Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第5話「伝説の英雄」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽光降り注ぐ中、友達と手を繋ぎ、談笑しながら歩く生徒たち。

 

 どの顔にも、これから始まる1日に対する期待と希望に満ち溢れているようだ。

 

 微笑ましさが視覚化されたような、朝の登校風景。

 

 皆が朝の爽快さを満喫している中、

 

 突如、

 

 巻き起こる突風。

 

 悲鳴と共に、少女たちの髪やスカートが巻き上げられる。

 

 一瞬の後、開かれる眼差し。

 

 しかし、そこにはすでに何もなく、ただ呆然と立ち尽くす少女たちだけが取り残されているのだった。

 

 

 

 

 

 民家の屋根から屋根へ、疾走する小さな影が2つ。

 

 その姿は、誰の目にも捉えられることなく駆け去って行く。

 

 先行するのは、深緑の衣装を纏い、獣の耳と尻尾を持つ少女。

 

 追撃するのは、漆黒の衣装を纏った少年。

 

 夢幻召喚(インストール)して、英霊化した響は、突如、奇襲を仕掛けてきた獣少女を追いかけている。

 

 再び響に襲撃を仕掛けてきたあの少女は一体何者なのか?

 

 なぜ、自分たちに攻撃を仕掛けてきたのか?

 

 それは判らない。

 

 しかし、襲撃はこれで2度目。ただでさえ黒イリヤの事とか頭の痛い事が多いのに、これ以上、問題を増やされたのでは溜まった物ではない。

 

 響ならずとも、そろそろ多少の埒は開けたい所である。

 

 何はともあれ、全ては捕えない事には始まらなかった。

 

 民家の屋根を飛び越えながら、駆ける足を更に速める響。

 

 緑色の衣装を着込んだ背中が、徐々にだが視界の中で大きくなり始める。

 

 この分なら追いつける。

 

 そう思った、その時だった。

 

 視界の中で、獣少女が振り返るのが見えた。

 

 その手に構えられる、弓と矢。

 

 照準は、真っ直ぐに響へとむけられている。

 

「ッ!?」

 

 舌打ちする響。

 

 駆けながらとっさに、刀の柄に手を掛ける。

 

 それと同時に、矢は放たれた。

 

 風を切る音が鳴り響く。

 

 まっすぐに、殺気を伴った矢じりが向かってくるのが見えた。

 

 次の瞬間、

 

 響は鋭く抜刀する。

 

 空中に振り抜かれる、銀の閃光。

 

 斜めに走る一閃。

 

 その一撃が、飛んできた矢を両断する。

 

 だが、攻撃はそこで留まらない。

 

 二の矢、三の矢と飛来する。

 

 息をつかさない連続攻撃。

 

 対して、響も負けていない。

 

 手にした刀を的確に振るい、矢の軌跡を遮って撃ち落としていった。

 

 

 

 

 

 響が飛来する矢を次々と切り払う様子を、ルリアは顔をしかめて見据える。

 

 先程から必中を期して放っている攻撃がかわされている事が気に食わないのだ。

 

「地味に厄介ね」

 

 言いながら、再び矢を放つルリア。

 

 合わせる照準は、響の眉間。

 

 逃げながらとは言え、その照準はぶれる事は無い。こんな事は、彼女の能力からすれば何でもない事である。

 

 放たれた矢は、

 

 しかし、またしても響の姿を捕らえる事は無い。

 

 彼の振るう刀によって弾かれてしまった。

 

「やっぱダメか・・・・・・」

 

 舌打ちするルリア。

 

 どうやら、響の能力は侮れないものがあるようだ。やはり万全の状態でなければ、攻撃を当てる事は難しい様だ。

 

 それに・・・・・・・・・・・・

 

 ルリアは、先ほどから響に対してひどくやりにくさを感じていた。

 

 何と言うか、照準を合わせようとすると、視界の中で響の姿がわずかにぶれるような感触がある。

 

