。

 

 次の瞬間、

 

 そのヒビキの姿も、幻のように消え去った。

 

 やはりと言うべきか、ルリアに向かってきたヒビキもまた妄想幻像(ザバーニーヤ)による分身だったのだ。

 

 そして本命のヒビキ本人は、

 

 2人の間をすり抜ける形でその背後に出現、そのまま囚われてる美遊を目指して一散に駆け出す。

 

 2体の分身に優離とルリアを攻撃させることで二人の注意を引き、その間に美遊の元へと向かう。これこそがヒビキの本命だった。

 

「美遊!!」

 

 手を伸ばす。

 

 今度こそ、その手が少女に届く。

 

 次の瞬間、

 

「やれやれ、学習しない子供だ」

 

 呆れ気味に放たれたゼストの言葉。

 

 次の瞬間、

 

 美遊が見ている目の前で、ヒビキの腹は出現した杭に刺し貫かれた。

 

「なッ!?」

 

 目を見開くヒビキ。

 

 その視界の先で、美遊が絶望に暮れた顔を見せている。

 

「み・・・・・・ゆ・・・・・・・・・・・・」

「ヒビキ・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒビキは最後の力を振り絞るようにして、美遊に手を伸ばす。

 

 しかし、届かない。

 

 少年の手は、少女に触れる事叶わず、力を失って下へと下がった。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 杭に刺し貫かれたヒビキの姿は、砕け散るようにして消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬッ!?」

 

 ゼストが初めて、驚愕に染まった声を発した。

 

 それと同時に、軽い破裂音が大空洞内部に響き渡る。

 

「あッ」

 

 突如、拘束を解かれて崩れ落ちそうになる美遊。

 

 その体を、小さな腕が支える。

 

「大丈夫、美遊?」

「響、無事で!?」

 

 妄想幻像(ザバーニーヤ)で作り出した分身は、初めから3体。

 

 それらを優離、ルリア、ゼストに当て、ヒビキ本人はその間に美遊救出に向かうのが作戦だった。

 

 たとえ弱い英霊でも戦いようはある。

 

 先の奇襲失敗から、ヒビキは自身の作戦を練り直していたのだ。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒビキは美遊の拘束を解いたナイフを返し、サファイアを拘束している檻も破壊する。

 

「逃げるよ、美遊。ステッキちゃん」

 

 長居は無用だった。

 

 元よりまともな戦いで勝てないのは百も承知。ならば、この隙に逃げるしかない

 

 ヒビキは美遊の手を取る。

 

 だが、

 

「逃がすと思うかね?」

 

 不気味に鳴り響く、ゼストの言葉。

 

 その手が、己の胸へと当てられる。

 

 その姿を見た瞬間、

 

「まずいッ」

 

 ヒビキはとっさに美遊の手を引く。

 

 次の瞬間、

 

夢幻召喚(インストール)

 

 ゼストの声が響き渡る。

 

 同時に、地面から突き出す無数の杭が、一斉に出現した。

 

 その数は、先程の比ではない。

 

 数百。

 

 下手をすると、数千にも及ぶ数の杭が、一斉に出現していた。

 

 一瞬で地獄と化す大空洞。

 

 地面と言う地面から一斉に杭が突き立つ様は、身の毛がよだつほどの恐怖を見る者へと与える。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・逃がしたか」

 

 ゼストは低い声で呟いた。

 

 串刺しにした手応えは無い。恐らく、杭が襲い掛かる直前に、効果範囲から逃げられたのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 臍を噛む。

 

 折角手に入れた美遊を、このような形で奪われるとは思っても見なかった。

 

 見渡せば、既にヒビキと美遊の姿はどこにも見えない。

 

 攻撃に入る一瞬の隙を突いて、この場から離脱してされまったのだ。

 

「・・・・・・やってくれる」

 

 絞り出すような声。

 

 まさかこのような形で足元を掬われるとは、思っても見なかった。

 

「・・・・・・・・・・・・それにしても」

 

 ゼストはふと、先程のヒビキの事を思い出す。

 

 いつもと違う英霊を纏い、いつもと違う雰囲気を見せていたヒビキ。

 

「なぜ、あんな事ができる?」

 

 自問するように呟く。

 

 あの少年の事なら何でも知っている。

 

 だからこそ、確実に言える。「あんな事ができるはずが無い」のだ、と。

 

 と、

 

「ゼスト、何しているのッ 早く追わないと!!」

「あ、ああ、そうだね」

 

 鋭く告げられたルリアの言葉に、ゼストは我に返る。

 

 考えるのは後だ。今はとにかく、奪われた美遊を再び確保しなくてはならなかった。

 

