Fate/cross silent   作:ファルクラム

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第10話「暗殺者の森」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 接続(ジャンプ)すると、そこは意外な程に狭い空間だった。

 

 天井が異様に低く、更に、周囲は鬱蒼とした森になっており、周囲を見通すことが難しい。

 

「どういう事ですの?」

 

 周囲を見回したルヴィアが、困惑したように言った。

 

「敵はいないしカードも無い・・・・・・もぬけの殻というやつですわね」

 

 戦いを始めて4度目となる夜。

 

 この日も、カード回収の為にやってきたイリヤ、美遊、響、凛、ルヴィアの一同。

 

 いつも通りルビー達の力で鏡面界へと移動したものの、敵が現れる気配が無い為、戸惑いを隠せずにいるのだ。

 

「場所を間違えた、とか?」

「まさか、それは無いわ。もともと鏡界面は単なる世界の境界・・・・・・空間的には存在しない物なの。それがこうして存在している以上、必ずどこかに原因(カード)はあるはずだわ」

 

 疑問を出したイリヤに対し、凛がそのように説明する。

 

 因みに今回、鏡面界が狭くなっているのは、回収すべきカードが減ってきており歪み自体が減ってきている事が原因だと言う。

 

 最初の頃は周囲数キロ四方にわたったと言うから驚きである。

 

「取りあえず、歩いて探すしかないかな」

《んーむ、何とも地味な》

 

 イリヤの言葉に、ルビーが不平を鳴らした。

 

《もっとこう、魔法少女らしく、ド派手な魔力砲ぶっ放しまくって、一面焦土にかえるくらいのリリカルな探索法をですね・・・・・・》

「それは探索じゃなくて破壊だよ」

 

 物騒なことを言うルビーに、ジト目でツッコミを入れるイリヤ。

 

 いつも通りの漫才じみたやり取りを横目に、響は周囲を見回した。

 

 と、その時、

 

「・・・・・・・・・・・・ん?」

 

 ふと、何かの気配が動いたような気がして、響は足を止める。

 

 目を凝らしても何も見えない。ただ鬱蒼とした森が、不気味に広がっているだけだ。

 

「どうしたのよ、響?」

「今、ちょっと・・・・・・・・・・・・」

 

 怪訝そうな凛に、響が答えた。

 

 次の瞬間、

 

 ヒュンッ

 

 小さく、風を切る音。

 

 そのかすかな音をとらえた響は、その方向へと振り返る。

 

 その先にいるイリヤ。

 

「何、ヒビ・・・・・・・・・・・・」

 

 最後まで言い切ることを、イリヤはできなかった。

 

 その細く白い首筋に、

 

 1本のナイフが突きたてられたからだ。

 

「イリヤ!!」

 

 叫ぶ響。

 

 同時に、一同に緊張が走った。

 

 予想だにしなかった奇襲攻撃。

 

 その気配すら、感じ取ることはできなかった。

 

「美遊!!」

 

 すぐにルヴィアの指示が飛ぶ。

 

 同時に、美遊がサファイアを掲げて動いた。

 

砲射(シュート)!!」

 

 魔力砲を放つ美遊。

 

 射線上一帯が、砲撃によって薙ぎ払われる。

 

 しかし、

 

「いない・・・・・・・・・・・・」

 

 手応えの無さに、美遊は警戒心を強める。

 

 どうやら、美遊の砲撃が着弾するよりも早く、敵は回避を終えていたようだ。

 

 と、

 

「あうッ」

「イリヤ!!」

 

 膝をつくイリヤを、とっさに凛が支える。

 

 先の一撃を首筋に受けたイリヤだったが、どうやら一命を取り留めていたらしい。

 

「イリヤ・・・・・・・・・・・・」

《心配いりません響さん。物理保護が間に合いました。薄皮一枚斬られただけです!!》

 

 ルビーの言葉に、響はホッとする。取りあえず、命に別状はないようだ。

 

 しかし、現状は予断を許されない。

 

 敵の正体も、位置も分からない。これでは対策のしようもなかった。

 

「方陣を組むわ!! 全方位を警戒!!」

 

 凛の指示に従い、一同は背中を向け合うように布陣。敵がどの方向から襲ってきても対処できるようにする。

 

