Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第6話「予期せぬ凶刃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響が、

 

 美遊が、

 

 ルリアが、

 

 優離が、

 

 それぞれ視線を向ける中、

 

 紅の外套を靡かせた少女は、銀に輝く髪を靡かせて、ゆっくりと歩み出てきた。

 

 響はジッと、少女に視線を送る。

 

 やっぱり似てる。

 

 瓜二つ、としか言いようがない。

 

 アーチャーの姿をしたその少女は、肌が黒い事以外は、見れば見るほどイリヤに似ている。

 

 いっそ「黒イリヤ」を正式名称にしてしまいたいくらいである。

 

 そんな中、黒イリヤは嘆息交じりに周囲を見回した。

 

「まったく、ずいぶんとひどい戦い方をしているわね。見てらんないわよ」

 

 言いながら、肩を竦めて響と美遊を見る黒イリヤ。

 

 彼女としては、この戦いに介入する気は無かったのだが、どうにも手ぬるい響達の戦い方に我慢できず飛び出してきた、と言ったところである。

 

 それにしても、

 

 響はジッと、黒イリヤを見つめる。

 

 どっからどう見ても、姉と瓜二つな黒イリヤ。一度並ばせて見比べてみたいくらいである。

 

 正直、これで肌の色が同じなら、弟の響ですら見分けは付かないかもしれない。

 

 だが、それより何より驚いたのは、

 

「・・・・・・・・・・・・喋った」

「は?」

 

 突然の響の物言いに、不審そうな顔を作る黒イリヤ。

 

 だが、そんな黒イリヤの事を、響はマイマジと見つめる。

 

 正直、これまで相手にしてきた黒化英霊達は、どいつもこいつも理性と言う物を持たず、ただ本能の赴くままに襲い掛かって来た、いわば獣にも等しい者たちばかりであった。

 

 しかし、この黒イリヤは違う。

 

 少なくとも言葉を発し、会話をする事が出来る。

 

 つまり、交渉の余地がある、と言う事だった。

 

 意を決し、響は黒イリヤを見た。

 

 そして、

 

「どぅ~ゆ~すぴ~くじゃぽに~ず?」

「響、取りあえず落ち着いて」

 

 いきなり頓珍漢な事を言い始めた響に対し、冷静にツッコミを入れる美遊。

 

 交渉能力が皆無以下な親友に、美遊は軽い頭痛を覚えずにはいられなかった。

 

 ていうか、最初から日本語を使っていただろ。あと発音間違ってるし。

 

 対して、黒イリヤは腰に手を当てて響を見やる。

 

「・・・・・・・・・・・・もしかして、馬鹿にしてる?」

 

 少女の額に浮かんでいる青筋は、たぶん気のせいではない。

 

 もっとも、当の響からすれば、至極まじめにやっているのかもしれないが。如何せん、相変わらずの無表情である為、本気なのかギャグなのか、いまいち判り辛かった。

 

 と、

 

「誰だ、お前は?」

 

 そこで、当然の出来事に警戒していた優離が、槍を少女に向けてきた。

 

 彼やルリアとしては、突然乱入してきた黒イリヤの存在が気になる所であろう。

 

 対して、黒イリヤは余裕の表情で肩を竦めて見せる。

 

「正義の味方・・・・・・って訳じゃないわよ、言っとくけどね。けど、見て見ぬふりをするってのも、何となく後味が悪くってね。それに、こっちの用事の前に、荒らし回られるのも面白くないし」

 

 そう告げると、黒イリヤは突如、両手に白と黒の剣を持って構えた。

 

「悪いけど、ちょっとばかり介入させてもらうわ」

 

 その様に、響は目を見開く。

 

 今、黒イリヤは何の予備動作もなく、何もない空間から剣を取り出して構えたように見えた。

 

 いったい、いかなる手品を使ったのか?

 

 と、

 

「まさか・・・・・・投影魔術?」

「美遊?」

 

 親友が呟いた一言に、響が振り返る。

 

 投影魔術、とは何の事だろう?

