あれから、2ヶ月と数日が過ぎた。悠は、新たに光を加えてアスタリスク市街地での情報収集を続けている。道行く人々から商業エリアで営業中の店舗に至るまで、あれやこれやしながら、悠に接触してきた男の情報を頼りに彼らーーー
ただ、一週間のうち日曜を除けば一日に使える時間は放課後以降。余り遅くなる訳にもいかないので、実質ほとんど猶予は無いのだが。
「うーん・・・見ていないわね。こんな格好なら、目立つから覚えてると思うから。」
「分からないなぁ。毎日、仕事の関係で
・・・とまぁ、聞いてみても返ってくるのはこんな返事ばかり。ここまでゼロとなると、そもそもここに来ているのか自体が疑わしくなってくる。存在感を消せるような能力をこの男が持っていれば別だが、少なくともあの男は
「思ったんだけどさ・・・そもそもこいつ、中央区に来てないんじゃない?ここまで目撃ゼロって、ないわよ?」
「下手したら、居住区にいる可能性もあるんだよなぁ・・・あるいは考えたくないけど、学園の教職員かアスタリスクの行政員として紛れ込むくらいか。」
そう、確かにここまで目撃ゼロとなると、そもそも来ていない可能性はある。だが、そうでなくても衣食住の手段はある。
まず一つが、アスタリスクの居住区に住むか、内外を行き来する方法。それならば衣食住はアスタリスク外か内部で済むし、どちらでも仲間と話し合いが出来る。
ただし、悠やその交遊関係者の監視も少なからず必要になるだろうから何人かは毎日毎日、繰り返しアスタリスク内外を行き来する事になる。要は、顔を覚えられたり、余り繰り返していると怪しまれる可能性さえある。
そしてもう1つ・・・アスタリスクの行政員、或いは学園内に教職員として紛れ込んでいる可能性。正直、悠にとってはこれが一番の懸念だった。これが本当なら、まず間違いなくクインヴェール女学園と星導館に彼らの仲間が入り込んでいる事だろう。悠にとっては、人質を取られているのと変わらない。
「とりあえず、この事は後でまた話そう。もしあれだったら、明日もやればいいしさ。もうじき暗くなるしね。」
「そうね・・・じゃあ、今日は引き上げようか。余り暗くなるといけないし。中心街外縁の道路まで行けば、タクシーが何台か待機してるだろうから行きましょ。」
そう言うと、姉は残っていたコーヒーを一気に飲み干し、二人分のコーヒー代を置くと席を立って歩き出した。悠も残っていたコーヒーを飲み干し、周囲をぐるっと一回り見渡してから席を立つ。
「悠、何してるの?早く帰るよ。」
「分かってるよ。今いく!」
そう言って、姉の背中を追いかける。
ー■■■ー
「それじゃ、明日はよろしくお願いします。全力でバックアップするので、シルヴィアさんは自分の事に集中してください。」
「分かりました。じゃあ、明日はお願いしますね。」
それじゃあ、と生徒会長室から出ていく演出担当者を見送ると、シルヴィアは小さく息を吐いた。
「お疲れ様、シルヴィ。」
と、傍らで必要事項のメモをしていた実里がそう声をかけてくる。それに笑顔で応じると、シルヴィアは席を立ち、鼻唄混じりに背後のガラス壁へ歩み寄って外の風景を見つめ出した。
「何か、今日は機嫌良いよね。何かあった?」
実里がそう問うと、シルヴィアはくるり、と可愛らしく振り返った。その仕草も昔から変わっていない。
「えへへ・・・実はね、悠君に手紙出したんだー。ライブの招待券付きで。ちなみに、断れないように手回しもしてあるの。」
そう言って、心底嬉しそうにしながらVサインを出してくる。実里は呆気に取られた表情でそれを見ていたが、小さく溜め息をつくと少しだけ笑う。
「また勝手な・・・まぁ、シルヴィ直々の手紙でしかも招待券付きならあいつも断れないでしょう。何だかんだであいつ、そういうとこは無駄にしっかりしてるからねぇ。」
「でしょ?」
と言いながらシルヴィアがふふん、と鼻を鳴らす。だがしかし、よくよく考えればライブに来る事はシルヴィアと間接的にではあるが顔を合わせるわけで。
要するに、『強くなって、絶対にまた会いに行く』という悠との約束が果たされる事になる。悠がまだ早いと考える可能性も無くはないのだが・・・念のため、自分からも何か言っておく事にした。
「おや・・・まだいらしてましたか。明日は本番でしょう。早く休まれては?」
と、生徒会長室のドアを開けて入ってきたのは、ライブの警備担当ーーーイリア・フィーリエだった。さらに言うなら、このクインヴェール女学園の生徒会顧問でもある。
