Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第16話「魔術協会から来た刺客」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い地底の世界に、少女1人。目を閉じて腕を掲げ、何やらブツブツと呪文を唱えていた。

 

Anfang(セット)

 

 遠坂凛は今、かつて調査の為に訪れた冬木氏の地下大空洞に立っていた。

 

 前回来た時に行った地脈穿孔作業の結果がどうなっているか調べる為である。

 

 既にクラスカードを回収してから2か月。いい加減、何らかの結果が出てもい頃合いである。

 

Beantworten Sie die Forderung des Abgeordneten(管理者の名において要請する)

 

 静かな声で詠唱する凛。

 

 同時に魔力を込めた宝石を、広げた羊皮紙の上に掲げる。

 

Boden:zur Stromung(地から流)  Stromung:zum blut(流は血に)  Blut:zum Pergament(血は皮に)

 

 そっと、指を放す凛。

 

 宝石が紙の上へと落ちていく。

 

Abscbrift(転写)

 

 静かに詠唱を終える凛。

 

 次の瞬間、

 

 一瞬の閃光と共に、羊皮紙の上に小さな炎がいびつな形で踊っていく。

 

 まるで蛇のようにくねる炎の軌跡は、その筋をなぞるように紙を焦がし、何かを描き出していくのが分かった。

 

「これって・・・・・・・・・・・・」

 

 その様子を眺めていた凛は、やがて羊皮紙上の一点を見据えてうめき声をあげた。

 

 それは紙の左端。

 

 その一点に、凛の目はくぎ付けになった。

 

「嘘でしょ・・・・・・・・・・・・」

 

 驚愕の言葉が紡がれる。

 

「まだ、終わっていなかったって言うの?」

 

 

 

 

 

 暑さで陽炎が立ちそうな地面。

 

 その様子が、いよいよ夏の到来が近い事を告げていた。

 

 夏休みまで、あとわずか。

 

 浮き立つ想いを押さえきれない毎日を過ごしている一方で、現実は尚も最後の追い込みを掛けて来ていた。

 

「暑い・・・・・・」

「言わないでよ。余計に暑くなるから」

 

 ダレた感じで重い足を引きずっているのは、イリヤと響の姉弟たちである。

 

 地面が揺らぐ暑さの中を歩いていては、それだけで体力が奪われていきそうである。

 

 一方、

 

「感謝してよね。わたしがちょっと休もうって言わなきゃ、今頃3人そろって、部屋の中でへばっていたわよ」

 

 クロがちょっと自慢げに胸を反らしながら、そんな事を言った。

 

 今日は休日。

 

 イリヤ、クロ、響の衛宮家3姉弟は、部屋で仲良く宿題にいそしんでいた。

 

 しかし、この熱気では勉強などはかどるはずもなく、

 

 いい加減だれてきた3人は、クロの提案で近くのコンビニにアイスを買いに出かけた次第である。

 

 とは言え、

 

「とか言って、クロはだらけてただけ」

「そうだね。何か納得いかない」

 

 揃って肩を落とす響とイリヤ。

 

 対して、クロはシレッとした感じに肩を竦める。

 

「別に良いでしょ。あとでどっちかのノート見せてもらうし」

 

 要領が良いと言うべきか、既に他力本願のクロ。

 

「自分でやりなよ」

「だって、面倒くさいし」

 

 そう言ってそっぽを向くクロ。

 

 と、

 

「あれ? あれってミユじゃない?」

 

 クロが指さした方向に、目を向けるイリヤと響。

 

 見れば確かに、通りの向こう側にメイド服を着た小柄な少女が歩いているのが見える。

 

 この界隈で、メイド服を着て歩いている小学生など、美遊くらいの物である。

 

「おーいッ ミユー!!」

 

 呼びかけながら手を振るイリヤ。

 

 すると、向こうも気づいたのだろう。少し控えめに手を上げると、そのままこちらに向かって歩いて来た。

 

「みんな、どうしたのこんな所で?」

「ん、美遊、おはよう」

「ちょっと、勉強の息抜きにね。ミユはどうしたの?」

 

 尋ねるイリヤに、美遊は手にしたコンビニの袋を掲げて見せた。

 

「ルヴィアさんのお使い。買ってきて欲しいって言われて」

 

 言われて、一同は美遊が手にした袋の中を覗き込む。

 

 果たしてそこにあったのは、

 

「「「・・・・・・・・・・・・水羊羹?」」」

 

 声を同じくして呟く、響、イリヤ、クロ。

 

