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『今日の運勢最下位は・・・・・・・・・・・・ごめんなさい、かに座のあなた!! 何をやってもうまくいかないかも? 用事が無ければ家から出ない方が吉!! ラッキーカラーは青!! ラッキーアイテムは・・・・・・・・・・・・』
テレビから聞こえてくる運勢占いの結果に、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、歯を磨きながら眉に皺を寄せていた。
因みにイリヤの誕生日は7月20日、星座はかに座である。
何とも、出足からテンションの鈍る事甚だしかった。
「何て言うかさー・・・・・・」
イリヤは学校への通学路を、憤懣やるかたないと言った感じで、弟の衛宮響と並んで歩いていた。
テレビの占いを見てからどうにも、朝から足元を掬われたような感があり、釈然としなかった。
「聞いてもないのに、『あなたは最下位です』とか失礼過ぎない? そもそも、何を根拠に、あんなこと言ってるんだろう」
「怒るくらいなら見なければいい」
プンプンと言った感じに愚痴をぶちまけている姉に、響は呆れ気味にツッコミを入れる。
とは言え、響にもイリヤの気持ちは理解できる。
最近の朝のニュースでは、殆どの番組でその日の運勢占いを放送しているが、チャンネルごとに結果が変わったりしている。
モノによっては、眉唾と言うにもおこがましいくらい、いい加減なものまである始末である。
いったい、どこに基準を置いているのか、さっぱり分からなかった。視聴率を取れれば、それで良いと思っているのか? などといった勘繰りまで抱いてしまう。
と、
《そもそも、運勢に順位を付けている時点でアレなんですがねー》
そう言ったのは、イリヤの髪の中から出てきたルビーだった。
今は周囲に、イリヤと響以外誰もいないので出てきたらしい。
《まあ、あんな占い、信じる必要はありません。イリヤさんには、もっと良い神託を授けましょう》
ルビーは意味ありげに笑みを浮かべると、何やら変形を始める。
ややあって、五芒星を囲む円環部分から、2本のアンテナが飛び出してきた。
《シークレットデバイス♯18!! 簡易未来事象予報!!》
その変化に、微妙な顔をする響とイリヤ。
正直、ルビーの胡散臭さには慣れてきたつもりだったが、こういう突拍子のない事を時々やってくるから困る。
そんな2人の心情をスルーして、ルビーは説明に入る。
《事象の揺らぎをパターン化して、統計情報から近未来を予報します。テレビの占いなんか比較にならない精度ですよ》
「ねえ・・・・・・あなた本当に魔法のステッキなの? もうオカルトなんだか科学なんだか・・・・・・・・・・・・」
「取りあえず、解体してみたい」
イリヤと響のツッコミを無視して、ルビーは話を進めていく。
2人が胡散臭そうに見ていると、ルビーの中からおみくじの短冊のような、長い紙が出てくる。
《お、来ました来ました。最初の予報ですよ》
「何か、似たようなの見た事ある・・・・・・・・・・・・」
ジト目で見つめる響。
何だか昔、「道の駅」とかにあった、電子式おみくじ機みたいな感じだった。
そんな姉弟の不審そうな眼差しをさておいて、ルビーは出てきた紙を取り出す。
《えーっと、これは・・・・・・・・・・・・「頭上注意」?》
次の瞬間、
ガッシャン
突如、
イリヤのすぐ目の前に植木鉢が落下、地面に当たって砕け散った。
「「・・・・・・・・・・・・は?」」
思わず、茫然として目を丸くする、響とイリヤ。
因みに、2人が立っているのは道路のど真ん中。見上げても空しかなく、当然ながら植木鉢が落ちてくるような場所は無い。
「な、なにこの植木鉢!? どこから落ちてきたの!?」
「昨夜の刑事ドラマで、こんなのあった・・・・・・・・・・・・」
《ムムム・・・・・・? これはいわゆる、ファフロツキーズ現象》
驚く姉弟を他所に、ルビーはノーテンキに事象を分析している。
因みにファフロツキーズ現象とは、一定空間内に本来ならありえない物が降ってくる現象の事である。原因については飛行機からの落下、竜巻、鳥獣による物等、様々あるが、解明には至っていない。
「ちょ、ちょっとやめてよルビー。何か怖い!! また悪戯でも仕込んだんじゃないのー!?」
《いえいえまさかー。あ、次の予報出ましたよ》
速足で歩くイリヤに追随しつつ、次の短冊を出すルビー。
さて、お次は、
《飛び出し注意》
言った瞬間、
イリヤのすぐ目の前に、無人のダンプが突っ込んで壁に激突した。
「・・・・・・・・・・・・ッ!? ッ!? ッ!?」
《あらまあ、これは危ないですねー》
驚愕で声も出ないイリヤに対し、相変わらずマイペースなルビー。
「ど、どう、なってんの、これ?」
流石の響も、唖然としてダンプを眺めている。
ダンプの運転席は空。
運転手が乗っていなかったのは幸いだが、果たして何がどうなれば、このような事態になると言うのか?
