Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第54話「神狩りの太刀」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迸る電撃。

 

 本来であるなら、目で追う事すら不可能な神の槍。

 

 大気を走る稲妻は、

 

 しかし、駆ける少年の姿を捉える事が出来ない。

 

 響は自身に迫る雷撃を回避し、しかし勝機は見逃さない。

 

 雷撃が途切れる一瞬の隙を突く形で、ベアトリスの懐へと斬り込む。

 

「んッ!!」

 

 切っ先が付き込まれる、妖刀の刃。

 

 その一閃を、

 

 ベアトリスは拳で打ち払う。

 

「このッ ちょこまかとッ ゴキブリかッ テメェは!!」

 

 苛立ったベアトリスが、横なぎに戦槌を振るう。

 

 圧倒的致死量の一撃。

 

 しかし響は身を低くしてベアトリスの攻撃を回避。

 

 同時に低い姿勢から、跳ね上げるように、手にした明神切村正を振るう。

 

 縦一閃に駆けあがる刃。

 

 銀の閃光が、迸る雷撃を切り裂く。

 

 すかさず、刀を返す響。

 

「んッ!!」

 

 鋭い剣閃が奔る。

 

 刃が切り裂き、ベアトリスの身体からは鮮血が迸る。

 

「ぐッ!?」

 

 思わず、うめき声を上げるベアトリス。

 

 傷は、それほど深くはない。神霊を夢幻召喚(インストール)している彼女からすれば、掠り傷にすら値しないだろう。

 

 しかし、

 

「テメェ・・・・・・・・・・・・」

 

 着実に当ててくる響の攻撃は、雷神少女を苛立たせていた。

 

 先程からベアトリスの攻撃は悉く空を切り、逆に響の攻撃はダメージこそ小さい物の、既に数撃に渡って少女を捉えている。

 

 たとえそれが微小なダメージであったとしても、あるいはだからこそ、ベアトリスを苛立たせるには十分だった。

 

「いい加減、目障りなんだよ!!」

 

 叫ぶと同時に、

 

 少女の全身から、圧倒的な量の電撃が迸る。

 

 魔力を伴ったその稲妻は、ただそれだけで周囲一帯を吹き飛ばす勢いを見せていた。

 

 ベアトリスの狙いはシンプルだった。

 

 狙って当たらないのなら、初めから狙わなければいい。

 

 広範囲一帯を吹き飛ばすほどの一撃でもって、全てを薙ぎ払えば終わる。

 

「消し飛ばしてやるッ 元素の彼方まで!!」

 

 戦槌を振り被るベアトリス。

 

 対して、

 

 刀の切っ先をベアトリスに向けて構える響。

 

 その視界の中で、膨大な量の雷撃がベアトリスの手元にある戦槌に集まっていくのが見える。

 

 収束した雷が、溢れ出る。

 

 間違いなく、必殺の一撃。

 

 次の瞬間、

 

悉く打ち砕く雷神の槌(ミョルニル)!!」

 

 詠唱と共に、ベアトリスは稲妻を伴った戦槌を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 ぶつかり合う、力と力。

 

 はじけ飛ぶ衝撃。

 

 2騎の英霊がぶつかり合う度、周囲が薙ぎ払われる。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げながら、互いの武器を振り翳すイリヤとシフォン。

 

 イリヤが巨大な斧剣を振り翳して叩き潰さんと迫れば、

 

 シフォンは方天画戟を旋回させて打ち払う。

 

 身に宿した英霊は、共に狂戦士(バーサーカー)

 

 その戦い方は、ある意味で一番シンプル。

 

 すなわち、力と力のぶつかり合いに他ならない。

 

 イリヤが夢幻召喚(インストール)した英霊はヘラクレス。

 

 ギリシャ神話に登場する半神半人の英雄であり、同神話における最強の大英雄。

 

