Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第49話「冷笑する魔物」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「地上から降る」

 

 などと書けば、美しい表現と感じるかもしれない。

 

 あるいは光だったら、

 

 あるいは歌だったら、

 

 そう感じる人は多い事だろう。

 

 ならば、その対象が触手だったら?

 

 見る者に只管の嫌悪感のみを与えてくる触手の群れならば、美しいなどと感じる者は、まずいないだろう。

 

 ましてか、それら全てが自分達を喰らおうと向かってくるとなれば、そこに好感を感じる余地など皆無以下なのは間違いない。

 

 上空に浮かぶ、響と美遊。

 

 立ち向かう少年少女目がけて、ヴェイクが繰り出した無限とも言える触手の群れが迫る。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響は自分達に向かってくる触手を見詰め、

 

 自身の魔術回路を起動する。

 

 一瞬、光に包まれる少年暗殺者。

 

 目を開いた時、少年は着物の上から浅葱色の羽織を羽織っていた。

 

 かつて幕末最強の剣客集団だった「新撰組」。その象徴たる隊服が宝具化した「誓いの羽織」。

 

 この羽織を纏う事で、響の能力に変化が生じる。

 

 暗殺者(アサシン)から剣士(セイバー)へ。

 

 暗殺者(アサシン)最大の特徴である気配遮断を捨てる代わりに、爆発的な戦闘力が発揮可能となる。

 

 英霊「斎藤一(さいとう はじめ)」が持つ特殊な宝具。

 

「ん、先行く」

「うん。援護は任せて」

 

 頷き合う、響と美遊。

 

 少ない言葉。

 

 しかしそこに、互いに寄せる全幅の信頼が見て取れる。

 

 言葉はいらない。

 

 ただ、互いを信じるだけ。

 

 ただそれだけで、

 

 2人は負ける気が微塵もしなかった。

 

 次の瞬間、

 

 響が仕掛けた。

 

 魔力で構成した床を蹴って急降下。

 

 迷わず、触手の群れの中へと飛び込む。

 

 右手に構えた刀を翼のように水平に広げ、自身の間合いへと飛び込んでいく。

 

 対して、

 

「イチャイチャイチャイチャ、鬱陶しいんだよォォォォォォッ!! さっさと僕の前から消えろよッ ゴミカス共がァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 響に対して触手を集中させるヴェイク。

 

 無数のアギトが迫る中。

 

 響の双眸は、その全てを捉え、

 

 そして、

 

 勝機を逃さない。

 

「ハァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 空中を垂直に駆け降りる少年。

 

 同時に、

 

 白刃が縦横に駆け巡る。

 

 自身の前に立ち塞がらんとする触手を容赦なく斬り捨てる。

 

 スキル「無形の剣技」の発動により、響は全ての戦況を把握して最適な戦術を選び取る。

 

 銀の閃光が奔り、その度に不快極まる触手が斬れ飛ぶのが見える。

 

 無限に増殖する触手はしかし、ただの1本たりとも少年へは届かない。

 

 刃が空中を奔る度、触手の密度は確実に減っていく。

 

「ハッ!!」

 

 対して、

 

 響の動きを嘲笑うヴェイク。

 

「動きが原始的なんだよッ ノロマがッ!! そらそらッ まだまだ行くぞ、お前みたいな愚図が、いつまで耐えられるかなッ!?」

 

 無限と言うのは伊達ではない。

 

 更に召喚した触手を響に向けて繰り出すヴェイク。

 

 再び、同数以上の触手が、響に狙いを定めて蠢きだす。

 

「そうらッ 捕まえたァ 惨めに死ねェェェェェェ!!」

 

 触手の群れに、一斉攻撃の命令を出そうとしたヴェイク。

 

 だが、

 

 一瞬、

 

 僅か一瞬、光が迸る。

 

 同時に、今にも攻撃態勢に入ろうとしていた触手が全て弾け飛んだ。

 

 今にも響に襲い掛からんとしていた触手が、一瞬にして全て、上空からの砲撃によって撃ち落とされたのだ。

 

「な、なにィッ!?」

 

 怪物の中で、臍を噛むヴェイク。

 

 何があったかは、すぐに気づく。

 

 向ける視線の先。

 

 上空に浮かぶ魔法少女が、ステッキを構えている。

 

 響を援護する為、美遊が魔力砲で狙撃したのだ。

 