 

 字面からして魔術の一種だと言う事は判るが、美遊の口からその言葉が出た事が、響には驚きだった。

 

 そんな美遊の声が聞こえたのか、黒イリヤは僅かに振り返って笑いかける。

 

 次の瞬間、

 

 少女は仕掛けた。

 

 手にした双剣を構えて、優離へと斬り込む。

 

 その様は、まるで地を疾走すして獲物に襲い掛かる黒豹のようだ。

 

 描かれる黒白の軌跡。

 

 対して、優離も手にした槍を横なぎに振るって迎え撃つ。

 

 激突する両者。

 

 神速の突きを立て続けに繰り出す優離。

 

 対して、黒イリヤは姿勢を低くして間合いに飛び込むと、優離の攻撃を回避しながら、同時に右手に構えた白剣を突き込むように構える。

 

 見上げる黒イリヤ。

 

 その視線の先には、攻撃直後で動けないでいる優離の姿がある。

 

 タイミング的に回避は不可能に思える一撃。

 

「貰ったわよ!!」

 

 殆どゼロ距離から放たれた黒イリヤの刃を、

 

 しかし優離は、大きく後退する事で回避してしまった。

 

 距離を置いて着地する優離。そのまま槍を構えなおす。

 

「成程・・・・・・・・・・・・確かに厄介ね」

 

 対して常識はずれな敏捷を誇る優離に、黒イリヤは舌打ちをするしかない。

 

 まさかあの間合いで、攻撃を回避されるとは思っても見なかった。どうやら彼女の能力をもってしても、優離の素早さに追随する事は並大抵の事ではないようだ。

 

 加えて、例の防御力の事もある。仮に攻撃を当てたとしても、大ダメージを与える事は難しい。

 

 常識を超えた機動性に加えて絶対的な防御力。そして高い白兵戦技術。

 

 優離は間違いなく、以前戦ったバーサーカーよりも難敵だった。

 

 後退した優離を追って、更に斬り込もうとする黒イリヤ。

 

 その時、

 

 唸りを上げて大気を斬り裂く音が飛来する。

 

 とっさに振り返ると同時に、左手に構えた黒剣を、切り上げるように振るう黒イリヤ。

 

 斜めに走る剣閃。

 

 同時に、切り払われた矢が、真っ二つになって地面に転がる。

 

 その視界の先では、弓を構えたルリアが硬い表情で黒イリヤを見据えていた。

 

 その瞳は、僅かに細目られたまま黒イリヤに向けられている。どうやら奇襲を狙った一撃を回避され、いら立ちを隠せないでいる様子だ。

 

 さらに攻撃を仕掛けるべく、弓を引き絞ろうとするルリア。

 

 そこへ、

 

 横合いから放たれた魔力弾が、ルリアに襲い掛かった。

 

「ッ!?」

 

 とっさに後退するルリア。

 

 美遊の攻撃である。どうやら、黒イリヤの参戦によって状況が変化したと判断し、攻撃を開始したのだ。

 

 とっさに後退して、美遊の攻撃を避けようとするルリア。

 

 そこへ、美遊が容赦なく追撃を仕掛けてきた。

 

 連続して放たれる魔力弾。

 

 それに対し、機先を制されたルリアは、反撃する事も出来ずに回避に専念するしかなかった。

 

 一方、

 

 響もまた、刀を手に優離に斬りかかっていた。

 

 鋭く突き込まれる切っ先。

 

 それに合わせるように、黒イリヤもまた双剣を振るって攻撃を再開する。

 

 響の攻撃に合わせるように、黒白の剣閃が優離に迫る。

 

 襲い来る2騎の英霊。

 

 その連携した攻撃を前に、

 

 優離は一歩も引かずに迎え撃つ。

 

 横なぎに振るう響の攻撃を槍で受け、黒イリヤの放った黒白の斬撃を片腕で弾く。

 

 その様に、響と黒イリヤは同時に舌打ちした。

 

 絶対的な防御力はいまだに健在であり、2人の放つ攻撃は悉く弾かれてしまう。

 

 逆に、響と黒イリヤが僅かでも隙を見れば、優離はすかさず反撃に転じてくる。

 

 鋭く突き込まれる槍の穂先を、響と黒イリヤはかろうじて回避するだけでも精いっぱいだった。

 

「英霊としての格が馬鹿みたいに高いみたいね。このままじゃ埒が明かないわ」

 

 優離の戦闘力を見抜き、舌打ちする黒イリヤ。

 

 ゲームキャラならチート呼ばわりされてもおかしくない存在であるのは間違いない。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 囁くように言いながら、槍を構えなおす優離。

