Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第10話「爆裂 ドッジ対決」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どーゆーことッ!?」

 

 怒り心頭なイリヤは、学校から帰るや否や、美遊と響を引きずるようにして、お向かいのエーデルフェルト邸に突撃すると、ちょうど学校から帰って来たばかりのルヴィアに食って掛かった。

 

「何でちゃんと閉じ込めておかなかったのよッ!? おかげでわたしの学校生活が大変なことになったんだよー!!」

「イ、イリヤ、冷静に・・・・・・」

「ん、取りあえず、これ食べる」

 

 なだめる美遊と、手にしたポッキーをイリヤの口に突っ込む響。

 

 しかし、そんな程度では収まらないくらい、今のイリヤは激昂していた。

 

「な、何ですの?」

 

 対して事態が呑み込めないルヴィアは、イリヤの尋常じゃない剣幕に唖然とするしかなかった。

 

「実は・・・・・・・・・・・・」

 

 戸惑うルヴィアに、美遊が口を開いた。

 

「今日、クロが学校に現れたんです。それで、騒ぎになっちゃって・・・・・・」

「あ、あと、わたしの友達に片っ端からちゅ・・・・・・ちゅーを・・・・・・」

「ん、修羅場った」

 

 小学生たちの説明から大体の事情を察したルヴィアは、やれやれとばかりに嘆息した。

 

 どうやら、こうなる事態はある程度予想していたらしい。

 

「地下倉庫の物理的、魔術的施錠は完璧でしたわ。それこそ、アリの一匹も通る隙も無いくらいに」

「なら、どうして!?」

「わたくしが知りたいですわ。どれほど厳重に閉じ込めても、あの子はそれをたやすく破る。いったいどうやって・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言うと、ルヴィアも頭を抱える。

 

 常識的に言ってありえない状況に、手の打ちようがない感じだった。

 

 と、

 

「そもそも監禁なんて、する必要ないんじゃない?」

 

 突然の声に、振り返る一同。

 

 集中する視線の先には、いつの間に現れたのか、テーブルに座ったクロが皿の上の桃をおいしそうに食べていた。

 

「い、いつの間に!?」

 

 身構えるイリヤ。

 

 響と美遊も、いつでも動けるように身を固める。

 

 対して、クロはそんな一同の反応に対し、落ち着き払った様子で、やれやれと肩を竦めて見せた。

 

「どうしてわざわざ閉じ込めようとするのかしら? もうわたしは呪いのせいでイリヤには手出しできないし、誰かに害意がある訳ではないわ」

 

 確かに、

 

 クロの標的は、そもそもイリヤ1人。

 

 そう考えれば、クロがこれ以上、何らかのアクションを起こす可能性は低いとも言えるのだが。

 

「わたしはただ、普通の生活がしてみたいだけ。10歳の女の子として普通に学校に通う。それくらいは、叶えてくれて良いんじゃない?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 まっすぐな瞳で告げるクロ。

 

 その瞳を見つめながら、響は静かに見つめていた。

 

 もっとも、当のイリヤからすれば、そんな綺麗事では納得できないらしい。

 

「うぬぬ・・・・・・こやつめッ 戯言を弄するか!!」

「イリヤ、語調が変!!」

「昨日、時代劇見たから」

 

 ツッコミを入れる美遊と響。

 

 と、

 

「・・・・・・良いでしょう」

 

 不承不承と言った感じに、ルヴィアが口を開いた。

 

「え、ちょっと、ルヴィアさん!!」

 

 慌てるイリヤに構わず、ルヴィアは話を進めていく。

 

「許可なく屋敷を出ない事、他人に危害を加えない事、あくまでイリヤの従妹としてふるまう事。約束できるかしら?」

「勿論。それで学校に行けるなら」

 

 そう言って肩を竦めるクロ。

 

 果たして、どこまで信用できたものか。

 

 とは言え、今は一時的にでも騒ぎを収めるのに必要な措置である。

 

「ルヴィアさん、どうして!?」

「静かに、交渉の一環ですわ。ここは任せなさい」

 

 食って掛かるイリヤを、ルヴィアは静かに窘める。どうやら、ルヴィアなりの思惑があるようだ。

 

