Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第2話「憂鬱の少女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴れ渡る空。

 

 清々しい風。

 

 暖かく降り注ぐ陽光。

 

 そんな爽やかな雰囲気が、朝の登校風景を彩っている。

 

 心地よい空気の中、小学生たちは学び舎に向かって、笑顔で歩いていく。

 

 まさしく、青春と平和、とでも題名をつけたい風景である。

 

 そんな中、

 

 爽やかな風景をぶち壊すような、どんよりした空気を垂れ流す小学生が約1名、トボトボと言った感じに通学路を歩いていた。

 

 そんな姉の様子に、衛宮響は呆れ気味の視線を向ける。

 

「イリヤ、遅い。て言うか、ちょっと鬱陶しい」

「うう、少しは気遣ってよ~」

 

 薄情な弟の言葉に返す返事にも、しかし力が籠らない。

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは今、彼女の取柄ともいうべき「溌剌さ」を完全に失った状態で、重い足取りを引きずっていた。

 

「ヒビキは良いよね、巻き込まれたわけじゃないし」

 

 嘆息交じりに呟くイリヤに、響もかける言葉が見つからなかった。

 

《もー イリヤさん、何を黄昏ているんですか。人生はもっと楽しくないといけまんせんよー》

 

 ひどく能天気な声とともに、イリヤの長い髪の中から星形のプレートのようなものが飛び出してきた。

 

 その星を、ジト目で睨むイリヤ。

 

「何言ってんの。全部、ルビーのせいじゃん」

《いえいえ、全ては運命。私とイリヤさんは、それはもう、赤い糸でハートががっちりばっちりと結ばれているのですよ》

「いや、意味わかんないし」

 

 この、うさん臭さ全開な軽快トークを繰り広げるヒトデ、ではなくて星形の物体は、マジカルルビーと言い、何やら大層な魔術礼装であるという。

 

 今、このルビーとやらと、イリヤは契約状態にあるのだとか。

 

 尚も軽い調子で話しまくるルビーをジト目で睨みつつ、響は昨夜のことを思い出していた。

 

 昨夜の事は、2人にとってあまりにも衝撃的過ぎた。

 

 

 

 

 

「「魔術協会?」」

 

 響とイリヤは、目の前に座る遠坂凛に対し、

 

 あの後、イリヤの部屋に集まって、諸々の説明を受けていた。

 

「そう。あたしはそこから派遣されてきたエージェントって訳」

 

 魔術。

 

 魔法。

 

 今時、そんなありふれたファンタジーなど、小学生だって信じるわけがない。

 

 と、思っていたのだが、

 

《何を格好つけちゃってるんですかねー この年増ツインテールは》

 

 こうしてノーテンキにしゃべるヒトデ、ではなく自称「魔法のステッキ」が現実に存在している以上、認めざるを得ないのだが。

 

 凛と、この魔法のステッキ「マジカル・ルビー」の説明によると、事情はこうである。

 

 彼女たちはイギリスのロンドンにある、「時計塔」と言う場所から派遣されてきた魔術師なのだと言う。

 

 時計塔と言うのは、いわゆる魔術師を養成する学校で、彼女はそこの主席候補らしい。

 

 しかしある日、この冬木市で起こっている魔術的現象を調査するために、この街に派遣されてきたらしい。

 

 しかし、同じく派遣されてきた相手が最悪であり、任務そっちのけで仲たがいするばかり。

 

 そんな彼女達にルビーと彼女の妹は、とうとう愛想を尽かして契約を一方的に破棄。そこで新たな契約者を探している内にイリヤを発見。安全(ごういん)かつ、完全な同意(ごりおし)の元、イリヤと契約を結び現在に至ると言うわけだ。

 

「ははあ、成程」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 説明を聞いたイリヤと響は、生暖かい目で2人を見詰める。

 

 何というか、状況がコントじみていて、小学生2人はイマイチどう反応すればいいのか判らないのだ。

 

 何とも、緊迫感が欠ける事甚だしかった。

 

「で、でもさ!!」

 

 そんな空気を一変しようと、イリヤが努めて明るく言った。

 