「大丈夫ですよー。これから帰ろうかなって思ってた所ですから。」
「なら、構いませんが。所で、先程の話・・・悠君、というのは?」
「私の大好きな男の子ですよ。今は訳あって、お互い離れてますけど。
すごく優しくて、自分に厳しくし過ぎる所もありますけど、格好良いんです。」
そう言うシルヴィアの顔は、正に恋する乙女の表情だった。実質、アイドルにとっては余りバレて欲しくない「恋人宣言」な気もするが、そこはやはり女同士。いらぬツッコミを入れるような野暮な真似はしなかった。
「なるほど・・・事情は分かりました。ですが、勝手に招待券を送ったりして大丈夫なんですか?ペトラ様が知ったら呆れられますよ?」
「大丈夫ですよ。呆れられるくらい、どうってことないですから。全然問題なしです。」
そう言うと、シルヴィアはまた鼻唄混じりに窓の外へ視線を向ける。その背中を、イリアはじっと見つめていた。
ー■■■ー
「ただいまー・・・。」
そう呟きながら、電気が全て消された自室に入る。時刻は8時半過ぎ。タクシーを捕まえるのに時間がかかったのと夕飯も兼ねて姉と食堂に行き、ついでに今後の事を相談していたらこうなった。
「・・・あれ?夜吹もいないのか?」
制服に着替えるついでに風呂に入ろうと寝室においてある寝間着を取りに行って、悠は初めて夜吹がいない事に気付いた。夜吹は帰ってくると真っ先に制服をそこら辺に放り投げてそのままにする癖があるので、帰ってきていればすぐに分かるのだ。
「まぁ、あいつもあいつで用事があるんだろうし帰って来なくても不思議じゃないか。ていうかあいつ、ちゃっかり俺宛の郵便まで開けるなよ・・・。」
夜吹のベッドの上には、今日届いたのだろう郵便物が放ってあった。その中に何通かあった自分宛のものを手に取り・・・その中の開けられていなかった二通に目が止まる。
一通は孤児院の院長を含めた一同から。そしてもう一通の差出人は。
「シルヴィア・・・?」
小さな縦長の封筒の裏に、綺麗な筆記体で「シルヴィア・リューネハイム」と書いてあった。突然の手紙に戸惑いながらも、その封筒を丁寧に開けてみる。中に入っていたのは、三つ折りの便箋と予約限定で、しかもさらに抽選に当たらないと手に入らないはずのライブ招待券だった。寝室の電気をつけ、ベッドに腰を落ち着けると便箋を開く。便箋にびっしりと文字が書かれていたので、要約すると。
『悠君へ
そっちは元気にしてるかな?私は元気に頑張ってます。悠君に会えなくて寂しいのを除けば、だけどね。というわけで、あの時の約束を叶えてもらう事にしました。最近、忙しいみたいで連絡しても出てくれないって実里も言ってたので。電話に出てくれないなら直接呼び出しちゃえ、って事です。
手紙と一緒にライブの招待券を入れておいたので、明日のライブに来てください。あ、ちゃんと招待者の人数分に数えてあるから、そこは安心していいよ?
ちなみに、断れないようにそっちの生徒会長さんに手回ししてあるから安心して下さい。』
・・・とまぁ、大体そんな感じの手紙だった。悠は申し込んだ覚えが無いので、多分アイドル権限的なやつで無理矢理捩じ込んだんだろう。相変わらず人を振り回すーーーもとい、引っ張る所は変わっていないのか、と苦笑いするしかない。
「約束、かぁ・・・。どうしたもんかな・・・。」
そう呟いた直後、端末に呼び出しが来た。通話相手は・・・高原実里。ふぅ、と小さく息を吐いてから、通話に出た。
『あ、やっと通じた!ちょっと悠、あんた何ずーっと通話無視してるわけ!?』
・・・途端にこれである。昔から、絶対に怒らせたくない友人ナンバーワンは実里だった。普段は温厚なのだが、一度怒ると手がつけられなくなるからだ。
「悪かったって・・・そんな怒るなよ、俺だって色々大変だったんだから。」
『なーにが、色々大変だった、よ!電話に出るくらい出来るでしょ!ていうかあんた、少しはこっちに手紙の一通くらい出しなさいよ!シルヴィがどんだけ寂しい思いしてると思ってるわけ!?反省しなさい、このバカ!』
実里がそうまくしたてる。口は悪いが、内容からして友人の事を案じたからこそこうして連絡してきたのだろう。根の部分は友人思いの良いやつなのだ。ただ、表現するのが下手というだけである。だからこそ、悠はその言葉を黙って受け止めた。
『・・・はぁ。もういいわ、どうせあんたの事だから面倒事に首突っ込んでたんでしょうし。で、シルヴィアからの手紙は見たんでしょうね?』