「オーギュスト!!」

 

 呼びかけるルヴィア。

 

 次の瞬間、

 

「はい、お嬢様」

「ほわッ!?」

 

 シュタッと言う鋭い足音と共に突如、傍らに初老の執事が現れ、イリヤは思わず驚きの声を上げる。

 

 現れた初老の男性は、エーデルフェルト家に長年使えているオーギュストであり、ルヴィアの信頼が最も厚い人物である。

 

 日本に来るにあたって、ルヴィアが唯一同行させたことからも、彼に対する多大な信頼がうかがえた。

 

「ねえねえ、あの人忍者?」

「執事だよ」

 

 袖をクイクイッと引いて尋ねる響に、美遊が呆れ気味に答える中、ルヴィアはオーギュストを近くまで呼び寄せ、何やら耳打ちを始めた。

 

「戸籍、身分証のでっち上げと転入手続きを。美遊の時と同じですわ」

「承知しました。14時間で終わらせましょう」

 

 何やら、犯罪めいた会話が聞こえてきた気がする。

 

 それにしても、

 

「・・・・・・・・・・・・美遊と、同じ?」

 

 どういう事だろう?

 

 響はチラッと、傍らの美遊を見る。

 

 今の会話から察すると、ルヴィアは以前にも、美遊に関して戸籍やら何やらを偽造した、と言う事になる。

 

 つまり、そうする必要があった、と言う事だ。

 

 と、なると、

 

 響の視界の中で、イリヤをなだめている美遊の姿が見える。

 

 果たして美遊とは、いったい何者なんだろうか?

 

「・・・・・・・・・・・・そう言えば」

 

 ポツリと、呟きを漏らす響。

 

 考えてみれば自分は、美遊の事は殆ど知らない事を、今更ながら思い知るのだった。

 

 もっと知りたい。

 

 自分の親友がどんな人物なのか聞いてみたい。

 

 響の中で、そうした感情が確かに芽生えつつあるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんで翌週の事。

 

「クロエ・フォン・アインツベルンです。クロって呼んでね」

 

 本当に、転校してきてしまった。

 

 しかも、当然のように、イリヤ達と同じクラスに。

 

「イリヤちゃん達の従妹なの。みんな、仲良くしてあげてね。ちなみに、私の初めての人なの」

「何言ってんだタイガー!!」

 

 世迷言を言う担任にクラス中がツッコミを入れる中、クロは指定された美遊の隣の席へと座る。

 

「今日からよろしくね、美遊ちゃん」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 いけしゃあしゃあと言った感じに告げるクロに対し、美遊もまた、どう答えれば良いのか分からず、呆れかえるばかりだった。

 

 とは言え、これから何事も無く済むとは、関係者一同、誰一人として思っていない。勿論、当事者のクロも含めて。

 

 そして、

 

 その予想は外れる事無く、嵐は速やかにやってくるのだった。

 

 

 

 

 

 2時間目は体育の時間だった。

 

 皆が着替えて公邸へと行く中、

 

「よう、クロちゃんよー ちょーっとツラ貸してくれんかいのぅ?」

 

 何やらメンチ切った感じに、着替え中のクロに詰め寄ったのは、龍子、雀花、那奈亀の3人だった。

 

 対して、クロは突然現れた3人にキョトンと首をかしげる。

 

「え、何? いじめ?」

「いじめじゃねえ!! 尊厳を掛けた果し合いだ!!」

 

 怒鳴り込む龍子。

 

 それにしても、果し合いとはまた、ずいぶんと大仰な話になった物である。

 

「忘れたとは言わせないよ!!」

「先週、俺たちの唇を根こそぎ奪いやがって!!」

 

 言い募る雀花と龍子。その傍らで、那奈亀がうんうんと頷いている。

 

 やはりと言うべきか、先週の「通りキス魔事件」が尾を引いているらしかった。

 

「クッ いずれ時が来たら、兄貴に捧げる予定だったのに!!」

「うっわッ そうだったのかタッツン!? イリヤと同じだな!!」

「何言ってるの!? 何言ってるの!?」

 

