Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第3話「真夜中の邂逅」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜0時。

 

 子供ならばとっくに寝ているはずの時間になると、穂群原学園高等部の校門前に、2つの人影が現れた。

 

「誰もいないよね?」

「ん、大丈夫みたい」

《ドキドキでスリル満点ですね~》

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと衛宮響が緊張した調で頷きを交わすと、閉まったままの門の前に立つ。

 

 1人ノーテンキなルビーにジト目を送りつつ、2人は門を見上げる。

 

 門は子供にはそれなりの高さにあるため、簡単には乗り越えられそうにない。

 

 仕方なく、響がイリヤを肩車して、イリヤが先に上り、その後、イリヤが上から響を引っ張り上げる事にした。

 

「いい、ヒビキ。絶対ッ 絶対、上見ちゃだめだからね!!」

 

 顔を赤くしながら、下にいる弟に言い聞かせるイリヤ。

 

 下から見上げるとスカート中に履いているパンツが丸見えになってしまうのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・別に」

「あーッ 今ちょっとどもった!!」

《お2人とも、こんなところで漫才をやってないで、早く行きましょうよ~》

 

 ギャーギャーとわめく姉弟に、冷静にツッコみを入れるルビー。

 

 その後、どうにか2人そろって門を越える事が出来た。

 

 高等部へは、士郎を迎えに何度も来ているので、大体の内部構造は把握している。その為、夜でも問題なく進むことができた。

 

 とはいえ、警備の為に用務員は常駐している。言うまでもなく、見つかれば怒られるのは間違いない。

 

 その為、2人は息を殺すように歩いていた。

 

 それにしても、

 

「うう、やっぱりこの格好、恥ずかしいよ」

 

 イリヤは顔を赤くしながら呟きを漏らす。

 

 イリヤの格好は、学生服や、セラやリズが買ってくれた私服ではなく、ピンク色を基調としたフリフリの多い衣装に身を包んでいる。背中のマントが、どこか鳥をイメージさせるコスチュームだ。

 

 ルビーの力で魔法少女に変身したイリヤだが、やはりこの格好は恥ずかしいようだ。

 

 まあ、最大限大目に見て「コスプレアイドル」にしか見えないような格好である。いかに「魔法少女」にあこがれているとは言え、その格好で街中を歩くのは、羞恥プレイ以外の何物でもないだろう。

 

「イリヤ、もう少しで着く」

「う、うん」

 

 響の背に隠れガード代わりにするようにして、周りを気にしながら歩くイリヤ。

 

 どうでも良いが、響的には歩きにくくてしょうがなかった。

 

 そんな調子でしばらく進むと、校庭の入り口に人影が立っていることに気が付き、2人は足を止める。

 

 向こうも響達の存在に気が付いたのだろう。手を上げて近づいてきた。

 

「来たわね」

 

 遠坂凛(とおさか りん)は、歩いてくるイリヤの姿を見て頷いて見せる。

 

 どうやら、先に来て準備をしていたらしい。

 

「そりゃ、あんな脅迫状出されたら・・・・・・・・・・・・」

 

 対して、イリヤはガックリと肩を落として答える。

 

 何しろ、手紙の末尾に「来なかったら~」などと言う物騒な警句付きで書かれていたのだ。イリヤとしてはこの場に来る以外に選択肢は無かったわけだが。

 

「て言うか響、あんたも来たわけ?」

「ん、イリヤのお守り」

 

 尋ねる凛に、響は僅かに頷いて見せる。

 

 そんな弟を見ながら、イリヤは呆れ気味に嘆息する。

 

「いや、私はいらないって言ったんだけど・・・・・・どうしてもついてくるって聞かなくて」

「・・・・・・まあ、良いけど」

 

 納得したように、凛も肩を竦める。

 

 正直、部外者を立ち入らせるのは彼女としても本意ではないのだが、巻き込んでいる側の凛としては、強くも言えなかった。

 

 それに、姉が心配だと言う響の気持ちも理解できるし。

 

「もっとも、ここから先は、あたしの指示に従ってもらうけど。それでいいわね?」

「ん」

 

 凛の言葉に、響は短く頷きを返す。

 

 次いで凛は、イリヤに向き直った。

 

「で、どんな感じ?」

《さっきまで色々練習してたんですよ。とりあえず、基本的な魔力射出くらいは問題なく行けます。あとはまあ、タイミングとハートとかでどうにかしましょう》

 