 まるで影相手に矢を放っているような、手応えの無さ。

 

「あれってやっぱり、暗殺者(アサシン)って事なのかしらね・・・・・・・・・・・」

 

 相手のクラスが持つスキルが、攻撃を阻害する要因になっているとルリアは考えていた・

 

 となると、遠距離からチマチマと削るような攻撃をしたとしても意味は無いだろう。

 

 これ以上、効果のない攻撃を繰り返しても消耗するだけである。

 

「腹立たしいけど、ここは作戦通りに行きましょう」

 

 呟きながら、前方に視線を向けなおすルリア。

 

 次の手を打つべく、獣少女は速度を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルリアを追って響がたどり着いたのは、円蔵山に通じる森の中だった。

 

 ここは以前、イリヤと一緒に魔法の練習をした場所からも近い。響にとっては慣れ親しんだ場所だった。

 

 着地する響。

 

 その視界の先に、

 

 獣少女が佇んでいた。

 

 まるで響を待ちわびていたかのように立ち尽くし、視線はまっすぐにこちらを見据えている。

 

「・・・・・・今度こそ、答えてもらう」

 

 油断なく刀の切っ先を向けながら、響は少女に告げる。

 

 相手の目的、正体、能力。

 

 聞きたい事は山ほどあった。

 

 少年の瞳には既に殺気が籠り、ルリアが少しでもおかしな動きを見せれば、すぐに斬り込む構えだった。

 

「取りあえず、誰?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかける響に、沈黙で答えるルリア。

 

 どうやら、答える気は無い、と言うスタイルらしいが。

 

 ややあって、

 

 少女は嘆息する。

 

「言われた通り、ここまで連れてきた。あとは任せるわよ」

「何を・・・・・・・・・・・・」

 

 突然の少女の物言いに、訝る響。

 

 響に言った言葉ではない。

 

 では、誰に言ったのか?

 

 そう思った、その時、

 

 ザッ

 

 背後から聞こえた足音に、とっさに振り返る響。

 

 そこには、

 

「時間をかけすぎだ。誰かに見られたらどうするつもりだったんだ?」

 

 響の視線の先に立つのは、漆黒のライダージャケットを羽織った、目付きの鋭い年上の少年。

 

 その姿を見て、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 響はすぐに思い出す。

 

 あの、美遊と行った海岸で、すれ違いざまに警告してきた少年である、と。

 

「問題ないわよ、優離(ゆうり)。どうせ、一般人に見られたら、そいつも消せばいいだけの事だし」

「簡単に言うな。情報統制だけでも並の苦労ではない。俺たちは協会のバックアップがあって動いている訳じゃないんだからな」

 

 窘めるように低い声で言いながら、優離と呼ばれた少年は響に向き直る。

 

「さて、衛宮響」

「・・・・・・何で名前を?」

 

 警戒するように呟く響。

 

 とは言え、

 

 響は自分の中で、緊張の度合いが高まるのを、否が応でも感じざるを得なかった。

 

 この状況は、明らかにまずい。

 

 前後を敵に挟まれたままでは、不利は否めなかった。

 

 しかも、優離と呼ばれた男の方は、実力的に未だに未知数。油断はできなかった。

 

 刀を構えたまま、立ち尽くす響。

 

 そんな響に対し、優離は一歩前へと出る。

 

「恨みは無いが、これも仕事だ。お前には、ここで死んでもらう」

 

 そう言うと優離は、ゆっくりと手をかざし、

 

 そして自分の胸に当てる。

 

 その姿に、響は思わず目を見開いた。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず、声を上げる響。

 

 それは、見間違えるはずもない・・・・・・・・・・・・

 

夢幻召喚(インストール)

 

 低く囁かれる詠唱。

 

 次の瞬間、優離の足元に魔法陣が展開される。

 

 光に包まれる少年の体。

 

 衝撃が周囲一帯を蹂躙する。

 