 いきなり引き合いに出され、顔を真っ赤にしてがなるイリヤ。

 

 そんなイリヤを無視して、龍子はズビシッとクロに指を突きつけた。

 

「初チューの弔い合戦だ!! ショーブしろ、この野郎!!」

 

 何やら不穏な空気が垂れ流され始める教室内。

 

 一方、

 

 その騒ぎは、隣の教室で着替えている響の耳にも聞こえてきていた。

 

「・・・・・・・・・・・・何やってんだか」

 

 嘆息する響。

 

 もっとも、クロが転校してきた時点でこうなる事は予想していたのだが。

 

 今日の体育は、龍子たちに付き合わされることになりそうだ。

 

 そんな事を考えながら響は、ふと視線を外に向けた。

 

 と、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 校庭の隅。

 

 その視界の先には、

 

「ん~~~~~~」

「どうしたんだよ衛宮?」

 

 突然唸りだした響に、クラスメイトの男子が声を掛ける。

 

 だが、それに構わず、響は体操着の上着を被るようにして着ると、その足で教室の外へと駆け出す。

 

「あ、おいッ」

「ちょっと行ってくる」

 

 そう告げると響は、足早に外へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 穂群原学園初等部の校庭に生えている桜。

 

 既に花の季節は終わり、葉桜となっている並木。

 

 その内の一本に、その人物はいた。

 

 枝を足場にして、巧妙に隠れている小柄な少女の人影。

 

 ルリアである。

 

 ちょうど枝が多く生い茂っている場所で、周囲の視界からは完全に隔絶している。

 

 まさに、隠れて監視するには完璧なポイントなのだが。

 

「・・・・・・・・・・・・何で私がこんな事」

 

 ルリアは不満げに口をとがらせる。

 

 彼女の任務は、ここから響達を監視する事である。彼らの動向を見て、何か動きがあれば拠点にいるゼストや優離に知らせる事になっている。

 

 しかし、

 

「何もこんな回りくどいことしなくても、正面から攻めればいいのに」

 

 監視はゼストに言われて行っている事だが、ルリアにはそれが何とも悠長な作戦に思えて仕方が無かった。

 

 ルリアと、少々頼るのも癪だが優離もいる。

 

 優離の英霊はギリシャ神話に名高き英雄アキレウスである。

 

 彼の英雄達の師と言われる賢者ケイローンに学んだアキレウス。あらゆる武術を使いこなし、その鋼の如き肉体はあらゆる攻撃を弾く。そして駆ける足は神速を超える。

 

 まさに最強の英雄と称して言い。

 

 ルリアが宿す英霊もまた、強力な力を持っている。

 

 同じギリシャ神話に出てくる神速の女狩人アタランテ。およそ弓兵(アーチャー)としては理想的な存在と言える。

 

 彼らと正面から戦っても勝てる自信が、ルリアにはある。

 

 先日はいささか油断が過ぎて苦戦してしまったのは事実だが、あのような事は二度とない。もう一度戦えば自分が負けるはずなかった。

 

 例えば、夢幻召喚(インストール)すれば、ルリアならこの場からでも教室にいる響達を狙撃する事ができる。

 

 何もまだるっこしい手を使わなくてもよいのに。

 

 いっそ、そうしてしまおうか?

 

 誘惑とも言える考えが頭を上げようとした。

 

 その時、

 

「えと、これくらい?」

 

 不意に足元から聞こえる声。

 

 次の瞬間、

 

「ていッ」

 ドゴォッ

 

「キャァァァ!?」

 

 突然、木全体が大きく揺れ、ルリアは可愛らしい悲鳴と共にとっさに幹にしがみつく。

 

 思わず滑り落ちそうになるのを必死に堪える。

 

 枝にとまっていた鳥たちが、一斉に飛び立っていくのが見えた。

 

 いったい何が起こったのか?

