Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第15話「パウンドケーキ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は怒りの表情を隠そうともせず、足音を荒げて廊下を歩いていた。

 

 途中、仲間の男が何事かと声を掛けてきたが無視してやった。

 

 正直、今はそれどころではないのだ。

 

 やがて、目指す部屋の前に来ると、躊躇う事無く扉をあけ放った。

 

「ゼスト!!」

 

 扉が開くのも待ちきれないとばかりに、ルリアは部屋の中へ踏み込むと同時に叫び声をあげた。

 

 そんな少女に対し、分厚い魔術所を読んでいた部屋の主は、やれやれとばかりに顔を上げた。

 

「騒がしいな。いったいどうしたのかね?」

 

 不機嫌も露わなルリアに、億劫そうに問いかける。

 

 対してルリアは、足音も荒くゼストに詰め寄った。

 

「奴らへの攻撃を暫く控えろって、どういう事よ!?」

「・・・・・・ああ、その事かね」

 

 ルリアの物言いに対し、ゼストは納得したように頷いた。

 

 確かに、ゼストはそのような方針を打ち立てていた。

 

 ここ数日、響達との直接的な戦闘は控えさせてきたゼストだが、ここにきて襲撃は控えるように言い渡してきたのだ。

 

 その事が、ルリアには不満であるらしかった。

 

「落ち着き給え、はしたない。レディーにあるまじき行為だとは思わないのかね?」

「はぐらかさないで!!」

 

 窘めるゼストに対し、尚も食って掛かるルリア。落ち着き払った態度が、却って神経を逆なでしている感すらあった。

 

 対して、ゼストは嘆息すると、改めてルリアを見やった。

 

「何も、あきらめるとは言っていないだろう。ただ状況が変わったから、一時的に控えると言っているのだ」

「そんな事ッ」

 

 ルリアの目から見れば、ゼストの決定は怠慢にも見える事だろう。

 

 自分たちの悲願の為には、今すぐにでも繰り出し、敵をせん滅したうえで目的を果たすべきだと言うのに。

 

 対して、ゼストは諭すように言った。

 

「ルリア、君は今の我々の戦力のみで、彼らに勝てると思っているのかね?」

「勝てるわよ」

 

 問いかけるゼストに、ルリアは即答して見せる。

 

 その瞳は、どこまでも曇りのない自信に満ち溢れていた。

 

 だが、

 

「だ、そうだ。君はどう思う?」

 

 ゼストが問いかける。

 

 ルリアに、

 

 ではない。

 

 その背後、開け放たれた扉に寄りかかるようにして、男が一人立っていた。

 

「無理だな」

 

 優離は素っ気ない調子で答えた。

 

「奴等は例の暗殺者(アサシン)の坊主に加えてカレイドの使い手が2人、手練の魔術師が2人、更に件の弓兵(アーチャー)の小娘まで加わったんだろ。戦力的な劣勢は明らかだ」

「加えて、彼らは7枚のクラスカードを押さえている。これまでの戦いでは使っていなかったが、今後は使ってくる可能性が大いにあるだろう。そうなると、現状の戦力では少々心もとない」

 

 ゼストと優離から言い募られ、流石のルリアも黙り込む。

 

 確かに、戦力的に隔絶している事は否めない。いかに最強の英霊を宿しているとはいえ、覆せる戦力差ではなかった。

 

 そんなルリアを見て、ゼストは笑いかける。

 

「なに、心配はいらないよ」

 

 言いながら、机の上に置かれた1枚の紙を取って見せる。

 

 英字の文面と共に、何事かの内容が書かれているのが分かった。

 

「すでに手は打っておいた。近日中には状況を動かせるだろうから、それまで待ちたまえ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 尚も納得のいかない表情を見せるルリア。

 

 しかし、ゼストはそれ以上は何も言わず、再び魔導書を読みふけるのだった。

 

 

 

 

 

 2人が出ていくのを確認したゼストは、魔導書から顔を上げる。

 

 ルリアが焦るのは判る。彼女からしたら、今回の戦いは待ちに待った悲願。何としても達成したい事だろう。

 

 ましてか相手は自身の仇敵ともいえる存在。はやる気持ちは判る。

 