 見ていた響が、思わず顔を覆うほどの衝撃。

 

 やがて、全ての衝撃が収まった時、

 

 優離の姿は一変していた。

 

 異国の武人を思わせる衣装と銀色の甲冑に身を包み、手には大ぶりの槍が握られている。

 

 そして、

 

 離れていても感じられるほどの威圧感。

 

 間違いない。

 

 目の前の少年が、何らかの英霊をその身に宿したことを、響は瞬時に理解する。

 

「・・・・・・クラス『ライダー』。インストール完了」

 

 優離は低い声で言い放ち、手にした槍を持ち上げる。

 

 対抗するように、刀を構える響。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 頭上で槍を、大きく旋回させる優離。

 

 次の瞬間、

 

「行くぞ」

 

 低い声と共に、優離は仕掛けた。

 

 一気に響との距離を詰める優離。

 

 その様に、

 

「速いッ!?」

 

 思わず、響は息を呑む。

 

 それ程までに、優離の動きは速かった。

 

 数メートルはあった距離を、一瞬にして詰めた形である。

 

 繰り出される槍の穂先。

 

 その一撃に対して、

 

 響の反応は、辛うじて間に合った。

 

 刀を盾にして、優離の槍を弾く響。

 

 だが、

 

「グッ!?」

 

 受け止めた瞬間、思わず手に痺れを感じるほどの衝撃を受ける響。

 

 優離の攻撃が響の予想をはるかに上回るほどに重かったため、思わず刀を落としそうになったのだ。

 

 少年の小さな体は、そのまま押し込まれそうなほどの強い負荷が加わる。

 

 しかし、

 

「まだだぞ」

 

 不吉な声が、響の鼓膜を震わせる。

 

 次の瞬間、

 

 優離は競り合いの状態から、強引に槍を克ち上げるように振るった。

 

「なッ!?」

 

 目を見張る響。

 

 その小さな体は、成す術もなく空中に持ち上げられる。

 

 何という膂力なのか。

 

 優離の筋力は、響のそれを大きく上回っている事が、その一事だけで分かる。

 

 空中で錐揉みする響。

 

 その視線が、少し離れた場所に立つ少女の姿を捕らえた。

 

 ルリアは空中にある響に対し、矢を番えた弓を向けている。

 

 その様に、思わず目を細める響。

 

 ルリアは闇雲に逃げてこの場所に来たわけではない。

 

 優離と共謀して響を倒すため、初めからこの場所におびき出したのだ。

 

「これでッ」

 

 必殺の念と共に、矢を放つ優離。

 

 うなりを上げて飛翔する矢。

 

 その鏃が、空中の響を捉えようとした。

 

 次の瞬間、

 

 響の姿は、一瞬にしてその場から消え去った。

 

「なッ!?」

 

 驚くルリア。

 

 その少女の目の前に、

 

 少年は姿を現した。

 

 響は空中で魔力の足場を作りルリアの矢を回避すると同時に、殆ど一瞬にして距離を詰めたのだ。

 

 響は少女の目の前で、刀をフルスイングするように構える。

 

「貰った」

 

 低い声と共に、刀の振るおうとする響。

 

 相手は人間。

 

 これまでの黒化英霊のように、意思無き存在ではない。

 

 攻撃する事に躊躇いを覚えない訳ではない。

 

 だが、それでも、降りかかる火の粉は払わなくてはならなかった。

 

 相手が襲ってくる以上、反撃する事を躊躇う気は無かった。

 

 ルリア目がけて迫る、銀の刃。

 

 響の放った攻撃が少女を斬り裂くか?

