Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第2話「イリヤ×イリヤ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海行こうぜ海!! う~~~~~~み~~~~~~!!」

 

 今日も元気だ龍子がうざい。

 

 いつもの如く、クラス内において人一倍・・・・・・否、人五倍元気な嶽間沢龍子(がくまざわ たつこ)の暴走っぷりを、響は茫洋とした目で見つめている。

 

 取りあえず、教室に浮き輪を持ってきてはいけない。

 

「何やってるの、龍子?」

「夏休みの予定だよ。まだ6月だってのにテンション上げちゃって」

 

 やれやれとばかりに肩を竦める栗原雀花(くりはら すずか)

 

 確かに、梅雨は過ぎて気温も上がり、季節は「初夏」と称して良いくらいには過ごしやすくなってきている。

 

 しかしだからと言って、今から1か月以上先の予定に気をやるなど、フライングゲットも良いところだろう。

 

「海? ・・・・・・海に行って何をするの?」

 

 そんな一同のやり取りを見ていた美遊が、キョトンとした調子で口を開いた。

 

 その様子に、響は首をかしげる。

 

 普通、夏に海に行けば、目的は海水浴と相場は決まっている。

 

 だが、美遊の口ぶりは、その常識を知らないかのようだった。

 

「美遊、海には・・・・・・・・・・・・」

「何って、泳ぐに決まってんだろッ あ、女子は全員、スク水禁止なッ!! 各自、最高にエロい水着持参で!!」

 

 響を押しのけるようにして、テンションが暴走を始める龍子。

 

 次の瞬間、

 

「落ち着け」

 ゴッ

「おぐほッ!?」

 

 森山那奈亀(もりやま ななき)にボディブローを食らい、床に撃沈する龍子。

 

 これで少し、静かになった。

 

「美遊、もしかして、海行った事無いの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねるイリヤに、難しい顔で頷きを返す美遊。

 

 どうやら、響の予感は正しかったようだ。

 

 それにしても、海にも行った事が無いとは。

 

 転校してきた頃からそうだったが、美遊はどこか浮世離れしていると言うか、世間知らずなところがあるように思えた。

 

 と、

 

「じゃあ、一緒に行こうよ、美遊さん!!」

「え!?」

「あんたの事だから、泳ぎも速いんだろ!! 折角海が近いんだし、行かなきゃ損だよ!!」

「えェ!?」

 

 ここぞとばかりに、美遊に詰め寄る桂美々(かつら みみ)と雀花。

 

 普段、イリヤ、響姉弟以外とはあまり関わろうとしない美遊が、珍しく話に乗ってきたことで、ここぞとばかりに畳みかけているようだ。

 

 案の定、美遊は少し戸惑ったように、視線をこちらに投げてきた。

 

「イ、イリヤと響が行くなら・・・・・・・・・・・・」

 

 結局、そこらしい。

 

 美遊は、友達はイリヤと響、2人だけに限定指定してしまっている。

 

 どうも、美遊の中では「友達」と言う定義を深く捉えすぎている感があるようだった。

 

 とは言え、美遊がそういう返事をする事は、響やイリヤはもちろん、雀花達も承知している事である。

 

 要は、美遊が参加してくれれば、それで良いのである。

 

「うん、一緒に行こう」

「美遊が来れば、楽しい」

 

 そう言って、美遊を誘うイリヤと響。

 

 新しい友達と過ごす、これまでとは違う夏。

 

 それはきっと、楽しい物になるだろう。

 

 期待に胸が膨らむのが分かる。

 

 しかし、

 

 そんな楽しさを他所に、響の中では、不安の影が確実に大きくなろうとしていた。

 

 今朝、響を襲った敵。

 

 その不気味な存在に対して、響は無視しえなかった。

 

 響は脳裏に、今朝交戦した少女の事を思い出す。

 

 獣耳に尻尾を生やした、弓を操る少女。

 

 明らかに尋常じゃない存在に対し響は、

 

「・・・・・・取りあえず、モフモフしてみたい」

 

 興味が尽きなかった。

 

 あの耳はどうなってるのか? あの尻尾は本物なのか?

 

 ぶっちゃけ、触ってみたい。

 

 想像するだけで、ワクワクしてきた。

 

 あの少女は、いったい誰だったのか?

