Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第11話「小さな決意」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、学校に行っても響と美遊は、イリヤと話をする事はできなかった。

 

 勿論、教室にはイリヤがいて話しかけようと思えば簡単な話だった。

 

 しかし、見るからに消沈した様子のイリヤからは、話しかけないでほしい、と言うオーラがにじみ出ており、響も美遊も、話しかけるのを躊躇ってしまったのだ。

 

 そもそも、何度か話しかけようとは試みたのだが、イリヤの方からさりげなく拒絶されてしまい果たせなかった。

 

 どうしたものか。

 

 響はぼんやりと黒板を眺めながら考えていた。

 

 担任の藤村大河が教科書片手に授業を進めているが、その内容は響の頭に全く入ってきていなかった。

 

 イリヤにとって、昨日の事がショックだったのは判るが、美遊も凛もルヴィアも、別に気にしないと言ってくれている。勿論、響自身もだ。

 

 それに何だかんだ言っても戦いに勝ってカードは回収したし、全員無事に戻ってこれたのだ。

 

 過程はともかく、文句無しの大勝利である。

 

 イリヤが気に病む必要は、全く無いのだ。

 

 しかし、それを伝えようにも、当のイリヤ本人がこんな状態では、如何ともしがたかった。

 

 それに・・・・・・・・・・・・

 

 響は登校途中で会った男の事を思い出す。

 

 まるでこちらの事を知っているかのような、人を食った言動。

 

 不気味な存在感を醸し出していた男の存在は、否応なく響の中で残り続けていた。

 

 あいつは何者なのか?

 

 何が目的なのか?

 

 全てが判らないままだった。

 

 その時、

 

 スパァンッ

 

「はうッ」

 

 響の頭に衝撃が走り、思わず机に突っ伏す。

 

 見上げれば、担任の藤村大河が、見下ろすような恰好で立っている。その手には、丸められた教科書が握られていた。どうやら、それで響の頭を叩いたらしい。

 

「授業中にボーッとしないように。何度も名前呼んでるんだから」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 見れば、クラスメイト達が一斉にこちらを見て、クスクスと笑っている。

 

 今は算数の時間。

 

 響はその真っ最中に、考え事をしていたのだ。

 

「じゃ、響君。黒板の問題を解きなさい」

 

 改めて、大河から指名される。

 

 それに対して響は、ノロノロと立ち上がる。

 

 そして手元の教科書と、黒板の問題を何度か見比べた後、

 

「・・・・・・・・・・・・わかんない」

 

 もう一発、頭を叩かれたのは言うまでもない事だった。

 

 

 

 

 

「なあ、響」

 

 体育の時間、響に話しかけてきたのは栗原雀花だった。

 

 その後ろには、森山那奈亀、嶽間沢龍子、桂美々と言った、いつものメンバーも揃っている。

 

「お前ら、何かあったのか?」

「何かって?」

 

 響ははぐらかすように告げる。

 

 だが、無論の事、そんな事でごまかす事はできなかった。

 

「とぼけるなよ。イリヤも美遊も、それに響、お前も、今日はちょっと様子が変だぞ」

「そーだそーだ、ごまかしきれると思うなよ!!」

 

 雀花の言葉に、那奈亀も追従する。

 

 流石は友人と言うべきか、よく見ている。

 

「くそー イリヤと美遊の野郎ッ よくもあたしにあんな事をッ 反抗期かッ!? 反抗期なのか!?」

 

 何やら泣き始める龍子。

 

 どうやら2人と何かあったらしいが、意味は不明なので取りあえず放っておくことにする。面倒くさいので。

 

「響君はっていうより、イリヤちゃんと美遊ちゃんの様子が変だよね」

 

 そう言ったのは美々である。

 

 イリヤはもちろん、美遊も、今日は様子がおかしい。どうやら、消沈しているイリヤに、同声を掛ければいいか測りかねている様子だった。

 

「ともかくだ・・・・・・・・・・・・」

 

 暴れる龍子を、那奈亀が取り押さえている様子を横目に見ながら、雀花が総括するように言ってきた。

 

「響、お前がなんとかしてやれよ」

「何で?」

 

 自分が?