 その正確無比な狙撃を前にして、触手は一瞬にして打ち砕かれたのだ。

 

 その姿が、ただでさえ短いヴェイクの気を強引に逆撫でる。

 

「このクソメスがァッ お前から先に食われたいかァッ!!」

 

 激昂と共に更なる触手を召喚。

 

 上空の美遊へと伸ばそうとする。

 

 だが、

 

「ん、それ、許すとでも?」

 

 囁くような声と共に、駆け抜ける浅葱色の血風。

 

 銀の剣閃が、目にも留まらぬ速さを見せる。

 

 召喚し、今にも攻撃を仕掛けようとしていた触手は、少年暗殺者の手によって、一瞬にして斬り捨てられた。

 

「クッ!?」

 

 大量の触手を一瞬にして斬り飛ばされ、一時的に攻撃手段を失うヴェイク。

 

 次の瞬間、

 

「美遊ッ!!」

「判ったッ!!」

 

 叫ぶ響に、頷く美遊。

 

 同時に、

 

 上空の美遊が、手にしたステッキに莫大な魔力を注ぎ込む。

 

「サファイアッ!!」

《チャージ完了。いつでも行けます、美遊様》

 

 応えるサファイア。

 

 同時に美遊は魔力を集中させる。

 

放射(シュート)!!」

 

 掛け声とともに、放たれる魔力砲。

 

 チャージして放たれた砲撃は、収束力を持って触手の怪物に突き刺さった。

 

 複数の触手が一気に引きちぎられ、吹き飛ばされる。

 

 強烈な砲撃によって、海魔の本体にまで穴が開くほどの破壊力が現出する。

 

 だが、

 

「無駄無駄無駄ァ!! そんなヘボイ攻撃が、この僕に届くはずないだろうッ!!」

 

 嘲笑するヴェイク。

 

 彼の言う通り、すぐに触手が伸びて来て、美遊の攻撃によって空けられた穴が塞いでいくのが判る。

 

 カレイド・サファイアの強力な攻撃をもってしても、無限に召喚される触手の前には無力に等しいと言う事だ。

 

「僕こそが最強ッ 僕こそが究極ッ 僕こそが真理ッ お前等みたいなゴミカスは、僕の足元にせいぜい泣いて膝まづくくらいしか能が無いくせにッ!!」

 

 攻撃態勢を取るヴェイク。

 

 その口元に哄笑が浮かぶ。

 

 同時に、召喚された触手が顎を開く。

 

「さあ、これでおわりだァッ 惨めに食われて死ねェ!!」

 

 勝利の確信と共に、一斉攻撃の命令を下すヴェイク。

 

 主の意思に従い、触手が一斉に襲い掛かった。

 

 次の瞬間、

 

 迸った無数の魔力砲が、今にも攻撃を仕掛けようとしていた触手の群れを一斉に撃ち抜いた。

 

「・・・・・・・・・・・・へ?」

 

 呆ける事、数瞬。

 

 振り仰いだ先にヴェイクが見た物は、

 

 背後に多数の魔法陣を従えてステッキを構える、魔法少女の姿だった。

 

「あなたの、無限に増殖する触手は確かに厄介。けど、『無限に増殖する』事さえわかっていれば、後の私の役割は決まる」

 

 静かに告げる美遊。

 

「あなたが無限に増殖するなら、私も無限に撃ち続けるだけの事。すなわち!!」

 

 美遊の魔力を受けて、光り輝く魔法陣。

 

「数で押す!!」

 

 充填された魔力が、一気に攻撃態勢に入る。

 

 少女の瞳は、異形の化け物と化した少年を真っ向から捉えた。

 

全魔力砲(クロスファイア)攻撃配置(オールスタンバイ)!!」

《了解です。ターゲット・ロックオン。いつでもどうぞ、美遊様》

「クッ!?」

 

 歯噛みしながらも、どうにか触手を再召喚しようとするヴェイク。

 

 だが、遅い。

 

 必要分の触手を呼び出す前に、

 

 美遊は動いた。

 

全砲門(フルファイア)一斉射撃(シュート)!!」

 

 一斉発射される無限の魔力砲。

 

 一撃が宝具の掃射にも匹敵する攻撃。

 

 その数が、無限。

 

 あらゆる理屈をものみ込むほどの攻撃が、一斉にヴェイクへと襲い掛かった。

 

