Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第14話「淡い心」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「立場をはっきりさせておくべきだと思うの」

 

 いきなり何の話だ?

 

 突然発言したイリヤスフィール・フォン・アインツベルンに、一同の視線が集中する。

 

 今は朝食の時間。

 

 家族一同、テーブルを囲んで朝の一時を楽しんでいる。

 

 この場にいるのは、見慣れた士郎、イリヤ、響の兄弟と、セラ、リズの使用人姉妹。

 

 そして帰省している母、アイリスフィール・フォン・アインツベルン。

 

 加えて、先ごろ新しい家族となった、クロエ・フォン・アインツベルンの姿もあった。

 

 これまで以上ににぎやかになった、衛宮家の団らん風景。

 

 そんな中で、若干の苛立ちを含んだイリヤの発言だった。

 

「はあ、立場・・・・・・とは?」

 

 トーストにバターを塗りながら、セラが首をかしげて尋ねる。

 

 本当に、イリヤは何が言いたいのか?

 

 対して、イリヤは険しい表情で、自分の隣を見やる。

 

「もちろんこの、ちゃっかり、わたしとお兄ちゃんの間に割り込んで座っている奴に関してよ」

 

 イリヤが向ける視線の先。

 

 そこには、我関せずと言った感じに、ジャムをたっぷり塗ったトーストを頬張っているクロの姿があった。

 

 因みに、イリヤと士郎の間に座っているのは、嫌がらせなのか、あるいは・・・・・・

 

「クロも家族になったのなら、家庭内のルールは勿論、お互いの力関係についても、最初から取り決めた方がいいと思うの?」

「力関係って?」

「さあ? 腕力ならセラとリズが最強」

 

 イリヤの物言いに対し、リズと響はそろって首をかしげる。

 

 と、

 

「ふむふむ。確かに一理あるわね」

 

 そこで、アイリが食いついた。

 

 どうやら、面白いネタを見つけたようだ。

 

「じゃあ、取りあえず、現在の上下関係から確認しましょうか」

 

 そう言うと、手近にあったホワイトボードとマジックペンを取り、さらさらと書き始めた。

 

 ややあって、ホワイトボードを返して一同に見せる。

 

「こんな感じかしらね」

 

 

 

 

 

1、アイリ

 ―神の壁―

2、切嗣

 ―親の壁―

3、イリヤ

 ―姉の壁―

4、響

 ―坊ちゃまの壁―

5、セラ、リズ

 ―メイドの壁―

6、士郎

 

 

 

 

 

「おお、流石ママ、悪びれもせずに自分を神に!!」

 

 感嘆するイリヤの横で、クロが呆れ気味に見る。

 

「って言うか、何気にお兄ちゃんの扱いがひどくない?」

「良いんだよクロ、俺はもう・・・・・・」

 

 涙を流す士郎は、取りあえず放っておくとして、

 

「で、もちろん、クロは一番下!!」

 

 喜々としたイリヤが、マジックを手に、ランキングの一番下に、

 

 ―兄の壁―

 クロ

 

 と書き加えた。

 

「兄の壁って随分低いところにあるんだな」

「横暴ね。ひどい階級構造だわ」

 

 士郎とクロが、それぞれぼやきを漏らす。

 

 と、

 

 そこでリズが、何かを思いついたように言った。

 

「て事は、イリヤはクロのお姉さん? あとついでに響も?」

 

 その言葉に、

 

「・・・・・・・・・・・・姉?」

 

 イリヤとクロは、同時に反応した。

 

 と、そこへ、

 

「姉、そう、それは・・・・・・」

 

 更に乗っかるアイリ。

 

 

 

 

 

 姉、

 

 それは年長者にして権力者。弟妹が発生した瞬間から、その上に立つことを宿命付けられた上位種である。

 

 家庭内ヒエラルキーにおいては男親を超越した権力を有する事すらあり、特に弟妹に対しては、生涯覆らない絶対的な命令権を持つ。

 

 彼の者曰く・・・・・・

 

「姉より優れた妹などいねェ」

 

 

 

 

 