 

 そう思った。

 

 だが、

 

「甘いな」

 

 囁かれるような声。

 

 次の瞬間、

 

 ガキンッ

 

 横から伸びた槍の穂先が、響の繰り出した刃を受け止めていた。

 

「んッ!?」

 

 思わず振り返る響。

 

 合わさる優離の視線が、鋭く光る。

 

 同時に、槍を横なぎに繰り出された。

 

 対して、響の反応も素早い。

 

 迫る槍の穂先に対し、とっさに地を這うような低い姿勢を取って優離の一閃を回避。

 

 同時に、体制を整える間ももどかしく、擦り上げるようにして刀を繰り出した。

 

「これでッ」

 

 必中を確信する響。

 

 その刃が、優離の胴を捉えた。

 

 次の瞬間、

 

 ガキッ

 

「なッ!?」

 

 思わず絶句する響。

 

 ありえない異音と共に、響が繰り出した刃は、優離の胴に受け止められていたのだ。

 

 響の刃は、間違いなく優離を捉えている。にもかかわらず優離は一切、出血はしていなかった。

 

「そん、な・・・・・・・・・・・・」

 

 愕然とする響。

 

 次の瞬間、

 

 優離の放った強烈な蹴りが響の腹に当たり、少年は大きく吹き飛ばされた。

 

「グ、ハッ」

 

 そのまま地面を転がり、背後の木の根に当たって止まる響。

 

 腹部に受けた衝撃。

 

 そこから生じる痛みに、響は呼吸が止まるほどのダメージを受ける。

 

 刀を手放さなかったのは殆ど本能的だったが、身動きがほとんどできなくなってしまう。

 

 そんな響を見下ろす優離。

 

「さすがは暗殺者(アサシン)と言ったところか。敏捷と隠密度においては侮れない物がある」

 

 言いながら、槍を持ち上げて穂先を掲げる。

 

「だが、所詮は暗殺者。ギリシャの大英雄の相手としては役者不足だったな」

 

 刃がギラリと光る。

 

「死ね」

 

 槍が降り上げられた。

 

 次の瞬間、

 

 突如、飛来した閃光が、優離の胸板を直撃した。

 

「うッ!?」

 

 流石に予期していなかったのか、衝撃を受けて後退する優離。

 

 ダメージは皆無だったが、衝撃までは殺せなかったのだ。

 

 そこへ、青い影が飛び込んでくると、倒れている響を守るように、手にしたステッキを真っすぐに構えた。

 

「響は、やらせない」

 

 魔法少女(カレイドサファイア)に変身した美遊は、そう言って目の前に立つ優離とルリアを牽制する。

 

 その瞳は、普段の静かさの中に、激情のような炎が宿っているようにも見える。

 

 幼さの残る少女の瞳は、今や明確な戦気を伴って輝いていた。

 

「み、美遊・・・・・・」

「大丈夫、響?」

 

 ようやく起き上がった響を気遣うように、美遊が声を掛けた。

 

 対して、優離とルリアも、突如現れた美遊の存在に警戒を露わにしている。

 

 響1人なら数で圧倒できるが、しかしそこに美遊まで加わるとなると、流石にどう転ぶか分からなかった。

 

「美遊、気を付けて。こいつら、強い」

「うん」

 

 響の言葉に、頷きを返す美遊。

 

 とは言え、

 

 チラッと、響を見やる。

 

 ここまで1人で戦ってきた少年の姿は、既にボロボロである。

 

 親友をここまで傷つけられて平静でいられる美遊ではなかった。

 

 少女の中で、激情は更なる炎となって燃え上がる。

 

 誰であれ、親友を傷つける者は許さない。

 

 美遊の瞳は、そう語っている。

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に動いた。

 

 

 

 

 

 駆ける響。

 

 その手にした刀が、輝きを受けて閃く。

 

 対して、待ち受ける優離も、槍を真っすぐに構えて迎え撃つ。

 

 既に先ほどの激突で、膂力では優離に敵わない事を、響は悟っている。

 

「ならッ」

 

 更に速度を速める響。

 

 そこへ、優離が槍を鋭く繰り出す。

 

 だが、

 

 その穂先が響を捉えようとした次の瞬間、

 