 

 そう思って恐る恐る首を伸ばした時。

 

「やっぱりいた」

 

 その足元。

 

 ルリアが潜んでいる桜の木の根元に、響が上を見上げていた。

 

 どうやら今の揺れは、響が足に魔力を込めて蹴ったためらしかった。

 

 なかなか強引な事をするものである。

 

「衛宮響!?」

「ん、こんちは」

 

 言ってから、響は考え込む。

 

「あれ、時間的にまだ、おはよう?」

「どっちでも良いわよ!!」

 

 どうでも良い事に悩む響にツッコミを入れるルリア。

 

 少女の視線が、鋭く響を睨む。

 

「なぜ、私がここにいる事が分かった」

「ん」

 

 頷きながら、響は校舎を指差した。

 

「あそこから見えた」

 

 少年の答えに、ルリアは歯噛みする。

 

 侮っていた。こちらから見えると言う事は、向こうからも見えると言う事。隠れていたらか大丈夫と思っていたが、どうやら響には通用しなかったようだ。

 

「それで・・・・・・」

 

 ルリアは見下ろすように話しかけた。

 

「わたしに何か用でもあるの?」

 

 いつでも戦闘に入れるように身構えるルリア。

 

 発見したにも関わらず、奇襲をかけずわざわざ近づいて話しかけてきたと言う事は、何らかの意図があっての事だと判断するルリア。

 

「取りあえず」

 

 対して響は、見上げながら言った。

 

「パンツ見えてる」

「ッ!?」

「白」

 

 指摘されたルリアは顔を真っ赤にして、スカートのすそを押さえる。

 

 木の下から見上げる形になっていた為、響の立ち位置からはまさにベストショットでルリアのスカートの中が覗けていたのだ。

 

 潜んでいた枝から飛び降りるルリア。勿論、スカートは抑えたまま。

 

 地面に降り立ったルリアは、そのまま響をにらみつける。

 

「・・・・・・それで、何の用?」

 

 仏頂面で尋ねるルリア。

 

 それに対して響は何も答えず、ジッとルリアを見続けている。

 

 どれくらいそうしていただろう?

 

 焦れたルリアが声を掛けようとした時だった。

 

「ん」

「あ、ちょっと、何を!?」

 

 抗議するルリアを他所に、響は少女の手を取るとそのまま引っ張っていく。

 

「どこに行く気よ!?」

「良いから」

「いや、こっちは良くないから!!」

 

 抗議するルリア。

 

 しかし、その声を無視して、響は彼女を校舎の方へと引っ張って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、

 

 校庭で対峙した一同。

 

 いよいよ決戦開始、と言ったところであろうか。

 

 意気を上げているのは、やはりと言うべきか彼女達である。

 

 真っ向からクロにケンカを売った雀花、那奈亀、龍子の3人が気勢を上げているのが分かる。

 

 一同が立っているのは、四角く区切ったコートの中。

 

 何の事は無い。

 

 弔い合戦と大仰に言っても、やる事はドッジボールだった。

 

 とは言え、

 

 復讐(?)の名の下に意気上げる初ちゅー奪われまし隊(龍子、雀花、那奈亀)に対し、もう片方のチームは、いかにもやる気が無いと言った風情で佇んでいた。

 

 何しろクロ以外の3人、響、イリヤ、美遊は単なる数合わせで参戦しているだけである。

 

 これでは、やる気を出すほうが難しいだろう。

 

 更にもう1人、

 

「・・・・・・・・・・・・何でわたしが」

 

 納得いかないと言った感じに佇んでいるのはルリアだった。その姿は体操着にブルマーと言う運動服姿だった。

 

 言うまでも無いが、3人に輪をかけて、やる気が感じられなかった。

 

「まったく、響がいきなり予備の体操着貸せなんて言うから、何事かと思ったよ」

 

 ルリアを見ながら、嘆息交じりに呟くイリヤ。

 

 あの後、響はルリアを連れてイリヤの元へと行き、姉から体操服を借りて着替えさせたのだ。

 

 尚、当然の事だが、いきなり現れたルリアに、イリヤも美遊も警戒したのだが、

 

 なぜか響が泰然としているため、受け入れてしまったのだった。

 

「良いのかな?」

「まあ、響が大丈夫って言ってるし」

 

 嘆息する美遊とイリヤ。

 

 イマイチ、(てんねん)の言う事には不安が残るが、取りあえずここは信じる事にした。

 