「なになになに!? 何なのこれ!? 呪い!?」
《あ、また次の予報です》
「ちょ、やめてよ、もー!!」
とうとう走ってその場から逃げ出すイリヤ。
その間にも、ルビーは「予報」を吐き出し続ける。
果たして次は、
《猛犬注意》
ルビーが言った瞬間、
どこからともなく表れた数匹の犬が、イリヤに襲い掛かって来た。
「だッ ちょッ おかしくない!? おかしくない!? だいたい何で注意報ばっかり!?」
《まあ、これ、こう言うもんですし、えーっと次は・・・・・・・・・・・・》
《火気注意》
「ギャー!?」
《水濡れ注意》
「ニャー!?」
《感電注意》
「ビャー!?」
《突風注意》
「ウニャー!?」
《落とし穴注意》
「ギョエー!?」
爽やかな朝に、小学生女児の悲鳴が大ブレイクする。
その様子を、響は呆れた調子で見つめていた。
「・・・・・・・・・・・・何、これ?」
正直、これほどいっぺんに起こる災難がすごいのか、その全てを紙一重で回避しているイリヤがすごいのか、イマイチよく分からなくなってきた。
とは言え、この事態が異常であることは間違いない。
その時、
「ッ!?」
とっさに気配を感じ、振り仰ぐ響。
視線の先にある民家の屋根。
しかし、
そこには、誰もいなかった。
「・・・・・・・・・・・・気のせい?」
てっきり、誰かの視線を感じたのだが・・・・・・・・・・・・
首をかしげる響。
しかし、それ以上は考えても仕方がない。むしろ今は、災難に見舞われているイリヤの方が大事である。
響は踵を返すと、尚も災難に見舞われ続けているイリヤのあとを、急いで追いかけた。
一方、
屋根の上では、陰に隠れるようにして顔を出した少女が、走り去る響の背中を見つめていた。
「ふう、危ない危ない。ヒビキの奴、何か最近、勘が良くなってるわね」
苦笑交じりに呟く少女。
少年の勘が鋭くなっているのは計算外だった。危うく、見つかる所だった。
自分の目的を達成するためには、なるべく姿を晒したくなかった。
それにしても・・・・・・
「イリヤ・・・・・・あれだけの罠を全部掻い潜るなんて・・・・・・多分、幸運と直感のスキルがかなり高いのね・・・・・・・・・・・・」
既に姿も見えなくなっている少女を思い浮かべ、忌々し気に呟く。
なるべく穏便に穏便に葬ろうと思ったのだが、どうやら計画の変更が必要なようだ。
「まあ良いわ。まだ時間はあるわけだし。別の手を考えるか。もっと確実な手を、ね」
そう言うと、少女は屋根を蹴って姿を消した。
2
美遊は車から降りると、ここまで送ってくれたオーギュストに、ペコリとお辞儀をする。
普段は歩いて登校することの多い美遊だが、今日はたまたまルヴィアの登校時間と重なったため、ついでに送ってもらったのだ。
そのまま走り去る車を見送り、校門に向かおうとする美遊。
その時だった。
「ミ・・・・・・ミユ・・・・・・・・・・・・」
かすれた声で名前を呼ばれ、振り返る。
果たしてそこには、なぜかボロボロの姿になり果てた、親友の姿があった。
「イ、イリヤッ!? 何があったの!?」
驚いて声を上げる美遊。
イリヤは服も髪もボロボロ。
普段なら「西洋人形」と称しても良いほど可憐な容姿は微塵も見受けられず、そこら辺で適当に拾ってきたモップを杖代わりに、辛うじて立っている感じである。おまけに、お尻には、なぜか犬がガジガジと食らいついていた。
「お、おはよう、ミユ・・・・・・そして・・・・・・」
そのまま、前のめりに倒れるイリヤ。
「ぐっぱい・・・・・・」
「イリヤァァァァァァ!?」