 しかし、ゼストとしては勝ち目の薄い戦いに挑む気は無い。

 

 戦う以上、勝たなければ何の意味も無かった。

 

 その為に取った最良の策が、これである。

 

「魔術協会も一枚岩ではないと言う事だ」

 

 ゼストは魔術協会に所属する旧知の魔術師に連絡を取り、政治的工作を依頼したのだ。

 

 その人物は、時計塔の最高冠位である「王冠(グランド)」の地位にある人物であると同時に政治的能力に長け、あらゆる人物を舌先の技巧で操る事から「八枚舌」などと言う異名でも呼ばれている。

 

 その人物と長年親交があったゼストは、彼を通じて時計塔を動かす事に成功したのだ。

 

 間もなく援軍がこの冬木にやってくる。攻勢をかけるなら、それからだった。

 

「ルリア・・・・・・君には悪いが、悲願なら私にもあってね。ここで負けるわけにはいかないのだよ」

 

 そうつぶやくと、机の引き出しを開け、中から1枚の写真を取り出す。

 

 それは、とある少女を遠方から撮影したものである。

 

 先日の戦い、使い魔の目を通して見た、とある人物。

 

 まさかと思い、ひそかに直接足を運んで確かめてみた。

 

 間違いない。あれは、彼女だった。

 

「驚いたよ・・・・・・まさか、この最果ての地で再び君に会えるとはね」

 

 ニヤリと、笑みを浮かべる。

 

 神など信じないが、この写真を見たときは、本気で天に祈りをささげても良いと思った。

 

 運は間違いなく、自分の方を向き始めているのだ。

 

「待っていたまえ。君は、必ず私の物としてくれる」

 

 そう呟くゼスト。

 

 その視線の中では、友達と楽しそうに談笑する1人の少女が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、これか・・・・・・・・・・・・

 

 傍から見るとわかりにくいかもしれないが、衛宮響は普段通りの無表情の中に、ややげんなりしたニュアンスを混ぜて佇んでいた。

 

 目の前には対峙する2人の姉。

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと、クロエ・フォン・アインツベルンが立っている。

 

 2人は今まさに、激突の時を迎えようとしていた。

 

 睨み合う両者。

 

 戦雲は高まり、今や一触即発と言った感じである。

 

 ここは戦場。

 

 まさに決戦の地である。

 

 因みに、

 

 2人はエプロンに三角巾を装備しているのだが。

 

 ここは穂群原学園初等部の家庭科室。

 

 今は調理実習が始まろうとしている所である。

 

 で、

 

 イリヤとクロがなぜに対峙しているかと言えば、

 

 話は今朝の衛宮邸にさかのぼる。

 

 朝、起きると、兄の士郎が珍しく弁当を作っていた。

 

 士郎は割と器用な方で、家事に関しては殆どの事を自分でできる。特に料理に関しては絶品と言っても良い腕前をしている。

 

 とは言え、普段はセラも調理をするので、衛宮家の食事は当番制になっているのだが。

 

 そこで士郎が料理しているのを見たクロが、今日の料理実習でパウンドケーキを作ることを告げ、できたら士郎に食べてくれるようにお願いしたのだ。

 

 だが、

 

 当然と言うべきが、イリヤがそれを見過ごすはずも無く。自分も作ったら食べて欲しいと士郎に懇願。

 

 そこで対決ムードになり、今に至ると言う訳だった。

 

 どよ~んとジト目になる響。

 

 2人の意地の張り合いに付き合わされる、こっちの身にもなってほしかった。

 

「お腹痛いから帰って良い?」

「だめ。敵前逃亡は重罪」

 

 反転して逃げようとする響の首根っこを、美遊がガシッと掴んで引き戻す。

 

 2人そろって、思う事は一つ。

 

 頼むからいい加減にしてくれ、だった。

 

 

 

 

 

 そんな訳で、調理グループのチーム分けがなされたのだが、

 

 編成は以下の通りだった。

 

〇イリヤチームメンバー

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

 栗原雀花

 森山那奈亀

 嶽間沢龍子

 

〇クロチームメンバー

 クロエ・フォン・アインツベルン

 衛宮響

 美遊・エーデルフェルト

 桂美々

 