 

 状況は1対2であるが、それでもなお、自分の方が戦闘力が高い事を、優離は判っている。

 

 恐らく、このまままともに戦ったとしても、負ける事は無いだろう。

 

 対して、警戒するようにそれぞれの武器を構えなおす響と黒イリヤ。

 

 緊張を増した。

 

 次の瞬間、

 

 突如、飛来した魔力の奔流が、優離に襲い掛かった。

 

「ッ!?」

 

 全く予期しえなかった方向からの攻撃に、殆ど反射的に後退する優離。

 

 響や黒イリヤではない。

 

 振り仰ぎ、魔力砲が飛来した方向に目を向ける。

 

 そこへ、ピンク色の衣装を着た少女が飛び込んで来た。

 

「ヒビキッ ミユッ 無事!?」

 

 イリヤだ。

 

 その姿は既に、魔法少女(カレイドルビー)の姿に変身している。

 

「イリヤ、何でここに?」

「保健室で寝てたら、ヒビキとミユが飛び出していくのが見えたから追いかけてきたの」

 

 問いかける響に対し、イリヤは息を整えながら答える。

 

 保健室のベッドで寝ていたイリヤは、それぞれ変身した響と美遊の姿を見つけ、ただ事ではないと感じ、とっさに飛び出してきたのだ。

 

 と、

 

 イリヤの視線が、響と並ぶような形で剣を構えている少女へと向けられた。

 

「あ、あなた、この間のッ!?」

 

 イリヤは黒イリヤの姿を見て、驚いて声を会える。

 

 先日来、姿を見せなかった黒イリヤが、まさか響達と一緒にいて共闘までしているとは思いもよらなかったことである。

 

 対して、黒イリヤの方も、イリヤに視線を向けてきた。

 

「あら、今頃来たの? 随分と余裕じゃない、イリヤ」

 

 皮肉交じりに声を掛ける黒イリヤ。

 

 対して、イリヤの反応は、

 

「しゃべった!?」

《しゃべりましたよ、この黒いの!?》

 

 響と全く同じだった。まあ、無理も無いと言えば無い話なのだが。

 

 ついでに、ルビーも一緒になって驚いている。

 

 黒化英霊と対峙した事があるイリヤ達にとって、黒イリヤが喋ったことはそれほどまでに衝撃的だったのだ。

 

《イリヤさん、早速コンタクトを!!》

「ワ・・・・・・ワタシナカマ、テキジャナイ!!」

 

 どこから取り出したのか、大きなペロペロキャンディを差し出して、黒イリヤとの交渉を試みるイリヤ。

 

 殆ど未開地の原住民扱いである。交渉能力は姉弟揃って同レベルだった。

 

 そんなやり取りの傍らで、

 

「・・・・・・・・・・・・興が削がれたな」

 

 優離は、嘆息しつつ槍を下げた。

 

 敵は4人。対してこちらは優離とルリアの2人だけ。

 

 自分たちの戦力をもってすれば負けるとは思わないが、それでも面倒である事は間違いない。

 

 無理をしてまで勝利を得ようとは思わないし、この場でそこまでするほどの意義を、優離は見いだせなかった。

 

「退くぞ、ルリアッ」

「何を馬鹿なッ」

 

 呼びかけた優離に対し、反発を返すルリア。

 

 その間に飛来する美遊の攻撃を回避。同時に、手にした弓で矢を放ち、対峙する魔法少女(カレイドサファイア)を牽制する。

 

「せっかく、好機が来たのに、ここで退ける訳ないでしょうが!!」

 

 言いながら疾走。同時に美遊に向けて矢を放つルリア。

 

 放たれた矢は三連。すべて連なるように、美遊へと向かって飛来する。

 

 対して美遊はとっさに魔力の足場を蹴って跳躍。自分に向かって飛んできた矢を回避すると同時に、手にしたサファイアに魔力を込めて解き放つ。

 

 放たれた魔力弾がルリアの足元に着弾。少女を大きく吹き飛ばした。

 

「クッ!?」

 

 吹き飛ばされながらも、どうにか空中で体勢を立て直すルリア。

 

 そのまま、優離の側へと降り立つ。

 

 その少女の肩を、優離は掴んだ。

 

「退けと言ってるだろうッ」

「まだッ」

 