 その身は鋼よりも硬く、更には生前乗り越えた試練により、12の魂が尽きない限り、何度でも立ち上がる不屈の戦士。

 

 |狂戦士となった事で、生前に研ぎ澄まされた武技の数々は失われている物の、それでも最強の名に相応しい万夫不当の存在。

 

 ヘラクレスを夢幻召喚(インストール)したイリヤは、圧倒的な力を如何無く発揮してシフォンを追い詰める。

 

 一方のシフォンも、こちらも負けていない。

 

 イリヤがギリシャ最強なら、シフォンは後漢最強の武人である。各としては決して引けは取っていない。

 

 イリヤが打ち下ろす斧剣の一撃をいなし、鋭く反撃を繰り返す。

 

 旋回する長柄の檄。

 

 その一撃を、イリヤは斧剣を立てて受け止める。

 

「甘いよッ!!」

 

 カウンター気味に繰り出すイリヤの攻撃。

 

 振り下ろされた斧剣を、シフォンは檄の柄でガード、そのまま押し出されるように後退する。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げるシフォン。

 

 一方のイリヤは斧剣を構え、更なる攻撃のタイミングを計る。

 

「・・・・・・・・・・・・いける」

 

 核心と共に、呟く少女。

 

 夢幻召喚(インストール)した結果、完全に暴力の怪物と化しているシフォンと違い、イリヤは理性を保って戦っている。

 

 アンジェリカが教えてくれた事だが、狂戦士(バーサーカー)のカードは夢幻召喚(インストール)すれば爆発的な力を得られる反面、徐々に理性が失われていくのだとか。

 

 そのタイムリミットは、およそ10分。

 

 一応、ヘラクレスのカードにはアンジェリカの手によってリミッターが掛けられ、10分で夢幻召喚(インストール)が解け、カードが排出されるようになっている。その為、イリヤが正気を失う事は無い。

 

 しかし、それはつまり、10分以内に決着をつける必要があると言う事だった。

 

 ここまでの戦いで、イリヤは自身が優勢に戦いを進めている手ごたえを感じている。

 

 勝負を掛ける。

 

 決意と共に、前に出るイリヤ。

 

 だが、

 

「いけません、イリヤスフィール!!」

 

 警告を発したのは、後方で戦況を見守っていたバゼットだった。

 

 一歩引いた位置から冷静に見ていたからこそ、彼女には判った。

 

 シフォンが、イリヤが勝負を掛けるのを待っていた事を。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮と同時に、

 

 シフォンが手にした方天画戟を振り翳して、イリヤへと迫る。

 

 だが、

 

「大丈夫だよ、バゼットさん」

 

 迫るシフォンを前にして、イリヤは冷静だった。

 

 右腕一本で、高らかに石斧を掲げて構える。

 

 この技は一度見ている。

 

 あの岩山の戦闘で、士郎が使っていたのをイリヤも見ていた。

 

 本来なら狂戦士(バーサーカー)の身で使える技ではない。

 

 しかし今なら、

 

 自分なら、再現できるかもしれない。

 

 半ば確信めいたイリヤの想い。

 

 そっと、自分の中にいる英霊に想いを馳せる。

 

 「彼」を夢幻召喚(インストール)してから、イリヤは何か、大きな存在に抱かれるような安心感を感じていた。

 

 大いなる力強さ。そして、温もりと優しさ。

 

 両親や家族たちとも違う。

 

 まるで戦いながら、誰かに守られているかのような安心感。

 

 それがいったい何なのか、イリヤには判らない。

 

 しかし、だからこそ、「できる」と思った。

 

 「彼」ならきっと、力を貸してくれるはずだ、と。

 

 迫るシフォン。

 

 その姿を真っ向から見据える。

 

 振り翳される方天画戟。

 

 その刹那をも凌駕する一拍、

 

 イリヤは迸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

射殺す百頭(ナイン・ライブズ)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 殺到する、9つの超高速斬撃。

 