「う、ウォォォォォォォォォォォッ!?」

 

 対して、なけなしの触手を防御に回して、どうにか防ごうとするヴェイク。

 

 しかし、そんな程度で防げるレベルの話ではない。

 

 光は容赦なく撃ち抜き、砕き、食いちぎり、呑み込んでいく。

 

 全てに抵抗は無意味。

 

 美遊の圧倒的な攻撃を前に、ヴェイクの身体は光に飲み込まれて消えて行くのだった。

 

 

 

 

 

 地に降り立つ美遊。

 

 爪先が地面に着くと同時に、少女は大きく息を吐いた。

 

 その可憐な額からは、大粒の汗が流れる。

 

 流石に、魔力砲の一斉掃射は、彼女の莫大な魔力をもってしても簡単な話ではなかったのだ。

 

 顔を上げる美遊。

 

 視線の先では、尚も濛々と白煙が上がり視界を塞いでいる。

 

 あたり一面を覆いつくすほどの煙の量を見るだけでも、美遊の放った攻撃のすさまじさが判る。

 

 視線を向ける美遊。

 

 その煙の中で、

 

 蠢く影がある。

 

 地面に両手、両膝を突いて蹲る姿。

 

 ヴェイクだ。

 

 既に異形と化した姿ではない。辛うじて夢幻召喚(インストール)は保持されているが、宝具である本は既に手元に無く、如何なる脅威にもなりえないであろうことは明白だった。

 

 元の姿に戻った少年の姿が、そこにあった。

 

「ヒ・・・・・・・・・・・・フヒ、フヒヒ・・・・・・フヒヒヒヒヒ、ヒヒ」

 

 やがて、口元に無理やり笑いを浮かべながら、ヴェイクは立ち上がる。

 

 その視線が、立ち尽くす美遊を捉える。

 

「ぼ、ぼぼぼぼぼぼ、僕の、勝ちだ」

「・・・・・・・・・・・・」

「き、ききき君の攻撃で、ぼ、ぼぼ僕は、た、倒せなかった・・・・・・」

 

 言いながら、

 

 高らかに哄笑を上げる。

 

「やっぱり、僕は最強なんだッ 僕こそが、この世の全てを統べる存在なんだァ!!」

 

 狂ったように笑い続けるヴェイク。

 

 その姿を、

 

 美遊は冷ややかな目で見続ける。

 

「そう・・・・・・私には、ここが限界。あなたを、倒す事はできなかった」

「・・・・・・・・・・・・へえ」

 

 意外過ぎる美遊の敗北宣言に、ヴェイクは一瞬、呆気にとられたような表情をする。

 

 しかしすぐに、品の無い笑いを口元に浮かべる。

 

「意外に素直じゃん。まあ、僕の実力からすれば当然なんだけど」

 

 肩を竦めるヴェイク。

 

 その視線が、這うように美遊を見詰めて見定める。

 

「まあ、悪いようにはしないよ。ちょっと、その力を僕が借りるだけだから。用が済んだら解放してあげるよ」

 

 勿論、出まかせである。

 

 美遊を手に入れたヴェイクは、彼女を解放する気などない。死ぬまで、その魔力を搾り取ってやる算段を、頭の中にしていた。

 

 気をよくしたヴェイクが、美遊に近づこうとした。

 

 次の瞬間、

 

「勘違いしないで」

 

 毅然とした口調で、美遊が告げる。

 

 その可憐な双眸が、不遜な少年を真っ向から見据えて射貫く。

 

「私は確かに、あなたを倒す事はできなかった。けど、それは同時に、『あなたを倒す必要がなかった』と言う意味でもある」

「は? 何言ってんの? 頭おかしいんじゃない、君? だいじょーぶですかー? イッちゃってませんかー?」

 

 ヴェイクの小馬鹿にしきった言葉に、

 

 しかし美遊は取り合わず、僅かに背後を振り返る。

 

「後は、お願い」

 

 その背後に立つ存在。

 

 彼女がこの世で最も信頼し、そして通じ合った少年へと告げる。

 

「響」

 

 少女の背後に立つ、暗殺者(アサシン)の少年。

 

 浅葱色の羽織を羽織ったその少年の手に、構えた刀は既に切っ先を向け終えている。

 

「ん」

 

 静かに頷く響。

 

