Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第46話「正体」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話を聞き終えた後、いくつかのすすり泣く声が聞こえてきていた。

 

 美遊、イリヤ、ルヴィア。

 

 士郎の話を聞いた少女たちは、感極まって涙を流していた。

 

 響も少し、目を赤くしている。

 

 美遊に課せられた運命。

 

 士郎がたどった苦難。

 

 2人に降りかかった悲劇。

 

 それを聞いて、誰もが打ちひしがれずにはいられなかったのだ。

 

「・・・・・・ん、それで」

 

 ややあって、口を開いたのは響だった。

 

「それから、士郎はどうなった?」

「ああ、その後、気を失っている間にエインズワースに捕らえられて、後は君たちが助けに来てくれるまで、あの城の地下牢に幽閉されていたんだ」

 

 言ってから士郎は、隣ですすり泣きをする美遊を愛おし気に見つめる。

 

「・・・・・・美遊が、こっちの世界に戻ってきてしまったのは本当なら喜ぶべき事ではないんだけど・・・・・・それでも、やっぱり嬉しかった。また会えて、ようやく全て、打ち明ける事が出来たからな」

 

 美遊と士郎との出会い。

 

 夢のように楽しかった日々。

 

 そして、別れ。

 

 全てが怒涛の如く美遊の心に押し寄せている。

 

 だが、

 

 それは少女にとって、決して苦痛ではない

 

 兄と再びこうして出会い、そして全てを聞く事が出来た。

 

 大変な事もあったが、それでも、

 

 帰って来て良かった。

 

 そう思えるのだった。

 

「それじゃあ、今度はこっちの番だね・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言ったのは、涙をぬぐったイリヤである。

 

 士郎は全てを話してくれた。

 

 ならば、その士郎にも、全てを話す必要があったのだ。

 

 イリヤは語った。

 

 美遊との出会い。

 

 凛やルヴィアとの出会い。

 

 ルビーやサファイアとの出会い。

 

 カードを集める戦いの日々。

 

 クロとの出会い。

 

 バゼットとの戦い。

 

 優離やルリア、ゼストとの戦い。

 

 ギルとの戦い。

 

 勿論、そんな殺伐とした思い出だけではない。

 

 学校で楽しく過ごした事。

 

 遊びに行った事。

 

 買い物に行った事。

 

 温泉に行った事。

 

 海に行った事。

 

 その一つ一つを、士郎は決して漏らさぬように聞き入っていた。

 

 時折、感心したように唸ったり、驚いて声を上げたりしながら。

 

 しかし、

 

 異世界に送り出した妹が、優しい人たちに囲まれて幸せな日々を送る事が出来た。

 

 その事は、間違いなく伝わった様子だった。

 

 そうして、長い長い思い出話を語っている内に、夜は更けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イリヤの話を聞き終えた後、流石に夜も遅いと言う事で、今日のところはお開きとなった。

 

 まだ、今後の対策など、話し合わなくてはならない事は山ほどあるが、それは明日以降の事。

 

 あの激戦を潜り抜け、誰もが疲れ切っているのだ。

 

 皆が、あてがわれた部屋へ、早々に引き上げて行った。

 

 士郎と美遊はそれぞれの自室に、イリヤ、クロ、田中の3人は来客用の大部屋に、凛、ルヴィア、バゼットは、離れの洋風部屋をそれぞれ借りて寝る事となった。

 

 そして響は、士郎の自室の隣に、布団を敷いて寝る事となった。

 

 寝静まり、夜の沈黙が、衛宮邸を包み込んでいく。

 

 そんな中、

 

 「彼」は起き上がった。

 

 布団から身を起こし、体の具合を確かめるように、両掌を開閉させてみる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 やはり、少し違和感がある。

 

 原因は、間違いなく昼間の戦闘だった。

 

 無理に無理を重ねた結果、少年の身体には確実な異変が起ころうとしていた。

 

「・・・・・・・・・・・・まったく無茶をする。誰に似たんだか」

 

 呆れたように苦笑する。

 

 自分の身体なんだから、もっと大事にしてほしかった。

 

 布団を抜け出して起き上がる。

 

 寝巻として借りたライオンさんパジャマのフードを取りながら、隣の部屋との間にある襖に手をかけ、静かに開く。

 

 そこは、士郎の私室のはずだが、

 

「・・・・・・あれ、いない?」

 

 部屋の中央に敷かれている布団に、士郎の姿は無かった。

 

 トイレにでも行ったのだろうか?