 響は身を捻るようにして優離の攻撃を回避する。

 

「チッ」

 

 舌打ちする優離。

 

 その間に響は、回避の勢いを殺さずに旋回すると、横なぎの一線を優離に繰り出す。

 

 大気を斬り裂く鋭い一閃は、

 

 しかし、それよりも一瞬早く、優離がのけぞるようにして回避したため、捉えるには至らない。

 

「速さも、それなり・・・・・・」

「当然だ」

 

 舌打ち交じりの響に対し、優離は余裕の表情で返す。

 

「この俺に、よりによって『速さ』で挑むとは、愚かにもほどがあるぞ!!」

 

 言い放つと同時に、槍を横なぎに振るう優離。

 

 対して、響は空中で宙返りをしながら、優離の攻撃を回避する。

 

 同時に魔力を足に通して空中に足場を形成する。

 

 立ち尽くす優離を眼下に見る響。

 

 手にした刀は、切っ先を優離に向けて構えられる。

 

 そのまま、空中を蹴って疾走する響。

 

 突き込まれる刀の切っ先が、優離の胸板を捉える。

 

 だが、

 

 ギンッ

 

 繰り出した刃は優離を貫く事叶わず、胸板で受け止められていた。

 

 舌打ちしながら交代する響。

 

 とっさに、後方宙返りを行い、距離を置きにかかる。

 

 そのまま、反撃が来る前に間合いを取り直した。

 

 しかし、

 

 攻撃を当てても、弾かれてしまうのは、やはりこれまでと同じだった。

 

 恐らくだが、優離の防御力の正体は、宝具の類ではないか、と響は読んでいた。

 

 しかしそうなると、あの防御力を破るには、何らかの条件を満たす事が必要になるだろう。

 

 優離が、かつて響達が戦ったバーサーカーと同等か、あるいはそれ以上の防御力を誇っているのは間違いない。

 

 蘇生能力があるかどうかは判らないが、いずれにしても、

 

「厄介・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら響はスッと体を半身引き、刀の切っ先を優離に向けて構える。

 

 相手に絶対防御がある以上、多少の攻撃を繰り出したところで埒が明かない。

 

 ここは一気に、最大戦力で勝負を掛けるべきだった。

 

 対して、優離も槍を構えた。

 

 次の瞬間、

 

 仕掛けたのは響だった。

 

 踏み出す一歩。

 

 少年の体が加速する。

 

 二歩、

 

 響の姿が霞むほどの速度で駆け抜ける。

 

 そして三歩、

 

 獣の牙と化した刃が、優離に襲い掛かる。

 

 その響の姿に、

 

「ッ!?」

 

 思わず息を呑む、優離。

 

 響の動きは、優離の予想をはるかに上回っていたのだ。

 

 それだけではない。

 

 迫る刃に込められた殺気。

 

 その強烈な一撃を前に、

 

 とっさに防御の姿勢を取る優離。

 

 そこへ、容赦なく響の繰り出した突きが襲い掛かった。

 

「グッ!?」

 

 衝撃に、息を詰まらせる優離。

 

 次の瞬間、

 

 響の放った突きは、彼の防御力を上回り、胸板を貫く。

 

 その胸より、大量の鮮血が舞い散った。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 響が優離相手に奮戦している傍らでは、美遊もまた、ルリアとの交戦を開始していた。

 

 木々の陰に隠れながら矢を放ってくるルリアに対し、美遊は魔力弾を放って応戦する。

 

 両者の間で交わされる、激しい砲火。

 

砲射(シュート)!!」

 

 美遊が空中を蹴りながら放った魔力弾に対し、

 

 ルリアはとっさに木の幹を足場代わりにして上空へ駆けあがり回避する。

 

 上空で、弓を構えるルリア。

 

 必中の意思を込めて、矢を放つ。

 

 唸りを込めて飛来する矢。

 

 対して、

 

