Fate/cross silent   作:ファルクラム

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2wei!編
第1話「真昼の襲撃者」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次々と乱立する、漆黒の影。

 

 視界全てを覆うように迫る死の姿。

 

 その全てを見切りながら、

 

 少年は留まる事無く、全速力で駆け抜ける。

 

 甲冑に身を包み駆けるその姿は、さながら蒼銀の疾風のようだ。

 

 たちまち林立する杭が、行く手を阻んできた。

 

 だが、

 

「ハァッ!!」

 

 手にした剣を、鋭く一閃する少年。

 

 それだけで、目の前に乱立する杭が斬り飛ばされる。

 

 開ける視界。

 

 その視線の先に、目指す怨敵の姿がある。

 

 漆黒の外套に身を包み、長い髪を揺らす男。

 

 こちらを見据える病的に白い相貌には、薄い笑みが浮かべられている。

 

 まるで、こちらが突破してくるのを、予め予想していたかのようだ。

 

「ッ!!」

 

 余裕を崩さぬ敵の姿に、舌打ちしながらも、更に駆ける少年。

 

 再び襲い来る杭の群れをかわしながら、少年は更に距離を詰めようとする。

 

 そしてついに、

 

 少年は剣の間合いに、男を捉える。

 

 袈裟懸けに振り下ろされる剣閃。

 

 男は立ち尽くし、少年が振り下ろす剣を眺めている。

 

 間違いなく、必中、必殺の間合い。

 

「貰った!!」

 

 振り下ろされる剣。

 

 その一撃は、

 

 男を捉える事無く「すり抜けた」。

 

「なッ!?」

 

 驚愕する少年。

 

 対照的に、男はニヤリと笑みを浮かべる。

 

 不吉な笑み。

 

 とっさに、身を翻す少年。

 

 そこへ、地中からせり出した杭が殺到する。

 

 後退する少年を追って乱立する杭の群れ。

 

 苦心して詰めた間合いは、瞬く間に引き離されてしまった。

 

 距離を置いたところで、少年は再び剣を構えなおし、男と対峙する。

 

 そんな少年に対し、男は余裕の態度を崩さないまま腰に手を当てる。

 

「まだ、続ける気かね?」

「当然です」

 

 緊張をはらんだ表情で答える少年。

 

 互いの実力が隔絶している事は、少年にも判っている。

 

 このままでは勝てない事も。

 

 しかし、ここで退く気は無い。

 

 自分は託されたのだ。

 

 友から、大切な物を。

 

 ならば、この命尽き果てるその瞬間まで、諦める訳にはいかない。

 

「僕の全てをもって!!」

 

 言い放つと同時に、手にした剣に魔力を込める。

 

 輝きを増す剣。

 

 対抗するように、男も杭を発生させる。

 

「今日、ここで、戦いを終わらせる!!」

 

 言い放つと同時に、少年は剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 

 ゆっくりと瞼を開きながら、徐々に意識が覚醒するのを感じていた。

 

「・・・・・・・・・・・・夢?」

 

 衛宮響(えみや ひびき)は、茫洋とした意識の中で呟く。

 

 妙な夢だった。

 

 自分は甲冑を纏った騎士の姿となり、圧倒的な力を持った敵と戦っていた。

 

 迫りくる敵の攻撃、それに握った剣の柄の感触。

 

 全てが、リアルだった。

 

 生々しい戦いの感触。

 

 それが、覚醒した今も、響の体には残っていた。

 

「・・・・・・何だったんだろ。変なの」

 

 響が首をかしげる。

 

 とは言え、しょせんは夢の話だ。深く考える事もないだろう。

 

 時計を見れば、もう起きる時間である。

 

 いい加減起きよう。

 

 そう思って響は、ベッドから起き上がろうとした。

 

 その時、

 

『ほビャァァァァァァァァァァァァァァァ!?』

 

 突如、衛宮邸に鳴り響く強烈かつ珍妙な悲鳴。

 

 響は思わずベッドの縁を踏み外し、床に思いっきり頭をぶつけるのだった。

 

 

 

 

 

 心地よい微睡が、少女を包み込んでいる。

 

 朝に感じる、至福の一時。

 

 ともすれば、ずっとこうしていたくなってくる。

 

 けど、もうすぐ起きなければならない。

 

 なぜならば・・・・・・・・・・・・

 

「イリヤ・・・・・・イリヤ、起きろよ。学校に遅刻するぞ」

 

