学戦都市アスタリスク 黒白の剣と凛姫   作:Aike

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皆様、おはこんばんにちは。
さて、前話の後書きでも言った通り、時間は少し飛んで文化祭1ヶ月前になります。






第21話 六花動乱編ー4

 

 

 

 「クラス順に、寮の各部屋に行って荷物を戻してください!間隔を開けて押し合わないように!」

 

 ホテルから学園まで、教員達が道の左右に展開しながら学生を誘導していく。今日は日曜日。昨日になって星導館学園は再建され、安全確認もとれたとの事で悠達星導館の学生はホテルを引き払い、こうして学園へと再度移動している。

 クローディア曰く、本来なら間に合うとは思えない状況だったのだが、銀河が莫大な追加復興資金を拠出してくれたらしい。そのおかげで再建が思った以上に早く進み、結果2ヶ月での復興に漕ぎ着けられたのだそうだ。

 

 企業財体に全く持って良い印象がない悠だが、こういう時に助けてもらえるのが企業財体だというのも中々皮肉としか言いようがない。

 

 「まぁ、銀河に対してはそんなでもないけどな・・・。」

 

 と、学園への道を歩きながら、誰に聞かせるでもなく悠は呟いた。正直言って結果論だし、銀河側の本音は異なるだろうが、銀河が行動した事で両親の仇が討たれ、かつそれ以上魔術師(ダンテ)魔女(ストレガ)至上主義者の被害者が一時的にであれ出なくなったのは事実だ。その事や叔母が所属している事もがあり、悠は銀河に対しては然程嫌悪感を持っていない。あくまでも他の企業財体と比べて、ではあるが。

 影の部分で見れば、企業財体も魔術師(ダンテ)魔女(ストレガ)至上主義者もやっている事は対して変わらない。自分達にとって益にならない存在を始末するのは言わずもがな、自分達の運営傘下にある各学園のネームバリューを上げるための人材集めにおける強引な手法ーーー例えば、悠達が経験したように身寄りの無い子供を金なり脅迫なりで連れていくようにーーーもおおよそ同様だ。

 最も嫌な形で人の悪面を見てきた悠からすれば、統合企業財体の事を嫌悪せずにはいられないのも当然と言えば当然なのだろう。

 

 

 (・・・あぁ、そういや。シルヴィも言ってたなぁ・・・。)

 

 不意に、2か月前にシルヴィアと話した会話を思い出す。遠く、微かに見えるクインヴェール女学園を見ながら歩みを進めつつ、悠の意識は過去へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 『・・・統合企業財体も、ペトラさんも大っ嫌い。』

 

 彼女はそう言うと、顔を俯けた。その顔は暗く沈んでいる。その理由は、言われずとも察しがついた。

 

 悠が鉄橋に着くと、背を鉄骨に預けるようにしてシルヴィアが立っていた。その横には実里も立っていて、複雑そうにシルヴィアを見守っている。

 

 「・・・シルヴィ。」

 

 その声が聞こえたのか、シルヴィアがはっとしたように顔を上げる。その表情が少し柔らかいものになる・・・が、すぐにその表情は歪み、今にも泣きそうな顔になる。そんな彼女に悠は近寄っていくと、優しく抱きすくめた。昔から悠が泣いた時や辛い時に、姉がよくやってくれたように。

 それがよほど効いたのか。シルヴィアは小さく嗚咽をこぼす。「世界の歌姫」と呼ばれる彼女とて、その本質はごく普通の少女。辛い時に泣くのは、当たり前だ。

 

 「・・・今は、泣いていい。溜め込むより、吐き出しちゃった方がいいから。」

 

 そう言いながら、優しく彼女の頭を撫でてやる。それを、実里はただ静かに見守っていた。

 

 

 

ー■■■ー

 

 

 

 「・・・そうか。そんな話を・・・。」

 

 事の経緯を聞いた悠が小さくそう溢す。その隣でシルヴィアは黙ったまま、小さく首肯した。

 

 「でも正直、今回ばかりは私も頭にきたわ。何よ、あれ。自分達の都合しか考えてないじゃない。」

 