 

 なぜ、自分を襲ったのか?

 

 そう言った事が気にならない訳ではない。

 

 無いのだが、

 

 響の中では、割と優先順位が低いのだった。

 

 

 

 

 

「ヘクチュッ」

 

 可愛らしいくしゃみと共に、ルリアは口元を押さえた。

 

「風邪かい、ルリア?」

「いえ、そんなはずはありません」

 

 首をかしげながら、ルリアは答える。

 

 ここは彼女たちが拠点としている、冬木市の新都にある高級ホテル。

 

 冬木ハイアットと言う名前のこのホテルの、最上階スイートを貸し切り、拠点としているのだ。

 

 当初、拠点はもっと目立たない場所に設ける予定だったのだが、「なるべく豪華な方がいい」と言うリーダーの方針により、この場に拠点が設けられていた。

 

 もっとも、今やこのホテルの最上階は徹底的な魔術的改良が施されている。その為、何人も許可なく侵入する事は許されない「城塞」と化していた。

 

「さて、ルリア」

 

 手にしたカップをソーサーに置きながら訪ねたのは、リーダーである背広を着た男だった。

 

 自らをゼストと名乗るこの男は、一見すると、どこにでもいそうなサラリーマン風の出で立ちだが、その全身から放たれる存在感は、一種異様な雰囲気を作り出し、この場の空気を支配していた。

 

「どうだった、暗殺者(アサシン)の少年は?」

 

 言われてルリアは、先ごろ、自ら襲撃した少年の事を思い出した。

 

 ルリアと同年代くらいの少年。

 

 どこか茫洋として浮世離れした雰囲気をした少年は、しかし、そうした様子とは裏腹に、ルリアの奇襲を直前で察知して、反撃までしてきたのだ。

 

 侮れない。

 

 それが、ルリアの偽らざる感想だった。

 

「大丈夫です。次は仕留めますから」

「頼もしい言葉だ。さすがはルリアだ」

 

 そう言うと、ゼストは手を伸ばし、ルリアの頭を優しく撫でてやる。

 

 その様子に、くすぐったそうに目を細めるルリア。

 

 対してゼストは、諭すように少女に言う。

 

「我々の悲願。その達成が、もう手の届くところまで来ている。どうかそれまで、力を貸してくれ」

 

 そう告げたゼストの瞳は、どこか違う場所を真っすぐに見据えているかのようだった。

 

 

 

 

 

 その日、遠坂凛(とおさか りん)に国際電話をかけてきた相手は、ある意味、かなり因縁ある相手であると言えた。

 

 何しろ、彼女がロンドンから、故郷である日本にとんぼ返りするきっかけを作った人物でもあるのだから。

 

「地脈の正常化、ですか?」

《そうじゃ》

 

 訝りながら訪ねる凛に対し、電話の向こう側にいる人物は、厳かに頷きを返す。

 

 キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。

 

 「宝石翁」「魔導元帥」「カレイドスコープ」等々、数々の異名で呼ばれる、現代最高峰の「魔法使い」。

 

 今を遡る事数か月前、魔術師の本場、時計塔において主席候補と言われた凛とルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは、彼の弟子にどちらがなるかで争い、その結果、時計塔の講堂を爆破。

 

 そのペナルティとして、日本に行き、そこで起こっている異変の調査と解決を申し渡されたのだ。

 

 その任務は、紆余曲折を経てどうにか解決したものの、当のシュバインオーグ本人から「協調性の無さ」を指摘され、結果、1年間の日本留学を命じされれたのだ。

 

 要するに、喧嘩で講堂を爆破するようなぶっ飛んだ性格を、1年掛けて直してこい、と言う訳である。

 

 そのシュバインオーグからわざわざ電話が掛かってきたと言う事は、何かしら無視できない事態が起こっていると言う事だ。

 

《地脈を乱して負った原因のカードはお前たちによって回収されたが、あれから2週間余り。未だに回復には至っておらんじゃろう?》

 

 この冬木市の地脈が乱れたのは、クラスカードと呼ばれる7枚のカードが引き起こした魔術的要因が原因だった。

 

 故に、カードを撤去すれば、地脈も回復すると考えられていたのだが、どうやら思惑通り、とは行かなかったようだ。

 