「まあ、響っていう手のかかる弟がいるんだし、妹がもう1人くらい増えてもいいよね」

「ちょ、ちょっと、勝手に姉の自覚持たないでくれる!? 姉の定義もなんか変だし!!」

「て言うか、イリヤに『手が掛かる』とか言われたくない」

 

 途端に抗議するクロと響。

 

「だいたい、生まれてきた順番で言えば、貴女の方が遅ムガガムグ!?」

「はいはーい。ネタバレ厳禁ね」

 

 勢いあまって余計な事を口走ろうとしたクロの口に、アイリがトーストを突っ込んで黙らせる。

 

 イリヤとクロの出生に関しては、たとえ家庭内でも禁句である。

 

「響は、そこんところどーよ?」

「別にどーでもいい。今までも気にしてなかったし」

 

 尋ねるリズに、あっけらかんとした調子で答える響。

 

 そもそも、響は誰に対しても態度を変える、と言う事をしない為、誰が上だろうが下だろうが、一切合切関係無かった。

 

 そんな中、

 

「あ~ 親父、早く帰ってきてくれないかな・・・・・・」

 

 士郎が嘆息交じりで呟く。

 

 今回、帰って来たのはアイリだけであり、父である切嗣は海外の仕事先に残ったままだった。

 

「パパ恋しい?」

「いや、リズ、このままじゃ男女比の偏りが問題でさ・・・・・・」

 

 確かに。

 

 今の衛宮家は、女:男=5:2と、圧倒的に差が開いていた。

 

 そんな士郎の肩を、響がポンと叩く。

 

 共感して同情しているのか?

 

 と、思いきや、

 

「大丈夫、士郎。切嗣が帰ってきても大して変わらない」

「・・・・・・だよな」

 

 ガックリと肩を落とす士郎。

 

 弟の放った見事なトドメに、それ以上、何も言う気になれなくなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 北欧某所に、その男の姿はあった。

 

 ぼさぼさの頭に無精ひげを生やし、ややくたびれたロングコートが風に靡いている。

 

 口に銜えたタバコからは、紫煙が流れ出ていた。

 

 衛宮切嗣(えみや きりつぐ)である。

 

 衛宮家の家長である衛宮切嗣は、鬱蒼とした森の中を1人で歩いていた。

 

 目指す場所は、間もなくである。

 

 ここに来るのは、5年ぶりとなる。

 

 あの時はアイリと2人で訪れ、そして・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 やがて、開けた視界の中で、切嗣は足を止めた。

 

 その視線の先。

 

 そこには、何かの工場を思わせる廃墟が並んでいた。

 

 既に使われなくなって久しいその場所からは、人の気配は一切感じられる事は無く、ただ不気味な静寂のみが、切嗣の再訪を出迎えていた。

 

 更に足を進める切嗣。

 

 そのうち、最奥部にあるラボ跡へと入っていく。

 

 錆びて軋むドアを無理やりこじ開け、中へと踏み入れる。

 

 暗がりの中、用意しておいたペンライトを逆手に持ち、もう片方の手には銃を握りながら奥へと進む。

 

 やがて、目的の場所へとたどり着いた。

 

 そこにあったのは、古びた1台の医療用ベッド。

 

 既に朽ち果て、錆びだらけになった手すりに手を置く。

 

 あの日の事は、今でも覚えている。

 

 自分とアイリは、あの日ここで・・・・・・・・・・・・

 

 そこでふと、

 

 切嗣は、視界の先にある壁に注目した。

 

 一見すると何の変哲も無い壁。

 

 だが、そこに違和感を感じ、切嗣はそっと手を伸ばす。

 

 慎重に指で触れながら、徐々に動かしていく。

 

 と、

 

 切嗣の指先が何か魔術的な因子に触れて止まる。

 

 そっと、指先に魔力を通して触れてみる。

 

 すると、

 

 軋むような音と共に、現れた隠し扉が開かれる。

 

 口を開けた暗闇の中にペンライトを当てながら、奥へと進む。

 

 その視界の中で、何かの装置らしきものが見えてきた。

 

 無数のコードを繋ぎ、その先には何かを観測するモニターが存在している。

 

 そして、

 