「不意打ちとは、舐めた真似をしてくれますわね!!」

「攻撃されるまで全く気配を感じなかったわ!! そのうえ完全に急所狙い。気を抜かないで!! 下手すれば即死よ!!」

 

 凛の指示は的確だった。

 

 相手が分からない状況でとっさに防御に最適な方陣を組み、全方位、いかなる攻撃にも対応できるようにした判断力は見事である。

 

 他の皆も、凛の指示に従って素早く陣形を形成、迎え撃つ体制を整える。

 

 しかし、

 

 結果としてそれらは全て、無意味に終わる。

 

 木立の陰から、

 

 草むらから、

 

 枝の上に、

 

 次々と気配が躍る。

 

 戦慄する一同。

 

 全身を漆黒で多い、顔には髑髏を模した仮面を付けた、不気味な男たち。

 

 その数は、1人や2人ではない。

 

 ざっと見ただけで50以上。

 

 それが響達を完全に包囲していた。

 

「まさか、軍勢だなんて」

「なんてインチキ・・・・・・」

 

 凛とルヴィアも、愕然として呟く。

 

 これまでの敵は、すべて単体だった。

 

 ライダーも、キャスターも、セイバーも、全員が単体で現れた為、こちらは数の力で押し切る事も出来たのだ。

 

 だが、今回はその常識は通じない。

 

 よく見れば、恰好こそ似通ってはいるが、1人1人に違いがある。

 

 小柄な者、大柄な者、筋肉質な者、痩せている者。様々だ。

 

 しかし、たった1つ共通して言えるのは、全員が手には複数のナイフを持っていると言う事。

 

 闇に潜み、標的を一撃のもとに葬り去る。

 

 さしずめ暗殺者(アサシン)とでも言うべきだろう。

 

 そして、

 

 それらのナイフが全て、こちらに狙いを定めていると言う事だった。

 

 あれらを一斉に投擲されたら、それで終わりである。

 

 凛の決断は素早かった。

 

 敵が軍勢である以上、まともなぶつかり合いは明らかに不利だ。

 

 ならば、この場はいったん離脱して、決戦は他日に帰した方がいい。

 

 そう判断した凛は指示を飛ばす。

 

「止まらないでッ 的にされる!! 火力を一転に集中して包囲を抜けるわよ!!」

 

 凛の指示に従い、ルヴィアは宝石を構え、美遊もサファイアを振りかざす。

 

 そんな3人に続いて、駆けだそうとする響。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・イリヤ?」

 

 背後からついてきているはずの、姉の気配がない。

 

 振り返る響。

 

 そこで、愕然とした。

 

 イリヤは地に倒れ込み、必死の表情で、こちらを見つめてきていたのだ。

 

「イリヤ、何をッ・・・・・・」

 

 叫ぶ響。

 

 だが、それでもイリヤは起き上がることができない。

 

「か、からだが・・・・・・うごか、ないッ・・・・・・」

《魔力循環に淀みがあります!! 物理保護が維持できません!!》

 

 ルビーの声にも焦りが混じる。

 

 おそらく、先ほどのナイフ。あれに毒の類が塗られていたのだ。

 

 斬られたのが一瞬だった為、致命的な事態にはならなかったようだ。

 

 しかし、たとえ少量でも、体の自由を奪うには十分だったらしい。

 

 地面に倒れ伏したイリヤ。

 

 それを最良の目標と判断したのだろう。

 

 アサシン達は、一斉にナイフを投擲する。

 

 全方位から投げつけられた凶刃。

 

 切っ先が全て、真っすぐイリヤに向かっている。

 

 その様をイリヤは、倒れ伏したまま眺めていた。

 

 迫る刃。

 

 やけにスローモーションに見えるその切っ先は、一瞬後にはイリヤの命を奪う事になる。

 

 もはや避けられぬ運命。

 

 イリヤが恐怖に顔をひきつらせた。

 

 次の瞬間、

 

限定展開(インクルード)!!」

 

 鋭い声が聞こえてくる。

 

 同時に、刀を手にした響がイリヤの前に飛び出し、迫るナイフを全て打ち払った。

 

 そこへ、更に投擲されるナイフの群れ。

 

 対して、

 

 響は刀を腰に構えると、高速で振るう。

 

 鋭く奔る銀の閃光。

 

 その剣閃が、飛んできたナイフを片っ端から切り払う。

 

「ヒ・・・・・・ヒビキ・・・・・・・・・・・・」

「イリヤ・・・・・・立って!!」

 