「虚数域への穿孔は閉じたので、自然回復するはずですが・・・・・・」

 

 訝るように言う凛。

 

 本来なら、とっくに現象は回復していなければおかしいのだ。

 

《そうならんと言う事は狭窄しているか栓ができたか、あるいはその両方じゃ。それを解消するには、龍穴からこう圧縮魔力を注入し、地脈を拡張するしかあるまい》

「ちょ、ちょっと待ってください!! そんなの、数十人規模で編成する大儀式じゃないですか!! 二人でどうしろって言うんです!?」

 

 いかに魔術師と言えど、できる事とできない事がある。

 

 師の命令は、凛達にとって無茶ぶりも良いところだった。

 

 しかし、

 

《何を寝ぼけておる。お前たちにはステッキを貸しておるじゃろう》

 

 その言葉に、

 

 凛とルヴィアは同時に「ギクッ」っとなった。

 

 そのステッキとはすなわち、ルビーとサファイアなわけだが、言うまでもなく、あの2本には早々に反逆された挙句、今はイリヤと美遊の手にある。

 

《あれにはろくでもない精霊がついておるが、無限の魔力供給が可能な特殊魔術礼装じゃ。とにかく、それで魔力を地脈にぶち込めばよい》

 

 なんでもない事のように言うシュバインオーグ。

 

 まあ、確かに、ルビーとサファイアがいれば簡単な事は簡単なのだが・・・・・・

 

《念を押しておくが・・・・・・・・・・・・》

 

 シュバインオーグは、声に力を込めて言った。

 

《ステッキは使い方を誤れば極めて危険な兵器と化す。厳重に管理し、誰の目にも触れさせぬのが好ましい。一般人を巻き込むなど、言語道断じゃぞ》

 

 既に、現在進行形で響、イリヤ、美遊(いっぱんじん3にん)を巻き込んでいる凛とルヴィアは、ダラダラと滝汗を流す。

 

 このジジィ、まさか知っているんじゃあるまいな?

 

 そんな風に勘ぐってしまう。

 

「な、なーに行ってんですか大師父―!! あああ当り前じゃないですか!! 判ってますよー!! どーんとお任せください!!」

 

 そう言うと、凛は電話口に向かって乾いた笑いを叩き付けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、その日はそれ以上、何かが起こると言う事は無かった。

 

 学校を終えた響達は、そろって家路へと歩いていく。

 

 いったい、朝の敵は何者だったのか?

 

 話に花を咲かせるイリヤ達の様子を見ながら、響はそんな事を考えていた。

 

 ぼうっとしているように見えるが、一応、周囲に警戒を向けている。

 

 今、敵が襲ってきたら混乱は避けられないだろう。

 

 美遊やイリヤはともかく、ここには雀花、那奈亀、龍子、美々もいる。

 

 一般人である彼女たちが戦いに巻き込まれでもしたら目も当てられなかった。

 

「そうそう、朝に話した海に行く話だけど」

 

 イリヤが、美遊に向き直りながら言った。

 

「ミユって、水着持ってる?」

「学園指定のなら・・・・・・」

 

 予想通りの返事が返ってくる。

 

 スクール水着と言うのも、あれはあれで、そっち方面の性癖を持つ人々にはたいそう高い需要を誇ってはいるのだが、この際、求められるのは「鉄板」よりも「意外性」だろう。

 

 海に行く以上、普段見られないような姿を見てみたいものである。

 

 と、

 

「何だ、響、さっきからイリヤと美遊ばっかり見て」

 

 雀花が何やら、ニヤニヤしながら響の肩に腕を回してきた。

 

「もしかして、2人の水着姿を想像して興奮してたか?」

「いかんぞ。龍子じゃあるまいし、先走るなよ」

 

 便乗して、那奈亀も悪乗りしてくる。

 

 そんな友人2人に対し、そっぽを向く響。

 

「別に・・・・・・そんなんじゃない」

 

 と、答えては見たものの、

 

 2人の水着姿を見てみたいか、と問われれば、それはもちろん「YES」だった。

 

 響だって男の子である。

 

 それも、あと2年もすれば中学生と言う、微妙な世代でもある。

 