 なかなか予想外の中身に、どうコメントしていいのか分からなかった。

 

 見れば確かに、パック入りの水羊羹が数個、袋の中に入っている。

 

「ルヴィアさんが、『これこそアジアの神秘』だって言ってた」

 

 たかだかコンビニの水羊羹に、何を大げさに言っているのか。

 

 微妙な顔をする響達。

 

「お金持ちでもこんな事するんだ・・・・・・」

「ルヴィアの趣味、判んない・・・・・・」

「これだから成金は・・・・・・」

「え、ど、どうしたの、みんな?」

 

 ガックリと肩を落とす姉弟たちに、美遊は意味が分からないと言った感じにオロオロしている。

 

 取りあえず、ルヴィアには金持ちのくせに、妙に庶民的なところがある事は判った。

 

 それにしても、

 

「相変わらず似合ってるよね、ミユ。その恰好」

 

 美遊の恰好を見ながら、クロがそんな事を言った。

 

 今は仕事中なので、メイド服を着ている美遊。その姿が、一同の視線を集めていた。

 

「あの、そんなにジロジロと見るのは・・・・・・」

 

 モジモジした感じで視線を逸らす美遊。

 

 どうやら慣れてきたとは言え、この恰好を見られるのは恥ずかしいらしかった。

 

 と、

 

 美遊の視線が、立ち尽くしている少年と重なり合う。

 

「あ、ひ、響も、その・・・・・・」

「う、うん。ごめん」

 

 言いながら視線を逸らす響。

 

 その様子に、

 

 イリヤとクロは、何となく空気が違う物を感じていた。

 

 何と言うか、夏だから熱いのは当たり前なのだが、この半径1メートルの間だけ、更に気温が高いのは気のせいだろうか?

 

「んー そうねェ・・・・・・・・・・・・」

「クロ、どうかしたの?」

 

 いきなり何事かを考え込むクロに、イリヤが怪訝な面持ちで尋ねた。

 

 対して、ちょっと悪戯っぽい表情を浮かべるクロ。

 

 と、何を思ったのか、クロは2人に近づいていく。

 

「ねえねえ、ヒビキ」

「ん?」

 

 呼ばれて振り返る響。

 

 と、

 

「良い物見せてあげよっか?」

 

 言った瞬間、

 

 クロの手が、美遊のメイド服のスカートに伸びた。

 

 そのまま、思いっきりめくりあげられる。

 

 一瞬の浮遊感と共に、舞い上がるスカート。

 

 その下から、小学生女児らしいほっそりした白い足が見える。

 

 さらにその上、

 

 清純さを表すような、純白のパンツが見える。

 

 まぶしいくらいの白に、赤いリボンのアクセントが可愛らしい。

 

「「あ・・・・・・・・・・・・」」

 

 同時に声を上げる、響と美遊。

 

 響の視界に、美遊のパンツがばっちりと映り込んだ。

 

 次の瞬間、

 

「キャァッ!?」

 

 悲鳴と共に、めくられたスカートを押さえる美遊。

 

「い、いきなり何をッ!?」

「ん~ ちょっとしたサービス?」

 

 抗議する美遊に、シレッとした調子で答えるクロ。

 

 何と言うか、反省の色ゼロである。

 

 と、

 

 美遊が少し上目遣いに、響に目を向けてきた。

 

「響・・・・・・見た?」

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 対して、視線を逸らす響。

 

 しかし、その顔は傍から見ても分かるくらい赤くなっている。

 

「響、見たでしょ?」

「・・・・・・見てない」

「正直に」

「・・・・・・ごめんなさい」

 

 追及する美遊に、響はあっさり白状する。相変わらず、嘘が下手だった。

 

 その脳裏には、まだ美遊のあられもない姿が焼き付いている。

 

 一方、

 

「何してんの、クロ?」

「ん~ 歩みの鈍い亀さん2人を、ちょっとだけ手助けしてやったのよ」

 

 尋ねるイリヤに、クロはシレッと肩を竦めてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 地下大空洞での調査を終えた凛は、急いでエーデルフェルト邸に向かった。

 

 ともかく、事は一刻を争う。

 

 あるいは状況は既に最悪となっている可能性すらあった。

 

 まずは状況をルヴィアに話し、そのうえで時計塔に連絡。大師父から指示を仰ぐ必要があった。

 

 だが、エーデルフェルト邸の正面に立ち、門に手を掛けようとした時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 伸ばしかけた手に一瞬、チリッと違和感が走り、凛は思わず動きを止める。