 必死の防戦を繰り広げながら、呼びかける響。

 

 しかし、毒に侵されたイリヤは、満足に体を動かす事ができない。

 

 狭まる包囲網。

 

 襲い掛かろうとしたアサシンの一体を、響が刀を振るって追い払う。

 

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 相変わらず薄い表情の中に、響は焦りを見せる。

 

 相手は確実に迫っている。

 

 このままでは、あと数合で完全に距離を詰められる。そうなれば終わりだった。

 

「・・・・・・・・・・・・仕方がない」

 

 響は、己の内にある、最後の切り札に手を伸ばそうとする。

 

 すなわち夢幻召喚(インストール)だ。

 

 感触だが、今回の相手は数こそ多いが(あるいは「だからこそ」と言うべきか)、単体ではそれほど強いと感じない。少なくとも、先日戦ったキャスターやセイバーに比べれば、数段は劣っている。

 

 夢幻召喚(インストール)し、英霊化して戦えば負ける相手ではない。

 

 しかし、

 

 実際のところ、響は今回、自分の中である種の不調のような物を感じていた。

 

 恐らく、先日の戦闘から、未だに魔力が完全には回復していないのだ。

 

 完全に枯渇したわけではないにしろ、消耗し尽くした魔力を回復させるには相当な時間がかかるのだ。

 

 故に今は限定展開(インクルード)が限界であり、この状態で夢幻召喚(インストール)するのは無理がある。

 

 無理に夢幻召喚(インストール)すれば、命にもかかわるだろう。

 

 しかし、

 

 背後には、動くことのできない(イリヤ)

 

 やがて限定展開(インクルード)も限界を迎えるだろう。そうなるとジ・エンドである。

 

 このままでは、彼女を守り切れない。

 

「・・・・・・・・・・・・やるしか」

 

 響は、悲壮な決意とともに呟いた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 響の足元に倒れ伏したイリヤは、奮戦する弟の背中を、見つめる事しかできないでいた。

 

 自分を必死に守ろうとしている響。

 

 しかし、イリヤの目から見ても状況は芳しくない。

 

 そもそも、響が本調子ではない事は、イリヤはとっくの昔に気付いていた。

 

 響本人は隠しているつもりだったようだが、イリヤからすればバレバレである。

 

 全力を発揮できない響。

 

 美遊達も、動けないイリヤをかばって戦っている。

 

 このままじゃ、みんな死んでしまう。

 

 どうすれば?

 

 どうすれば?

 

 空回りする思考の中で、それでも必死に考えるイリヤ。

 

 そこでふと、

 

 先ほど、ルビーが言ったことを思い出す。

 

 あの時確か、ルビーはこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ド派手に魔力砲ぶっ放しまくって一面焦土に・・・・・・》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、そうか・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それなら、簡単だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 軽いうめき声とともに、イリヤは目を開いた。

 

 いったい、何がどうなったのか?

 

 最前までの記憶が、すっぽりと抜け落ちている。

 

 いつの間にか、体も動くようになっていた。

 

 いまだにはっきりしない思考の中で、イリヤはどうにか、直前の事を思い出そうとする。

 

「えっと、確か、敵に囲まれて・・・・・・・・・・・・」

 

 響達が、動けない自分を守るために戦っていて。

 

 それから・・・・・・・・・・・・

 

「それから・・・・・・どうしたんだっけ?」

 

 周囲を見回すイリヤ。

 

 そこで、

 

「なッ!?」

 

 絶句した。

 

 イリヤを中心に、周囲10メートルほどのクレーターが出来上がっていたのだ。

 

「な、何これ!?」

 

 驚くイリヤ。

 

 と、

 

「イ、イリヤ?」

 

 背後からかけられる声。

 

 振り返るとそこには、サファイアを翳した美遊の姿がある。

 

 その背後には、響、凛、ルヴィアの姿も。

 

 しかし、彼らの表情は一様に驚愕に染まり、まるで信じられない物を見るように、イリヤを見つめていた。

 

 その姿は皆ボロボロで、腕や体から血を流していた。

 

「あ・・・・・・あ・・・・・・みんな・・・・・・・・・・・・」

 

 絶句するイリヤ。

 

 何が起こったのか?

 

 誰が、こんな事をしたのか?