 そんな中、準備は進められていく。

 

「じゃあ、クロ組VS初ちゅー奪われまし隊の一回きりの勝負よ!!」

 

 ボールを持った雀花が、佇むクロに人差し指を突きつける。

 

 どうやら、彼女達もルリアの参戦について、異論はないようだ。と言うより、完全にクロ以外はアウト・オブ・眼中と言った感じである。

 

「負けた方は勝った方の舎弟になる事!! 公序良俗に反しない限り命令には絶対服従!! アーユーオーケー!?」

「舎弟ねえ・・・・・・で、何を命令するつもりなの?」

 

 呆れ気味に尋ねるクロに対し、初ちゅー奪われまし隊の3人は、口々に言った。

 

「給食のプリンよこせ」 龍子

「宿題写させて」 那奈亀

「夏コミでファンネルになって」 雀花

 

 何とも微笑ましい内容だった。

 

 最後の以外は。

 

 対して、クロは不敵な笑みで返す。

 

「ま、いいんじゃない。それじゃあ、わたしが勝ったら・・・・・・全員1日1回、キスさせてもらうから」

「「「なッ!?」」」

 

 突然の百合的発言に、たじろく3人組。

 

 とは言え、自分たちから言い出した手前、退くに引けないところである。

 

「公序良俗に反しまくっている気もするが、良かろう!!」

 

 言い放つ3人。

 

 戦機は、既にクライマックス気味に高まっている。

 

栗原雀花(くりはら すずか)!!」

嶽間沢龍子(がくまざわ たつこ)!!」

森山那奈亀(もりやま ななき)!!」

 

 それぞれが、勇ましくポーズをとる。

 

穂群原小(ほむしょー)の四神とは、俺たちの事だ!! 簡単に勝てると思うなよ!!」

 

 気合は十分。

 

 まったく負ける気はしない。

 

 ちなみに、「ほむしょーのししん」とやらは、一同、完全無欠に初耳ななのだが、

 

 そこはノリなので気にしない事にした。

 

「おー 格好いい!!」

 

 拍手する響。

 

 と、

 

「で、白虎は?」

「「「・・・・・・あ」」」

 

 至極当然のツッコミが、クロから入り、絶句する3人。

 

 確かに雀花(すざく)龍子(せいりゅう)那奈亀(げんぶ)では、四神と言うには1人足りない。

 

 その時だった。

 

 一陣の風が吹き、場の空気が一変するのが分かった。

 

 その風を纏うようにして、ゆらりと歩む影。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・虎をご所望かい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな声と共に、ザッ と、土を踏む音が背後から聞こえ、振り返る一同。

 

 そこにいたのは果たして、

 

「初ちゅー奪われまし隊、隊員ナンバー04!! 藤村大河(ふじむら たいが)、参戦するわよコンチクショー!!」

 

 涙交じりに宣戦布告する藤村大河(びゃっこ)に、喝采を上げる3人。

 

 何と言うか、

 

 理由が理由とは言え、小学生のドッジボール対決に担任教師がガチ飛び入りするとは、大人げないにもほどがあるだろう。

 

 とは言え、見ていた響、イリヤ、美遊は、いい加減うんざりし始めていた。

 

 激しくどうでも良いから、やるならさっさと始めてほしいところだった。

 

 

 

 

 

 そんな訳で、

 

「それじゃあ、試合を始めます。ボールは初ちゅー隊からです」

 

 両陣営が展開を終えたのを見て、審判になった美々が、無駄に長ったらしい名前を言い簡易に略しつつ、決戦の火ぶたは切って落とされた。

 

「ハッハー!! 先手必勝!! ウオラァァァァァァ!!」

 

 全力でボールを投げる龍子。

 

 飛んでくる白球。

 

 対して、

 

「おっと」

 

 狙われたイリヤはボールを両手で受け止めると、あっさりと地面に落としてしまった。

 

 テンテンと、地面に転がるボール。

 

 たちまち、美々の笛が鳴る。

 

「イリヤちゃんアウト!! 外野に回ってください」

 

 喝采を上げる龍子達。

 