 二人の正面に立っている実里が吐き捨てるようにそう言うと、同感だと言わんばかりに二人も首肯する。

 

 「統合企業財体なんて、大体どこもそんなものだ。今の世の中じゃ、利益主義が当たり前なんだから。」

 

 そう言う悠の顔は、酷く険しい。まぁ、そもそもとして話の内容が内容なので無理もないが。

 

 「それでさ、悠。ちょっと、今後の事だけど・・・。」

 

 「言われなくても、W&Wが出した方針なんかには従わないから大丈夫だって。それに奴等も、向こう3ヶ月は何もしてこないはずだ。」

 

 「そ、そうよね。ならいいけど・・・って、え?3ヶ月?」

 

 戸惑い気味にそう返す実里に、悠は首肯する。

 

 「ついさっき、ここに来る前に叔母さんからメールがあった。魔術師(ダンテ)魔女(ストレガ)至上主義者の次の狙いが予測できたって。

それによれば、奴等の次の狙いは・・・3ヶ月後の学園祭だ。」

 

 「ちょっと待って。何で学園祭?あいつら、あんたを狙ってたんじゃないの?」

 

 そんな実里の言葉に、悠は今度は首を横に振って否定した。

 

 「あいつらは、自分達の活動をよく知ってる人間を始末する必要があったから俺を狙ってただけだよ。本命はまた別だ。まぁ最も、俺自身それに気づいたのは叔母さんからさっきのメールで色々と知らされたからだけど。」

 

 そう言うと、悠は一拍間をおいてから言葉を続ける。

 

 「銀河の調べでさ、今分かってる限りのメンバーの過去を洗ったら、迫害や差別にあってる形跡が見つかった。

多分だけど・・・奴等の目的、『復讐』じゃないかと思うんだ。自分達とは違うからって理不尽に抑圧してきた奴等への復讐。」

 

 悠の言葉に、シルヴィアも実里も言葉を失う。確かに彼が言う通りなら理屈が通るし、何よりも一般社会の現状に当てはまる。最も、『迫害』までいくようなのは人間主義者くらいの者だが。

 

 「・・・でも、だとしたら何で星脈世代(ジェネステラ)主義じゃなく魔術師(ダンテ)魔女(ストレガ)主義なのかな。現状の一般社会の事を考えると、星脈世代(ジェネステラ)で一括りにしそうなものだけど。」

 

 「魔術師(ダンテ)魔女(ストレガ)の能力が、一般人からしたら異様に映るんだろう。それ以外の星脈世代(ジェネステラ)は、単に身体能力が一般人より高いとか、その程度の違いだし。」

 

 そう言うと、悠の表情に微かに影が差す。今は見ていた物が狭かっただけの事だが、かつての悠は世間一般も星脈世代(ジェネステラ)に理解があるものだと思っていたのだ。

 少なくとも双月本家に住んでいた頃、近隣の住人との関係は悪くなかった。門下生には魔術師(ダンテ)魔女(ストレガ)もいたし、悠のような普通の星脈世代(ジェネステラ)もいたが、差別のような事は一切無かったのだ。地域交流会などでも星脈世代(ジェネステラ)と一般人が混ざっているのが当たり前だった。

 だからこそ、悠は世間の現状を知って少なからずショックを受けていた。

 

 「まぁ、本当の所は本人に聞かないと分からないけどね。今は真偽の確認の仕様がない。」

 

 「・・・面と向かってちゃんと話さなきゃ分からないって事ね。こんな状況だけど。」

 

 実里の言葉に、悠は頷くと空を見る。薄暗くなってきた空を見ながら、言葉を続けた。

 

 「次に会う機会があるとしたら、3ヶ月後だ。その間にまたちょっかいをかけたりしたら、ますますこっちを警戒させる事になるし。それに仕掛けてくる以上、準備なんかの時間も必要だろ。だとすれば、学園祭の時までに仕掛けてくる可能性は低い。

 ・・・その時が、奴等の真意を問いただすタイミングだ。シルヴィのためにも、実里のためにも、俺のためでもあるけど。ちゃんと、話をする必要がある。」

 

