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深夜0時。
子供ならばとっくに寝ているはずの時間になると、穂群原学園高等部の校門前に、2つの人影が現れた。
「誰もいないよね?」
「ん、大丈夫みたい」
《ドキドキでスリル満点ですね~》
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと衛宮響が緊張した調で頷きを交わすと、閉まったままの門の前に立つ。
1人ノーテンキなルビーにジト目を送りつつ、2人は門を見上げる。
門は子供にはそれなりの高さにあるため、簡単には乗り越えられそうにない。
仕方なく、響がイリヤを肩車して、イリヤが先に上り、その後、イリヤが上から響を引っ張り上げる事にした。
「いい、ヒビキ。絶対ッ 絶対、上見ちゃだめだからね!!」
顔を赤くしながら、下にいる弟に言い聞かせるイリヤ。
下から見上げるとスカート中に履いているパンツが丸見えになってしまうのだ。
「・・・・・・・・・・・・別に」
「あーッ 今ちょっとどもった!!」
《お2人とも、こんなところで漫才をやってないで、早く行きましょうよ~》
ギャーギャーとわめく姉弟に、冷静にツッコみを入れるルビー。
その後、どうにか2人そろって門を越える事が出来た。
高等部へは、士郎を迎えに何度も来ているので、大体の内部構造は把握している。その為、夜でも問題なく進むことができた。
とはいえ、警備の為に用務員は常駐している。言うまでもなく、見つかれば怒られるのは間違いない。
その為、2人は息を殺すように歩いていた。
それにしても、
「うう、やっぱりこの格好、恥ずかしいよ」
イリヤは顔を赤くしながら呟きを漏らす。
イリヤの格好は、学生服や、セラやリズが買ってくれた私服ではなく、ピンク色を基調としたフリフリの多い衣装に身を包んでいる。背中のマントが、どこか鳥をイメージさせるコスチュームだ。
ルビーの力で魔法少女に変身したイリヤだが、やはりこの格好は恥ずかしいようだ。
まあ、最大限大目に見て「コスプレアイドル」にしか見えないような格好である。いかに「魔法少女」にあこがれているとは言え、その格好で街中を歩くのは、羞恥プレイ以外の何物でもないだろう。
「イリヤ、もう少しで着く」
「う、うん」
響の背に隠れガード代わりにするようにして、周りを気にしながら歩くイリヤ。
どうでも良いが、響的には歩きにくくてしょうがなかった。
そんな調子でしばらく進むと、校庭の入り口に人影が立っていることに気が付き、2人は足を止める。
向こうも響達の存在に気が付いたのだろう。手を上げて近づいてきた。
「来たわね」
どうやら、先に来て準備をしていたらしい。
「そりゃ、あんな脅迫状出されたら・・・・・・・・・・・・」
対して、イリヤはガックリと肩を落として答える。
何しろ、手紙の末尾に「来なかったら~」などと言う物騒な警句付きで書かれていたのだ。イリヤとしてはこの場に来る以外に選択肢は無かったわけだが。
「て言うか響、あんたも来たわけ?」
「ん、イリヤのお守り」
尋ねる凛に、響は僅かに頷いて見せる。
そんな弟を見ながら、イリヤは呆れ気味に嘆息する。
「いや、私はいらないって言ったんだけど・・・・・・どうしてもついてくるって聞かなくて」
「・・・・・・まあ、良いけど」
納得したように、凛も肩を竦める。
正直、部外者を立ち入らせるのは彼女としても本意ではないのだが、巻き込んでいる側の凛としては、強くも言えなかった。
それに、姉が心配だと言う響の気持ちも理解できるし。
「もっとも、ここから先は、あたしの指示に従ってもらうけど。それでいいわね?」
「ん」
凛の言葉に、響は短く頷きを返す。
次いで凛は、イリヤに向き直った。
「で、どんな感じ?」
《さっきまで色々練習してたんですよ。とりあえず、基本的な魔力射出くらいは問題なく行けます。あとはまあ、タイミングとハートとかでどうにかしましょう》