 対照的に、クロはイリヤに食って掛かった。

 

「ちょっとイリヤッ なにあっさり当たってるのよ!?」

「えー だって・・・・・・」

 

 対して、イリヤはいかにも面倒くさいと言った感じに答える。

 

「わたし別に勝つ意味ないし。ていうか、あなたが負けてくれた方が都合良さそうだし」

「あー、しししんちゅーの虫か」

 

 思わぬところで足を引っ張られ、嘆息するクロ。

 

 対して、完全にやる気のない調子のイリヤは、そのまま外野へと向かう。

 

「美遊も響も、それからそっちの、ルリアさん、だっけ? あなたも、適当に負けて良いからね」

「う、うん」

「りょーかい」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 やる気のないイリヤの言葉に、頷きを返す美遊と響。

 

 ルリアはと言えば、もともとやる気ないとばかりにそっぽを向いている。

 

 そんなやり取りを横目に見ながら、クロはボールを拾う。

 

「ふうん、まあ良いけど。味方がいなくたってこれくらい・・・・・・・・・・・・」

 

 言うが早いか、ボールを構えるクロ。

 

 撃ち放たれる、白い砲弾。

 

 その一撃が、避ける間もなく大河の顔面を直撃した。

 

「一人で勝てるわ」

 

 余裕の表情のクロ。

 

 一方、予期せぬ反撃に、初ちゅー隊は完全に浮足立った。

 

「ウオォォォォォォッ タイガァー!?」

「う、こりゃヒデェ・・・・・・嫁入り前の顔に何て事を!?」

「先生アウトー 外野に回ってください」

「意外に冷静だな、美々・・・・・・」

 

 とは言え、やられっぱなしではいられない。

 

 転がっているボールを拾うと、龍子が反撃に転じる。

 

「おのれッ (タイガ)の敵!!」

 

 放たれる白球。

 

 しかし、その一撃を、クロは余裕で受け止めると、そのまま投げ返す。

 

「ほいッ」

「んなァァァァァァッ!?」

「ウオォォォ ノーバンキャッチ!!」

 

 自分に返って来たボールを顔面で受ける龍子。

 

 すかさず、キャッチすべく走る雀花。ドジボールは当たっても、地面にボールが落ちる前にキャッチすればセーフである。

 

 しかし、

 

 クロの能力は、完全に初ちゅー隊を凌駕している。

 

 勝負が決するのも、時間の問題だった。

 

 

 

 

 

「ん~・・・・・・」

 

 勝負の行方を、響は内野のやや外側で見守っていた。

 

 状況は完全に、クロの独壇場と言ってよかった。彼女の言う通り、一般人程度では束になって掛かってもクロにはかなわない。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・何か、面白くない」

 

 楽しそうにしているクロを見て、響はポツリと呟く。

 

 クロが楽しそうにしている事が、ではない。彼女が楽しんでくれているなら、それはそれで良い事だと思っている。

 

 だが、このままクロの1人勝ちで終わらせてしまうのは、どうにも納得がいかなかった。

 

 そうしている内に、初ちゅー隊は那奈亀が脱落。こちらも美遊が外れ、人数が減っていく。

 

 そして、

 

 クロが放ったボールを、雀花がキャッチし損ねて地面に転がる。

 

「雀花ちゃんアウトー」

「くそおぉぉぉ!!」

 

 美々の宣告と共に、悔しそうに地面を拳で叩く雀花。

 

 これで初ちゅー隊は、ほぼ壊滅状態に陥ったことになる。

 

 残るは、

 

「まずいッ 内野はもう龍子だけだ!!」

「嶽間沢流武闘術を今に伝える家柄ながら、才能が無くて、てんで弱っちいいタッツンだけだー!!」

 

 内野コートの中で涙目になって、濡れた子犬のように震えている龍子。

 

 普段は強気発言の多い龍子だが、実のところ、仲間内では一番のビビり屋でもある。

 

 そして今、仲間は全て倒れ、自陣に立つのは龍子1人。

 

 孤立無援の状況に、達子はかつて無いほどビビりまくっていた。

 

 と、

 

 その龍子を庇うように、

 