 異性と言う存在に対し、躊躇いがちな興味は、少年の心の中で燻りを見せていた。

 

 イリヤは我が姉ながら、身内贔屓を差し引いても可愛いと思う。彼女の水着姿は毎年見ているが、今年はどんな水着にするのか楽しみでもある。

 

 一方で美遊と海に行くのは、もちろん今回が初めてである。彼女がどんな水着を選ぶのか、それはそれで楽しみだった。

 

 とは言え、それを悟られれば、からかいの集中砲火を浴びる事は間違いない。

 

 その為、響はわずかに顔を俯かせて隠すにとどめるのだった。

 

「あとで水着見に、町に寄ってみようよ。今日買わなくても、どんなのがあるか見てみたいし。ミユならきっと、格好いいのが見つかると思うよ」

「う、うん」

 

 イリヤの提案に、美遊は戸惑いながら頷きを返すのが見える。

 

 流石に、それに響がついていくことはできないだろう。

 

 まあ、それは良い。2人の水着姿を見る楽しみは、海に行ったときに取っておくとしよう。それまでの我慢だ。

 

 響がそう思った時だった。

 

 突如、1台の自動車が、目の前で急停車した。

 

 風圧で、先頭を歩ていたイリヤと美遊のスカートが盛大に捲れ上がる。

 

 イリヤがピンクで、美遊が青と白のストライプ。

 

 後ろを歩いていた響の視界に、2人のパンツがばっちりと映り込んだ。

 

 それにしても、

 

 長い。

 

 目の前にとまったのは、たまに政府要人などが乗っている、車体の長いリムジンである。

 

 次の瞬間、開いたドアから伸びてきた手が、イリヤと美遊、そして響の襟首を掴み、車の中へと引きずり込んだ。

 

 そのまま急発進するリムジン。

 

 その間、僅か数秒。

 

 余りの早業に、残された雀花、那奈亀、龍子、美々の4人は、愕然とする暇すらなかった。

 

 たっぷり1分近く茫然とした後、

 

「・・・・・・・・・・・・ゆ」

 

 恐る恐る、と言った感じに龍子が口を開いた。

 

「誘拐だァァァァァァッ!!」

「お、おまわりさーん!!」

 

 絶叫する龍子。

 

 美々は大混乱して、持っていた防犯用の警笛を吹きならす。

 

 対して、雀花と那奈亀は、まだ冷静な方だった。と言うより、先に龍子と美々が大騒ぎしてくれたおかげで、却って冷静になってしまった、と言ったところだろうか。

 

「落ち着けって、2人とも」

「そうそう、それにあのリムジン、確か美遊んちの車だぞ」

 

 そう言って、那奈亀はリムジンが走り去った方角に目をやる。

 

 車は既に走り去り、影も形も見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 車の中へと放り込まれた響、イリヤ、美遊の3人は、折り重なる格好で床に転がっている。

 

 あまりにも急すぎた為、3人とも受け身を取る事が間に合わなかったのだ。

 

 だが、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 顔を上げた響が、目の前に座る人物を見て声を上げた。

 

「凛・・・・・・ルヴィア・・・・・・」

 

 先の戦いで共闘した年長の魔術師2人が、真剣な眼差しでこちらを見ていた。

 

 どうやら、この車はルヴィアの車であるらしい。

 

「どうか、したんですか?」

「いきなりこんな事するなんて、ていうか、この車すごくない!?」

 

 ようやく事態を把握した美遊とイリヤも、立ち上がって顔を上げる。

 

 イリヤが驚いた通り、車の内部にも贅が尽くされていた。

 

 見た目通り内装も広く、ちょっとした「お茶会」程度なら、移動中でもできそうなほどである。と言うより、壁に洋酒のボトルが置かれているところを見ると、本当に、そういう歓談の場にも用いている事がうかがえた。

 

 まず、一般人では、お目にかかる事ができない代物であることは確かである。

 

「3人とも、急で悪いんだけど、任務(しごと)よ」

 

 そう言うと、凛は今回の仕事について説明した。

 

 基本的には、シュバインオーグと電話で話した通りである。

 

 冬木市の地脈が正常化しないので、高圧縮の魔力を流して、無理やり通してしまおう、と言う訳だ。

 