問いかけた凛に答えたのはイリヤ、ではなく、彼女の傍らにいるルビーだった。
放課後、イリヤは響とルビーの3人で、近くの林で魔法の練習をしたのだ。
とは言え、初めての魔法である。そう簡単にいくはずもなく、どうにか「使える」という程度のものでしかなかったのだが。
「正直不安はあるけど、今はイリヤ、あんたを頼るしかないわ。準備は良い?」
「う・・・・・・うん」
真剣な眼差しで問いかける凛に対し、イリヤも意識を新たに頷きを返す。
凛の言う通り、この場にあってはイリヤの存在こそが最高戦力と言えた。
「じゃあ、行くわよ」
凛はそういうと、グラウンドの中心付近を目指して歩き出す。
その後から、イリヤと響もまた遅れずに着いて行くのだった。
4人がやってきたのは、高等部グランドの真ん中だった。
日中なら体育の授業や、部活動などで賑わっているグランドだが、今は夜のとばりに包まれ、不気味な静寂が支配していた。
そのグランドを静かに見つめる凛。
対して、小学生2人は怪訝な面持ちで顔を見合わせると、次いで凛に向き直った。
「それで、凛・・・・・・カードは?」
問いかける響。
昨夜、凛に見せられた英霊を宿したカード、というのを回収するのが響達(というかイリヤ)の仕事なのだが、その肝心のカードがどこにあるのか?
見渡しても、だだっ広いグラウンドがあるだけである。
対して、リンは心得ているといった感じに指さして見せた。
「カードの位置はほぼ特定しているわ。校庭のほぼ中央、歪みはそこを中心に観測されている。カードもそこにあるはずよ」
指摘されてはみたものの、
どう目を凝らしても、グラウンドには何もない。
「中心って、何にも見えないよ」
イリヤも首をかしげながらグラウンドの方角を見ている。
そこに何かがあるのなら、目印くらいはあってもよさそうなものなのだが。
そんな子供たちの反応は予想済みだったのか、凛は頷きを返す。
「ここには無いわ。カードがあるのはこっちの世界じゃないの。ルビー」
《はいはーい》
心得ている、とばかりにルビーは返事をすると、直ちに準備にとりあかった。
ステッキの中で魔力が増大していくのが分かる。
「わ、これってッ」
驚くイリヤ。
傍らの響も、何かを察知したように警戒した表情を見せる。
そんな2人の足元に、光り輝く魔法陣が出現する。
1人、泰然と佇む凛が静かに状況を見守る中、ルビーが詠唱を始める。
《半径2メートルで反射路形成。鏡界回廊、一部反転します!!》
なんだか魔術、というより近未来のロボットアニメ的な言い回しである。
しかし、そのルビーの詠唱に応えるように、魔法陣は光を増していくのが分かる。
「な、何するの!?」
状況に戸惑いながら声を上げるイリヤ。
響もまた、足元の魔法陣に不安を覚えて立ち尽くしている。
そんな2人に、凛は淡々とした調子で告げる。
「『カードのある世界』に飛ぶのよ」
言ってから、さらに説明するように凛は続ける。
「無限に連なる合わせ鏡。この世界を、その像の一つとした場合、それは鏡面その物の世界」
凛が言った瞬間、
4人がいる世界は、グルリと「反転」した。
同時に、風景が一変する。
驚く、響とイリヤ。
基本的な情景は、先ほどまでいた高等部の校舎と変わらない。
だが決定的な違いがある。
それは、
「空が、変・・・・・・」
「空だけじゃないよ。周り全部・・・・・・何これ?」
響の呟きに答えるように、イリヤも戸惑いながら周囲を見回している。
周囲一帯、格子状の光に覆われ、その外側に光が渦巻いているように見える。
格子は高等部の校舎全体を覆う形になっている。
しかも、
響も、イリヤも感じている。
見た目だけではない。空間そのものの雰囲気全てが、普通ではなかった。
魔術に関しては全くの素人であるイリヤや響きにもわかる。
紛うことなく、ここが「異界」であると言う事が。
しかし、呆けている暇はなかった。
「説明はあとッ 来るわよ!!」