「あぁ・・・見たけど。」
『じゃあ話は早いわ。明日のライブに絶対来なさい。いくら何でも丸々3年、一回も会わないとか有り得ないわよ普通。』
「いやまぁ、シルヴィアに寂しい思いさせてるのは分かってるよ。絶対にまた会いに行くって約束したし、それは別にいいけどさ。でもシルヴィアと会ってるところを撮られたりしたら不味いんじゃないの?今じゃ世界的アイドルでしょ。アイドルの恋人報道って、昔からろくな事にならないのが世の常だし。」
『そん時はそん時よ。いっその事、もしそうなったらシルヴィと一緒に記者会見でも開いて恋人宣言しちゃえば?前々から見てて思ってたけど、あんた達じれったいのよ。もうこの際、色々吹っ切っちゃえばいいじゃない。』
・・・ただまぁ、考え方が極端というか、暴論みたいな感じなのは頂けないが。
「・・・とにかく、シルヴィアからのお誘いだしライブには行くよ。だから機嫌直してくれない?」
『・・・分かった。明日の朝一番にあんたの事迎えに行ってやるから覚えときなさい。それが嫌なら私がそっちに着くより早く出る事ね。後、ライブの後もしばらく付き合ってもらうから。』
「ちょっと待て、何でそうなる!?」
『あんたがシルヴィと顔合わせるの避けようとしてんのが見え見えだからよ!捕まえとかないと絶対にあんた色々理由つけて逃げるでしょうが!ライブの後でシルヴィとの食事にも付き合わせるから覚えときなさい!』
・・・とまぁ、随分久し振りにしたのがそんな会話だったけれど。結局悠の方が折れた事で話は収束した。ちなみに通話時間、かれこれ2時間半。
ー■■■ー
時が変わって、翌朝の8時。徐々に夏が近づいてきて日が上がるのが早くなってきたためか、寝室はいつもより明るく照らされていた。そんな中、気持ちよく眠っていた悠の耳に話し声が聞こえてくる。
「ほら、悠の寝顔が見ててほわんとするのはいいから早く退く。こいつにも色々手伝ってもらうんだから、叩き起こすよ。」
「えー、別にまだいいじゃない。ていうか、ペトラさんもペトラさんだよ。何で悠君が今後の補充スタッフに入らなきゃいけないの?」
声からして二人とも女の子だろう。にしては、聞き覚えがあるような・・・
「しょうがないでしょ、ペトラさんがこいつとの関係知ってるなんて思わなかったし。それに条件付きでも会って良いって言ってくれたんだから感謝しなきゃ。ほら、退いた退いた。」
「むぅー・・・。起こすのはいいけど、あんまり乱暴な事しないでよ?」
「大丈夫大丈夫。こいつが絶対に起きる方法知ってるから。」
そんな言葉と共に、誰かが枕元に立つ気配がした。そして、何やらごそごそと漁るような音がした、その直後。
『起床でーす!!皆さん起きましょうー!!』
と、孤児院でよく院長がやっていた起床コールが響き渡る。
「うわぁぁぁ!?」
途端に悠が奇声を上げながらベッドから転がり落ち、もう一人は咄嗟に全力で耳を塞いだ。部屋に反響して、耳がキンキンしまくっている。
「ちょっと、他の子達に迷惑だって!」
「大丈夫、いざとなったらこいつに罪を擦り付ければ問題なし!」
「全然大丈夫じゃないよ!?」
などと言っていると、転がり落ちた悠が体を起こした。そしてこちらを見、呆け面になる。
「何よ、その顔。迎えに行ってやるって言ったでしょうよ、昨日の夜。」
と、悠を叩き起こした方ーーー艶のある黒髪をポニーテールにし、その手にメガホンを持っている少女ーーー高原実里が呆れたようにそう言う。
「ほら、あんな起こし方するから悠君がおかしくなっちゃったじゃない。だから普通に起こそうっていったんだよー。」
呆れたようにそう言うと、もう一人の方ーーー薄紫色のロングヘアに整った顔立ちの少女ーーーシルヴィア・リューネハイムは悠を見、ふわり、と笑って。
「おはよう、悠君。久し振り!」
と、そう言った。
皆様、おはこんばんにちは。Aikeです。
さて、第6話ですが。・・・なんか、あれだ。実里と悠の会話がおかしな事になりました。本当ならもっと落ち着いた会話になるはずだったんですがねぇ・・・。
実を言うと、これ書いてたの深夜1時です。昨日の夜、モンスターがぶ飲みしながら書いてました。
この後書きは今朝起きた後、スマホで書いてるやつなんですが、自分でも見てて「どうしてこうなった・・・」ってなりました。
正直、書き直すのも面倒なのでこのままいきます(笑)。