Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第3話「フライング・サマー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何はともあれ、無事に任務は終わった。

 

 多少不完全ではあるが魔力は流し込んだし、結果は後々の再調査で行う事になる。

 

 途中、予期せぬアクシデント(コント)に見舞われたものの、全員が無事に戻ってくることができた。

 

 何はともあれめでたしめでたし。

 

「って、なるわけないでしょー!!」

 

 バンッと勢いよく、テーブルに掌を叩き付けたのはイリヤだった。

 

 ここは衛宮邸の向かい、エーデルフェルト邸の客間である。

 

 ここに今、当主のルヴィアのほか、メイドの凛、美遊、当事者であるイリヤと響、そしてルビーとサファイアのステッキ姉妹が集まっていた。

 

「何なのよー あの黒いのは!? どうしてこんな事になったの!?」

「落ち着いて、イリヤ」

「ん、チョコ食べる」

 

 わめきまくるイリヤを、なだめる美遊と響。

 

 とは言え、

 

 イリヤが荒れたくなる気持ちもわかる。

 

 口に突っ込まれたチョコレートをモキュモキュと食べるイリヤを見ながら、響は今日会った事を思い出した。

 

 落ちてくる瓦礫を防ぐべく、弓兵(アーチャー)夢幻召喚(インストール)したイリヤ。

 

 その結果、まさかイリヤが2人になるとは、誰が予想できただろう?

 

 驚天動地、としか言いようがない事態だった。

 

 と、

 

「判った」

 

 ポムッと手を打つ響。

 

 その顔には、確信に近い自信が満ち溢れていた。

 

「イリヤはスライムだった。だから分裂してああなった・・・・・・」

「な訳ないでしょーが!!」

 

 判って、それかい?

 

 全員が響にツッコミを入れる中、あきらめムードが漂い始める。

 

 「下手な考え休むに似たり」と言うべきか、ともかく前例が無い上に、あまりにも未知の事態である為、誰も明確な答えを出せないのだった。

 

「それよりも、今後、どうするかが問題よ」

 

 凛の言葉に、一同は意識を向けなおした。

 

 あの黒イリヤの正体はともかく、あいつが今後、どう出てくるか、が問題である。

 

《最も可能性が高いのは、今まで倒してきた黒化英霊達みたいに、こちらを襲ってくるパターンでしょうか?》

 

 口を開いたのはルビーだった。

 

 確かに、その可能性は大いにある。

 

 今まで幾度も黒化英霊を倒してきたわけだが、そのどれもが問答無用で襲い掛かって来た。

 

 あの黒イリヤが弓兵(アーチャー)のカードを介して現れたと推測すれば、あの姿こそがアーチャーそのものであるとも言える。なぜ、イリヤと同じ姿をしているか、はさておいて。

 

 とすれば、これまでの黒化英霊同様に、こちらを襲ってくる事は十分に考えられる事態だった。

 

「ともかく、連絡は密に取り合って。もしあいつが出たら、なるべく1人では戦わないように。どんな力を備えているかわからないんだから。必ず誰かと連携して当たる事。良いわね?」

 

 凛のその言葉に、頷きを返す一同。

 

 そこで、今夜のところはお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響とイリヤがルヴィアの屋敷を出たとき、既に外は暗くなりかけていた。

 

 エーデルフェルト邸の広い庭を、小さな影が3つ、並んで歩いている。

 

 響、イリヤ、美遊だ。

 

 家へ帰るイリヤと響を、美遊が見送るために出てきたのである。

 

「は~ それにしても、何度見ても広いお庭だね~」

 

 周囲を見回しながら、イリヤが感心したように呟く。

 

 確かに、エーデルフェルト邸の庭は、それだけでちょっとした運動場ほどもある。よくもまあ、これだけの敷地を確保できたものである。

 

「うん、この家を建てる時に、前住んでいた人には、かなりのお金を払ったって、ルヴィアさんが言ってた」

「お金、有りすぎ・・・・・・」

 

 美遊の説明に、響は嘆息交じりに告げる。

 

 何と言うか、成金の見本のような話だった。

 

 まあ、だからこそ、時給1万5000円などと言う高額バイト料を払えるのだろうが。

 

 そうこうしている内に、3人は門の前までやって来た。

 

「それじゃあね、美遊」

「また明日」

 

 門の前まで送ってくれた美遊に、そう言って手を振る響とイリヤ。

 