 「・・・そうだね。色々と、聞きたい事はあるし。」

 

 そう言って、シルヴィアも実里も賛同する。空には微かに黒雲がかかり、星の光を陰らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・い、悠君。聞こえてるー?」

 

 と、自分を呼ぶ声で我に返る。横を見れば、前を歩いていたはずのクラスメイトが怪訝そうに悠の顔を覗き込んでいる。気付けば星導館学園の敷地内に入っており、寮が見えてくる所だった。

 

 「ちょっとした考え事だよ。気にしないで。」

 

 そう言ってから、声をかけてくれた事に礼を言って男子寮に入る。再建されたからか、以前より真新しく見える寮の第1棟へ入ってエレベーターに乗り、5階へ。部屋の配置も以前と変わっていないらしく、自室はすぐに見つかった。少し緊張ぎみにドアノブに手をかけ、回す。カチャリ、と鍵が開く音がして、ドアが奥へと開いていく。そこから見えたのは、悠が見知った部屋の内装だ。

 

 「随分懐かしい気がするなぁ・・・。」

 

 と、そう呟きながら中に入る。そんなに長い期間離れていた訳ではないのに、不思議な安堵感があった。

 

 荷物が入ったボストンバッグを下ろし、一通り室内を回ってみる。そうして寝室に入った所で、悠は自分のベッドの上に何か荷物が置いてあるのに気付いた。

 やけに細長い段ボール箱に、旧時代から変わらない白いラベルが貼られている。その送り主の名前は・・・

 

 「・・・祖母ちゃん?」

 

 送り主の名前は、双月縁・・・光と悠の祖母にして、現双月流当主代行たる女性だった。発送住所も双月本家の住所である事から、まず間違いない。

 

 「何で祖母ちゃんから・・・何か本家から持ってきてもらうような荷物、あったかな?」

 

 そう不思議に思いながらも、荷物を開けてみる。中にあったのは、黒く細長い布袋に入った何かが2本と、昔ながらの和紙でしたためられた手紙。

 随分と久し振りな祖母からの手紙に少し緊張しながらも、それを読んでみる。

 

『悠へ

 こうして手紙を出すのも大分久し振りな気がします。光から事情は聞きました。貴方がその事で苦しんでいるとも。こちらはあれ以降目立った変化こそありませんが、最近になって分家の者達がまた声を上げてくるようになりました。曰く、「嫡子二人が二人とも危険な場所にいるのでは双月本家の存続が危うい。早い内にどちらかを呼び戻すか、我々分家の中から養子として後取りをとるべきだ」だそうです。

(中略)

こちらとそちらでは距離があるので直接力になる事は出来ませんが、せめてもの一助になるように光とも相談して、ある物を渡す事にしたので送っておきます。貴方や貴方の大切な人が、どうか無事であるように。そして貴方が、今は忘れてしまったかもしれませんが、かつて宣言していた夢を叶えられるように。』

 

 手紙はそう締め括られていた。少し緊張しながらも、その黒く細長い布袋の片割れを手に取る。確かな重みが腕に伝わってきて、悠はその中身を悟った。

 布袋を縛る紐をほどき、中からそれを引き抜く。

 

 「・・・これは。」

 

 中にあったのは・・・黒塗りの鞘に納められ、柄部分に革が巻かれた日本刀。柄部分と鞘の根元を掴み、慎重に、ゆっくりと引き抜く。その刃を見た瞬間、悠の脳裏にかつての記憶が蘇ってきた。

 

 

 

ー■■■ー

 

 

 

 「ねぇ、お母さん。」

 

 「んー?どうしたの、悠。道場の方なんか見て。」

 

 それは、ある日の事。1日の稽古と自主鍛練が終わった後、門下生達が帰った後で、両親と祖母と自分とで夕飯を食べていた時の事だ。その頃には姉はもうアスタリスクに行ってしまったし祖父は亡くなってしまった後で、4人で食卓を囲むのが普通だった。

 

 道場の奥にもう1つ、当主の控え部屋があるのだが、その部屋の奥、掛け軸の前に2本の刀が納められている。ひょんな事から偶々そこに入ってしまった悠は、その刀がとても気になっていた。