 強い口調の優離を振り払うようにして、前に出ようとするルリア。

 

 しかし、

 

 ガシッ

 

「ッ!?」

 

 突如、強い力で肩を掴まれる。

 

 思わず、痛みに顔をしかめるルリア。

 

「いい加減にしろッ ガキの我儘に付き合ってやるほど、こっちは暇じゃない」

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 低い声で告げる優離に対し、思わず言葉を詰まらせるルリア。

 

 優離の言葉には、有無を言わさないだけの圧力が込められていた。

 

 その優離の言葉に観念したのか、ルリアは悔しそうに唇をかみながら踵を返す。

 

 その時、

 

「逃がさない」

 

 低い呟きと共に、刀を手に斬りかかる響。

 

 しかし、響が2人を間合いに捉える前に、優離とルリアはその場から大きく跳躍。距離を取った。

 

「逃げるの?」

「焦る必要はない。いずれ、お前とは決着をつける時が来る」

 

 問いかける響に対し、優離は静かに言い放つ。

 

「その時は、せいぜい足掻いて見せろ。衛宮響」

 

 そう言うと、踵を返す優離。

 

 その背後から付き従うように、ルリアも去って行く。

 

 と、

 

 最後に、少女の視線が、後から来たイリヤを捉えた。

 

 イリヤの方でも、ルリアの視線に気づいたのか、キョトンとして相手を見つめる。

 

 しばし、視線を交わす2人。

 

 ややあって、ルリアは視線を外すと、そのまま踵を返して優離の後を追いかけるのだった。

 

「・・・・・・・・・・・・終わった?」

 

 呟きながら、ゆっくりと刀を下す響。

 

 結局、あの2人が何者なのか、なぜ自分たちを襲ってきたのか、など、理由は全く分からないままだった。

 

 しかも、口ぶりからすると、今後も襲ってくる気満々なようである。

 

「あいつ・・・・・・・・・・・・」

 

 思い出す、優離の戦闘力。

 

 あの力は、間違いなく響のそれを大きく凌駕していた。

 

 しかも、まだ全力を出し切っていない節すらある。

 

 もし、再び戦う事になったら、果たして自分は、あの男に勝てるだろうか?

 

 それは響にも、判らない事だった。

 

「ねえ、いったい何があったの? どうしてこんな事態に? て言うか、あの人たち誰?」

 

 慌てて飛び出してきたものの、事態に全くついていけないイリヤ。

 

 対して、響と美遊は微妙な顔を見合わせながら答える。

 

「えっと、話せば長くなると言うか・・・・・・」

「ぶっちゃけ、よく分かんない」

 

 結局、ルリアと優離が誰なのか、何の目的で自分たちを襲ってきたのか、と言う事が一切分からなかった。

 

 その事が却って不気味である。

 

 それに、

 

 響は、ルリアが最後にイリヤに向けて見せた視線が気になっていた。

 

 あの憎しみと敵意によっていろどられた視線には、何か怨念じみた物を感じる。

 

 何も無ければ良いのだが。

 

 と、まあ、それはそれとして、もう一つ、片付けるべき問題が響達にはあった。

 

 響は視線を巡らせる。

 

 その先には、つい先ほどまで共闘していた黒イリヤの存在があった。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな響の視線に合わせるように、黒イリヤはやれやれとばかりに肩を竦める。

 

「邪魔者もいなくなったところで、こっちの本題に入らせてもらうわよ」

 

 本題?

 

 何のことを言ってるのか?

 

 一同が訝りを見せた。

 

 次の瞬間、

 

 黒イリヤは、手にした剣をイリヤ目がけて投擲した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 向かってくる白の刃。

 

 その切っ先が眼前に迫った瞬間、

 

「キャァっ!?」

 

 とっさに尻餅を突く形でよけるイリヤ。

 

 一拍あって、白剣はイリヤの背後にある木の幹へと突き刺さった。

 

「なッ・・・・・・ なななな!?」

 

 あまりな状況に、思わず尻餅をついたまま、ガクガクと恐怖に震えるイリヤ。

 

 木に突き刺さった剣は、尚も衝撃の振動によって「ビィィィン」と震えているのが分かる。

 

 一歩間違えば剣は顔面に刺さり、イリヤの可憐な容姿は見るも無残になり果てていただろう。

 