 イメージ的には、詰まった水道管に高圧水流を流すような物だった。

 

「成程・・・・・・・・・・・・」

「判ったような・・・・・・判らないような・・・・・・」

 

 揃って首をかしげる、イリヤ、響の姉弟。

 

「まあ、後は着いたら説明するわ」

 

 凛がそう言っている内にも、車は目的地目指して走っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地に到着すると、イリヤと美遊はすぐに魔法少女(カレイドライナー)に変身した。

 

 ここは冬木市のはずれにある、円蔵山と呼ばれる山の中腹。

 

 ここに、冬木市を支える龍脈の中心があるのだとか。

 

 この円蔵山には柳洞寺と呼ばれるお寺があり、そこでは50名からなる修行僧が、日々の鍛錬に明け暮れていた。

 

 その円蔵山の森の中へと、一同は踏み入れていった。

 

「うーん、それにしても・・・・・・」

「イリヤ、どうしたの?」

「お腹痛い?」

 

 嘆息交じりの声を上げるイリヤに、美遊と響は怪訝な面持ちで声を掛ける。

 

 対して、イリヤは苦笑気味に答える。

 

「いや、そうじゃなくて、何だか戦いが終わっても、わたしと凛さんとルビーの権力関係は変わってないなって思って」

 

 それを聞いて、響は成程、と思う。

 

 すなわち、イリヤが魔法少女としてルビーを振るい、ルビーが凛をからかって弄り倒し、その凛がイリヤを使役する。

 

 見事なまでの三すくみが成立していた。

 

《イリヤさんも、凛さんの言う事なんて聞く必要ないんですよー》

ルビー(あんた)が私の言うこと聞けば、全部解決するんでしょうが!!」

 

 そもそもの元凶たるルビーに、ウガーッとがなる凛。

 

 どうやらイリヤの言う通り、この3人の関係は当分、変わりそうもなかった。

 

 まあ、騒動の元凶は確かにルビーだが、その騒動を持ち込んだのは凛とルヴィアである。

 

 こんな2人だが、いざと言う時には先輩魔術師として、子供たちの頼りになってくれる。

 

 何だかんだで、頼もしい存在なのだ。

 

 次の瞬間、

 

 ズボッ

 

 随分と間抜けな音と共に、前を歩いていた凛とルヴィアの身長が、急激に降下した。

 

 より正確に言えば、2人の体は、半ばまで地面に埋まってしまっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「そ、底なし沼だァァァァァァ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あがく2人。

 

 しかし、そうしている内にもどんどん沈んでいく。

 

「何でこんな所に致死性トラップがー!? 沈むッ 沈むゥゥゥゥゥゥ!!」

「だ、大丈夫ですかルヴィアさん!?」

「あだだだだだだ!? 何で髪を引っ張るんですの、美遊ー!?」

 

 盛大な(命がけの)コントを、重要な任務前に行う一同。

 

 それを見ながら、小学生3人は同時に思った。

 

 この2人、やっぱダメかも・・・・・・

 

 

 

 

 

 開始早々の間抜けなやり取りを経て、一同はどうにか目的の場所へとたどり着いていた。

 

 中腹に開いた洞穴から中に入ると、そこはかなり広大な空洞と化していた。

 

 どうやら、儀式はここで行うようだ。

 

 とは言え、

 

「道中、危うく死に掛けたわね」

《開始早々、最高におマヌケなデッドエンドになる所でしたねー》

 

 ボロボロになった凛に対し、ルビーが笑みを交えてからかっている。

 

 一方、

 

「うう・・・・・・わたくしの美しい縦ロールが、ゆるふわカールに・・・・・・」

《愛され系ですね》

「すみません・・・・・・」

 

 すっかりほつれた髪を見て嘆いているルヴィアに対し、サファイアは素っ気ない感じで返す一方、元凶を作ってしまった美遊は恐縮した体で謝っていた。

 

「・・・・・・・・・・・・緊張感、無いね」

 

 そんな一同のやり取りを、響はジト目で眺めていた。

 

 とても、これから重要な任務に入るとは思えない様子だった。

 

 だが、おふざけもここまでだった。

 

「やれやれ。ちゃっちゃと終わらせるわよ」

 