 

 全て、思い出す。

 

 アサシンの群れに囲まれ絶体絶命の状況の中、

 

 イリヤは、自分の中で何か外れるのを感じた。

 

 それは、心の奥底で封印されていたような物。

 

 解ければ、取り返しのつかない事態にもつながりかねないほど、重要な「何か」。

 

 その封印が解かれた瞬間、

 

 イリヤの中にある魔力が暴走。この事態を引き起こしたのだ。

 

「何なの・・・・・・・・・・・・」

 

 全ての記憶が戻ったイリヤは、震える声で呟く。

 

「敵も・・・・・・響も・・・・・・美遊達まで巻き込んで・・・・・・・・・・・・」

 

 限界だった。

 

 そもそもからして、この状況はイリヤが望んだ物ではない。

 

 騙されて、担がれて、乗せられて・・・・・・・・・・・・

 

 その結果がこれである。

 

 仲間を、弟を、友達を、傷つけてしまった。

 

 他ならぬ、自分自身が。

 

「もう、もう嫌ァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 叫ぶイリヤ。

 

 同時に接続(ジャンプ)の魔法陣が足元に展開される。

 

 消え去るイリヤ。

 

 後には、茫然とした響達だけが取り残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、起きると既に、イリヤの姿はなかった。

 

 響が着替えてリビングに降りていくと、兄の士郎も、朝練の為に先に出発しており、リビングにはセラとリズだけが残っていた。

 

「ん、おはよ」

 

 声を掛けてくるリズに挨拶を返すと、席について用意してもらった朝食を食べる。

 

「昨夜、何かあったのですか?」

 

 洗い物をひと段落させたセラが尋ねてきたのは、そんな時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・何かって?」

 

 対して、響は努めていつも通りに答えた。

 

 昨夜、響が家に戻ると、既にイリヤは帰ってきていた。

 

 部屋の中でセラと何事か話している様子だったので、取りあえず声を掛ける事は出来なかったが、昨日の事が相当にショックだったことは想像に難くない。

 

 とは言え、あれは仕方がない、と響は思っていた。

 

 あの状況では、全員が無傷のまま助かる都合の良い選択肢はなかったと思う。むしろ、全員が無事だった事は喜ばしい。

 

 凛達も別に気にはしておらず、イリヤを責める気はないと言っていた。

 

「昨夜、遅くにイリヤさんが家に帰ってきました」

 

 言いながら、セラはまっすぐに響を見据える。

 

「あなたも、部屋にいませんでしたよね」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 少しきつい口調のセラ。

 

 こういう時の彼女は結構怖い。

 

 セラは使用人と言う立場だが、たとえ主人格のイリヤや響が相手であっても、怒る時はしっかりと怒る。

 

 それが夜更かしして出歩いていたともなれば、学校から帰ってきてから、お説教コースになりそうである。

 

「・・・・・・・・・・・・別に。ちょっと、用があって」

 

 苦しい言い訳だとは思ったが、響としてはそれ以外に言いようがなかった。

 

 対してセラは困ったように嘆息する。

 

 その反応に、響は内心で訝った。

 

 こんな曖昧な答えだと、てっきり、もっと追及してくると思っていたのだが。

 

「答える気がないなら、それでも良いです。ただし、今後は夜歩きは控えてくださいね」

「ん、判った」

 

 頷いてから、箸をおく響。

 

「ごちそうさま」

「ちゃんと歯を磨いてから行ってくださいね」

「ん」

 

 立ち上がり、食器を片付けると、その足で洗面所へ向かう。

 

 と、そこで歯ブラシを加えて出てきたリズとすれ違った。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 互いに無言のまま見つめ合う。

 

 もともと、口数が少なく性格が似通っている両者である。2人そろうと、殆ど会話は成立しなくなる。

 

 と、リズはそのまま響の横をすり抜けてリビングへと向かう。

 

 その直前、響の頭をポンと軽く叩いて行った。

 

 何かを託すような、頼むような、そんな行動。

 

 響は自分の頭に手をやりながら、リビングに入っていくリズを見送るのだった。

 

 

 

 

 

 身支度を終えて家を出る響。

 

 普段ならイリヤと一緒に登校するのだが、今日は先に行ってしまったため、1人で学校へと向かう。

 

 できれば、昨日の事について話をしたかったのだが。

 