「さ、チーム分けも決まったところで、さっさと始めましょうか」

「ちょっと待てェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 笑顔のクロに対し、食って掛かったのはイリヤだった。

 

 何事かと一同が視線を向ける。

 

「このチーム分けはおかしいでしょーが!!」

「何がよ? 厳正なジャンケンの結果でしょ。それに人数もばっちり半々だし」

 

 シレッとした調子で答えるクロ。

 

 しかし、それでイリヤが納得するはずも無く。

 

「何で戦力がそっちに偏ってんのよッ しかも、こっちには1人、マイナス要員がいるし!!」

 

 因みに戦力とは、美遊と美々の事である。美遊は転校初日の調理実習でとんでもない腕前を見せつけてくれたし、美々も普段から料理をしているらしく、腕前は確かである。

 

 一方のマイナス要員とは、

 

 まあ、言うまでも無く龍子である。

 

 その龍子はと言えば、どうやら今日作るものをハンバーグだと、盛大に勘違いしているらしい。

 

 ・・・・・・大丈夫か?

 

 とは言え今更、チームシャッフルをやり直している時間も無く。

 

 イリヤにとっては不本意ながら、なし崩し的に料理バトルは開始されたのだった。

 

 

 

 

 

 まずは下ごしらえからであるが、

 

「響君、料理の経験は?」

「ん、士郎の手伝いでちょっと」

 

 尋ねる美々に、響は頷きながら答える。

 

 プロ顔負けの料理人が2人もいる衛宮家では、小学生組が手伝う事は殆ど無い。セラなどは、やろうとしても「これは自分の仕事ですから」とか言って断ってくるくらいである。

 

 自然、響もイリヤも、ついでにクロも、料理の経験は殆ど無かった。

 

「お菓子の方は全然」

「そっか、じゃあ、そうだね・・・・・・」

 

 美々はテーブルの上を見回してから言った。

 

「美遊ちゃんの方を手伝ってあげて。こっちの準備は、私とクロちゃんとでやっておくから」

「ん」

 

 頷くと、響は美遊へと向き直った。

 

「と言う訳で美遊よろしく」

「うん、よろしく。じゃあ、まず手順を教えるから、響はその通りにやってみて」

 

 そう言うと美遊は、響に手順を教える。

 

 料理とは言ってしまえば計算である。

 

 必要な分量と分量を掛け合わせ、最適解(完成)へと至る道を探る。

 

 そういう意味では、レシピとは方程式に通じる。

 

 要するに、必要な手順から逸脱しなければ、問題なく完成させることができるのだ。

 

「まずは粉を振って。そう、優しい手つきでゆっくりと、ね」

「こう?」

 

 美遊に監督してもらいながら、響はたどたどしい手つきで調理行程を進めていく。

 

 美遊の手がそっと、響の手に重ねられる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「どうかした響? 手、止まってるよ」

 

 キョトンとして尋ねる美遊。

 

 対して、響は慌てて作業を再開する。

 

「ん、何でもない」

「あ、そこはそんな急いでやらないで、もっと丁寧に・・・・・・」

 

 何やら、仲の良い感じに作業を進めていく2人。

 

 その様子を、クロは少し離れた場所から眺めていた。

 

「・・・・・・・・・・・・ふうん、成程」

 

 少し悪戯っぽく笑うクロ。

 

 面白いネタを見つけた。

 

 そんな感じの表情である。

 

 とは言え、そっちの方は後回しである。

 

 目下のところ、先に片付けるべきはお菓子作り対決の方だった。

 

 

 

 

 

 一方、イリヤチームの方も、苦戦しつつもどうにか下ごしらえを終わらせるところまではこぎつけていた。

 

 要するに、余計な事はしなくて良い、という基本的な考えは響達と同じである。

 

 普通の事を普通にやればできるのだから。

 

「よし、あとはこれに、さっき作って置いたバターを混ぜて・・・・・・」

 

 イリヤはそう言いながら、材料を混ぜ合わせていく。

 

 何だかんだ言いつつ順調だった。

 