 

 「稽古の時にお父さんが使ってる部屋に飾ってある刀、あれ何なの?」

 

 そう言うと、両親は驚いた様子で悠を見た。問い詰められ、入ったのがわざとではない事、偶々である事を伝えると小さく溜め息をついてから、父親は「これからは勝手に入ったりしたら駄目だよ」と言い、母親は「気になって仕方ないなら、少し位はいいでしょう?私がついてればいいし。悠、ご飯が終わったら教えてあげるね」と言う。

 仕方がないのでその場は我慢し、後で母親に道場の奥の部屋へと連れていってもらったのだ。

 

 「これだよね?悠が気にしてるの。」

 

 そう言いながら母が部屋の奥に設置された台座に横たえられている2本の刀の内の1本。それを持ってくると、悠に持たせてくれた。

 

 「重いでしょう?それが本物の刀の重みだよ。」

 

 母の言葉に、悠は神妙な面持ちでその刀を握る。普段使っている木刀とは手触りは勿論、重さや触れている時の心持ちも違うように感じた。

 

 「その刀はね・・・9代目が、次代からの双月流剣術が背負うべき理念を体現した刀なの。9代目は剣豪としてだけじゃなく、「神腕」と呼ばれる程の刀鍛冶としても有名でね。晩年に自ら、合わせて2本の刀を作製したの。この2本が今まで大事にされてきたのと、わざわざ当主の部屋に置いてあるのは、そういう理由からなんだよ。」

 

 その説明を聞いても、当時の悠は今一理解できていなかった。だが、今の悠ならばよく分かる。

 早い話、9代目は双月流剣術が次代から掲げるべき理念、在るべき姿を「刀」という、剣術に最も身近な姿形で示したのだ。双月流剣術の根本思想たる「心剣一体」という思考とも整合するように。

 確かその理念、在るべき姿を、両親や祖父母は『人を守る剣であれ』と言っていたか。

 

 「いつか言ってたよね、悠。『大切な人を守れる最強の剣士になりたい』って。・・・その気持ち、今も変わりはない?」

 

 何故かそんな事を口にする母に、悠は言われるまでもないと言うように悠は頷いた。そんな夢を持つようになったのは好き好んで見ていたヒーロー物のアニメが切っ掛けだったが、当時の悠は本気でそんな夢を持っていたのだ。

 

 「なりたい、じゃなくてなるんだ!僕は世界で一番強い剣士になって、お母さんもお父さんもお祖母ちゃんもお姉ちゃんも、皆を守れるようになる!」

 

 今にして思えば、子供なりの見栄だったのかもしれない。そう、改めて宣言するように言うと、母はふわりと笑った。

 

 「・・・そっか。なら、もしかしたらこれを初めて持つ事になるのは悠かもしれないね。」

 

 そんな母の言葉が何を意味していたのか、当時の悠には分からなかった。首を傾げる悠を抱き締めると、頭を撫でながら母は言った。

 

 「優しいね、悠は。お母さん、息子がこんな子に育ってくれて嬉しいぞ。

 悠がその気なら、私もお父さんも頑張らなきゃね。悠が大きくなるまでは、私とお父さんが守る側なんだから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・あぁ、そういや。そんな事、言ってたな。」

 

 随分と懐かしい記憶に、自然と頬が緩む。我ながら、あの時はかなり浮かれていたんだな、と苦笑した。

 大切な者を守る大変さや厳しさを知らなかった上に、「世界で一番強い剣士になる」などという現実にはまず不可能な事まで言っていたのだから尚更だ。

 

 「・・・まぁ、でも。」

 

 そう付け加えるように呟き、静かに鞘から刀を抜く。

 

 「ある意味、とっくに叶えてたんだな・・・『大切な者を守れる最強の剣士』、か。」

 

 そしてもう一本、同じく鞘に納められていた方も抜いてみる。その刀身は、片方が刃を引き潰され、もう片方は峰の部分までもが刃という、刀としてはかなり歪な形状をしている。そして、それぞれの鞘には、刀の銘らしき文字が彫られていた。