 

 同時に感じる、重苦しい空気。

 

「何なの、これ・・・・・・・・・・・・」

 

 明らかに感じる異質。

 

 それは、放出された魔力の残滓。

 

 エーデルフェルト邸は見た目にはただの豪邸に見えるが、実際には魔術師が作り上げた城塞でもある。

 

 しかし、だからこそと言うべきか、魔力が外に漏れないように入念な計算がされて建てられている。

 

 故に、こんな塀の外にまで魔力が漏れる事はあり得ないのだが。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 緊張に強張る凛。

 

 何か、良くない事が起きている。

 

 ルヴィアは、美遊は、オーギュストは、果たして無事なのか?

 

 慎重な手つきで、もう一度門に手を掛けた。

 

 

 

 

 

 子供たちがエーデルフェルト邸の門が見える場所まで戻って来たのは、凛が屋敷内に入って暫くしての事だった。

 

「だいたい、クロの行動は極端すぎるよ」

「良いじゃない。心にはも静養は必要だって、どこかの偉い人も言っていたわよ」

「やられる方の身にもなって」

 

 イリヤと美遊からの批判も、どこ吹く風と言った感じのクロ。

 

 その視線は、1人黙って後ろからついてきている弟に向けられた。

 

「響も、嬉しかったでしょ?」

「あ、う・・・・・・・・・・・・」

 

 実に答えにくい質問に、言葉を詰まらせる響。

 

 脳裏に先程見た、美遊のあられもない姿が浮かぶ。

 

 めくれ上がったスカートと、その下から見えた純白のパンツ。そして、恥じらう美遊の顔。

 

 普段茫洋としてとらえどころが無いとはいえ、思春期に入りたての少年にとって、なかなか刺激が強い光景だったのは間違いない。

 

 と、

 

「響」

「ッ」

 

 美遊にジト目で睨まれ、ハッと我に返る響。

 

 恨みがましい美遊の視線に、思わず目を逸らす。

 

 その時だった。

 

「あれ?」

 

 突然、イリヤが何かに気づいたように顔を上げた。

 

「どしたの?」

「いや、何だか様子がおかしいような・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねるクロに、イリヤは首をかしげながらエーデルフェルト邸の方を見る。

 

 釣られて振り返る一同。

 

 しかし、エーデルフェルト邸の方には、特に変化らしいものは見られない。いたって閑静な感じがしているだけだった。

 

「気のせいなんじゃない?」

「そうかな・・・・・・・・・・・・」

 

 尚も納得いかないと言った感じに首をかしげるイリヤ。

 

 しかし、どう見ても異常があるようには見られないのだが。

 

 そう思った時だった。

 

 

 

 

 

 ズンッ

 

 

 

 

 

 微かに、

 

 しかし確かに聞こえた振動音。

 

 子供たちは顔を見合わせると、急いで正門の方へと走った。

 

 中を覗き込んでみる。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・変化無し」

 

 響の呟きに、少女たちも頷きを返す。

 

 門の格子から見たエーデルフェルト邸には、何の変化も見られなかったのだ。

 

「やっぱり、気のせいだったのかな?」

 

 首をかしげるイリヤ。

 

 しかし先ほど、振動を感じた事は間違いないのだが・・・・・・

 

「ちょっと待って」

 

 そう言って一同を制したのはクロだった。

 

「ミユ、確かこの家って、認識疎外の結界が張ってあったわよね」

「そう。だから万が一、中で何かが起こっていても、普通は外の人間に気付かれる事は無いはず」

 

 淡々と告げる美遊の言葉。

 

 その響きが、不気味な感触を持って包み込もうとしていた。

 

 つまり今、この中では想定を上回る何かが起こっている可能性がある。と言う事だ。

 

「・・・・・・・・・・・・ともかく、開けるわよ」

 

 クロが恐る恐ると言った感じに告げると、門に手を掛ける。

 

 息を呑む一同。

 

 観音開きの門がゆっくりと開かれる。

 

 果たして、

 

 その向こうには、

 

 想像を絶する光景が広がっていた。

 

 豪奢な造りで、見る者を圧倒していたエーデルフェルト邸は、そこにはなかった。

 

 街路樹は軒並みなぎ倒され、敷き詰められた通路の煉瓦はえぐられ、吹き飛ばされている。

 

 芝生にはところどころクレーターができている。

 