 問いかけた凛に答えたのはイリヤ、ではなく、彼女の傍らにいるルビーだった。

 

 放課後、イリヤは響とルビーの3人で、近くの林で魔法の練習をしたのだ。

 

 とは言え、初めての魔法である。そう簡単にいくはずもなく、どうにか「使える」という程度のものでしかなかったのだが。

 

「正直不安はあるけど、今はイリヤ、あんたを頼るしかないわ。準備は良い?」

「う・・・・・・うん」

 

 真剣な眼差しで問いかける凛に対し、イリヤも意識を新たに頷きを返す。

 

 凛の言う通り、この場にあってはイリヤの存在こそが最高戦力と言えた。

 

「じゃあ、行くわよ」

 

 凛はそういうと、グラウンドの中心付近を目指して歩き出す。

 

 その後から、イリヤと響もまた遅れずに着いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 4人がやってきたのは、高等部グランドの真ん中だった。

 

 日中なら体育の授業や、部活動などで賑わっているグランドだが、今は夜のとばりに包まれ、不気味な静寂が支配していた。

 

 そのグランドを静かに見つめる凛。

 

 対して、小学生2人は怪訝な面持ちで顔を見合わせると、次いで凛に向き直った。

 

「それで、凛・・・・・・カードは?」

 

 問いかける響。

 

 昨夜、凛に見せられた英霊を宿したカード、というのを回収するのが響達(というかイリヤ)の仕事なのだが、その肝心のカードがどこにあるのか?

 

 見渡しても、だだっ広いグラウンドがあるだけである。

 

 対して、リンは心得ているといった感じに指さして見せた。

 

「カードの位置はほぼ特定しているわ。校庭のほぼ中央、歪みはそこを中心に観測されている。カードもそこにあるはずよ」

 

 指摘されてはみたものの、

 

 どう目を凝らしても、グラウンドには何もない。

 

「中心って、何にも見えないよ」

 

 イリヤも首をかしげながらグラウンドの方角を見ている。

 

 そこに何かがあるのなら、目印くらいはあってもよさそうなものなのだが。

 

 そんな子供たちの反応は予想済みだったのか、凛は頷きを返す。

 

「ここには無いわ。カードがあるのはこっちの世界じゃないの。ルビー」

《はいはーい》

 

 心得ている、とばかりにルビーは返事をすると、直ちに準備にとりあかった。

 

 ステッキの中で魔力が増大していくのが分かる。

 

「わ、これってッ」

 

 驚くイリヤ。

 

 傍らの響も、何かを察知したように警戒した表情を見せる。

 

 そんな2人の足元に、光り輝く魔法陣が出現する。

 

 1人、泰然と佇む凛が静かに状況を見守る中、ルビーが詠唱を始める。

 

《半径2メートルで反射路形成。鏡界回廊、一部反転します!!》

 

 なんだか魔術、というより近未来のロボットアニメ的な言い回しである。

 

 しかし、そのルビーの詠唱に応えるように、魔法陣は光を増していくのが分かる。

 

「な、何するの!?」

 

 状況に戸惑いながら声を上げるイリヤ。

 

 響もまた、足元の魔法陣に不安を覚えて立ち尽くしている。

 

 そんな2人に、凛は淡々とした調子で告げる。

 

「『カードのある世界』に飛ぶのよ」

 

 言ってから、さらに説明するように凛は続ける。

 

「無限に連なる合わせ鏡。この世界を、その像の一つとした場合、それは鏡面その物の世界」

 

 凛が言った瞬間、

 

 4人がいる世界は、グルリと「反転」した。

 

 同時に、風景が一変する。

 

 驚く、響とイリヤ。

 

 基本的な情景は、先ほどまでいた高等部の校舎と変わらない。

 

 だが決定的な違いがある。

 

 それは、

 

「空が、変・・・・・・」

「空だけじゃないよ。周り全部・・・・・・何これ?」

 

 響の呟きに答えるように、イリヤも戸惑いながら周囲を見回している。

 

 周囲一帯、格子状の光に覆われ、その外側に光が渦巻いているように見える。

 

 格子は高等部の校舎全体を覆う形になっている。

 

 しかも、

 

 響も、イリヤも感じている。

 

 見た目だけではない。空間そのものの雰囲気全てが、普通ではなかった。

 

 魔術に関しては全くの素人であるイリヤや響きにもわかる。

 

 紛うことなく、ここが「異界」であると言う事が。

 