 

 そう思いつつ、廊下にである。

 

 途端に、冷え込んだ空気が顔の周りに纏わり付いて来た。

 

「うわ、また降ってる」

 

 窓の外を見やりながら呟く。

 

 白い雪が天から降り、庭を埋め尽くそうとしている。

 

 これは寝雪になりそうだった。

 

 さて、

 

 果たして士郎はどこに行ったのか?

 

 気配が感じる方向に歩いていくと、先程まで皆で集まっていた居間の方から声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「眠らないのか?」

 

 問いかける士郎。

 

 その視線は、室内へと向けられている。

 

 先程まで喧騒があった居間は、誰もいなくなって静まり返っている。

 

 ただ1人、

 

 部屋の隅にきちっと正座したまま座るアンジェリカだけが、その場に残っていた。

 

「『眠れ』・・・・・・と、ご命令頂ければ、そのようにします」

 

 淡々と告げるアンジェリカ。

 

 そこには、響やギル、そして士郎達と戦った時の苛烈な雰囲気は一切感じられない。

 

 まるで全ての火が消え去ってしまったかのように、アンジェリカはあらゆる感情を失ってしまっていた。

 

 そんなアンジェリカを見て、士郎は嘆息した。

 

「・・・・・・本当に、お人形みたいになっちまったな。それが、お前の素なのか? 感情の薄い奴だとは思っていたけど」

「演じる必要性も、無くなりましたので」

 

 演じる。

 

 つまり、あの苛烈な性格のアンジェリカは、全てフェイクだった。

 

 あのアンジェリカは、彼女自身の演技の結果だった、とでも言うのだろうか?

 

 対して、思うところがあったのか、士郎はどこか納得したようにつづけた。

 

「怒りすら偽りだったわけか・・・・・・・・・・・・残念だよ。激昂した顔は、本当に、そっくりだったんだけどな・・・・・・あいつに」

 

 そう告げる士郎の顔は、どこか懐かしむような、それでいて哀しいような、複雑な物だった。

 

 士郎の目が、真っすぐにアンジェリカを見る。

 

「お前は、ジュリアンの姉だな?」

 

 

 

 

 

 基本的に和風造りの衛宮邸だが、離れの内装は洋風の造りをしており、ベッドも備え付けられている。

 

 元々、西洋人のルヴィアやバゼット。そして洋風の暮らしに慣れている凛は、こちらに部屋を借りて寝る事になっていた。

 

 そのベテラン魔術師3人だったが、居間での話が終わって士郎と子供たちが解散した後も、凛の呼びかけに応じて彼女の部屋へと集まっていた。

 

「どう思う?」

 

 ベッドに腰かけた凛は、それぞれ椅子に座ったルヴィアのバゼットに語り掛けた。

 

 その質問に対し、

 

 いまだに感極まったままのルヴィアは、涙ながらに応えた。

 

「この世界の士郎(シェロ)がたどった道を思うと胸が締め付けられそうですわ。わたくしが傍にいたのなら、決してシェロを1人には致しませんでしたのに」

「・・・・・・衛宮君の事は確かに衝撃的だったけど、今はそっちじゃなくて」

 

 明後日の方向にずれている同僚(兼好敵手兼雇い主)にツッコミを入れつつ、話を本題の方向へと引き戻す。

 

 そんな空気を察したのか、バゼットが口を開いた。

 

「エインズワースの事情、ですか?」

 

