1
強烈な振動が、地下にまで伝わって来た。
コンクリートで固められた壁や天井が軋み、今にも崩れ落ちそうになる。
「なに、この揺れ!?」
凛は思わず天井を仰ぎうめき声をあげる。
まるで大地震にでも遭遇したような衝撃と振動。
明らかに普通の状況ではないのが分かった。
「バゼットッ!?」
「いえ・・・・・・・・・」
凛の呟きに、ルヴィアは否定的に首を振る。
バゼットの力は規格外だが、彼女は不必要な破壊行動はしないはず。自分たちを仕留め、目的に物を手に入れたなら、すぐに撤収するはず。
何より、衝撃は一回ではなく、断続的に起こっている。
つまり、これらから推察されることは、
「この感じ・・・・・・応戦している? だとしたらこれは・・・・・・」
「まさか・・・・・・・・・・・・」
ルヴィアが言わんとしている事を察し、凛も絶句する。
バゼット相手に戦いを挑む相手がいるとしたら、その存在は限られる。
すなわち、異変を感知した子供達、
イリヤ、美遊、クロ、響のうちのいずれか、あるいは全員がバゼットと遭遇し、戦闘状態に突入した可能性がある。と言う事だった。
「クッ」
立ち上がろうとして、膝をつくルヴィア。
バゼットとの戦闘のダメージが残るルヴィアは、未だに立ち上がる事すら困難な状態だった。
「先にお行きなさいッ 遠坂凛!!」
「ルヴィア!!」
ルヴィアにも判っている。今の自分では足手まといにしかならないと言う事が。
だが凛ならば、
ルヴィアにとっていささか業腹ながら、身動きが取れる凛ならば、あるいは反撃の一手を打てる可能性が残されていた。
頷く凛。
そのまま踵を返して駆けだす。
その胸の内には、焦燥が駆け抜けていた。
上で戦っているのはイリヤか? 美遊か? クロか? 響か?
いずれにしても、今回は相手が悪すぎる。
彼女たちの事だから、カードを使用し、宝具を使えば状況を逆転できると単純に考えている可能性がある。
だが今回の戦いでは、もし宝具を使えば、その瞬間「使用者の死」は確定する事になる。
それだけは、何としても避けなくてはならない。
募る思いを胸に、凛は地下通路を駆け抜けた。
2
互いに地を蹴る、響と優離。
接近。
同時に互いの刃を振り翳した。
突き込まれる槍の穂先。
その神速の一撃を、
旋風の如き白刃が切り払った。
「ッ!?」
息を呑んだのは優離。
決して、手加減していない。渾身の突き込みだった。
だが、その一撃を、響は見事に切り払って見せたのだ。
更に、
響は素早く刀を返し、横薙ぎに斬りかかる。
その動きに、優離は対応が追い付かない。
とっさにのけぞるように回避を図る。
鼻先を霞める白刃。
「・・・・・・・・・・・・」
「フッ」
まっすぐに睨みつける響に、口元に笑みを浮かべる優離。
自分の動きに追随してきている響。
その事実に高揚感を感じている。
槍を構えなおす優離。
同時に、響が斬りかかって来た。
浅葱色の羽織を靡かせ、銀の刃が陽光に煌めく。
ぶつかり合う刃と刃。
異音と共に、両者弾かれる。
だが、
互いに踏み止まる。
槍を引き、再び繰り出す優離。
刃を返し迎え撃つ響。
流星雨の如き連続突きと、疾風の如き刃がぶつかり合う。
直視すら困難な程の互いの攻防。
優離は響の一瞬の隙を突き、槍を繰り出す。
向かってくる銀の穂先。
その一閃に対し、
響は大きく跳躍。空中で宙返りしながら、優離の後方へと降り立つ。
鋭く光る、少年の眼差し。
その眼光と共に、刃が逆袈裟に繰り出される。
駆け上がる刃。
対して、
優離は素早く槍を返して防いだ。
「クッ!?」
「フッ」
歯噛みする響と、笑みを浮かべる優離。
響の速攻に対し、優離は完璧に対応して見せたのだ。
しかし、
状況は以前と比べても、劇的に変化している。
響は完璧と言って良いほどに優離と互角の戦いを演じて見せている。最強の英霊とぶつかり合い、力負けしていなかった。
その時、
強烈な衝撃波が、2人に襲い掛かった。
思わず、互いに手を止めて振り返る。
その両者の視線の先。
純白の羽根を大きく広げた純白の
その背に乗り、手綱を引く美遊の姿。
「・・・・・・・・・・・・ほう」
その姿を見て、優離は感心したように呟いた。