 中央に鎮座している、巨大なガラスケース。

 

 ちょうど、人1人が入れるくらいの大きさを持つ、そのケースを見て、

 

「これは、まさか・・・・・・・・・・・・」

 

 戦慄が、切嗣の中で走る。

 

 これらの装置。

 

 それが意味する事はすなわち、

 

「・・・・・・・・・・・・子供たちが危ない」

 

 静かな声が、静寂の中で木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姉としての威厳が無い。

 

 休み時間、仲の良い友人4人とトイレに行った際、イリヤがそんな事を言い出した。

 

「あん? 威厳? 何のことだ?」

 

 栗原雀花は、突然そのような事を言った友人に対し、怪訝そうな面持ちを見せる。

 

 対してイリヤは、真剣な眼差しで答えた。

 

「そう、何を隠そう、わたしはクロの姉的存在な訳だけど、どうにも姉っぽい威厳が無くて」

「成程、見るからに無いな」

 

 因みに今、イリヤの頭には嶽間沢龍子がガジガジと齧りつき、首には森山那奈亀がブラーンブラーんとぶら下がっている。

 

 動物園かここは? まあ、似たようなものだが。

 

「しかし、何でまた急に?」

「えー・・・・・・訳あって今、家庭内の権力争いが微妙な時期で・・・・・・・・・・・・」

 

 イリヤはややげんなりした様子で答える。

 

 クロが来たせいで、イリヤ自身の立場が微妙な物になりつつある。

 

 勿論、新しい家族としてクロの事は受け入れているが、それはそれとして既得権益の保護はしっかりとしておきたい所である。

 

 何しろ、相手はあのクロだ。

 

 自分と同じ記憶を持つ、いわば同一の存在と言っても過言ではない相手。

 

 隙を見せれば、あっという間に取って代わられてしまうだろう。

 

「と、とにかく、わたしもちゃんと姉らしく振舞って、クロに認めさせたいのッ みんなは確か姉妹とかいたよね。どうすれば姉っぽくなれるか教えて!!」

「姉っぽく、なぁ・・・・・・・・・・・・」

 

 懇願するイリヤに、一同は困惑したように顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 などと言うやり取りが密かに行われている頃、

 

 響、美遊、クロの3人は、担任である藤村大河に頼まれた資料を次に使う教室まで運んだところだった。

 

「そんな事があったんだ」

 

 響から、衛宮家で起こった事の顛末を聞いた美遊は、呆れ気味に返事をする。

 

「だいたいクロのせい」

「言いがかりね。突っかかって来たのはイリヤの方よ」

 

 ジト目の響に、クロはそう言って肩を竦めて見せる。

 

 この程度の事でむきになる方が悪い。と言いたげな態度だ。

 

 嘆息する響。

 

 前から判っていた事だが、やっぱりクロはこんな感じである。これでは単純に「イリヤが2人になった」と言う以上の苦労に見舞われそうだった。

 

 と、

 

 そこで響は、思いついたことを尋ねてみた。

 

「美遊は、そんな事あった?」

「え、私?」

 

 突然話を振られ、美遊はキョトンとする。

 

「ん、前に兄がいるって言ってた」

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 要するに、美遊はお兄さんと、どっちが上下かで喧嘩した事は無いのか、と響は尋ねているのだ。

 

 尋ねる響に対し、美遊は少し顔を俯かせる。

 

 不思議そうに美遊を見る響。

 

 そんな響の視線に気づいたのか、美遊はハッとなって口を開く。

 

「うちは、あんまりそういう事は・・・・・・お兄ちゃんと2人だけだったし」

「・・・・・・ふうん」

 

 ちょっと、聞き辛い事を聞いてしまっただろうか?