 

 「『護方村正』に、『守方村雨』・・・か。」

 

 なんとも仰々しい銘だな、と苦笑する。村正に、村雨。どちらも刀の名前としてはかなりメジャーな方だろう。

 

 「・・・母さん、父さん。頑張ってみるよ、俺。それと・・・有り難く拝借します、9代目。」

 

 そう呟きながら、刀を再び鞘へと納めた。

 

 

 

ー■■■ー

 

 

 

 次の日から、悠は一層鍛練に励むようになった。光から見ても、ユリスや夜吹から見ても、明らかに鍛練の様子が違ったのだ。

 何と言えばいいのだろうか。剣の振るいというよりは、心の有り様が変わったように見えるのだ。そのせいか、剣を振るう時に漏れ出ていた殺気はなりを潜め、ただただ静かなように思える。

 

 「・・・子供の夢って凄いなぁ。あそこまで人を変えるものなんだ。」

 

 悠の鍛練をこっそり校舎から覗き見しながら、光はそう呟いた。こちらの事情を知った祖母から連絡があった時、光は当主代を継ぐ意志と悠の事情を伝え、何か力になる方法はないかと相談した。すると祖母は、悠に9代目の刀を送ると言ったのだ。それはいいのか、とも思ったが、その刀が悠に昔の夢を思い出させて心の持ち様を変えるのではないかという事、そして今の悠なら正しく使えるだろうという事から、光もそれに賛同したのだ。

 

 (それにしてもまぁ・・・変わったね、悠。前はもっと、顔に険しさが出てる感じだったんだけど。)

 

 心の持ち様が変わったからだろうか。悠の表情が幾分か変わって見えるのだ。光が知っている鍛練の時や実戦時の悠は常に険しい表情を貼り付け、ひたすらに目の前の敵を斬る事のみを考えているように見えた。

 だが、今の悠は違う。確かに表情は真剣なのだが、目の前の敵を斬る事だけを考えている時のとは違うのだ。言葉にするならば、目の前の相手とその剣とに向き合い、見極めようとするような、そんな落ち着いた雰囲気。

 

 「・・・私もそろそろ決めなきゃなぁ。」

 

 そんな姿を見ながら、光はそう独白する。

 双月流は他の流派と比べると少々特殊で、本家嫡子に他の門下生と比べて厳しく、集中的に流派の技と理念を教え込む。それは双月流の在り方を違える事なく、確実かつ正確に次代の者へと繋ぐためだ。

 そんな風なので、双月流の当主は過去から現在まで全員が全員、実力・思想共に双月の体現者としては申し分ないのだが、そのせいで次代の者が尻込みしてしまうという欠点があった。以前にはそれが原因で、先代が亡くなってから丸4年も当主不在の時期があったくらいである。そしてそれは、光も例外ではなかった。

 

 (・・・今更ながら、私なんかで当主が務まるかなぁ。悠の方がよほど双月流の技にしても、在り方にしても当主に向いてると思えてきたんだけど。)

 

 先代の双月流当主夫婦であった両親ーーー美咲と孝弘はどんな気持ちで当主をやっていたのか、今更ながら聞いておけば良かったと後悔した。聞いておけば、少しは参考になっただろう。最も、その両親も当主代は(わたし)に継いで欲しいと思っていたみたいだけど。

 両親曰く、昔から(わたし)は双月流の成り立ちや歴史について熱心に勉強していたらしい。色々あったから忘れかけていたが、確かに(わたし)はそういう事をやっていた。その時、たまたまその姿を見た父親に「何でそんなに熱心に双月流の事を調べてるんだ?」と聞かれて、「本家の人間だから、人様に恥ずかしい生き方はしたくない」と答えたのも覚えている。それを聞いた父親が苦笑いをしていた事も。

 

 「難しく考えるなって言われたけど・・・じゃあどう考えたらいいのって話なんだよね。うー・・・困ったなぁ。」

 