警告のような凛の言葉。
次の瞬間、
沸き起こった闇の中から
ズルリと、
何かが這いずり出てきた。
「あれ、何?」
目をこらす響。
やがて、視界がはっきりとしてくる。
黒い衣装を纏った人影。
それは、髪の長い女性だ。
しかし、その目元は不気味な意匠の眼帯によって覆われ、伺う事ができない。
見た目、纏っている雰囲気、全てが不気味さを醸し出している。まるで、物語に出てくる怪物が姿を現したかのようだ。
「な、何か出てきたッ キモッ!!」
どうやらイリヤも響と同意見だったらしく、女性を見て腰が引けている。
一方で凛は、この状況を予想していたらしく、すぐさま戦闘態勢に入った。
「来るわよッ 構えて!!」
凛が叫んだ瞬間、
女性は襲ってきた。
地を蹴って疾走すると同時に、刃のような爪の生えた腕を振るってくる。
「わわッ!?」
とっさに、飛びのいて回避するイリヤ。
ほぼ同時に、凛も響の腕を引っ張りながら後退する。
間一髪。女性の腕は、凛とイリヤが飛びのいた空間を薙ぎ払う。
すさまじい一撃。
まともに食らえば、人間など一瞬で引き裂かれることだろう。
すぐさま、凛も反撃に出た。
「
指の間に挟んだ宝石を、まとめて全て、女性めがけて投擲する。
着弾する宝石。
同時に、視界の中で爆炎が躍った。
「爆炎弾・三連!!」
宝石魔術と呼ばれる、その名の通り、宝石や鉱石など、魔力を溜めやすい物質を使用した魔術である。
鉱石は長く地中にある為、それ自体が簡易的な魔術刻印になるのだ。
使い捨てな側面とは裏腹に威力も高く、ポピュラーな魔術形態の一つである。
しかし、
爆炎が晴れた時、
「チッ」
舌打ちする凛。
視界の先では、無傷の女性が姿を現したのだ。
「やっぱりダメか」
予想していたことである。通常の魔術では、あの怪物女相手に傷一つ付ける事は叶わないのだ。
高い宝石を無駄にしてしまったが、ここは予測を立証できただけでも儲けものと思うことにした。
そして、
凛は視線を、傍らで戸惑っているイリヤに向ける。
あのような敵が相手だからこそ、この少女の存在が生きてくるのだ。
「そんじゃイリヤ、あとは任せたわ!! わたし達は離れた場所で見守ってるから!!」
「ちょ、リンさん!?」
抗議するイリヤ。
だが、凛はそんな彼女を無視して響の襟首を引っ掴むと、一目散に逃げだしていった。
無責任な行動のようにも見えるが、魔術が効かない以上、凛自身には打つ手がない。ここはイリヤに頑張ってもらうしかないのだ。
そして、漫才をやっている暇もなかった。
《イリヤさん、二撃目が来ますよ!!》
「うえェェェェェェ!?」
放たれた攻撃を、辛うじて回避するイリヤ。
女性は、今度は鎖の付いた大ぶりな杭を放ってきたのだ。
イリヤの前腕ほども太さがあるその杭は、先端が尖っており、当たれば骨くらいは確実に砕けそうだった。
それが、回避中のイリヤの背中をかすめる。
「うわわわッ 掠った!? 今、掠ったよね!?」
《接近戦は危険です。まずは距離を取ってくださいイリヤさん!!》
ルビーからの警告は飛ぶ。
戦闘の素人にとって、「距離」は一つの武器である
「なるべく遠距離から削る」と言うのは、ゲームでも実戦でも有効な手段だった。
「そ、そうだねッ 取りましょう距離をッ キョリィィィィィィィィィィィィ!!」
眼帯女に背中を見せて、全速力で駆けていくイリヤ。
あっという間に両者の距離が開く。
その様子を離れた校舎の物陰から、凛と響があきれた様子で眺めていた。
「逃げ足だけは最強ね、あいつ」
「ん、イリヤが本気を出せば、大人でも追いつけない」
とは言え、逃げてばかりじゃ始まらないのも事実である。
《落ち着いてイリヤさん!! とにかく距離を置いて魔力放射で攻撃するのが基本です!! さっき練習したとおりに!!》
ルビーの指示にも焦りが混じり始めているのを感じる。
戦闘においては全くの素人に過ぎないイリヤを、いきなり実戦の場に放り込むのは、さすがに無理があると感じ始めていたのだろう。