 こんな時、家が近所だと便利である。

 

 何しろ、一分も歩かずに家に帰る事ができる。

 

 遅くなった理由も、「美遊の家で遊んでいた」と言えば納得してもらえる。

 

 流石に夕飯の時間までに帰らないと、セラのお説教が待っているが、幸いにして今日はそんな時間でもない。

 

 と、その時、

 

「あ、響、ちょっと・・・・・・・・・・・・」

「ん?」

 

 呼び止められて、美遊の方を振り返る響。

 

 対して、美遊は神妙な面持ちで、響の方を見ていた。

 

「どしたの?」

「その・・・・・・・・・・・・」

 

 言いよどむ美遊。

 

 何か、言いづらい事でもあるのだろうか?

 

 響が怪訝な面持ちで見ていると、意を決したように美遊は顔を上げた。

 

「お願いがあるの」

「ほう、お願い?」

 

 興味をそそられたように、響は不思議そうに瞬きをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 休日の空は晴れ渡り、初夏の過ごしやすい空気が朝から潤していくのが分かった。

 

 これから気温も上がり、少し暑くなる、と言う予報が出されている。

 

 しかし、そのくらいならむしろ、季節的には当然と言えるだろう。

 

 ともかく、今日1日がとても充実しそうな期待感に溢れている事だけは間違いなかった。

 

 そんな中、

 

「「あ・・・・・・・・・・・・」」

 

 向かい合った2つの家。

 

 エーデルフェルト邸と衛宮邸の門がほぼ同時に開き、顔を出した2人の子供たちが互いの顔を見て声を上げる。

 

 衛宮響と、美遊・エーデルフェルトである。

 

 今日は平日ではないので、2人とも制服ではない。

 

 響は柄物のTシャツの上からYシャツを羽織り、下はジーンズ履き。

 

 美遊もTシャツの上から薄手のカーディガンを羽織り、下はジーンズの短パン。日差しよけの為、頭には鍔広の帽子を被っている。

 

「待っ・・・・・・てないよね」

「う、うん」

 

 ほとんど同時に顔を見せた2人は、ぎこちなく挨拶を交わす。

 

 顔を合わせるのはいつもの事だと言うのに、何だか緊張してしまう。

 

 多分お互い、こんな事は初めてだからかもしれなかった。

 

 とは言え、いつまでも家の前で呆けていたりしたら、それこそご近所で妙な噂が立ちかねなかった。

 

「じゃ、じゃあ、行こうか」

「う、うん」

 

 互いに頷き合う、響と美遊。

 

 そう言うと、2人は肩を並べて歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 話は、昨夜に巻き戻る。

 

 エーデルフェルト邸を出て、自宅に戻ろうとした響を、美遊が呼び止めた。

 

 既にイリヤの姿は、衛宮邸の中に入っている。

 

 それを確認してから、美遊は言った。

 

「その・・・・・・・・・海の事とか、教えて欲しい・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 もじもじしながら言う美遊に、響は目を丸くする

 

 正直、美遊の言葉は完全に響の予想外だった。

 

 そこでふと、先日の教室での出来事を思い出す。

 

 海に行こうと誘う龍子達に対し、海に行った事が無いと答えていた美遊。

 

 そこで、響に海の事を聞こうと思ったのかもしれない。

 

「凛とかルヴィアとかには?」

「2人は忙しいから、ちょっと聞き辛くて」

 

 別に遠慮する必要はないと思うのだが、そこら辺、2人を気遣うあたり、美遊らしいと言えば美遊らしいのだが。

 

「じゃあ、イリヤには?」

 

 言われて、

 

 美遊は少し躊躇うように視線を逸らす。

 

 何か含む所でもあるのだろうか?