「しゅ、せき? て事は、一番頭が良いって事なんだよね」

「ん、ま、まあね」

 

 イリヤに言われ、凛は僅かに視線をそらしながら答える。

 

 そんな風に言われて、悪い気はしていない様子だ。

 

 そこへ、イリヤはさらに言い募る。

 

「そっか、優秀な人だから、こういう任務みたいなのも任されるんだね!!」

「ん、すごい」

 

 イリヤの意図を察したのか、響もまた同意するように頷く。

 

 確かに「主席候補」と言うからには、凛が優秀な「魔術師」である事は間違いないのだろう。

 

 目をキラキラと輝かせて、凛を見る子供たち。

 

 対して、凛はと言えば、何とも微妙な表情で視線を逸らしている。

 

「あ~ それは・・・・・・えっと・・・・・・」

《いえいえ、騙されちゃいけませんよ~ イリヤさん、響さん》

 

 口ごもる凛に代わって、ルビーが口を開いた。

 

《本当は凛さん達は、私の制作者である大師父(ジジィ)の弟子にどっちがなるかで揉めて、時計塔の講堂を破壊した挙句、罰として今回の任務に就かされたんですから》

「だまらっしゃいッ あたしの元から飛び出してったあんたに、そんな事言われたくないわよ!!」

 

 出来れば隠しておきたかった事実をあっさり暴露したルビーを、凛はがっしりと掴み、握りつぶさん勢いで掌に力を籠める。

 

 見れば、ルビーの体が、握力に押されて変形していくのが分かる。

 

 そんな2人の様子を見やりつつ、小学生2人は同時に思った。

 

 「何かこの人、色々とダメっぽい」

 

 と。

 

「・・・・・・・・・・・・まあ、話は戻すけど」

 

 さんざんルビーを虐待した凛は、彼女を放り出してから2人に向き直る。

 

「結論から言えば、私たちが時計塔から依頼された任務は、カードの回収よ。こんな感じのやつね」

 

 言いながら、凛はポケットの中に入れておいたアーチャーのカードを取り出す。

 

 弓を構えた兵士の絵柄に、響とイリヤ。

 

「カードって・・・・・・でもこれ、ステータス表記が無いから、ゲームができないよ」

 

 昨今、カードゲーム業界も発展著しい。

 

 様々な分野のカードゲームが出回っており、響達の学校でも流行っていた。

 

「同じのなら、ある」

 

 言いながら、響はモンスターの絵柄が描かれたカードを凛に差し出す。

 

「ダブったから1枚あげる」

「いらないわよ。ていうか、それはおもちゃのカードじゃないの。極めて高度な魔術理論で編み上げられた、特別な力を持つカードなのよ。悪用すれば、それこそ町1つ滅ぼせるくらいの、ね。それと同じようなカードが、この冬木の町には眠っているのよ」

 

 などと言われても、小学生2人にはイマイチ、ピンと来ない。

 

「要するに、町に仕掛けられた爆弾を秘密裏に解体していく、闇の爆弾処理班みたいな感じ?」

「仕事人?」

「・・・・・・斬新な比喩ね。まあ、だいたい間違いじゃないんだけど」

 

 最近の小学生は、何やら知識の偏りが激しいらしい。

 

 まあ、小難しい事を言っても分からないだろうから、それくらいザックリとした認識の方がやりやすいのかもしれないが。

 

「ま、そんな感じで、その爆弾を処理するのに、生身のままじゃきついってんで、特別に貸し出されたのが、このバカステッキってわけ」

《最高位の魔術礼装をバカステッキ呼ばわりとは失礼な人ですねー そんなんだから反逆されるんですよ。私だって(扱いやすい)主人(マスター)を選ぶ権利くらいあります!!》

 

 微妙に本音が漏れた気がしたが、ルビーは断固として凛の手をはねのける。

 

 どうやら、梃子でも契約を解除するつもりはないらしい。

 

 嘆息する凛。この事態は、彼女にとっても予想済みの事だったようだ。

 

「本来なら無関係な人間を巻き込みたくないんだけど、でもこいつはこの通り、まったくいうこと聞かないし」

 

 言いながら凛は、ルビーをイリヤに投げてよこす。

 