 

 美遊の反応を見て、響はそんな事を考えてしまう。

 

「さあ、さっさと終わらせて戻ろう。休み時間も残り少ないし」

 

 そう言うと、美遊は持ってきた資料を机の上に置いた。

 

 と、

 

「あッ」

 

 置き方が甘かったのか、書類はテーブルからこぼれて床へと広がってしまった。

 

 慌ててしゃがんで、拾い集める美遊。

 

 と、

 

 拾おうとした書類を、横から伸びてきた手が先に掴んでいった。

 

「あ・・・・・・」

「手伝う」

 

 そこには、一緒になってしゃがんで書類を拾っている、響の姿があった。

 

「あ、ありがとう」

「ん、問題ない」

 

 そう言うと、黙々と書類を拾う響。

 

 その横顔を、美遊はチラッと見つめる。

 

 対して、響は視線には気づかぬまま、書類拾いを続けている。

 

 その響きを見て、自分も慌てて書類拾いに戻る美遊。

 

 そんな2人の様子を、

 

「・・・・・・ふうん」

 

 クロが、面白そうに眺めているのだった。

 

 

 

 

 

「ともかく、クロはもう少し自重すべき」

「わたしはわたしの想いに忠実に生きているだけよ。そこを批判されるいわれは無いわね」

 

 やいのやいの言いながら、教室へと戻る響とクロ。

 

 何だかんだ言いつつも、姉弟としてうまくやっているように見える。

 

 そんな2人の様子を見ながら、美遊はクスっと笑う。

 

 クロが正式に衛宮家で暮らすとわかった時、正直、最初はどうなる事かと思っていたが、心配するほどの事ではなかったようだ。

 

 これなら上手くいくだろう。

 

 そう思って、前へと目を向けた。

 

 と、

 

「や、やあ・・・・・・・・・・・・」

 

 目の前に立っていた人物を見て美遊は、

 

 否、美遊も、響も、そしてクロも、思わず絶句した。

 

 というか、それが最初誰なのか、美遊は気付かなかったほどである。

 

 そこにいたのは、イリヤである。

 

 ただし、普段はストレートに流している髪を、今はなぜかてっぺんが尖がるほどに思いっきりアップにして、更にスクリューも加えている。

 

 さながら、天に向かってそそり立つ大樹のようだ。おまけに、色とりどりの花まで添えられている。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・特盛?」

 

 響達が絶句する中、

 

「べ、別に、あなたの事なんか、何とも思ってないんだからね」

 

 何をトチ狂ったのか、いきなりツンデレるイリヤ。

 

 一同が首をかしげるのも忘れる中、イリヤは更に畳みかける。

 

 どこからか取り出した缶ジュースの炭酸飲料を掴むと、3人に向かって突き出す。

 

 そして、思いっきり握力を加え、握りつぶしてしまった。

 

 噴出した炭酸が、響、クロ、美遊に思いっきりブッ掛かる中、

 

「病院行けば?」

「ん、右に同じ」

 

 イリヤは響とクロ(きょうだい2人)から、極寒の視線を浴びせられるのだった。

 

 

 

 

 

 ~それから暫く~

 

 

 

 

 

 イリヤは自分の机に突っ伏したまま、シクシクと泣いていた。

 

 その様子を、友人一同はばつが悪そうに眺めている。

 

「すまんイリヤ、どこかで何かを間違えた」

「何かじゃなくて全部だよね。全部間違ってたよね」

 

 雀花の言葉に対し、胃の腑から絞り出すような声を出すイリヤ。

 

 そんな姉の様子に、響はやれやれとばかりに肩を竦める。

 

 聞けば「姉らしさ」とは何か思い悩んだイリヤは、それぞれ兄弟姉妹がいる雀花達に助言を求めたのだとか。

 

 それによると、

 

 まず、姉がいる那奈亀は、形から入る案を提示し、「姉的な要因を持つ容姿」をする事を提案した。

 

 同じく姉のいる雀花は、普段は素っ気なかったり仲が悪そうにしていながら、いざという時にはさりげない優しさを見せる「ツンデレ」的な性格を提示した。

 

 兄が2人いる龍子は、とにかく「力強さ」を見せるよう提案した。

 

 最後に、弟がいる美々は、その弟からよく「危なっかしい」と心配されているのだとか。

 

「で、全部やった結果があれ?」

「「「「いや~面目ない」」」」

 

 ジト目の響に、4人はそれぞれ頭を掻く。

 

 そもそも、なぜに全部一気にやる必要があったのか? 一つずつ試してみればよかったものを。

 