「あれは・・・・・・ライダーか。大したもんだ」
「これで、勝負あった」
響は感心したように呟く。
バゼットの破格さは、実際に戦った響自身も自覚している。
しかし、宝具を解放した英霊に敵うとは思えない。
これで勝った。
響はそう確信していた。
しかし、
「果たして、どうかな?」
「・・・・・・どういう意味?」
意味深に呟かれた優離の言葉。
その様子に、響の胸にはかすかな不吉の予感がよぎった。
強烈な突進力。
圧倒的な衝撃が襲い掛かる。
その様たるや、あのバゼットが、防御の姿勢を取って尚、防ぎきれなかったくらいである。
「グッ!?」
この戦いが始まって以来、初となる苦痛の声を発した。
吹き飛ばされ、地面に弾き飛ばされるバゼット。
それでもどうにか体勢を立て直し、眦を上げる。
対して、
天馬の翼を雄々しく広げて飛翔する美遊。
クラスカード「
その圧倒的な戦闘力は、他の英霊同様に想像を絶していると言って良い。
もし、初戦の段階でイリヤや響相手に宝具を解放されていたら、あの時点で響達の命運は終わっていたかもしれない。
再び突撃する美遊。
天馬は殆ど閃光の如き勢いで突進する。
対して、バゼットも、今度は事前に予測しており、大きく後退する事で回避する。
深くえぐられる地面。
「・・・・・・仮説はありました」
ジャケットを脱ぎ捨てながら、バゼットが語る。
「礼装を媒介として英霊の力の一端を召喚できると判明した時、人間自身をも媒介にできるのではないか、と。しかしカードに施された魔術構造は極めて特殊で複雑。協会はいまだに解析には至っていない。それを、いともたやすく行うとは」
バゼットにも判っていた。
事この段に至った以上、自分もまた本気で掛からないと勝機は無いと言う事が。
対して、美遊もまた勝負を決する構えを見せる。
「わたしは、貴女を許さない」
突然現れ、美遊の大切な物を壊しつくしたバゼット。
そんな彼女を許す事が、美遊には絶対にできなかった。
「ここで、倒すッ」
言い放つと同時に、
美遊は両目を覆う眼帯を取り払った。
その能力を駆使して、強力なもう一つの能力を封じている。
その封印が、
今、解かれた。
同時に、
美遊の双眸に睨みつけられたバゼットは、自身の体が一気に硬化していくのを感じた。
「これは・・・・・・魔眼!?」
魔女メデューサが、見る者を石化させる伝説はあまりにも有名である。どうやら、この魔眼は、その伝説を再現した物であるらしい。
普段は
いかにバゼットと言えども、対抗は不可能だった。
そして、
美遊は勝負をかける。
手にした手綱に魔力を込め、天馬の力を最大限に開放する。
これこそが「
「
突撃を開始する美遊。
《いけません美遊様ッ 彼女相手に宝具を使っては!!》
サファイアが警告するのも無視して、バゼットに襲い掛かる美遊。
対して、
バゼットの鋭い視線が、突進してくる天馬を睨みつけていた。
彼女は、
この瞬間を待っていたのだ。
敵が切り札を使い、勝負に出てくる瞬間を。
バゼットが荷物として持ち込んだ、細長い筒。
模造紙等を丸めて持ち運ぶ筒に似たそれが、高まるバゼットの魔力に呼応して振動する。
蓋が開く。
出現した大きな球体を、バゼットは拳で受け止め、強く引き絞る。
同時に、球体から刃が出現した。
バゼットは強い。
素手で英霊を屠り、圧倒的に不利な状況でも怯むことを知らない。
だが、
その全てが、バゼットにとっては余技に過ぎないのだ。
全ては、この一撃を放つ為の布石に過ぎない。
「
低く囁かれる詠唱。
その間にも、美遊が近づいてくる。
その衝撃はたるや、大地を砕く勢いである。
だが、その状況ですら、バゼットがひるむ事は無い。両眼は真っ直ぐに美遊を見定めている。
そして、
「
閃光が、
天馬を貫いた。
と、同時に全てが制止する。
天馬の動きも、突進の衝撃も、美遊自身も。
まるで、「攻撃その物が無かった」かのように、美遊は動きを止めていた。
次の瞬間、
動きを止めた美遊にバゼットが接近。渾身の力で殴り飛ばした。
「ミユ!!」
イリヤが悲鳴を上げる中、地面に転がる美遊。
同時に
いったい、何があったのか?