 同時に、体内の魔力回路が一斉に加速する。

 

「なッ!?」

 

 醜悪な驚きを、顔面一杯に張り付けるヴェイク。

 

 同時に、悟る。

 

 自分の運命が、完全に目の前の2人に握られてしまっている事を。

 

「餓狼・・・・・・一閃!!」

 

 呟く響。

 

 対して、

 

「ヒッ や、やめッ・・・・・・」

 

 最後の悪あがきをするように、逃げようとするヴェイク。

 

 しかしその前に、

 

 響は地を蹴る。

 

 1歩、

 

 2歩、

 

 3歩、

 

 踏み込むごとに加速する。

 

 飢えた狼の牙と化した少年の切っ先。

 

 それに対抗する手段は、もはやヴェイクには無かった。

 

「う、ウワァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 逃げる事すらできない。

 

 響の刃は、そのまま真っ向からヴェイクを刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、刃を引き抜く響。

 

 同時に、ヴェイクの身体はその場で崩れ落ちる。

 

 喀血が口元から噴き出し。同時に夢幻召喚(インストール)も解除される。

 

 膝を突くヴェイクを、響と、援護を終えてやって来た美遊が見つめる。

 

「終わった?」

「ん、手応え、あった」

 

 頷き合う、少年と少女。

 

 もう、目の前にいる存在は脅威足り得ない。

 

 それが、響と美遊の共通した結論だった。

 

 だが、

 

「ま・・・・・・だ、だ・・・・・・」

 

 絞り出すような声と共に、顔を上げるヴェイク。

 

 響はとっさに警戒するように刀の切っ先を向け、美遊を背に庇う。

 

 最早、ヴェイクに戦う力は残されていない。

 

 その事は、火を見るよりも明らかだ。

 

 だが、そんな事お構いなしに、ヴェイクは渾身の力を込めて立ち上がろうとする。

 

 しかし、腹に穴が開いている状態である。首を上げるのがせいぜいだった。

 

「まだ・・・・・・だ・・・・・・僕は、最強、なんだ・・・・・・」

 

 もはや、妄執その物と化したヴェイクは、全身の力を振り絞って立ち上がって見せた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、やっぱり、不良品は、どこまで行っても不良品か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾブリッ

 

 耳を塞ぎたくなるような不快な音と共に、手刀が背後からヴェイクを刺し貫いた。

 

「あ? ・・・・・・が? ・・・・・・え?」

 

 何が起きたのか分からない、と言った表情で、自分の胸から「生えた」手を見詰めるヴェイク。

 

 やがて、先程よりもさらに大量の血を口から吐き出す。

 

 響と美遊も驚きで目を見開く中、

 

「な、なぜ・・・・・・・・・・・・」

 

 血を吐く口で、辛うじてそれだけを言葉にするヴェイク。

 

 次の瞬間、

 

 その体から、何かが引きずり出される。

 

「がァァァァァァッ!?」

 

 強烈な悲鳴が、無人の街に鳴り響く。

 

 引きずり出された物が、ヴェイクの心臓である事には、響達もすぐには気が付かなかった。

 

 ヴェイクを刺し貫いた相手は、手にした心臓に張り付けられたカードを引き抜くと、心臓その物は、まるでゴミか何かのように足元へ投げ捨てる。

 

 同時に、

 

 ヴェイクはその場に倒れる。

 

「人形にカードを植え付ける手は、なかなかの妙手だと思ったんだけどね。結局、玩具はただの玩具か。これじゃ観察にもならない。まったくの時間の無駄だったね」

 

 まるで、ちょっと衣服に泥がはねたかのような口調。

 

 たった今、人を1人殺した事など些事だと言わんばかりの言葉。

 

 だが響は、

 

 そして美遊も、

 

 その声には聞き覚えがあった。

 

「生きて・・・・・・いたのか」

 

 美遊を守るようにして、刀を構え直す響。

 

「ゼストッ!!」

 

 ヴェイクの心臓から取り出した魔術師(キャスター)のカードを握りしめる男。

 

 それはかつて「こちらの世界」の聖杯戦争で暗躍を続け、いかなる理由からか男。

 

 そして「あちらの世界」で父、切嗣によって倒されたはずの男。

 

 ゼスト・エインズワースに他ならなかった。

 

「心外だね。あの程度で死ねるほど、私の身は単純ではなくてね」

 