 大好きなお兄ちゃんの声が聞こえてくる。同時に、肩を軽く揺らす感覚があった。

 

 ほらね。

 

 優しいお兄ちゃんは、いつもうこうして、自分を起こしてくれる。

 

 今日だってそうだ。

 

 さあ、起きようか。

 

 いや、待てよ。

 

 ここは少し、焦らすのも手だ。

 

 ちょっとしたいたずら心に、内心で微笑を浮かべる。

 

 せっかくだから、お兄ちゃんをちょっとだけ困らせてやろう

 

「おにいちゃん・・・・・・」

 

 そう言いながら、お兄ちゃんの首に腕を回す。

 

 案の定、困ったような声が聞こえてきた。

 

「おいおい、寝ぼけているのか?」

「えへへー」

 

 笑みを浮かべて、顔を近づける。

 

「おはようのちゅー・・・・・・してくれたら、起きてあげる」

 

 そして、唇が近づき、

 

 

 

 

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの意識は、そこで覚醒した。

 

 いつも通りの朝の風景。

 

 そして目の前にいるのは、大好きな彼女の兄。

 

 ではなく、必死の形相で離れようとしている、親友の姿だった。

 

「イ、イリヤ・・・・・・いい加減、起きて」

 

 今にも泣きそうな目で、イリヤから離れようとしている美遊・エーデルフェルト。

 

 その首は、イリヤの両腕でガッチリとホールドされている。

 

 まさにファーストキス1秒前の状況。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

「ほビャァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 

 

 

 

 

 で、先程の奇声に繋がる。

 

 完全覚醒を果たしたイリヤはベッドから転げ落ちた。

 

 遅ればせながら、自分がいかに恥ずかしい事をしようとしていたのか気づいたらしい。

 

「ご、ごごごごめんミユッ お兄ちゃんと間違え・・・・・・って、いや、そうじゃなくてッ!! これは夢でッ ドリームでッ!!」

「お、落ち着いてイリヤッ 大丈夫ッ まだ未遂だから!!」

 

 動揺しまくるイリヤを、必死になだめる美遊。

 

 次の瞬間、

 

 ボフッ

 

「ほぶ!?」

 

 突如、飛んできた枕を顔面に直撃され、珍妙な声を発するイリヤ。

 

 と、

 

「イリヤ、朝からうるさい」

 

 部屋の入り口から、不機嫌そうな声が聞こえてくる。

 

 振り返ると、イリヤの弟である衛宮響(えみや ひびき)が立っている。

 

 普段、茫洋として表情が薄い少年だが、今は心なしか目が細められている。と言うか、ちょっと涙目になり、おでこはどこかにぶつけたみたいに赤くなっていた。

 

 呆れているのか、怒っているのか、あるいはその両方か?

 

 とは言え、やられた方も黙ってはいなかった。

 

「い・・・・・・・・・・・・」

 

 起き上がるイリヤ。

 

 その手には、枕が握られている。

 

「ったいなーッ もう!! 何すんのよ、ヒビキ!!」

 

 言い放つと同時に、枕を投げるイリヤ。

 

 対して、響は投げられた枕をキャッチ。イリヤに向かって投げ返す。

 

 だが、イリヤも負けていない。響が投げた枕を難なくキャッチして投げ返す。

 

「このッ いい加減にしてよ!!」

「そっち、こそ!!」

 

 朝っぱらから始まる姉弟喧嘩。

 

 その様子を、傍らの美遊はオロオロとして見つめる。

 

「イ、イリヤ、響も、落ち着いて」

 

 そんな美遊の声も聞こえないほどに、白熱する響とイリヤ。

 

 何にしても、朝っぱらから元気の良い事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきまーす!!」

 

 元気に挨拶をして、響、イリヤ、美遊の3人は家を飛び出した。

 

 その足取りは、やや急ぎ気味であり、朝の爽やかな空気の中、小学生3人は風を切って走っていく。

 

「まったくもうッ」

 

 走りながら、イリヤは不満をぶちまける。

 

 その対象は、彼女の斜め後方を走っている弟に向けられていた。

 

「このままじゃ遅刻しちゃうよ。ヒビキのせいで」

「自業自得」

 

 姉の愚痴に対し、素っ気なく返す響。

 

 今日、イリヤと美遊は日直当番なのだ。イリヤはその事を忘れ眠りこけていたわけである。

 

 家の前で待っていた美遊は、仕方なく衛宮家に上がり込み、そして先ほどの騒動につながった、と言う事だったらしい。

 