 しかし、呆けている暇はなかった。

 

「説明はあとッ 来るわよ!!」

 

 警告のような凛の言葉。

 

 次の瞬間、

 

 沸き起こった闇の中から

 

 ズルリと、

 

 何かが這いずり出てきた。

 

「あれ、何?」

 

 目をこらす響。

 

 やがて、視界がはっきりとしてくる。

 

 黒い衣装を纏った人影。

 

 それは、髪の長い女性だ。

 

 しかし、その目元は不気味な意匠の眼帯によって覆われ、伺う事ができない。

 

 見た目、纏っている雰囲気、全てが不気味さを醸し出している。まるで、物語に出てくる怪物が姿を現したかのようだ。

 

「な、何か出てきたッ キモッ!!」

 

 どうやらイリヤも響と同意見だったらしく、女性を見て腰が引けている。

 

 一方で凛は、この状況を予想していたらしく、すぐさま戦闘態勢に入った。

 

「来るわよッ 構えて!!」

 

 凛が叫んだ瞬間、

 

 女性は襲ってきた。

 

 地を蹴って疾走すると同時に、刃のような爪の生えた腕を振るってくる。

 

「わわッ!?」

 

 とっさに、飛びのいて回避するイリヤ。

 

 ほぼ同時に、凛も響の腕を引っ張りながら後退する。

 

 間一髪。女性の腕は、凛とイリヤが飛びのいた空間を薙ぎ払う。

 

 すさまじい一撃。

 

 まともに食らえば、人間など一瞬で引き裂かれることだろう。

 

 すぐさま、凛も反撃に出た。

 

Anfang(セット)!!」

 

 指の間に挟んだ宝石を、まとめて全て、女性めがけて投擲する。

 

 着弾する宝石。

 

 同時に、視界の中で爆炎が躍った。

 

「爆炎弾・三連!!」

 

 宝石魔術と呼ばれる、その名の通り、宝石や鉱石など、魔力を溜めやすい物質を使用した魔術である。

 

 鉱石は長く地中にある為、それ自体が簡易的な魔術刻印になるのだ。

 

 使い捨てな側面とは裏腹に威力も高く、ポピュラーな魔術形態の一つである。

 

 しかし、

 

 爆炎が晴れた時、

 

「チッ」

 

 舌打ちする凛。

 

 視界の先では、無傷の女性が姿を現したのだ。

 

「やっぱりダメか」

 

 予想していたことである。通常の魔術では、あの怪物女相手に傷一つ付ける事は叶わないのだ。

 

 高い宝石を無駄にしてしまったが、ここは予測を立証できただけでも儲けものと思うことにした。

 

 そして、

 

 凛は視線を、傍らで戸惑っているイリヤに向ける。

 

 あのような敵が相手だからこそ、この少女の存在が生きてくるのだ。

 

「そんじゃイリヤ、あとは任せたわ!! わたし達は離れた場所で見守ってるから!!」

「ちょ、リンさん!?」

 

 抗議するイリヤ。

 

 だが、凛はそんな彼女を無視して響の襟首を引っ掴むと、一目散に逃げだしていった。

 

 無責任な行動のようにも見えるが、魔術が効かない以上、凛自身には打つ手がない。ここはイリヤに頑張ってもらうしかないのだ。

 

 そして、漫才をやっている暇もなかった。

 

《イリヤさん、二撃目が来ますよ!!》

「うえェェェェェェ!?」

 

 放たれた攻撃を、辛うじて回避するイリヤ。

 

 女性は、今度は鎖の付いた大ぶりな杭を放ってきたのだ。

 

 イリヤの前腕ほども太さがあるその杭は、先端が尖っており、当たれば骨くらいは確実に砕けそうだった。

 

 それが、回避中のイリヤの背中をかすめる。

 

「うわわわッ 掠った!? 今、掠ったよね!?」

《接近戦は危険です。まずは距離を取ってくださいイリヤさん!!》

 

 ルビーからの警告は飛ぶ。

 

 戦闘の素人にとって、「距離」は一つの武器である

 

 「なるべく遠距離から削る」と言うのは、ゲームでも実戦でも有効な手段だった。

 

「そ、そうだねッ 取りましょう距離をッ キョリィィィィィィィィィィィィ!!」

 

 眼帯女に背中を見せて、全速力で駆けていくイリヤ。

 

 あっという間に両者の距離が開く。

 