「だから、解放されたかったら、なんとかその馬鹿を説得するように。その間、あんたには私の代わりに戦ってもらうわよ」

 

 そう言ってから、凛はイリヤの鼻先に指を指す。

 

「イリヤ、あんたには、あたしの奴隷(サーヴァント)になってもらうからね」

「・・・・・・・・・・・・はい?」

「・・・・・・鯖・・・・・・煮込み?」

 

 対して、意味が分からず、響とイリヤは目を丸くするのだった。

 

 

 

 

 

 そんなやり取りをした後である。

 

 イリヤが落ち込みたくなる気持ちもわかるのだが、

 

「いい加減、シャッキリする」

「うう、薄情な弟を持つと苦労するってのがよくわかるよ」

 

 うっすらと涙を浮かべつつ、イリヤは嘆息する。

 

 もっとも、こうしたやり取り自体が、姉に対する響の気遣いなのだ。

 

「キリキリ歩く。このままじゃ遅刻」

「う~」

 

 たぶん。

 

 こうして、いつもの倍近い時間をかけて学校へと到着したイリヤと響。

 

 下駄箱を開けて上履きを取り出そうとした時だった。

 

「あれ?」

 

 下駄箱の中を覗いていたイリヤが、何やらキョトンとした様子で突っ立っている。

 

 そんな姉の様子に、響も訝りながら近づいた。

 

「イリヤ?」

「これ、は・・・・・・」

 

 中に手を突っ込むイリヤ。

 

 取り出したのは、封筒に入った1枚の手紙だった。

 

 差出人は無い。

 

 しかし、下駄箱の中に入っている手紙、とくれば想像力が大いに駆り立てられるところである。

 

《これはもしかすると、もしかしなくても、ラブでレターなアレですね!! 間違いありません!!》

 

 興奮した調子で喚きまくるルビー。

 

 その横で、響はボソッと呟く。

 

「ベタすぎ」

《いえいえ響さん。情報あふれる昨今においてこそ、こうした古典的な手法が尊ばれるのですよ!! ビバ古典回帰!!》

「・・・・・・よくわからない」

 

 ルビーの言動についていけず、首をかしげる響。

 

 そんな2人の喧しいやり取りの横で、イリヤが手紙を見詰めたまま立ち尽くしている。

 

 流石に未経験の事態の為、小学生の対応能力を超えているらしい。

 

 そんなイリヤに、寄り添うルビー。

 

《落ち着いてくださいイリヤさん。ここは冷静に、冷静に対処すべきところですよ》

「う、うん、わかってる」

「爆弾処理か?」

 

 ジト目になった響のツッコミを無視して、イリヤとルビーはゆっくりと封筒を開いて中身を取り出す。

 

 果たして、中から出てきた手紙の文面は、

 

『今夜0時、高等部の校庭まで来るべし。来なかったら、迎えに行きます』

 

 最後に「遠坂凛」の署名と共に、そんな事が書かれていた。

 

 しかもなぜか定規を使い筆跡を隠そうとしたのか、妙に直線の目立つ字で。知り合い相手に、なぜそんな事をする必要があるのか?

 

「「《・・・・・・・・・・・・》」」

 

 しばし、絶句する3人。

 

 正直、どんなリアクションを取ればいいのか、計りかねているのだ。

 

 ややあって、

 

「・・・・・・ん、もうすぐ、予鈴鳴る」

《そうですね。遅刻するのはよくありません》

「そうだね、行こ行こ」

 

 そう言うと、3人は何事もなかったように立ち去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男は一見すると、普通のサラリーマン風の男に見える。

 

 灰色のスーツを着込み、手には小型のトランクを抱え、人の流れに乗るように歩いている。

 

 一見すると普通の、

 

 そう、普通すぎるくらいに普通の動き。

 

 しかし、

 

 その普通の動きが、見る者によっては却って不自然に映るのだった。

 

 サングラスの下にある鋭い眼光は、真っ直ぐに前を見据え、まるで全てを監視するように睨み据えている。

 

「ここが、冬木か」

 

 低い声で囁かれる言葉。

 