 

 急に話を振られ、困惑交じりに雀花を見る響。

 

 そんな響の肩に手をやりながら、雀花は言う。

 

「なんだかんだ言っても、お前はイリヤの弟だし、最近、よく美遊ともつるんでるだろ。2人と一番距離が近いのはお前なんだよ」

「ラブか!? ラブなのか!? ハーレムがラブってるのか!?」

「タッツン、うるさい」

 

 騒ぐ龍子を、那奈亀がボディブロー1発で黙らせる。

 

 ・・・・・・割といい感じに決まったが、大丈夫だろうか?

 

 まあ、龍子の事は置いておくとして・・・・・・

 

 そう考えれば確かに、イリヤと美遊、双方に近い位置にいるのは響だろう。

 

 とは言え、だからこそ、と言うべきか、今のこの状況を打破するには、どうすればいいのか、響には見当もつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 

 結局、イリヤとはほとんど話ができないまま、時間だけが無駄に過ぎてしまった。

 

 今夜にはまた、戦いに赴く事になるだろう。

 

 果たしてそれまでに、イリヤは立ち直ることができるのだろうか?

 

 そんなことを考えていた時だった。

 

「響、ちょっと・・・・・・・・・・・・」

 

 当のイリヤの方から話しかけてきた。

 

「どしたの?」

「ちょっと、行きたいところがあるから、付き合って」

 

 イリヤはそういうと、響の返事を待たずに歩き出してしまう。

 

「イリヤ・・・・・・・・・・・・」

 

 声を掛けても、振り返ろうとしないイリヤ。

 

 いったい、どうしたと言うのだろうか?

 

 と、その時、

 

 背後から気配を感じて振り返る響。

 

 するとそこには、物陰に隠れる形で雀花、那奈亀、美々、龍子が顔を出していた。

 

「何してんだッ さっさと追っかけろ!!」

「男だろッ 根性見せろー!!」

 

 囃し立てる、雀花と那奈亀。

 

 対して、響は嘆息する。

 

 まったく、他人事だと思って好き勝手言ってくれる。

 

 とは言え、これがチャンスなのも事実である。うまくいけば、イリヤを立ち直らせることもできるかもしれない。

 

 そう考えれば、雀花達の言っている事も、あながち的外れではないだろう。

 

 響はランドセルを背負うと、急いでイリヤを追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 歩いている間中、イリヤは無言のままだった。

 

 いったい、何をしようと言うのか?

 

 後ろを歩きながら、響は姉の背中を見つめる。

 

 イリヤの意図が読めず、響は内心で困惑を隠せない。

 

 ただ、

 

 いつも見慣れているはずのイリヤの小さな肩が、今日は更に小さく見えるような気がしたのだ。

 

 やがて、歩いていく先に、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 見慣れた人物の姿を見つけ、響は足を止める。

 

 凛だ。

 

 あちらも授業を終えたところだったのだろう。カバンを手に、イリヤが来るのを待っていたのだ。

 

 とは言え、

 

 凛の表情は険しい。

 

 彼女自身、イリヤの真意を推し量ろうとしているのかもしれなかった。

 

 凛は一瞬、響に視線を向けてから、イリヤに向き直った。

 

「昨夜は勝手に帰っておいて、それで今日は一方的な呼び出しとはね・・・・・・それで、何の用?」

 

 どこか、詰問するような口調の凛。

 

 イリヤも覚悟はしていたのだろう。

 

 神妙な顔で、

 

 どこから取り出したのか、竹の棒を凛に突き付けた。

 

 その先端には、何やら封筒に入った手紙が添えられている。

 

 ちょうど、江戸時代に大名行列に直訴する農民のようだ。

 

「何、それは?」

「辞表です」

 

 よく見れば手紙には「退魔法少女願」と書かれている。どうやら、退職届のつもりらしい。

 

 誰の入れ知恵かは、問うまでもないだろう。間違いなく、イリヤの傍らでノーテンキの浮かんでいる、喋るヒトデの仕業だった。

 

「・・・・・・ま、予想はしたことだけどね」

 

 さばさばした口調で言いながら、凛は竹棒の先から手紙を受け取った。

 

 その態度に、むしろ見ていた響の方が驚いたほどである。

 

 凛にとってイリヤは、言わば唯一の切り札のはず。それを、こうもあっさりと手放すとは。

 

 そんな凛に対し、イリヤはためらいがちに視線を逸らしながら口を開いた。

 

「その、最初は・・・・・・正直、興味本位っていうか・・・・・・面白半分だったの・・・・・・でも、昨日の事で、考えがまかったことを思い知った・・・・・・」

「イリヤ・・・・・・・・・・・・」

 