 とは言え、教室に行けばどのみちイリヤはいる。話をするなら、それからでも遅くはないだろう。

 

 そう思って、足を速めようとした。

 

 その時、

 

「やあ」

 

 不意に、声を掛けられて、響は足を止める。

 

 振り返る視線の先、

 

 そこには、身なりの整った感じの男が立っていた。

 

 年のころは、おそらく20台中盤くらい。長く伸ばした髪を丁寧にセットし、端正な顔立ちをしている。

 

 西洋紳士、と言った出で立ちの青年は、怪訝な顔つきの響に笑顔を向けてくる。

 

「・・・・・・・・・・・・誰?」

 

 首をかしげる響。

 

 正直、登校途中の小学生に声を掛ける、見ず知らずの大人となると、怪しいイメージしかない。

 

 しかし、そんな響の感情など斟酌せず、男は声を掛けてきた。

 

「良い朝だね。爽やかな朝は、こうして散歩をするに限る。そうすれば、意外に面白い発見もあったりするものだからね」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 妙にフレンドリーな言い回しをする男に、響はいよいよ不審そうなまなざしを向ける。

 

 いったい、何が目的で自分に話しかけてきたのか。

 

 だが、男は更に続ける。

 

「君も、今度試してみたらいい。若い内は体を動かす事が何より楽しいだろうからね」

 

 そんなことを言う男に対し、

 

 響は踵を返して歩き出す。

 

 妙な男に構っている暇はない。それでなくても、早く学校に行ってイリヤと話がしたいのに。

 

 そう思って、歩き出そうとした。

 

 その時、

 

「お姫様の容態はどうだい?」

「ッ!?」

 

 思わず、足を止める響。

 

 振り返ると、男は相変わらずの微笑を向けてきていた。

 

「昨夜は、ずいぶんと派手にやらかしたみたいだからね」

「・・・・・・・・・・・・誰だ?」

 

 再度、同じ質問をぶつける響。

 

 しかし今度は、幾分かの剣呑さを滲ませている。

 

 男は、まるで昨夜何があったのか、知っているかのような口ぶりで話している。

 

 響達の戦いは鏡面界で行われているため、現実世界から感知する事ができない。

 

 もし、それでも、中で何が行われているのかわかる人間がいるとしたら・・・・・・

 

 そいつはただの人間ではなく、

 

「・・・・・・・・・・・・魔術師」

 

 低く告げられた響の言葉に、男は薄笑いを浮かべた。

 

「この国には良い言葉がある。こんな時は・・・・・・そう『名乗るほどの者ではない』だったかな?」

 

 人を食ったような言い回しである。

 

 しかしそれだけに、底知れない不気味さを感じずにはいられない。

 

「いずれ、近い内に挨拶に伺う事になるだろう。その時を、楽しみにしていたまえよ、お姫様の騎士殿」

 

 そう言うと、男は響とすれ違う形で去って行く。

 

「クッ」

 

 とっさに振り返る響。

 

 しかし、

 

「いない・・・・・・・・・・・・」

 

 つい、たった今までいたはずの男が、霞のように消え去っていた。

 

 その時だった。

 

「響、どうしたの?」

 

 声を掛けられて振り返ると、そこにはお向かいに住んでいる少女が、不思議そうなまなざしで佇んでいた。

 

「あ、美遊、今ここに・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、響は言葉を切る。

 

 あの男が何だったのか? なぜ、自分に話しかけてきたのか?

 

 それが判らない限り、うまく説明することはできなかった。

 

「響?」

 

 怪訝な顔つきをする美遊。

 

 対して、響は首を振って美遊に向き直った。

 

「何でもない。行こ」

 

 そう言うと、響は美遊の手を取って歩きだす。

 

「その・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊の方から話しかけてきたのは、それから暫くしてからだった。

 

「今日は、イリヤは?」

 

 やはり、気になるのだろう。

 

 この場に本人がいないとなれば、猶更だった。

 

「判らない。朝起きたら、もういなかったから」

「そう・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言うと、美遊も顔を俯かせる。

 

 何しろ、昨夜のことがあるだけに、心配なのだろう。

 

「学校に行ったら、話を聞いてみる」

「そうだね」

 

 頷きあう、響と美遊。

 

 その2人の視界の先で、学校の姿が見えてきていた。

 

 

 

 

 

第10話「暗殺者の森」      終わり

 


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