願わくば、もう1日早く、その事に気付いて欲しかったのだが。
「ええい、もうッ」
叫びながら、イリヤは振り返る。
その視界の先では、髪を振り乱しながら追いかけてくる眼帯女の姿が。
「どうにでも、なれェェェェェェェェェェェェ!!」
魔力を込めたルビーを、大きく横なぎにふるうイリヤ。
次の瞬間、
放出された魔力が、カウンター気味に薙ぎ払われた。
直撃を受けて吹き飛ぶ、眼帯の女性。そのまま衝撃に飲み込まれて姿が見えなくなる。
「すごッ 何これ!? 滅殺ビーム!?」
その様子を見て、当のイリヤ自身が一番驚いていた。
やがて、煙も晴れて、その中から眼帯の女性が姿を現す。
しかし、その姿は先ほどのように無傷とはいかなかったようで、纏った衣装はところどころ裂け、左腕はダラリと下げられている。その左腕の肩口あたりからは、うっすらと血が滲んでいるのが見える。
「予想通りね、効いているわ」
「何が?」
呟く凛に、響が首をかしげながら尋ねる。
先ほどの凛の爆炎には全くの無傷だった敵が、イリヤの攻撃には僅かとは言え手傷を負っている。
この事から、あの眼帯女はゲーム的に言えば「魔防が高い」わけではなく、「魔術は効かない」という概念を備えているのだ。
凛の攻撃は「魔術」だから弾かれたのに対し、イリヤの攻撃はルビーを介した純粋な魔力放射だったから、ダメージが通ったのである。
ようやく、勝機が見えてきた感がある。
「効いてるわよッ 間髪入れずに速攻!!」
「もう少し近くで応援したら?」
ジト目の響の突っ込みはスルーしつつ、腕を振り回す凛。
イリヤの方もノッて来たらしく、先ほどから積極的に攻撃を仕掛けている。
しかし、敵もさるものだ。
すでにイリヤの攻撃が単調である事に気が付いたのだろう。素早い身のこなしで回避し、最初の一撃以降は直撃を避けている。
現状、初陣のイリヤでは、取れる戦術の幅にも限界がある。
《イリヤさんッ 単発の砲撃タイプでは追いきれませんッ 散弾に切り替えましょう。イメージできますか!?》
「やってみる!!」
ルビーの指示に頷きを返しながら、イリヤはイメージする。
これまで集中させてきた魔力を、今度は広範囲に散らすような感じに想定する。
視界全てを覆いつくすように、
イリヤはステッキを振るった。
「特大の、散弾!!」
放たれた砲撃はイリヤの狙い通り、彼女を中心に扇状に広がる。
いかに相手が素早く動けても関係ない。イリヤの攻撃は空間そのものを薙ぎ払っているのだから。
これなら、逃げる間もなく相手を直撃したはず。
「や、やった?」
《いいえ、恐らく今のでは・・・・・・・・・・・・》
安堵するようなイリヤに、言葉を濁すルビー。
当てる事には成功したが、これでは威力が拡散してしまって、ほとんどダメージが期待できない。
それを裏付けるように、
衝撃が晴れた時、眼帯女に変化が生じていた。
蛇のように揺らめく長い髪。
その眼前に、血のように赤い魔法陣が描かれているのが見えた。
思わず、背筋に寒いものが走る。
あれが、何か良くない物である事は、素人のイリヤにも判った。
「まずいわッ 宝具を使う気よッ 逃げて!!」
焦慮を交えた凛の警告が飛ぶ。
「ほうぐ」とは何の事であるか、具体的には判らない。が、イリヤ相手に予想外の苦戦を強いられている眼帯女が、何らかの必殺技の類を使おうとしている事だけは判った。
《イリヤさん、退避ですッ!!》
「え、ど・・・・・・どこへ?」
《とにかく、敵から離れてください!!》
ルビーの指示にも焦りが混じる。
その間にも、魔力の高まりを感じる。
もう、一刻の猶予もない。
回避するよりも、イチかバチか防御に全魔力を回すべき。
凛とルビーの考えが一致した次の瞬間、
トン
小さな足音が響く。
目を見開くイリヤ。
「・・・・・・・・・・・・ひ、ヒビキ?」
驚くイリヤの目の前で、
彼女の弟が、静かに佇んでいた。
眼帯女の、すぐ目の前に。
いったい、いつの間にそこまで移動したのか?