 かつてあらゆる武の頂点を極めし大英雄ヘラクレスが、あらゆる武器において繰り出す事が出来る最強の必殺技。

 

 余りの速さゆえに、9つの攻撃が1つに重なって見える。

 

 その斬撃全てが、

 

 迫るシフォンを捉え、

 

 容赦なく切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 凄まじい轟音は、橋の上で戦っている美遊やクロエにも聞こえて来た。

 

「あれはッ!?」

「多分、イリヤ達のいる場所・・・・・・」

 

 少女たちは思わず立ち止まり、音が聞こえて来た眺める。

 

 大気を引き裂くほどの轟音。

 

 状況は見えないが、余ほどの激戦が行われているであろう事は理解できた。

 

 イリヤは、バゼットは無事だろうか?

 

 脳裏によぎる仲間達の顔。

 

 しかし、

 

 今の2人には、味方を気にしている余裕はない。

 

「ちょろちょろ逃げないでください。ほんと、虫退治って大変なんですから」

 

 不気味な笑みを仮面の下に浮かべながら、ゆっくりと歩いて来る桜。

 

 その前面には、クロエが投影した、無数の剣林が存在している。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 対峙しながら、クロエは傍らの美遊を見やる。

 

「美遊、準備は?」

「問題ない。行ける」

 

 頷く美遊。

 

 準備は既にできている。後は仕掛けるだけだった。

 

 そこへ、斬り込んでくる桜。

 

「さあ、今度こそ綺麗に切り刻んであげますからね。うまくできたら先輩、褒めてくださいね」

 

 不気味な微笑と共に、手にした剣を振り翳す桜。

 

 対して、

 

 前に出る美遊。

 

 その手に握られる、1枚のカード。

 

 盾を掲げた兵士が描かれた絵柄。

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

 叫んだ瞬間、少女の身体を光が包み込む。

 

 魔法少女としての姿から、英霊の姿へと変じる美遊。

 

 黒のレオタード状のインナーの上から、纏われる軽装の甲冑。

 

 同時に、手には大ぶりな盾が握られる。

 

 盾兵(シールダー)夢幻召喚(インストール)した美遊。

 

 同時に、盾を掲げる。

 

 迫る桜。

 

「さあッ お料理、しちゃいますね!!」

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・今、私は災厄の席に着く」

 

 静かな宣誓と共に、美遊は眦を上げる。

 

 掲げられる盾。

 

 美遊の魔術回路が唸りを上げて奔る。

 

「それは全ての瑕、全ての怨恨を癒す我らが故郷・・・・・・」

 

 向けられた視線が、

 

 桜を捉える。

 

「顕現せよッ いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)!!」

 

 次の瞬間、

 

 周囲の情景が一変する。

 

 否、

 

 正確に言えば、

 

 突如として、巨大な城がそそり立ったのだ。

 

 白亜の外壁を持ち、いくつもの高い戦闘が聳え立つ。

 

 壮麗にして荘厳、そして厳然にして勇壮。

 

 その城が一個の芸術品であると同時に、戦うための砦である事を意味してる。

 

「あ・・・・・・あ・・・・・・ああ・・・・・・」

 

 その城を見た瞬間、

 

 桜の身体は突如、震えだし、その場から動かなくなる。

 

 手にして剣を取り落とし、膝を突く少女。

 

 その勝機を、

 

 少女たちは見逃さない。

 

「クロッ!!」

「ええ、任せなさいッ!!」

 

 美遊の合図と共に、クロエが仕掛ける。

 

 両手に2対4刀の干将・莫邪を投影、鋭く投げつける。

 

 同時に更にもう1対の夫婦剣を投影し駆ける。

 

 対して、桜は未だ動く事が出来ずにいる。

 

「これで、終わりよ!!」

 

 空中を飛ぶ4刀。

 

 して、正面から迫るクロエ。

 

「鶴翼、三連!!」

 

 次の瞬間、

 