 駆ける足は、自然と早くなる。

 

 因みに、3人の中で一番足が遅い響は、イリヤと美遊に着いていくだけでも精いっぱいである。

 

「イリヤ、このままじゃ間に合わない」

「うーん、そうだね・・・・・・」

 

 悩むイリヤ。

 

 流石に、漫才じみた掛け合いで遅刻したのでは笑い話にもならなかった。

 

「仕方がない。奥の手で行こう。ルビー!!」

《はいはーい。いっちょ行きますかー?》

 

 イリヤの呼びかけに答え、彼女の髪の中から五芒星形のステッキが姿を現す。

 

 それに合わせて、美遊も囁くように告げる。

 

「サファイア、こっちも」

《仕方がありません。人がいない今のうちに》

 

 美遊のランドセルから、こちらは六芒星型のステッキが飛び出してくる。

 

 マジカル・ルビーとサファイアの姉妹である。

 

 《宝石翁》キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの手による最高クラスの魔術礼装であるこの2本のステッキは、その担い手に絶大な力を与える事ができる。

 

 ステッキを手に取る、イリヤと美遊。

 

 同時に、ルビーとサファイアは詠唱を始める。

 

《コンパクトフルオープン!!》

《鏡界回廊最大展開!!》

 

 光り輝く、魔法陣が展開される。

 

Die Spiegelform wird fertig zum(鏡像転送準備完了)!!》

Offnunug des Kaleidskopsgatter(万華鏡回廊解放)!!》

 

 2人の姿に、変化が生じる。

 

 イリヤはピンクと白を基調にした、フリフリとした可愛らしいドレス風の衣装に、

 

 美遊はレオタードのようなピッタリとした衣装の上から、白いマントを羽織った姿に、

 

 それぞれ変化する。

 

 イリヤが鳥、美遊が蝶を連想させる姿である。

 

 これこそが、マジカルステッキの担い手が持つ最大の特徴。

 

 イリヤと美遊はそれぞれ、ルビーとサファイアを介する事によって魔法少女(カレイド・ライナー)に変身する事ができるのだ。

 

 空中へ跳び上がる、イリヤと美遊。

 

 当然だが、飛ぶ事ができない響は置いてけぼりとなる。

 

「それじゃあねヒビキ、わたし達、先に行くから!!」

 

 そう言うと、2人は学校に向かって飛び去って行く。

 

 後には、歩いていくしかない響だけが取り残された。

 

「・・・・・・・・・・・・ずるい」

 

 ボソッと呟く響。

 

 そもそも、学校に行くのに魔法少女に変身するな、と言いたいところだが、2人そろって既に姿も見えない。

 

 嘆息すると、響は学校への道を歩き出す。

 

 まあ、飛べない身としては、地道に歩いていくしかないだろう。

 

 それにしても、

 

 響は歩きながら、ここ数か月の事を少し振り返ってみた。

 

 あの夜。

 

 イリヤがルビーと契約して、魔法少女になって以来、響もまた、大いなる戦いがもたらす、流れの中に巻き込まれていく事となった。

 

 英霊の力を宿したカードの回収。

 

 その過程で行われた戦い。

 

 楽な戦いなど、一度もなかった。

 

 あるのは常に、命のやり取りであり、あるいは何かが違えば、響も、そしてイリヤや美遊も、こうして平和な日常を謳歌する事は出来なかったかもしれない。

 

 その戦いの中で、イリヤや美遊には大きな変化が生じていた。

 

 当初、殆ど遊び半分の勢いで参加していたイリヤは、戦う事に対しる責任を自覚し、自らの守りたいものの為に戦うと言う、信念を抱くようになった。

 

 そして美遊は、

 

 最初のころ、彼女は常に1人だった。

 

 何をするにしても人の手を借りず、孤高であり続けた。

 

 そんな美遊も、今では響とイリヤの友達であり、気づけば3人で一緒に行動する仲になっていた。

 

 あの戦い、3人が力を合わせなければ、決して勝つ事はできなかったことだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・そう言えば」

 

 独り言をつぶやき、響は自分の胸に手をやった。

 

 あの戦いで響は、何度か英霊の力を借りて敵と戦っている。

 

 英霊の力の象徴を一部具現化して行使する限定展開(インクルード)

 

 自分自身がに英霊の力を宿し、英霊化する夢幻召喚(インストール)

 

 いずれも、英霊の力を宿したクラスカードと言うアイテムがあって、初めて成立する神秘である。

 