 

 そんな事を響きが考えていると、美遊の方から口を開いた。

 

「その・・・・・・誘ってくれたのがイリヤだから・・・・・・逆に頼み辛いって言うか・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・あ~」

 

 何となく美遊の言いたい事を理解して、響は嘆息する。

 

 要するに、イリヤと海や、そのほか準備の為に出かける前に、響を相手に予習をしておきたい、と言う事らしかった。

 

 何とも面倒くさい話だが、これが美遊と言う少女である。

 

 それに、

 

 親友がこうまでして頼み込んできている以上、無碍にもできなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

「ありがとう」

 

 そう言うと、美遊はにっこりと笑う。

 

 少女のその笑顔は、

 

 響の脳裏に、これまでとは違った景色のように映るのだった。

 

 

 

 

 

 そんな訳で、

 

 響はとりあえず、美遊を連れてマウント深山商店街へとやって来たのだった。

 

 取りあえず、海で遊ぶと言う事を知識として分かってもらおうと考えたのだ。

 

 マウント深山商店街は、深山町に昔からある商店街で、娯楽施設こそ無いものの、ここに来ればたいていの物はそろうと言われている。

 

 海で使う遊具は勿論、水着を売っている店もある。

 

 本来なら、この手の店を探すなら深山町よりも新都の方に繰り出すべきなのだろうが、流石に、小学生2人で未遠川を渡って新都をうろついたりすれば目立ってしまう。誰か保護者同伴ならまだしも、セラやリズには頼めないし、頼みの士郎は間の悪い事に、朝から部活で学校に行っている。

 

 そこで、手軽に行けるマウント深山を選んだわけである。

 

 もっとも、「この後の予定」を考えれば、こっちの方が都合が良かったのも確かなのだが。

 

「色んな物がある」

 

 店に入った美遊は、周囲を見回しながら、感心したように呟く。

 

 ここは商店街の一角にあるスポーツ用品店。

 

 規模的にそれほど大きいとは言えないが、それでもある程度の物品は、ここでそろえる事ができる。今は時期が時期だけにマリンスポーツやレジャー用品などが店頭に並んでいた。

 

「このボールは? 何だか軽いけど」

「ビーチボール。浜辺でこれを打って遊ぶ。ほら」

 

 そう言うと響は美遊の手からボールを取り、2メートルほど離れると、バレーのレシーブの要領で投げてよこした。

 

「わッ!?」

 

 慌ててボールをキャッチしようとする美遊。

 

 しかし、なじみの薄い軽いボールのせいで目測を誤り、指先で弾いてしまう。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 転がって来たビーチボールを、響は拾い上げる。

 

「こんな感じ。だから当たっても痛くない。砂浜でバレーみたいな感じでやる」

「なるほど・・・・・・・・・・・・」

 

 響の説明ではイマイチ、楽しさが分かりづらいが、取りあえず、そういう遊びがあると言う事だけは覚えておいた。

 

「でも、これなら別に海に行ってやらなくても良いはず。何もわざわざ海に行ってやらなくても・・・・・・」

「んー 一理ある」

 

 美遊の意見に、響はあっさりと同意する。

 

「けど、海に行ってやった方が楽しい」

「・・・・・・そう言う物なの?」

 

 尚も納得がいかないと言った感じに首をかしげる美遊。

 

 まあ、そこら辺は、口であれこれ説明するよりも、実際に海に行って体験してもらった方が良いかもしれない。

 

「これは何?」

 

 美遊は次に興味を持った物を手にする。

 

 それは通常の物よりも大きな水中眼鏡と、何やら細長い管がセットになった物である。

 

「潜水用の眼鏡とシュノーケル。これがあれば、水の中でも呼吸ができるから、長く泳げるし、泳いでいる時に周りが良く見える。」

「ふうん・・・・・・」

 

 美遊はちょっと興味を持ったように、顔に当ててみる。

 

 その仕草が、ちょっと可愛かった。

 

「成程。大きな視界が、水中でも物を見えるようにしている訳か。この管を口に銜える事によって、ある程度は呼吸を持続できる。ただし、深く潜りすぎると筒先から水が入るから注意が必要・・・・・・」

 

 何やらブツブツと言い始める美遊。

 

 その様子を、微妙にげんなりしながら見つめる響。

 

 相変わらずの、石頭振りである。

 

「美遊ッ」

「はッ!?」

 

 少し強めに声を掛けると、美遊は我に返って現実に戻って来た。

 

 その美遊の手を取る響。

 

「あ、響?」

「次、行こ」

 

 そう言うと響は、水中眼鏡とシュノーケルを置いて、店の外へと出ていく。

 

 今日の目的は買い物ではない。

 

 少しでも多く、美遊に海の事を教えるのが目的である。ならば、他に見せるべきものはいくらでもあった。

 

 

 

 

 

 次にやって来たのは、水着の専門店である。

 

 冬木市は海に面していると言う事もあり、夏のこの時期は意外にこの手の物を売る店が増える。

 