 そんな事を呟きながら頭を抱える。彼女とてまだまだ18歳の少女だ。巨大な一家一族の総主になる事に対して、不安を覚えないわけがない。

 そんな風に一人でうんうん唸っていると、端末に電話が入った。表示されている名前は祖母のものだ。応じると、ホロウィンドウが開いて懐かしい顔が映る。

 

 『まだよく使い方が分からんねぇ・・・光、ちゃんと私の顔は映ってるのかい?』

 

 「ばっちり映ってるよ、お祖母ちゃん。にしても、まさかお祖母ちゃんが機械を使えるなんて思ってなかったよ。私が覚えてる限りじゃ、機械音痴だったじゃない。」

 

 苦笑しながらそう言うと、白髪で貫禄のある容貌に薄紫の着物をしっかりと着込んだ初老の女性ーーー双月縁はふん、と小さく鼻をならした。

 

 『あれは昔の話だろう。爺さんが亡くなったと思ったら、美晴も刀牙も出ていくわ、美咲は美咲でアスタリスクから男を連れてきたと思ったら結婚してあんた達を産んでねぇ。家が騒がしくなってきたと思ったら、今度は子供二人残して娘夫婦は亡くなるし、子供二人は揃って両親みたくアスタリスクに行くし。いきなり私一人で本家を仕切る事になったんだ、愚痴を話す相手くらい欲しくもなるさね。』

 

 そう言うと、縁はわざとらしく大きな溜め息をついた。「あはは・・・」と何となく曖昧な笑みを返すと、縁はもう一度だけ小さく溜め息をついてから光を見る。

 

 『ま、そんな話は置いておくとして。・・・あんた、何か悩みでもあるのかい?』

 

 「ふぇっ!?」

 

 縁の言葉が図星だったからか、裏返った声が出る。

 

 『やっぱり当たりかい。あんたにしちゃ、似つかわしくない神妙な顔だったからねぇ。』

 

 「似つかわしくないって、酷いなぁ・・・。」

 

 縁の言葉にそうぼやくと、ディスプレイの向こうで居住まいを正した縁が「どうかしたのか」と問うてくる。

 

 「当主になるって決めたのはいいんだけどさ・・・何か、やっぱり自分に自信が持てないというか、自分に当主が務まるのかなぁって。

 歴代の当主が皆すごい人達だったから、何か私だけ場違いな気がしてさ。」

 

 それを聞いた縁は、納得したように頷いた。そして、静かに口を開く。

 

 『美咲も・・・あんた達の母親も、当主代の話が持ち上がった時にはそんな風に悩んでたよ。自分に当主なんかが務まるのかって。』

 

 「・・・お母さんが?でも、当主代を継いだのって・・・。」

 

 『そうよ。結局当主代を継いだのは孝弘、あんた達の父親。結局美咲は、自分じゃなく孝弘に当主代に任せた。どうして自分が継がなかったのかは、悠が生まれる時まで教えてくれなかったけどね。』

 

 そう言う祖母の表情は、懐かしい記憶を思い出したからか緩んでいる。

 

 「お母さん、なんて言ってたの?」

 

 母がなぜ当主代を継がなかったのか、何を考えていたのか。無性に気になって、そう問うてみる。

 

 『あの子曰く、「自分はこれまでの当主みたいに厳しく在るなんて出来ないし、するつもりもなかった」からだと。昔から、美咲は支えて助けるのに動く子でね。それがあの子の天性の性分だったんだろうさ。

 その点、悠は性格的に美咲に似たんだろうねぇ。人助けが趣味というか、皆を守る正義のヒーローに憧れるような子供だったし。おまけに剣の腕は超絶ストイックで剣術バカな孝弘譲りのもんだから、他の門下生との間で何回トラブルを起こした事か・・・。』

 

 言い終えて、深々と溜め息をつく祖母に光は曖昧な笑みを返すしかない。実際、悠が昔から他の門下生とトラブルになるのは不思議な事ではなかったからだ。とは言え、その大半は主に門下生が他の門下生に対して「稽古」と称した虐めをやっていたのを見咎めた悠が止めさせるために割り込んだからなのだが。

 