 そして何より、あれだけ立派だった家屋は、震災にでもあったように、天井から叩き潰され、無残な姿になり果てていた。

 

 思わず絶句する子供たち。

 

 そんな彼らの視線の中で、

 

 つぶれた屋敷を背に、ゆっくりと歩いてくる女性の姿があった。

 

 髪をベリーショートに切りそろえ、ピシッとしたスーツ姿をした姿は、ある種の精悍さすら感じる。

 

 だが、その身より発せられる雰囲気は、まさしく修羅その物と言えた。

 

「侵入者の警告音が鳴りませんね。見たところ子供のようですが、あなた達も関係者のようだ」

 

 硬い声で告げられる言葉。

 

 殺気すら伴ったその声に、思わず子供たちは身を固める。

 

「援軍だとしたら、一足遅かった」

 

 そう言った次の瞬間、

 

 女は地を蹴って一気に仕掛けてきた。

 

 それに対し、

 

 いち早く動いたのはクロだった。

 

投影(トレース)!!」

 

 短い詠唱と同時に、クロの手に現れる干将・莫邪。

 

 繰り出された、女の拳。

 

 その拳撃を、クロは両手に構えた黒白の剣で防ぐ。

 

 交錯する両者。

 

 女が繰り出した拳を、クロはどうにか弾く事に成功する。

 

 しかし、

 

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 両手に感じる凄まじい衝撃に、思わず息を呑んだ。

 

 一瞬で、感じ取る。

 

 この女は、強い。一瞬でも気を抜くと返り討ちにされかねなかった。

 

 その時、

 

夢幻召喚(インストール)

 

 低い声と共に、頭上に漆黒の影が躍る。

 

 一瞬の衝撃。

 

 その衝撃を斬り裂くように、

 

 英霊を身に宿した響が、刀を振り翳して斬りかかった。

 

 降下と同時に、刀を繰り出す響。

 

 その一撃を、女は素手で弾く。

 

 次の瞬間、

 

 視線が、空中にある響と交錯する。

 

「ッ!?」

 

 息を呑む響。

 

 繰り出される拳閃。

 

 その一撃を、辛うじて刀を盾に防ぐ響。

 

 しかし、

 

「グッ!?」

 

 空中にあって身動きが取れない響は、そのまま大きく吹き飛ばされる。

 

 どうにか空中で体勢を立て直し、着地に成功する響。

 

 そこへ、

 

「こっちよ!!」

 

 鋭い声と共に、弓兵(アーチャー)の姿に変身したクロも、干将・莫邪を構えて斬りかかる。

 

 同時に、タイミングを合わせて斬りかかる響。

 

 女を左右から挟み込むように斬りかかる2人。

 

 2騎の英霊による同時攻撃。

 

《いけません響さんッ!! クロさん!! その女は!!》

 

 ルビーが思わず警告を送る中、

 

 左右から挟み込むように、女に斬りかかる響とクロ。

 

 響が刀を突き込み、クロは左右の双剣を十字に斬りかかる。

 

 だが次の瞬間、

 

 女はクロの剣閃を拳の連撃で逸らし、同時に鋭い蹴りを響へと繰り出した。

 

「クッ!?」

 

 とっさに受け身を取って後退する響。

 

 その間に、単騎となったクロに女が攻勢をかける。

 

 クロは、先の女の攻撃から、まだ態勢を立て直していない。

 

 そこへ、連撃として繰り出される拳。

 

 対してクロも干将、莫邪を繰り出して必死に抵抗を試みる。

 

 しかし速さも、重さも桁違いである。

 

 防戦一方に追い込まれるクロ。

 

「こいつッ!!」

 

 強引に反撃に出るクロ。

 

 右手に構えた莫邪を横なぎに繰り出す。

 

 しかし、

 

 女は鋭い眼光と共に、クロの剣を打手のひらで受け止めてしまった。

 

「なッ!?」

 

 驚愕するクロ。

 

 恐らく、女のしているグローブには硬化の魔術がかけられているのだろう。その為、刃すら受け止めてしまうのだ。

 

 反撃に繰り出される拳。

 

 しかし、クロも黙ってやられるつもりはない。

 

 女が繰り出した拳を蹴りつけながら空中で宙返り。同時に頭上に大剣数本を投影して射出する。

 

 女の眼前に突き刺さる大剣。

 

 その進路が阻まれる。

 

 しかし、それも一瞬の事だった。

 

 女が無造作に横なぎに振るった拳が、大剣数本を一瞬にして砕き散らす。

 