 そのうちの一つに、美遊を連れてきた。

 

 中に入るなり、目が焼け付くのでは、と思える程、色とりどりのカラーリングが飛び込んで来た。

 

 流石、夏は海水浴客が重要な収入源になると言う事もあり、力の入れようが半端ではない。

 

 水着のタイプも各種揃えてあり、ビキニタイプやワンピースタイプ。競泳水着のようにスポーティな物、パレオのついた大人っぽいデザインの物もある。美遊達にとってなじみのあるスクール水着も隅の方に置かれていた。

 

 流石の美遊も圧倒されたのか、店に入ってからは目を輝かせている。

 

「美遊は、どんなのが良い?」

「・・・・・・判らない。今まで、こういうことを考えた事が無かったから」

 

 そう言うと、美遊は難しそうな表情をする。

 

 予想した答えである。

 

 たぶん、美遊の事だから、水着選びなんてした事無いだろう、と。

 

「普通に、『良い』って思ったもので良いと思う」

「そう言われても・・・・・・・・・・・・」

 

 響の言葉に、更に困った顔をする美遊。

 

 あれこれと水着を眺めた後、少女は響の方に振り返った。

 

「逆に聞くけど、響はどんなのが好き?」

「え・・・・・・・・・・・・?」

 

 まさかの返球に、響は思わず言葉を詰まらせる。

 

 そう返されるとは、思っても見なかったのだ。

 

「えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 正直、響も服飾関係に、それ程興味がある訳ではない。服はいつもセラが買ってくれた物をそのまま着てるし、まして女性用水着なんて選んだ事も無かった。

 

 チラッと、美遊に目をやる。

 

 正直、容姿からしてこれほどのハイスペックを誇る美少女である。何を着せても似合いそうな気はする。

 

 年齢相応のワンピース物。少々子供っぽいデザインの物も、かわいらしさを引き立てる上ではありだろう。

 

 美遊の身体能力の高さを考えれば、競泳水着も良いかもしれない。

 

 やや大人びたようなビキニ、と言うのもありだろう。幼さとのギャップが感じられる。

 

 そこまで考えて、

 

 響は自分の顔が、妙に暑いのを感じていた。

 

「・・・・・・あれ・・・・・・何、これ?」

 

 店内は冷房が効いており、熱いはずはないのだが。

 

 自分の中で起きている変化に、戸惑いを隠せない響。

 

 対して、

 

「響、どうかした?」

 

 そんな響を、美遊は怪訝な面持ちで見つめる。

 

 その声に、響は一度深呼吸してから少女に向き直った。

 

 正直、心臓が少し痛いくらいに鳴っているが分かるが、無理やり無視する。

 

「い、今、慌てて決めなくても良い、と思う・・・・・・あとでイリヤ達の意見も聞いた方が良い」

「そう?」

 

 響の態度に不審な物を感じつつも、美遊はそれ以上深く追求してくる事は無かった。

 

 何となく、胸を撫で下ろす響。

 

 だが少しだけ、思うところはある。

 

 もしかしたら、頼めば美遊が、選んだ水着を着て見せてくれたかもしれない。

 

 そう思うと、少しだけ残念だった気もした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寄せては返す波の音が、心を落ち着かせてくれる。

 

 浜辺の手前の小高い丘の上に立つと、そこは最早、視界いっぱいに広がる大海原だった。

 

「これが、海・・・・・・・・・・・・」

 

 感嘆したように、美遊が呟く。

 

 その様子を、響は静かな瞳で見つめている。

 

 この反応を見るに、どうやら海に来た事が無い、と言うのは本当の事らしかった。

 

 海の事を教えて欲しいと頼まれた時、響は美遊を、ここに連れてこようと思ったのだ。

 

 あれこれと説明するよりも、実際に連れてきた方が早いと思ったのである。

 

 遊泳禁止区域だが、別に泳ぐわけじゃないので問題は無いだろう。

 

「もう少し、近づいてみる?」

「う、うん」

 

 頷きながら、先を歩く響に着いていく美遊。

 

 近付くにつれて、心地よい潮の香りが強まってくる。

 

 やがて、波打ち際までくる2人。

 

 後ほんの少し進めば、打ち寄せる波が足にかかる。

 

 2人とも靴と靴下を脱ぎ、踝まで使ってみる。

 

 初夏の暑い日差しと相まって、心地良さが伝わってくる。

 