 スッと立ちはだかる影があった。

 

「あら?」

 

 響である。

 

 震える龍子を背に庇うようにして立ちはだかった響は、勝ち誇るクロとにらみ合う。

 

 クロも、そんな響の謎の行動を見て動きを止めた。

 

 向かい合う、響とクロ。

 

「どういうつもり?」

「ん、選手交代。龍子、下がっていいよ」

 

 尋ねるクロに、響は素っ気なく答える。

 

 対して、クロは鼻を鳴らす。

 

 どうやら響は、龍子の代わりにクロと戦うと言っているらしい。

 

 このままではクロの一方的な勝ちは目に見えている。

 

 響的には、もう少しゲームを面白くしたい所だった。

 

 チラッと、視線をルリアの方に向ける。

 

 つまらなくなりそうだったゲームに、少しでも面白みを持たせたくて引っ張り出してきたルリアだったが、今のところ何らのアクションも起こしてはいない。

 

 どうやらあくまで「巻き込まれただけ」と言うスタイルを貫くつもりらしい。

 

 キラーンと、響はひそかに目を光らせる。

 

 そっちがそのつもりなら、強引にでも引っ張り出してやるまでだった。

 

「ま、良いけどね」

 

 そう言って、クロは身構える。

 

 どうやら響の「寝返り」について、容認するつもりらしかった。

 

 どのみち素の状態での響は、身体能力的にそれほど高くは無い。スペック的にはクロにはおろか、イリヤや美遊にも劣る。敵に回ったとしても、それ程の脅威にはならないと思っているのだろう。

 

 足元のボールを拾い上げる響。

 

 視線が交錯する。

 

 次の瞬間、

 

 響は攻撃を仕掛けるべく、ボールを振り被って助走を付ける。

 

 響自身、素の状態ではクロに敵わない事は判っている。

 

 故に、チャンスはこの最初の1球。

 

 ここに賭ける。

 

 足を止め、全力の攻撃態勢に入る響。

 

 対してクロも、衝撃に備える。腰を落として、正面からの速球に備えた。

 

 両者、距離は近い。

 

 クロは響のボールをキャッチすると同時に即座に反撃。回避しようのない一撃でアウトに持ち込む作戦を考えていた。

 

 手に持ったボールを加速させる響。

 

 次の瞬間、

 

「ほいッ」

「んなッ!?」

 

 突如、響は軌道をアンダースローに変え、放るようにしてボールを投げた。

 

 緩やかな放物線を描いて宙に舞うボール。

 

 正面からの速球を警戒していたクロは、完全に虚を突かれた形になる。

 

「わッ ちょッ!?」

 

 とっさに態勢を変えようとするクロ。

 

 しかし、間に合わない。

 

 反撃の為に距離を近づけていた事が、完全に仇となっていた。

 

 次の瞬間、

 

 落ちてきたボールはクロの頭頂に当たり、そのままバウンドして少女の背後へと転がった。

 

「クロちゃんアウト。外野に回ってください」

『おおおォォォォォォ!!』

 

 途端に、喝采を上げる初ちゅー隊。

 

 流石は暗殺者とでも言うべきか、

 

 響の放っただまし討ちのような一撃が、ついに弓兵を仕留めたのだ。

 

「・・・・・・やってくれたわね」

 

 悔しそうな表情で響を睨みながら外野へと向かうクロ。

 

 そんな中、

 

 1人、残っていたルリアがボールを拾う。

 

 今までやる気なさげにコートの隅っこにいた為、初ちゅー隊からは見逃されていた形だった。

 

 しかし今、コートに残ったのは、ルリア、そして響の2人だけ。

 

 否が応でも視線は集まる。

 

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 響をにらみつけるルリア。

 

 周囲から刺さるような視線。

 

 明らかな期待が混じったその視線に、ルリアは完全に表舞台に引っ張り出されていた。

 

「ん」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 向かい合う、響とルリア。

 

 響は相変わらず、茫洋とした瞳をルリアに向けてきている。

 

 その澄まし顔には、どうにも腹立たしさを覚えずにはいられなかった。

 