 その様子を離れた校舎の物陰から、凛と響があきれた様子で眺めていた。

 

「逃げ足だけは最強ね、あいつ」

「ん、イリヤが本気を出せば、大人でも追いつけない」

 

 とは言え、逃げてばかりじゃ始まらないのも事実である。

 

《落ち着いてイリヤさん!! とにかく距離を置いて魔力放射で攻撃するのが基本です!! さっき練習したとおりに!!》

 

 ルビーの指示にも焦りが混じり始めているのを感じる。

 

 戦闘においては全くの素人に過ぎないイリヤを、いきなり実戦の場に放り込むのは、さすがに無理があると感じ始めていたのだろう。

 

 願わくば、もう1日早く、その事に気付いて欲しかったのだが。

 

「ええい、もうッ」

 

 叫びながら、イリヤは振り返る。

 

 その視界の先では、髪を振り乱しながら追いかけてくる眼帯女の姿が。

 

「どうにでも、なれェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 魔力を込めたルビーを、大きく横なぎにふるうイリヤ。

 

 次の瞬間、

 

 放出された魔力が、カウンター気味に薙ぎ払われた。

 

 直撃を受けて吹き飛ぶ、眼帯の女性。そのまま衝撃に飲み込まれて姿が見えなくなる。

 

「すごッ 何これ!? 滅殺ビーム!?」

 

 その様子を見て、当のイリヤ自身が一番驚いていた。

 

 やがて、煙も晴れて、その中から眼帯の女性が姿を現す。

 

 しかし、その姿は先ほどのように無傷とはいかなかったようで、纏った衣装はところどころ裂け、左腕はダラリと下げられている。その左腕の肩口あたりからは、うっすらと血が滲んでいるのが見える。

 

「予想通りね、効いているわ」

「何が?」

 

 呟く凛に、響が首をかしげながら尋ねる。

 

 先ほどの凛の爆炎には全くの無傷だった敵が、イリヤの攻撃には僅かとは言え手傷を負っている。

 

 この事から、あの眼帯女はゲーム的に言えば「魔防が高い」わけではなく、「魔術は効かない」という概念を備えているのだ。

 

 凛の攻撃は「魔術」だから弾かれたのに対し、イリヤの攻撃はルビーを介した純粋な魔力放射だったから、ダメージが通ったのである。

 

 ようやく、勝機が見えてきた感がある。

 

「効いてるわよッ 間髪入れずに速攻!!」

「もう少し近くで応援したら?」

 

 ジト目の響の突っ込みはスルーしつつ、腕を振り回す凛。

 

 イリヤの方もノッて来たらしく、先ほどから積極的に攻撃を仕掛けている。

 

 しかし、敵もさるものだ。

 

 すでにイリヤの攻撃が単調である事に気が付いたのだろう。素早い身のこなしで回避し、最初の一撃以降は直撃を避けている。

 

 現状、初陣のイリヤでは、取れる戦術の幅にも限界がある。

 

《イリヤさんッ 単発の砲撃タイプでは追いきれませんッ 散弾に切り替えましょう。イメージできますか!?》

「やってみる!!」

 

 ルビーの指示に頷きを返しながら、イリヤはイメージする。

 

 これまで集中させてきた魔力を、今度は広範囲に散らすような感じに想定する。

 

 視界全てを覆いつくすように、

 

 イリヤはステッキを振るった。

 

「特大の、散弾!!」

 

 放たれた砲撃はイリヤの狙い通り、彼女を中心に扇状に広がる。

 

 いかに相手が素早く動けても関係ない。イリヤの攻撃は空間そのものを薙ぎ払っているのだから。

 

 これなら、逃げる間もなく相手を直撃したはず。

 

「や、やった?」

《いいえ、恐らく今のでは・・・・・・・・・・・・》

 

 安堵するようなイリヤに、言葉を濁すルビー。

 

 当てる事には成功したが、これでは威力が拡散してしまって、ほとんどダメージが期待できない。

 

 それを裏付けるように、

 

 衝撃が晴れた時、眼帯女に変化が生じていた。

 

 蛇のように揺らめく長い髪。

 

 その眼前に、血のように赤い魔法陣が描かれているのが見えた。

 

 思わず、背筋に寒いものが走る。

 

 あれが、何か良くない物である事は、素人のイリヤにも判った。

 

「まずいわッ 宝具を使う気よッ 逃げて!!」

 

 焦慮を交えた凛の警告が飛ぶ。

 