 回避できたのは殆ど偶然の産物に過ぎない。

 

 しかし、

 

「むう、また避けた・・・・・・・・・・・・」

 

 黒イリヤは、そんなイリヤの様子に不満げな表情を見せる。

 

「やっぱり、無駄に直感と幸運のランクが高いわね。なるべく自然にやっちゃおうと思ったんだけど、朝の奴も全部ぎりぎりで回避されるし」

「朝・・・・・・じゃあ、ダンプとか犬とか・・・・・・・・・・・・」

 

 響は朝のイリヤの様子を思い出して呟く。

 

 朝、イリヤはあり得ないほどの災難に見舞われていた(すべて回避したが)。

 

 だが、話を聞くにどうやら、その全てが目の前の少女の差し金だったと見える。

 

 再び、両手に双剣を構える黒イリヤ。

 

「やっぱり、直接殺しに行くしかないわね」

 

 笑顔から溢れる殺気。

 

 対して、イリヤも立ち上がってルビーを構える。

 

「このッ こうなったら・・・・・・・・・・・・」

 

 ステッキに魔力を込めて振り被るイリヤ。

 

「先手必勝!! 砲射(フォイア)!!」」

 

 放たれる魔力弾。

 

 以前の戦いでは、騎兵(ライダー)にもダメージを与えた一撃である。

 

 その一撃が黒イリヤに命中する。

 

 次の瞬間、

 

 ベインッ

 

 まるで飛んできた羽虫を払うように、黒イリヤは魔力弾をビンタで明後日の方向に弾き飛ばしてしまった。

 

 キラーン、と言う古典的な描写と共に、彼方へと飛び去ってしまう魔力弾。

 

「・・・・・・・・・・・・えっと」

 

 思わず、絶句するイリヤ。

 

 あまりと言えば、あまりな光景だった。

 

 次の瞬間、剣を投擲する黒イリヤ。

 

 その刃は、容赦なくイリヤに襲い掛かって来た。

 

「はわわわっ な、何でェ!?」

《ちょ、ちょっとイリヤさんッ いくらなんでも手加減しすぎです、もっと本気になってください!!》

 

 慌てて逃げるイリヤに、ルビーも焦った調子で言う。

 

 言われなくても、とばかりに振り返るイリヤ。

 

「今度こそッ 全力砲射(フォイア)!!」

 

 再び魔力弾を放つイリヤ。今度は、手加減抜きの全力攻撃である。

 

 しかし、

 

 結果は同じ。

 

 黒イリヤは自分に向かってきた魔力弾を、あっさりと剣で弾いてしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・なッ」

 

 一度ならず二度までも、となると流石に平静ではいられない。

 

「何でェェェェェェ!?」

《何か、イリヤさんの出力が激減しています。めっちゃ弱くなっていますよ!!》

 

 イリヤにガクガクと振られながら、ルビーも焦ったように答える。

 

 そんな2人の様子を見て、黒イリヤはクスクスと笑う。

 

「そっか、弱くなってるんだイリヤ。まあ、当然よね。私がここにいるんだから」

 

 楽しそうに笑う黒イリヤ。

 

 口ぶりからするに、イリヤの魔力低下と黒イリヤの出現は、何らかの因果関係がある事がうかがえる。

 

 しかし、今はその事を考えている余裕はない。

 

 黒イリヤは、両手に構えた黒白の双剣をイリヤへと向けて構える。

 

「好都合だわ。ここでサックリ殺してあげるッ!!」

 

 言い放つと同時に、剣を構えて仕掛ける黒イリヤ。

 

 対して、魔力が低下したイリヤには成す術がない。

 

 少女の運命は、ここで蹈鞴てしまうのか?

 

 そう思った次の瞬間、

 

 その目の前に、漆黒の影が飛び込んで来た。

 

 黒イリヤの繰り出す剣を、刀で弾く響。

 

 それに伴い、黒イリヤは後退を余儀なくされた。

 

 その鋭い視線が、薄笑いする少女を射抜く。

 

「・・・・・・何のつもり?」

「何って、見ての通りよ」

 

 詰問口調の響に対し、黒イリヤは肩を竦めて答えると、白剣の切っ先を響の肩越しにイリヤへと向ける。

 

「イリヤにはここで死んでもらうわ」

「そんな事、させないッ」

 

 言い放つと同時に、

 