 そのクラスカード7枚を集め終えて尚、響には意味不明な事が多い。

 

 まず、響はカード無しで限定展開(インクルード)夢幻召喚(インストール)を行うことができる。

 

 これは異常以外の何物でもない。

 

 魔術協会ですら解析が進んでいないカードの能力を、1歩どころか、殆ど3歩飛ばしで使っているようなものだ。

 

 更に、響が夢幻召喚(インストール)する英霊が何者であるか、と言う事も分かっていない。

 

 全てが謎のまま戦い。全てが謎のまま、戦いは終わってしまった。

 

 勝ったものの、響には何だかすっきりしない物が残されたのだった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 考えても仕方がないと、響は思考を切り替える。

 

 響自身の能力について、凛やルヴィアも調べてくれると言っていた。

 

 素人で小学生に過ぎない響が、下手にあれこれ考えるよりも、専門家に任せた方が得策だろう。

 

 そう思って、響は学校へと足を向けようとした。

 

 その時、

 

 

 

 

 

 ヒュンッ

 

 

 

 

 

 突如、耳にする風を斬る音。

 

 その音が聞こえた瞬間、

 

「ッ!?」

 

 響は、とっさの身を翻した。

 

 次の瞬間、

 

 最前まで響が立っていた場所に、細長い棒が突き刺さった。

 

「矢ッ!?」

 

 いったい何が!?

 

 と思う前に体が動いたのは、先に大きな戦いを経験した成果だろう。

 

 殆ど本能で危機を察した響は、その場から大きく飛びのく。

 

 そこへ飛来する、二の矢、三の矢。

 

 強烈な攻撃は、アスファルトの地面を難なく貫通して突き刺さる。

 

 そして、

 

 ついに1発が、響への命中コースを描いて飛来する。

 

「ッ!?」

 

 相手は、響の動きを先読みして、機先を制するように矢を放ったのだ。

 

 高速で迫る矢。

 

 回避するには、完全に時間が足りない。

 

 迫る死を前にして、

 

 響は、

 

 右手を胸に当てた。

 

 同時に、自らの内に存在する物へ呼びかける。

 

 蓋に着いた鍵を開けるように、ゆっくりと手を伸ばす。

 

 次の瞬間、

 

限定展開(インクルード)!!」

 

 叫び放つと同時に、響の右手のひらに光が収束する。

 

 その光が完全に収束するのを待たず、

 

 響は鋭く振り上げた。

 

 飛来した矢は、響に命中する直前に切り払われる。

 

 同時に光がほどけ、中から一振りの日本刀が姿を現した。

 

 これこそが限定展開(インクルード)

 

 英霊の力の一部を借り受け、行使する事が可能となる魔術である。

 

 一部とはいえ、かつて偉業を成した英雄の力を顕現させるわけだから、その恩恵は決して小さな物ではない。

 

 響が使う刀。

 

 これの持ち主が誰かは知らないが、これも例外ではない。

 

 飛来する矢を、次々と切り払う響。

 

 その視線が、彼方にいる敵の姿を捕らえる。

 

 距離にして、およそ200メートルくらい。

 

 背の高い雑居ビルの屋上に、その人物はいた。

 

 獣のような耳に、長いしっぽを持つ、異国風の出で立ちをした少女。

 

 手には大ぶりな弓を持っている。

 

 間違いない。狙撃手はあいつだ。

 

「逃がさな、い!!」

 

 言い放つと同時に、魔力で脚力を強化する響。

 

 同時に大きく跳躍し、手近な民家の屋根へと駆けあがる。

 

 更に飛来する矢は刀で弾き、屋根から屋根へと飛び移り、徐々に接近していく響。

 

 戦いを通じて成長したのは、何もイリヤや美遊だけではない。

 

 響もまた、戦いの中で己がどのようにして戦うべきかを学び取っていた。

 

 相手も、まさか響がこのような対抗手段を持っているとは、思いもよらなかったようだ。

 

 遠目にも、相手が怯むのを感じた響は、ここで仕掛ける事にする。

 

 甘くなった照準をすり抜けるようにして駆ける。

 

 目標となる屋上へ到達する響。

 

 跳び上がりながら刀を構える。

 

 その眼下では、

 

 狙撃手の少女が、弓を構えて待ち構えていた。

 

 放たれる矢。

 

 同時に、響も刀を振り下ろす。

 

 交錯する一瞬、

 

 響は屋上の床に足を着く。

 