 「ほうぐ」とは何の事であるか、具体的には判らない。が、イリヤ相手に予想外の苦戦を強いられている眼帯女が、何らかの必殺技の類を使おうとしている事だけは判った。

 

《イリヤさん、退避ですッ!!》

「え、ど・・・・・・どこへ?」

《とにかく、敵から離れてください!!》

 

 ルビーの指示にも焦りが混じる。

 

 その間にも、魔力の高まりを感じる。

 

 もう、一刻の猶予もない。

 

 回避するよりも、イチかバチか防御に全魔力を回すべき。

 

 凛とルビーの考えが一致した次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな足音が響く。

 

 目を見開くイリヤ。

 

「・・・・・・・・・・・・ひ、ヒビキ?」

 

 驚くイリヤの目の前で、

 

 彼女の弟が、静かに佇んでいた。

 

 眼帯女の、すぐ目の前に。

 

 いったい、いつの間にそこまで移動したのか?

 

 イリヤはおろか、すぐ傍にいたはずの凛ですら、響が移動していたことに気付いていなかった。

 

 眼帯女の方でも、そこで少年の存在に気が付いたのだろう。ハッとなって振り返った。

 

「バカッ 何やってんのよ、戻りなさい!!」

 

 叫ぶ凛。

 

 そんな中、

 

 響は静かに、

 

 そして真っ直ぐに、

 

 目の前の敵を見つめていた。

 

 具体的にどうするのか、とか、

 

 自分に何ができるのか、とか、

 

 そんな事は、一切考えなかった。

 

 ただ、イメージした通りに動く。

 

「・・・・・・・・・・・・ッ」

 

 静かに紡がれる言葉。

 

 一瞬、少年の掌に光が宿る。

 

 そこに握り込まれた物を、

 

 響は躊躇い無く振るった。

 

 次の瞬間、眼帯女の体が縦に切り裂かれる。

 

「な、何それッ!?」

 

 驚くイリヤ。

 

 その視界の先では、鮮血を噴出してよろける眼帯女の姿がある。

 

 対して、響は腕を振り切った状態で静止している。

 

 いったい、先程のあれは何だったのか?

 

 少年の掌には、もう何も握られていない為、眼帯女に手傷を負わせた攻撃が何だったのか、伺い知る事はできない。

 

 しかし、響の攻撃によって、眼帯女が怯んだのは確かである。

 

《今です、イリヤさん!!》

「う、うん!!」

 

 響がいったい何をしたのか、気にならないわけではないが、今はそれよりも、この千載一遇の好機を逃すべきではない。

 

 そう考えてイリヤは動いた。

 

 だが次の瞬間、

 

「・・・・・・・・・・・・クラスカード『ランサー』、限定展開(インクルード)

 

 低く囁かれた声。

 

 同時に、眼帯女の背後で、小さな気配が浮かぶのを感じた。

 

 次の瞬間、一気に仕掛けられた。

 

刺し穿つ(ゲイ)・・・・・・・・・・・・死棘の槍(ボルク)!!」

 

 振り返る眼帯女。

 

 しかし、その時には既に遅かった。

 

 次の瞬間、

 

 繰り出された深紅の槍が、眼帯女の胸を真っ向から貫いた。

 

 眼帯女は尚も抵抗しようとするが、既に致命傷を負った身ではいかんともしがたい。

 

 やがて、その体は光に包まれて消滅していく。

 

 そして、

 

 消滅した眼帯女の影から、1人の少女が姿を現した。

 

 青いレオタードのような衣装に、蝶の羽を連想させるマントを羽織り、髪を後頭部でポニーテールにまとめている。

 

 年齢は、恐らく小学校高学年程度。響きやイリヤと同い年くらいじゃないだろうか? 静かな瞳が、印象的な少女である。

 

「『ランサー』接続解除(アンインクルード)。対象撃破。クラスカード『ライダー』回収完了」

 

 少女の手にある槍が消滅すると同時に、その手には1枚のカードが握られている。

 

 戦車に乗り、手綱を握った兵士のカードである。どうやら、あれが問題のカードだったようだ。

 

 イリヤ達からすれば、戦っている最中に、いきなり横合いからカードを掻っ攫われた形である。

 

 いや、それよりも気になるのは、

 

「えっと・・・・・・誰?」

「さ、さあ・・・・・・」

 

 響とイリヤは、突然現れた少女を見ながら、そろって首をかしげる。

 

 一方の少女の方はと言えば、静かな瞳でこちらを見つめてきていた。

 

 突然現れたこの少女がいったい何者なのか?