イリヤはおろか、すぐ傍にいたはずの凛ですら、響が移動していたことに気付いていなかった。
眼帯女の方でも、そこで少年の存在に気が付いたのだろう。ハッとなって振り返った。
「バカッ 何やってんのよ、戻りなさい!!」
叫ぶ凛。
そんな中、
響は静かに、
そして真っ直ぐに、
目の前の敵を見つめていた。
具体的にどうするのか、とか、
自分に何ができるのか、とか、
そんな事は、一切考えなかった。
ただ、イメージした通りに動く。
「・・・・・・・・・・・・ッ」
静かに紡がれる言葉。
一瞬、少年の掌に光が宿る。
そこに握り込まれた物を、
響は躊躇い無く振るった。
次の瞬間、眼帯女の体が縦に切り裂かれる。
「な、何それッ!?」
驚くイリヤ。
その視界の先では、鮮血を噴出してよろける眼帯女の姿がある。
対して、響は腕を振り切った状態で静止している。
いったい、先程のあれは何だったのか?
少年の掌には、もう何も握られていない為、眼帯女に手傷を負わせた攻撃が何だったのか、伺い知る事はできない。
しかし、響の攻撃によって、眼帯女が怯んだのは確かである。
《今です、イリヤさん!!》
「う、うん!!」
響がいったい何をしたのか、気にならないわけではないが、今はそれよりも、この千載一遇の好機を逃すべきではない。
そう考えてイリヤは動いた。
だが次の瞬間、
「・・・・・・・・・・・・クラスカード『ランサー』、
低く囁かれた声。
同時に、眼帯女の背後で、小さな気配が浮かぶのを感じた。
次の瞬間、一気に仕掛けられた。
「
振り返る眼帯女。
しかし、その時には既に遅かった。
次の瞬間、
繰り出された深紅の槍が、眼帯女の胸を真っ向から貫いた。
眼帯女は尚も抵抗しようとするが、既に致命傷を負った身ではいかんともしがたい。
やがて、その体は光に包まれて消滅していく。
そして、
消滅した眼帯女の影から、1人の少女が姿を現した。
青いレオタードのような衣装に、蝶の羽を連想させるマントを羽織り、髪を後頭部でポニーテールにまとめている。
年齢は、恐らく小学校高学年程度。響きやイリヤと同い年くらいじゃないだろうか? 静かな瞳が、印象的な少女である。
「『ランサー』
少女の手にある槍が消滅すると同時に、その手には1枚のカードが握られている。
戦車に乗り、手綱を握った兵士のカードである。どうやら、あれが問題のカードだったようだ。
イリヤ達からすれば、戦っている最中に、いきなり横合いからカードを掻っ攫われた形である。
いや、それよりも気になるのは、
「えっと・・・・・・誰?」
「さ、さあ・・・・・・」
響とイリヤは、突然現れた少女を見ながら、そろって首をかしげる。
一方の少女の方はと言えば、静かな瞳でこちらを見つめてきていた。
突然現れたこの少女がいったい何者なのか?