 あとはこれをこねて生地にして、型に入れて焼くだけ。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 横から伸びてきた手が、イリヤの手にした器の中に何かを振りかけた。

 

 振り返るイリヤ。

 

 その先では、満面の笑顔を浮かべる友人、嶽間沢龍子の姿。

 

「タツコがなんか入れたァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 叫ぶイリヤ。

 

 その横では、余計な事をぶっこいてくれた龍子に、雀花と那奈亀が制裁を加えている。

 

「何入れた!? 何入れたんだ!?」

「ナ、ナツメグ」

「ナツメグだァ!?」

 

 ナツメグとは、主に肉料理等に使われる香辛料であり、独特の甘い匂いから、臭み消しなどの効果がある。

 

 尚、当然、言うまでも無く、完全無欠に、パウンドケーキには不要な代物である。

 

「ハンバーグには・・・・・・必要だろ」

「しまったッ こいつまだ、ハンバーグを作る気でいやがった!!」

「ナツメグとか、余計な知識はありやがる!!」

 

 ガックリと床に崩れ落ちる龍子。

 

 取りあえず、そっちは放っておく。今は急務が他にあった。

 

「ど、どうする、これ。絶対まずいぞ」

「バターの予備はもう無いみたいだしな」

「ううう・・・・・・・・・・・・」

 

 深刻な顔を突き合わせる雀花、那奈亀、イリヤの3人。

 

 その時だった。

 

「アハハハッ 無様ね、イリヤ!!」

「この声はッ!?」

 

 突如として巻き起こる笑い声に、イリヤは緊張気味に振り返る。

 

 その視線の先には、

 

 椅子の上に立ち、腕組みをしている褐色肌の少女の姿がある。

 

「クロッ!!」

 

 睨み合う両者。

 

 互いの視線が交錯し、火花を散らす。

 

「あっちは楽しそうだね」

「て言うか、遊んでないでクロも手伝ってほしい」

 

 隣の騒動を眺めて嘆息する響と美遊。

 

 授業中に何を遊んでいるのか。

 

 それはそうと、

 

「美遊」

「うん、なに、響?」

 

 ふと気になったことを、響は尋ねてみた。

 

「作ってるのは、パウンドケーキ、だっけ?」

「うん、そうだね。それが?」

 

 何を当たり前のことを聞いているのか? と言った感じに首をかしげる美遊。

 

 対して、

 

 響は微妙な顔で、作業台の上を指差した。

 

「で、これ何?」

 

 そこにあったのは、響や美遊の身長をも上回る、三段重ねの巨大ケーキであり、周囲には生クリームでデコレーションが施され、なぜかてっぺんにはお菓子の飾りまである。

 

「・・・・・・・・・・・・ウェディングケーキ?」

 

 パウンドケーキがいかにすれば、ウェディングケーキになるのか?

 

「材料が余ってたから、つい・・・・・・」

「『つい』じゃなーい!! あれは余りじゃなくてみんなの分の予備よ!! 勝手にこんなんしちゃってからにー!!」

 

 シレッと答える美遊の肩を、飛んできた大河が掴んでガクガクと揺さぶる。

 

 どうやら、予備を使い切ってしまった犯人は美遊だったらしい。

 

「あ、パウンドケーキは私が作っておいたから、大丈夫だよ」

「ん、美々、グッジョブ」

 

 手堅い仕事をしてくれた友人の少女に、サムズアップして見せる響。

 

 とは言え、

 

 尚も騒ぎまくるイリヤとクロ。

 

 大河からお説教されている美遊。

 

 その様子に、響はやれやれとばかりに肩を竦める。

 

 どうにも最近、自分の周りにびっくり人間が増えてきた気がする。

 

 何と言うか最近、「普通」である事が、ひどく贅沢な事であるように思えるのだった。

 

 因みに、

 

 「びっくり人間」の中には、他ならぬ響自身も含まれているのだが、

 

 当の本人は全くその事に気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その次の休日。

 

 響の姿はエーデルフェルト邸の客間にあった。

 

「そう、そういう風に終わったんだ」

「ん、けっきょくイリヤが勝った」

 

 美遊が淹れてくれた紅茶を飲みつつ、響はそんな事を言う。

 