 正鵠を射たバゼットの質問に、凛は頷きを返す。

 

 凛は、というより、この場にいる3人全員が、恐らくは大なり小なり違和感を感じていた筈だ。先ほどの士郎の話、特にエインズワース家に関するくだりについて。

 

「聞いててずっと違和感があったわ。『正義の味方』なんてあり方をを選んだ養父(ちち)を持つ衛宮君や、そもそも魔術世界の知識の無いイリヤ達は疑問に思わなかったのかもしれないけど・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら凛は、ルヴィアに目を向けた。

 

「例えばルヴィア、仮に100年後、世界が滅ぶと判ったら、貴女ならどうする?」

「・・・・・・何も、変わりませんわね」

 

 対して、ルヴィアは涙をぬぐうと、淡々とした顔つきで答えた。

 

「世界が滅びる前に、己が魔術(わざ)を極め根源を目指す。エーデルフェルトの血統を継ぐ者の使命ですわ」

 

 いっそ誇らしげに、ルヴィアは語る。

 

 「根源に至る」とは、その言葉通り自分たちが持つ魔術の起源を目指す事であり、現存魔術師が目指す究極の到達点とも言える。

 

 全ての魔術師の最終的な目的は、その「根源」に集約されている。

 

 そう言う意味で、ルヴィアの回答はまさしく模範的な魔術師のそれだった。

 

「そう、それが典型的な魔術師の考え方」

 

 魔術師とは、一般人よりも自己中心的な生き物であると言える。究極的に言ってしまえば、自分の最終目的である「根源を目指す」と言う事以外は、世界が滅びようがどうだって良いと思っている輩が多い。

 

 それ故に、残酷な行為に走る者も少なくないのだが。

 

 その視点から考えれば、エインズワースの考え方は破綻していると言っても良かった。

 

「・・・・・・つまり、エインズワースの世界救済は(ブラフ)である、と?」

「その可能性があるって話よ」

 

 バゼットの言葉にうなずきを返しながら、凛は己の中で考えをまとめるべく思考を続ける。

 

 エインズワースの置換魔術は、確かに出鱈目の極みと言って良い。

 

 本体が死んでも残り続ける人格置換。

 

 世界の修正に抗って安定展開できる空間置換。

 

 城を丸ごと覆う規模の物質置換。

 

 いずれも大魔術と呼ばれる儀式を用いれば、不可能な話ではない。

 

 だが、それらを行うには膨大な量の対価が必要になる。

 

 それをエインズワースは、まるで指先一つで行使していた。

 

 これは、完全に等価交換の原則から逸脱していた。

 

 そして何より、凛に違和感を抱かせていたのは、それだけの力を持ちながら、エインズワースが掲げている目的が「根源に至る」事ではなく、「世界の救済」だと言う事。

 

 どう考えても、まともな話ではなかった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・よく、気づきましたね」

 

 どこか称賛するように、アンジェリカは士郎に対して言った。

 

「私はアンジェリカ・エインズワース。ジュリアン様の姉・・・・・・だった者です」

 

 だった者。

 

 つまり、今は違うと言う事。

 

 それ即ち彼女もまた、これまで士郎達が打倒してきた、人形に人格を置換させた存在である事を如実に語っていた。

 

「魔術は血統に継承される物だからな。あれほどの置換魔術を使える者が、エインズワースの人間でないはずが無い・・・・・・いや、もう『人間』ではない、か」

「人形です。もはや帰るべき肉体を持たぬ、意識を宿した・・・・・・人形」

 

 躊躇うような口調の士郎に対し、

 

 アンジェリカは一切のためらいも見せずに肯定して見せた。

 

「・・・・・・俺達が戦った人形は、どいつもこいつも壊れていた。記憶障害に倫理破綻、損傷無視の暴走・・・・・・その様子だとお前は、感情の喪失ってところか?」

 

 問いかける士郎。

 

 対して、

 

 アンジェリカは肯定するように、スッと目を閉じて口を開いた。

 