 そう言うと凛は、持ってきたバックから、今回の儀式に必要な魔術道具を取り出す。

 

 それは、形容するなら、1本の枯れ木だった。どうやら、これが今回のキーアイテムらしい。

 

 凛はその枯れ木を、勢いを付けて龍脈の起点となる場所へ投げつける。

 

 すると、同時に枯れ木は周囲に枝を張り巡らせ、根元に魔法陣を形成した。

 

 これで、準備は完了である。

 

 地礼針(じらいしん)と呼ばれる魔術道具は、外部から注入された魔術を、直接地脈に流し込むことができる。

 

 この特性を利用して、地脈を正常化させるのだ。

 

「じゃあ、イリヤ、美遊、頼んだわよ」

「は、はい」

「判りました」

 

 頷くと、2人の魔法少女は前に出て、それぞれのステッキを掲げる。

 

 因みに、響は特にする事が無いので、後ろに下がって状況を見守っていた。

 

「魔力注入開始。最大出力よ」

 

 凛の言葉に従い、イリヤと美遊は魔力を注入していく。

 

 徐々に高まっていく充填率。

 

 地脈がどこで詰まっているのかわからない為、ともかくありったけの魔力が、地礼針に注ぎ込まれていく。

 

「充填率・・・・・・60パーセント・・・・・・75・・・・・・90・・・・・・100・・・・・・110・・・・・・115・・・・・・・・・・・・」

 

 そして、

 

「120!!」

 

 次の瞬間、

 

Offnen(解放)!!」

 

 次の瞬間、閃光がひと際大きく迸る。

 

 同時に、充填された魔力により、地鳴りが響き渡った。

 

 やがて、それらも収束し、周囲には静寂が戻ってくる。

 

「・・・・・・・・・・・・これで終わり?」

「一応はね」

 

 何だか拍子抜けした感じの事態に、イリヤはキョトンとした調子で尋ねてくる。

 

 とは言え、これ以上、劇的な事が起こる事は無く、事態は完全に鎮静化していた。

 

「効果のほどは改めて観測しなきゃいけないけど、それはまた今度ね」

「はいはい、作業は完了。早く帰りますわよ。こんな地の底、長居するところでは・・・・・・」

 

 そう言いながら、凛とルヴィアが撤収準備を始めようとした時だった。

 

 突如、

 

 振動と共に、地鳴りが地下大空洞全体に鳴り響き始めた。

 

 地鳴りは徐々に拡大し、規模が大きくなっていく。

 

「ちょっと待って、これは!?」

 

 凛が言った瞬間、

 

 地礼針を中心に、地面に亀裂が走った。

 

「キャァ!?」

 

 思わず飛びのくイリヤ。

 

 地割れは更に大きくなり、注ぎ込んだ魔力が奔流となって噴き出す。

 

「ノックバック!? 嘘・・・・・・出力は十分だったはずよ!!」

「まずいッ 来ますわ!!」

 

 凛とルヴィアが叫んだ瞬間、

 

 魔力が完全に逆流し、大空洞全体に溢れ出す。

 

 凛達の計算は完璧だった。

 

 想定では、イリヤと美遊が注ぎ込んだ魔力で、地脈は正常化するはずだった。

 

 しかし今、想定外の事が起こっていた。

 

 逆流した魔力は、大空洞全体に破壊をもたらし、壁や天井を崩していく。

 

 破壊され、瓦礫が降り注いでくる。

 

「ッ!?」

 

 その様子を見て、響はとっさに胸に手を当てた。

 

 事態は一刻を争う。

 

 この状況を打破するには限定展開(インクルード)では間に合わない。もっと強力な物でないと。

 

 胸に手を当てる響。

 

夢幻召(インスト)・・・・・・・・・・・・」

 

 だが、響に先んじる形で動く人物がいた。

 

 イリヤだ。

 

 この時、イリヤは明確な思考があって動いていたわけではない。

 

 状況は絶体絶命。このままでは全員が生き埋めにされてしまう。

 

 ならば、どうすべきか?