 「まぁ、悠って昔から正義感とかそう言うのが強かったからね。『僕は皆を守れる最強の剣士になるんだ』なんて、本気で言ってたくらいだもん。」

 

 『まぁ、それが悠にとっては双月本家の人間として剣を振るう「指針」みたいなものだったんだろうから、とやかくは言わないけどね。

 ・・・あんたには無かったのかい?そう言う「指針」みたいなの。』

 

 そう言われて、ふと気付く。よく思い返してみると、そう言ったものを考えた事が無かったのだ。双月流の歴史について勉強していたのだって、「本家の娘として恥ずかしくないように」だったのだから。具体的に「どう生きたい」、「どんな人間になりたい」と考えたことは全くといっていい程に無い。

 

 『当主を務めるのに、絶対の理由や目的なんて無いのさ。あんたがどういう人間になりたいか、それが定まれば自然と当主だってやっていけるさね。歴代の当主だって、そんなガチガチだった訳じゃない。私の父親と夫・・・あんた達の曾祖父さんや爺さんなんか、私に恥ずかしいとこを見せられない、なんていう理由で厳しい当主を演じてたくらいだからねぇ。』

 

 そう言うと、縁は「カッカッカッ」と笑う。その言葉を聞いて、光は何かが腑に落ちたような感覚を覚えた。

 

 「・・・ありがとう、お祖母ちゃん。何か、お父さんが言ってた意味が分かった気がする。」

 

 『何だ、また孝弘が小難しい事を言ったのが引っ掛かってたのかい。昔からそうだったよ、あれは。ヒントは出すくせに、肝心の趣旨は言わないんだ。全く、仏さんになってまで娘を悩ませるなっての。こりゃ今日明日にでも墓参りに行って、墓前で説教垂れてやるかね。』

 

 わざとらしくそんな事を言う祖母に、光は苦笑する。

 

 「手加減してあげてよ?お父さん、昔からお祖母ちゃんとお母さんの説教が苦手だったんだから。」

 

 「知らんね。あれでも双月流当主だったんだ、説教の小一時間くらい耐えられるだろうさ。

 まぁ・・・とりあえず。あんたはあんたで頑張りなさい。帰ってきた時には、うちの全財産叩く位の歓迎してやるから。あぁ、それと帰ってくる時には悠も一緒にね。久し振りにあの子の剣を見てやりたいし。』

 

 こう見えても何だかんだと孫には甘い縁の言葉に、光は溜め息をつく。口では厳しい言葉を飛ばすが、実際のところ甘々なのは変わらないらしい。

 

 「分かってるよ。年末には一回帰省するし、4月からはそっちに戻るから。それと、話聞いてくれてありがと。お陰でスッキリした。」

 

 『孫が悩んでるのを見て見ぬふりなんて出来ないし、何かあったらかけてくればいいさ。私に出来る範囲なら相談に乗るしね。・・・と、そろそろ昼食が出来上がる頃か。とりあえず切るけど、何かあったら遠慮なくかけてきなさい。それじゃあね。』

 

 と、そう言うと通話は切れた。端末をポケットに仕舞い直すと、もう1度眼下でまだ鍛練を続けている弟を見る。

 

 「どういう生き方がしたいか、か。・・・それなら、とっくに定まってるのよね。」

 

 そう呟くと、1つ背伸びをしてからその場を後にする。その背中は、最近の彼女にしては大きく見えた。

 

 

 






皆様、おはこんばんにちは。Aikeです。
久し振りに不穏な伏線もなく大分平和な話がかけたんじゃなかろうか、と思います。
いやまぁ、学園祭当日の話からはもうほぼ暗い展開しか無いので、作者のメンタルがまずやられちゃいますからこういう平和な話が無いとやっていけないんですが。
ここだけの話、ぶっちゃけますが、自分すっごいメンタル弱いです。タグに「過激批評NG」と書いてる時点で察しがいい人は分かったかもしれませんが。自分、話の展開を考えるのはいいんですが、いざ文字に起こす時になると暗い話でがっつりメンタル削られるようなヘタレなんですよねぇ・・・(白目)
とりあえず、後々の暗い展開は頑張って書きます、はい。

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