「どう?」

「・・・・・・・・・・・・すごい」

 

 問いかける響に、短く答える美遊。

 

 どうやら本当に、それだけしか言葉が出てこない、と言った感じだ。

 

 そんな美遊の反応に、満足したように笑顔を浮かべる響。

 

 こうして感動してくれる美遊の姿を見れただけでも、連れてきたかいがあったと言う物だ。

 

 そこで、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ふと、悪戯心が沸いてくる響。

 

 感動している美遊の横にそっと移動し、

 

 そして、

 

 パシャ

 

「キャッ!?」

 

 突如、顔に海水を掛けられ、驚いて振り向く美遊。

 

 そこには、いつもの茫洋とした顔に、ちょっと笑みを浮かべた響の姿があった。

 

「ひ、響ッ 急に何を、ワブッ!?」

 

 抗議の声を無視して、再び美遊の顔に水を掛ける響。

 

 対して、思わず珍妙な声を上げてしまう美遊。

 

 美遊の顔は既に、割とずぶ濡れな感じになっていた。

 

「・・・・・・そっちがその気なら」

 

 美遊も負けじと海水を手で掬うと、響の顔面目がけてぶっかける。

 

「ウワワッ!?」

 

 思わぬ美遊の反撃に、思わずバランスを崩して倒れる響。

 

 そのまま、海面に尻餅を着いてしまった。

 

 その姿に、思わず美遊も慌てる。

 

「ひ、響、大丈夫?」

 

 海水をかき分けて、駆け寄る美遊。

 

 倒れている響を覗き込むようにした。

 

 次の瞬間、

 

「隙あり」

「キャッ!?」

 

 低い声と共に、美遊の手を取って引っ張る響。

 

 今度は、美遊が海の中に倒れる番だった。

 

 ずぶ濡れになった様態で、見つめ合う響と美遊。

 

 ややあって、

 

「あはッ」

「ふふ・・・・・」

 

 互いに、笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 砂浜に、並んで横になる。

 

 高い気温が天然のドライヤーとなって、濡れた肌と服を乾かしてくれるのが分かった。

 

 2人ともしばらくの間言葉を発せず、ただ黙って、流れゆく頭上の雲を眺めていた。

 

「・・・・・・楽しかった」

「うん」

 

 響の呟きに、美遊も頷きを返す。

 

 彼女にとっては全てが初体験の出来事であり、感じる全てが新鮮だった。

 

 美遊の口元には、笑顔が浮かべられている。

 

 やっぱり、連れて来て良かった。

 

 その笑顔を見ると、響は心からそう思うのだった。

 

「のど乾いた。ジュース買ってくる」

「あ、じゃあ、わたしも・・・・・・」

「いい。待ってて」

 

 ついて来ようとする美遊を制して、響は自販機のある方向へ歩き出す。

 

 今日は充実した1日だったと思う。

 

 美遊に海の事を教えてあげられたのはよかった。これで、夏休みが一段と楽しみになった。

 

 龍子ではないが、夏休みが待ち遠しくて仕方が無かった。

 

 やがて、自販機がある場所までやってくる響。

 

 そこでふと、

 

 向こう側から誰かが歩いてくるのが見えた。

 

 妙な男だった。

 

 歳の頃は高校生くらいだろうか?

 

 この暑いのに、黒のライダージャケットを羽織っている。

 

 目付きは鋭く、どこか刃物のような危うさを感じさせる。

 

 いったい何なのだろう、あの男は?

 

 何の気なしに、響がすれ違おうとした。

 

 次の瞬間、

 

「せいぜい気を付けろ。寝首をかかれない程度にはな」

「ッ!?」

 

 一瞬、告げられた低い声。

 

 とっさに振り返る響。

 

 しかし、向けた視線の先には、既に誰もいなかった。

 

 最前までは確かにいたはずの男の姿はなく、視線の先には海原が広がっているだけだった。

 

「・・・・・・見間違い?」

 

 な筈は無い。

 

 響の耳は確かに、警告じみた男の声を覚えていた。

 

 「せいぜい気を付けろ」

 

 その言葉が何を指して言っているのか?

 

 照り付ける真夏の太陽。

 

 その暑さの中、

 

 響は言いようのない肌寒さを感じずにはいられないのだった。

 

 

 

 

 

第3話「フライング・サマー」      終わり

 


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