 結局あの後も、イリヤチームは復活した龍子が、今度はミントの風味を足すなどと言って「フリスク」を入れたりして、散々な目にあっていた。

 

 対してクロチームは、美々が手堅い仕事をしてくれたおかげでちゃんとしたパウンドケーキを作る事に成功していた。

 

 このままなら、料理勝負はクロの一方的な勝利で終わるか、と思われた。

 

 だが、

 

 子供たちはある意味、自分たちの長兄が持つ実力を見誤っていたと言って良かった。

 

 クロのケーキを一口食べて、士郎は美味しさを誉めつつも、それが自分の為に作られた物ではないと見抜いてしまったのだ。

 

 確かに。作ったのは美々なのだが、それを一口食べただけで見破るあたり、料理人としての士郎の実力も計り知れない物がある。

 

 一方、イリヤのケーキのほうは(当然、言うまでも無く)不味かった。

 

 が、それでも自分の為に一生懸命に作ってくれた、と言う事を士郎は感じ取っていた。

 

 結果、士郎はイリヤのケーキに軍配を上げたのだった。

 

「そっか・・・・・・・・・・・・」

 

 静かに答える美遊。

 

 その、どこか寂しそうに見える少女の表情に、響は怪訝な面持ちになる。

 

 そんな響の視線に気づいたのか、美遊は顔を上げて尋ねた。

 

「そう言えば響。今日はどうしたの?」

「ん、そうだった」

 

 響は持ってきたカバンを漁り、中から何かを取り出す。

 

「ん、これ、美遊にあげようと思って」

 

 そう言って差し出す響。

 

 袋に入ってラッピングされたそれは、先日作ったものと同じパウンドケーキだった。

 

「これは?」

「この間、作り方教えてくれたお礼」

 

 どうやら先日。作り方を教わった物を自分で作ってみた、と言う事らしい。

 

「これ、響が作ったの?」

「ん、ちょっと士郎に手伝ってもらった」

 

 答える響に、美遊はクスッと笑う。

 

 そこは嘘でも「1人で作った」と答えても良いところなのに。

 

 何とも、響らしいと言えばらしい答えが、美遊には可笑しくて仕方が無かった。

 

 ラッピングを外して、口に運ぶ。

 

 広がるほんのりした甘味。士郎からのアドバイスなのか、授業ではドライフルーツを使ったところを、こっちは粒チョコが入れられている。それがより、甘さの相乗効果を引き出していた。

 

「ど、どう?」

 

 おずおずと尋ねる響。

 

 対して、美遊は振り返り、

 

 そして、

 

「うん。すごく美味しい。ありがとう、響」

 

 ニッコリとほほ笑む。

 

 その姿に、響は安堵と同時に胸が高鳴るのを感じるのだった。

 

 

 

 

 

第15話「パウンドケーキ」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空港のゲートから出てきた女性は、「美しい」と言うより「凛々しい」と称していい姿だった。

 

 短く切ったベリーショートの髪に、鋭い目つき。スーツを隙なく着こなした姿。

 

 まるで、一振りの美しいサーベルを思わせる。

 

 女は真っ直ぐに出入り口の方へと向かって歩いていく。

 

 と、

 

 そこで目的の人物が立っている事に気が付き足を止める。

 

 見れば、夏にも拘らず、クロのライダージャケットを着込んだ男が、こちらに向かって手を上げていた。

 

「久しぶり。あんたが来てくれるって聞いた時は驚いたよ」

「それはこっちのセリフです。お父上はご健在ですか?」

 

 尋ねる旧友に対し、優離は肩を竦めて見せた。

 

「また戦場だよ。ついこの間、別の戦場から戻ったばかりだってのに、自分の親父ながらまめな事だと思うよ」

「傭兵のサガですね」

 

 そう言いながら、女は右手を差し出す。

 

 優離は父親を介して、この女性と何度か顔を合わせている。その為、女の実力の高さは理解している。

 

 正直、これ以上の援軍は無いとさえ思えた。

 

「何にしても、よろしくお願いします」

「ああ、こっちこそ。お互いの目的の為にな」

 

 そう言うと、優離も女の手を握り返すのだった。

 


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