 ばらばらと地面に散らばる大剣の破片。

 

 つくづく、女の戦力が埒外である事が分かる。

 

 だが、

 

 クロが狙ったのは、その一瞬だった。

 

 砕け散る欠片の向こう。

 

 その先で、弓を構える少女の姿がある。

 

「ばいばい」

 

 魔力を込めた矢を引き絞るクロ。

 

 言い放つと同時に、矢が放たれた。

 

 唸りを上げて飛翔する矢。

 

 その矢を真っ向から見据える女。

 

 だが、

 

「その戦法はもう、見ました」

 

 囁かれた不吉な言葉。

 

 次の瞬間、

 

「なッ!?」

 

 誰もが驚愕した。

 

 何と女は、クロが放った矢を命中直前、己の眼前で掴み取ってしまったのだ。

 

 いかなる技量を示せば、そのような事が可能になるのか。

 

 愕然とするクロ。

 

 そのクロ目がけて、女はたった今、自分に向けて飛んできた矢を投げ返した。

 

 弓を使って放った場合とほとんど違わない勢いで放られる矢。

 

 着弾。

 

 同時に、強烈な爆炎が巻き起こる。

 

「クロッ!!」

 

 悲鳴を上げるイリヤ。

 

 その手が、相棒のステッキに伸びる。

 

 美遊もまた、焦ったようにサファイアに目を向けた。

 

「サファイア、わたし達も、早く!!」

 

 しかし、

 

 主人の焦りとは裏腹に、2本のステッキは沈黙したまま、埒外の猛威を振るう女魔術師を見ていた。

 

 と、

 

「それが、ゼルレッチ卿の特殊魔術礼装ですか」

 

 振り返った女魔術師が、鋭い視線を向けて告げる。

 

「なぜ、あなた達がそれを持っているのかは知りませんが、抵抗しないなら身の安全は保障しましょう」

 

 事実上の降伏勧告に近い言葉に、イリヤと美遊は身構える。

 

 勿論、それを受け入れる気は無い。

 

 しかし、見せつけられた圧倒的な戦闘力。

 

 そして何より、硬直しているルビーとサファイアの様子から見ても、容易ならざる事態である事は間違いなかった。

 

「あなたはいったい、何者なの!?」

 

 問いかけるイリヤ。

 

 対して。

 

《彼女の名は、バゼット・フラガ・マクレミッツ。魔術協会に所属する封印指定執行者です》

 

 答えたのはルビーだった。

 

《わたし達がやってきたカード回収任務。その、前任者です》

 

 封印指定執行者とは、魔術協会が「奇跡」と認定した存在を貴重品と認定し「保護」する存在である。特に、魔術は時と共に衰退していく物も多い。それらの保護は重要な任務であると言える。

 

 と、言えば何やら良い事をしているように聞こえるかもしれない。

 

 しかし実際には保護と言うのは名目で、対象となった存在は、実質的には幽閉、監禁に近い扱いを受けた状態で奇跡の維持に努める物である。

 

 また、魔術師と言う存在は、自らの御業を次の世代に継承する事を旨としている。

 

 しかし封印指定を受けると(それ自体は大変名誉な事ではあるのだが)、次の世代への継承ができなくなる。

 

 それ故、封印指定を受けた魔術師は、魔術協会の手を逃れて逃亡するのが常だった。

 

 しかし逃亡した魔術師が、その逃亡先で何らかの重大な犯罪行為に走る事がある。

 

 そうなった場合、強制的に封印指定を行うべく派遣されるのが、封印指定執行者なのだ。

 

 当然、封印指定執行者は、第一級の戦闘力を持つ魔術師が認定されることになる。

 

 つまりバゼットは、正に魔術協会におけるエース中のエースと言う事だ。

 

「前任者って、そんなものがいたの?」

《はい、美遊様》

 

 尋ねる美遊、今度はサファイアが答える。

 

《そもそも、最初からルヴィア様たちが所持していた「アーチャー」と「ランサー」のカード。それを回収したのが、あの方なのです》

 

 戦慄する。

 

 以前戦った黒化英霊達は皆、どれも強力な者たちであった。

 

 イリヤ達は彼らを、ルビーやサファイアを用い、更に全員の力を合わせる事でようやく全て倒したのだ。

 

 だがバゼットは、その内の2体を単独で倒した事になる。

 

 恐るべき実力者だった。

 

《しかし・・・・・・》

 

 ルビーがサファイアの後を継いで話す。

 