そこにいた者は全員、全くと言って良いほど状況を理解できなかった。
それはケルトの光神ルーより伝わりし剣。
逆光剣
相手の切り札に応じて発動するカウンター攻撃。
敵の攻撃より後に発動しながら、時間をさかのぼり敵の攻撃を「無かった」事にした上で、自らの攻撃を先に発動し、相手の心臓を抉る因果逆転の魔剣。
フラガが伝承し、現代において尚、現実に使用されている数少ない宝具。
まさに
通常戦闘ではバゼットに敵わず、切り札を使えば確実に負ける。
この戦いは、初めから詰んでいたのだ。
《あ、危ないところでした。使用者自らが振るうタイプの宝具だったら、心臓をえぐられていたのは美遊様のほうでした!!》
「クッ・・・・・・・・・・・・」
主の危機に焦った声を上げるサファイア。普段冷静な彼女も、今回ばかりは肝を冷やしたと言ったところだろう。
対して、美遊は起き上がる事も出来ずにいる。バゼットの攻撃によるダメージが、体に響いているのだ。
だが、
「ミユ、後ろ!!」
「ッ!?」
クロの警告に、ハッと顔を上げる美遊。
次の瞬間、
バゼットが美遊の足首を掴まえる。
見ていたイリヤが助けに入る間もなく、頭上高く振り上げられる美遊の体。
バゼットは少女の体を、まるでその辺の棒きれのように振り回し、思いっきり地面に叩きつけた。
地面が割れるほどの衝撃。
その一撃によって、美遊の意識は一瞬にして刈り取られた。
沈む美遊。
次の瞬間。
浅葱色の旋風が、バゼットに襲い掛かった。
「ッ!?」
とっさに回避するバゼット。
その頬を、僅かに刃が霞めていく。
眦を上げる。
その視線の先には、刀を横なぎに振り抜いた響の姿があった。
「次は、あなたか」
「よくも・・・・・・・・・・・・」
響の視線は、倒れている少女たちに向けられる。
イリヤ、クロ、美遊。
彼女たちの力をもってしても、この女魔術師を倒す事は出来なかったのだ。
その時、
「俺を忘れていないか?」
低く囁かれる声。
突き込まれた槍の穂先を、響はとっさに飛びのくことで回避する。
振り返る先には、槍を構えた優離の姿がある。
イリヤ達のピンチに、とっさに割って入った響だが、まだ優離との戦闘は継続中である。
「・・・・・・・・・・・・」
状況は、正に最悪である。
最強の英霊を宿した優離に加えて、バゼット自身、
殆ど、英霊2騎を相手にするに等しかった。
だが、
「やるしか、無い!!」
言い放つと同時に、響は地を蹴った。
長い髪を靡かせて斬りかかる響。
狙ったのはバゼット。
接近と同時に刀を横なぎに振るう。
その一撃を、
拳で受け止めるバゼット。
「・・・・・・速いし、重い・・・・・・だがッ」
腕を薙ぎ、響の体を薙ぎ払う。
「対処できないほどではない」
とっさに後ろに飛び、衝撃を逃がす響。
だが、
着地と同時に、神速の突きが襲い掛かってくる。
優離だ。
バゼットと連携して響を追い詰める腹積もりである。
「クッ!?」
着地直後で身動きが取れない響は、無理な態勢で優離の攻撃を受けざるを得なかった。
それでも、
「まだッ!!」
弾き飛ばされそうになる体を強引に戻し、優離に斬りかかる響。
態勢を崩しながらの攻撃である為、剣速を上げる事ができない。
優離の槍の柄によって、あっさりと弾かれる響の斬撃。
ぶつかり合ったまま、暫し膠着する両者。
だが、
「ハァッ!」
そのまま優離は膂力に任せ、槍を思いっきり降りぬくことで響の小さな体を持ち上げる。
宙に浮く、響の体。
その姿は、空中で錐揉みする。
「ッ!?」
それでもどうにか体勢を立て直そうともがく響。
だが、
「こっちですよ」
不吉な声と共に、振り返る響。
そこには拳を振り上げるバゼットの姿がある。
「んッ!?」
打ち出される拳。
空中で身動きが取れない響には、回避の手段が無い。
直撃。
そのまま響は、地面に叩きつけられた。
轟音と共に、地面が割れるほどの衝撃が襲う。
もうもうと立ち込める煙。
地面には巨大なクレーターが出来上がっている。
「仕留めたか?」
「恐らく」
クレーターの縁から中を見下ろす、バゼットと優離。
やがて煙も晴れ、視界が開ける。
2人の視線の先。
クレーターの真ん中で、刀を杖にして尚も立ち上がろうとしている少年の姿があった。
「・・・・・・・・・・・・」
立ち上がったとは言え、ダメージは大きい。
バゼットと優離。
2人を相手にするのは、やはり厳しいと言わざるを得ない。
だが、それでも・・・・・・・・・・・・
響は再び立ち上がる。
みんなを、守らなくては。
その想いが、少年を前へと進ませる。
それぞれの戦闘態勢を取る、優離とバゼット。
その時だった。
ザッ
ザッ
鳴り響く、2つの足音。
イリヤ、
そしてクロ。
2人の少女たちが、優離とバゼットを挟み込むようにして立ち上がっていた。
「これ以上は、やらせないッ」
「出来の悪い弟が頑張ってるんだから、お姉ちゃんとしては、寝てる場合じゃないわね」
既に、全員がボロボロ。戦うどころか、立っている事すら難しい状態である。
しかし、
それでも、
守るべきものの為に、子供たちは再び立ち上がって見せた。
構える、バゼットと優離。
子供たちは自分たちの大切な物の為に戦っている。
ならば、自分たちもまた、それを受けて立たねばならない。
次の瞬間、
一同は一斉に動く。
最後の激突が、始まった。
第18話「斬り抉る戦神の剣」