 と、同時に、少し離れた場所に、少女も着地した。

 

 響が刀を振り下ろす直前、少女もまた後退して、響の攻撃を回避していたのだ。

 

 とは言え、

 

「・・・・・・・・・・・・誰?」

 

 響は油断なく刀の切っ先を向けながら、少女に尋ねる。

 

 遠目で確認した通り、少女の出で立ちは普通ではない。

 

 歳の頃は、響とそう変わらないように見える。

 

 恰好は、異国の民族衣装風の衣を着て、手には大きな弓を携えている。

 

 それだけなら、単なるコスプレで片付ける事も出来るのだが、頭には獣の耳があり、お尻からは長いしっぽが伸びていた。

 

 明らかに、恰好が普通ではない。

 

 しかも、あの狙撃の能力。

 

 相手が尋常な人間ではない事は、火を見るよりも明らかだった。

 

 目の前の少女が誰で、いったい何が目的なのか?

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 少女は無言のまま、弓に矢を番えて響へと向ける。

 

 対峙する両者。

 

 その中で、響は次の一手を模索する。

 

 相手の武器は弓。距離を置いている状態では、刀を持つ響の不利は否めない。

 

 だが、夢幻召喚(インストール)していないとは言え、この距離なら魔力で脚力を底上げすれば、詰めるのは一瞬で済む。

 

 条件は、ほぼ互角と言って良い。

 

 仕掛けるか?

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 少女は突如、左手に持った何かを床へと投げる。

 

「ッ!?」

 

 響が息を呑んだ次の瞬間、

 

 床に転がったボールから煙が猛烈に噴き出す。

 

 どうやら、煙幕の類だったようだ。

 

 この煙に紛れて攻撃を仕掛けてくるつもりか?

 

 そう考えて、警戒する響。

 

 しかし、いつまでたっても、煙幕の陰から矢が放たれる事は無い。

 

 そうしている内に、徐々に視界が晴れていくのが判る。

 

 響が見つめる視界の先では、

 

「・・・・・・・・・・・・いない」

 

 既に、そこには誰もいなかった。

 

 どうやら少女は、この場で響を仕留める事は敵わないと感じ、素早く撤退したようだ。

 

 響も接続解除(アンインクルード)して刀をしまう。敵が退いた以上、こちらも戦闘状態を維持する理由は無い。

 

 とは言え、

 

「・・・・・・・・・・・・いったい、誰?」

 

 既に姿が見えなくなった敵に、響は語り掛ける。

 

 敵はいったい誰なのか?

 

 そしてなぜ、自分を狙うのか?

 

 全てが、判らない。

 

 ただ一つ、確実に言える事。

 

 それは、少なくとも自分に敵意を持った何者かが、存在していると言う事だった。

 

 いったい、誰が?

 

 先程の言葉を、もう一度心の中で反芻する響。

 

 しかし、考えたとしても、答えが出るものではない。

 

 結局、その後、謎の敵がそれ以上襲撃を掛けて来る事は無かった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 響を振り切って離脱した少女は、ビルの影までくると、呼吸を整えてスッと目を閉じる。

 

「・・・・・・接続解除(アンインストール)

 

 短い言葉と共に、光に包まれる少女の姿。

 

 ややあって、光の中から現れた少女は、それまでの獣耳と尻尾をはやした姿ではなく、どこにでもいそうな、小学生くらいの恰好に変じていた。

 

 と、

 

「首尾はどうだ、ルリア?」

 

 声を掛けられ、ルリアと呼ばれた少女は振り返る。

 

 そこに立つのは、夏にも拘らず漆黒のライダージャケットに身を包んだ少年。

 

 こちらは10代後半ほどで、ルリアよりもやや大人びた印象がある。

 

優離(ゆうり)・・・・・・・・・・・・」

 

 その姿を見て、少女は明らかに不機嫌そうな顔をする。

 

 どうにも、見られたらまずい相手に見られてしまった、と言った風情である。

 

「尾けてたの?」

「人聞きの悪い事を言うな。お前の護衛は当主殿から言いつかった事だ」

 

 素っ気ない優離の言葉に、ルリアは嘆息するしかない。

 

 そのまま、少女は踵を返した。

 

「おい」

「見ていたなら、わざわざ報告する必要なんてないでしょ」

 

 それだけ言うと、さっさと歩き始めるルリア。

 

 それを追って、優離も不承不承とばかりに着いて行くのだった。

 

 

 

 

 

第1話「真昼の襲撃者」      終わり

 


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