 6連の刃が、一気に桜を斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦況は、衛宮邸居間に設置された司令本部にいる凛達にも、リアルタイムで届けられていた。

 

 状況は正に一進一退と言ったところ。

 

 いまだに誰も祭壇には取りついていない。

 

「まずいわね」

 

 凛が唇を噛み締めながら言った。

 

 当初の作戦案では、誰か1人でも素早く敵の防衛ラインを突破、本丸にいるジュリアンを倒し、泥の流入を止める手はずだった。

 

 しかし、意に反して、イリヤ達はエインズワース側の戦力に足止めされている。

 

「物量では勝っているのですけれど・・・・・・」

「相手の方が個々の戦闘力が高い分、苦戦は免れない、か」

 

 ルヴィアの言葉に頷きながら、凛は焦燥を隠せずにいた。

 

 元より、決戦である。

 

 こちらが必死である以上に、敵も死に物狂いだ。

 

 簡単に勝てるとは思っていない。

 

 しかしある意味、こちらの戦力を足止めするだけで良いエインズワースの方が、戦局的に有利であると言える。

 

 時が経つごとに、破滅の蓋は徐々に開いていく。

 

 時間は味方ではなかった。

 

「イリヤスフィールとバゼット、それに美遊とクロエのチームは戦況をモニターできますけど、問題は響ですわね」

 

 鏡に映る戦況を見ながら、ルヴィアが険しい表情を作る。

 

 戦況のモニターにはルビーとサファイアを介する形を取っている為、イリヤと美遊が居る戦場の状況は、衛宮邸からも観測できる。

 

 しかし単騎でベアトリスと戦っている響の状況は、凛達からは判らないのだ。

 

「一応、まだ戦ってはいるみたいだけどね」

 

 言いながら凛は、彼方に走る雷光を眺める。

 

 空中に走る稲光は雷神少女の放つ閃光である。

 

 つまり、あの下ではまだ、響が戦っていると言う事だ。

 

 いったい少年はどうしているのか? 勝っているのか、負けているのか、それすら不明だった。

 

 しかし、

 

 彼女らに、他人の心配をしている暇はない。

 

 脅威は、すぐそこにまで迫っていたのだ。

 

 突如、鳴り響きく鈴の音。

 

 その音に、いち早く反応したのは士郎だった。

 

「これはッ!?」

「まさか、警報ッ!?」

 

 凛達も音の正体に気付き、緊張を走らせる。

 

 流石は魔術師の住む邸宅。多少ではあるが、侵入者対策は施されている。

 

 衛宮邸は、悪意ある第三者が侵入しようとしたら、このように警報が鳴る仕組みとなっている。

 

「どうやら、招かれざる客のようだ」

 

 士郎は立ち上がると、窓を開ける。

 

 今に面した広い庭。

 

 その中央に、1人の青年が佇んでいる。

 

 シェルドだ。

 

 既にその身は英霊を纏っている。

 

 甲冑を着込み、背には大剣を背負っている。

 

 ネーデルランドの大英雄、ジークフリードとしての姿がそこにあった。

 

「姿が見えないと思ったら、こちらが狙いだったか」

「抜け駆けをする者は、どんな時でもいる者だ」

 

 言いながら、シェルドは大剣を抜き放つ。

 

 長大な刀身の切っ先が、士郎に突き着けられた。

 

「お前たちを倒せば、主の悲願成就に大きな前進となる。悪いが我が剣の錆となってもらう」

 

 抜け駆け。

 

 などではない。

 

 シェルドはシェルドなりに、覚悟を持ってこの場に現れたのだ。

 

 ここにいる全員を殺せば、前線の響達は統制を失い混乱する。

 

 そうなればエインズワースの勝ちは動かない。ジュリアンの、ひいてはダリウスの悲願成就に、大きな前進となる。

 

 故にこそシェルドは、単騎で敵陣へと斬り込んで来たのだ。

 

「良いだろう」

 

 頷く士郎。

 