「出口の方へ行った気配はない。恐らく奴らは、さらに奥へ逃げたのだろう」

 

 言ったのは優離である。

 

 優離は今、出口に通じる方向に立っている。もしヒビキ達が通り過ぎれば、すぐに判るはずだった。

 

 その気配が無いと言う事は、ヒビキと美遊は更に奥へと逃げ、隙を見て脱出するつもりなのだ。

 

「すぐに追ってくれたまえ。少年の方はどうとでもして良いが、美遊はなるべく傷つけずに連れてくるように。良いね」

 

 ゼストの言葉を受けて、ルリアと優離は暗闇の中へと駆けていく。

 

 その背中を見送りながら、ゼストはギリッと歯を噛み鳴らすのだった。

 

 苦節20年。

 

 不慮の事情によって道を閉ざされた自分が、ようやくここまでたどり着き、悲願まであと一歩と言うところまで来ているのだ。

 

 それを、よりにもよって、あの少年に余されることになるとは。

 

「許さん・・・・・・許さんぞ、絶対に・・・・・・・・・・・・」

 

 つぶやきは闇の中へ、陰々と響き渡って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆ける足を緩めることなく、2人は走り続けた。

 

 少年は少女の手を取り、一寸先も見渡せない暗闇の中を進んでいく。

 

 その様を、美遊は奇妙な感覚で捉えていた。

 

 普段の身体能力を考えれば、こういう光景はあまり見られない。

 

 美遊の方が響より足が速いから、響に手を引っ張られて走ると言う事は今までなかった。

 

 しかし今、この暗闇の中を走るにあたって、頼りになるのは英霊を宿した少年の「目」である。

 

 おかげで2人は、迷う事も足元に躓くこともなく走り続けていた。

 

 掌を介して伝わってくるぬくもり。

 

 その温かさが、今まで囚われていた事への恐怖を、取り払ってくれるようだった。

 

 ああ、

 

 響って、こんなに暖かかったんだ。

 

 そんな思いが、駆ける美遊の胸に去来する。

 

 やがて、

 

「よし、ここまで来ればひとまず安心、かな・・・・・・・・・・・・」

 

 しばらく進んだところで、ヒビキは足を止めて美遊の手を放した。

 

 離れる、少年の手の感触。

 

 その喪失感を、美遊は少しだけ残念に思っている自分がいる事に気づいていた。

 

「やれやれだね」

 

 そんな美遊の様子に気付かないまま、ヒビキは手近にあった鍾乳石を背に座り込んだ。

 

 流石に、ギリシャ神話に名高い英霊2騎を同時に相手にするのはきつかった。

 

 ぎりぎりの戦い。下手をすればヒビキも敗れていた可能性が高い。

 

 だが、彼らがヒビキを倒す事を考えていたのに対し、ヒビキの目的は戦う事ではなく、あくまで美遊の奪還だった。

 

 そこに、唯一の勝機があった。

 

 おかげで響は彼らを出し抜き、こうして美遊を取り戻す事が出来たのだった。

 

「ごめんなさい、響」

「え、何が?」

 

 突然誤って来た美遊に、ヒビキはキョトンとした顔を返す。

 

 対して美遊は、普段の彼女らしからぬ、落ち込んだような表情を見せていた。

 

「わたしが油断して捕まったりしたせいで、響にまでこんなつらい思いをさせてしまって・・・・・・・・・・・・」

 

 そこまで言って、

 

 美遊は言葉を止めた。

 

 頬に感じるぬくもり。

 

 顔を上げれば、ヒビキが美遊に柔らかい笑顔を向けている。

 

 少年の手が、美遊の頬を優しく撫でていた。

 

「前にも言ったでしょ。多くの人たちの想いが美遊(きみ)と言う存在を作ってるって。僕も、その中の1人だ」

「・・・・・・・・・・・・」

「僕は君の為なら、何度でも困難に立ち向かうし、何度でもこの命を掛ける。これは絶対だ」

「ヒビキ・・・・・・・・・・・・」

「そして勿論、『彼』もね」

 

 キョトンとする美遊。

 

 いったい、誰の事を言っているのか?

 

 だが、一つだけ言える事がある。

 

 今目の前にいるヒビキは、美遊の知っている響ではない。

 

 いったい、このヒビキは誰なのか?