《任務は凛さんとルヴィアさんが引き継いだはず。それがなぜ、今になってあなたが出てくるのです?》

「詳しい事情は知りませんが、上の方でパワーゲームがあったと言う事です」

 

 魔術協会も強固な一枚岩ではない。特に上層部ではいくつもの派閥に分かれ、権力争いに余念がない。

 

 どうやらそうした危ういパワーバランスが、今回の事態を齎したようだ。

 

「・・・・・・すでにこの屋敷からは4枚のカードを回収しました。しかし、あと3枚あるはず」

 

 その言葉に、身構えるイリヤと美遊。

 

 残り3枚のうち、「槍兵(ランサー)」はイリヤが、「騎兵(ライダー)」は美遊が、それぞれ持っている。

 

 そして「弓兵(アーチャー)」は、言うまでもなくクロの中にある。

 

「残りのカードも渡しなさい。抵抗するならば、強制的に回収します」

 

 冷たく告げるバゼット。

 

 もしバゼットがカード回収の完遂を目指すとすれば、クロの中からカードを抉り出す事になるだろう。

 

 その時、

 

「成程ね。そういう事だったの」

 

 聞こえてくる少女の声。

 

 振り返る一同の視線の先では、先程、バゼットが投げ返した矢によって巻き起こる煙が立ち込めている。

 

 その煙が晴れ、視界が効くようになる。

 

 その中で、

 

「ありがと、ヒビキ」

「ん、間一髪」

 

 クロを庇うようにして立つ、響の姿があった。

 

 あの着弾の直前。

 

 体勢を立て直した響が飛んでくる矢を切り払い、クロを守ったのだ。

 

「成程、簡単にはいかないと言う事ですか」

 

 再び剣を構える響とクロを見ながら、バゼットは改めて戦闘態勢に入る。

 

 その時。

 

「・・・・・・・・・・・・一つ、聞かせて欲しい」

 

 口を開いたのは美遊だった。

 

「ルヴィアさん達は、どこ?」

 

 この状況になっても姿を現さない、凛とルヴィア。それに執事のオーギュストの事が、美遊には気になっていた。

 

 対して、

 

 バゼットは、背後に崩れた家屋を顎で指して言った。

 

「彼女達なら、その瓦礫の下です」

 

 言った瞬間、

 

 美遊は迷うことなく、サファイアに手を伸ばした。

 

「サファイア!!」

《は、はいッ》

 

 主の意思に従い、鏡界回廊を展開するサファイア。

 

 少女の身に閃光が走り、その身は魔法少女(カレイドサファイア)へと変身する。

 

 その傍らで、イリヤもまた、眦を上げていた。

 

「・・・・・・ルビー、転身を」

《で、ですがイリヤさんッ》

 

 尚も渋るルビー。

 

 対してイリヤは、己の意思を曲げないまま言った。

 

「今まで何度も危ない戦いはあった。ミユなんか、1人で死地に立ったこともあった。わたし達は死ぬ気でカードを集めたんだ。それを・・・・・・前任者だか何だか知らないけど、勝手に持っていかれるなんて、納得いかない。何より・・・・・・」

 

 イリヤの目が、瓦礫と化したエーデルフェルト邸に向けられる。

 

「友達を傷つけたッ それだけは、絶対に許さない!!」

 

 言い放つと同時に、イリヤの姿が閃光に包まれる。

 

 魔法少女(カレイドルビー)へと変身する少女。

 

 その可憐な姿で、ステッキを真っすぐにバゼットへと向けた。

 

 同時に、女魔術師を取り囲むようにして身構える響、クロ、美遊。

 

 バゼットもまた、周囲を見回す。

 

「どうする、いくら封印指定執行者でも、4対1じゃきついんじゃない?」

 

 挑発するようなクロの言葉。

 

 対して、バゼットは静かに息を吐く。

 

「確かに、少々きついのは、その通りですね」

 

 つまり無理すれば、この場にいる全員を倒すだけの自信があると言う事か。

 

「ですが、ここはあえて、保険を使うとしましょうか」

 

 バゼットがそう言った時だった。

 

 ザッ

 

 草を踏む音と共に、背後に気配が立つのが分かった。

 

 振り返る一同。

 

「お前はッ」

 

 響は驚愕して叫ぶ。

 

 対して、相手は静かな眼差しを向けてきた。

 

「久しぶりだな」

 

 優離はそう告げると、ゆっくりと身構えた。

 

 

 

 

 

第16話「魔術協会から来た刺客」      終わり

 


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