朝からあまりの展開に、美遊は訳も分からずイリヤに駆け寄る。
そこへ、
「やっと・・・・・・追いついたッ」
イリヤを追いかける形で、響が駆け寄って来た。
全速力でここまで走って来たらしく、息が上がっている。
そんな響に、イリヤを抱き起しながら美遊が尋ねる。
「響、いったい何があったの? イリヤはいったい・・・・・・」
「美遊おはよ。取りあえず、イリヤ運ぶから手伝って」
そう言うと、倒れているイリヤを抱え上げる響。
状況がいまいちわからない美遊も、取りあえず響の意図を察し、反対側からイリヤを抱えた。
穂群原学園初等部保険医の
保健室に陣取っていながら、医者らしいことは碌にしているところ見た人間は皆無と言い。
それどころか、軽傷程度なら絆創膏一つ持たせて、保健室から放り出す事さえあるくらいだった。
響と美遊の手によって運ばれてきたイリヤを、取りあえずベッドに寝かせはしたものの、その容態をサラッと一瞥しただけで、後は面倒くさそうにため息をついて見せた。
「大した怪我ではないわ。せいぜい擦り傷程度よ」
言ってから、華憐はベッドの上のイリヤにビシッと指を指す。
「つまらないわね。次来るときは、半死半生の怪我をしてきなさい」
「ははぁ・・・・・・・・・・・・」
余りの言い草に、イリヤも返す言葉が見つからない。
まったくもって、小学校の保健室を何だと思っているのか、この女医には問い詰めてみたかった。
対して、華憐がそれ以上の興味が失せたように踵を返すと、そのまま保健室を出ていく。
「まあ、気分が悪いようなら、しばらく横になっていると良いわ」
そう言うと、本当に出て行ってしまう。
あとに残された響と美遊は唖然としたまま、閉じられた戸を見つめる事しかできなかった。
「・・・・・・・・・・・・響、ちょっと」
「ん?」
手招きする美遊に続いて、響は保健室を後にする。
2人はそのまま屋上へ続く階段を上がる。
美遊が先だって扉を開けると、朝早いせいか、そこには誰もいなかった。
「それで、何があったの?」
美遊がわざわざこの人気のない場所まで自分を連れてきたと言う事は、他の人には聞かれたくないような事を話すためだと、響は理解していた。
「それが・・・・・・・・・・・・」
尋ねる美遊に響は、今朝の事をかいつまんで聞かせる。
とは言え、
状況が状況であるだけに、美遊もイマイチ、どんな感想を抱けばいいかわかりかねている様子。
話を聞き終えた後、美遊は微妙な顔を見せていた。
「そ、そうなんだ、そんな事が・・・・・・・・・・・・」
「ん、取りあえず、華憐が言っていた通り、イリヤは問題ない」
実際、イリヤのけがは大げさに見えて、かすり傷に過ぎない。放っておいても、すぐに治るだろう。
しかし、
「そっちは判った。けど、私が言いたいのは・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・ん」
美遊が言わんとしている事を理解し、響も頷きを返す。
つい先日起こった、イリヤの分裂現象。
その後、イリヤには体調的な変化は訪れていない物の、予断を許されるものではなかった。
それに、
響にはもう一つ、懸念材料がある。
数日前から見え隠れする、襲撃者の存在。
獣耳をした少女や、先日、海に行った際に遭遇した黒ずくめの男。
それらがいったいいかなる存在で、なぜ、自分を襲ってくるのか、未だにほとんどがベールに包まれている状態だった。
「美遊、あの・・・・・・・・・・・・」
言いかけた時だった。
響の聴覚が、僅かに風を切る音を感じ取った。
次の瞬間、
「ッ!?」