「・・・・・・体機能すら再現する人の概念置換は容易な物ではありません。必ず、自我に何らかの欠落が出ます。私の場合、感情の9割以上が失われました」

 

 皮肉な事だった。

 

 かつて、アンジェリカは士郎を「偽物」と呼び蔑んだ。

 

 しかしその実、彼女の方こそが「偽物」であった事になる。

 

「人間らしい反応を学んで演じて見せても、所詮は贋作。人形の中身に価値などありません」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 自虐的に自身を語るアンジェリカ。

 

 それに対して、士郎が何か言おうとした。

 

 その時、

 

「きゃぴッ!?」

 

 珍妙な声と共に、廊下に人が倒れる。

 

 振り返った士郎が見た物は、田中に絡みつかれるようにして廊下に倒れるイリヤの姿だった。

 

「あぅ・・・・・・あ、あの?」

 

 どう言いつくろったら良いか、戸惑うイリヤ。

 

 トイレに起きたら士郎とアンジェリカが話し込んでいたので、ついつい聞き入ってしまったのだが、こうなると出歯が目していたのと変わりなかった。

 

「・・・・・・盗み聞きが趣味かい?」

「違いますぅー!!」

 

 とんでもない事を言い出す士郎に、抗議するイリヤ。

 

 とは言え先程、姉弟そろって美遊の黒歴史を覗いていた事を考えると、言い訳の余地はあまりなかった。

 

 そんなイリヤ対して、士郎は嘆息しつつアンジェリカに歩み寄る。

 

「いや、良いさ。君にも聞く権利がある事だからな。エインズワース(彼 等)が抱えている秘密・・・・・・分厚く塗り固められた虚構(うそ)の裏側を・・・・・・」

 

 言いながら、士郎は屈んでアンジェリカの顔を見やる。

 

「なあ、アンジェリカ。ダリウスとは、何者なんだ?」

 

 士郎には、ずっとそこが疑問だったのだ。

 

 ジュリアンはダリウスの事を「父」と呼んでいたが、あの言峰神父の話によれば、ザカリーこそがジュリアンの父だと言う。

 

 何より、

 

 あの第五次聖杯戦争で戦った槍兵(ランサー)

 

 彼は言った。「ジュリアンを頼む」と。

 

 あの言葉が何らかの欺瞞だったとは、士郎にはどうしても思えなかったのだ。

 

「なぜ、ジュリアンはダリウスの振りなんかしていた? そこに何の意味がある?」

 

 問い詰める士郎。

 

 その答えは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダリウスは、エインズワース全ての父です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意外なところからもたらされた。

 

「・・・・・・・・・・・・どういう、事だ?」

「田中さん?」

 

 振り返った士郎とイリヤが、信じられない面持ちでブルマー少女を見やる。

 

 その言葉を発したのは、イリヤの隣でキョトンとした顔をしている田中だったのだ。

 

 前々から不思議な事が多すぎる田中だったが、どうしてそんなことまで知っているのか?

 

 一同の視線が集中する中、

 

 田中は重々しく口を開き、

 

「どういうことです?」

「いや、田中さんが言ったんだよね!?」

 

 安定の記憶喪失言動を前に、イリヤのツッコミもむなしく響き渡る。

 

 田中の不思議行動は、会って間もないイリヤを思いっきり翻弄していた。

 

 と、

 

「・・・・・・振り、などでは断じてありません」

 

 一同のコントを他所に、アンジェリカは淡々と説明を続ける。

 

「あれは紛れもなくダリウス様その物。破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)概念置換(そとがわ)を壊したところで無意味。そんな事では決して覆らない呪い」

 

 それこそが、すなわち、エインズワースの持つ底知れない闇を伺い知る鍵。

 

 この戦いの深淵へと迫る、唯一の道。

 

「エインズワースの後継者は、いずれ必ず、ダリウス・エインズワースへと置換される」

 