 抑揚を抑えた、低い声。

 

 道行く人々は、誰もその言葉に気付かずに歩いていく。

 

 しかし、僅かでも素養がある人間なら、不審な眼差しを男に向ける事だろう。

 

 それほどまでに、男が放つ雰囲気は剣呑な物だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ここに、奴がいる、か」

 

 そう呟くと、男は足早に歩き去っていく。

 

 やがて、その姿は雑踏に飲み込まれ、見えなくなっていくのだった。

 

 

 

 

 

「コンパクトフルオープン!! 鏡界回廊最大展開!!」

 

 告げると同時に、少女の姿は光に包まれる。

 

 それは少女がずっと心の中で夢見て来たことだった。

 

 キラキラした可愛らしい衣装を着て、手には不思議なステッキを持って舞い踊る少女。

 

 そして呪文を唱える度に、本来ならあり得ない筈の事が次々と起こる。

 

 自由自在に空を飛び、

 

 他の人間に変身し、

 

 動物や虫と会話する。

 

 そんな素敵な能力。

 

 そして時に、敵を相手に勇敢に戦う。

 

 そんな魔法少女になる事を、ずっと心の奥底で望んできた。

 

 その夢が、ついに叶ったのだ。

 

「魔法少女プリズマ・イリヤ、推参!!」

 

 名乗りを上げて、可愛らしくポーズを決めるイリヤ。

 

 同時に、相棒であるステッキに告げる。

 

「悪い奴等と愚鈍な男は許さない!! ルビー、行くよ!!」

《オーケー、マイマスター!! 魔力集積路二次開放!!》

 

 ステッキに魔力が集中する。

 

 イリヤは、自身の敵を見据えて振りかざす。

 

「行くよ、一撃必殺!!」

 

 今まさに、攻撃しようとした。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 スパァンッ

 

 

 

 

 

「あいたァッ!?」

 

 突然、頭をはたかれ、イリヤは目を覚ました。

 

 見渡せば、ここは戦場、ではなく教室である。

 

 担任の藤村大河(ふじむら たいが)が、丸めた教科書を手に厳しい顔で立っていた。

 

 どうやら、イリヤは授業中に居眠りをしてしまっていたらしい。

 

「イリヤちゃん、授業中に堂々と居眠りをしないように」

 

 大河、クラスメイトから密かに「タイガー」の愛称で呼ばれ、普段から割と親しみやすい、友達感覚で付き合える担任として、クラス内では人気が高い。

 

 が、それはそれ。

 

 担任として、締めるべきところは締めるのだ。

 

 周りのクラスメイト達が、そんなイリヤを見てクスクスと笑い声を立てている。

 

 顔を真っ赤にしてうつむくイリヤ。

 

 そんなイリヤの様子を、離れた席から、響が嘆息交じりに見つめていた。

 

 

 

 

 

 イリヤは根が真面目である為、授業中に居眠りをすることなど、これまでに一度もなかった。

 

 それが今日は違った、ということは、原因ははやり一つしかないだろう。

 

「イリヤ」

 

 さすがに気になった響は、放課後になってから気遣うように声をかけた。

 

「ん、どうしたの、響?」

「大丈夫?」

 

 相変わらず、表情の乏しい顔で話しかける響。

 

 しかしそこに、不器用な弟の気遣いがある事は、イリヤにもわかっていた。

 

 だからこそ、心配そうな顔をする響に、イリヤは笑いかける。

 

「うん、全然平気だよ」

「・・・・・・・・・・・・」

「そんな心配そうな顔しないで。ほら、大丈夫だから」

 

 そういって、イリヤは大きく腕を振って見せる。

 

 そんなイリヤの様子に、響は納得できないものを感じてはいるが、しかし本人が大丈夫と言っている為、それ以上追及することもできなかった。

 

 そんな響の手を、イリヤは半ば強引に取った。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

「ほら、早く帰ろう。今日はこれから、ルビーと魔法の練習するんだから」

 

 そういって、イリヤは駆け出すように教室を出ていく。

 

 それに引っ張られる形で、響の足も自然と速くなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、また夜が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第2話「憂鬱の少女」      終わり

 


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