 イリヤのその言葉に、響は彼女の心情が少し、読み取れたような気がした。

 

 つい忘れがちだったことだが、イリヤは普通の小学生に過ぎない。

 

 そんな彼女が、死ぬような目に会うほど激しい戦いの渦中に放り込まれて、怖くないはずがなかった。

 

 魔法少女の可憐さ、可愛らしさに惑わされがちだが、その実態は血で血を洗う闘争である。

 

 むしろ、曲がりなりにも受け入れている響の方こそが異常であると言えるだろう。

 

 昨夜死に掛けたことで、イリヤは改めて、自分には戦う覚悟も、理由もなかったことを思い知らされていた。

 

 まさに以前、美遊に言われた事そのままだった。

 

 だが、凛はそれでは納得しきれないようにつづけた。

 

「・・・・・・・・・・・・1つだけ確認しておくけど、昨日のあれは、自分の意志で起こしたの?」

 

 昨日、アサシンの群れを一撃のもとに吹き飛ばした大爆発。

 

 あれはイリヤの意志によるものなのか?

 

 あるいは、偶発的に起こった事なのか?

 

 果たして、

 

「ち、違うよ!!」

 

 イリヤは激しくかぶりを振って、凛の言葉を否定した。

 

「あれは・・・・・・あんなの、わたしにできるわけない!! あれはきっとルビーが・・・・・・」

《私単体には、攻撃能力なんてありませんよ》

 

 言い募るイリヤの言葉を、ルビーはにべもなく否定した。

 

《マスターが振るわなければ、魔力砲の1発も撃てません》

 

 つまり、昨日の爆発は紛れもなく、イリヤ自身の力によるものと言う事になる。

 

 そんなイリヤの様子を見ながら、凛は納得したように黙り込む。

 

 要するに、本当の理由はそれなのだ。

 

 戦いが怖くなった、と言うのも勿論、理由の一つかもしれない。

 

 しかしそれ以前にイリヤは、自分が意味不明の巨大な魔力を放ち、美遊や響達まで巻き込んで怪我をさせてしまった事を恐れているのだ。

 

 元来、心根の優しい少女である。

 

 自分が友達や弟を傷つけたと知って、耐えられるはずがなかった。

 

「・・・・・・判った。辞表を受理する」

「・・・・・・良いの?」

 

 キョトンとするイリヤ。

 

 とは言え凛としても、小学生を戦いに巻き込む、と言う状況には大いに無理があると思っていたのだ。

 

 イリヤがどこかのタイミングで、折れてしまう事は初めから判っていた。むしろ、今までよく頑張ってくれたと思う。

 

 そこで、凛はルビーに向き直る。

 

「もう十分でしょルビー。お遊びはおしまい。マスター登録を(わたし)に戻しなさい」

《やなこったです。わたしのマスターはわたしが決めます》

 

 けんもほろろなルビーを足元に叩きつけると、凛は嘆息した。

 

「・・・・・・まあ良いわ。どうせカードは残り1枚だし。それが済んだら、私もルビーもロンドンに帰るわ。それで終わり。もう、イリヤには関わりない事よ」

 

 言ってから、凛は柔らかく笑いかける。

 

「これで、契約は解除よ。お疲れ様。もうあなたは戦わなくていいし、私の命令も聞かなくていい。今日までの事は忘れていきなさい。一般人が魔術の世界に首を突っ込んで、良い事なんて何もないから」

 

 イリヤには感謝している。

 

 ここまで、本当によく頑張ってくれた。

 

 だからこそ凛は、これで良かったと心から思っている。これでこの少女は、普通の日常へ戻ることができるのだから。

 

 次いで凛は、もう1人の少年に向き直った。

 

「響、あんたもよ。結局、あんた能力が何なのは判らじまいだったけど、イリヤとの契約を解除した以上、あんたも戦う必要は無いわ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 それだけ言うと、凛は返事を待たずに歩き出す。

 

 その背中を、響とイリヤは、黙って見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう戦わなくていい。

 

 凛に言われた言葉は、響の中で何度も反芻されていた。

 

 確かに、

 

 イリヤが当初、魔法少女を始めたのは成り行きに過ぎない。

 

 ならば、イリヤに同行して響が戦ったのは、成り行きの、さらに成り行きに過ぎない。

 