 

 と、

 

 そうしている間に、ヒビキの姿が光に包まれる。

 

「・・・・・・っと、今回はここまでか」

「え、響、これって・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒビキに起きた変化に、戸惑う美遊。

 

 それは以前にもあった事だった。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 ヒビキは消えゆく声の中で、そっと呟く。

 

「悪いけど、あとはお願いね・・・・・・どうにか、うまく切り抜けてくれ」

 

 そう言うと、スッと目を閉じる。

 

 同時に、胸の中央から「暗殺者(アサシン)」のカードが浮かび上がり、地面に転がった。

 

「・・・・・・・・・・・・勝手な事ばっかり」

 

 少し不機嫌そうに呟く少年。

 

 同時に、響はゆっくりと目を開いた。

 

「響、大丈夫なのッ!?」

 

 問いかける美遊に、響は振り返る。

 

「ん、美遊、無事で何より」

 

 いつも通りの口調だ。

 

 間違いなく、美遊が知っている響である。

 

 その様子に、美遊はどこかホッとする。

 

 先程のヒビキが何者かは判らないが、やはりこっちの響の方が落ち着く物があった。

 

「それより美遊、早くここから出よう」

「そうしたいんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊は不安そうに言いながら、自分たちが来た方向に目を向ける。

 

 大空洞の出口は反対側。

 

 脱出するためには、再びゼストたちがいる場所まで戻らなくてはならない。

 

「何とか、する」

「何とかって・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊にも判る。今の響がボロボロな事は。

 

 無理も無い。バゼット、優離と死闘を繰り広げたのは、今日の昼間の事である。

 

 戦闘によるダメージに加えて、夢幻召喚(インストール)で魔力も消費している。

 

 今の響には、もはやまともに戦う力は残っていなかった。

 

《美遊様、響様、英霊の反応が2つ。真っすぐにこちらに向かってきます》

 

 サファイアの警告が走る。

 

 間違いない。優離とルリアが、響達を探して追いかけてきたのだ。

 

「時間・・・・・・無い」

 

 苦し気に息を吐きながら、立ち上がる響。

 

 もう一度夢幻召喚(インストール)して戦うつもりなのだ。

 

 しかし、その足元は見るからにふらついているのが分かる。

 

 それでも響は止まらない。

 

 たとえ己が倒れようとも、大切な人を守るために戦うつもりだった。

 

「響、そんな状態じゃ無理だよ!!」

「だい・・・・・・じょぶ」

 

 構わず、前に出ようとする響。

 

 その背中を、美遊は黙って見つめていた。

 

 この少年は、自分の為に命を掛けてくれている。

 

 負けると判っていても、戦おうとしてくれている。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言の美遊。

 

 その瞳は、何かを決意したように、響を見つめる。

 

 そして、

 

「響」

「ん?」

 

 呼びかけられ、振り返る響。

 

 その肩を美遊が掴み、無理やり振り返らせる。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互いの唇が重ねられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚いて、目を見開く響。

 

 美遊に、キスされた。

 

 そう認識した瞬間、心臓がそれまで以上に高鳴り、同時に体がカーッと熱くなる。

 

 美遊の腕は響の首に回され、なお一層、2人は強く結びつく。

 

 深く暗い地の底で、

 

 幼い2人が絡み合うように口づけを交わす。

 

 ある種の背徳感すら伴ったその光景は、同時に甘美な輝きを放つ。

 

 ややあって、

 

 美遊は唇を放した。

 

 見つめ合う視線。

 

 紅潮する頬。

 

 熱の籠った互いの吐息。

 

 糸を引く唾液。

 

 顔が上気し、熱いくらいである。

 

「み・・・・・・み、ゆ?」

 

 茫然として呟く響。

 

 対して、

 

「あんまり、その・・・・・・恥ずかしいから・・・・・・」

 

 そう言って、美遊も顔を逸らす。

 

 暗闇の中でもわかるくらい、お互いの顔は真っ赤に染まっていた。

 

 共にファーストキス。

 

 お互い、恥ずかしくてたまらなかった。

 

 しかし、

 

「これで・・・・・・少し楽になったでしょ」

「・・・・・・・・・・・・あ」

 

 言われて、響は気付く。自分の体に、魔力が充填されている事に。

 

 つまり美遊は、響に魔力を渡すためにキスしたのだ。

 

 とは言え、あの甘美な温もりは、少年の脳にしっかりと刻み込まれていた。

 

 しかし、温もりに浸かる贅沢は、そこまでだった。

 

《お二人とも、敵が来ますよ》

 

 サファイアの警告。

 

 それに伴い、響と美遊はお互いに頷きあう。

 

 ここを切り抜ける。それからでなければ何も終える事は出来ない。

 

「行こう、美遊」

「うん」

 

 差し伸べられた響の手。

 

 その手を、美遊は迷うことなく取った。

 

 

 

 

 

第21話「暗がりの美遊」      終わり

 






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