 そう言って薄笑いを浮かべるゼスト。

 

 対して、響と美遊は刀とステッキを構えて警戒する。

 

 かつて美遊を拉致した事もある相手。油断はできない。

 

 対してゼストは、そんな2人の態度など見えないかのように肩を竦める。

 

「感動の再会だ。もっと喜びたまえよ2人とも。ああ、再会の祝いに、歌でも歌ってあげようか?」

「「いらない」」

 

 硬い口調で答える2人。

 

 その時だった。

 

「な・・・・・・なぜ・・・・・・だ・・・・・・」

 

 声が聞こえたのは、ゼストの足元からだった。

 

 見れば、息も絶え絶えながら、尚も死を受け入れられないヴェイクが、自身の心臓を抉りだした相手にしがみついていた。

 

「何だ、まだ生きていたのかね? もう君の出番は終わったよ?」

「なぜ・・・・・・僕は・・・・・・あなたが・・・・・・僕、が・・・・・・最強だって・・・・・・聖杯、は・・・・・・僕にこそ、相応しいって・・・・・・だから、僕は・・・・・・」

 

 あの、崩れる城から救い出してくれた時、ゼストはヴェイクに言った。

 

『エインズワースはもうだめだ。この城が陥落した以上、彼等に勝ち目はない』

『それよりも君こそが聖杯を持つに相応しいと私は思っている。落ち目のエインズワースなどよりもね』

『彼等に何度も戦いを挑み、その度に彼等を追い詰めた君こそが。最高の栄誉を得るべきなのだよ』

『もし、君にまだ、彼等と戦う気があるなら、私は君の僕となり、君に勝利を捧げようじゃないか』

 

「あの言葉があったからこそ、僕は・・・・・・僕は・・・・・・」

「ああ? ああ、そんな事も言ったかもね」

 

 興味なさげに言いながら、ゼストはヴェイクの顔面を踏みつける。

 

「ああ言えば、君は彼等に挑むと判っていたからね。ありもしない自分の『実力』とやらを信じてね」

「なッ!?」

「だが、所詮、クズはクズ、不良品は不良品だったと言う訳だ。いやまったく。『優離とルリア(あの2人)』もそうだったが、使えない奴と言うのは、どこまで行っても使えないな。せめて噛ませ犬くらいにはなってくれるかと思ったんだが。まあ、すまなかったね。期待した私がバカだったよ」

 

 言いながら、足に力を籠めるゼスト。

 

「や、やめ・・・・・・」

「私はね、ゴミが視界に入る事自体、我慢ならないんだよ。ゴミはゴミらしく、さっさと廃棄処分しないとね」

「やめてェェェェェェェェェェェェ」

 

 悲痛な叫び。

 

 次の瞬間、

 

 ゼストは容赦なく、ヴェイクの顔面を踏みつぶした。

 

 同時に掛けられた置換魔術が解け、ヴェイクの姿は、首の無いマネキンへと戻る。

 

 仇敵の呆気ない最後。

 

 その姿に、言葉もない響と美遊。

 

「・・・・・・さて」

 

 一方のゼストはと言えば、文字通り「廃品(ゴミ)」と化した足元の物体には、もはや目も向けずに2人へと振り返る。

 

 刀を構え、前に出る響。

 

 美遊を守るように背に庇う。

 

 だが、ゼストは襲ってくる気配はなく、ただその場に佇んでいる。

 

「響君、それに美遊君も、今日のところは帰らせてもらうよ。だが覚えておきたまえ。いずれ君達2人とも、私が手に入れて見せるよ。それまでせいぜい、息災でいたまえ」

 

 そう告げると、踵を返すゼスト。

 

「待てッ」

 

 斬りかかろうとする響。

 

 だが、

 

「響、ダメ」

 

 寸前で制する美遊。

 

 少女は冷静だった。

 

 相手はこれまで存在を秘匿していたにもかかわらず、ここにきて大胆にも姿を現したのだ。何かしらの備えがあると見た方が良い。

 

 対してこちらは一戦終えて消耗している。

 

 迂闊に飛び込めば、返り討ちに合う可能性がある。

 

 そんな2人に冷笑を浴びせながら去っていくゼスト。

 

 後を追う事は、できなかった。

 

 

 

 

 

第49話「冷笑する魔物」      終わり

 


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