 血統による継承ではなく、完全なる「個」による永続。それこそが、エインズワースの初代から連綿と続く歴史。

 

 そこにはただ、ひたすらに不気味な恐ろしさが存在していた。

 

「掲げた悲願は世界の救済。けれど、千年を生きるダリウス様の本当の目的など、誰にもわかりません。だから、ジュリアン様は、自身の意識が残っている内に聖杯を成そうとしているのです。『ダリウス』の為ではなく、あの子自身の願いの為に」

 

 告げるアンジェリカ。

 

 その顔を見て、

 

 士郎は、

 

 そして、イリヤは、驚いて言葉を失う。

 

 それまで淡々とした口調で話していたアンジェリカ。

 

 一切の感情を失ったかのように見えた女性の目からは、

 

 一筋の涙が、零れ落ちていたからだ。

 

「どうか、お願いです」

 

 そして、

 

 アンジェリカはかつての敵に対し、涙ながらに、縋るように言った。

 

「どうか・・・・・・どうかジュリアン様を・・・・・・弟を、救ってあげてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やりきれない想いを抱えながら、士郎は自分の部屋へ戻る廊下を歩いていた。

 

 ともかく、時間も時間である為、イリヤと田中は部屋に戻し、アンジェリカにもあてがった部屋に行って寝るように指示しておいた。

 

 命令があれば寝る。とアンジェリカ本人が言っていたのだから、取りあえず問題は無いだろう。

 

 それにしても、

 

 アンジェリカがジュリアンの姉で、

 

 ダリウスは、エインズワース全ての父。すなわち、初代エインズワース当主とは。

 

 謎の一部は解明された形だが、謎が謎を呼ぶとはこの事だ。

 

 おかげで、ますます先が見えなくなった感すらある。

 

 いずれ、彼等との決戦は避けられないだろう。

 

 だが、根深いエインズワースの闇は、いったいどこまで深いのか、伺い知る事すらできそうになかった。

 

 と、

 

「まったく、驚きましたね」

 

 廊下の先から聞こえて声に、士郎は足を止める。

 

 その視線の先では、

 

 ライオンさんパジャマを着た響が、士郎を待ち構えるようにして立っていた。

 

「アンジェリカが、あのジュリアン・エインズワースの姉で、ダリウスが全ての黒幕。しかも初代エインズワース当主とは・・・・・・敵が巨大すぎて、こっちの感覚がマヒしてしまいそうですよ」

 

 明らかに、それまでの「響」とは違う言動。

 

 だが、

 

 士郎は嘆息すると、やれやれとばかりに口を開いた。

 

「・・・・・・名前を聞いた時はまさかと思ったが、やっぱりお前か」

「ええ、お久しぶりです。士郎さん」

 

 そう言って、ヒビキはにっこりと笑みを見せる。

 

 成程。その仕草は、士郎の記憶にある物と一致していた。

 

「本当に生きていたとはな。それにしても、ずいぶんとややこしい事になっているじゃないか」

「士郎さんのせいです」

 

 断定するようにそう言うと、ヒビキは抗議するように唇を尖らせて見せた。

 

「聖杯に、何か余計な事を吹き込んだんじゃありませんか?」

「・・・・・・まあな」

 

 少しばつが悪そうに、士郎は明後日の方向を見ながら答えた。

 

 確かにあの時、

 

 美遊を並行世界に逃がそうとした時、士郎はもう一つ、ある事を願った。

 

 すなわち「美遊と〇〇〇が、仲良く暮らせせますように」と。

 

 どうやら、その結果がこれらしい。

 

「それに、さっきの士郎さんの言葉、一つ間違いがあります」

「何がだ?」

 

 いぶかるように尋ねる士郎。

 

 対してヒビキは、自身の胸に手を当てて淡々とした口調で言った。

 

「僕は間違いなく、あの戦いで死にました。今こうしていられるのは、まあ、魂がこの子の身体に憑りついてしまったから、とでも言えばいいんでしょうか? いずれにしても僕は今、『衛宮 響(えみや ひびき)』という名の少年の身体を間借りしているにすぎません」