 シェルドの覚悟を感じ取り、前へと出る。

 

「俺が相手だ」

「衛宮君ッ!!」

「シェロ!!」

 

 凛とルヴィアが制止するように声を上げる。

 

 士郎は戦わない。

 

 それは昨夜の作戦会議で、皆で話し合って決めた事。

 

 だが士郎は、自らその禁を破ろうとしている。

 

 そんな2人に、笑いかける士郎。

 

「良いんだ、遠坂、ルヴィア。心配してくれてありがとうな」

 

 2人の気遣いは有難い。

 

 しかし現実問題として、英霊化した相手に伍して戦えるのは、この場では士郎だけだった。

 

 庭に降り立つ士郎。

 

 そのままシェルドと向かい合いながら、庭の中央へと進み出る。

 

 同時に、

 

 士郎の身体を光が包み込む。

 

 一変する姿。

 

 黒ボディーアーマーの上から赤い外套を着込み、頭にはバンダナがまかれる。

 

 ただ以前と違うのは、以前は腰回りのみだった外套が、今は上半身も覆う形に変更されている。

 

 何より、カードも無しに英霊化を成し遂げている。

 

 士郎の存在が、より「英霊エミヤ」に近づきつつある証拠だった。

 

投影開始(トレース・オン)

 

 静かな詠唱と共に、士郎の手に出現する黒白の双剣。

 

 シェルドもまた、大剣を持ち上げて斬りかかるタイミングを計る。

 

 次の瞬間、

 

 2騎の英霊は同時に駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炸裂する閃光。

 

 地上に顕現した、雷光の檻。

 

 地上にあるあらゆる物を薙ぎ払う神の雷。

 

 ベアトリスの放った「悉く打ち砕く雷神の槌(ミョルニル)」は、彼女の周囲四方にあるあらゆる物を飲み込み、かみ砕いていく。

 

 少年暗殺者の命運も又、雷光の彼方へと飲み込まれ、消えて行く。

 

 やがて、晴れる視界。

 

 顔を上げるベアトリス。

 

 次の瞬間、

 

「なッ!?」

 

 絶句した。

 

 目の前の光景が、一変している。

 

 今の今まで朝だったのにも関わらず、いつの間にか夜になっている。

 

 周囲を取り巻く闇。

 

 街並みまで変わっている。

 

 それまでの、ごくありふれた住宅街ではなく、時代劇でよく見るような、古い建物が軒を連ねている。

 

 天に煌々と輝く、白い月。

 

 そして、

 

 月光の下に、凛とはためく誠の旗。

 

 手にした少年が、ゆらりと進み出る。

 

 固有結界「翻りし遥かなる誠」

 

 宝具には宝具。

 

 ベアトリスが「悉く打ち砕く雷神の槌《ミョルニル》を放った直後、響もまた切り札(ジョーカー)を切ったのだ。

 

 だが、

 

「それで?」

 

 ベアトリスは余裕の態度を崩す事無く、響に向き直る。

 

「このみすぼらしい風景が何だってんだ? まさかこんなんで、あたしを倒す気かよ?」

 

 せせら笑う、雷神少女。

 

 そうだ。如何なる物が来ようと、自分が負けるはずがない。

 

 なぜなら、自分こそが最強の存在。

 

 自分こそが、北欧神話に誇る・・・・・・

 

「ねえ」

 

 ベアトリスの思考を遮るように、響が口を開いた。

 

「来ないなら・・・・・・」

 

 次の瞬間、

 

 響の姿は、

 

「こっちから行く、よ」

 

 ベアトリスの、すぐ背後に現れた。

 

「なッ!?」

 

 繰り出された斬撃を、とっさに回避するベアトリス。

 

 刃は辛うじて、少女を霞めるにとどめる。

 

「このッ!!」

 

 とっさに、反撃に転じるベアトリス。

 

 横なぎに振るわれる戦槌。

 

 雷を纏った一撃は、

 