凛に視線を向けると、彼女もまた首を振ってくる。どうやら、凛も知らないようだ。
しかし、あの少女の格好。
意匠こそ違えど、どこかイリヤの魔法少女服と似ている印象があった。
取り敢えず、話しかけてみようか。
そう思った時だった。
「オーッホッホッホッホッホッホ!!」
突如、鳴り響く高笑い。
その声に、凛が顔をしかめる。
「この馬鹿笑いは・・・・・・」
「な、何?」
戸惑う一同の前に、
「無様ですわね、遠坂凛!! まずは1枚目のカードはいただきましてよ!!」
派手な声とともに、これまで派手な出で立ちの女性が姿を現した。
長い金髪を、幾重にもロールさせた女性。
まるで自身を見せつけるように現れる。先ほどの少女が静かに現れたのに比べると、随分と派手な登場だった。
何やら、不必要に偉そうである。
もう、何が何だか。
状況を見守っていたイリヤは、あまりに急展開過ぎる状況に、完全に理解が追いつかなくなっていた。
初めての魔法少女。
初めての戦闘。
そして、いきなり現れた、もう1人の魔法少女。
あまりに多くの事が、一度に起こりすぎていた。
そして何より、
「・・・・・・・・・・・・」
響に視線を向けるイリヤ。
先ほど、敵を怯ませた響は、いったい何だったのか?
しかも、それだけではない。
響はあの時、隣にいた凛はおろか、イリヤや、あの眼帯女にすら気付かれないまま、目の前に現れた。
「響・・・・・・・・・・・・」
戸惑う視線を向けるイリヤ。
対して響は、相変わらず茫洋とした視線を返すだけだった。
と、
「相手の宝具に恐れを成して逃げ惑うなど、とんだ道化ですわね、遠坂凛!!」
凛を見下すように、高笑いを浮かべる金髪縦ロールの少女。
のっけから、派手な登場である。
しかし次の瞬間、
「やっかましィィィィィィィィィィィィ!!」
ドゴスッ
「ホウッ!?」
凛の強烈な回し蹴りが金髪少女の延髄にクリティカル・ヒットする。
よろける金髪少女。
しかし、こちらも負けていない。すぐに体勢を立て直して応酬が始まる。
「レ、レディの延髄に、よくもマジ蹴りを!! これだから知性の足りない野蛮人は!!」
「何を偉そうに!! 後ろからの不意打ちのくせにいい気になってんじゃないわよ!!」
両者の激しい攻防戦。
その実力は、まったくの互角と言って良い。
「・・・・・・何あれ?」
「あわわわわわわ・・・・・・」
《成長しませんねー この人たちは》
そんな2人のやり取りを、響達は呆れた調子で眺めている。
と、その時、
響達が立つ地面に、亀裂が走り始める。
否、地面だけではなく、見えている空にもひび割れが起こり始める。
「な、何これ、ルビー?」
《あらー カードを取り除いたことで、鏡面界が閉じようとしているみたいですねー》
もともと、この世界を維持していたのはライダーのカードが持つ魔力である。そのライダーが討伐されたため、空間そのものが崩壊しようとしているのだ。
《さっさとしないとまずいですよ。凛さん、ルヴィアさん、脱出しますよー 聞いてますかー? おーい》
ルビーの呼びかけにも答えず、尚も取っ組み合いを続けている凛と、ルヴィアと呼ばれた金髪の少女。
そこで、
動いたのは、ライダーを倒した少女だった。
「・・・・・・・・・・・・サファイア」
《はい、マスター》
主からの呼びかけに、ステッキは短く答えると、帰還の為の魔法陣を展開する。
《半径6メートルで反射路形成。通常界へ戻ります》
魔法陣は、いがみ合っている凛とルヴィアをも取り込む形で形成される。
やがて、魔法陣は輝きを増し、一同は通常世界へと戻っていくのだった。
第3話「真夜中の邂逅」 終わり