 美遊はサファイアをかざすと、前面の障壁を展開して防御する。

 

「甘いッ」

 

 矢を弾くと同時に、美遊は動いた。

 

 手にしたサファイアに魔力を込めると、薙ぎ払うように放つ。

 

 迸る魔力の閃光。

 

 対してルリアは、木々を飛び移りながら回避する。

 

《敵の敏捷はかなり高いようです。ご注意ください、美遊様》

「大丈夫。考えがある」

 

 サファイアの指摘に冷静に答えながら、美遊は再び攻撃態勢に入る。

 

 木々を縫うように空中を蹴りながら、ルリアとの間に一定の距離を保つ。

 

 同時に、魔力を込めたサファイアを掲げる。

 

速射(シュート)!!」

 

 放たれる無数の魔力弾。

 

 イリヤの散弾に近い攻撃は、放射状に広がり、ルリアに襲い掛かる。

 

 対して、巧みに木の枝を足場にしながら回避に努めるルリア。

 

「その程度の攻撃で、わたしは捕えられないよ!!」

 

 言い放った直後、

 

 ルリアは目を見開いた。

 

 立ち並ぶ木々の向こう。

 

 まっすぐにサファイアを向けた、美遊の姿がある。

 

「弾速最大、砲射(シュート)!!」

 

 放たれる、最高速度の魔力砲。

 

 その一撃が、

 

 真っ向からルリアを撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 胸の傷を押さえ、後退する優離。

 

 対して響は、突きを放った状態のまま、視線を相手に向けている。

 

 手ごたえはあった。響の剣は確かに、優離にダメージを与える事に成功した筈。

 

 しかし、

 

「浅い・・・・・・・・・・・・」

 

 響は険しい顔で呟く。

 

 本来なら必殺確実の攻撃を放ったにも関わらず、響は己の刃が完全には決まらなかったことを自覚せざるを得なかった。

 

 その証拠に、

 

 顔を上げた優離の口元には、笑みが浮かべられていた。

 

「多少は、できるようだな」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 相変わらず胸からは血が流れ続けているが、優離の表情には、明らかな余裕が見られる。未だに全力を出していない感すらあった。

 

 目を細める響。

 

 こちらは切り札まで使ったと言うのに、倒しきる事ができないとは。

 

 その時だった。

 

 突如、立て続けに枝を折る音がしたかと思うと、対峙する2人の間を裁くように、少女が落下してきた。

 

 ルリアだ。

 

 敏捷さを発揮して戦っていた少女だが、美遊の強烈な攻撃を受けて撃墜された形だった。

 

 ルリアはどうにか着地に成功したものの、左腕からは血が流れている。

 

 そこへ、追いかけるようにして美遊が、響のすぐ側へと降り立った。

 

「ごめん、仕留めそこなった」

《予想以上に素早かったです》

 

 そう言って詫びる美遊とサファイア。

 

 どうやら、向こうも仕留めきれなかったようだ。

 

 一方、

 

「どうした、もう終わりか?」

「うるさい。少し休憩してただけよ。そっちこそ、血だらけで威張らないで」

 

 揶揄するような優離の言葉に、ルリアは悪態交じりで返す。

 

 どうやら、あまり仲が良い、とは言えないようだが。

 

 構えなおす、響と美遊。

 

 まだ、戦いは終わっていない。

 

 両者の間に、再び緊張が走りかけた時だった。

 

「やれやれ、まったく危なっかしくて見てられないわね」

 

 どこか楽し気にさえ聞こえる陽気な少女の声が響き渡る。

 

 振り返る一同。

 

 そこで、

 

「「あッ」」

 

 響と美遊は、同時に声を上げる。

 

 そこに立っていたのは、

 

 よく見知った人物と、全くうり二つの容姿を持つ少女。

 

 先日来、響達が気にかけている存在。

 

 黒イリヤに他ならなかった。

 

 

 

 

 

第5話「伝説の英雄」      終わり

 


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