 響は動いた。

 

 脇に構えた刀を、抜き打つように横なぎに振るう。

 

 迫る月牙の刃。

 

 対して黒イリヤはとっさに跳躍、響の攻撃を回避する。

 

「来るとわかっていれば、いくらでもよけられるわ!!」

 

 そのまま降下の勢いを利用して、響へと斬りかかる黒イリヤ。

 

 刃をそろえて振り下ろされる黒白の剣。

 

 その一撃を、

 

 響は刃を盾にして防ぐ。

 

 火花散る、互いの剣。

 

 響はそのまま、両腕に力を籠め、空中にいる黒イリヤを押し返す。

 

「おっと」

 

 対して空中で錐揉みする黒イリヤは、とっさにバランスを取って着地した。

 

「ヒビキッ!!」

「下がって、イリヤ」

 

 言いながら、前へと出る響。

 

 理由は判らないが、今のイリヤは魔力が低下している。そんなイリヤを前に出すわけにはいかなかった。

 

 再び前へと出る響。

 

 その視線が一瞬、チラッと美遊の方へと向けられる。

 

 対して、

 

 美遊もまた、響の視線の意味を受けて頷きを返す。

 

 双剣を構えて、響を迎え撃つ黒イリヤ。

 

 響の袈裟懸けの一撃を、黒イリヤは黒剣で受けつつ、逆に白剣の切っ先を突き出す。

 

 鼻先に迫る、白の刃。

 

 対して、響はとっさにのけぞるようにして、黒イリヤの攻撃を回避する。

 

 眼前を突き抜けて良く刃。

 

 舞い上がった響の前髪が数本、断ち切られて宙に舞う。

 

 しかし、

 

 攻撃の為、黒イリヤの体が大きく伸びている。

 

 この体勢からでは、とっさに動くことができないはず。

 

「もらった」

 

 一瞬を逃さず、響は刀を返して斬りかかる。

 

 横なぎに迫る刃。

 

 今度こそ、必中のタイミング。

 

 絶対にかわせるはずが無い。

 

 そう思った瞬間、

 

 響の刀は、「何もない空間」を虚しく薙ぎ払った。

 

「なッ!?」

 

 驚く響。

 

 そして、

 

「惜しかったわね。けど、甘いわ」

 

 背後から聞こえる声。

 

 そこには、双剣を振り翳す、黒イリヤの姿がある。

 

「じゃあね響。バイバイ」

 

 そのまま双剣を振るう黒イリヤ。

 

 二振りの刃が響へと迫った。

 

 次の瞬間、

 

 飛来した二条の魔力砲が、黒イリヤに襲い掛かった。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしつつ、黒イリヤはとっさに響への攻撃を断念。後退して距離を取る。

 

「・・・・・・やっぱ、そう簡単にはいかない、か」

 

 顔を上げた視線の先には、それぞれのステッキを構えたイリヤと美遊の姿がある。

 

 苦戦する響を見て、2人が援護射撃を行ったのだ。

 

 視線を巡らせる黒イリヤ。

 

 彼女の背後では、体勢を立て直した響が刀を構えているのが見える。

 

 黒イリヤを包囲するように立つ3人。

 

 その様子を見渡しながら、黒イリヤは嘆息した。

 

 流石に事前準備無しに1対3では、勝ち目は薄いと言わざるを得ない。こっちはあの優離の英霊みたいに化け物じみた実力を持っているわけではないのだから。

 

「まあそれでも、やってやれない事は無いんだけど・・・・・・流石に面倒くさいわね」

 

 黒イリヤは思案するように呟いてから、まるで手品のように両手に持った剣を消し去った。

 

「仕方ない、退くか」

「逃がさない!!」

 

 撤退する意図を示した黒イリヤに対し、急追して斬りかかる響。

 

 しかし、響が振るう刃が届く前に、黒イリヤは大きく跳躍してその場から逃れる。

 

 そのまま頭上の枝へと飛び乗り、間合いの外へと出てしまった。

 

「楽しかったわ、それじゃあね!!」

 

 言いながら木の枝を跳躍し、その場を去って行く黒イリヤ。

 

 後には、呆然と立ち尽くす、響、イリヤ、美遊の3人だけが残されるのだった。

 

 

 

 

 

第6話「予期せぬ凶刃」      終わり

 


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