 と、

 

「先帰るわよ」

「あ、クロ・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言うと、クロは振り返らずにさっさと教室から出て行ってしまう。

 

 後には、茫然とした一同だけが残された。

 

「ううう、姉としての威厳どころか、人としてのランクが下がった気がするわ」

 

 さめざめと泣くイリヤ。

 

 因みに今のイリヤを、今朝のアイリ論理に従って表せば、

 

 

 

―バカの壁―

 イリヤ

 

 

 

 となるのではなかろうか。

 

 何と言うか、こうなるとイリヤが哀れに思えてくるのだった。

 

「・・・・・・・・・・・・帰ろ」

「あ、イリヤ」

 

 ランドセルを背負い、教室を出ていくイリヤを、見送るしかできない響。

 

 まあ、これからクロとはいやでも同じ屋根の下で暮らすのだから、早くお互いに慣れて欲しいところである。

 

 

 

 

 

 放課後。

 

 並んで歩く2人の姿が通学路上にあった。

 

 共に今日は用事があって学校に残っていた響と美遊は、肩を並べて家路を歩いていた。

 

「イリヤにも困った」

「まあ、向こうはもっと困っているだろうけど」

 

 やや疲れ気味な響の呟きに、美遊は苦笑を返す。

 

 どっちみち「末っ子ポジション」から変化の無い響としては、イリヤの焦りはイマイチ、ピンとこないと言うのが本音である。

 

 別にイリヤとクロ、どっちが姉だろうと響には大した差は無いのだ。

 

「私は・・・・・・・・・・・・」

 

 静かに口を開いた美遊に対し、響は振り返って尋ねる。

 

 その視線の先にある少女は、どこか遠くを見つめるように瞳をしていた。

 

「お兄ちゃんが、何でもできる人だったから。だから、お兄ちゃんと一緒にいられれば、それだけで幸せだった」

 

 そう告げる美遊の横顔は、やはりどこか寂しそうに感じられるのだった。

 

「美遊のお兄さんって、何してる人?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかける響に対し、美遊は少し黙ってから答えた。

 

「今は、その・・・・・・遠くにいるの」

「遠く?」

「そう。ずっと遠くに、ね」

 

 美遊のその言葉を聞いて、響は何となく理解した。

 

 多分、美遊とそのお兄さんとは、もう会う事はできないのではないのだろうか?

 

 だとすれば美遊を取り巻く孤独は、響などには理解する事も出来ないほど深いのかもしれない。

 

 と、

 

 そんな響の視線に気づいたのか、美遊がニッコリとほほ笑んで来た。

 

「そんな顔しないで、響」

「美遊、でも・・・・・・・・・・・・」

 

 尚も言い募ろうとする響に対し、美遊は真っ直ぐに向き直る。

 

「今の私は、とても幸せなんだと思う。イリヤがいて、ルヴィアさんがいて、凛さんがいて、サファイアとルビーもいる」

 

 そして、

 

「響もいる」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 淡く深い少女の瞳が、響を見据える。

 

「美遊・・・・・・」

「ずっと一緒に、いてくれる?」

 

 問いかける美遊。

 

 その姿に、響は数日前にルビーに言われた事を思い出す。

 

 意中の女子。

 

 つまり、好きな女の子はいないのかと問うルビーに、響は明確な答えを返す事が出来なかった。

 

 だが、

 

 目の前にいる儚げな少女。

 

 その姿を見て、その存在を意識するだけで、響はどうしようもなく心がざわつくのを感じていた。

 

 ずっと一緒にいたい。

 

 一緒に色んな事をしてみたい。

 

 今まで、イリヤや、他の友人達には感じる事が無かった感情が、幼い少年の心をかき乱す。

 

 そうか、

 

 響は理解する。

 

 きっとこれが、「恋する」と言う事なのだろう。

 

 もしかしたらイリヤやクロも、士郎に対してこんな感情を抱いているのかもしれない。

 

「・・・・・・・・・・・・うん」

 

 頷く響。

 

 その手が、少女の手を優しく握るのだった。

 

 

 

 

 

第14話「淡い心」      終わり

 


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