 

 そのやり方を、イリヤは知っている。

 

 否、

 

 誰に教えられたわけでもなく、頭の中に流れ込んで来た。

 

 手を伸ばすイリヤ。

 

 その先にあるのは、凛の制服のポケット。

 

 その中にあるカードの1枚を思い描いて手を触れる。

 

 次の瞬間、

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

 閃光が巻き起こり、イリヤの体を包み込む。

 

 同時に、少女の姿は大きく変わっていく。

 

 フリフリの魔法少女衣装から、赤い外套を纏った兵士の姿へ。

 

 イリヤが夢幻召喚(インストール)したのは、弓兵(アーチャー)のクラスカード。

 

 限定展開(インクルード)したときには大ぶりな弓が出ただけで役立たずの感があったカードだが、その真の姿が姿を現す。

 

 黒のインナーと短パンの上から赤い外套を纏ったイリヤ。髪も、いつの間にか後頭部でまとめられている。

 

 これが、弓兵(アーチャー)の真の姿。

 

 いったいいかなる英霊なのかは分からない。しかし、いずれにしても強力な存在であることは間違いなかった。

 

 手を大きく、頭上に掲げるイリヤ。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

 次の瞬間、

 

 頭上に7枚の、薄紅色した花弁が浮かぶ。

 

 同時に、降り注ぐ瓦礫が、花弁によって防がれていくのが分かった。

 

「何これ、盾?」

 

 ギリシャ神話におけるトロイア戦争において、トロイア軍の大英雄ヘクトールの放った一撃を防ぎ切ったと言われる最高クラスの防具である。

 

 弓兵がなぜ、そのような盾を使う事ができるのか? アイアスに由来する英霊なのか?

 

 それらは判らない。

 

 しかし少なくとも、落ちてくる瓦礫を防ぎとめる程度の効果は十分にあったようだ。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 瓦礫を防ぎ留めながら、イリヤは奇妙な感覚に襲われていた。

 

 視界が、ぶれる。

 

 いや、視界だけではない。

 

 体の感覚も何だか二重に感じるようになり、聴覚にも妙なエコーを感じる。

 

 いったい、これは何なのか?

 

 そう思った次の瞬間、

 

 視界の光があふれた。

 

 

 

 

 

 いったい、何がどうなったのか?

 

 恐る恐る、目を開ける一同。

 

 全ての瓦礫が止まった時、大空洞の中は静寂に包まれていた。

 

「みんな、無事?」

 

 呼びかける凛に、

 

「な、何とか・・・・・・・・・・・・」

 

 響は手を上げて答える。

 

 取りあえず、怪我はしていなかった。

 

 と、その傍らでは別の声が上がる。

 

「美遊、無事ですの?」

「はい、大丈夫で・・・・・・ッ!?」

 

 ルヴィアの呼びかけに対し、答えようとした美遊が絶句する。

 

 なぜなら、問いかけるルヴィアの頭に巨大な瓦礫が突き刺さっていたからである。

 

「やっぱりだめそうです、ルヴィアさんが!!」

 

 そんなやり取りの中、凛は残る1人を探し求めた。

 

「イリヤッ イリヤ、どこ!?」

 

 問いかける凛。

 

 程なく、小さな声が返って来た。

 

「う~ ここだよ~」

 

 その声に、一同は胸をなでおろす。

 

 取りあえず、全員が無事らしかった。

 

「イリヤ」

 

 姉に駆け寄り、助け起こそうとする響。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 思わず、絶句して動きを止めた響。

 

 そんな弟の様子に、イリヤは訝るような視線を向ける。

 

「どうしたの、ヒビキ?」

 

 キョトンとするイリヤに対し、

 

 響は指さして見せた。

 

 たどる、その視線の先。

 

 そこには、「もう1人のイリヤ」が存在していた。

 

「「・・・・・・・・・・・・へ?」」

 

 ハモる、2人のイリヤ。

 

 片方は、魔法少女風のフリフリ衣装のイリヤ。こちらはいつも通りの姿である。

 

 対してもう1人の「イリヤ」は、先ほど弓兵(アーチャー)夢幻召喚(インストール)した時のような、赤い外套を着込んだ姿をしている。こちらは、肌が黒いのが特徴だった。

 

 いったい、これはいかなる状況なのか?

 

 事態は、誰もが予想だにしなかった方角へ、転がって行こうとしていた。

 

 

 

 

 

第2話「イリヤ×イリヤ」      終わり

 


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