 理由がない、と言う意味では、響はイリヤ以上に戦う理由が無いのだ。

 

 イリヤがやめるなら、響もやめて良い、と言う凛の言葉は全く持って正しい。

 

 このまま、響自身も身を引くのが正道なのだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 その最後の踏ん切りが、どうしても響の中で付かなかった。

 

 考えれば考えるほど。

 

 どうしても、脳裏にチラつく物が、思考を阻害する。

 

 そのノイズめいた何かが、どうしても響の未練を引きずっていた。

 

「・・・・・・・・・・・・判ってる」

 

 誰に聞かせるでもなく、響は呟きを漏らす。

 

 自分が何を引きずっているのか、と言う事は小さな少年は理解していた。

 

 脳裏に浮かぶのは、もう1人の魔法少女の存在。

 

 美遊。

 

 たとえイリヤが抜けようと、響が抜けようと、彼女はきっと戦い続けるだろう。

 

 どんなに孤独であったとしても、少女は躊躇う事無く戦場へと赴くだろう。

 

 美遊・エーデルフェルトとは、そういう少女である。

 

 そんな美遊を1人残して身を引くことを、響はためらっているのだ。

 

 しかし、

 

 同時にイリヤの事も、響は捨てきれずにいる。

 

 見方を変えれば元々は、イリヤが響を引きずり込んだと言えなくもない。だと言うのに、イリヤがいなくなり、響だけが残ったとなれば、きっとイリヤは自責の念に駆られる事だろう。

 

 だからこそ、響の中で迷いは大きくなる。

 

 美遊を取ればイリヤを傷つけ、

 

 イリヤを庇えば、美遊が傷つく。

 

 まさに板挟みだった。

 

 リビングの固定電話が鳴ったのは、その時だった。

 

 今この場には、響しかいない。

 

 受話器を取って、電話に出る。

 

「・・・・・・はい、衛宮です」

 

 名乗った瞬間、

 

《あ、その声は響ね!! やっほー!! 久しぶりー!!》

 

 強烈な音量の声を直接鼓膜に叩きつけられ、響は思わず受話器を耳から離した。

 

 この声、そして喋り方。

 

 この2つの条件に該当する人物を、響はこの世で1人しか知らなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・アイリ?」

《正解ッ よく覚えてたわね。偉いわー》

 

 電話の相手は、響の義理の母にしてイリヤの実母である、アイリスフィール・フォン・アインツベルンだ。

 

 今は夫である衛宮切嗣(えみや きりつぐ)と共に、仕事で世界中を飛び回っている。

 

 それがわざわざ電話してきたと言う事は、何か余程の事があったのだろうか?

 

《それでね響。私、あと1時間くらいしたら、そっちに帰るから。みんなによろしくね》

「・・・・・・・・・・・・へ?」

 

 言っている事の意味が分からず、響は思わず間抜けな返事をしてしまった。

 

 いったい、アイリは何を言っているのか?

 

「て言うかアイリ、今どこ?」

《今? 今は空港よ。お土産、楽しみにしててねー》

 

 それだけ言うと、アイリは一方的に電話を切ってしまった。

 

 響はと言えば「ツーッ ツーッ」と言う電子音がするだけになった受話器を持って立ち尽くしている。

 

 受話器を置く響。

 

 アイリは相変わらずだった。

 

 破天荒で、いい加減で、大雑把。いつも、突然現れては、その場の空気を完膚なきまでに叩き潰す。

 

「けど・・・・・・・・・・・・」

 

 どこまでも優しい。

 

 響を、この家に引き入れてくれたのも、アイリだった。

 

 コートを取る響。

 

 アイリが帰ってくるなら、イリヤの事はきっと大丈夫だろう。アイリが何とかしてくれる。

 

 そう思える程の存在感を、アイリは持っているのだ。

 

 ならば自分のするべき事は決まっていた。

 

 足音を殺して玄関に向かう。

 

 士郎は今、部屋で勉強中、イリヤは宿題をやっており、セラは台所で洗い物。リズは風呂に入っている。

 

 今ならば、誰にも気づかれずに家を出る事が可能だった。

 

 靴を履き、そのまま外へと出る。

 

 決意に満ちた表情で頷くと、響は夜の闇の中へと駆け出して行った。

 

 

 

 

 

第11話「小さな決意」      終わり

 


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