響はとっさに美遊の肩を持ち、そのままフェンスに押し付けるような恰好を取る。
「ひ、響!?」
驚く美遊。
2人の顔が、息がかかるくらいに近づく。
互いにまだ小学生。幼さが多分に残っているとはいえ、同時に多感な世代でもある。
異性同士、こんな形で体を寄せ合えば、互いの存在を意識せずにはいられなかった。
だが、
響は美遊を庇いながら、とっさに音の方を振り返る。
次の瞬間、
殺気を伴った一撃が飛来し、それまで2人がいた場所を通過、そのまま屋上の階段がある壁に突き立った。
「これはッ」
美遊はハッとなって顔を上げる。
一緒になって覗き込む響。
その視界の先で、
思わず2人は息を呑んだ。
2人が見ている先。
学校から少し離れた場所に立つ、少し高いビル。
そのビルの上に、1人の少女が立っているのだ。
緑色の異国風衣装に身を包んだ少女。頭には獣の耳を生やし、お尻からは長いしっぽが伸びている。
そして、手には一振りの弓が握られていた。
「あいつ・・・・・・・・・・・・」
呟く響。
間違いない。数日前、登校途中の響を襲撃した少女である。
噂をすれば、ではないが、こんなタイミングで仕掛けてくるとは、思っても見なかった。
「響、彼女を知っているの?」
「ん、ちょっと・・・・・・」
尋ねる美遊に答えながら、スッと目を細める響。
「・・・・・・・・・・・・ちょうど良い」
「響?」
立ち上がる響に、視線を向ける美遊。
対して、響はまっすぐに獣少女を見据え続けていた。
「捕まえる・・・・・・・・・・・・」
言い放つと同時に、響は軽くジャンプをする。
それだけで、響の体はフェンスの上に舞い上がった。
「響ッ 何をするつもり?」
「あいつ、追う」
そう言うと同時に、
響は階下に身を躍らせた。
驚く美遊。
ここは学校の屋上。当然だが、落ちたら命は無い。
「ひ、響ッ!!」
慌ててフェンスから下を見る美遊。
だが、
落下中の響は、胸の前に手をかざした。
静かに目を閉じる響。
急速落下する感覚とは裏腹に、心は澄み渡るように落ち着き払っていた。
静かに、
ただ静かに、
己の内にある存在へ語り掛ける。
「
低い呟きと共に、少年の姿は閃光に包まれた。
一瞬の後、少年の姿に変じる。
それまで纏っていた穂群原学園初等部の制服ではなく、
黒い着物に、短パン姿。
髪は伸びて、後頭部で纏められると同時に、白いマフラーが口元を覆う。
手には鉄拵えの鞘に収まった、一振りの日本刀が握られた。
そのまま地面に着地する響。
黒装束に身を包んだ少年。
その姿は、既に通常の少年ではない。
これこそが「
遥かな時の彼方。
偉業を成した英霊をその身に纏い、その絶大な力を振るう事の出来る存在へと、響は変化していた。
「逃がさない」
低く呟くと同時に同時に、目的のビル目指して駆けだす響。
その様子を、後者屋上に取り残された美遊は、呆れ気味に見つめる。
「・・・・・・・・・・・・何だか最近、響がどんどん大胆になってきている気がする」
今は登校時間であり、まだ生徒の目がまばらであるとは言え、一般人に見られたらどうするつもりだったのか。
とは言え、この件は美遊としても捨ておくわけにはいかない。
「サファイア」
《かしこまりました。鏡界回廊最大展開》
主の声に応じ、美遊の髪の中から飛び出してくるサファイア。
同時に、美遊の体も光に包まれる。
初等部の制服姿から、可憐な
ステッキを振るう美遊。
「響を追う」
《了解しました》
言い放つと同時に、美遊は屋上の床を蹴って上空へと飛び出した。
第4話「いったい何が!?」 終わり