 そもそも、こんな事になったのは、響が強引にルリアを引っ張り込んだからである。

 

 ここは何としても、吠え面をかかせてやらないと気が済まなかった。

 

「・・・・・・良いわ、乗ってあげる」

 

 次の瞬間、

 

 ルリアが仕掛けた。

 

 放たれるボール。

 

 その一撃を、

 

「ッ!?」

 

 響は真っ向から受け止める。

 

 重い一撃。

 

 だが、

 

 響は足を踏ん張って、どうにか堪えていた。

 

「・・・・・・」

 

 眦を上げる響。

 

 その口元には、うっすらと笑みが浮かべられているのが分かる。

 

 これでようやく、面白くなってきた。

 

 お返しとばかりに投げ返す響。

 

 唸りを上げて飛ぶ白球。

 

 その一撃は、しかしやはり、ルリアによって受け止められた。

 

 投げては受け、受けてはまた投げ返し、

 

 応酬が続く。

 

 その様子を、外野に回った一同は、唖然とした様子で眺めていた。

 

「なあなあイリヤ」

 

 2人がボールを投げ合う様子を見ながら、雀花がイリヤに尋ねてきた。

 

「今更だけど、あの女の子は誰なんだ? 響が連れてきたみたいだけど、友達か何かか?」

「そうだよな。学校じゃ見かけた事無いし」

 

 近くにいた那奈亀も賛同するように頷く。

 

 それに対し、イリヤは微妙な表情をする。

 

 まったく、響も面倒な事をしてくれた物である。おかげでこっちは、どう説明すれば良いというのか?

 

「えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら、視線をルリアへと向けるイリヤ。

 

 今も必死になって、響とボールを投げ合っている少女。

 

 その横顔を見て、イリヤは思う。

 

 何となく、楽しそうだ、と。

 

 前回は戦いの場での対峙だったのであまり意識はしなかったが、彼女もイリヤ達と同じくらいの年齢なのだ。

 

 ならば、本来なら一緒に学校に通って、こうして遊んでいてもおかしくは無い。

 

 ルリアたちの事は、まだ殆ど分かっていない。

 

 しかし、今目の前にある光景こそが、自分たちの本来の形なのでは?

 

 そう思ってしまうのだった。

 

 そうしている内に、

 

「あッ」

 

 ルリアが投げたボールを、響が受け損ねて地面に転がる。

 

 同時に、美々が笛を鳴らした。

 

「響君アウト。初ちゅー隊全員アウトにより、クロ組の勝利となります」

 

 勝敗は決した。

 

 の、だが、

 

 初ちゅー隊の4人も、

 

 そしてクロも、いささか以上に納得がいかない表情をしている。

 

 何しろ、関係者全員が最終的に蚊帳の外に追いやられた状態で決着してしまったのだから。

 

 これでは最初の取り決めも無効となる訳だが、

 

「勝負あったわね。じゃあ、わたしはこれで」

 

 勝者となったルリアは、自分の役目は終わったとばかりに、その場で踵を返す。

 

 これ以上この場に用は無い。と言った感じである。

 

 対して、

 

「で、命令は?」

 

 そんなルリアの背中に、響が問いかけた。

 

 このドッジボールの勝者は、敗者に一つ命令する事ができる。

 

 勝者となったルリアには、その権利があった。

 

 対して、足を止めるルリア。

 

 どんな命令が出てくるのか、と一同が固唾を飲んで見守る中。

 

「・・・・・・・・・・・じゃあ、また」

 

 それだけ言い置くと、ルリアは今度こそその場を去って行くのだった。

 

「何だ、あいつは?」

「何か、よくわかんない子だったな」

 

 雀花達がそう言って首をかしげる中、

 

 響、イリヤ、美遊、クロは、ルリアが残した言葉の意味を、正確に理解していた。

 

 すなわち、「また、今度は戦場で」と。

 

 次に会う時は、再び闘争の場になるだろう。

 

 その事を、4人は感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

第10話「爆裂 ドッジ対決」

 




因みに私が小学生だったころ、ドッジボールは顔面と膝下はセーフでした。多分、うちのローカルルールだったと思うのですが。

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