 しかし、闇に紛れた少年を捉える事はできない。

 

 同時に、

 

 気配が躍る。

 

「上かッ!?」

 

 振り仰いだ瞬間、

 

 既に刀を振り下ろす響。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、戦槌の柄で斬撃を受けるベアトリス。

 

 だが、

 

 間に合わず、その体を切り裂かれる。

 

 ベアトリスが反撃に転じる前に、再び姿を消す響。

 

 構わず戦槌を振るうが、ベアトリスの攻撃が響を捉える事はない。

 

「クソッ さっきより鬱陶しいじゃねえかよ!!」

 

 苛立ちを募らせながら、戦槌を構え直す雷神少女。

 

 響(と言うより、斎藤一)の宝具「翻りし遥かなる誠」は、対象となる敵の認識能力を下げ、自身の姿を捉えにくくする、いわば空間そのものがステルス機能を有しているに等しい。

 

 それ故に、ベアトリスは響を捉えられないのだ。

 

「・・・・・・ハッ」

 

 数瞬の沈黙ののち、

 

 ベアトリスは口元に笑みを浮かべる。

 

 同時に、その身より雷光が迸る。

 

「どうせ、見えねえんだろ」

 

 雷光が徐々に大きくなり、闇夜に激しく迸る。

 

 戦槌を振り被るベアトリス。

 

「ならッ 全部薙ぎ払っちまえば良いだけの話だろうがッ!!」

 

 次の瞬間、

 

 ベアトリスは、手にした戦槌を地面に叩きつけた。

 

 雷神が全力をもって叩きつけた戦槌は大地を割り、結界内のあらゆる物を吹き飛ばす。

 

 周囲一帯、更地にするほどの一撃。

 

 大地は割れ、闇夜は一瞬にして昼間と見まがうほどに照らし出される。

 

 結界その物を吹き飛ばすほどの一撃。

 

「ハッ これで、どうだッ!?」

 

 勝ち誇るベアトリス。

 

 周囲一帯、全てを吹き飛ばすほどの雷撃。

 

 これなら、いかに響が闇の中に身を隠そうが、防ぎきれるものではない。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・・・・・・・なッ!?」

 

 驚愕に、目を見開いた。

 

 響が、

 

 いる。

 

 ベアトリスの、

 

 すぐ、

 

 目の前に。

 

 手にした明神切村正を、左手で持ち、切っ先を向けて弓を引くように構える。

 

 実のところ、

 

 あえて、言う事ではないので、響は誰にも言っていない事がある。

 

 それは、この固有結界「翻りし遥かなる誠」の能力について。

 

 英霊、斎藤一の宝具であるこの固有結界は、暗殺者(アサシン)である彼が、対象を暗殺する為、取り込んだ相手の認識力を極限まで低下させる事が出来る。

 

 それは、決して間違いではない。

 

 しかし、それだけでは、事実の一局面に過ぎない。

 

 真の能力。

 

 それは、

 

 「この空間が存在し続ける限り、必ず暗殺が成功する」事にある。

 

 結界内にいる限り、響の瞳は敵の弱点を決して見逃さず、その攻撃は全てが「必殺」となり、そして敵は逃れる事が出来ない。

 

 故にこその「絶対的暗殺空間」。

 

 即ち、

 

 この空間を展開した時点で、響の暗殺は全てが成功となり、たとえ神であろうとも、その刃から逃れる事は不可能。

 

 少年の双眸は既に、少女の弱点。

 

 すなわち、神霊としての彼女を構成する「神核」の位置を捕捉していた。

 

 刃を突き込む響。

 

 その刀身に、「暗殺」と言う概念そのものが集約される。

 

無明(むみょう)・・・・・・暗剣殺(あんけんさつ)

 

 次の瞬間、

 

 明神切村正の切っ先は、ベアトリスの胸に突き込まれた。

 

 

 

 

 

第54話「神狩りの太刀」      終わり

 


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