「・・・・・・・・・・・・成程」

 

 ヒビキの説明に、士郎は戸惑いつつも頷きを返す。

 

 つまり、魂だけの存在になったヒビキが、向こうの世界で同一の存在だった「響」に憑依したのが、現在の「衛宮響」となっているのだ。

 

 いわば、1つの身体に2つの魂が宿っている状態である。

 

 普段は元々の「響」が主導権を持っているが、響に何らかの不足な事態(たとえば意識を失う等)が起こった時、「ヒビキ」の方が肉体の主導権を取る事ができる、と言う訳だ。

 

 今、「響」は疲れて眠っている為、「ヒビキ」が表に現れたのだ。

 

 自分の発した願いが、こんな形で結果を結ぶことになろうとは、士郎としても思いもよらない事だった。

 

 こちらで死んだ人間の魂が、向こうの世界の人間に憑依・転生するなど、にわかには信じがたい話ではある。

 

 しかし、実物例が目の前にある以上、信じない訳にも行かなかった。

 

「それで?」

「はい?」

 

 主語その他、もろもろ省いた士郎の質問に、ヒビキはキョトンとした顔を返す。

 

 戸惑うヒビキに対し、士郎は先を続けた。

 

「美遊には、ちゃんと打ち明けられたんだろうな?」

 

 その質問に対し、

 

 ヒビキはあからさまな嘆息を返して見せた。

 

「・・・・・・あのですね、士郎さん。前にも言いましたが、僕はあの事を誰にも言う気はありません。勿論それは、あの子に対しても、です」

「だが、お前は本当にそれで良いのか?」

 

 尚も問い詰めるように、士郎は言い募る。

 

 目の前にいる少年と、美遊との間にある、本人たちですら自覚していない蟠り。

 

 それあ士郎には、もどかしく思えて仕方が無かった。

 

「だって、お前は・・・・・・お前こそが、美遊の本当の兄じゃないか。だったら・・・・・・」

「やめてください」

 

 士郎の言葉を遮るようにして、ヒビキは硬い口調で告げる。

 

 それは、士郎も聞いた事が無いような、緊張感に満ちた声だった。

 

 それ以上言うなら、たとえ士郎でも許さない。

 

 そんな感情が、今のヒビキからはにじみ出ている。

 

「だがな・・・・・・・・・・・・」

 

 対して士郎は諭すように、静かな口調で告げる。

 

「転生だろうが憑依だろうが、お前は今、ここにいる。そして、美遊もまた一緒にいる。なら、このチャンスを逃すべきじゃないんじゃないか?」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 士郎の言葉に、ヒビキは躊躇うように言い淀む。

 

 かつて生き別れた存在と、再びこうして出会う事が出来た。

 

 確かにそれは、またとない好機である事は間違いない。

 

 本来なら士郎に感謝し、彼の言う通りにすべきところ。

 

 だが、どうしても一歩、踏み出す勇気を持てずにいる。

 

 そんなヒビキの心を察したように、士郎は真っ直ぐに少年を見る。

 

 そして、

 

「なあ・・・・・・・・・・・・黍塚久希(きびつか ひさき)

「・・・・・・・・・・・・」

 

 声を掛ける士郎。

 

 対して、

 

 ヒビキは、何か後ろめたそうにそっぽを向く。

 

「・・・・・・・・・・・・いや」

 

 そんなヒビキに対して、

 

 士郎は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだろ・・・・・・・・・・・・朔月響(さかつき ひびき)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第46話「正体」      終わり

 




これまで大量のばら撒いた伏線から、大方の人はこの展開を予想できたでしょうね。

ただ、最大のヒントに気付いた人は何人いたでしょうね。

実は「きびつかひさき」を入れ替えると「さかつきひびき」になるんですねえ。

何か、答よりヒントの方が難しい気がしますが、
そこは気にしない方向で(爆

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