 

 凛に視線を向けると、彼女もまた首を振ってくる。どうやら、凛も知らないようだ。

 

 しかし、あの少女の格好。

 

 意匠こそ違えど、どこかイリヤの魔法少女服と似ている印象があった。

 

 取り敢えず、話しかけてみようか。

 

 そう思った時だった。

 

「オーッホッホッホッホッホッホ!!」

 

 突如、鳴り響く高笑い。

 

 その声に、凛が顔をしかめる。

 

「この馬鹿笑いは・・・・・・」

「な、何?」

 

 戸惑う一同の前に、

 

「無様ですわね、遠坂凛!! まずは1枚目のカードはいただきましてよ!!」

 

 派手な声とともに、これまで派手な出で立ちの女性が姿を現した。

 

 長い金髪を、幾重にもロールさせた女性。

 

 まるで自身を見せつけるように現れる。先ほどの少女が静かに現れたのに比べると、随分と派手な登場だった。

 

 何やら、不必要に偉そうである。

 

 もう、何が何だか。

 

 状況を見守っていたイリヤは、あまりに急展開過ぎる状況に、完全に理解が追いつかなくなっていた。

 

 初めての魔法少女。

 

 初めての戦闘。

 

 そして、いきなり現れた、もう1人の魔法少女。

 

 あまりに多くの事が、一度に起こりすぎていた。

 

 そして何より、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響に視線を向けるイリヤ。

 

 先ほど、敵を怯ませた響は、いったい何だったのか?

 

 しかも、それだけではない。

 

 響はあの時、隣にいた凛はおろか、イリヤや、あの眼帯女にすら気付かれないまま、目の前に現れた。

 

「響・・・・・・・・・・・・」

 

 戸惑う視線を向けるイリヤ。

 

 対して響は、相変わらず茫洋とした視線を返すだけだった。

 

 と、

 

「相手の宝具に恐れを成して逃げ惑うなど、とんだ道化ですわね、遠坂凛!!」

 

 凛を見下すように、高笑いを浮かべる金髪縦ロールの少女。

 

 のっけから、派手な登場である。

 

 しかし次の瞬間、

 

「やっかましィィィィィィィィィィィィ!!」

 ドゴスッ

「ホウッ!?」

 

 凛の強烈な回し蹴りが金髪少女の延髄にクリティカル・ヒットする。

 

 よろける金髪少女。

 

 しかし、こちらも負けていない。すぐに体勢を立て直して応酬が始まる。

 

「レ、レディの延髄に、よくもマジ蹴りを!! これだから知性の足りない野蛮人は!!」

「何を偉そうに!! 後ろからの不意打ちのくせにいい気になってんじゃないわよ!!」

 

 両者の激しい攻防戦。

 

 その実力は、まったくの互角と言って良い。

 

「・・・・・・何あれ?」

「あわわわわわわ・・・・・・」

《成長しませんねー この人たちは》

 

 そんな2人のやり取りを、響達は呆れた調子で眺めている。

 

 と、その時、

 

 響達が立つ地面に、亀裂が走り始める。

 

 否、地面だけではなく、見えている空にもひび割れが起こり始める。

 

「な、何これ、ルビー?」

《あらー カードを取り除いたことで、鏡面界が閉じようとしているみたいですねー》

 

 もともと、この世界を維持していたのはライダーのカードが持つ魔力である。そのライダーが討伐されたため、空間そのものが崩壊しようとしているのだ。

 

《さっさとしないとまずいですよ。凛さん、ルヴィアさん、脱出しますよー 聞いてますかー? おーい》

 

 ルビーの呼びかけにも答えず、尚も取っ組み合いを続けている凛と、ルヴィアと呼ばれた金髪の少女。

 

 そこで、

 

 動いたのは、ライダーを倒した少女だった。

 

「・・・・・・・・・・・・サファイア」

《はい、マスター》

 

 主からの呼びかけに、ステッキは短く答えると、帰還の為の魔法陣を展開する。

 

《半径6メートルで反射路形成。通常界へ戻ります》

 

 魔法陣は、いがみ合っている凛とルヴィアをも取り込む形で形成される。

 

 やがて、魔法陣は輝きを増し、一同は通常世界へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

第3話「真夜中の邂逅」      終わり

 


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